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異世界詐欺師のなんちゃって経営術  作者: 宮地拓海
第四幕

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434話 祭り前日の夜

 店を閉め、明日の準備の確認をしている間に女性陣が風呂に入る。


 今日泊まるのはルシアとギルベルタだけだ。

 エステラは明日の祭りに向けてやるべきことがたくさんあると館へ帰っていったし、シーフードピザを食べに来ていたマーシャとウーマロも、それぞれ明日の準備があると早々に帰っていった。

 ……まんまとピザだけ食っていきやがったなぁ、あいつら。


 デリアやノーマ、パウラにネフェリーも明日に備えていることだろう。

 その辺の連中、明日は朝が早いからな。


 はてさて、金物ギルドの生存率はいかほどなのか……


「ヤシロさん。お手伝いします」


 風呂から上がったジネットが、タオルを肩にかけて濡れた髪を下ろしながら厨房へやって来る。

 相変わらず、タオルを頭に巻けないらしい。


「巻かないのか?」

「実は、その……髪が長いので、頭上でまとめると少々ふらついてしまって」


 確かに、ジネットの髪は長いもんなぁ。

 頭の上に濡れた髪がこんもり乗っかってたらふらつくかぁ……いや、お前だけだわ、そんなヤツ。

 でも、ジネットは歩く時、ちょっとぽわぽわしてるから、重心がずれるとふらつくこともあるかもなぁ……ジネットだし。


「手伝うことなんかなんもねぇよ。お前らが完璧に終わらせてくれてたし。最終確認をしていただけだ」

「そうですか。ありがとうございます」


 いやいや、お前は礼を言われる側だろうに。


「完璧に準備しといてくれて、ありがとう」

「いえ、そんな。みなさんでやったことですから」


 わたわたと手を振るジネット。

 感謝をもらい慣れてないんだよなぁ、こいつは。


「ルシアたちは?」

「ふふ……」


 なんか、風呂場が楽しいことになってるらしいな、その笑顔。


「マグダさんが、先日お泊まりの際にお世話になったからと、今度は自分がお世話をするのだと張り切っておられて」


 あぁ。

 三十五区に泊まった時、一人で宿に泊まるのは寂しいとルシアの館に泊まったんだよな。

 そこで甘やかされたらしいな、どうやら。


 マグダの方からルシアの世話を焼きたいと言い出すなんて。


 レジーナに対しても、そんな態度を見せてたっけな。

 湿地帯の調査の時に心配し、守ってくれたからって。

 あと、ママ親からの手紙を届けてくれたことでさらに株が上がったっぽい。


「……どうしよう。マグダが変なヤツにばっかり懐いていく」


 メドラにも懐いてるんだよなぁ、マグダは。

 ……将来がちょっと不安になってきた。


「ジネット。マグダと仲良くしてやってくれ」

「はい。それはもちろん、そのつもりです」


 ジネット成分で薄まらないかなぁ、あの辺の変な生き物要素。


 メドラのパワーとルシアの行動力を持ったレジーナ属性の生き物とか、駆除も出来ない危険生物じゃないか。

 恐ろしい。


 それをジネットで割れば……まぁ、まだ共存の可能性は生まれてくるか。


「でも、マグダさんが一番影響を受けているのはヤシロさんですよ」

「俺に影響を受けてたら、あんなに甘えん坊になるかよ」

「ヤシロさんは、結構甘えん坊さんな時がありますよ。自覚はありませんか?」


 くすくすと、人をからかうように笑う。

 最近、こいつのこういう顔をよく見るようになったな。


「あぁそうだ。今日ウーマロがただ飯食いに来てたろ?」

「ふふ。ピザ好きさんの直感、だったんでしょうかね?」


 本当に、ピザの匂いを嗅ぎつけて食うだけ食って帰りやがったからな、あいつは。


「大工連中に言い触らして、謀反起こさせてやろうか?」

「そんなことにはなりませんよ。大工さんたちはみなさん、ウーマロさんのことが大好きですから」


 いやいや。

 食い物の恨みは怖いんだぞ?


「で、そのウーマロが言ってたんだが、教会に風呂は必要ないかってさ」

「教会に、ですか?」

「あぁ。ガキが多いし、今回みたいに偉いさんが泊まることもあるなら、使えると便利だろうって、ウーマロがな」


 お前がそう思うなら、お前が提案しろっつの。

 ベルティーナにもジネットにも話しかけられないからって、俺に話を持ってくるんじゃねぇよ。

 こういうことをすると、また俺が気を遣ってるなんて誤った認識が広がっちまうんだからよ。


「それに、ベルティーナは大衆浴場には行かないだろ?」


 他人に肌を見せることを恥ずかしがるベルティーナ。

 ジネットですら、下着姿くらいしか見たことがないらしい。


 下着姿でも羨ましいな、ジネット!

 同性ってだけで、ズルくない!?


「お風呂が出来ると、とても便利になるでしょうが……きっと、シスターは断られると思いますよ」


 贅沢だから、と、そんな理由かと思ったのだが……


「あまりに快適になり過ぎると、子供たちが教会を出て行きにくくなってしまいますから」


 教会は、あくまで仮の住処なのだそうだ。

 行き場を失った子供たちを受け入れる場所ではあるが、その子が大きく成長した時にはきっちりと巣立たせる場でもあると。


 確かに、成人していつまでも教会に残ってるヤツはいないか。

 ジネットも、きっちりと巣立ったわけで。


 ……まぁ、これだけ近所に住んで、毎日教会に寄付しに行ってるから、あんま巣立った感じはしないかもしれないが。

 それでも、きちんと一人で地に足をつけて、生活をしている。


 快適過ぎるとガキどもが巣立たなくなる、か。


「じゃ、なしだな」

「おそらく、シスターはそうおっしゃりますよ」


 ま、ベルティーナが風呂に入りたくなったら陽だまり亭に入りに来ればいい。

 なんなら、俺が優しく背中を流すサービスを提供してもいいぞ☆

 お代は結構!

 純然たる奉仕の気持ちですので! げへへ。


「奉仕の気持ち……」

「懺悔してください」

「奉仕の気持ちなのに!?」

「お顔が悪い子です」


 顔が悪いとか、ひどくな~い?


