表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
首輪と××と私と  作者: 犬之 茜
奴隷解放編─王都旅程─
9/40

騙る男と語られる惨劇

 着いた場所は街の中心に近い空き家の一つだった。

 私とヴィスカを中に誘い、椅子に座るように促されて、それに従う。それを確かめてから、私たちの前にテーブルを挟んで先ほどの痩躯の男性が腰かけると、背後から追って来ていた二つの匂いも近づいてきて、隠していた姿を現した。

 二人も眼前の男性程ではないが痩せ細り、精細さを欠いた眼をこちらに向けてくる。どちらも齢五十を越えているような男性だった。

 そのうち一人は私たちの背後に、もう一人が一つしかない出入り口に陣取った。共に手には大振りの刃物を持っていた。狩猟時に用いるナイフの類いのそれを油断なく構えて、私たちの動きを牽制してくる。

 ヴィスカはそんなことを意に返さずに、椅子に凭れかけて脚を組んだ。そんなふてぶてしい姿に眼前の男性は顔を歪めながら口を開いた。


「で、何が知りたい?他にも仲間がいたようだったが」


 街に入ってからの監視には気付いていたので、向こうもこちらの構成を把握していた。


「さっきも言ったが、ここでの出来事とソイツラの行き先」


 ヴィスカの発言に、背後の二人が微かに身体を揺らした。


「なぜ……なぜ、それを知りたい」

「アタシラが追っている人物の可能性があるから」


 淡々と男性の問いに即答していく。あらかじめ、何を聞かれるか予想していたみたいに。

 私もこの街に来た理由を教えられていないので、話に耳を傾ける。


「……悪いな。俺は知らない」


 男性が悔しそうな顔で下を向いた。どうやら、隠している訳ではないようだ。


「俺はその時、隣村に行っていたから。………ゼオさん、いいですか」


 悔しそうな顔のまま背後の男性を見やる。彼らが話してくれそうな雰囲気に安堵しながら、私は背後を振り返る。


「ああ」


 それに答え、背後に立っていたゼオと言う男性がナイフを下ろして、痩躯の男性の隣に移動する。椅子がなく、立ったままで値踏みするように私たちを暫く見つめてから、深く息を吸って吐き出す。


「儂も隠れて逃げ延びた身だから詳しくないがな。ラオも同じようなもんだが」


 出入り口を固めている男性を見つめ、一呼吸置いてからポツポツと語り出した。


「たぶん計画の始まりは何年も前から仕組まれていたのだろう。ここの実権者となった商人ペフィドがアイツ等を……ロバリーと言ってたか。夜に招き入れたのは」


 ロバリーと言う名前を聞いて、ヴィスカは顔を強張らせながら、「偽名を使わないなんて、調子乗ってるな」と殺気を極力抑えた声で呟いた。

 みんなが追っていると言う人物なのだろうロバリーとは、少なくない因縁があるのだろうことは、ヴィスカの表情と声で簡単に想像出来た。


「みんなが寝静まった頃にロバリー率いる商団が侵入したのだろうな。気付いた時には既に逃げ道などなかった。…始めは捕まえていたのだろう。だが、そんなもの家族がすぐ気付く。当然叫び、抵抗して……殺された。あとはその繰り返しだよ。何処からともなく火の手が上がり、さらに恐慌が大きくなり逃げるのも困難になった。儂がなんとか隠れてた場所から這い出た時にはもう、街が死んでいた」


 ゼオは話しながら惨状を思い出したのだろう。その短い言葉からは筆舌し難いほどの恐怖と怒りが込められていた。右腕の袖から覗いた爛れた皮膚は、その時に火傷したものだろうか。涙を溢しながら懺悔のように話してくれたゼオは、先ほどまでとは雰囲気が変わり、小さく見えた。

 事実、「こんな老いぼれだけが僅かに生き残った」と顔を伏せた。


「俺が帰って来た時にはもうこんな街になっていた。あと五日早く戻っていたら……。だから、少なくても今を守らなきゃいけないんだ」


 ミイラのような痩躯の男性もそう告げた。ラオと呼ばれた男性も同様に苦悶の表情を浮かべていた。悲哀に満ちた匂いが立ち込める。


「アンタはだからそんな格好に?二人よりもまだ若いだろ。痩せるにしても、その痩せ方は異常だ」


 ゼオとラオは痩せてはいるがミイラ男ほどではない。食料不足と活力低下による飢餓状態ではあるが。


「解るか。ああ、いくら若かろうが、力があろうが限度はあるからな。だから、因素(イド)を少なからず反転させた。俺じゃそれくらいしか思い浮かばなかったからな」

「軽度だろうが禁忌は禁忌だろ。お前らが知ることはないはずだが?」


 因素(イド)とはこの世界のあらゆるモノを構成する物質。それは体内にも存在する絶対的な構成物。基本知識しかなくても、その重要性は理解できた。だが、反転なんてものは私には分からない。


