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首輪と××と私と  作者: 犬之 茜
奴隷解放編─地下闇落─
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その邂逅

「ぎがっ、こ、のっ!」


 ヴィスカはアンリの手を引いて急いで駆け降りるも、アンリの速度に合わせることとランブが数段飛ばしで降りていき、その差は開くばかりだった。

 ランブの姿がなくなっても、必死に二人は螺旋階段を駆け降りていた。その途中でランブの苦痛を帯びた声が反響してくる。階下を見おらしたが、どれだけ深く地下が続いているのか僅かな光源では様子を伺う事は出来ない。ただ、誰かと戦闘をしているのか苦痛なランブの声だけが聞こえ…時期に聞こえなくなった。


「ランブ!」


 アンリに無理をさせるが一気に駆け降りる。セロに続きランブまで何かの襲撃があったのは言うまでもなかった。


「くそっ!」

「ヴィスカ、まって」


 アンリが引き止めようとするが、ヴィスカの足は止まらない。例え敵が潜んでいたとしても向かわなければ二人を助けられない。

 こんなアタシを見捨てずに仲間に加えてくれた二人を見捨てることなんてできなかった。


 ようやく階段が終わる。アンリは息が絶え絶えで膝に手を着いて息を吐いているが、必死に何かを言葉にしようとして、息が詰まり声にならなかった。


「親父!ランブ!」


 地下牢がどこまで続いているのか、少ない蝋燭では全体を見渡せなかった。


「ヴィスカ…だめ」

「なんだ、アン。二人を助けないと」

「だめ、二人…いる」

「え?」


 その時、通路の奥から何かを引き摺る音が近づく。そして数メル離れた蝋燭の横でそれは立ち止まった。


「え?は?トカゲ?」


 それはトカゲの顔と皮膚をした二足歩行をする生物だった。

 暗い眼光には戦意も殺意もない、人形のような生物。


「獣人…。しかも、奴隷?」


 そのトカゲ人間は首輪をしていた。元は愛玩用だった形跡があるが、かなり使い込まれているのかボロボロであった。


「あ…ランブ?」


 獣人に気を引かれたが、その手にしている、今まで引き摺ってきた物が視界に入った。

 血を流し、すでに意識はないようだった。口が微かに動いているので生きてはいるようだったが、それはこの獣人に攻撃を受けたと理解するには十分だった。


「てめえ!」


 アンリの手を離しヴィスカは駆ける。いや、駆けようとした。アンリが腰に抱き付く形でその動きを阻止した結果、ヴィスカは助かった事を知る。

 ズズンっ!と牢の柵が切り裂かれ通路に何本も倒れてくる。

 ガラガランと全てが床に落ちて、牢の中から何かが出てきた。


「コイツも獣人。ここは獣人の牢か?いや…」


 黒毛の猫科獣人だった。こちらはダブルなのか人間に近い姿であった。その首にはトカゲ人間と同じ首輪。いや、その首輪はボロボロだけど何処かで見た記憶があった。同じくボロボロの麻の服とも呼べない布切れと同時に。


「ヴィスカ、逃げて…」


 抱き付いていたはずのアンリは、何時かの錆びだらけのナイフを腰に提げている桜色の鞘から抜いて獣人二人に突きつけた。構えなどなっていない、隙だらけの構えだが、ヴィスカを護ろうとしているのがわかった。

 匂いによる危機察知か、動物っぽい感性が働いているのか、アンリは震えながらもナイフを降ろさない。


「アン、お前こそ逃げろ」

「無理…動けない」


 立っているのがやっとなのか、アンリの足下は濡れていた。それでも、戦う意思を駆り立ててヴィスカを逃がそうとする。きっと、ヴィスカは二人の驚異を計れていなかったのだろう。アンリの普段見ない姿と、敵対する二人の状態に混乱していた。