「けど、一応伝えておきますね。『ヤシロさんがそういったお気遣いをされていましたよ』と」

「ウーマロが、な」


 ほら、誤った解釈された。

 一次ソースくらい、正確に読み取ってもらいたいもんだな。


「ジネットの前や後にも、教会を巣立ったヤツっているのか?」

「わたしの前にはたくさんおられたようですね。わたしが知っている方だと、一人だけですけれど。わたしのあとは、今のところいませんね」


 案外、教会にはガキがいなかったっぽいな。

 今でこそ、教会にはガキがたくさんいるけれど。

 まぁ、ハムっ子年少組の託児所も兼ねているから多く感じるだけかもしれないが。


 あ、そうか。

 以前の四十二区は金が無かったから、多くのガキを預かれなかったんだ。

 そういや、他区で預かりきれなくなったガキの受け入れをしたとか言ってたっけな、この前。


「教会が賑やかになったのは、結構最近か」

「そうですね。あそこまで大人数になったのは、本当に最近です」


 四十二区が豊かになった証拠だな。


「ヤシロさんとエステラさんのおかげですね」

「……俺は関係ねぇよ」

「うふふ。は~い」


 なんだよ、そのふわ~っとした返事は?

 どういう意味が込められてたんだよ?


 ……えぇい、にこにこすんな!


「明日は少し早起きすることになると思いますので、今日は早く寝てくださいね」

「起こしてくれるのか?」

「必要があれば。……必要ですか?」

「今ここで頼むと、なんでか明日の朝にルシアが起こしに来そうで頼みづらいな」


 絶対雑だからな、あいつの起こし方は。

 早朝は、ギルベルタが稼働してないからなぁ。

 ……寝起きだけは、ギルベルタがルシア以上に面倒くさくなるタイミングなんだよな。


「では、わたしが責任を持って起こしに行きますね」

「とか言って、エステラとかが紛れ込んできたことが何度あったか……」


 ジネット一人に起こされるのは望むところなのだが、それ以外のヤツが混ざると起きるのがイヤになるんだよな。

 もれなく俺の体力を根こそぎ奪いに来やがるから。


 目を開けた時、ハビエルとメドラで視界が埋め尽くされていた時は、現世に別れを告げてやろうかと思ったほどだ。


「他のヤツはいらん。お前一人でいいからな?」

「へぅ…………っ、あの……は、はい。では、あの、……はい」


 なんか、めっちゃ照れられた!?

 何に照れて…………



 いや、違うぞ!?

「起こしに来るのは」、だぞ!?



「お前以外のヤツなんていらない。お前だけがいてくれればそれでいいんだぜ☆」的な、キザなセリフじゃないからな!?


 でぇえい、ちきしょう!

 字面だけ見たら、そーゆー風にしか見えねぇな!?

 けど、分かんじゃん!?

 行間読め!


 翻訳された言語で行間読めとか、無茶言ってるかもしれないけども!


 ……いや、『強制翻訳魔法』なら、可能か。

 たとえば、こんなことも……


「一人で、起こしに、お越しください」

「おこし……ふふ、はい」


 ダジャレが伝わったようで、ジネットが頬を緩ませた。

 いや、マジですごいな『強制翻訳魔法』。もう、全員日本語しゃべってるってことでいいんじゃね?



 ジネットが笑って、変な緊張は霧散していった。


 まったく、余計な気を遣わせんなよ、精霊神。

 ……ん? 俺の迂闊発言じゃないだろ、今のは?

 精霊神の解釈が悪かったんだよ、きっと。

『強制翻訳魔法』を通して聞くと、三倍増しでキザったらしいセリフに聞こえていたに違いない。

 だからジネットがあんなに照れたんだよ、きっと。


 ほら、やっぱり。精霊神のせいじゃん。

 なぁ~?



「ジネぷーを独占するな、カタクチイワシ」


 と、両サイドにマグダとギルベルタを従えて、すっかりお世話された感満載のルシアが厨房へやって来る。


 髪の毛、しっかり拭いてもらってふわっとしてんじゃねぇか。


「独占してんのはお前だろう」

「ふふん。羨ましいか?」


 俺が独占するのは許さないくせに、自分が独占するのはいいのかよ。

 横暴の塊だな、こいつは。


「明日は外周区と『BU』、ほぼすべての領主がやって来ることになるだろう」


 ほぼすべての領主って、三十三区以外の面々だろ?


「持って回った言い方じゃなくて、『いつもの暇人領主ども』って言っとけよ」

「ふふ……『いつもの』などと言われると、喜びそうな者が数名おるな」


 あぁ、あの辺とか、あの辺な。

 ちょっと、名前は覚えてないけども。


「そんなことを言いに、わざわざ風呂上がり姿を見せるリスクを負ってまでフロアに来たのか?」


 お前はもうちょっと、自分の立場ってもんを理解した方がいい。

 マジでそのうち取り返しのつかない醜聞が広まっちまうぞ。


「貴様に心配されることではない……と、言いたいところだが、今はそれよりも重要なことがあるのでな。そちらを優先したまでだ」

「重要なこと?」


 真面目な話があるってのか?

