旅源始想─ランブ─
「んじゃ、流れからして俺だな」
新たなお酒の陶器を手元に手繰り寄せ、ランブは自分のことを無関心に語り始める。
いつもより早いペースでお酒を煽りながら。
「六人家族で、三人の子どものいる家だった。一番上が俺だな。貧しいけど、笑顔は絶えなかった。」
無関心を装っているつもりだろう。だけど、僅かに口角が上がっているのに本人は気付いていないようだった。だけど、すぐに口元が引き締まる。
「辺境にある村には兵士なんて来ないし、作物を食べる獣が現れる問題があるだけの小さな村だったよ。そんな村に流行り病が発生した。家じゃ親父が死んだだけだったが、村の二割以上が死んだか後遺症が残った」
一番安い山羊乳のお酒でも、平民には高価なものだがランブはペースを緩めない。
「働き手が一気に減り、村は衰えた。その年は冷夏でもあってな、作物も上手く実らなかった。いや、冷夏のせいで流行り病が発生したのかもな。とにかく自分たちの食糧を得るのと、再び感染しないように閉じ籠る家がほとんどだった」
顔を下に向けているので表情は分からない。
「親父が死んで、家の野菜は全滅した。爺さんは元から歳だったし、母ちゃんは小さな二人を見るので精一杯。俺は野菜を分けて貰えるように村を回ったが手に入らなかったな。流行り病のせいで、商人も近寄らなかったしな」
ランブは何を思っているのだろう。
お酒を呑むペースは早く、呑む際に覗く表情こそいつもと変わらないように感じた。
「仕方なく子どもの足で歩いて一日位かかる隣村まで行って食糧を買った。何度か盗まれたりもしたがな。だけど、ほとんどを自給自足で賄う村じゃ購入なんて長く続かない。頭を下げて分けて貰えるのも二回までが良いとこだ。何度かは四つ下の妹を連れて買い物の仕方を教えていたのは、何を思ってのことだったのかはもう忘れた。とにかく、妹が買い物の仕方を覚えてくれた。畑仕事は母ちゃんから教わればいいし、当面の問題は金だけだった」
三本目の陶器が空になり、私の木椀を取り上げて山羊乳を飲んだ。
「あっ」
「村で金を作る方法なんてない。だから……母ちゃんに言って、叩かれて反対されたけど、それしか四人を生かす方法がなかった。同じような家庭で餓死者も出始めてたからな。夜中、泣く母ちゃんを連れて、噂に聞いた奴隷市に行った。一応は公式の奴隷市で俺の奴隷登録が終わって、競りに出された。近くで母ちゃんが泣いていたのは忘れねー。…競り落とされてからは、母ちゃんを見ることは無かったが、落札額の半分は受け取れただろうな。それで何ヵ月かは暮らせるはずだ」
そこまで言ってから、「便所行ってくる」と一度席を外した。
そして五分もしないで何気ない感じで戻ってきて、続きが語られる。
「んー、ああ、競り落としたのは母ちゃんより歳のいった女性だ。愛玩として落札したみたいだが、性格だろうな。気に入らなかったみたいだ。お仕置きとして何度も背中を叩かれ、刻印のある腕をナイフで引っ掛かくように斬られた」
今まで左腕に巻いていた包帯をほどき、それを見せてくれる。
傷に紛れて肘と肩の丁度真ん中に『4358―D』という奴隷の刻印を。
そして、慣れた手付きで再び包帯を巻いていく。
水浴びの際に見た、背中にあった傷も恐らくその時のものだろう思い出す。
「何度もお仕置きをされたが、一向に自分通りにならないことに苛ついていたな。一年で再び競りに立った。タダに近い値段で闇市に。そこで出会ったのが親父さんの親父……ややこしいな。マスターだった」
セロも頷きランブを見ている。
私もランブに視線を戻し、話を聴く体勢に戻る。ヴィスカは窓際から外を眺めていた。
「後は親父さんの言った通りだ。この時は労働奴隷だったがな。マスターが臥せて、親父さんが新しいマスターになって次第に休息する時間も増えて、労働も軽くなっていったよ。よく声を掛けてくれて、奴隷たちには人気だったな。だけど、同時にそれ以外の人間からしたら、な?」
ここは解るな、そう眼で語られた。
セロがかっき言っていたし、事情は理解出来た。
「家を出る際に親父さんに声を掛けられ、一緒に屋敷を出た。この時には、家族にとって弊害はないだろうと思って。何人かと一緒に屋敷を出たが、誰も着いてはこなかった。慕っていても、そこは契約の切れた他人だからな。俺は危なっかしい親父さんを見かねてかな?自分でもよく解らんがな、この行動自体が。本当なら、すぐに村に戻って家族の様子を確認するはずなのに、俺は親父さんに着いていくことを決めた」
私から奪った木椀に山羊乳を足しながら、セロを一瞥し、再び椀に視線を移す。
「生活の知恵は貧しい家庭には必須だったから、そこの無知な貴族様に教えながら旅をした。当てのない旅の途中で、親父さんが一度吼えたのには驚いたが、その後に聞いた親父さんの目的なね惹かれて、また旅が始まった。こんなとこだな、俺については」
最後に一気に山羊乳を飲み干して、木椀が割れるのではないかと思う位に強く机に叩きつけるように置いた。
「飲み過ぎたな。悪いな、また便所行ってくるわ」
ランブが退席し、部屋に静寂が訪れた。
二人にもそれぞれの過去があり、そこには闇があった。
だけど、それに負けない意志と、闇を払拭する目的があった。
私には何があるのだろうか。
ただ何となく着いてきてしまい、目的なんてなかった。
ランブが初めてセロに着いていった時と同じような状況なのなね、何かが違うような気がする。それが何かは解らないが、圧倒的に自分とは違う想いが含まれている。
私が弱いことを、改めて思い知らされる。
何もかも、私は足りない。欠けたモノは何だろうか。
「自分から奴隷に。どんな気持ちだったんだろう」
*ランブ・ハーネット*
種族:人間
年齢:二十一歳
身長:171シーメル
体重:69キグルム
髪:黒色
短髪
瞳:黒色
肌:褐色
装備:黒色の上衣と下衣
黒革の短靴
左腕には包帯
鋼鉄付きグローブ
性格:顔付きは怖いが、根は優しい
趣味:料理(趣味というより特技)
好物:お酒
呼称:ランブ
階級:元愛玩/労働奴隷『4358―D』
属性:土
備考:身体中に傷がある
アンリのお風呂担当
「お母さんみたいな存在?」




