430話 実践、手押しポンプ
「すっげ! ナニコレ!? すっげっ!」
「やっべ!」
「パねぇな、おい!?」
ジネットやマーゥルが手押しポンプを使い、非常に驚いている。
あぁ、いや。アホ丸出しな驚きの声を出してたのはゲラーシーやリカルドやハビエルなんだが、実際手押しポンプを使ってみたジネットたちも驚いている。
「これは、すごいですね」
「そうね。原理はよく分からないけれど、とても楽に水汲みが出来ることは確かだわ」
この中で、特に力のなさそうなジネットと御高齢枠……いや、淑女であらせられるマーゥルに試してみてもらったのだが、ポンプは問題なく作動し、いとも容易く井戸の水を汲み上げてくれた。
「マーゥルさん、疲労は感じますか?」
「全然よ、エステラさん。足漕ぎ水車よりも楽ちん」
そういえば、マーゥルの家には足漕ぎ水車があるんだよな。
必要ないのに。
遊具として導入され、たまに給仕長のシンディと一緒に水遊びしているらしい。
そりゃ、足漕ぎ水車より手押しポンプの方が楽だろうよ。
「ジネットはどうだ?」
「はい。わたしでも簡単に使えました。水汲みがこんなに簡単になるなんて、ちょっと驚きです」
汲み上げられた水は、あっという間に水瓶を満たした。
この水瓶いっぱいに水を汲むのって、結構重労働だったんだよなぁ。
マグダは平気な顔してやってたけども。
「あとは、もう一個作ってトイレのタンクの横に付けてくれりゃ、かなり楽になるな」
「井戸からの汲み上げがここまで楽になったんだから、トイレの水汲みくらいは頑張りなよ」
バカ、エステラ。
どこかが楽になったら他も楽にしたいもんだろうが!
せっかく皮まで食べられるブドウなのに種があったらちょっと残念な気分になるだろう?
そーゆーちょっとしたひと手間、ちょっとした不便を取り除いてこそ、文化的な生活と言えるのだろうが!
「ハビエル。悪いがこの水瓶の水をトイレのタンクに移してくれ。入れ物がないと水を無駄にしちまうから」
庭に水をだばーっと垂れ流してもいいのだが、せっかくの井戸水を無駄に捨てるのはもったいない。
水は有効活用しなければな。
「なんか、うまいこと使われた気がしないではないが、ワシも使ってみたいからな。これくらいお安い御用だ」
デカい水瓶を軽々と持ち上げ、屋根付近に設置された水洗トイレ用のタンクに水を移し替えるハビエル。
ほら。
こういう道具があると、すごく便利に水汲みが終わるだろう?
「ハビエル型水汲み機の導入を検討するか」
「がははっ! ここに住み込むことになりゃあ、イメルダにいつでも会いに行けるし、飯は美味いし、風呂はデカいし、言うことなしだな」
豪快に笑うハビエル。
この水汲み機の最大の欠点は、維持費がかかり過ぎることだな。
特に酒の消費量がえげつないことになるだろう。
導入は見送りだな。
「次に、メドラとハビエルが使ってみて、耐久性を確認するか。……といっても、お前らがその気になれば簡単に壊せるから、はしゃぐなよ? 壊すのが目的じゃないからな?」
「分かってるよ、ダーリン。新婚家庭に導入するかもって気持ちで、優しく使ってみるね☆」
「あはは、ハビエルバリアー」
「やめろ、ヤシ――どふぅ!」
うん。
バリアとしても有用なんだよなぁ。
維持費を保険料と考えればなくもないのか……
「へぇ。こりゃあ便利なものだねぇ」
「メドラ、代われ! ワシもやってみたい」
「まったく、子供じゃあるまいし、ちょっとは大人しく待てないのかい、このヒゲダルマ」
メドラが退き、ハビエルが手押しポンプを使用する。
この二人が使ってると、すげぇちっちゃく見えるな、手押しポンプ。
「ははっ、こりゃあ面白ぇなぁ」
「スチュアート。私にも少し試させてくれないかい?」
「ワシも使ってみよう」
デミリーとドニスが代わる代わる手押しポンプの使用感を試していく。
「汲み上げた水を井戸に戻すのって、ありか?」
「それはやめておきましょう。たらいに分けておいて、あとでお洗濯に使いますね」
「……では、ついでに陽だまり亭の大掃除をする」
「拭き掃除なら、あたしにお任せですよ!」
汲み上げた水は、スタッフが有効活用いたします。
これで、口うるさい部外者も黙るだろう。
……部外者が口挟んできてんじゃねぇよ。
「これはすごいわね」
とりあえず、集まった者たちが少しずつ手押しポンプを体験していく中、マーゥルが真剣な顔でポンプを評価する。
「この国の文明レベルが一段階、確実に高くなるわ」
「そうであるな。これは……王族に秘匿するのは不可能であろう」