 手押しポンプに関しては、また後日、関係者が全員揃ってからってことになってるはずだが。


「マグマグがな」


 と、ルシアは自身の隣に控えるマグダの背に優しく手を添える。

 よく見れば、マグダは少しルシアの体に身を隠すような位置に立っている。


 この位置関係は、ルシアの体に隠れて俺から距離を取っているってことか。


「マグダ。そいつ変質者だからもうちょっと離れとけ」

「誰がだ、バカクチイワシ」

「自覚がないのか?」

「大切なのは自覚ではない、民衆からの評価だ」


 いや、自覚も大事だし、周りから見て変質者に見えてるってことを言ってるんだよ、俺は。


 そんなやり取りの間も、マグダはルシアの体に身を隠し、俺をじっと見ていた。

 何か、不安に思うことでもあるみたいだな、あの顔は。


「どうした? 何か気になることがあるなら言ってみろ」


 マグダは子供だが、適当な誤魔化しで目先を変えてやるだけで有耶無耶に出来るほど精神が幼くはない。

 こいつは、きちんと話を聞いて、きちんと納得させてやならければ、いつまでも引きずってしまう性格をしているのだ。


 マグダが暗い顔をしていると、何人かの重症患者が騒ぎ出すからな。

 俺のところに駆け込んできて「なんか元気がないんッスけど!? なんとかしてあげてほしいッス」とか言ってな。


「…………」


 虚ろに開かれた大きな瞳が、俺をじっと見上げてくる。

 そんなマグダの目を見つめ返す俺と、それをただ黙ってじっと見守っているジネット。

 一瞬、マグダの視線がジネットに向かい、ジネットが静かに首肯する気配がした。


 マグダの視線が再び俺に戻ってきたあと、遠慮がちに小さな声が不安を吐き出していく。


「……ヤシロは、貴族に狙われた。それはまだ、解決したとは言い難い」


 十一区劇場の支配人、見せかけ筋肉のナントカって貴族が権力に物を言わせて俺を連れ去ろうとした。

 まぁ、結果は御存知の通り、華麗に返り討ちにしてやったわけだが……確かに、アレで解決したとは言い難い。


 当面は手出ししてこないだろうが、貴族ってのはねちっこい性格をしているからなぁ。


「……マグダたちは、遊んでいて、いいの?」


 そんな大変な時に、祭りだなんだとはしゃいでいていいのか、不安になったようだ。


 みんなといる時は、周りの空気に乗せられて一緒に盛り上がっていたが、そいつらがいなくなった時にふと不安が押し寄せてきた……いや、違うな。

 マグダの場合、盛り上がる一同の気持ちに水を差さないように周りに合わせていたってのが本当のところだろう。


 マグダがそんな不安を抱えていると口にすれば、連中は揃って不安になり、祭りを楽しむことが悪いことかのように錯覚してしまっていたかもしれない。


 自分の不安を押し殺してはしゃいだふりをするのは大変だっただろうに。

 ……無理の仕方なんか覚えやがって。


「マグダ」


 しゃがんで手招きすれば、マグダはゆっくりと、遠慮がちに近付いてくる。

 ルシアの隣を離れ、ほんのわずかな一人ぼっちの時間に不安そうな表情を浮かべ、俺の目の前へやって来る。


「みんなのことを気遣ってくれて、ありがとな」


 まずは、マグダが頑張ったことを褒めておく。

 そうした方がいいと判断し、自分の不安を押し殺して行動を起こした。

 それがすごいことだと、きっちりと認めてやる。


 そうでなきゃ、マグダの苦しみが無意味になっちまうからな。


「けど、大丈夫だ。心配すんな」


 褒めたうえで、そんな心配は必要ないと教えておく。

 そんなもん、不安に思うだけ無駄だと切って捨てる。

 一顧だにする価値すらないと。


「それをさせないために、領主が集まるんだ」


 教会の婆さん司祭も動いてくれることになった。


「一介の弱小貴族ごときには、もう何も出来なくなる」


 それだけの人物を動かすための餌を、俺は用意したし、提供した。

 四十二区の懐刀なんて認識も広まっている。


 当初は、目立たずこっそり地盤を固めていこうと思っていたが、ある程度目立つことで効果を発揮するセキュリティも存在する。


 俺がいなくなれば、四十二区の改革は鈍化する。

 短期間に広範囲に影響するような利益を生み出した四十二区。

 その快進撃は、多くの区に富をもたらしたし、これからも新しい富を生み出すであろうことが容易に想像できる。


 確約された利益を目前で掠め取られるのは、誰だって気に食わないさ。


 なので、領主連中はしっかりと防波堤になってくれる。

「四十二区の懐刀を奪われることはまかりならぬ」と一致団結してな。


「警戒は必要だが、日常を満喫するってのも大切なことなんだ」


 なにせ。


「金ってのは、経済が回れば回るほど、人々の懐に転がり込んでくるものだからな」


 経済が回れば国が富む。

 国が富めばそこに住む民衆にも利益が分け与えられる。


 大きな金を動かせる金持ちのところに金は集まり、金を動かせない貧乏人のところへ金はやって来ない。

 世の中ってのはそういう風に出来ているのだ。


 貧乏人の一発逆転ってのは、リスクが高く、そのくせ成功率が低い。

 そういうもんなんだ。


「貴族にちょっかいをかけられたからって、平民が縮こまってやる必要はない」


 貴族以上に大きな金を動かせるようになれば、立場などいくらでもひっくり返してやれる。


「これまで散々助けてやってきたんだ。そろそろ恩返ししてもらってもいい頃合いだもんな」

「ふん。貴様も随分とよい目を見てきたであろうが。――とはいえ」


 取り立てられる側のルシアがそんな負け惜しみを口にするが、それでもマグダを見て目を細め、俺の言い分を一部肯定する。


「その男の有用性は認めざるを得ぬ部分もある。身勝手な貴族に好き勝手させるつもりは毛頭ない。なので、少しでもいい、我々を信用してはくれまいか、マグマグ」


 マグダを安心させるように微笑んだルシアが、俺に視線を移して好戦的に笑う。


「もっとも、木っ端の貴族ごときがそこのカタクチイワシを操りきれるとはとても思えぬがな」


 やかましい。

 当たり前だっつーの。


 目先の利益しか見ていないバカ貴族なんぞ、俺にとってはただの養分だ。

 ブタのバラ肉を怖がる肉食獣がどこにいる?


「ウィシャートには、ねちねちチマチマと嫌がらせをされて辟易させられたが、今回の相手はあれよりかなり格落ちする木っ端の等級なし貴族だ。ルシアやマーゥル、それにエステラたちに任せておけばきっちりと守ってくれる」


