奴隷と山賊?
岩が風化し、洞窟と言うには申し訳ない程度の洞に私はいた。
あの後、一言を発してから周囲を確認し、首輪に繋がる鎖を引っ張られここまで連行され、この洞に押し込まれて今に至る。
長身の女性が今、私を押し込めた穴を塞ぐように座っている。
「で、聞かなくてもだいたい想像できるが、何をしていた?」
鋭い眼光で射止められるが、その意味が解らないのであまり効果はなかった。
「………」
あふ、なんか困った事になったなと、他人事のように女性を見つめる。
そんな私の様子を見て、女性は眉を潜める。
「さっきから喋んないが、言葉くらいは解るよな?それとも、喋れないのか?」
一瞬、女性の眼光に痛ましさが見えた気がしたが、すぐに鋭さが宿った。
「姐さん、こいつも人形なんじゃ。そんなら……」
穴の外からそんな野太い声が聞こえてきた。先ほど女性と共にここに連行してきた仲間と思われる。
外で警戒をしているのか、今は顔を見せない。
「わってるよ。だけど、聞かなきゃ始まんないだろ」
やや苛立だしげに声音を強めて地面に置かれていた曲刀を持ち上げた。先ほど首の近くに押し当てていたモノの正体がこれだった。
それが再び喉元付近に刃先を当ててくる。幸いというのか、首輪のお陰で急所から外されていた。だけど、これは容易く私の命を簡単に奪えるだろうと女性を眺めながら思う。
「恐怖もないのか?なあ、アンリ」
アンリとは誰だろうか。
「あんたの名前だろ、アンリ。ご主人様には何て呼ばれていたのかは知らないが名札にはそうあるからな」
刃先を動かしながら、チャリチャリと音を響かせる。
首輪には名札があったらしい。自分からは見えなかったので気付かなかった。
「さて、アンリ。質問に答えて貰おうか」
そう言って動かしていた刃先を再度元の位置に固定された。
真剣見を帯びた眼光で見つめられる。それに対して私も呆然とただ見つめ返す。恐怖は何故か沸かない。
「あんたはどうしてこんな田舎にいる。ご主人様はどうした。どうやって逃げ出した。あんたのご主人様は誰だ」
矢継ぎ早に質問を浴びせられたが、どう答えればいいのか。
その全ての質問の意味が解らないし、ご主人様などについても理解出来なかった。ただ、自分が奴隷らしいというのが漠然と理解できるくらいか。解らないことばかりだったので、結局無言でいることにした。
「………………」
長い沈黙の後に、女性は「ちっ…」と舌打ちをして刀身を下げた。
「案の定人形だったか。なら、棄てられたって結果だった訳か。また、空振りかよ」
頭を掻きながら女性は立ち上がり穴から離れた。苛立たしげに地面を蹴っている。
「そう簡単にいきやせんぜ」
「ああ」
向こうから二人の話し声が聞こえる。自分も穴から這い出して立ち上がる。それに女性が気付いて視線を向けてくる。
「ん?悪かったな」
女性はそう言い歩き出す為に背を向けた。男性の方は私に興味がないのか見向きもしない。
「姐さん、行きやしょう」
歩き出そうとした女性の裾を無意識に掴もうとした。
何故かは解らない。先ほどまで殺されるかもしれなかったのに。いくら恐怖がなくてもそれは十全たる事実なのに。
結局、掴むことは出来なかったけど。
手は伸びた。そこに振り返りもせずに払い退けられた。
何事もなかったかのように、二人は歩いて行く。私から次第に距離が開いて行く。遠い。
その後ろ姿を意味もなく見送っていたら女性が頭を掻きながら立ち止まった。
数秒そうしていたかと思ったら、踵を返して戻ってくる。
忘れ物だろうか。そんな場違いな思考が頭を巡った。
どんどん近づいてきて目の前に立たれた時には、女性に見下ろされて私の頭に手を置いて語りかけてきた。
その視線は先ほどと一変し優しい眼差しだった。柔らかい声音で言い聞かせるように言葉を紡いだ。
「アンリ、おまえは自由だ。だから、……この世界を憎みながら生きろ。もう、会うことはないだろうな」
語り終わり、頭を一撫でし、女性は男性の方へ再び歩き出した。その背中はひどく哀しみに染まった匂いがした。
私はその背中を追いかけ、手を伸ばした。
「まって」
今度は振り払われることなく、女性の裾を掴んだ。
「私について?自己紹介?」
*アンリ*
種族:不明
年齢:推定十歳
身長:124シーメル
体重:21キグルム
髪:赤金色
肩辺りで無造作に切られている
瞳:琥珀色
肌:乳白色
装備:鎖に繋がれた首輪と両腕輪・左足輪
ボロボロの麻の服
性格:無表情・口数が少ない
趣味:なし
好物:なし
呼称:アンリ
階級:奴隷
属性:不明
備考:記憶喪失
「そうなんだ。知らなかったよ」




