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異世界詐欺師のなんちゃって経営術  作者: 宮地拓海
第一幕

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挿話5 ヤシロ、フット・イン・ザ・ドア・テクニックを試みる

 オオバヤシロ、十六歳。

 俺は詐欺師だ。

 他人を騙し、己の私腹を肥やす、穢れきった人間。それが、俺だ。


 ジネットがアホ過ぎるので、少し鍛えてやることにした。

 でなければ、こいつは必ず痛い目を見る。


 俺が仏心を出していなければ、今頃こいつはスクール水着でおっぱいに俺の顔を挟んでいたところなのだ。

 俺の鋼鉄の理性に感謝するんだな!

 実はちょっとやってもらいたかったなって思ってるんだからなっ!


「いいかジネット。人間というのは容易く騙されるものなのだ」

「ですが、あのお二人は警戒心も強いですし、ご自分を律する強い心をお持ちですから、誰かに騙されるなんてないのではないでしょうか?」


『あのお二人』と、ジネットが指したのは――


「また今日も陽だまり亭に入り浸っているのかい? 随分と暇なんだね、木こりの姫様は」

「契約が完了して以降、ワタクシに対する態度が変わりましたわね……尻尾を出したというところでしょうか? 浅ましいことですわ」


 なんだかバチバチと火花を散らすエステラとイメルダだ。

 ……こいつら、こんなに仲が悪かったっけ?


「ヤシロ、聞いてよ! このお嬢様は、ボクへの当て付けのように毎日ウチに来ては新しいがま口を自慢していくんだよ!? ウクリネスの独占はやめるよう、君からも注意してやってくれないかい!?」

「お前、そんなことしてんのか?」

「違うんですわ! そこの女が、これ見よがしにヤシロさんお手製のがま口を見せびらかすからいけないのですわ! 新作のがま口などいくらあったところで……ワタクシの心の渇きは癒せないのですわっ!」

「つまり、エステラさんはヤシロさんに作ってもらったがま口が嬉しくて堪らず、イメルダさんはそれが羨ましくて堪らない、ということですか?」

「い、いや……別に、そんな嬉しがってるわけじゃ……」

「ワ、ワタクシも、そこまで特別固執しているわけでは……」


 なんだよ。

 なんで二人して、上目遣いでこっちを見つめるんだよ。

 何か言いたげな目をするな。言いたいことは口で言え。


 しかしながら、このような状況の人間は簡単に騙される。

 張り合う心は自尊心を肥大させ、そこに隙が出来る。


「ジネット、ちょっと来い」

「はい」


 ジネットを呼び寄せ、レクチャーしてやる。


「よく見ておけ。これから俺が『フット・イン・ザ・ドア・テクニック』を見せてやる」

「ふっと……?」


 人は、一度相手の要求をのむと、その次の要求ものまなければいけないというような気になってしまう生き物なのだ。いつもわがままを言う友達をなかなか切り捨てられないヤツは、その心理が大きく関与している。


 スーパーの試食なんかが分かりやすいかもしれない。

「試食どうぞ」という相手からの働きかけを承諾した者は、その次の「商品を買ってください」という要求を承諾してしまいやすい。少なくとも、試食しなかった人よりかは買う確率が跳ね上がる。

 これをもっと高度にしていけば、交渉事は大抵上手くいく。


「要するに、簡単な要求をまずのませて、それ以降徐々に要求を釣り上げていくんだ」

「何度もお願いするのは、悪い気がしますが……」

「大丈夫だ。相手には『願いを叶えてやった』という満足感が生まれる。その満足感は得難い快感となるのだ」

「そう……なんですか?」

「まぁ、見てろって。あの二人に、ここで一番高い『陽だまり亭懐石~彩り~』を注文させてみせるぜ」

「え……250Rbもするんですよ?」


 25Rbする日替わり定食の実に10倍だ。ふざけるなと言いたくなるような額だ。

 イメルダでさえ、この料理は食べたことがない。

 領主のくせに割と貧乏なエステラなど言わずもがなだ。


 この二人に、それを食わせてやる!


 まずは手始めに、簡単な要求をのませて『承諾癖』をつけさせる。


「まぁまぁ、二人とも。折角陽だまり亭に来たんだ、何か軽く食っていかないか?」

「そうだね。ボク、最近ジネットちゃんの手料理食べてないからなぁ。何にしようかな」

「だったら、川魚がおすすめだぞ。今の時期は美味いヤツが捕れるんだ」

「へぇ、そうなのかい? じゃあ川魚にしようかな」


 これで、エステラは俺の術中に嵌ったも同然だ。


「それじゃあ、焼き鮭定食を……」

「なあ、エステラ。たまには奮発して『陽だまり亭御膳』とかどうだ? 今日はとびきりいいネタが揃ってるからさ」


 普段通りの注文をしようとするエステラの声を撥ね退けて、まずは陽だまり亭で二番目に高いメニューを勧めてみる。

 と、エステラは虚を突かれながらも、どうしようかといった迷った素振りを見せる。


「陽だまり亭御膳かぁ……」

「久しぶりなんだし、それに何よりお前、いつも頑張ってるじゃないか」

「え……な、なんだよ、急に……」

「だから、ここいらでひとつ、『自分にご褒美』をやってもバチは当たらないんじゃないか?」

「じ……『自分にご褒美』……」


 エステラの表情筋が一斉に弛緩する。

 ちょろいなぁ、こいつは。


「じゃ、じゃあ……うん、それにするよ」


 よし! ならばここでもう一息だ!