 敵は弱く、味方は強化された。


「だから、安心しろ」


 他人を信じて警戒を怠るつもりは毛頭ないが、俺が頑張ると却って心配してしまうヤツが多いからなぁ、陽だまり亭には。

 なので、俺は『守られている』というポジションにいるのだとはっきり分からせてやるのが効果的だろう。


「領主に三大ギルド長、ついでにマーゥル。そして――」


 マグダが最も信頼し、最も守られていると実感している切り札の名をあげておく。


「――ジネットが俺を守ってくれる。な?」

「はい。ヤシロさんがご自身の意思でこの店を出て行くと言わない限り、どこのどなたにも、ヤシロさんは渡しません」


 おそらくジネットはこれを本心で言っている、

 そして、マグダを安心させる効果が高いことも理解して言葉にしている。


 本当、頼もしい店長に成長したもんだな。


「……そう」


 ジネットの言葉を受け、マグダの口元がかすかにほころぶ。


「……店長は、マグダとの約束を破ったことがない」


 そりゃ、ベルティーナに次ぐアルヴィスタンだもんな。

 そうでなくとも、ジネットはマグダをがっかりさせるようなことはしない。


「……店長が言うなら、きっと大丈夫。安心」


 ようやく安心したようで、マグダの尻尾がふわりと揺れる。

 うん、いつも通りだ。


「マグダ」

「……なに?」

「もし、お前と同じような不安を抱えているヤツを見かけたら、今度はお前が言ってやってくれ」


 俺が直々に、「俺は大丈夫だからな」なんて言って回るのは御免被るので、その役はマグダやジネットに丸投げさせてもらう。


「『きっと大丈夫だから、今は祭りを心から楽しめ』ってな」

「そうですね。明日はきっと精霊神様が見守っていてくださいます。折角のお祭りですから、存分に楽しみましょう」

「…………うん。言っておく。きっとロレッタやカンパニュラも心配しているから」


 責任を取るのが責任者の、管理するのが管理者の仕事だ。

 だから、面倒事は偉い方々にお任せして、俺たち下々の者はイベントを存分に楽しめばいい。


「ルシア」


 こいつは、マグダが言い出せなかった、拭いきれていない不安を察知して教えてくれたわけだ。

 婚礼前の貴族の令嬢が、湯上がりのしどけない姿を晒すリスクを負ってまで。


「ありがとな。助かった」

「ふん。そう思うのであれば、明日は精々歓待するのだな」


 明日はルシアの接待か。

 じゃあ、甘んじでその任務を遂行させてもらいましょうかね。


 ルシアのお陰で、マグダとジネットは、今晩ぐっすりと眠れるだろうからな。



「……ルシア。ギルベルタも」


 不安が拭えたらしいマグダが、世話になった二人を手招きする。


「……二人には、マグダが素晴らしいものをご馳走してあげる」


 そう言って、ポケットから小銭を取り出し、ジネットへと手渡す。


 ルシアがここに寝泊まりする際、大抵のものはジネットの奢りか、後ほどまとめて領主から代金が支払われるかのどちらかなのだが、今回ばかりはマグダがきちんと金を払いたいらしい。

 よほど気に入られたようだな、ルシア。

 今回の気遣いは、マグダの心に深く刺さったっぽいぞ。


「マグダさん。ご注文は、アレでよろしいですか?」

「……そう。明日のお祭りで初お披露目のキラーコンテンツ」


 得意げなジネットとマグダ。


 試飲した時の驚きようは凄まじかったからな。

 マグダなんか、クリームソーダの時より食いついていた。

 デリアも、アレの完成を機に、陽だまり亭のお手伝いに来る頻度が上がったくらいだ。


 俺がノーマの工房に閉じこもって手押しポンプを作っていた期間、合間を見つけてすでに存在した『かき氷器』を改良し、『手回しジューサーミキサー』を作ったのだ。

 ハンドルを回すとブレードが回転して、ケースに入れた果物をミキサーしてくれる。

 結構力は必要だが、マグダとデリアが大張り切りでやってくれるので楽々フレッシュジュースが作れるようになった。


 そして、ミキサーがあるなら是非作りたい、いや、作らざるを得ない究極のドリンク――そう、今回誕生したのは喫茶店の主役、ガキどもの憧れの的、オッサンオバサンも昔を懐かしんで大好きだという全年齢にクリティカルヒットを食らわせる大型新人!



「……その名も、ミックスジュース」



 マグダが厨房からジューサーミキサーを持ち出してきた。

 作るところから見せたいらしい。


 ジネットが必要な食材をテキパキと集めて持ってくる。

 わぁ、五人分用意してあるわぁ。

 俺も飲むのかよ。

 まぁ、やぶさかではないが。


「すごい量の果物だな。ジュースというからには飲み物になるのだろうが……これはなかなか贅沢なものだな」

「こちらはみんな、ハムっ子さん農場で採れた果物なんですよ」


 なので、アッスントを経由せずに手に入れることが出来るお買い得品だ。


 ハムっ子農場は、かつて働きに出られなかったハムっ子の修業の場というポジションで、農業を教わっている最中の見習いが実習として使用していた畑で、俺が自由に口出ししていい代わりに、出来上がった作物は陽だまり亭が優先して購入できるという契約になっている。


 え?

 どっちも俺にメリットがあるじゃないかって?

 当たり前じゃねぇか。

 モーマットに利益のある契約なんぞ、結ぶ意味がない。


 最初こそ、ド素人集団が見様見真似で土遊びにも等しい農作業を行っていたスペースであったが、今では品種改良の最先端として農業ギルドでも一目を置かれ、アッスント率いる行商ギルドから『どんな特例でもゴリ押しで飲み込ませますので、どうか生産量拡大をお願いしますね!』と頭を下げられるような存在になっている。


 ハムっ子農場で採れた作物は美味い!

 それが、四十二区の常識にまでなっている。


 そんなハムっ子農場で採れた果物をふんだんに使用して作られたミックスジュースが、美味くないわけがない。


 俺は最初、大阪で飲んだどろっとした濃厚なミックスジュースをイメージしてレシピを渡したのだが、ジネット的にはもう少しサラッとした爽やかな飲み口の方がよかったらしく、かなり飲みやすい、口当たりの軽やかなミックスジュースに改良されていた。

 マジで美味いんだ、これが。


 ながらく、風呂上がりに飲みたい飲み物ランキング不動の一位をほしいままにしていたコーヒー牛乳が、ついに二位に転落したといえば、その破壊力がいかほどか、分かってもらえるだろう。

 クリームソーダですら歯が立たなかったコーヒー牛乳をワンパンで倒してしまったのだから!


 ちなみに、初めはミックスジュースではなくフルーツ牛乳を作るつもりだったんだ。

 だけど、試作してみたら「……これ、薄いミックスジュースだな」って思っちまってな。

 そうしたら、どう転んでもミックスジュースの方が美味いんだよ。俺の中で。何度トライしても!


 日本の銭湯で売ってたフルーツ牛乳、どうやって作ってたんだろうな?

 あの味が全然再現できない。

 それは今後も研究するとして、まずはミックスジュースの誕生と相成ったわけだ。


「氷も入れるか?」

「……もち」

「お持ちしてますよ」

「餅?」

「餅じゃねぇよ、ギルベルタ」


 確かに、マグダとジネットがもちもち言ってたけども。


 これから何が始まるのか、ギルベルタが瞳をキラキラさせている。

 期待の眼差しに、マグダは上機嫌だ。


 氷を使うと、途端にハンドルが重たくなるんだが、マグダは絶対に氷を使いたがるんだよな。

 マグダいわく、味のレベルが一桁変わるらしい。


 材料は、牛乳とバナナをメインに、オレンジをたっぷりと、白桃、パイナップル、リンゴを少しずつ。そしてベッコの家のはちみつをたっぷりと使用する。

 俺のレシピにリンゴはなかったのだが、「もう一味、奥行きが欲しいですね」とジネットが言い出し、イチゴやブルーベリーを使っていろいろ研究した結果、最終的にリンゴが隠し味として選ばれたのだそうな。


 これが、言われても分からないくらいにリンゴの存在感はほとんどないんだが、あるとないとじゃ明らかに美味さが異なるんだ。

 まさに隠し味!