マーゥルとドニスが神妙な表情で言う。
こういう技術を秘匿して、もしバレたら、心証が最悪になってトラブルを招きかねないらしい。
教会といい王族といい、優れた技術を無償提供しろとか、何様のつもりなんだろうな。
「しかし、逆にこの技術を献上すれば、心証は随分とよくなるだろうね」
「そうだな。『内側』の連中からのちょっかいを跳ね除けるのも、随分やりやすくなるだろう」
デミリーとハビエルが会話に参加してくる。
先日の、見せかけ筋肉のように無理難題を吹っかけてくる貴族の横暴を突っぱねることがやりやすくなると、ハビエルは言う。
「一貴族のわがままで外周区や『BU』を引っ掻き回すことはしにくくなるだろうよ」
そのためには、外周区と『BU』が結託する必要があるのだが、それでも『内側』の貴族や、うまくすれば三等級貴族からのちょっかいも跳ね除けられるようになるかもしれないってのは大きい。
「今回、劇場を持つとある貴族が外周区で横暴を働いたという『前科』が出来てしまったもの。これだけの知識を持つ者の情報が漏れれば、欲をかいた貴族が横暴を働きかねないわ。情報を秘匿し、強硬に抗うのは我々『BU』や外周区を守る立場の貴族として当然の行いよ。ね?」
見せかけ筋肉の暴走に激怒していたマーゥルが、なんともゾッとするような晴れやかな笑みで同意を求めてくる。
思わず目を逸らしてしまうほど、晴れやかな微笑みだった。
優れた技術を生み出し、それを王族へ献上する土壌が外周区と『BU』の中で培われてきている。
それを踏み荒らすような行為には断固抗議する。
そういう強い意志を示すために、このような鮮烈な発明品は役に立つ。
「約束通り、こいつの製法や権利は外周区と『BU』で共有する。細かいことは領主やギルド長で話し合って決めてくれ」
俺個人は、権利を完全に放棄する。
その代わり――
「しっかりと防波堤になってくれることを期待する」
「おぅ、任せとけ!」
と、リカルドが頼もしい顔で胸を叩いた。
――ので、デミリーやドニスの方を向いて改めて頼んでおく。
「よろしく頼むな」
「おぉーい! なんで俺の返事をなかったことにしようとしてんだ!? 任せろっつってんだろうが! こら、こっち見ろ、オオバ!」
だって、お前が代表ヅラしてんのって、なんかイラってしたんだもん☆
とにかく、この場にいる者たちの意思確認は出来た。
手押しポンプという強烈な発明を武器に、格上の貴族を退ける。
安心を買うための出資だと思えば、こんな革命的発明くらい、お安いもんさ。
「それで、どうだった? 十一区の劇場は?」
「えぇ、とても素晴らしかったわよ」
予告した通り、本当に『BU』の領主一同で十一区劇場へ観劇に行ったマーゥルたち。
その感想はというと。
「かつて観劇をした若いころを鮮明に思い出せるほど伝統がしっかりと受け継がれていたわ」
要するに、昔から何も変わってなくて退屈だったと。
「同じ演目をずっとやり続けてるのか?」
「そんなことはないわよ。劇作家が新作を書き下ろすこともあるし、他区の劇場の劇作家を引き抜いて別の劇場で上演することもあるし」
そういう駆け引きが、劇場間で行われてるのか。
だから、あの見せかけ筋肉はかなり強引だったんだな。
「でも、結局はクラシックな演目に戻ってしまうのよね。名作といえば聞こえはいいけれど……」
「長い劇場の歴史の中で、評判のよかったものを繰り返し上演しておれば、自ずとそうなるであろうな」
ドニスが難しい顔で言う。
まぁ、新作を発表してもそれがヒットするとは限らない。
舞台演劇ともなれば、それ相応の人間が携わり、それ相応の費用がかかる。
何度も失敗は出来ないとなれば、過去のヒット作を再演するという手段にすがるのも頷ける。
名作や話題作ならば、パーティーでの話題にもなるだろうが、知名度の低い新作は話題に上ることも少ないだろう。
そうなれば、よほどの芝居好きでもない限り好き好んで見に行くこともないはずだ。
だって、高いんだろ?
「高い金を払ってハズレを掴まされちゃ堪んないからな」
「そうね。それに、芝居を見る目的の大半が社交のための話題作りですもの、新しい風は吹きにくいのでしょうね」
そういう環境なら、面白い話を書く作家も育ちにくいだろうな。
チャレンジして失敗するより、手堅い脚本で確実に興業を成功させる。そうでないと、赤字が酷いことになりそうだ。
「劇作家が変わらねぇ限りは、演目も変えられねぇんだろうな、きっと」
そう言って、話に加わってきたハビエルが大口をあけてあくびする。
お前も見てきたのか、十一区の演劇?
