買い物と飼い者
謁見することも申請することも出来ずに、当初の予定が狂い時間が余った。
そこで息抜きに買い物をしようと街中を歩くことになったが、アンリの空腹には誰も気付きはしなかった。
「がう」
「ん、どうしたんだ」
「べつに」
ヴィスカに聞かれるも一人だけ空腹なのが恥ずかしいと思い、答えをはぐからした為に食事はまだ先になりそうだった。
恥ずかしいという感情がイマイチ理解出来ないまでも、不快には感じなかった。アンリも、徐々に感情を表に現すことが増えてきたが、本人がその感情がどういうものか解らないものもある。
「あそこは因術を施した物を扱っているようですね」
セロが発見したのは、この都市の特産となっている因術具。または因具などと呼ばれる加工品。
「なんか買うのか?そんなに金ないぞ」
高級品に属する因術具は貴族向けな物が多い。実用性に欠けた商品が殆どであることが多い為に、ランブは苦い顔をする。
決してセロも所詮貴族だから、ではなく所持金が逼迫しているせいで、ランブはイマイチ店内に入ることに嫌煙していた。それだけ、王都の物価が高く、食材など安い物を選んでもじわじわと出費がかさんでいた。
「少しだけ御願いします。何か掘り出し物があるかもしれませんし」
「いいんじゃないか?アタシも見てみたいしな」
セロは因術関連の商品と本当に掘り出し物があるかもと思い、ヴィスカはただ純粋に興味で入店を希望し、ランブが折れるしかなくなった。
「掘り出し物っていっても、あんま高い物買うなよ」
「分かってます」
金銭管理を行っているランブが渋々に注意を促すも、セロは子どものように笑顔で軽く受け流す。
そんなやり取りをしながら入店すると、店員が駆け付け一行を眺めて一言発した。
「ご入店ありがとうございます。奴隷は彼方に繋いで頂けますか」
アンリを見て、店員が入口右側を掌で指してくる。
「どゆうこと?」
「ここの住人の方では御座いませんでしたか。ここを始め、奴隷は店内に入ることを断らせて頂いています。しかし、当店は奴隷用のエリアを設けていますので、安心して店内でお買い物が出来るようになっております。愛玩奴隷など、大切にしたい奴隷でしたら左側にケージを用意させてあります。ただ、そちらは別途料金が発生致しますので、ご了承下さい」
右を見れば、先に入店している貴族の奴隷だろうか一組の男女が繋がれていた。そのどちらも痩せ細り、顔色も悪く、透ける程に薄い布を身に付けているだけだった。女性の方はお腹が大きくなっており、それが妊娠か飢餓によるものかは判断に困った。
対して左側には誰もいなかった。ケージと呼ばれた檻の中には厚手の布が敷かれており、幾つか道具も箱に入っているようだが、中身は分からない。中で遊んだり出来るようになっているようで、右側とは違うのが一見して分かる。
右側の奴隷たちは店員や他の客に触られてもいるようだが、檻の中は触れないように広めの敷地を確保されてもいた。これでどれだけの金額が発生するのか分からないが、一同が気を悪くしたことに店員は気付かない。
アンリは奴隷以前に一人の人間である。そのことを、さも道具や馬などの扱いで行う人間に嫌悪感を抱いた。
特にヴィスカは怒気を隠す気もなく、アンリの手を引いて外に出て行ってしまった。
「えと、どうしたのでしょうか。なにか不快にさせる様なことでもしましたか」
さすがにヴィスカの怒りは感じたのか、店員が心配そうにしていた。貴族の口コミは店を潰すこともあるくらいに怖い。例え貴族に見えないヴィスカであっても、貴族と思えるセロの気まで悪くしたら自分がどうなるか分からない為に店員は焦っていた。
「いえ、何でもありません。彼女のことは気にしないで頂けますか」
「はあ……では、こちらへどうぞ」
なんとも腑に落ちない回答だったが、貴族相手に深く関わりたくもないのか、もう一つのドアを開けて中へ案内をする。
ドアを開けた途端に温かな風が流れてきて、これも因術具によるものだと理解しながら、表情を変えずに店員に着いていく。
***
一方、店外に出た二人は周辺を散策する。