 完成品を飲んだ時、ひっくり返りそうだったもんな、美味過ぎて。

 珍しく誇らしげに胸を張っていたジネットのことは、めっちゃ褒めておいた。


 二つの意味で褒めておいた。

 えらい!

 もっと張って!


「じゃあ、マグダ。しっかり頼むぞ」

「……任せて。店長、配分をお願いする」

「はい。任されました」


 現在は、ジネットが分量を決め、マグダかロレッタがミキサーを回すことで安定した美味さを維持している。

 いずれ、いろんな店に広まって、その店独自の作り方とか分量で色んな味のミックスジュースが誕生することだろう。


 それこそ、ジネットが突き詰めながらも、「やはり元祖の美味しさには負けますね」と販売を断念したベリーミックスジュースやイチゴミックスジュースなんかが誕生するかもしれない。


 美味かったんだぞ?

 美味かったんだが、元祖が美味過ぎたんだ。

 原価はさほど変わらないのに、注文される量は明らかに減るであろう新商品のために、ベリー系を大量にストックしておくのは難しい。

 イチゴのショートケーキを今よりもっと大量に作るようになれば、イチゴのストックは増やせるかもしれないが、ミックスジュースにしようと思うならケーキに使用するよりももっと大量に用意しなければいけなくなる。


 なかなか、原価と利益のバランスを取るのは難しいのだ。


 とかナントカ言っている間に、ミックスジュースが完成した。

 一気に五人分。


 それを小さなグラスに注ぎ入れていく。

 寝る前だから、ちょっと少なめだな。


「まずは、味見を――」

「では、わたしも」


 ルシアたちが口を付ける前にさっとグラスを取って味を見る。

 ジネットも、まだ少々不安があるようで味の確認をする。


「んっ、美味い!」

「この味でしたら、明日も大丈夫そうですね」


 明日、陽だまり亭で大々的に売り出す新商品、ミックスジュース。

 午前中だけの営業だが、きっちりと利益をあげさせてもらうぜ!


「……さぁ、召し上がれ」


 俺とジネットの合格が出たところで、マグダがルシアとギルベルタにミックスジュースを勧める。


「これがミックスジュースか……エステラは飲んだことがあるのか?」

「いや、ジネットがギリギリまで研究していたから、本当に明日が初披露になるんだ」


 エステラはエステラで、忙しそうにしてたしな。

 俺も、陽だまり亭を空けることが多かったし。

 タイミングが合わなかったんだ。


「では、誰よりも先に味わえるのだな」

「マグダがお前らに感謝したいんだってよ」

「そうか。なら、遠慮なく受け取るとしよう」

「…………うむ」


 俺がバラした時にジロッとこちらを見たマグダだったが、ルシアが嬉しそうにミックスジュースを口にしたのを見て、静かに頷いた。

 喜んでもらえてよかったな。


「んんっ! これは、また、強烈だな」

「衝撃思う、この味は。ない、今までに、この感動は」


 ミックスジュース初体験の二人の反応は上々。

 かなり気に入ったようで、あっという間に小さいグラス一杯分を飲み干してしまった。


「これを飲むために、また四十二区へ通わねばいけなくなりそうだな」

「甲乙つけがたい、三十五区のネクターの味と」


 そんなに美味かったか。

 花園のネクターは、俺的には衝撃の美味さだったが、ミックスジュース初体験のギルベルタには、アレと同じくらいの衝撃だったわけだ。


 こりゃ、売れるのが確定したな。


「だが、ルシア。わざわざ四十二区まで来ることはないぞ」

「どういうことだ?」

「こちらのミックスジュースは、レシピを公開いたしますので、三十五区でいつでもお楽しみいただけますよ」

「本気か、ジネぷー!? この新製品のレシピを公開…………する、のだな、カタクチイワシ」


 くわっと目を見開いて、ルシアがこちらを向く。


「明日、折角領主が集まるからな。この辺のレシピを一斉に手渡す予定だ」

「この辺……だと?」

「あと、アイスクリームとメロンクリームソーダとかき氷と……」

「プリンとお大福も公開するとおっしゃってましたよ」

「あぁ、そうそう」


 みたらし団子は、ドニスに優位性を持たせるためにちょっと公開を待とうって言ってたんだよな、たしか。


「その話、エステラは知っておるのか?」

「あぁ。手押しポンプの目眩ましにはまだ足りないが、ないよりマシだろうってな」


 四十二区がいろいろやっているということは、さすがに『BU』より内側にも情報が流れ始めているだろう。

 そんな中、外周区と『BU』が一斉に手押しポンプを「共同開発だ」と発表したとしよう。

 そうしたら、部外者の目にはこう映るだろう。


「あぁ、四十二区が目眩ましに他区を利用したんだな」と。


「なので、その前に外周区と『BU』が一斉に目新しいもの、衝撃的なものを同時多発に売り出すんだ」


 そうすりゃ、「最近外周区と『BU』はいろんなものを同時発表しているな」という印象が植え付けられ、そのあとで手押しポンプが登場すると「こいつも同時開発の一環か」と思わせることが出来る。……かもしれない。


「手押しポンプの発表にはまだ時間がかかる。それまでの間に、外周区と『BU』の連携を強烈に印象付けることが出来れば、四十二区に向けられる好奇の視線は薄められるはずだ」

「そのための大盤振る舞い……というわけか」


 大盤振る舞いとは言うがな……


「もう周回遅れのスイーツだぞ」

「……何を言っておるのだ、貴様は」


 ルシアの目が物凄く胡乱うろん

 ウーマロだったら「いやいやいやいや! 何言ってるんッスか!?」って派手なリアクションを取っているところだぞ――とでも言わんばかりの胡乱な目つきだ。


「陽だまり亭だけ、他所よりも時間の流れが四倍ほど早いのではあるまいな? メロンクリームソーダなど、生まれたばかりの衝撃的な新商品ではないか」


 えぇ……そうか?

