旅源始想─目的─
長くなりますが…と前置きをしてセロが私を見つめる。
そう言えば二週間近くも共にいるのに、まともな自己紹介すらしていなかったと思い至る。セロは軽く自己紹介はしてくれたが、ヴィスカとランブに至っては自己紹介すらしていない。誰かの会話から名前や僅かな情報を得るのみで、逆にそれが異常に感じた。
そこまで何を隠したいのかという疑念と、ようやく教えて貰える安堵が同居する。
「長くなりそうだからな」
そう言って、ドプンとテーブルに置かれたのは好物になった山羊乳だった。
軽くトラウマを抱いてしまったが、それよりも手が出てしまう。
これも可笑しなことだ。
皆と会う前の僅かな時間は、今を存続させるためだけに残飯や野草を食べていたのに、今はこんな贅沢をしてもいいのかと疑問にさえ思わなかったのだから。
「また漏らすなよ」
ヴィスカの軽い冷やかしに、「うぅー」と唸るしかなかった。
「さて、飲み物も準備できましたし話ましょうか」
よくやくの本題。
どんな結末があるのか解らないが、なるべく受け止めようと思う。
だって、私は空っぽなのだから……。
「まず、私たちについてからですね。私たちの目的は若干推測はされているかも知れませんが……奴隷の開放と制度の撤廃です」
セロが真剣な眼差しで見つめてくる。いつもの柔和な笑みは見当たらない。
セロに説明を任せるのか、ヴィスカたちはただ座って話を効いている。
「どれい……たまに聞いていたから、その関係とは思ったけど」
それは偽らざらない感想だ。
まさか国の在り方を覆そうなんて思いもよらない。
「そうですね。私たち以外にも奴隷開放の運動はあります。昨夜は個人的なものでしたが、組織だっているところもあります。私たちは独立していますが、そういう組織とは連絡を取り合って情報を集めるなど致しますしね」
セロも山羊乳を一口含み、口を湿らせる。
「ですが、根本の制度撤廃まで考える異端者は私たちくらいのようで、これが難航しています。とりあえずは目先の事からと、中心となっているロバリーという奴隷商人の拘束。難しいようなら……まあ、そのロバリーを捕らえる為に今は潜伏していると思われる王都へ向かおうとしている訳なのです」
ロバリーはこの何年もの間にいくつもの村や集落を襲い、誘拐しては闇市で捌いている人物らしい。誘拐と同じかそれ以上に殺人も犯している危険人物とのことだ。
他の開放組織も所在を調べているが、いつも後手に回っているとのことだった。
「そして、ロバリーの背後には王都の闇が見え隠れてしています。現に、守護を目的として結成された兵士たちが誘拐を行うようになって、それを王族たちは黙認している節があります。私たちだけでは危険なので、各方からも応援を呼ぶ必要がありますが、時間との問題でしょうね」
本題はいきなりこの国の核心に近付くものだった。
もし、ロバリーが国の尖兵ならば内戦が勃発する可能性すらある。
「前に行った街を覚えてるだろ?一夜にして滅んだレビーを。あそこは何年も土壌を都合よく整えるような手の込みようだ。しかも、事後処理や調査の依頼は受け入れられなかった」
ヴィスカは私の木碗に山羊乳を継ぎ足しながら話してくれる。
「そんでここの荒れよう。王都の手前なのに兵士の風紀どころか、奴等すら誘拐してやがった。平気で街中で違法の奴隷市を開いていたしな」
山羊乳…を発酵させたお酒を煽りながらランブも口を挟む。いつの間にか瓶が一つ転がっていた。
「そういう訳で、慎重に行動をしなくてはなりません。ですが、のんびりとしていると今までのようにロバリー側に察知され逃亡や、王都にいる以上は他の手を打たれる可能性も考慮に入れなければなりません。難しいことですね。応援はほぼ間に合わないと思っておかなければなりませんし…」
すでに応援を呼んでいるのなら、急行や待機をしている組もあるのではないだろうか。
そう尋ねると、無理でしょうねと返ってきた。
「今、反王都派を始め奴隷開放組織なども王都では活動出来てはいません。それだけ兵士のほとんどを活動の妨害や主導者の殺害に導入されています。冷戦だからといって国境の警備すら手薄にするのはどうかと思いますが……。そして、この街を含めて近隣の街にも兵士が割かれています。平気で犯罪を犯すような兵士を中心に。このような事情で待機は元より、近隣にも仲間はいない状態と考えられます。私たちは今、かなり危うい場所に居るということですが、幸いと言うのかアンリ、貴女がいてくれたお陰で不信には思われていないのです。嫌なことですが、奴隷を従えた開放組織は存在しないですからね」
私の姿が一目で奴隷と判った為に、街に入る際に兵士などからは警戒はされなかったそうだ。
首輪に手を当てていると、一度休憩しましょうとの提案で、一旦話しは打ち切られた。
休憩中に鎖を触っていると「外せたらいいんだがな」と、ヴィスカが話し掛けてきた。
「奴隷の証しなんていらないんだ。同じ人間なのにな。なにもかも狂ってるんだ。この国も上に立つヤツラも。アン、絶対に自由にしてやるからな。一人でも安心して歩けるように」
「ヴィスカ…」
辛そうな表情に、激情を宿した瞳を見た気がした。
奴隷って、なんなのだろう。
人間なのに人間とは思われていないモノたち。
平気で人が死んでいく国。
私は記憶がない状態だけど、それが当たり前と短期間で受け入れていた異常性。
王都に何かの答えがあるのだろうか。
王都と聞き、胸がざわつくその答えが。
「さて、と。………アン、話しの続きをしようか」
ヴィスカに促されて話しが再開する。この後も驚くような事実を知るのかと。
沈んだ気持ちに、僅かな笑みが浮かんでいたのに気付く。
変なの。驚いたことに、驚くなんて。感情があるのが何故か可笑しかった。
以前の私はどうだったのだろうか。知らない自分を夢想した。
「アンリ?どうしましたか」
セロの声に我に返る。
「べつに。ただ、教えてくれて嬉しかったから」
嘘は言っていない。秘密の共有が嬉しかったのだから。
やっぱり可笑しいや。
「へいしーへいしー。あったまおかしいへいしー。ぶっとんだしこうのへいしはそらにぶっとべー。……ヴィスカの歌は音痴だし、変な歌」
*王国兵*
現在の兵士の総数はそれほど多いとは言えない。その原因は政策への不満や王族への不信により、謀反を起こした兵士が奴隷開放組織や反王都派に流れたため。
残留兵士は主に冷戦状態にある帝国と、その他隣国の関所や砦と流刑地に配属されていたが、近年になり帝国側の兵を王都近隣に多くを招集し反乱因子の排除を行っている。
街の住民よりは少し待遇が良い程度ではあるが、自らの犯罪は黙認されている状態のため、それを聞いた者が志願してきている。
低賃金のため、犯罪の黙認を利用して誘拐を行い一攫千金を狙う輩が増えてきて、治安の悪化が加速度的に増している。
「へいしーへんしーん。……私も音痴?」




