閉ざされた街
やはり手を握られず、首輪に繋がれた鎖を引かれての行程となった。私も特に気にしなかったが、セロは苦笑していた。
そうして休憩を挟みながら徒歩で一日、そこから小型のロンバという馬を調達して半日ほどで寂れた雰囲気の街に辿り着いた。
村よりはやや大きいくらいの規模のここが目的の場所らしい。人の往来が久しくないようで、街から街道へ続く至るところに雑草が多く伸びている。街から吹き込む風は慟哭を孕んでおり、どこか近よりがたい。
「ここがレビーの街か」
ランブが瓶に入った水を煽りながら呟いた。
「アン、前閉じとけよ」
ヴィスカが私に話し掛けてくる。
ここに来るまでにヴィスカは常に私に話し掛け、面倒を見てくれた。お世話はランブに任せきりだったが。その過程で、アンリから「アン」に変わっていた。
「前の村や辺りの集落では収穫はありませんでしたからね。ないのが良いことなのでしょうけど。…一人増えたのは大きな違いなのかもしれませんが」
セロは唾広の帽子を深く被り、日射しから顔を背ける。
「あそこはただの通り道のついでだったしな。ここは噂以上かもな」
道中も三人で何かを話していたが、私には教えてくれなかった。三人は何かの目的の下に動いているみたいだが、私に教える程の信用は得られていない。ただ、奴隷に関して詳しいように思えたので、その関連と予想付ける。この地域の奴隷知識がどれだけなのかも知らないけど。そして、私自身が奴隷という当事者なのだが、とくに感慨深い思いはなく私からも特に聞かなかった。
「アン、アタシから離れるなよ」
ヴィスカは私の首輪までを隠すように、首にさらに黒レースの布を巻き付けた。暑いよ…。
そして、そっとマントの中から手を出され、初めて握られた。ヴィスカの手は確りとした力強さで、それに対して温かく柔らかい。その手は繋いだ時に僅かに震えていたように思えた。それは気のせいだったのか、すぐに震えは消えていた。
「姐さん、すげー過保護っすよね」
「あん?飼い犬がはぐれないように手綱握るのは当然だろ。アンタも親父に握って貰え」
道中でこの二人の掛け合いにもかなり慣れてきた。二人の関係は同等だと、群れの構造を変更してやり取りを眺める。
「仲が良いのは善いことですね。そう思いませんか、アンリ」
セロも優しく笑い掛けてくれて、当初に感じていたモヤモヤは何処かにいった。
まだヴィスカとセロが話しているとモヤモヤはするけど……なんなのだろう。よく解らない気分に首を傾げてみるけど、解らないものは解らないのでスッキリしない。
「いったん下見をしてみましょう。状況によって変わってきますが、そのまま宿を取りましょうか」
「やってりゃいいがなー」
「それくらいは、やってるでしょ」
私たちはレビーの街に足を踏み入れた。
***
レビー。そこは一言で言えば終わりに向かうだけの場所だった。一見すると廃墟としか見えない街。街道からして、久しく人の往来がないのは予想できたので、それは確実なのだろう。
「こうも人がいねーとはな」
「僅かにですが気配はするので居ることは居るのでしょうけど、歓迎はされていないようですね」
「アタシラの姿見て隠れるように慌ただしい音も聞こえたしな」
街中は伽藍としており、扉や窓は閉められていた。
何軒かは煙突から細く煙が昇っていたが、人影は街の中央通りを中心に適当に見て回るが一人として見掛けなかった。
「気配は五つ。逃げて行った音が三つ。多くても十人程としか遭遇しませんか」
「これが大虐殺の影響か」
「ここの権利者の手引きって噂もあるし、好き放題にやられたんでしょ」
三人が街を眺め歩きながら、感想を共有していく。道中にもそうやって三人が話しているのを見ていたが、やはり私はただ拾われた犬みたいなものなのかなと思う。
それでも私も人の匂いが薄い事を言うべきか迷っていると、「宿を取りましょう」とセロが提案して発言の機会が消えた。
ここに来るまでに人よりも鼻が効くらしいと言われた私の活躍はやってこなかった。がっかり。
「やってるかー?」
「なかったら、そこら辺の空き家でいいでしょ。空き家には困ることはなさそうなんだしね」
結果、周囲を探したが宿はなかった。あったはあったが、半焼しており中も血痕が飛び散っていた。
ヴィスカの提案通りに空き家を物色して、街の入り口近くに比較的綺麗な物件があり、そこを拠点にすることにした。
立て付けが悪くなった扉を開けると、埃がキラキラと舞い上がる。それが蜘蛛の巣に絡め取られる。
「結構揃っていますね」
蜘蛛の巣を取り除きながら空き家を調査する。人の居る痕跡はないので、先程以外の住民が暮らしていることもないだろう。
調度品なども揃っており、拠点には十分な設備があった。だが、所々に砕けた木片や何かで斬られた跡などが目に入った。幸いというか、血痕はなかった。
「住民はどうなったことやら」
「逃げたか、売られたか……あるいは」
「殺されたかのどれかでしょうね。ここには血痕はないので殺されてはないでしょうが。すぐに投降したのか逃げ出せたのかは分かりませんが」
「つっても、街一つはやり過ぎだろーがな」
「けど、あの奴隷商人たちが犯人で間違いないなさそうね」
ヴィスカが壁を叩いて皆の目を引く。
壁には×印を▽で囲んだ模様が刃物で付けたと思われる傷痕が残っていた。
「商品調達マーク。この家の住民は全員奴隷として捕まった可能性が高いですね」
先程の推測を決定付ける記号なのか、そのマークを見たセロは結論を口にする。
「検証もいーが、いったん飯にしねーか」
沈痛な雰囲気をランブが荷物を漁り始めながら提案する。
「そうですね。食べられる時に食べましょうか」
「敵がいないとも限らないしね」
扉に目をやりながら各自荷物を下ろす。
ランブは簡素な調理場へ行き、セロも「食べる場所くらいは綺麗にしときましょう」とテーブルやイスを整え、掃除を始めた。
ヴィスカはそのイスに座りその様子を眺めている。この集団でヴィスカは特に何かをしているのを見ていない。私の中の群れの構図が混乱する。ので、考えるのを諦めた。きっと本当のボスはヴィスカなんだと決め付けて。
そして私も預けられていた荷物を下ろし、貰ったマントと首に巻かれた黒レースを剥ぎ取り元の格好に戻る。
「ふわ、すずしい」
やはり、こっちのほうが落ち着く。尻尾は気に入ってしまったけど、自然を遮断するマントが妙に馴染めない。
「食料も調達しないとな」
料理担当らしいランブが棚を一通り漁ってから、調理を始めた。どうやら、そこまで片付けなくとも調理に支障をきたすほど荒れてはなかったようで、ランブは喜んでいた。
「寂しい、悲しい匂いがいっぱい」
*レビーの街*
人口:不明
特産:なし
特質:なし
備考:かつて大虐殺により衰退した街。当時の生き残りが怯えながらも暮らしているが、農地なども既に廃棄されており、僅かばかりの食料と周囲の採取によって暮らしている。すでに生きる活力を喪った者が大半で発展が望めない状況となっている。
「なんだか、苦しい。空気が気持ち良くない」