 なんかもう、何年も前にはしゃいでいたような気分なんだけど。


「了承したエステラも、貴様に毒されて正常な感覚が麻痺している可能性があるな。明日、確認をしておくとしよう」


 なぜか重いため息を吐いて、ルシアは飲み終わったグラスをテーブルへと置いた。



「ちなみに、これらの道具も広く販売するつもりなのか?」

「ミキサーか? 当然だろ」


 これがなきゃ、ミックスジュースは作れないからな。


 ジューサーミキサーの作り方は、ノーマの工房で書面にしておいたし、ミックスジュースのレシピもすでに用意してある。

 俺がいない間、ジネットたちが情報紙発行会に掛け合って印刷しておいてくれたのだ。


「かき氷機と綿菓子機も、一気に広める予定だ」

「四十二区の名物ではないのか?」

「綿菓子が? やめてくれよ、ゲラーシーじゃあるまいし」


 綿菓子が名物とか、ちょっとイメージ悪い。

 お隣のバカ領主のせいで。


「綿菓子もかき氷も駄菓子屋との相性がいいから、お前んとこでもしっかり販売しとけよ」


 どっちもガキが好きそうだから、店先で作ってりゃ自然と売れるだろう。

 綿菓子は、エカテリーニにすでに教えてあるし、一緒に広めてもらうつもりだ。


「あと、ポップコーンもレシピ渡すから」

「マグマグの十八番ではないのか!?」

「マグダはもう、ポップコーンだけのウェイトレスじゃないもんな」

「……粉ものも軍艦巻きもマスターした」

「それに、教えたくらいじゃマグダは超えられないし」

「……ポップコーンの始祖、その名はマグダ」

「カタクチイワシのコレは親バカ、なのか?」


 ルシアの失敬な発言に、ジネットがくすくすと肩を揺らす。

「そんなことないです、ヤシロさんは賢いです!」とか、ちゃんと否定してくれよなぁ、ジネット。


「……ヤシロがマグダに甘いのは周知の事実であり、自然の摂理ではあるが……」


 おい、なに勝手なこと言ってんだ、マグダ?

 俺は別にお前を甘やかしてはいないぞ。

 お前が努力した結果、実力が伴ったという事実を述べているだけだ。


「……その実、ヤシロの決断は店長のため」

「ジネぷーの?」

「……陽だまり亭でしか味わえないと思うと、注文が殺到する。そうすると、店長がのびのびと料理を楽しめなくなる」

「なるほど。そういうところで点数を稼いでおるのか、貴様は」


 ルシアが目を眇めてこちらにガンをくれる。

 ガンくれてんじゃねぇよ。


 で、ジネットは否定も肯定も出来ず「うきゅっ……」っと俯いてもじもじし始めてしまった。


「利益の低いおやつや飲み物だけが売れる状況は好ましくないんだよ。陽だまり亭は食堂なんだから、飯を食え、飯を。そういうことだ」


 そう俺が真っ当なことを言った結果。


「…………」

「…………」


 ……沈黙。


 …………って、誰かなんか言えよ!

 まったく。


「二十七区で金平糖工場の試運転が始まったらしいし、マーゥルも区内に駄菓子の製造工場を建設中だそうだ」


 三十五区では一足先に販売を始めているが、駄菓子の量産が開始されれば駄菓子屋はどこにだって作ることが可能になる。

 他の区もすぐさま追従することだろう。


「なので、メンコも一気に広めるぞ」


 駄菓子屋にはガキが集まる。

 ガキが集まるところにガキが飛びつきそうな子供騙しな商品を置いておけば当然売れる。


 ただし、子供騙しなのだから、うまいこと、それはもうまんまと騙しきらなくてはいけない。

 メンコなんてもんはまさにうってつけだ。


 絵が描いてある魔獣の革。

 ただそれだけのものに、ガキどもは熱中するのだ。


 まぁ、三十五区では一部のオッサンたちが熱狂しているようだが。


 当然、女の子向けの商品も用意する。


「似顔絵ぬいぐるみも、なんとか間に合いそうなんだろ?」

「あぁ、アレか。エステラと話を詰めておる段階でトレーシーが食いついてな。女領主三区が中心となって広めていくという話になっておる。……ふふ、孤高と言われた私や、癇癪姫が女の子向けの可愛い商品の販促を推進するなどとは、数年前には考えもしなかったがな」


 エステラと出会うまで、ルシアとトレーシーはおっかない女領主だと思われていた。

 それが、『愛おしいあの人にそっくりな、あなただけの人形をつくっちゃお☆』なんてコンセプトの、女子向けの商品の仕掛け人になっているのだ。


 人生なんて、何が起こるか分からないもんだよな。


「それに、下水と室内トイレか……ははっ、改めて凄まじいラインナップだな。これまでの常識を何度覆すつもりなのやら」


 くつくつと肩を揺らすルシア。

 今回、大放出する技術は多岐にわたる。


 出し惜しみすることも可能だろうが、エステラの判断で一気に大放出することに決まった。

 出し惜しみしてこちらに有利な条件を引き出すような駆け引きではなく、大盤振る舞いして「今後とも変わらぬ友好関係を!」と思ってもらえる存在になることを選んだのだそうだ。


 あのお人好し領主め。


「ヤシロさんがおっしゃっていたんです。信頼できる仲間はお金には代えられない尊いもので、今はその仲間と信頼関係を築き上げる絶好のチャンスなんだって」


 違う違う!

 解釈間違ってるぞ、ジネット!


「俺は、このタイミングで多大な恩を売っておけば集団心理が働いて裏切り者が出にくい状況で優位に立てるから、目先の小さい儲けは度外視して、連中を踏み台にその先のデカい利益を総取りする方が利口だと教えてやっただけだ」

「ふふっ。同じ内容でも、語る者が変わるだけで随分と印象が変わるものだな」


 同じ内容じゃないけど!?


 ジネットのは、利益よりも信頼を取りましょうっていう腸が捻くれ返りそうな話で、俺のは小さい利益を犠牲にすることで権力者どもを掌握し、手駒にして手元に置いておく方が後々大きな儲けが生み出せるという戦略的思考なの!


 分かるよな!?

 つか、分かれ!


