因術解発
時間は遡る。
「親父さん、高いのは無理だぞ」
「分かってますよ。すみません、このお店には型落ちやジャンク品は置いてないのでしょうか」
セロの問いに店員が困った顔をした。
ここはまだ因術具を取り扱っている店。中でも高級品志向の店舗だった。
ここに来るのは中流以上の値段を気にしないような貴族がほとんど。それ故に、最新作の物ばかりを仕入れており、セロのような問い合わせをする客など現れなかった。
「……あー、たしか先週新作が出たばかりですので、その前の物がまだ有るかもしれません。下取りや不良品などはないとは思いますが……申し訳ありませんが、少しお待ちくださいますか」
「ええ、構いません。こちらが無理を言っていますのは承知しておりますので」
セロがにこやかに答えたので、店員も仕方なく一礼し奥に下がっていく。それを他の店員も訝しそうに見ていた。
貴族は待たされることが嫌いな人物が多いので、待つと言えば帰るとでも思ったのだろう。だご、セロは待つことを苦に思わない。ましてこのような志向の店舗だと、型落ちなどを売ったとなると印象が下がるので断られると思いながらの問い合わせだった。それが、調べてくれると言った返事だけで充分。探す振りをするかもしれないが、そこはプライドも少なからずあるだろう。
若干の思惑の駆け引きに店員は負けたのだ。店からしたら断りたいが、貴族相手に初めから断ることは店に更なる不利益を生む。セロは断られなかった段階で交渉に勝っていた。なければ他の店舗を紹介してもらうことも考えていた。それすら、この店としては貴族に対しての好印象を与えるか他店に借りを作らせるかで天秤に掛けないといけない。それならば、少しさがして型落ちがあれば在庫処分と貴族の印象を良くする一石二鳥になる方を選ぶ。壊れていも責任を持たないことを始めに説明し買わせれば痛みはほとんどない。
「流石に不良品とかはないよな」
「恐らくは。まだあれば、型落ちの値段は交渉ですね。聞けば先週までは最新だったそうですし、余り安くならないと思いましょう」
「無駄遣いしたくないんだが」
ランブがため息を吐き、近くの商談スペースへと向かい、勝手にフカフカな革張りの椅子に座る。
セロも苦笑しながらも隣に座った。値段交渉はないが、最新情報や商品のカタログを見たり、オーダーメイドを依頼する為に設けられたスペースなので死角になるように設けられていたが、普段の観察眼で店内の構造を理解した二人には簡単に見つけられた。店内に座るスペースがあればそちらに行ったのだが、生憎見当たらなかった。
二人して他愛ないことや、ヴィスカが怒った奴隷の扱いについて話していると、暫くして店員が姿を現したら。
「こちらに居られましたか」
勝手に商談スペースへ来ていたことに、やや表情を硬くしながら店員が現れた。
「すみません、店内に座る場所がなかったもので」
「いえ、此方の不手際ですね。待つのは疲れますからね」
言葉の応酬をしてから、「それで」とセロが先を促す。
「はい、まだ在庫としてありました。型落ちや不良品をお探しでよろしかったですか」
「ええ。すると、不良品もあったと?」
「不本意ながら、そのような物も入荷していたようで…」
「拝見しても?」
「はい、調度商談スペースに居りますのでこちらに持ってきましょう」
面倒な客の相手は疲れるのか、店員もそうそうに終わらせたい様子で再び奥に向けていなくなる。
貴族なんて、面倒な客ばかりなのだがとランブは思ったが、あえて口には出さなかった。
今度はすぐに店員が戻り、商品を置いてはまた取りに行く事三回。
「こちらになりますね」
机に乗った小型の物が二つと、入り口に置かれた大型が一つ。
「説明してもらえますか」
「はい、まずは此方の物ですが…」
店員がまず手にした物は小型の一つ。プロペラが付いた物だ。これが先週型落ちしたものらしい。
