物色×遭遇
セロによって簡単に片付けられた食卓には雑穀の炊き込み、干し魚の焼き物、ブタケのスープが短時間で並んだ。
ランブの手際の良さ、仕込み、知識や素質などが重なった結果であり、今までもランブのそうしたスキルによって美味しい食事が取れていた。
「干し物はこれが最後だ。穀類はここで少し調達出来たが、傷みや虫食いなどであまり確保は出来なかった。あとで、探索に行ってみるわ」
「アタシこの茸嫌いなんだよね。アクが強いっていうか……」
ヴィスカはスープから茸を取り出して、私の器へと移していく。
ここに至るまでに直食べを矯正されたので、先が尖った木匙を手にしている。ブタケは美味しいのだけど、私も臭いが強くて苦手だったりする。でも、それは贅沢なことなのだろう。だから、食べれる物は食べられる時に食べる。雑草や残飯にはもう戻れそうにないかもと、この短期間の食事で思うようになってしまった。
「空き家だとしても強盗のようなことはあまりしたくはありませんが、仕方がないですね。売って頂けるような状況でもなさそうですし」
上品に魚を解しながらセロも探索に賛同する。
干し魚は固いのに、どうやってあんなに綺麗に食べられるのだろう。つい、両手で掴んだらヴィスカとランブに睨まれた。ヴィスカはともかく、ランブは料理に関しては厳しく躾てくる。それが美味しさを減衰させるので悲しい。
「アタシはアンと近辺を調査するよ」
具のないスープを飲みながら、ヴィスカは片目で私に同意を求めてくる。
「うん」
スープ塩辛いなー、と思いながら即答で返す。私は薄味が好きだ。出来たら、素材そのままの味がいい。──やっぱり、贅沢になっている。ダメだよね、これじゃ。
「よし、親父さんも食べたら早速行きやしょうぜ」
食べるのが早いランブは、みんなが半分食べた所で立ち上がり扉まで歩いていった。
「………いまは、いないか」
扉を見つめながらそう呟いた。
「余所者に警戒するのは当然でしょうね。ましてや、この街だと尚更です。それだけなら、こちらも無視をするべきですよ。無用な軋轢は双方にとって利にはなりませんからね」
最後の魚を咀嚼し、セロもランブのほうを眺める。
立て付けの悪い扉の隙間から二人分の匂いが先程までしていた。そのことを、他の人も気が付いていたみたいだった。
「ただ、向こうがそれ以上の動きをしたらアタシラも相応に動くしかないけどな」
傍らに置いてある曲刀をヴィスカは一瞥し、雑穀を掻き込んだ。
みんなはどんな事があっても動けるよう、警戒は怠ってはいないようだ。
私にはまだ詳しい話を聞かせてくれないので推察するしかない。その材料すらかなり少ない状況なのだけど。何かを確認するためにこの街に訪れ、ここの住人たちに妨害される状況になった場合は対応するっていうことくらいにしか、私には思い付かない。
私はどうするべきか。何をするべきか。しないべきか。三人は言葉にしなくても方針が決まったようだが、私には解らなかった。それが、三人との距離でもあるのだろう。私はただの拾われた犬でしかないのだから。
何かがチクリとした。きっと、私はこの短期間で弱くなった。何も解らないのに、さらに弱く……。
「アン、食べたらアタシラも行くぞ」
いつの間にか私以外は食べ終わっており、それぞれが支度を始めようとしていた。
***
簡単に荷物をまとめて、何軒かの空き家を訪ねたが収穫は特になかった。それでも、まだ状態の良い保存食や薬、消耗品や使えそうな雑貨などは手に入れた。
「んー、調達印と血痕以外には食べられそうな物が少しか。気休め程度でも薬があったのは収穫といえば収穫か。目的の収穫はなしか」
ブツブツと収穫物を小分けに整理して、幾つかを私の荷袋に押し込んでくる。
そして収穫物の整理が終わり、再び拠点からはあまり離れないよう意識しながら円を描くように調査を開始した。調査と探索の違いが私には渡らなかった。
「おっ、ここは鍛冶屋か?こんな大きくもない街でこの規模の店なんて。儲かったのかね」
ヴィスカの後に続いて鍛冶屋らしき建物に入ってみる。
村やそれほど大きくもない街では、農具などは自分たちで直すなどし、このような商いは流行らないらしいと説明された。しかも、この建物はさらに規模が大きいらしい。農具の製造・修繕以外に武具の製造や鉱石などからの鋳造も出来る設備が存在する可能性があるみたいだ。ただ、この建物は他の空き家や露店の跡よりも荒らされていた。
農具を中心にしても武器となる物がある為に、真っ先に破壊されたのだろうとヴィスカが説明してくれる。焼かなかったのは強奪し、さらに捕獲を容易にする為だろうとも。その為、その他の破壊工作が派手になったのだろう。