「水の因子(イラ)を火に転換したのさ。これくらいなら、因学(いがく)の応用だろ?あとは火に命をくべればいい。反転とは言ったが、そこまでの代物じゃないさ」

「属性の転換だけでも普通の住民にはできないさ。それに対属性の転換は反転で合ってるし、応用にしたって知識と素質などがなきゃ成功しない。反転なんてバランスを崩すんだ。よくその場で燃え尽きなかったものだ」

「たしかに。いまでも凄く渇きを覚えるよ。だが、引き換えに腕力と火因子への干渉が出来るようになった。因素(イド)学者や治癒者、聖職者には及ばないだろうが」


 この世界を構成する因素は八つの因子に大きく分類される。水と火。土と風。(コウ)(ジュ)()(エキ)。それに加えて光と闇があるが、人間は扱えない為に詳しく解明が出来ないので八つとされている。それは人間以外からするとひどく勝手なものだと言いたくなる傲慢さだ。

 そして、普通の住民は基礎のみ知り得るが、因子に干渉して何かをすることはほとんど出来ない。せいぜいが、民間療法に伝わる『おまじない』として言霊に乗せて癒因子に働きかけて治癒を促進させる程度のものだ。それすら、気の持ちようとする程の微々たる効果でしかない。


「俺が知ってるのは、薬師(くすし)の家系だったからだよ。隣村に行っていたのも、薬草の採取の為さ」


 そう嘆いて乾いた皮膚を撫でる。薬師は病気を抑えたり、怪我の治癒を促進する人たち。治癒者ではあるが、癒術と言う因子の干渉により直接治す職には程遠い。

 故に、男性が村から戻った時には大怪我した人物の快復が困難に成る程に薬も人手も足りず、傷口から感染し次々と死に逝く光景を見なければいけなかった。それが、男性に禁忌を決意させた。

 しかし、男性にとっても知識が充実している訳ではなかったので、賭けに出るしかなかった。そして、勝った。寿命と引き換えに力を得ることに。生き残った住民が飢えて死ぬだろう短い時間を守る為に。

 いくら有志がいようとも、狩猟が毎回成功する訳ではないし、採取も採り尽くせば終わり。そもそも、絶望を乗り越えて生きる活力がなくば、どのみち死ぬのに長い時を必用とはしない。本当に終わりに向かうだけの街なのだ。


「最期を見届ける役を請け負ったのか。大した奴だよ。状況が違えば仲間にしたかったよ」


 ヴィスカも相手の覚悟を悟り、姿勢を正して男性に視線をきちんと向けた。


「ロバリーは何か言っていたか?」


 この街の実情を理解し、そして本来の目的を遂行すべく質問を続ける。


「わからない。………ただ、ペフィドのやつは…」

「ここを豊かにしたら、いったん王都に帰るとはよく言っていたらしいな。そのあとは、また貧しい所を救うとも」


 男性に続き、ゼオが答えた。どうやら情報は又聞きみたいだが、無いよりはマシとヴィスカは聞いていた。ロバリーの名前も又聞きだとしたら、正確さに欠けるだろうと思いながら。


「わかった。じゃあ、始めに言ったように出ていくよ。アン、二人を捜してきてくれるか」


 そっけなく立ち上がるヴィスカに促されて、私も立ち上がる。


「ああ、ここでの三人の配置は良かったよ。ただ、アンタも座らずにいた方が即座に動けるし、ゼオって人も背後から動かない方が良い。あれじゃ、何の為に包囲したのかわからないし、机を挟んでいたら身は守れるが逃げられる。とくに、覚悟を決めて力を手にしたアンタが一番安全な場所にいた。火因子に干渉できるにしてもな」


 そんなアドバイスをして、私を連れてラオの横を通り、空き家から出る。


「さて、と。アン、アタシは拠点に戻って二人が戻ってきているか見るから、それ以外の場合を想定して自慢の鼻で二人を捜して。襲われることは無いだろうし」


 背伸びをし身体をほぐしながら私に指示を出して、歩き出す。

 ヴィスカと別れた私は先ずは適当に歩いて、鍛治屋の辺りに戻って来た時に二人の匂いがあった。時間もそれほど経った感じではなく、早足で匂いを追い、すぐに二人を見つけた。そこは、崩れて半焼していたが、薬師を示す看板が傾いて架かっている診療所だった。