次にもう一つの小型機を取り上げる。こちらは配線ミスによる不良品だとのこと。先程のものより重たいが、携行しても問題はない重さではある。
最後は入り口に置かれた大型の物。こちらは前面にプロペラがあり、携行型の始めの商品と同じ型落ち。設置型で出力がある商品だ。
「…以上になります」
「不良箇所は配線だけですか」
「はい。こちらで調べた限りでは」
そう聞きセロは商品を調べる。ランブは因術具に関して詳しくないので、金銭以外は口を出そうとはしない。
「では、こちらの小型のもの二つを。どれくらいになりますか」
「不良品のほうは…破棄するでしょうから差し上げても良いとのことです」
当然だろうが上司からの指示がすでにあったようだ。
「ただ、こちらは先週型落ちしたばかりですので」
「このまま購入しなければどうなりますか」
「……型落ちまで取り扱う店舗に流れるか、解体するかは他の業者に任せていますので」
「では、私に売る方が儲かるのではないですか」
「それは…」
「以前も型落ち品を購入したことがありまして、その時は最新の半額でした。参考までに」
「それはその店舗が下位機種などの商品を取り扱っていた可能性も。こちらは上位機種を中心にしてまして…」
「あー、ちょっといいか。売れ残りは製造元から幾らか払われるのか」
「いえ、事前に仕入れたものや当店限定の物ばかりですので」
「なら、製造元からの返金もなく、他の業者への支払いもあるわけだ。相場は知らないが、結構損失の方がでかいんじゃないのか」
今まで黙っており、いきなりぞんざいな言葉を浴びせられて店員が驚いた顔をする。
「それは…」
ランブはここが攻め時と猛攻の交渉を始める。時間が経つにして、店員は言葉少なくなっていった。
結果として、六割よりやや低い価格で購入した。店側は七から八割で売りたかったのだろう価格を示していたが、今まで値段を気にしない貴族ばかりを相手にしていたらしく、金銭交渉を苦手としてくれていたので助かった。
ランブとしては半額にしたかったのだろう不満顔だったが、セロとしては充分な値引きだった。
***
「こちらは風を発生させる装置ですね。少し改良すれば、出力を若干でも上げられそうですね。こちらは…直せるでしょうね。併せて軽量化も出来ればいいのですが。たしか熱の発生装置でしたね」
「なんに使うかわかんねーが、熱のは料理に使えそうだな」
「はい、それにも使えるようにしましょう。以前の冷却機と基本は構造は同じだと思いますし」
「しっかし、よくこんなの弄れるな」
「裁縫や料理と同じですよ」
「いや、前々違うと思うが…」
料理と同じと言われてもピンとこないランブは何とも言えない顔をする。
「ですが、今回のものは冷却機ほど私とは相性が合わないかも知れませんが、どちらも扱えない因子を利用できるので、色々と幅が拡がりますね」
冷却機は水の因子を利用して物を冷やす事を目的として作られている。旅において、鮮度を保つのは困難だが、この冷却機により数日は鮮度を長持ちさせられる。また、これもセロにより改良されており、水の因子を行使するセロと相性が合い戦闘にも補助として利用できるようになっていた。
また、セロが扱えないと言った因子は正確には扱えるものだが、誰にでも苦手分野や相性などがあり相反属性の行使は非常に困難である。さらに、行使出来たとしてもその出力は相性の良い属性と比べてかなり落ちる。先天的にまったく資質を持ち合わせない属性なら行使は不可能。それこそ、レビーの街で見た反転などの禁を犯さない限りは。
「便利は便利だが、自分で出来ることだし、なんせ資金な逼迫してる状況で買うことがな。まして、それを改造する技術をどこで仕入れたのか。このあと、改造用の部品も探すんだよな」
「ええ、部品がないと改良もできませんし」
「改良というか改造なんだがな」
若干の言葉のすれ違いはあるが、それを気にせずに会話をしながら移動していると、進む方向で揉めているのが見えた。