「カタクチイワシよ」


 ひとしきり、一人でニヤニヤしたあと、口元を隠してルシアが俺を呼ぶ。


「夜も更け、私は少々眠たくなってきた」


 夜も更けってほど夜遅い時間ではないが、眠たくなったならさっさと寝てくればいいだろうに。


「なので、今から言う言葉は明日になったら忘れているかもしれない」


 らしくもなく、穏やかな笑みを浮かべて、ルシアは俺のいない、誰もいない方向へ顔を向けて独り言のように呟く。


「それが貴様への褒美になるのか分からぬが……エステラのことは私が守ってやろう。これだけの恩恵を与えてくれる区の領主だ。エステラに言い寄る不埒者も、牙を剥くならず者も、等しく排除してくれよう。たとえどれだけの区と、領主と、権力者を巻き込んででもな」


 長々と一人でしゃべったあと、ちらりとこちらに視線を向け、勝ち気な笑みを浮かべる。


「そうすれば、貴様の肩の荷が、少しくらいは軽くなるだろう?」


 まぁ、それが目的でこれだけの大盤振る舞いをしてやるんだ。

 これだけの領主やギルド長が団結すれば、それはかなり強固な守りになるだろう。

『BU』みたいな、個々の力が弱かった弱小七区でも、連携されるとかなり厄介だったからな。


 今回は二十三区から四十二区までの十九区(現時点では三十三区除く)と、三大ギルド長、おまけにマーゥルの連合だ。

 ちょっとやそっとじゃ攻略できまい。


 ……なんか、マーゥルだけ別格感が出てるけども。


「ただし、カタクチイワシよ。これだけは言わせてもらうぞ。貴様一人だけが不利益を被り、痛みを抱え、重荷を背負うような真似だけはするなよ。貴様の外っ面は分厚いのでな……気付いてやれぬこともあるやもしれぬ」


 知識と技術の大放出は、他の領主たちにとってはありがたいことであろうが、その分犠牲を伴う。

 その犠牲がどこに圧し掛かるか……なんてのは考えるまでもなく分かることだ。


 必要なこととはいえ、こちらの持ち出しが大きくなり過ぎることは看過しがたいと、ルシアは思っているのだろう。


 こちらの支出が抑えられないのであれば、それに見合った供給をしてやると、その顔は雄弁に物語っていた。


 らしくもなく、親身になっちゃってまぁ。


 ま、こいつは以前から気を遣い過ぎて自分の胃をストレスで傷めつけるタイプの人間だったか。


「そんな心配しなくても、必要があれば遠慮なくむしり取るし、お前らが泣いてもその手を緩めてやるつもりはない。裏切れば潰すし、怠ければ懲罰を与えてやろう。精々、馬車馬のように働くことだな」


 外周区と『BU』は、これからとんでもなく忙しくなるぞ。

 他人の心配などしている暇もないほどに。


「それに……、自分を犠牲にしようとすると、全力で止めに来るお節介焼きが多過ぎてな。その手法は取れないんだよ」


 そう言って肩を竦めると、ジネットが隣でにこりと微笑んだ。

 マグダも「むふん」と鼻息を漏らして腕を組んでいる。


 さすがに、その辺のことはもう身に沁みてよく分かっている。沁み過ぎてヒリヒリしてるくらいだ。


「使い古しの知識で精々最先端を気取っておけ。お前らが四十二区に追いついた時、四十二区はもっと先へ進んでいるだろうからよ」


 俺の知識は切り札なのだ。

 切り札は、最後まで大切に隠し持つものではなく、ここぞという時に切って捨てるからこそその効果を発揮する。


 この国の外側半分を買うためだと思えば、これくらいは安いもんだ。

 なにせ俺は、まだまだ、この国がひっくり返るような革新的な技術を隠し持ってるからな。


 ミシンに自転車、蒸気機関車なんてものもアリだな。

 それに、タピオカにマリトッツォにパンナコッタに杏仁豆腐、おぉそうだ、コーヒーの認知度が上がってきたからそろそろティラミスを作ってもいいかもしれないな。ほろ苦いデザートも、ぼちぼち受け入れられる土壌は出来つつあるだろう。

 ココナッツが見つかればナタデココだって作れるぜ。


 インスタントラーメンとか作ったら、王族がぶったまげてひっくり返るかもしれねぇなぁ。


 切り札はまだ無数に手元にある。


 その切り札を切るタイミングを失わないためにも、安定した土台ってのが必要になる。


 今回は、その土台を形成するための投資だ。

 どんどん恩に着るがいい。

 そして、じゃんじゃん力を貸すがいい。


 バオクリエアの国王が病気で亡くなる前に、この国の守りを強固にしておいてやる。

 バオクリエアの騎士団がえんやこらと馬車で進軍してくるところへ、蒸気機関車で突撃してやる。

 それくらいの戦力差を見せつけてやれば、この国に侵攻しようなんて野心は枯れ落ちるに違いない。


 だからこそ、そういった新しい技術を導入する度に、王族や『内側』の貴族どもにちょっかいをかけられるのは非常に迷惑なわけだ。



 だから。

 今ある知識くらい、いくらでもくれてやる。



「この程度の知識、まだまだ序の口だからな」


 俺は、平和な国で身の安全を保証されつつ、好き勝手に、自由自在に、思うがままに本業に勤しみたい。


 俺がこの国一番の詐欺師になるその日のために、邪魔なものは排除しておかなければいけない。


 そういうことだ。


「……まったく」


 俺の話を聞き、ルシアが重い溜め息を吐く。


「底も天井も、まったく見えぬな、貴様は」


 呆れたような声で言いながらも、その目はどこかスッキリとして見え、その時のルシアの顔に浮かんでいた笑みは、とても柔らかいもののように思えた。


 多くの領主や貴族がいる前では、本心は言えないかもしれない。――なんて気でも遣って、俺たちだけになるこのタイミングで改めてこんな話を持ち掛けたのかねぇ、こいつは。

「まったく」はこっちのセリフだ。


 この気遣い人間め。


「では、非常に器の大きな貴様からは、今後も引き続き遠慮なく搾取してやるとしよう」

「見返り、お待ちしてま~す」

「明日、ギルベルタの可愛い浴衣姿を見せてやるではないか。借りを返済して、こちらの貸しが勝る褒美であろう?」

「手ぇつないでデートさせてくれるならな」

「そんなものは不許可だ。見せてもらえるだけでも果報者と思え、ゴウヨクイワシめ」


 軽口を叩きつつ、ルシアは表情をいつもの不遜なものへと戻した。

 癪ではあるが、そういう自信満々な顔の方が、変に遠慮して沈んでいる表情よりも落ち着くんだよな。


 こいつやエステラが、そんな顔をしなくて済むような街になれば、俺ももうちょっとは楽できるんだがなぁ。


 それから程なくして、俺たちはそれぞれの部屋で眠りにつき、いよいよ、光の祭り当日がやって来た。







あとがき




早朝、人のいないバイパスで速度を出す練習をしている

宮地です


車、まだ速度を出し切れずにいるので

周りに迷惑をかけない時間に近所をドライブして運転に慣れよう大作戦です!


