アンリ、そして
少しずつ休憩を挟みながら三人の生い立ちを聞き終わる頃には、すでに夕闇へと空が移り変わっていた。
先程出ていったランブも戻って席に着いている。
「私たちもアンリについて詳しくはありません。ですが、推測出来る範囲でのことを言いますので、心の片隅にでも留めておいて欲しいのです。ただの危惧ならそれでいいので」
私について知っている事が話されようとしている。
始めに言われた危険性とは何だろうか。知らず掌には汗がジットリと湿っていた。
「私は私のことが解らない。なのに、ボスたちはどこで知ったの。今まで行った街に私が住んでたの?」
街に寄った際は別行動になることも多くあった。そこで私に関係する情報があったのだろうか。
もし住んでいたのなら、どうしてそこで教えてくれなかったのか。それも危険性というのが関係しているのだろうか。
「いえ、どの街にもアンリに関係する情報はありませんでした」
セロが否定し、私の考えが砕ける。では、どこで私について知ったのだろう。
「さっき、ランブの腕を見たろ。奴隷識別の数字の刻印があったはずだ。アンが奴隷だという証拠が、アンにもあるんだよ。非公式なら、別の刻印だろうけど」
言われて身体を見下ろす。今も室内とあって、あの修繕されたややボロボロな麻の服のみを着ている。
見える範囲にはそれらしいものはなく、服を来ていない時にも見た記憶はない。
「お前のは見えにくい所にあるから気付かなかったんだろうな。身体を洗う時に確認したからな。お前は左肩の後ろ、首を捻っても見えにくい肩甲骨の内側にあったからな」
私のお風呂担当をしているランブがそう説明してくれる。
「アタシより詳しい二人に任せるわ。ちょい外の空気吸ってくるよ」
ヴィスカが私の頭を一度撫でて、部屋を出ていった。
今までは不安にならないように、何かあると傍にいてくれたのに。
「アンリの刻印は『104―S1』とありました。極めて珍しいものです」
首を捻って、服の隙間から覗いても確認出来なかった。そんなものが身体に本当に刻まれているのだろうか。……たぶん、あるんだろうな。
ランブの刻印を見て、自分に枷られている物を順々に撫でて納得してしまった。
もう自分の身体の一部となり、どこか愛着さえ感じる枷たちを奴隷の証しとして受け入れている自分を感じた。奴隷らしくない、図々しい私だけど。
「初めの数字はただの登録順だな。俺の刻印が四桁なのは公式登録の面倒を嫌う輩と欠番の補完、数の多さで番号配布が間に合わないとか色々理由はあるがな。俺と同じ番号の奴もいるはずだ。だが、お前のは違う。後ろの記号は貴重性だ。俺が刻印された時にそう言われたからな。Dが一番格下で罪人や平民。罪人とは一緒の扱いなんてされたくないが。格下てのもへんだが、値段に関係するな。血統や地位、背後関係など色んな条件たで決定する。だが、S1てのが最上位って言うのは確かだ。王族さえ、S2がいいとこだ。逆に104て多さが異常かもしれんが、たぶん奴隷文化が始まった時からの数だろうな。上書きなどしないくらいに貴重だってことだ。その王族よりも価値のある存在がお前だ」
王族よりも価値があるとか言われても実感が湧かない。
私にどうしてそんな刻印があるのか。そんな価値が私にあるのかと、どうしても信じられなかった。
ちなみに、一番多いDとCは平民か商人や鍛治師などの特殊な能力があるか等あまり大差なく付けられるらしい。その時の能力や年齢など実質的なもので、ある意味一番重宝する奴隷でもある。罪人はDに固定だが、区別するようにDxとなっている。Bは統治者や大商人、下流貴族など血統や地位が確立しているま者と因術が実用的に行使できる者。Aは中流貴族などさらに上の階級の者。もし、セロが奴隷ならこれに当てはまる。あとは、治癒者や聖職者など特化した能力と実績がある者。そしてSの下位が上流貴族から始まり王族へと細分化し振り分けられる。貴重性として、少数民族や少数種族などのもこの中に入るらしい。