「争いごとか」
「…いえ、あれはヴィスカとアンリですね。相手は貴族でしょうか」
ヴィスカが何か言っており、傍には裸の女性がいた。
すぐに止めにいこうとするランブを捕まえてセロは首を振る。ここで貴族相手に争うのは、自分達の行動を今後制限するようなものなので得策ではない。ヴィスカも今まで旅をしてそれを理解しているはずなので、対処できるだろうとも思っていた。
だが、ヴィスカは奴隷に対して非常に敏感になっている。どこまで自分を抑えられるかが不安材料でもあった。
そうこうしている間にヴィスカが尻餅をつき、アンリが捕まり身体を触られる。それにより、二人は移動した。
だが、まだ介入する時ではない。これで収まるなら我慢するべきと、貴族に対してのイラつきを何とか抑え込む。
手前の路地に入り観察していると、ヴィスカの背後にある店先のドアが開き男性が出てきて、争いを見てヴィスカの手を背後から取った。淀みない動きで一般人ではないと思ったが、今動けばそのままヴィスカが人質になるだろう。
出るに出られず成行を観察すると、貴族たちが男性を確認して慌てて走って逃げていった。
「どうやらただの貴族でもなさそうですね」
「武術も修めているだろうしな」
男性の動き、貴族たちの慌てようから危険な人物の評を二人は下した。
「どうする」
「顔を見せるのは不味いでしょうね。先程助けるべきでしたね」
「あれはあれで仕方ない。何事もなく終ればいいが」
「無理でしょうね」
ヴィスカは開放されたのを見たが、男性が何かを話している。その雰囲気で一筋縄ではいかないと感じた。
「これを使ってみますか」
「…さっき買ったやつか?なんか出来るのか?」
「どこまで上手く行くかは賭けですね。しかも、術式を即興で組み合わせる必要もありそうです」
「できるのか」
「やってみないことには」
セロが取り出したのは先程購入した風を発生させる風屏機と、話しにでた冷却機だった。
「術式の組み合わせを考えていたすぐに、実戦になるとは思いませんでしたが…霧を発生させてみます。上手くすれば、顔を隠せるでしょう」
「その間に二人を助ければいいんだな」
「お願いします」
上手くいく確率は低い。いっそ、布で顔を隠して奪還のほうが確率は高くなるかもしれない。だが、それすら困難かもしれなかった。最悪、ヴィスカかアンリが人質になることも考慮したら下手に動けない。今は二人が男性から離れているが、ランブが駆け出し助けるよりも、男性のほうが二人と距離が近く、先程の動きから接近するまでに察知され人質にされる可能性があった。
それこそ、不意打ちかつ隠密性に懸けるしかない。
「では、この術式で試して見ます。金剛雪の術式を改良しただけですが」
ランブは無言で頷く。いくら因術に長けていても、即興で術式を組み上げるのは困難である。たとえ改良だとしても、その資質が飛び抜けて高くないといけない。不発ならともかく、暴発・暴走だってあり得るのだ。
セロが資質に長け、さらに知識を修得しても賭けは五割以下である。自分に適した属性ではない風因子を組み込むのだから確率はさらに下がる可能性の方が高い。
しかし、ランブは心配しない。いつでも駆け出せるように体勢を整える。
「いきます。……素は風水。起きて隠せ。視界の自戒。視覚に刺客あり。白き闇に迷え。風水の識」
二つの因術具が激しく動く。風屏機から異音が聞こえた。恐らく、外的からの強制起動と加負荷による悲鳴だ。こんな使用は念頭にない機構なのだから、動いているだけでも大したものだ。
即興での行使にセロも暴走しないように制御するだけで精一杯なのか、額から汗が流れ落ちた。
賭けは幾らかは勝った。霧の発生には成功した。だが、顔を隠すどころか自分達の視界を塞ぐほどの濃霧が発生してしまい、ランブが飛び出せなくなってしまった。
すぐそばのセロの輪郭がボンヤリと分かるくらいか、周囲の光の加減による影かは判別がつかない。
