旅源始想─ヴィスカ─
「さて、と。最後はアタシか。喋るんだから、飲み物くらい残してけよな」
窓際の壁に掛かり、こちらを見つめるヴィスカは笑っていた。
飲み物がないからと苦笑したものではなく、どこか悲しそうで、冷たい笑みがそこにはあった。
その笑みが苦しく、そして怖いと知らず鳥肌が立った。
ヴィスカは私の様子に気付いた風もなく、そのまま寄りかかった体勢で一度ニコリと先程とは違った笑みを浮かべる。
「あー、アタシもきっかけの前から話すべきかね。アン、アタシの話を聞いて思うとこが出るかもしれないが、今は違うと先に言っておくよ。アンとして、キミが大事だと」
ヴィスカの含みのある言い方に疑問を持ったが、私が傷付かないように言ってくれたのだと分かり嬉しかった。
私を私として見てくれているのだと。
「アタシが十二の時、ロバリー達によって村が襲われた。後になってロバリーと解ったんだけどね。アタシは隠れ延びることが出来たが、四歳の双子の妹が連れ去られ、両親と祖父母が殺された」
ヴィスカもランブ同様に表情には出さない。
「今頃、アンと同じくらいの年齢だろうな。身長はアンより大きいだろうけどな」
薄く笑い掛けてくれたが、その表情に悲しいと思った。
始めに言っていたのは、私と重ねてたと思っていいのかな。それにしても、ちっちゃいなんて失礼だよ。
「そう、アンを見て初めは突き放した。今までもそうしてきた。だけどこのバカ犬は着いて来た。妹と重なって二度は突き放せなかったけどな。暫くは重ねていたよ、ごめんな。アンはアンなのにな。アタシの大事な飼い犬として今は見ているよ」
どこまで冗談なのだろうか。いや、ヴィスカのことだから全て真実かもしれない。
「話を戻すけど、その事件の後に村にいる気にもなれなくて、荒らされた家から物を掻き集めて一人旅に出た。世間知らずで危険な目にも何度も遭遇した。そんな状態でも放浪を止めようと思えなかった。恐らく、考える気力もなかったし、死ぬ場所を探していたのかもな」
溜め息を吐き、空を仰ぐ。
そして頭を掻きながら再び私を見つめて話始めた。
「その時の気分で行き先を変えて放浪すること二年。だけど、常に二人の妹のことは頭から離れなかった。だから、死ぬことも出来なかったんだろうな。宛もなく放浪し、人が集まる場所に寄る時は二人の情報を集めて行った。結局、何も収穫はなかったがな。その途中で親父とランブに出逢ったんだ」
ランブはまだ戻って来ない。
ヴィスカはセロを一瞥して、視線を戻す。
「二人の目的を聞いてアタシも旅に同行することになった。それから五年目だ。奴隷開放には手を貸すが、アタシの目的は妹の奪還が第一だよ」
他の二人よりもかなり短く話をまとめて締め括った。
ヴィスカにも相応の事情がやはり存在した。みんな、奪われ集まった仲間だった。
…だけど、ヴィスカの妹を救出したら………私は、捨てられるのかな。
「アン、言ったろ。大事だと。アンの幸せが見つかるまでは一緒にいるよ。今度はアタシの大切なモノは絶対に守るって誓ったんだから」
私の考えを読んだのか、ヴィスカが近付いて抱き締めてくれた。
私が不安になると、よく抱き締めてくれる。
妹の代わりだとか、どうでもいいのかもしれない。
例えその時が来ても、私はこの温もりが大好きになってしまったのだから。
だから、今はこれで充分だ。
「……ヴィスカ、すき。大好きだよ」
無意識に溢れた言葉は、自分の耳にもほとんど届かないくらいの呟きだった。
「アンはやっぱり、ちっちゃいな」
「ヴィスカなんて、嫌いだよっ!」
ヴィスカから放れて、山羊乳を全部飲んでやろうとしたが、ランブが飲んで空が転がっているだけだった。
「二人を見ていると愉しいですが、最後の話をしましょうか。アンリについて僅かにですが解ったことを」
セロが間に入り、再び空気が重くなっていく。
だけどそれは初めよりも薄まり、この空間にいても良いという安心感も含まれるものに変わっていた。
「わんっ。はふっ」
*ヴィスカ・アルバロス*
種族:人間
年齢:十九歳
身長:168シーメル
体重:48キグルム
髪:藍色
腋下程の長さ。普段はアップにして留めている
瞳:群青色
肌:薄い褐色
装備:黒色の膝上丈のワンピース
茶革のブーツ
曲刃
投擲ナイフ数本(腿に帯刀)
性格:ぶっきらぼうだが、世話好き
趣味:昼寝
好物:お酒・可愛いモノ
呼称:姐さん・ヴィスカ
階級:平民
属性:なし
備考:双子の妹がいる
アンリの現飼い主