「あらかた壊れてるな。予想した通りだからいいが。お、引き出しの奥に……ダガーの類いか?やたら錆びてるから盗まれなかったのか。ま、研いだら使えるかな」
そう言って赤茶けた錆びに覆われた短刀を私に渡してきた。
「常には護ってやれないだろうしな。ほら、この収納ケースなら大丈夫だろ。専用の鞘があれば良かったがな」
いかにも短刀を納める為のものとは思えない桜色の革ケースを寄越してきた。
「後で腰に巻けるようにしてやるよ。親父が」
それ以外には破壊されて修復も困難な物ばかりで、目ぼしい物は奪われた様子だった。
研磨石だけは台座から落ちていたが使えるので、瓶に飲めないものの腐ってはいないような水を足しながら、ヴィスカは愛刀を磨いで頷いていた。わりと上質な研磨石だったらしく、納得のいく仕上がりに出来たみたいでうれしそうだ。
その上質な研磨石の砕けた物を荷袋に幾つか入れてから、私の短刀を磨いてくれるらしく、再びケースから短刀を出して手渡す。
「渡してなんだが、なんか鱗みたいに変な錆が付いてるな。磨くにも手間がかかりそうだな」
赤茶けた錆は実際に鱗のように波打つ感じで凸凹しており、厚みもありそうだった。
「こいつは予想以上かもな。諦めたほうがいいか?」
暫く研磨石で磨いてくれていたが、一片たりとも削れもしない。それどころか、上質と言っていた研磨石のほうが磨り減っていく。
「錆じゃないのか?封印?」
ダガーを見つめながら呟き、研磨を諦めて私に返してくれた。その時、一片と言うか、本当に鱗の一枚のように一部が剥落した。
「剥がれた?やっぱり錆だったのか?」
剥落した部分から覗く刀身は鈍色をしており、錆と見分けが付かなかった。
「やっぱ、なまくらか?アン、どうする」
鈍色の刀身に特に惹かれる物はない。ヴィスカの問いは捨てるかどうするかと言う意味だろう。なぜか、捨てることに抵抗を覚えた。自分に重ねた訳ではないはずなのに。
「わたしの」
「そっか。それはアンの物だ。好きなようにしていいからな」
また乱暴に頭を撫でられる。気持ち良いより、痛い撫で方。だけど、私はそれが嬉しかった。
その鱗のような錆に覆われた短刀を桜色のケースに納め、胸の前で抱えるように持つ。やけに軽いそれは、なぜか温かかった。
そして、ここの用事も済んで、ヴィスカに続いて外に出ようと扉に近付こうとして、誰かがやって来た。匂いなどで、私たちはすでにその存在に気付いていたが、今までも直接的な行動がなかったので無視していた。それが、ここで行動に移した。
「おい、お前ら何しに来た」
私もそっと扉から顔を出したら、侮蔑な第一声を発した。その声は固く、警戒と恐怖が混じっているのか拒絶を孕んだ語気の強いものだった。
その言葉を発したのは、痩躯で眼窩が落ち窪んでおり、頬も痩せこけたミイラみたいな男性だった。その右手には鉈を持って、左手には木の板で作った簡素な盾を持って立っていた。
「丁度いい。ここを襲ったヤツラはなんて名乗った。なにか、言っていたか?」
怖れもせずにヴィスカは一歩男性に近寄り、確りと視線を合わせて正面から尋ねた。
「なにが目的だ」
それに対して男性は一歩下がるも睨みを強めて、鉈を持つ手により力を入れたのか、痩せた腕に血管が浮き上がる。
周囲からはさらに二人の匂いが嗅ぎとれた。
ランブでもセロでもない匂いだ。
「ヴィスカ」
そのことを教えようと名前を呼ぶと「中に入ってろ」と言われる。しかし、素直に中に入る訳にもいかずに成り行きを見守る。
「アタシラは何もしないよ。いや、ちょい食料とかは貰ったが、アイツラの情報が欲しいだけさ。解れば出ていくよ」
食料などを詰め込んである荷袋を持上げ、それを見て男性は考える素振りを見せた。
「………、………ついてこい」
持っていた鉈を下げて、背を向け歩き出した男性に対して、小声で「無防備だよな」と、ヴィスカは呟いた。
私も慌てて外に飛びだし、ヴィスカに着いていく。背後からは、二つの匂いが一定の距離を開けて随伴してきた。
「えと、レビーに関してじゃないけど…」
*毎週の呼称*
第一週:処女旬
第二週:双子旬
第三週:御巴旬
第四週:幸葉旬
第五週:星行旬
第六週:完箱旬
第七週:環休旬
※ただし旬は基本発音しない。日付は○○旬の○日と表す。
*毎月の呼称*
一月:初空
二月:木梅
三月:芳春
四月:花残
五月:菖雲
六月:涼雨
七月:七夜
八月:草金
九月:李白
十月:時雨
十一月:霜待
十二月:師暮
※一日は二十時間
一月は週五日の六週間
一年は十二ヵ月
ただし、初空は七週間
「長いよ」




