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【完結】愚鈍で無能な氷姫ですが、国取りを開始します 〜さっさと陛下と離婚したいので、隠してた「魔法の力」使いますね?〜  作者: 雨野 雫
第三章

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97.気持ちの正体


 ローレンが出立する日、アイリスが目覚めるとそこにはもう彼の姿はなかった。


 せめてお見送りをしようと急いで自室に戻り身支度を済ませたが、ローレンは既に城を出た後だとレオンから聞かされた。


 そして今、アイリスは自室の窓際で椅子に腰掛けながら、ぼんやりと外を眺めていた。アイリスの気分とは裏腹に、今日は雲一つない晴天だ。最近は随分と暖かくなり、冬の終わりも近そうだった。


 すると、元気のないアイリスを見かねて、レオンやサラが気遣わしげに言葉をかけてきた。


「アイリス様、気晴らしに中庭にでも行きますか?」

「ううん、大丈夫……」

「アイリス、王様なら大丈夫だよ。無事に戻って来るから」

「うん、そうね……」


 二人からの言葉に、アイリスは心ここにあらずといった様子で返事をしていた。


 ローレンから離婚話を切り出されて以降、考えても考えてもモヤモヤした気持ちが消えないのだ。そして、それがどうしてなのかもわからないでいた。


 すると、アイリスへの心配が限界を超えたのか、レオンがアワアワと狼狽し始めた。

 

「どうしよう、サラ。アイリス様の様子がおかしい。こんなアイリス様、初めて見た」


 レオンの言葉に、サラもどうしたものかと悩ましげに考え込んでいる。そしてしばらくして、サラは何か思いついたようにレオンに視線を向けた。


「レオン、少しだけ席を外すから、その間アイリスをよろしく」

「ええっ!? おい、どこ行くんだよ!」

「すぐ戻る」


 サラはそう言い残すと、さっさと部屋を出ていってしまった。しかし彼女は、本当にすぐ戻ってきた。アイリスの自室の扉が開いたかと思うと、サラが顔をのぞかせる。


「レオン、ちょっと」


 サラにそう呼ばれ、レオンは彼女の元に駆け寄った。するとサラは、レオンに小声で耳打ちする。


「今からすごく大事な話をするから、レオンは外で見張ってて。誰にも中に入れちゃだめだからね」

「あ、ああ。わかった」


 サラの言葉を聞いたレオンは、事情が理解できず不思議そうな顔をしていたが、素直にサラの言葉に従い一度部屋を出て行った。


 そして、サラと共に、とある人物が部屋に入って来る。騎士の格好をした彼は、少し癖のある赤茶髪に黒い瞳をしていた。彼はアイリスにニコリとした笑みを向けると、ヒラヒラと手を振る。


「やあ、お嬢さん」

「えっ!? ルー……ルイード、どうして……?」


 そこにいたのはローレンの護衛騎士姿のルーイだった。

 驚いて思わず本当の名で呼びそうになったが、この姿の時はルイードと名乗っていることを思い出し、ギリギリのところで誤魔化した。

 

 アイリスがサラに視線を向け説明を求めると、彼女はこちらの意図を汲んだように話し始める。


「闘技大会のときに、変装を手伝ってもらったのがきっかけで知り合ってね。こいつの正体は知ってるから、私の前では隠さなくても大丈夫だよ」

「え!? 知ってるの!?」

「耳、良いからね」


 サラの言葉を聞き、アイリスは以前彼女から『耳を強化すれば、王城内の会話は大体わかる』と言われたことを思い出した。改めて彼女の能力に驚いていると、ルーイも苦笑しながらこう言う。


「サラ嬢に『あんたって、本当の主人は誰なの?』って聞かれたときは心臓止まるかと思ったよ。ほんと、サラ嬢も諜報員にならないかい?」

「遠慮しとくよ」

 