……レンタカーなので週に一回乗れるかどうかなんですが

早く運転に慣れた~い



 そんな妖怪人間みたいに!?Σ(゜Д゜;)

 ( ̄▽ ̄)早く人間になりた~い



さて、

今回のルシアとのやり取りは、

この前マーゥルとか領主さんとやった「本当にこんなに技術提供して大丈夫なの?」って話を、身内で「ホントのとこどうなの?」っていう近しい感じで再確認する感じのお話でした。



実は先日、職場でですね、


上司「これとこれ、出来る?」

後輩「は、はい! 大丈夫です!」

上司「じゃ、明日までによろしく」

後輩「はい……頑張ります」

宮地「――って言ってたけど、ちょっと無理じゃない? 結構量あるよ?」

後輩「本当は……たぶん残業しても無理です」

宮地「じゃあ、半分寄越しなさい。あと、無理な時は無理って言うようにね」

後輩「すみません、あの空気じゃ言えませんでした……」



みたいなことがありまして、

きっとルシアなら、そういう気遣いをヤシロに対してするだろうなと

大勢の人がいて、みんながヤシロに期待している状況だと

ヤシロはきっとみんなの期待に応えるような言動を取るだろうと分かるからこそ

人がいなくなった身内だけの時間に「本当に大丈夫なのか?」って聞いてあげたいなと


そんな感じのシーンなんです


「いや、前にやってない?」とか思われるかな~と思って

ここで言い訳してみました!

決して、「こいつ、前に書いたこと忘れてんじゃね?」とか思わないでください!


あえて、です!

「ルシアさんが完全にヤシロの身内ポジションですよね~」っていう空気を作るための作戦なんです!

他の領主とはちょっと違うんだぞっていう印象を読んでくださる方に植え付けるためのテクニックです!

こういうのをこっそり仕込むのがカッコいいのです!

まぁ、もうこっそりでもなんでもないですけども!



あと、マグダならきっとヤシロを心配するだろうなって

優しい娘ですからね(*´▽`*)


「ヤシロが大変な目に遭ったのにお祭りで浮かれて! こいつらヒデェ連中だな!」って思われると悲しいので

こういうシーンも必要なんです、きっと……たぶん



ルシアかマグダが可愛いと思っていただければ、今回は成功だとしておきましょう



え? ヤシロが可愛いって?

まぁ、それならそれでも嬉しいですけども


え? 作者おまえが一番可愛いよって?


……えへへ(〃´∪`〃)ゞ



というわけで、今回のあとがきは

『納涼・可愛いは正義大会』をお送りいたします☆


 Σ(゜Д゜;)『あたちちゃんの知らない世界パート2』は!?



すみません、海馬がまだ仕事してないようで

睡眠時間増やしたんですけどねぇ……



というわけで、今回のお話は怖いですよ~……ふっふっふっ


 (・_・;)怖くなさそう感がエグイな……



皆様、

妖怪って知ってますか?

百年生きたネコが化け猫になるだとか

百年月光を浴びた琵琶が妖怪になったとか

そんな話が地方にたくさんあるんですが

今回、私、そんな妖怪に遭遇したんです!

しかも、百年なんてもんじゃない、大妖怪に!


先日、職場で――



お局様「〇〇線って、ホームドアついたんだね。この前久しぶりに電車乗ってびっくりしたんだよねぇ」

新人娘「結構前からついてますよ」

お局様「え、そうなの?」

新人娘「たぶん、三年くらい前から」

お局様「そうなんだ~。もう全っ然電車乗ってなかったから知らなかったよ~」

新人娘「そんなに乗ってなかったんですか?」

お局様「うん。車があると乗らなくなるからねぇ。もう、ずっと車」

新人娘「どれくらい乗ってなかったんですか?」

お局様「そうだねぇ……え〜っと、せん…………」

宮地「千!? え、法隆寺かなんかですか?」

お局様「違うわよ!? 1998年くらいから乗ってないって言おうとしたの!」

新人娘「私も、千年くらい電車乗ってなかったのかと思いました(笑)」

お局様「あたし何歳よ!?」

宮地「それよりも、千年前に電車に乗ってたという事実に驚きです」

新人娘「江戸時代ですか?」

宮地「平安時代だね。貴族が牛車で移動している中、鉄道から自家用車に乗り換えたんですね、マジすごいッス!」

お局様「乗り変えてないわ!」



ウチの職場に、千年生きてる大妖怪がいました

好物はゴディバです。


((((;゜Д゜))))キャー!



……と、この話をしたくてずっと忘れてました☆


まぁ、忘れても仕方のないような薄い話ですけども!



ちなみに、そのお局様に「Suicaって知ってます?」って聞いたら「舐めんな」って叱られました。


で、そのお局様に

「宮地君も免許持ってたらよかったのにね~」

ってマウント取られたんです

ほら、私、職場には免許取ったこと内緒にしているので


それで、

「車があるとどこでも行けるんだよ? 便利よ~」

とか言うんですが、



車があっても車線変更が怖いから近所からまったく出られないんですが!?

徒歩で行ける範囲しかまだ車で行ってないんですが!?


徒歩で行ける喫茶店(3km弱)に行って

「怖かったぁ……」

ってぐったりして、アイスティー飲んで帰ってきましたよ


移動時間30分弱

喫茶店滞在時間90分(笑)



ほら、私、速度出せないので、

速度遅い車が車線変更すると危ないんですよね

追突の危険が高いので



……というわけで、現在車がいない時間に速度を出す練習してるんです

(ここで冒頭の話につながるという、テクニック☆)



怪談だと、

大学生が車の免許取って、

「どっか行きたいな~」って言って

心霊スポットとか行きがちなんですが


私は行きつけの喫茶店(徒歩圏内)を往復しました☆


それはそうと、バックで駐車するのって難しい……

バックモニターがないと出来る気がしません

バブル期の、男のカッコいい仕草でよく見た

バックの時に助手席に腕回して後ろ確認するヤツとか

絶対無理ですね。

あれで駐車できる気がしません。


バックモニターが正義です!

(ご存じない方のために捕捉しますと、最近の車って、後ろにカメラが付いてて、バックする時、カーナビに後ろの画像が映るんです。しかも、補助線みたいなのも表示されて、それを駐車スペースに合わせてバックすると綺麗に駐車できるよっていう親切設計☆)


私、駐車も下手なんですよねぇ……



というわけで、

次回は注射が下手な新人看護師さんに出会ったお話をいたしましょうかね

チュウシャつながりで☆

(☆>▽・)ノ


ダジャレ、か……

この作者に文章的テクニックとか一切ないな、うん。


それでもめげずに!

次回もよろしくお願いいたします!

宮地拓海

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― 新着の感想 ―
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