目的
私たちが食べ終わるのを確認し、ルピルナは近くの椅子に座り、水を一杯飲むと口を開いた。
「まずは何から話そうかね。君たちを発見した所…いや、まずは儂らの目的から話した方が繋がり易いかな」
そう聞いてきて、私たちも依存はなく頷く。
「では、話すとしようかね。まずは、儂とアカの関係だがね。見ての通り種族は違うね。君たちは獣人と一括りにするけど。アカは孤児でね、儂が育てているようなもんだから家族と思ってくれて構わないよ」
アカシェがどうして孤児となり、種族が違うルピルナが育てているのかの説明はないが、私たちが踏み込んでも意味がないと思って説明を省いているのだろう。
ルピルナの視線は、先程と同じ優しい眼差しを扉に向けていたが、次にはその視線をやや険のあるものへと変える。
「それで儂の目的はな。今回の奴隷の闇市に儂らの仲間が一人出品されると言う情報を掴んだからだね。儂は、そいつを助ける為に来たということね。集落を出て行った奴を助ける義理はないけど、やっぱり仲間だからね」
ルピルナの話から、集落を出た仲間が奴隷商人の一団に捕まり、今回の闇市の目玉商品として競りに賭けられると言う情報を獣人のネットワークで掴んだとのこと。
集落で話して、仲間を捨てて出て行ったその人物を助けるかどうかで話は分かれたが、ルピルナはその人物の家族から頼まれた為に、こうしてやって来たらしい。ルピルナに依頼した経緯は、家が近くその人物が小さい時から知っており、かつて集落の戦士として護ってきた実力もあったからだと。
現在はアカシェを引き取り、隠居している身だったが、そのアカシェに世界を教える為にも引き受けたとのことだ。
「儂に番はいないが、アカには幸せになって貰いたいのもあって、実際は連れて行くかどうしようか迷ったんだけどね。でも、アカに世界を教えたくてな。彼には悪いが、そんな打算もあったよ」
そう言い、笑う。
「二人でここまで来たけど、闇市には入れそうになくてね。迷っていると、他の獣人の臭いがしてね。行ってみると、君たちが血塗れで倒れていたんだよ。始めは無視して、彼を探そうと思ったんだけどね。アカは君たちを助けようと言ったから、助けただけなんだよ」
アカシェが提案しなかったら、きっとルピルナはそのまま仲間を探していただろう。そうしていたら、私たちはどうなっていたのか。きっと死んでいたはずだ。助かってたとしても、いずれやって来た兵士に殺されていたはずだ。幸運だったのだろう。
「ああ、彼が捕まっていたのは誤報だったとも伝えよう。連絡や目撃情報がなくて、そんな情報がやがて奴隷になったと変化したんだね。今回、出品はされてなかったみたいだよ。まあ、彼が無事かどうかは、まだ見つかってないから本当は分からないけどね」
いくつもの獣人の種族が連係して作るネットワークには、仲間が人間に捕まった為に悪感情を持った人物や、奴隷解放に動いている集団なども含まれているらしい。
それが、今回の情報源を変に受けとり、その不確定情報が集落まで流れてきたのではないかとルピルナは話す。
ただ、その人物は相変わらず消息が不明の為、強ち間違えていない可能性もあるとのこと。
「ここは、事前に見つけた儂らの拠点だから安心して良いと思うよ。さて、君たちが戦った獣人の事と、どうしてそうなったのか聞かせて貰おうかね」
その瞬間、背筋が凍り付く。ルピルナの殺気なのだろう。内容によっては敵になると、暗に語っている。
当然だろう。獣人と戦うと言うことは、ルピルナたちと敵対する可能性もあるのだから。
獣人を捕らえる立場なら、間違いなく殺すと言うこと。それ以外でも、情況次第で敵になるのだから。
「俺から話すぞ」
「あ、ああ」
ランブの身構えながら、私に視線を向けてくる。
