美味しいエサとケモコス
魚の匂いに釣られて目を覚ますと、焚き火を囲い私を膝枕してくれているヴィスカを含む三人が車座になり、焼き魚を中心に遅い晩御飯…もう明るくなってきたので、早い朝食を食べていた。
「ん?起きたか。ほら、エサだぞ」
まだ横になっている私の鼻先に焼き魚を近付けてきたので、鼻をクンクンさせながら起き上がる。
周りには大きめの葉に湯気の上がる穀類があり、枝に刺して火で炙っている川魚。小さな木の実まであった。
すでに会話は終わったみたいだ。もしくは、それは夢だったのか。内容も思い出せないので、目の前のご飯に集中する。
「よし、喰っていいぞ」
ヴィスカの合図に、ランブは受け取った魚を枝から抜き、葉の上に置いてくれた。
「…くわあ」
欠伸を噛み殺し、まだ眠っている頭を切り替えていく。
その間にも、ランブがご飯と木の実も私の葉に取り分けてくれた。その美味しそうな匂いにつられて、置かれた魚に手を使わずに直接口を付けて一口噛み千切る。口に拡がる淡白な白身に脂が乗っており、炙った皮がパリパリと食感を生んですごく美味しい。すこし焦げた苦味も嫌じゃない。そして、二口三口と口に入れ、腸も美味しく食べてしまった。
それを三人は苦笑や困惑混じりの顔で見ていたが、魚の美味しさに口が離せない。私の記憶では、屑野菜や何かの料理の残飯を漁って食べただけだったので、この獲物は奪われる訳にはいかなかった。
「おい、なに犬みたいに喰ってるんだ。アタシらと会った時は手を使ってただろ」
魚を食べきり、ようやく顔を上げると口の周りの身を取ってくれた。
そして再度たしなわれ、横に添えられていた木匙を握らされたので、渋々それを使い穀類を食べ始める。何種類かの穀類を混ぜたご飯は、仄かな甘味とモチモチした食感がした。
美味しかった。
残飯など言うに及ばず、すごく美味しく感じた。
「おい、なんで泣くんだよ」
ランブは当惑気味に聞いてくる。だが、それもすぐに苦笑顔になる。
親父は裁縫の手を止めて優しく私を見ており、ヴィスカはもくもくと食後の一杯を楽しんでいた。
「くん………おい、しい」
「そっか。沢山はないが、喰えるだけ喰っとけよ」
小さな魚と穀類を少し足され、私は木の実も含めて全部食べた。満腹なことが、こんなに嬉しいことなんだ。きっと、最後まで泣いてたと思う。しょっぱい味が最後まで混ざっていたから。
食べ終わる頃には完全にオドが出て明るくなっていた。
その頃には親父も裁縫を終えており、朝食も食べ終わる頃だった。
食後に山羊乳を渡され飲んでいると、親父と呼ばれていた男性が紹介を始めた。私のボスにもなるので、手を止めて男性に確りと視線を合わせる。
ご飯のお陰か、隠れる事もなくきちんと視線を受け止められた。
「改めて、私はセロ。二人からは親父なんて呼ばれてますけど、好きに呼んで大丈夫ですからね」
親父改めセロが柔和な笑みで自己紹介をしてくれた。
「……ん。…ボス」
私はまだモヤモヤした気分があるものの、それも初対面時よりは落ち着いていた。ご飯の力は偉大みたいだ。
それでも何て答えたらいいのか迷い、セロをそう呼んでみる。
「ボス、ですか」
柔和な笑みが苦笑で眉が下がった。
「こいつ、あんま喋んないからな。見て分ったと思うけど、こいつはアンリって名前だ」
ヴィスカが私の首輪を指差して代わりに紹介してくれる。
「姐さんの飼い犬でいいのか?」
「さあ、な」
ランブの冷やかしにヴィスカは冷やかに返した。セロには先ほど飼い犬と明言していたのにも関わらず、不明瞭な返答をしていた。
「これからよろしくお願いしますね、アンリ。まずはプレゼントを受け取って頂けたら嬉しいです」
そう言ってセロが先ほど縫っていた黒い布を差し出し、それを受け取る。
広げて見ると、二重に折り畳み縫われた元マントに幾つかの装飾が施されていた。
裾に当たる部位には白レースがあしらわれ、前を留める大きめのボタンが付けられ、ボタン穴が骨のデザインに見えるのは気のせいだろうか。
何故かマントの後ろには赤いリボン付きの尻尾。左胸辺りに肉球ワッペン。マントにボタンで付け足せる猫耳型に尖ったデザインのフードまであった。
すべてのオプションが実用性が伴わないような手作りだった。
「………。……わふ?」
セロの事がいまいち解らなかった。
「犬なのか猫なのか、わっかんねー」
「……似合ってはいるかも、な」
ランブはしかめっ面で、ヴィスカはやや目が輝いているような感じで元マントの成れの果てを見ていた。
とりあえず貰った物を身に着けてみる。
体格に丁度良いサイズで作られており、慣れていた風を遮断した。
「………がと」
尻尾を弄りながら小さくだが自然とお礼が漏れた。どこか気恥ずかしく、そして温かかった。
「似合っていますよ。流石に靴までは作れないのが申し訳ないのですが」
身体は隠す事は出来ているが、未だに裸足のままだった。
「いい」
実際に裸足のほうが土の感触を確かめられて好きだった。
というか、暑くなってきた。
ボタンを外し中に風を送ると、慣れていた風が素肌に触れて安心した。目を閉じて、しばし風の快感に浸る。
「留めとかなきゃ、意味ねーんじゃ」
「慣れるまで時間が掛かるだろ」
ボロボロな服は着ていたけど、こう確りとした服は違和感があった。風を堪能した後に、まだ落ち着かない気持ちを、尻尾を弄り誤魔化す。
二人の会話を自分の尻尾で遊びながら聞いていると、セロが立ち上がった。
「ご飯も済ませましたし、アンリにもプレゼントを贈れましたので、そろそろ行きましょうか。それとも仮眠を取りますか?」
「いや、行こう」
「おう、火消しやすぜ」
火を消して二人も立ち上がり、ヴィスカが手を差し出した。
「アンリ、行くぞ」
「ご飯ご飯…エサ?エサエサー」
*食事*
多くの住民は質素だが、一日二食は摂取している。
主食となるのは、複数の穀物を混ぜ合わせた雑穀を蒸かしたり、煮汁と煮たり、薄く伸ばして焼いたりして食している。
オカズで多いのは自分たちで栽培した野菜を始め、木の実や木の根、蔓など食用に適した自然食。
川や湖などが近くにあれば魚を捕ることや、小動物の狩猟なども行っているが、貧しい為に家畜に与える餌がもったいないという考えで、飼育している個人・集落ともに少ない。
家畜とするならば、鶏や山羊が主流。
財や地位があれば、飽食まではいかなくても、かなりの質の料理を食べている。
流浪人や小商人などの旅をする人物は、保存と重量なども考え、基本は現地調達。集落などから買うことは困難なことが多い為に狩猟などのサバイバル能力が自然と必須スキルとなっている。
ただ、 携帯用の乾燥雑穀や木の実などの保存が効く素材、干した肉や魚などの加工品。飲み水などを携えているが、量はさほど持ち歩かない。
奴隷に対しては様々。毎晩十分な量と質が与えられる所もあれば、数日は水さえ与えられないところもある。それは、奴隷の種類に起因することが多い。
「……がう、まて…」