 ルーイの勧誘に、サラは微笑を浮かべて断ってから、アイリスに説明の続きをしてくれた。


「で、気が晴れないときは誰かに話を聞いてもらうのが一番だと思ってね。適任者を連れてきたってわけ」


 サラがそう説明すると、ルーイが彼女に向かって小声で話しかける。


「レオン君はいいのかい?」

「あいつに色恋の話は無理だ。そういうのに疎すぎる」

「ああ……なるほど、そういう系の話ね。了解」


 二人の会話が聞き取れずアイリスが首を傾げていると、ルーイはニコリと笑ってこちらに寄ってきた。そして椅子に座るアイリスの前でかがむと、優しい笑顔で尋ねてくる。


「で、お嬢さん。何でそんなに暗い顔をしてるんだい?」


 ルーイにそう聞かれ、アイリスは何を話したものかと悩んでしまった。

 なんだか彼ならこのモヤモヤした気持ちの正体を教えてくれそうな気もするが、離婚のことは明かせない。


 なかなか話し始めないアイリスに、ルーイは穏やかな声で促してくれた。


「話せる範囲でいいから、話してみてよ。ちょっとは気も晴れると思うよ」


 ルーイの言葉に背中を押され、アイリスは言葉を選びながら自分の悩みを打ち明け始めた。


「……学校の地下室を一緒に探検してた時、ずっと自由になりたかったって私が言ってたの、覚えてる?」

「ああ、覚えてるよ」

「前まではね、自由な生活を想像すると、胸が高鳴って仕方なかったの。どこに行こうか、何をしようか、想像するのが楽しくてたまらなかった。それこそ、陛下から離婚を言い渡されても構わないと思っていたわ。その方が望ましいとすらも」


 アイリスはそこで言葉を切ると、わずかに顔を曇らせて少し俯きながら続きを話す。


「でもね……でも今は、ちっとも心が踊らないの。いつかはこの国を出て自由になりたいと思っていたんだけど、いざそのことを想像すると、胸が苦しくなってしまって」


 自分で改めて言葉にすると、心の中にまたモヤモヤが広がっていった。しかし、その理由はやはりわからない。


 すると、アイリスの傍らに立っていたサラが口を開く。


「アイリス、それはもう――」

「あー!! ちょっと待って、サラ嬢。こういうのは、ゆっくりいこう」


 サラが言い切る前に、ルーイが慌てて制止した。彼の制止に、サラはわかったというようにコクリと頷く。


 そしてルーイは、また穏やかな声でアイリスに尋ねてきた。


「お嬢さん。最近陛下のことで何か気持ちが動いたことはあった?」

「え……? ええと……」


 ルーイにそう聞かれ、アイリスは最近の出来事に思いを巡らす。そして、ローレンがアイリスを気遣い、マクラレンをこっそりと護衛に据えてくれていた話を思い出した。


「陛下に優しくされると、すごく嬉しくて、でも、なぜか少し胸が苦しくもなったわ」

「うんうん。あとは?」


 最近の出来事――。アイリスがエリオットに狙われているとわかってから、ローレンは苦しそうな顔ばかりしている。彼のその表情が、脳裏に浮かぶ。


「あとは、陛下がつらそうにしてると私も胸が締め付けられる思いがして、でも何もできない自分に、とても情けない気持ちになるの」

「なるほどね」


 アイリスの話を聞き、ルーイはうんうんと頷いていた。そして彼は人差し指を立てると、よくわからないことを言ってくる。


「想像してみて、お嬢さん。もし陛下が、新しいお妃様を連れて帰ってきたらどう思う? とても美しくて、才気あふれる、国母に相応しい女性が、この城に来たとしたら」


 ルーイにそう言われ、アイリスは素直に想像してみた。するとどうだろう。みるみるうちに心のモヤモヤが強く、大きくなっていき、アイリスは胸が苦しくて思わず顔を歪めてしまった。


「心が……沈んでいくわ……」


 アイリスの回答に、ルーイはなぜかニコリと笑って言葉を続けた。


「エリー様が言ってたこと覚えてるかい? 恋をすると、どうなるのか」


 またよくわからないことを聞かれたが、アイリスは言われた通り、アベルの娘であるエリーと話した内容を思い出した。


「ええと、確か……その人のことを考えるとドキドキしたり、他の女性と一緒にいるところを想像するとモヤモヤするって仰ってたわ」


 アイリスはそう言葉にしたところで、ハッと気づいたように顔を上げた。


「……新しいお妃様を想像して、モヤモヤしたわ! サラを想像したときは、安心すら覚えたのに!」

「私で想像したの? ミスでしょそれは」


 アイリスの言葉に、サラは半ば呆れたような表情を浮かべていた。


 サラにそう言われ、アイリスはルーイからも『想像する相手が間違っている』と散々笑われたことを思い出す。当時はなぜこんなに笑われるのかわからなかったが、ようやく理解することができた。


 そしてアイリスは、まだ実感の湧かない自分の気持ちの正体を口にする。


「恋……してるの? 私が、陛下に?」

「うん。お嬢さんは、もうとっくに陛下のことを好きになってたんじゃないかな? それに、この国から出たくないってことは、陛下のそばにいたいってことだと、俺は思ったけど?」


 アイリスの問いに、ルーイは穏やかな笑みを浮かべながらそう返した。


 彼の言葉を聞いて、アイリスは心の中の霧がパアッと晴れたような気がした。ここ数日のモヤモヤの原因が、全て理解できたのだ。


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