「たく、完全に動物扱いだな。あー、イライラする」
アンリの手を引いて、苛立たしげに歩いていく。だけど、先程の店舗からは離れない程度には理性は保っていた。
そして、よくよく周辺を観察すると奴隷たちが店先に繋がれているのを見掛ける。昨日も見ていたが、店側が見せ物として繋いでいると思っていた。事実見せ物と変わらない状態で、見られたり触られたりしているのだから主がどちらでも奴隷にとっては変わらないのかもしれない。
「どうかしている。なんでこんなに腐ってしまったんだ」
その光景に歯を食い縛り、視線を鋭くする。視線の先には自分と年齢が同じ位の裸の女性が繋がれた状態で、二人の男性にいいように触られていた。女性は泣きながらも何も言わない。このままではいつ犯されてもおかしくはない。
「……くっ!」
たっぷり旬順し、結局男性のそれぞれの右手を掴み、ヴィスカは後悔した顔をする。
「あ、なんだお前」
「僕たちに手を出して良い度胸ですね」
女性は泣きながらも眼を反らせる。それを見て、ヴィスカは次第に頭が冷えていく。
「すまない、人違いだったみたいだ」
「なんだ、それ。俺たちみたいな上流の人間を間違えるだと?」
「貴族でも無さそうなのに、奴隷連れて偉そうだな」
ヴィスカが手を引き、自由になった男性の一人がアンリを掴まえようと腕を伸ばす。
「やめろっ」
男性の腕を払いのけると、男性たちが本気で機嫌を悪くし、一人がヴィスカを突き飛ばす。そして、連携するようにもう一人がアンリを捕まえた。
「生意気な」
「よくみたら、どっちも上等だな」
「なにガキをなで回してるんだよ」
「いや、これ俺が貰っていいか?」
「そんなガキがいいのか。なら、俺はあっち貰うぞ。貴族でもないし問題ないだろ。さんざん遊んだら売ってやるからな」
アンリが男性に撫で回されるのを起きながら見てしまい、ヴィスカが男性に飛び掛かろうとする。
「アンリに手を出すな!」
だが、ヴィスカはそれ以上動けなかった。
背後から腕を掴まれ、捻上げられて苦悶の表情を浮かべる。
「私の奴隷の前で何をしているのですか」
嗄れた男性の声がヴィスカの背後から上がる。白髪の混じった五十台の貴族だろうか、その男性を見て二人の男性が姿勢を正す。
「これはロンド卿」
「では、この裸の女性は卿の奴隷でしたか」
どうやら名のある貴族らしく、男性たちは汗を流す。
「そうだが。彼女とその子どもの奴隷は?どうやら揉めていたようだったが」
「いえ、たいしたことは」
「はい、卿が気にする程でもないです。私どもはこれにて失礼します。これと、その女性は卿に差し上げます」
言うが早いか、アンリを突き飛ばして二人が駆け足で去っていく。
「…ふむ。私の奴隷は触られただけみたいだな。おい、ミリ。いつまで泣いている。泣き止まないと躾するぞ」
「も、申し訳ありません」
黙ってやり取りを見ていた女性は拘束具で両腕を塞がれていたが、器用に腕を持ち上げて涙を拭った。
「それで、君はなんだね」
女性を見詰めた後に、ロンド卿と呼ばれた男性がヴィスカに問いただす。
「すみません。彼女が触られており、つい止めに入ってしまいました」
痛みに耐えながらもヴィスカがなるべく丁寧に答える。高名な貴族だと思い争いを避けようと、怒りを納める。ヴィスカだって、なにも貴族に喧嘩を売ろうとは思ってはいない。先程は女性が余りにも見るに耐えなかった為に、止めに入ってしまっただけ。
「そうですか。ミリを思ってしてくださったのですね」
そう言い手を離してくれる。振り返ると柔和な笑みを男性は浮かべていた。
ヴィスカが離されたお陰で、アンリは駆け付けヴィスカに抱き付く。気持ち悪い触感を早く忘れたかった。
「お騒がせ致しました。御主人様が来たのなら、そちらの奴隷も安心です。アタシもこれで失礼させて頂きます」
「待ちなさい」
アンリを連れて立ち去ろうとすると、男性に呼び止められた。この時点で嫌な予感を感じたが、振り返るしかなかった。
「本当にお騒がせして、すみませんでした」
「なに、私の奴隷を守ろうとしてくれたのですから、私の方こそ感謝を伝えるべきですね。ありがとう」
