空虚な謁見
翌朝になり、宿屋近くで行者の朝市を眺めて幾らかの食糧と日用品を購入し、中央に聳える巨城へと向かった。
「しっかし、朝市なんてやってたんだな。なんか印象が合わなかったが」
珍しい野菜や新鮮な食糧を補充でき、満更ではない顔で重くなった荷袋を背負っているランブが話す。
拠点を構えてそこに商品を陳列・販売している光景を昨日はみていたが、今朝の朝市は他の街でも見られた光景だった。簡易な棚や敷物に商品を並べている光景はなんだか異常性を醸し出すほどにこの都市にはそぐわなかった。
「あの辺りは外の商人用の土地でしょう。ですから、あのような風景も見受けられたのでしょうね。私たちからしたら、有難いことです」
中央に拠点があるお店は品質が良いがその分値段も高くなっている。食糧など消耗品にそこまでお金をかけられないセロたちはどうしようかと思っていたので、この様な朝市は大変助かる。王都とあって、値段は多少高いが珍しい物や品質の良いものが多いので、それくらいの値段なら許容範囲だった。
「装備関係がないのが残念だったがな。親父は色々布とか買ってたが」
「ええ、珍しいものなどありましたから。装備、特に武器は暴動阻止の一貫で販売中止されているのでしょうね。いくら住人でも、不満がない人なんていませんし」
セロはそう言い周囲を眺め見る。貴族に対して兵士とその家族は幸せそうでいて、結構な差がありその違いが大きく感じる土地でもある。奴隷は言うまでもなく、ろくな衣食住が与えられない者が多い。
いくら見た目を良くしても、そういう軋轢は必ず起きる。例え武器を排除したとしても、軋轢が大きくなれば包丁などで幾らでも武装は出来る。とくに、貴族よりも兵士とその家族の割合の方が圧倒的に多いのだから、過剰とは言えない反乱因子は排除したいと思うのは当然だろう。その結果の一つが武器の販売中止として現れている。
「アンリは裸足のままでいいのですか?」
「うん」
今までも靴を勧めても決して履かなかった。それは自然を感じたいアンリにとって、阻害するものでしかなかったから。出来れば服も薄い方が良かったが、セロを始め徐々に重武装となっている。よって、靴は最後の一線としてアンリにとって大きな価値が生まれていた。
実際に下草の擽ったさやぬかるんだ泥の不快感でさえアンリにとっては価値のある感触だった。地面の形状把握以外に、精神的な安心感を与えるものだった。いつから、なんでと聞かれても答えられない心理的なものなので、アンリは裸足を譲らず、セロたちもそれを理解していた。
ただ、その反動か服や髪を弄られてしまうようになってしまった。今日は左頭にピョコピョコと髪が跳ねている。短いながらもサイドテールになっている。紅い蜻蛉玉が二つ綺麗に輝いている。
「見えてきましたよ」
灰色の巨城が見える。昨日も感じた、卯すら寒い灰色の建造物。それを囲む壁と尖塔。
「応接塔という場所でしたね」
「ああ、正面右側にある所だね」
昨日、情報を聞いて回る間に城についてもある程度は聞いていた。
謁見は応接塔で行われ、城自体に入った者は見ないと言う奇妙な噂を何人かから聞いた。中では幽霊が出て封鎖されたとか、兵器を作っているとか、王族が散らかし過ぎて足の踏み場がないとか、逆に全員死んでいてそれを隠す為だとか。憶測を出ない噂ばかりだが、行けるのは応接塔のみと言うのは変わっていなかった。
「どうにも納得できねー」
「仕方ないのかもしれませんね。冷戦といっても帝国とは睨み会っているのですから、暗殺に警戒しているのかもしれません」
「それでも、一族全員?国民に安心感を与えるなら顔を出す事だって必要なのにさ。人見知りって訳でもないでしょ」
ヴィスカが皮肉を込めて発言する。一国の王や一族が人見知りでは国は成り立たない。そして、暗殺が恐いからと引き込めるだけでも国は存続しない。
一番の敵国が帝国だとしても、他の国との外交もあるのだ。全て顔を会わせず成り立つものばかりではない。
「取り敢えず、行けば何か分かるかもしれません。下手に思考を固めてしまえば、何かを見落とすこともあるのですから」
考えることも、整理することも必要。だが、その中から勝手に答えを選び信じるべきではない。例え、その答えが合っていたとしても、決めつけているかどうかで見え方が変わってくる。
「ま、もう目の前だしな」
「アタシは遠隔謁見て原理が分かんなくて、そっちの方が気になるんだけどね」
「因術の応用や組合せでしょうけど、私にも解りませんね。国中から、高位術者を集めて行っているのでしょうけど」
因術に詳しいセロすら、原理が解らない高位術にヴィスカは謁見以上に興味を持って応接塔へ向かう。
***
「お引き取りください」
応接塔へとたどり着き、入口に居るだろうと思われた門兵を捜したが見当たらなく、不審に思いながらも中に入ると、そこは装飾するものが一切排した伽藍堂だった。
その隅に、ポツンと一人居るのを見付けて近付いてみれば、椅子に凭れ眠っていた。
声を掛けて、手を伸ばし揺さぶって見ると奇声を上げて文字通り飛び起きた。余程暇なのか、傍らには外国製の本が数冊積まれており、ここを訪れる者が少ないことを物語っていた。