「刻印だけで、危険性はある程度予測できます。もしアンリが逃げたのなら、どんな手を使っても取り戻そうとするでしょう。そして、捨てられたならばそれ以外の奴隷商人を始め、一攫千金を狙った者たちが貴女を狙うでしょうね」
兵士に追われた恐怖が背筋を駆け抜けた。
「………ゃ……」
ヴィスカがおらず、ギュッと手を握り恐怖が去るまで耐えた。
「一概に……これだけが危険だとは言えません。アンリを怖がらせたくないのですが、知っていてもらわなければ危険を回避することも出来ないのです。私たちも対策はしますが、これけら王都へ行きロバリーたちを捜すため、危険性が増します。ですから、アンリにも覚悟してほしいのです」
なんの覚悟だろうか。暗い考えを振り払うように、首を振り追い出す。
「俺たちに着いてくるなら、ここよりも危ないことが起きる可能性があるからな。行ったくるなら、覚悟してもらわなけりゃ連れていけねぇ」
ここで別れるか。それとも、危険を覚悟で着いて行くかと問われている。
もし着いて行き、ヴィスカたちの隙を突いて私が拐われたらどうなるのだろうか。
でも、ここでわかれても他の街のように襲撃されたら。私はどうしたらいいのだろう。
危険があってもヴィスカたちに着いていくほうが安なように感じる。しかし、今朝のようなことが起こる可能性すらある。
「私たちは明日の朝にここを発ちます。朝食までに考えておいてもらえますか」
セロの言葉がどこか突き放したように聞こえた。
私がいたら迷惑だから、こうして別れを求めているのだろうか。不安かが膨れていくなか、話は終わった。
ヴィスカが戻ってきて、一緒の布団で寝る時は離さないように抱き付いて寝ないようにしていた。
また今朝のように起きたら誰もいなかったら嫌だから。
だけど、いつの間にか私は眠った。ヴィスカが一緒に寝ることを拒絶しなかったのと、その温もりに安らぎを覚えて暖かな夢を見た。
「アン、ごめんな」
そんな言葉が聞こえたような気がした。
意識が覚醒してくるなり、慌てて飛び起きる。
不安をよそに、皆はそこにいた。
「いっしょに、いってもいいかな……」
皆の姿を眺めて、開口一番に尋ねる。
やはり、私は弱くなった。だけど、それでもいい。
結局は皆と一緒にいたいのかどうか。危険性なんて、どこにいてもあるのだから。
私はヴィスカはもちろん、二人のことも好きになっているのだから。
皆が追い出さない限り、奴隷らしくない図々しく着いていく。それが、今の私なのだから。
弱くても幸せならそれでいい。私も皆のことを護りたい。
王都になにがあっても、私は着いていく。今の私であるために。
「では、まずはランブを起こしましょう」
「そしたら朝食だ。アン、しっかり食べとけよ」
あのヴィスカの謝罪は何だったのだろう。
聞き間違いだったのだろうか。
「ランブ……起きて」
今日も皆といるために、始めの仕事に取り掛かった。
「皆と一緒。それが私の答え」
*アンリ*
種族:不明
年齢:推定十歳(平均よりもかなり低身長)
身長:124シーメル
体重:21キグルム
髪:赤金色
肩辺りで無造作に切られている
瞳:琥珀色
肌:乳白色
装備:鎖に繋がれた首輪と両腕輪・左足輪
耐刃加工の麻の服
耐因加工のマント(尻尾付き。着脱可能な耳付きフード)
錆び付きナイフ
性格:無表情・口数が少ない・図々しい
趣味:お昼寝
好物:山羊乳
呼称:アンリ・アン
階級:愛玩奴隷『104―S1』
属性:不明
備考:記憶喪失
ヴィスカの飼い犬扱い
オネショ癖ややあり
「最後のいらない。……旅程は終わり。いよいよ王都へ」