高名な貴族が軽くでも感謝を伝えることは稀だ。柔和な笑みと相まって男性がそれほど悪い人ではないと思ってしまう。呼び止めたのは感謝を伝えるためだと思った。
「ですが、その子どもは置いていって貰えますか?若い男性の奴隷たちがいましてね。その奴隷たちの番にしようと思います」
「………は?」
一瞬、いや暫く何を言ったのか理解出来なかった。
「あの男たちから貴女を助けたのです。その対価は置いていくべきですよね。さあ、子どもを差し出してください」
柔和な笑みを崩さないまま左手を差し出してくる。
「狂ってる」
「はて、何が狂ってるのでしょうか。貴女もその子どもを奴隷にしているではないですか。どうやら貴族でもないようですが、大金を出してまで奴隷を欲する貴女の方が狂ってるのでは?まさか、対価が高いと?私が助けて欲しいと言った訳でもあるまいし。卑しい奴隷ならともかく、あの男たちに例え犯されようが、それも一興でしかないというのに。まさか、私の楽しみを邪魔して一方的に助けたと思っているのではないですか?穏便に済ませようと、思ってもない謝意まで述べたのに。対価に不満でも?」
柔和な笑みを崩さずというよりは、その表情から全く変化せず、貼り付けた笑みのままで語る初老の男性に寒気がした。
奴隷は道楽の道具。取引の道具。そういう風にしか思っていない。
「ああ、ひょっとしてミリがいるから彼女で代用出来るとでも?それは間違いだ。ミリは私の可愛い奴隷だ。他の奴隷の慰みになんて使わない。私の可愛い娘なのだから、当たり前じゃないのかい?」
「……娘?」
「貴女は外の人間でしたか。ミリは正真正銘の私の血が流れている娘さ」
「本当の親子…?」
男性の表情が解らない。自分と同じ位の女性は男性の隣に静かに立っている。やはり、その表情は理解出来ない。
「ええ、ミリが五歳になっても私を叩いたり蹴ったりしましてね。躾として一年奴隷として育てたらすっかり奴隷が板に着きましてね。ミリの望むままに奴隷にしているだけですよ。私も心が傷むのですが、ミリの幸せを思うと奴隷のままが良いと思いましてね。きっと五歳の時に私に身体の全てを捧げてくれたことで、私を御主人様と認識したのでしょう。ミリの二人の弟たちは妻の奴隷として幸せに暮らしていますし、子どもたちはどうやら奴隷が性に合うようです。まったく、跡継ぎを考えると頭の痛い限りです」
「あんたらは狂ってる」
ヴィスカは顔を伏せて震えながら声を絞り出す。殴って、殺したい衝動を抑えるので精一杯だった。
「また、狂ってるですか。ああ、可愛いのにどうして他の男性ならいいのかですか?それは私の趣味と、跡継ぎを産む為ですよ。ミリも家庭に貢献できて嬉しいようで嫌がりません。いや、嫌がるどころか進んでやってますよ」
聞いてもいないことを次々と語ってくる。まるで出来の良い娘を自慢するように。
「さて、これでミリが番に使えないのは解りましたね。では、対価を払って貰いますよ」
一歩踏み出す。もう一歩踏み出したら飛び掛かり殴り倒そう。その後のことは知らない。そう思いながら、ヴィスカは足音を聞いた。
一歩。
踏み出そうと顔を上げた途端に、視界が白く塗り潰されていることに気付く。
唐突なのだろうか。男性も足を止め、声に出した。
「なんでしょうか。濃霧…にしたら急すぎますね。誰かが術を行使したのでしょうけど、これだけ濃いと本人も視界が利かないでしょう。それとも、見えるのでしょうか。いえ、それよりも誰がしたかですね。私を狙って…にしたらこんな街中だと目立ちすぎますね。仕方ありませんが……」
男性が独り言を呟き、その後も暫く何かを話していると唐突に風が吹き、濃霧が晴れていく。
「はて」
濃霧が晴れた先には、女性と子どもの奴隷はいなかった。
「お腹がグルグル」
*新春のお慶び申し上げなんとか*
あけましておめでとうございます。
新年明けてすぐに、鬱々とした内容です。
ええ、大雪で何処にも行けない鬱々とした元日でしたー。
雪かきに駆り出されて、身体が痛いです~。
「真っ白。くんくん」