 包帯を巻いて寝ている三人の傍に二人はいた。その三人からは既に死んでいるのか腐敗臭を放ちビクともしなかった。


「アンリですか。やるせないですよね」

「ここの医者も死んだか捕まったのか?死体を放置なんて医者のやることじゃないだろ。伝染病が蔓延したらどーするつもりだ」


 この建物の住人だろう男性とは先ほど会っていた。だけど、ここの三人は昨日今日死んだ訳ではないだろう。あの男性は何を思い放置したのか。

 そう言えば、あの男性の名前だけは知らなかった。


「そこの三人。大怪我をしていますが、死因がそれではないようです。彼らはミイラ化していますし、何かの因術(イベル)による被害者でしょうね」


 ミイラ化していても、保存料などもなく傷口から侵入した虫によって腐敗している。

 これがあの男性のしたことだろうか。自分一人だと行えなかったのだろうか、禁忌というのは。覚悟とはなんなのか。あの男性も含めて、歪んでしまっているのか、私には判断出来なかった。ただ、男性たちと話して、ヴィスカが待っていることだけ伝えると、セロもランブも表情を固めた。


「そう、ですか。薬師の方が…」

「本末転倒かよ。なんなんだよっ、クソ」


 ランブが焼けた椅子を蹴り付けると簡単に崩れ落ちた。それで余計にイラついたのか、空の薬品棚を蹴りつける。


「ランブ」

「わーてるよ」


 そしてランブも自分を抑えた後に、三人で拠点へ戻った。


「お帰り。ああ、ラオ…アンに聞いてるかも知れないが、情報をくれた一人がアンと別れてから走ってきて、明日の朝まではここを使って良いってさ」


 それから各自椅子に座り情報交換を行った。セロたちは情報はなかったが、食料などは多く調達していた。勝手に持ち出したことを知っているはずだが、男性たちは何も言わなかったので貰うことにした。こちらも命に関わることなので、同情だけでは諦められない。まして、空き家には長い間入った痕跡は無かったので、どのみち向こうはそんな気が無かったみたいなので、頂戴することに決まった。結局は、死ぬことを選んだのだと。

 その後は、ヴィスカの口から聞いた話を二人に説明した。


「手が込んでますね」


 重苦しい雰囲気がこの場を支配する。

 さらには診療所で見た三人のミイラに関して話が及んだ。


「アイツがそんなことしてまで守るだ?信じられるかよ」


 ヴィスカは怒気を孕んだ悪態をついて、机に置いてある水を飲んだ。


「アイツラがどうなろうと、アイツラで決めたならもう怒らない。だが……」


 一呼吸吐いて、自分を抑えてから、あえて何事もないように一言を放つ。


「ぜったい、壊滅させるよ」

「ああ、とりあえず王都だな。そこにいれば楽なんだがよ」


 新たな目的地が決まり、私たちは日の出と共にロンバに跨がり街を出発した。


 王都…か。

 なんだか、ざわつくよ。なんだろう。

「因素については日曜学校とか家庭で因子八属性については教えられるんだって。私もそうだったのかな」



因素(イド)


この世界を構成する因素は八属性の因子(イラ)に大きく分類される。

水と火。土と風。鋼と樹。癒と疫。

それに加えて光と闇があるが、人間は扱えない為に詳しく解明が出来ないので八つとされている。

それぞれそこから派生・細分化された現象を発現する。

例えば水因子には氷やクリスタル化や透明化。

土因子は液状化や肉体強化などという具合となる。

また、因子では上記が相反属性ではあるが、相性の良いものもある。

水と癒。火と疫。土と鋼。風と樹。このようになる。

複合現象として、水と火など相反属性によって引き起こされることもある為に以上の関わりが一概に正しいとは言えない。


職業では、土木や製造職には土・樹・鋼の因術(イベル)を得意とする専門職が存在する。

治癒者や聖職者は水・火・癒・疫を得意とする専門職が存在する。

因素学者は自ら行使をして実験を行うことがあるので、なるべく全属性を扱おうとする者が多くいるが、特化した専門職ほどのことはできない。

行使にあたり、個人の資質に左右されるので、能力幅も異なり、希望の専門職に就けるとは限らない。



「基本知識のおさらい。うー、眠くなってきた」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