受付の兵士と思われるが、武装は剣のみで鎧すら身に付けてはいない。その受付に警戒されながらも、謁見の申し出を伝えると先の一言が速答で返された。
「は、なんでよ」
ランブが受付の態度に対して怒りを覚えながら、問いただそうと口を開き、セロがそれを抑える。
「申し訳ありません。私はセンリ・セルシュ・ロマンディウム。ロマンディウム家の者です。今の護衛には後から私が仕置きいたします」
セロが家名以外を偽名に置き換えて自己紹介と謝罪を行い、ランブも続けて謝罪する。ここで悪印象を抱かれたら謁見は不可能になる。
「辺境よりきましたので、疲労が出ているみたいです。改めて、不躾な言葉を護衛と言えど発したことをお詫び致します」
セロが頭を下げると受付は気を良くしたのか、見下したように赦しを出す。何も罰則を言わないあたり、受付もそこまで怒っていなかったのか、一人だけ身嗜みが良いセロが頭を下げ続けているのが、面白いのか、「これだから田舎者は」と赦しを出した。
その後、それぞれ偽名で紹介する。ランブは護衛。ヴィスカは下女。アンリはそのまま奴隷と言う身分で紹介し、取り敢えず警戒は解かれた。
「それで、謁見だったか?内容は…いや、聞くだけ無駄だな。今は無理だ」
一方的に話を打ち切ろうとする受付にヴィスカも視線を鋭くする。
「宜しかったら理由を聞かせて頂いてもいいでしょうか。私どもも、辺境より来ましたので、理由も聞かずに帰されるのはなんとも腑に落ちないと思いますので」
「ふん、謁見が立て込んでるんだよ。しかも、心労で今は伏せていてな、快復しても事前に申し込まれた謁見が多くて、今は断ってるんだ」
「では、他の王族の方は」
「ああ、他は謁見をするなと言われているらしくてな、してくれないさ」
貴族と解っても、いや、むしろ解ってから口調がぞんざいなものになっている。貴族に対して悪感情を抱いているのか、辺境の貴族と見下しているのか、強く出れないことを知っているからか受付は面倒だと声にも顔にも出して答える。はっきり受付失格な態度にセロも表情を若干歪めるが、それさえ、受付には気分が良くなるものだったらしく、笑みを浮かべた。
「そんな訳だから、お引き取りを。快復しても、半年は先だろうからな」
仕事はしたと言わんばかりに、傍らの本を手にして読み始める。
「……行きましょうか」
セロは受付から視線を外して、周囲を一瞥して歩き出す。それに続き、応接塔より出る。
「なんだ、あの受付」
「アタシラを完全に見下してたね」
ランブとヴィスカは大変腹を立てていた。
「怒りたくなるのもわかります。しかし、申請すら断られるなんて」
謁見理由は幾つか考えてきたが、それを聞かれる前に断られるとは思わなかったら。
「どう思いますか」
「嘘だろ」
「妥当な理由だけど嘘でしょ」
「うーん」
アンリを除き、二人が断られた理由を嘘と感じた。
「でしょうね。視線を合わせないや声音もありますが、あそこには人が来た形跡もありませんし…」
門兵がいない時点で不審に思い、なんの装飾もなされていない空間は人を受け入れる状況を否定し、受付が寝ており人が来ないことを物語っていた。
理由はもっともらしいが、他の王族が謁見しないのもおかしい。それは、いくら王だとしても一人で行える許容範囲を超えているから。王族以外にも、間に調整官などを挟むことだってあるのだから、いくら断られる事が決まっていたとしても、受付で断られるだろうか。もし、隣国の重鎮などだったなら国際問題にだってなるだろう。
いろんな事を加味しても、あそこで断られるのは異常だと三人は感じ取っていた。
「さて、ロバリーたちの情報も解らず、謁見も作為的に行われないとしたら、どういたしましょうか」
「ロバリーは市場で聞くのが早いだろうね」
「それよか、この国が怪しい状況なのが俺たちに関わってこなけりゃいいが」
例え王族に何かあっても、敵になる可能性が減る確立が上がるだろと考えていた。だけど、それが自分たちの行動、つまりロバリーたちの捕縛から始まる開放に支障が出ないかが問題であった。
国が滅んでも、実際に困るのは一部の人間だけでどの街も徴収から開放され独立または同盟出来ると今までの旅で聞いたり感じたりした国民総意の思いだった。ほかの国に属したほうが、今よりも生活水準が上がると思う者が多いほどに、この国は国民に見放されていた。
「市場はいつやるんだっけ」
「公式は確か明後日の夜だったと思います」
「闇市は行かない方がいいんだろ?ここじゃ、どこでやるかわかんねーが」
「ここの闇市は会員制だと昨日ききましたしね」
「そだっけか」
三人の話を聞きながら、アンリは鼻を引くつかせていた。そろそろお腹が減ってきていた。
「お腹へった」
*言語*
種族によってそれぞれの言語が存在するが、もう一つが統一言語。
これは、どの種族でも発音出来る音だけで成り立っており、それによって種族や国籍を問わずに会話することが出来る。
種族言語と統一言語の二種類を習得するが、人間だけはその利便性ゆえに人語は数百年前に廃れてしまい、統一言語のみを習得している。
月名など、一部に人語の名残は残っているも学者以外は人語を知る人間はいない。
外国製の本など輸入しても問題なく読めるのは、統一言語のお陰である。
「三人は難しい話ばかり。何かないかな」




