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【完結】愚鈍で無能な氷姫ですが、国取りを開始します 〜さっさと陛下と離婚したいので、隠してた「魔法の力」使いますね?〜  作者: 雨野 雫
第三章

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番外編3ー1.恩人(1)

今から十年前。マクラレンがまだ学生の頃のお話です。


 その日、マクラレンはいつものように学校の授業をサボり、ベンチの上で寝そべっていた。


 ここは、城下街の外れにある小高い丘の上だ。人があまり来ない上に見晴らしもよく、とても気に入っている場所である。


 マクラレンが徐にいつもかけている眼鏡をずらし、丘に咲いている花に視線を向けると、そこには幾重にも重なる糸のようなものが視えた。そして、その糸が今にも千切れそうになっている箇所も。マクラレンが「命の綻び」と呼んでいるものだ。


 マクラレンは、物心ついた時からあらゆるものに糸が視えていた。庭に咲いた花、花に止まる蝶、飼っていた犬、そしてもちろん、人間にも。


 幼い頃はその糸が当たり前のものだと思っていたが、母親に指摘され、他人からは視えていないものなのだと知った。息子を心配した母親にいろんな医者の元へ連れて行かれたが、目に映る糸が一体何なのか、そしてその原因は何なのか、結局誰にもわからなかった。


 その後、マクラレンに魔法の才能があると知った両親は、息子に家庭教師を付けた。その家庭教師に魔法を教わるにつれ、どうやら自分が視ている糸が魔力であるらしいことに気がついた。


 自分に流れる魔力が視えるというのは、魔法を扱うにあたって随分と有利に働いた。それからメキメキと魔法の技術が上達していき、マクラレンが家庭教師のレベルを抜くのにそう時間はかからなかった。


 そして、マクラレンが自分の能力の恐ろしさに気がついたのは、十歳の頃だった。


 庭で兄と遊んでいる最中、なんとなく、本当になんとなく、花に止まっていた蝶に自分の魔力をほんの少しだけ注いでみたのだ。糸が今にも千切れそうになっている、その綻びの部分に。


 すると、途端に蝶がバラバラになって地面に散っていった。その光景に、マクラレンは自分の力の恐ろしさを理解し、その場で思いっきり吐いた。


 それからマクラレンは、一ヶ月ほど自分の部屋に閉じこもった。


 誰かに会うのが怖かった。

 生き物を視るのが怖かった。

 何かの拍子で誰かの命を奪ってしまうかもしれないことが、何よりも恐ろしかった。

 

 マクラレンが部屋を出られるようになったのは、父親がくれた眼鏡がきっかけだった。その眼鏡をかけると、不思議と糸が視えなくなるのだ。注意深く観察すると視えはするのだが、裸眼のときよりも随分と楽になった。どうやらこの眼鏡は、父親が国中の魔道具店を探し回って見つけて来てくれた物らしかった。


 その後、マクラレンは父親に勧められヴァーリア魔法学校に入学した。しかし、やはりあまり馴染むことはできなかった。眼鏡をかけてマシになったとはいえ、何かのはずみで命の綻びに触れてしまうかもしれない。そう思うと、人と関わるのはまだ少し怖かったのだ。


 一人でいることには慣れていたので、学校生活は苦ではなかった。しかし一年生の夏頃、上級生に恐喝されているクラスメイトを助けたせいで、その上級生に目をつけられた。喧嘩を売られたので返り討ちにすると、彼らのボス的な上級生たちからも喧嘩を売られ、また返り討ちにした。


 最初に攻撃してきたのはいずれも上級生の方だったので、正当防衛ということでマクラレンは特にお咎めなしだった。


 その一件があってから、なんだか学校が酷く面倒なものに思えてしまい、徐々に出席頻度が下がっていった。

 たまに学校に行った日には、誰かしらに絡まれ問題になる。それがまた面倒で、遂にはろくに出席もしなくなってしまった。しかし、両親に申し訳ない気持ちもあり、進級だけはちゃんとするようにしていた。

 

 この学校は授業に出なくても、進級試験に受かりさえすれば次の学年に上がれる。マクラレンは授業にはほとんど出なかったが、一度も留年することなく無事三年生になっていた。



 そして今、マクラレンは眼鏡をかけ直し、空に浮かんだ雲をただただ眺めていた。少し眠くなってきたので惰眠を貪ろうと目を閉じた時、不意に少年の声が聞こえてきた。


「サボりか? その制服、ヴァーリア魔法学校のものだろう?」


 マクラレンが目を開けて声のした方を見ると、そこには随分と顔立ちの整った少年が佇んでいた。光り輝く金色の髪に、海のような美しい碧眼を持つ彼は、幼いくせになぜかとても威厳があるように見えた。


 彼の身なりから、かなり身分の高い家柄であることが伺える。そして腰には、おもちゃらしき子供用の剣が下げられていた。


「……そういう君は、迷子ですか?」


 マクラレンがそう尋ねると、少年は苦笑しながら言葉を返してくる。

 