「俺たちは奴隷解放に向けて動いている。今回は、奴隷商人の中心人物に繋がる闇市について情報を掴んで侵入しようといた」
「…その人物とは、ロバリーと言う奴かな?」
「知ってるのか?」
ロバリー自体の名前は結構知れ渡っている。だが、その人物の情報はほとんどなかった。
ルピルナが知っている可能性もあり、ランブはやや身を乗り出す。
「いやいや。今回の仲間を捕まえた一団がその人物の集団だと聞いただけなんだよ」
「そう、か…」
今もどこかで動いているはずのロバリーたちの情報は錯綜している。その一つをルピルナの仲間が掴んだのだと思う。
「その人物はかなり大物らしいね」
「ああ、彼奴をどうにかしない限り、奴隷は増えていく。彼奴だけじゃないが、間違いなく最大の奴隷商人集団のリーダーだからな」
「そうなんだね。儂はあまり知らなかったけど、そこまで言わせる人物なんだね」
ランブの表情を見て、何かを納得したように頷く。危機感とでも言うのか、そんなものを抱いたのかもしれない。獣人たちにとっても他人事ではないのだから。
「ああ。そんな人物が絡んだ闇市に侵入しようとしたが、正攻法じゃ会員制とかで入れなくてな」
ランブは、脱線しそうになる前に話を戻し話していく。
「奴隷の搬入口を探そうと思って、地下牢が兵舎にあると聞いたから、なんとかそこに侵入して…そこに、獣人たちがいた」
「ん?捕まっていたのかな?」
「いや、俺と親父さん…セロが地下へ続く道を発見して、別行動で入り口を探していたヴィスカたちを俺が呼びに行っている時に、セロが入り口を見張っていたんだが………、戻ってみるとセロの姿がなく、変わりに血が飛び散っていた。慌てて降りていくと、突然獣人が襲って来たんだ。俺はすぐにやられたからよく見えなかったがな」
「ランブと、恐らくセロをやったのは間違いないよ。蜥蜴の獣人と黒毛の猫のダブルだ。アタシもほとんど抵抗できず…アンを連れ去られた」
ランブから話を引き継いで答えるが、はやりアンリのことを思い言葉が詰まる。
「仲間が捕まったのか。それに、黒毛のダブルね」
「なにか知っているのか?」
「確かじゃないけどね。集落にかつて特徴が似ている女の子がいてな。その女の子はいつの間にか行方不明になったんだね。その女の子と同じかは不明だけど、どうして突然襲ったのか。君たちを兵士と思ったのかな?」
「いや、情況から兵士と間違えられないと思うけどな。あの時、兵士たちは全員出払っていたし、明らかに装備が違うからな」
あの獣人たちも闇市へ何かをするために侵入したとは考えなかった。
いや、実際は侵入したことになるが、私たちやルピルナとは違う目的のはずだ。
「アン…アンリがあいつらに連れ去られた。それが、目的に思える」
「そのアンリを狙ってということかな?なにか、理由があるのかな」
「アンリは奴隷なんだ。アタシたちが出会った時には、記憶が曖昧そうだったが、逃げてきたくらいは予想がつく。アンリにそう攻撃せずに意識を奪って、そのまま連れて行ったからな。連れ戻しにきたと考えている」
「獣人がそれに荷担していると?」
ルピルナは穏やかな心境ではないだろう。
奴隷なんて習慣は人間にしかない。それに荷担していると言われるのは心外なのかもしれない。
「いや、獣人二人には首輪があった。どちらも奴隷だろうね。洗脳状態だったのか、動きも単純だったし」
それでも一方的にやられた。それだけ実力に差があったと実感する。
「奴隷の獣人か。穏やかじゃないね。もし、さっき言った女の子なら尚更だね。人間に使われるだけなんて可哀想だね。ふむ、話は大体分かったよ」
まだ全てを話していないが、ルピルナは納得している。
「このまま帰ってもいいけど、協力しようかね」
そう言って、笑う。




