裁縫と飼い犬
闇の向こうから二人の人影が近付いてくる。一人はランブなのが月光に晒されたことによって視認できたが、もう一人は知らない人物だった。
身長はランブよりも高く、スラリとした体型。穏やかな表情と優しそうな雰囲気が伝わってきた。
ランブも親しそうにその男性と話ながらこちらに向かって歩いてくる。
「やあヴィスカ、ただいま。そして、はじめましてお嬢さん」
知らない人物は爽やかな笑顔で挨拶をしてくるが、私はヴィスカの後ろに隠れてしまった。
なぜ、と聞かれても分からない。顔を出し、男性を観察してみても敵対する気配はない。それでも、ヴィスカの裾を摘まみながら様子をみる。
「こんなとこにいやがった。先に行くなら言えよ」
男性の後ろでランブが憤っていた。先に帰ってきてしまったせいだろうか。ヴィスカを一時的にも独占してしまった為だろうか。
「そう怒らないのですよ。水浴びをしていて聞こえなかったのではないですか?それと、お嬢さんもランブを怒らないでやってください。これでもお嬢さんを心配して捜していたのですから」
「ちげーよ」
品のある男性が和やかに話し、それに対してランブは慌てて否定をした。
「ランブからも聞きましたけど、そのお嬢さんがヴィスカのお気に入りなのですか?」
ヴィスカはムスッとした顔で腕を組み、私を見下ろしてくる。ヴィスカにとって私は邪魔なのかなと邪推すると頭を叩かれた。
「別にお気に入りなんかじゃ…。捨て犬が勝手に着いてきただけだよ。まあ、飼ってやってもいいが?アタシは別にどっちでもいいんだけどね」
ヴィスカはランブとは違う対応で男性に返しながら、今度はグシャグシャに髪を乱暴に撫でられる。痛い程に。私の様子にヴィスカは気付かない。
男性〉ヴィスカ〉ランブ〉私という図式が頭に浮かんだ。
「そうですか。ヴィスカがそこまで飼いたいなら飼ってもいいですよ。…どうせ、世話は人任せでしょうけど」
男性がため息と共にランブを見る。それに対してヴィスカは口を引き結んでいた。
痛い。乱暴に撫でられない代わりに、今は頭を掴まれている。力を入れているので無意識かもしれない。
「それと、お嬢さんが裸も同然なのはヴィスカの趣味なのでしょうか。話しによっては、今後の課題に……」
「なわけないだろ!こいつが好きでいるだけだよ」
新鮮な反応を見せるヴィスカに何故か男性はムッとしてしまう。
「よかったです。ええ、本当に。ヴィスカの趣味ならどうしようかと考えてしまいましたよ」
「もう、いいよ…。改めてお帰り、親父。戦果はあったのかい?」
今までの和やかな雰囲気を若干固めて、ヴィスカは親父という男性に語りかけた。
泉でランブが言っていた親父さんとは目の前の男性のことのようだ。このメンバーのボス。すでに、私の運命も先ほど言っていたので、間違いはないだろう。
「収穫はありませんでした。話を戻すようで悪いのですが、お嬢さんに服は着せないつもりですか?」
男性は私に一瞥してから、ヴィスカに視線を移して聞いた。
「さっきも言ったけど、こいつが好きでいることだからな。気持ちは解るから、そのまんまにしてんのさ」
ボスに逆らうのは少し臆するが、ヴィスカの返答を追う形で、私もムスッとしながら「これが、いい」と返す。
「そうですか。ですが、このままではまともに街には入れませんよ。奴隷としてきちんと分別するならば兎も角。違いますよね、ヴィスカ?」
「当たり前でしょ。アンリは奴隷なんかじゃなく、アタシの飼い犬だよ」
今度は得意顔で私の頭をバンバン叩いてくる。やはり痛い。
「はあ、わかりましたよ。とりあえず…、よし、私が人肌脱ぐとしましょうか」
言うが早いか、男性は行動に移した。
それからの男性の動きは早かった。紐を取り出して私の身体のサイズを計り、手にしていた荷物を漁りだした。
私は疑問に思いながら、男性の行動を目で追う。
「親父さんの趣味みたいなもんさ」
「ああなったら、終わるまで止まらないからな」
ランブとヴィスカはそれぞれ馴れているようだ。私は頭を手でカバーしながら、ヴィスカを見上げると「なにしてるんだ」と、言われてしまった。
三人とも手持ち無沙汰になり、ランブはこの間に食事の仕度に取り掛かった。
いつの間にか空が白んできていたのに気付いた。
「うーん、古いマントしかないですね。軽く耐魔が掛かってますし、まあ仕方ないですかね……」
ブツブツと呟きながら、黒い厚布を縫っていく。
「姐さん、魚でいいっすか?さっき捕れたやつっすけど」
「ああ、任せる」
ランブは火を起こし、食材を幾つか並べている。
ヴィスカは今度は優しく私の身体を抱いて頭を撫でながら空を見ていた。気持ちよくてウトウトしてきた。
「寝てていいぞ。ほら、膝使え」
私の様子に気付いたのか、ぶっきらぼうに呟き自らの膝を叩いてみせた。
それに倣い膝に頭を置き、身体を丸める。するとすぐに睡魔が襲ってきて眠りについた。
***
どこからか話し声がする。
それが眠る前に聞いた声たちだと思いながら、しばらく微睡んでいる頭でその声を耳に流す。
「……Sからの始まりだった………」
「ややこし…すね」
「ただの観賞なら……人形の可………性奴…いや。身体は傷付いてはないだろうけどね」
だんだんと意識がハッキリとしてくる。
どれだけ眠っただろうか。鼻腔は美味しそうな魚の匂いを嗅ぎ分け、みんなの声を聞きながら目を覚ます。直前まで聞いていた内容はすでに魚の匂いによってかき消された。
「この国の基礎知識?」
*シャルル王国*
王政の下に支配された国家。
甘い汁を啜る一部の官僚や貴族以外は最低限の生活を送る国民が多く、治安も良いとは言えない。
反王国派も存在し、デモやテロも度々起きている。
また、王国の特徴としてシャルル三世王が主体となった「奴隷文化」が今も尚続いている。
王都を始め周辺には大小の町村が点在しているが、王都以外は貧しい暮らしをしているのがほとんど。
僻地にはスラム街や獣人街、流刑地なども存在している。
科学と因学が三対七の割合で融合している国家。
国としての存在が危ぶまれている一方、近隣の科学重視の帝国とは仮初めの停戦条約によって、辛うじて国家として運営出来ている。
「んー、私この国いまいち…」




