夢。現。私と仲間。
話し声が聴こえる。近い様で遠く、後ろと思ったら耳の横から。悲しいような、寂しいような。いや、これらには感情なんてものはない。生きているのに、無機質な声。
その声に急かされるように顔を上げると、三人の女の子がいた。
みんな頸と両手が鎖で繋がれている。足にもそれは見えたが、その鎖の先は闇に続いており、先が見えない。
質素な薄い麻の長裳のみを着ている。
そして、五つの生気のない瞳で私を見つめてくる。そう、五つ。一人は髪で隠れて見えないのか、あるいは…。
………いや、ちがう。
私も彼女たちと同じだ。鎖に繋がれて、同じ檻に入れられたモノ同士。
「ワンッ」
片眼の女性が犬歯を剥いて吼えた。涎も気にせずに垂れ流している。それに続いて皆も吼える。私も何時しか吼えていると、檻の下の僅かな隙間から何かを入れる気配。そこに向けて競うように四つ足で走り、入れた皿に顔を突っ込む。一日一回の食事。量が少なくて、いつも取り合いにある。
「ガルルッ」
「がうっ」
私は何時も噛まれ、引っ掛かれ、蹴られてしまう。一番歳が若く、身体も力も弱い。空の皿を嘗める事しか出来ないでいた。なんて当たり前の日常だろうか。強い者が生きるのが当たり前の世界なのだから、私はいつか………。
普段はこの檻で過ごし、ご飯が来たら皿から直接摂取し、檻の隅に設けられた側溝で排泄し、側溝の反対側にある枯れ草の上で寝る。
たまに御主人様に喚ばれた時だけは一時を柔らかな布団で過ごしたり水浴びをする。
他の屋敷の人に自慢そうに見世物にされる時は、豪華な服を着せられた。
人間様の会話は不明だ。「わん」と、犬という動物の鳴き声だけを教えられたので、人間様の言葉は会話を聞いて少しずつ覚えるしかない。
それ以外は知らない。
「アン」
私の名前が喚ばれた。
ああ、これは夢だ。だって、御主人様は「アン」なんて喚ばない。
そう呼ぶのは一人だけなのだから。それは………、誰だったのか。
靄に霞んで声の主は見えなかった。
嫌な夢だ。もどかしく、哀しく、辛い。
こんな夢、早く醒めればいいのにな。
鈴が鳴った。
首輪にある鈴が揺れた。
誰かが揺さぶった。
***
世界が途切れた。
そう思う程に濃密な……夢。
誰かに揺さぶられ続け、ようやく夢から醒めた。だが、その夢を見たという感覚は残っていたが、内容までは思い出せない。
なぜなら驚いたことに、知った顔が今にも泣きそうに歪めていたから。
「アン」
次第に意識がハッキリするのに合わせて疑問が浮かぶ。
「ヴィ……スカ?」
それはもう、見ることはないと思っていた顔なのだから。
私を棄てたはずなのに、なぜ今こうして目の前にいるのかという疑問。
「よかった。アン、大丈夫か?」
気丈にも顔をいつものクールなものに戻し、私の安否を確認する。
思考が追い付かない。私は質問に対して、疑問をぶつける。
「なんで?なんで、ヴィスカがいるの……」
その問いはヴィスカを訝しい顔にするには充分だったみたいだ。
「なんでって。帰って来たからに決まってるだろ」
「私のこと嫌いになったのに?棄てたのに?なんで…なんでそんな優しい顔するの?」
私の要領を得ない立て続けの質問に眼を見開くヴィスカだったが、次第に納得したようにさらに優しい表情になっていく。
「バカ犬。アタシラはアンを捨てたりしないよ。あんな場所にいたのは、アタシラを捜す為だったんだろ」
優しい手付きで頭を撫でられる。
ああ、そうういえば今いるのは宿屋の布団の上だと今さらのように気が付いた。
「あんな所で寝てたら危ないぞ。幸い、アタシが通りすがりに気が付いたから良かったが…じゃなけりゃ、今頃は………いや、アンが無事で良かったよ」
頭から手を離し、そっと私の身体を抱き寄せた。
抱き寄せられ、ヴィスカが微かに震えているのに気付く。よくよく見ると、若干眼が赤いような気もした。
「ヴィスカ……どうしたの?」
「なんでも、ないよ。アタシは大丈夫だから」
ヴィスカの服から、悲しい…涙の匂いがする。
棄てられたと思った。だけどそれは私の勘違いだったのか。
今も優しく抱いてくれる温もりに、私は涙を流した。やっぱり弱くなったなと、どこかで思いながら。
「ごめん。ごめんなさい」
「謝るな、バカ。アタシラが一人にしたのが悪いんだから。事情があったにせよ、な」
それからはお互いに無言で抱き合っていた。
セロたちが帰ってきたら事情を話すと言われ、みんなとの壁がまた縮んだと感じながら。
***
正午を回った頃にセロとランブが帰ってきた。
お互いに渋い顔をしていたので、まずは食事を摂って自室へと戻ってくる。
「一年前よりも酷い状況ですね」
「あちこちで行方不明も増えてるみてーだな」
二人の情報はこの街や王都の腐敗を告げる内容だった。
ヴィスカの集めた情報も同じような内容で、この一年でさらに上級階級などの横暴が悪化しているというものだった。
「王公貴族の飽食などは今に始まったものではありませんが、兵士による誘拐なども発生し始めているのが問題ですね」
「併せて、俺らみたいなのが兵士や貴族と争って死人も出てやがる。死人の比率は言うまでもないがな」
「アンに聞いたが、兵士に追われたらしいしな」
「……うん」
二人が帰ってくる間に、ヴィスカには事の成り行きを話しており、それも含めて状況を整えていく。
「奴隷が金儲けの道具にしかなっていないのか。加えて取り締まる側が率先して誘拐や売買に回り始めやがってる」
「ロバリーたちだけじゃなく、さらに厄介な敵か」
「アンリには、さらに危険な状態になりそうですね」
「奴隷に人権なんて今はないからな。ま、俺ら底辺に属する平民とかも人権なんてないがな」
「それでも護るよ。そして、やるよ」
私が理解する前にどんどん話しは進み、改めて三人は決意を固めているみたいだ。
「まずはロバリーたちからだな。その前に、アンにアタシラのこと話していいか?」
ヴィスカが私の手を握って二人に問いかける。
二人が帰ってきたら、事情を話すと言ってくれたことを守ってくれるみたいだ。
「問題ねーだろ。もう、仲間だしな」
「ええ、そうですね。少しでも危険を回避する必要もありますし」
ようやく語られる。
みんなのことをようやく教えて貰えるということに、どこかがホワンとした。
そして語られた私が起きた時の事情と自分たちの事を。
「なにか嫌な夢を見てたけど、なんだろ。気になる」
*ロバリー奴隷商団*
奴隷商人ロバリーを中心とした王都最大となる商団。規模が大きく構成人数は不明。
かつて幹部ペフィドの手引きにより、幾つかの小規模な街や村が廃墟となる大掛かりな奴隷狩りを行っている。
奴隷調達の印『▽に×』が現場に刻まれる。
「なかま。なかま、わふふ」




