男との水浴び
あれから一時間ほど歩いただろうか。私は泉にいた。
村からは離れており、川から分離した水と湧水が混ざり合いとても冷たく清んでいる。木々の合間から二つの月が水面に映り、とても幻想的な光景だった。
「姐さん、また捨て犬になつかれましたね」
「なんでだろうね。とりあえずランブ、こいつを洗ってやれ」
そんなやり取りをしながら、女性に鎖を引かれながらここまで案内された。手は繋いでくれなかったので、本当に犬の散歩のように思えた。
その女性は離れた所に行ったので、現在は姿が見えなかった。今はランブと呼ばれた巨漢と二人きりで泉の側にいる。
「いつも面倒事を押し付けられる」
そうぼやき、どうしたらいいのか分からずに茫然と無言でいる私の服を「悪いな」と言いながら脱がせにかかる。
脱がされる事にさして感じ入る事もなく、巨漢らしく太い指がボロボロの服を捲し上げていく。もともと素肌が覗く位に布切れ同然の服が腕と首に繋がる鎖に阻止された。
「これ、鎖が邪魔だな。……やっぱ、切れないか」
ランブが鎖を両腕で引き千切ろうとするも、さすがの巨漢の力でも鎖はビクともしない。
切ることを諦め、服は鎖を通して呆気なく一枚の布塊となった物が私の腕に丸まって収まった。
先に下帯姿になっていたランブが裸になった私を抱き上げて泉に入っていく。ある程度の深さになった所で私を降ろし、冷たい水に身体が縮こまる。膝上位の水深に私を置いて、ランブは肩に掛けた布を水に浸す。
「じゃ、洗うぞ」
無言で頷き、ゆっくりと柔らかい布で身体が洗われる。冷たい水と、優しい肌触りがとても気持ち良くて、ホゥと息が漏れた。
「だが、ほんと喋らないな。いいけど、なるべく姐さんと親父さんには逆らうなよ」
女性もだったが、あれからランブも優しく語り掛けてきていた。殺そうとしてきた時にも、哀切を帯びた瞳をランブは向けていたのを私は見ていた。それが何を意味していたのかは語られない。
山賊のような事をして、話し方も荒いが悪い人達ではないような気がする。
本能が正しいのか、油断させて売られるのかは解らない。でも、私は彼らが発する匂いに本能的に声を掛けて今は共に来たので後悔はないと思う。
先ほどランブの口から出た親父は彼らのボスなのだろうか。未だに姿を見せないので、私の運命はその親父によって決まるようにも思えた。
そんな思考を走らせていく間に、顔から順に下に向かって洗われていく。水に浸かっている膝下もランブが片膝を着けて、私の足をランブの膝に乗せて指先まで丁寧に洗ってくれる。
そして顔から両足の先まで洗い終わり、ランブは立ち上がった。
「目瞑っとけ。頭洗うぞ」
ぶっきらぼうに聞こえたと思ったら、頭に思いっきり水が被せられた。頭を振って水を弾く前に、太い指が髪を鋤いていく。
「中まで砂入ってやがるし。髪に臭い染み込んでるし。少し待ってろよ」
ランブは一度離れて荷物の所まで何かを取りに行き、再び戻ってくる。
「これで臭いも減るはずだ。何回も洗わなきゃ、消えないけどな」
何かの草を水に浸した後に布で擦ると、僅かに泡が現れてそれを頭に乗せていく。
それからしばらく頭を洗って貰い泡を流して、二回目の洗髪をして最後に水を被せられて終わった。
「こんなもんだろ。おい、先に上がってろ。荷物に乾布あるからそれで拭いとけ。俺も少し浴びてから行くから」
私に背を向けて奥に向かいながら先に行くように指示された。傷の多い背中から視線を外し、泉の中を歩き荷物が置いてある場所に移動する。
言われたように荷物を漁り、乾布を取り出して身体を拭く。
ゆっくり拭いていたが、ランブはまだ水浴びをしており、手持ち無沙汰になった私はそのまま女性の元まで一人で戻った。
***
「ん、戻ったか。…なんで服着てないんだ。ランブのヤツは?」
やや顔をしかめ、女性は疑問を真っ先に口にした。
「あらってる」
腕に絞って丸まった状態の布塊を持ったままで、服を着ていないのがダメなのだろうか。
ランブに洗髪が終わってから服を絞った際に、「あ、少し裂けたわ。ボロいからそのまま持っとけ」と言われ、結局水浴びが終わるまで待たずに戻ってきたので、裸のまま歩いてきた。
「アイツも水浴びか。アンリはなんで裸のままなのかまだ分からないが、その腕にあるのが服か?」
手を差し出され、そこに布を持って手を置く。それを受け取り広げる。
「さっきよりボロくなってないか?」
水を吸い、やや縮んだ服を見て女性は呟いた。
「このまま着せるより新しいの着たほうがマシか
。…破っていいか?アタシのでかいだろうけどそっち着たほうがいいだろ」
鎖によって完全には脱げない服を見て女性はそう提案してくる。これを棄てて新しいのを着れと言われているみたいだけど、唯一身に付けていた物なのでその提案が何故か嫌だった。
「これで、いい」
「そう言ってもな。もう、服の機能としての原型崩れてるぞ。着れないわけじゃないが」
ややキツめにそう話し掛けられるが、反発するように繰り返す。
「これが、いい」
「わったよ、好きにしろ。なんとなく解るしな」
女性は呆気なく引き下がり、私にボロボロな服を慎重に着せてくれる。
その後、女性と共に近場の岩に腰を降ろしてから、自分たちや奴隷について教えてくれた。
女性…ヴィスカたちは山賊なんかではなく、旅をしている集団らしい。
私については客観的に見ても記憶喪失らしく、再び痛みを帯びた目で一瞬だが見られていた。
とりあえずアンリと言う名前と奴隷だということは確実みたいだった。他には八歳くらいに見えるけど、奴隷背景や雰囲気からして推定十歳くらいじゃないかということ。
奴隷については詳しくは教えてくれなかった。ただ、首輪に鈴と名札が付いているのは愛玩の証とか。それがどんな意味を有するのかは、やはり教えてはくれなかった。
そうこうしていると、三十分以上も経っていた。
「ランブのやつ、何してんだ」
空から泉の方へ視線を向けると、奥で何かが揺らめいた。
「奴隷…奴隷」
*奴隷文化*
シャルル三世王が主体となって敷かれた法律。
元は極刑までいかない罪人への罰として執行されていた。
現在も罪科により奴隷となるが、借金返済や貧困の為に子どもを奴隷として売る者も増えている。
また、子どもを誘拐し売買を行う闇市も横行しているが、今の王国政府は見て見ない振りをしている。
奴隷は国への登録が必要となっている。
その後、身体のどこかに形式番号が焼き印される。
二年に一度の身体検査と更新手続きが義務付けられている。
「…どれい?」