「ああでも、折角のご褒美なら、それにきちんと見合うものにすべきかもな。なぁ、エステラ。お前さ……」


 と、本来の目的である『陽だまり亭懐石~彩り~』を勧めようと試みたところで、それを阻む声が上がった。


「ちょっと、ヤシロさん! ワタクシには勧めてくださいませんの?」


 もうひと押しというところで、イメルダが口を挟んでくる。

 ちょっと待ってろよ。

 フット・イン・ザ・ドア・テクニックは、徐々にテンションを上げさせていって勢いで要求をのませる方が上手くいくんだから!

 途中で茶々が入ると失敗する可能性があるんだよ。それも、最悪の場合「あ、やっぱり焼き鮭定食でいいや」みたいな、最初に戻るような大失敗だってあり得るのだ。


「ちょっと待っててくれな。今はエステラに集中したいんだ」

「ワタクシは後回しですの!?」

「悪いな。俺ん中じゃ、すげぇ大切なことなんだ」

「――っ!? ヤ、ヤシロ……大切って……ボ、ボク…………が?」


 いや?

 お前に仕掛けているフット・イン・ザ・ドア・テクニックが、だが?


「ワタクシよりも、そちらの時間が大切だと言うんですの!?」


 うん。

 俺、今詐欺師のリハビリ中なんだよね。

 すげぇ大事。


「ちゃんとあとで、お前にもたっぷり時間取るから、な?」


 お前にも仕掛けてやるから、フット・イン・ザ・ドア・テクニック。盛大に引っかかってくれればいい。


「ま、まぁ、しょうがないんじゃないかなぁ。だってほら、出会ってからの時間とか? ボクとお嬢様とじゃあ、……こう言っちゃうと身も蓋もないけどさ……雲泥? だからね」

「またっ! その顔ですわ! いつもその顔が気に障るんですのよ!」

「ヤシロ、今日のボクは一味違うよ。今日は、思い切って……陽だまり亭懐石をいただこうかな」


 お前はホストに入れあげる金持ちの娘か? ……あ、当たらずも遠からずか。


「……凄いです。ヤシロさんが言った通りに…………これが、フット・イン・ザ・ドア・テクニック……」


 うん……ちょ~っと、違うんだけどなぁ…………これは完全にエステラの自爆だし。


「店長さん! その陽だまり亭懐石とはなんですの?」

「はい。ウチで一番高価なお食事になります」

「その上はありませんの?」

「はい。陽だまり亭懐石~彩り~が一番高価です」

「そうですの……では、それを二ついただきますわ」

「ふ、二つですか!?」

「えぇ、エステラさんの『二倍』ですわ!」

「す、凄いです……ヤシロさんの言った通りに…………これが、フット・イン・ザ・ドア・テクニック」


 いや……だからな。それは、疑う余地もなくイメルダの自爆なんだわ。

 俺、何もしてないし。


「どうして君はいつもボクと張り合おうとするのかな!? そういう言動が底の浅さを窺わせるんだよ!?」

「なんとでもおっしゃいまし。貧乏人には出来ない芸当ですわ」

「むっかぁ……っ!」


 明らかにヘソを曲げたエステラ。

 ここまで分かりやすく表情に出るヤツも珍しい。


「ジネットちゃん、ボクは陽だまり亭懐石を五つもらうよ!」

「そ、そんなに食べられないのでは?」

「ウーマロたちにご馳走する!」


 そうまでして張り合うなよ……どうせ、その金、四十二区の税収なんだろ? クーデターが起こっても知らねぇぞ?


「店長さん! この店の食糧庫を買い占めさせていただきますわ!」

「食糧庫をっ!?」

「残念ですわねぇ、エステラさん。お料理を作るには、ワタクシの許可が必要ですわよ」

「卑怯な…………なら、ボクは、この陽だまり亭を買い取る!」

「お店をですかっ!?」

「でしたらワタクシは四十二区をまるごと買い占めますわ!」

「スケールが大き過ぎませんか、イメルダさんっ!?」

「アッスントに連絡して、四十、四十一、四十二区の四十台連盟の実権を握る!」

「もっと上がいましたっ!?」

「オールブルームはワタクシのものですわ!」

「街全体ですかっ!?」

「ボクは、世界を征服するっ!」

「世界を狙うんですかっ!?」


 ……こいつら、何を競い合ってるんだ?


「ヤ、ヤシロさん、大変ですっ! せ、世界がエステラさんの手にっ!?」

「あ~……ジネット。ちょっといいか」

「は、はい! 今、ちょっと一大事ですので手短にお願いします!」

「焼き鮭定食を二つ作ってきて、ヤツらに食わせてやってくれ」

「え……でも、フット・イン・ザ・ドア・テクニックは?」

「あぁ……アレなぁ…………」


 俺はテーブルを挟んでいがみ合う二人に視線を向け――


「ではワタクシは世界を二ついただきますわ!」

「じゃあ、ボクは五つだ!」


 ――今日、新たに得た事実を伝えてやる。


「……残念な娘には、使えないんだ」


 俺ですら、まだまだ学ばされることがある。

 そんなことを知った、オオバヤシロ、十六歳のある日だった。







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