「親父さん」
「……すみ、ません。どうやら…すこし暴走しかけて、ます。風屏機は壊れる、でしょうか」
「いや、たしかに高い買い物がすぐ壊れるのは良くないが、大丈夫なのか…」
「はい、すぐに発動が納まるでしょう」
さらに濃霧は濃くなり影すら見えなくなる。下手に動くことは出来なかった。
この濃霧がヴィスカたちの下まで届き、二人が離脱してくれればいいのだが。ヴィスカたちも濃霧で動けない可能性もあった。もし晴れてしまえば、男性がどんな行動をとるかは不明なので、ランブはどう動けばいいか思考を巡らしていると、不意に服が引っ張られた。
「ランブ?」
姿は見えない。しかし、その声はアンリのものだった。
「そこにいるのか?」
続いてヴィスカの声も聞こえて、「ああ」とランブは返した。
よくここが分かったものだ。突然二人が現れて困惑したランブに濃霧の先からセロが声を掛けてきた。
「二人とも大丈夫、なのですね。では、早く離脱を」
「うん、こっち…かも」
服が引っ張られて、ランブが動く。アンリが引っ張っているのだろう。そのまま同じく引っ張られたヴィスカとぶつかったが、なんとか転ばずにすむ。
そして誘導されるまままに行くと、路地を抜けた先は晴れていた。
「出たのか」
背後を振り返ると、そこにはまだ濃霧が残留している。
この場所にセロがいないということは、発生時は動けないのかもしれない。きっと、脱出するまでは術を発生させるつもりなのだろう。
「それにしても、よくわかったな」
「ああ、アタシも急にアンリに引っ張られたからな」
「…えっへん?」
ペッタンコな胸を反らずアンリに、ヴィスカもどうして二人の場所がわかり、ここまで誘導出来たのか不明だった。
「なあ、アン。なんで二人の場所が分かったんだ?いきなり濃霧に包まれたのにさ」
「んー…匂い」
アンリが鼻をヒクヒクと動かした。たしかに今までもアンリの鼻の良さは見てきた。だが、ここまで利くとは思わなかった。まるで犬並だ。
実際にアンリが二人に気付いたのは濃霧が発生してからだった。それまでは、風上だったのか二人の匂いはしなかった。だが、濃霧と共に二人の匂いが流れてきて場所が判明した。近くにいたヴィスカを匂いで辿り移動して、ランブたちに合流した。その後も、街の匂いが強い方に進んだだけだった。濃霧により匂いが拡散されたはずだが、発生源から流れた匂いと、すぐ近くからの濃く感じる街の匂いにアンリの鼻は敏感に感じとり迷うことはなかった。
「二人とも無事で良かったです」
その声に振り返ると、薄まる濃霧の中からセロが姿を現した。
「親父こそ大丈夫なのか」
「ええ、疲れましたが」
ヴィスカが心配してセロに近付く。その額からは未だに汗が吹き出していた。
「それよりも、はやく場所を移動しましょう」
セロが背後を気にするようにしており、ランブとヴィスカも何か良くない事があると感じて、そうそうに移動を始めた。
セロは見ていた。男性が因術を行使して周囲の濃霧を吹き飛ばしたのを。そして、一瞬視線が向けられたように感じたのを。
ただの貴族ではない。武術を修めただけでもなく、因術も行使できる人物。さらに、濃霧を見てすぐに対策し因術を行使する回転の速さ。一筋縄どころではないだろう危険人物。
ヴィスカとアンリは見られている。セロも見られたかもしれない。
今後の行動に支障が出ないことを祈りながらセロは移動した。
「ランブの匂いは薬草と香草と肉とお魚と……お腹の減る匂い‼」
*奴隷の種類*
労働奴隷
一般的な奴隷。
主に罪科奴隷や成人男性がこの部類に入ることが多い。
工事などの重労働から庭の手入れや掃除などの軽いものまで主によって内容は変わる。また、労働時間や衣食住まで主によって様々。
女性は食事以外の家事などを任されることもある。
逃亡阻止の為に足に重り、仕事内容によっては両腕や首に枷を嵌められることも多い。




