闇市開始の裏で
翌日の夕暮れより王城の周りを巡回する兵士が増えていた。
それを交代で監視していたヴィスカはすぐにランブとアンリを呼び寄せた。その間もセロが険しい視線で監視を継続していた。
「昨日の今日か」
「ええ。数人の客らしき人物が入場しています」
現場に到着した二人にセロが説明をする。客は仮面を着けて、入場前に受付を行っている。そこで会員の照会をしているのだろう。
「どうやって入る」
「ヴィスカにはそのまま手薄な所を探して貰っています」
こうしている間にも兵士や商人、そして仮面の人物が増えていく。
ほどなくしてヴィスカが戻ってくる。その表情は暗い。
「だめだ、普段は堕落している兵士が相当巡回してやがる」
「抜け口はありませんでしたか」
「いや、巡回をすり抜ける事ができれば、数ヶ所ならいけそうだな」
だが、巡回のルーチンなりあればそこを突くことは出来るだろうが、ヴィスカの偵察でその巡回に規則性はなかったことが分かった。
「隙は出来やすい分、予測が付かないようになっているのですか。いや、そこまで計算されていると思っていいのか」
ここは腐敗した国。その兵士も同様だ。
しかし、これだけの兵士を集めるのもこの国では一苦労だけでは収まらない。昨日の兵士の敬礼も胸に引っ掛かる。
もしこの巡回の動きを計算していたなら。
「親父さん」
「あ、すみません。どうやら色々考えてしまって…」
「いや、ここまで来たんだ。失敗なんてしたくない。慎重な方がいいでしょ。タイミングさえ見失わなければ」
三人で行動の会議をしている間、アンリは眼と鼻をしきりに動かしていた。
知っている匂いと、なんだか胸がざわつく気配に。
***
その頃、城門の影より四人を見ている人物がいた。
「どうかな、マダム」
「はっ、あんたの推理は当たってるね。ありゃ、確かにそうだわ」
冷徹な視線で四人を見つめる男性は、その瞳には何も映していない。
それを隣に立つ女性は気づいているのかいないのか。口から煙木という爽やかな香りを含ませた煙を吐き出した。この世界の嗜好品である。
そこで男性は明らかに嫌な顔を女性に向ける。
「解せんな。なぜ、そのような味を鈍らせて病を促す物を好むのか」
「寿命が縮むなんて迷信さ。実際私は病なんて掛かってないしね。それに、実の娘を味わうあんたのほうがどうかしてるでしょ」
「それこそ、どうして解らないのか不思議だ。愛しているから、その身に愛情を刻むのだろうに」
「自分本位だな。娘は何を思ってれやら。嫁にも愛想を尽かされて」
「はは、妻は息子を愛しているさ。それこそ私を邪険に思う程にな」
二人が話している間も仮面を着けた客が受付を済ませて入っていく。
「あいつらの目的はロバリーなのか?」
「行動を見るにそうでしょうね」
「助けてやる義理はないが…」
「借りですよ」
「ふん、覚えていたらな」
女性が動く。
それに合わせてさらに二つの影が揺らめいた。
これから何をしようとしているのか、四人は知らない。
そして、いよいよ闇市が始まる。
***
セロたちが兵士を避けて密度の薄い所を回るが城壁が邪魔して侵入には至らない。
ロープを投げて登っても一人登りきるだけで巡回兵がやってくる。
例えアンリを背負って一人ずつ登ったとしても、中の状況は解らないので、最低二人は同時に侵入しなければ対処が出来なくなる。
一人が降りて、二人目が降りて来るまでに何があるかわからないのだ。安易に行動に出るわけには行かなかった。
そうしている間にも時間は過ぎていった。
さすがに闇市が始まるだろう時間まで経過する。
「どうする」
「巡回兵は…計算でしょうか。予測が付かないですけど、隙は小さい。たまに大きな隙は生まれますが…陽動でしょうね。城壁の向こうの気配が強くなりましたし」
「簡単には行かないか。引き返すか?」
「次はいつあるのか不明なので、出来れば今日潜入したいですけど。さすがに始まってる頃でしょうか」
兵士を避けながら城門にやってきた四人は足を止めた。
「少ない? 」
「闇市が始まったからでしょうか」
城門の左右に二人ずつ兵士がいるが、ここから見える受付には誰もいなかった。
すでに仮面の人物や商人もいない。離れた所を巡回兵は行き来しているが…。
「チャンスか?」
「これも計画…。いえ、気配が少ないですね」
「匂いも減ってるけど…」
「じっとしててもこれ以上良くはならないでしょ。どうする?」
セロは少し考えてから「行きましょう」と、三人を見て呟いた。
それに頷き、いよいよ突入する。
まずは見張りの四人を静かに速攻で攻略する為に。




