石になった嘘つき少年
ある村に、ひとりの少年がいました。
困ったことに、この少年は小さなころからずっと嘘つきでした。
「花瓶を割ったのは誰だ?」
お父さんに聞かれ、遊んでいて花瓶を割った少年は答えます。
「僕じゃない誰かだよ」
お母さんに頼まれた水汲みをせずに、叱られた少年は答えます。
「僕はちゃんと水を汲んだよ。誰かがこぼしてしまったんだよ」
神殿へ来るよう言われたのに、時間を忘れていた少年は神官様に言います。
「僕は行こうとしたんだよ。でも友達が行ったらダメだって言って、僕を納屋に閉じ込めてしまったんだ」
毎日毎日嘘をつくので、お父さんやお母さん、それに村の神官様や友達も、いつも困っていました。
そんなある日、少年は隣の家の女の子に意地悪をしました。
泣きだす女の子の声を聞いて、少年のお父さんとお母さんがやってきます。
少年はいつものように嘘をつきました。
「僕が泣かせたんじゃないよ。この子が勝手に泣いたんだよ」
お父さんもお母さんも信じません。
そしてついに、お父さんは言いました。
「お前はいつも嘘ばかり言う困った子だ。本当にうちの子なんだろうか」
お母さんも言います。
「ちゃんと謝りなさい。謝れない子はうちの子ではありません」
少年はびっくりしました。
そんなことは今までに一度も言われなかったからです。
うちの子ではないと言われた少年は謝ろうとします。
しかし少年の口から出たのは、やっぱり嘘でした。
「僕、違う家の子だったんだね。良かった」
ずっと嘘ばかり言っていた少年は、本当のことを言えなくなってしまったのです。
お父さんとお母さんはびっくりします。
「そんなことを言うのなら、家を出て反省しなさい」
「反省したら帰ってきてもいいですよ」
お父さんとお母さんに向かって少年は言いました。
「帰らないよ。だって僕は、お父さんも、お母さんも。村の人全員のことも、嫌いなんだから」
そう言って、嘘つき少年は、嘘だけを残して走り出しました。
お父さんやお母さんはもちろん、村の人たちのことも好きだよという気持ちを抱えたまま。
ごめんなさいを言えないまま。
森を抜け、川を渡り、山を越え、野を走るうちに、少年は全然知らない場所へ来てしまいました。
家に帰りたい、と思いながら少年は言います。
「こんなに遠くまで来ることができて良かった。だって僕は、家に帰りたくないんだから」
口から出たのはやっぱり嘘でした。
その時、少年の耳に声が届きます。
「お前は本当に家に帰りたくないのか?」
びっくりした少年は辺りを見回しますが、誰もいません。
風の音だろうかと思っていると、もう一度声が聞こえます。
「本当は家に帰りたいんだろう?」
少年は言いました。
「帰りたくなんかないよ」
声は言いました。
「本当か?」
少年も言います。
「本当だよ」
声はさらに言いました。
「では、もう二度と家に帰らなくても済むように、お前を石に変えてやろう」
すると、どうしたことでしょう。
少年の姿は本当に石に変わってしまいました。
周りに人はいませんでした。
家に帰りたくない、という少年の嘘は、確かに誰も聞いた人がいません。
しかし少年は忘れていたのです。神様の存在を。
少年の嘘を、神様は聞いていたのでした。
少年はびっくりしました。
そして、悲しくなりました。
本当に家へ帰れなくなるなんて思わなかったからです。
そんな少年に神様は言いました。
「だがもし、お前が『家に帰りたい』と言うのなら、人間に戻してあげよう」
少年は神様に言います。
「石になれてせいせいしました。だって僕は家に帰りたくないんです」
少年は石になっても、嘘しか言えませんでした。
その後、神様は何度も少年に言います。
「お前が『家に帰りたい』と言うのなら、人間に戻してあげよう」
少年は家に帰りたいと思いながら、そのたびに答えます。
「僕は石のままがいい。家に帰りたくないんです」
このやりとりをどれほど繰り返したでしょう。
ある日神様が「お前が『家に帰りたい』と言うのなら、人間に戻してあげよう」と言った時、ついに少年は言いました。
「僕は家に帰りたい。お父さんやお母さんや、村の人たちに会いたい」
すると石の姿は消えました。
その場に立っていたのは、茶色の髪をなびかせる人間です。
神様は約束通り、少年を元の姿に戻してくれたのでした。
少年は、久しぶりの足で走り出します。
野を走り、山を越え、川を渡り、森を抜けます。
やがて、懐かしい村が見えてきました。
けれど村に入った途端、少年はおかしいぞと思いました。
あの木はもっと低かった気がします。
あの古い建物は新しくてピカピカでした。
何より、道行く人の中に知った顔を見ません。
不安な気持ちのまま走り続けた少年は、やがて家に到着しました。
記憶よりずっと古ぼけた扉を叩いて、少年は叫びます。
「お父さん、お母さん、ただいま! 僕だよ!」
しかし中から返事はありません。
そこへ、見知らぬおじさんとおばさんが通りかかります。
少年は二人に声をかけました。
「すみません。この家の人たちはどこにいますか?」
おじさんとおばさんは不思議そうに答えます。
「その家はもう何十年も空き家だよ」
少年はびっくりします。
「そんなはずはありません。ここは僕の家です」
するとおじさんは言いました。
「そんな嘘を言ってはいけないよ。嘘つき少年のように家に帰れなくなってしまうよ」
おばさんも言います。
「嘘つき少年は、嘘をついたから帰れなくなってしまったのよ。もう100年も前の話だけど、みんな知っていることよ」
そう言っておじさんとおばさんは立ち去りましたが、少年はその場に立ち尽くしていました。
石になった少年は、なんと100年も嘘をつき続けていたのです。
だとすれば、少年の知っている人は誰もいません。
もう二度と、お父さんにも、お母さんにも、村の誰にも、ごめんなさいや好きだよを言うことができないのです。
少年の水色の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちました。
その時です。
隣の家の扉が開きました。
中から出てきたのはひとりのお婆さんです。
すっかり腰の曲がったお婆さんは、髪も真っ白で、長い年を生きてきたことを感じさせました。
少年が家の前に立っていることに気が付いたお婆さんは、大きな声を上げます。
よたよたしながら走ってくると、曲がった腰を精いっぱい伸ばして、少年の顔を見上げました。
「ああ、やっぱり、間違いない」
そう言ってお婆さんは泣きだしました。
「きっときっと、帰ってくると思っていました。ずっとずっと、信じて待っていました」
お婆さんの顔はシワだらけで、昔の顔は分かりません。
でもお婆さんの赤い瞳には覚えがあったので、少年はこの人が誰なのか、すぐに分かりました。
あの日泣かせてしまった、隣の家の女の子です。
少年の瞳から、今度は嬉し涙が流れます。
「僕はずっと嘘ばかり言っていた。謝ることもしなかった」
少年はお婆さんの手を取ります。
「待っていてくれてありがとう。そして、ごめんなさい」
そう言って、少年はお婆さんと一緒に、大きな声で泣いたのでした。