「違う。どちらかといえば、かくれんぼに近い」

「そうですか。忙しそうですね。頑張ってください」


 さっさと昼寝をしたかったマクラレンは、少年を適当にあしらおうとした。だが、少年は構わずこちらに手を差し出してくる。


「俺はローレンだ。よろしく。お前、名前は?」


 随分と生意気な少年だと思いながらも、なぜか身を正さないといけないような気がして、マクラレンは起き上がり少年と握手を交わした。


「……ケネディ・マクラレンです」

「そうか。よろしく、ケネディ」


 その後も、ローレンと名乗る少年は度々この丘に来るようになった。特に何をするでもなく、ただ雑談をして帰っていく。この少年は随分と博識で、マクラレンよりも余程この国のことを熟知しているようだった。


 そんなある日のこと。


「ケネディ、今日は城下街に付いてきてくれないか? 少し危ないところに行くから、お前を護衛として連れていきたい」

「なんで僕がそんなこと……」

「どうせ暇だろ?」


 どうやらローレンは、有無を言わせず付いてこさせるつもりだ。面倒事はゴメンなので、なんとか断ろうと試みる。


「僕、護衛なんてできませんよ? 他を当たってください」


 マクラレンがそう返すと、ローレンはわずかに口角を上げた。


「お前、強いだろ。ヴァーリア魔法学校を首席で入学。その後、ろくに授業に出ることなく進級試験に難なく合格。そんな傑物、なかなかいない。それに、その目。埋もれさせておくには、もったいない才能だ」


 ローレンからの思いがけない言葉に、マクラレンは驚いて目を見開く。


「な……んで、君がそのことを……」

「俺は物知りだからな」


 ローレンはそう言ってニヤリと笑うと、こちらの手を力いっぱい引いて無理やり起き上がらせた。


「ほら、行くぞ」


 そして、幼い少年に手を引かれ、マクラレンは城下街へと連れて行かれるのだった。

 

 城下街に着いてからというもの、ローレンは一切迷うことなく路地裏を進んでいる。一方のマクラレンは、とっくにここがどこだかわからなくなっていた。


「この辺りのこと、随分と詳しいんですね」

「俺は将来、この国の王になるからな。国のことは、ちゃんと自分の目で見ておきたいんだ」


 その発言にマクラレンは驚いたが、子供の戯言だと思って聞き流す。自分は将来王様になれると思っている残念な子なのかもしれない。


「はあ……それはなんというか、頑張ってください。応援してます」


 子供の夢を傷つけまいとした精一杯の言葉だったが、それを聞いたローレンは苦笑を漏らしていた。


 そして、路地裏のとある建物の裏口の前で、ローレンが立ち止まる。

 

「着いた」

「ここ、どこなんですか?」

「最近城下を騒がせている連続強盗犯の拠点だ。魔法師が一人いるから、そいつをなんとかしてくれ。俺は、残りを片付ける」

「は!? そんなの聞いてませんよ!」


 マクラレンが制止する前に、ローレンは勢いよく扉を開けてしまった。中にいた大勢の男たちの視線が、一斉にこちらに向けられる。


「なんだあ!? てめえら!」

「何者だ!」


 男たちの威嚇に怯むことなく、ローレンはスタスタと中に入っていく。


「お前たちを捕らえに来た。喜べ、今日で全員牢獄行きだ」


 ローレンがそう言って剣を抜くと、男たちも武器を手に取り一斉にこちらに襲いかかってきた。


「さあ、敵が来たぞ。好きに暴れろ。ただし、絶対に殺すなよ」


 後ろで呆然と突っ立っていたマクラレンにそう言うと、ローレンは見事な剣技で男たちと大立ち回りを始めた。

 マクラレンは慌てて眼鏡を外し、何か自分にできることはないかと辺りを見回す。すると、一人の魔法師が今まさに攻撃魔法を放とうとしていた。このままでは、ローレンに当たってしまいそうだ。


(まずい……!)


 マクラレンは魔法師の命を奪わないよう、魔法の綻びだけに狙いを定めて慎重に自分の魔力をぶつけた。すると、無事攻撃魔法が無力化され、マクラレンはホッと胸を撫で下ろす。魔法を放った本人は、何が起きたのかわからないという顔で立ち尽くしていた。


 一方のローレンは、既に何人かの男を気絶させたようだった。狭い屋内では、小柄なローレンの方が立ち回りやすいらしい。しかし、男たちはまだまだ大勢いる。


(一人ひとり剣で気絶させるなんて、ローレン君の体力が保たないのでは……)


 そう思ったマクラレンは、一気にカタをつけることにした。

 右腕を突き出し、そこに魔力を集中させる。そして、イメージする。自分の魔力がこの場にいる全員を押しつぶす(さま)を。


「《潰れろ》」


 マクラレンが目を見開きながら短くそう唱えると、ローレン以外の全員がその場に一斉に倒れ込んだ。男たちは、上から何かに押さえつけられているかのように、苦しそうにうめいている。


「ハハッ! 流石だな、ケネディ!」


 一方のローレンは、そう言って実に楽しそうに笑っていた。重力魔法を(はな)ったままのマクラレンは、この場をどう収めればいいのかわからず、思わず彼に尋ねる。


「すみません、僕、拘束魔法を使えなくて……この人たち、どうしましょう……」

「ああ、それなら心配ない。すぐに迎えが来る」


 ローレンがそう答えて本当にすぐ、裏口からドタドタと大勢の騎士たちが入ってきた。そしてそのまま、男たちを取り押さえてくれたのだ。


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