 それでも大人だ。混乱を押し込め、今やることを明確にしていく。


「二人を倒してランブを救う。そのあと、親父を捜す」


 ここにセロはいない。ならば、さらに奥にいるかもしれない。囚われているか、死んでいるかは分からないが助けるには十分すぎる理由はヴィスカにはあった。


「アタシが二人を引き付ける。アンはその隙にランブを」

「うん」


 曲刀を背中から外し、構える。

 ドサッとランブが床に落とされた。どうやら二人もこちらを敵として認識したようだった。

 ヴィスカの剣術は独学で、お世辞にも達人とは言えない。そこそこの腕だが、きちんと修めた人物には負ける確率が高いだろう。因術はからきしだ。

 元の基礎能力でさえ低く、基礎が高い獣人には敵わないかもしれない。だが、引くわけには絶対いかない。ここに倒れた仲間がいるのだから。


「うぉおおおお!」


 始めに動いたのはヴィスカ。

 トカゲ人間に向かって一気に駆け出しながら大上段に構える。それに合わせてトカゲ人間は避けるのではなく、腰に向けて突進してこようと体勢を低くする。


 その手前で猫人間がアンリに向かい一瞬にして間を詰め、ナイフを軽く避けて爪を…いや爪を引っ込めてアンリのお腹を思いっきり殴りつけた。


「げぐぇ」


 ナイフが床を滑って止まる。地面に倒れるまえに猫人間に凭れるようにして、口から唾液や胃液が混ざった物を吐きながらアンリの意識が落ちた。手が汚れても猫人間は表情を変えることはない。トカゲ人間と同じ、暗く虚ろな眼を虚空にむけている。


 ヴィスカは振り降ろすより突進攻撃の方が速いと感じ、咄嗟に横に逃げる。

 ガシャンと柵に身体が打ち付けられた。狭い廊下に逃げ場はほとんどない。

 だが、避けて正解だった。横を通りすぎる勢いは人間の速さではない。まともに喰らっていたらどうなっていたか。

 トカゲ人間が通りすぎ様に棘がついた鉄球を撒いたが、足の皮が硬いのか意に返さず突き進みそして方向転換をした。

 そのトカゲ人間の背後を見た。アンリがすでにもう一人の猫の獣人に抱えられているのを。

 そしてアンリを抱えたまま階段に向かう獣人。


「アン!」


 救う余裕はなかった。すぐに牙をギラつかせながらトカゲ人間は再び突進してくる。どうやら知性はあまりないのか突進しか出来ないのか。

 だけど、次は避ける事ができなかった。

 トカゲ人間と立ち位置が替わってしまったので、すぐ背後にランブが倒れていた。あの突進で踏まれたら致命傷どころではないだろう。


「くっ!」


 牽制に投げたナイフもその外皮に弾かれる。曲刀でガードをした所に突進攻撃が突き刺さる。ヴィスカが吹っ飛ばされる中、トカゲ人間の牙は曲刀に噛み付いたまま離さない。このままでは、受け身もとれない。


「くそったれっ」


 曲刀を手離し、受け身を取りながら地面を転がりダメージを逃がす。


「つっ!?」


 手が痺れている。さらに、転がる最中に足を捻ったのか痛みが走る。


「なんなんだ、オマエラ」


 どうして襲ってきたのかも、セロとアンリをどこにやるのかも分からない。ただ、意味もなく襲ってくる。


「いや…洗脳か。獣人のくせに奴隷にされ、あげく人形にまで堕とされて」


 奴隷に洗脳をすることはある。より、命令を受け入れられるように。そして、人形にまで自我を壊されれば、植え込みは楽なものだった。


「何が目てっ!」


 離し終わる前に再びの突進。今度も避けることはできなかった。


「くっ!ぐぁあ!」


 万力のように腕を掴まれ、関節の向きを気にすることもなく投げられ地面に受け身もとれないまま転がる。


「ああああっ!」


 腕が痛い。頭がクラクラする。身体に力が入らない。いや、立たないと。

 頭から血を流しながらもヴィスカは立ち上がろうとする。

 すでに左腕は折れ、肋骨にも罅が入っているだろう。足も捻挫している。


「うばっ、がああ」


 お腹を蹴られる。脚力が強いのか宙に浮き、そして壁にぶつかる。どうやら、通路の端まで何回も飛ばされて辿り着いたようだ。

 そこにトカゲ人間は悠々と追い付き、腰を踏みしめた。

 嫌な音がした。何かが折れる音が。

 痛みの反射で顔が上がり、強制的に瞼が開く。

 そして見る。壁に寄り掛かるようにして血に濡れたセロを。


 そこでヴィスカの意識も刈り取られた。

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