で、思い出しあくびしてんのか?
どんだけ退屈だったんだよ。
「ボクは見たことがないので、少し興味がありますね。……今回のようなことがなければ、いつか見に行ってみたかったと素直に言えるんですが」
「おや、エステラは見たことがなかったかな? オルトヴィーンは何度か夫人を連れて見に行っていたと思うけれど」
デミリーが驚いた表情を見せる。
あぁ、なんか分かるな。
体力に自信のないエステラ父なら、趣味が観劇とか読書とか、インドアなものになってても不思議じゃないし、きっとそんな感じだったのだろう。
「父が元気に動き回れたころは、ボクはまだ小さかったですから。……ヤシロとナタリアは口を開かないように」
「今でも小さいじゃん」と言おうと思ったのに、先手を打たれてしまった。
言われる前に釘刺してくるとか、被害妄想入ってんじゃねぇの?
「そうか……そうだったね。それじゃあ、いつか私が連れて行ってあげよう。十一区以外でも、一度は見ておいた方がいいお芝居はいくつかあるからね」
「ありがとうございます。では、お誘いを楽しみにしていますね」
「あはは。エステラをエスコートするには、少しは痩せないといけないかもね」
と、最近ちょっと気になるくらいに出てきたのだという腹を擦るデミリー。
ラーメン特区を自区に作ったせいで、ラーメン摂取量が上がったんだろうな。
高血圧で倒れるなよ。塩分は控えろ、もう年なんだから。
「行くのなら、王立劇場がいいわね」
と、マーゥル。
王立ってことは、中央区にある王族の劇場か。
相当高いのだろうな。デミリーの顔がちょっと引きつっている。
「本物を一つ見ておけば、あとの有象無象は取るに足らないものよ」
わぁ、辛辣。
マーゥルは、あまり芝居が好きではないようだ。
「どこも、王立劇場のお芝居を模倣したような、似たり寄ったりの……原液を薄めたような芝居ばかりなんですもの」
「ミズ・エーリンは芸術に造詣が深いからそのように思われるのでしょうな。ワシなどは十七区の芝居などはよいと思っておるが」
「あぁ、あの悲恋のお話ですわね。けれど、報われない恋のお話は、見終わった後に切なさが残ってしまいますもの。一人で見るには向きませんわ」
「それなら――……ば、仕方ない、な。うむ」
ヘタレたな。
なら、一緒にって誘えよ。
何のための一本毛だ。
「マーゥルはあんまり芝居に興味がなさそうだな」
「あり過ぎた反動ね、これは」
曰く、若い頃は芝居が好きで何度も劇場に足を運んだのだとか。
豪華絢爛なセットや衣装。
荘厳な音楽に澄み渡るような歌声。
華やかな世界にどっぷりと浸れる空間は実に贅沢で、その世界に触れていられる時間は特別なものだったとマーゥルも認めていた。
だが、好き過ぎて見過ぎてしまったらしい。
滅多に新作が発表されない上に、何かというと過去作のリバイバルだ。
何十回も見れば、さすがに飽きる。
そして、世代交代で役者が変われば粗も見えてくる。
いいところも悪いところ見えてしまって、芝居を純粋に楽しめなくなってしまったらしい。
「だから、港の劇場のお芝居はとても楽しかったわよ。どちらも」
「もう両方見に行ったのかよ……? 結構バタバタしてたろうに」
「時間は作るものなのよ、ヤシぴっぴ」
えーえー、そーでしょーともよ。
こっちはそれどころじゃないくらいバタバタしてたけどな。
「まだまだ拙い部分は多いけれど、とても楽しめたわ」
フットワーク軽いなぁ、このオバチャン。
三十五区と三十七区の芝居、もう見てきたって。
エステラでさえ、まだ三十七区の方は見てないんじゃないか?
「あぁ、そうそう。三十七区の紙芝居。絵は綺麗だったけれど見せ方がなってなかったわね。ヤシぴっぴ、暇な時に監修をしてあげてみてはどうかしら?」
「へいへい。仰せのままに」
「どうかしら?」って、「やれ」って翻訳して聞こえたよ、俺の耳には。
絵のうまいヤツはいるかもしれないが、見せ方となると経験が物を言うからな。
この街の人間はマンガやアニメを見たこともないだろうし、魅せる構図とか意識してないかもしれない。
「エステラ。明日、三十七区領主も来るんだっけ?」
「その予定だよ」
「じゃあ、紙芝居を持ってこいって言っといて」
「君はまた、領主をアゴで……」
「マーゥルの満足度が低かったぞって教えてやれば、絶対持ってくるだろうよ」
「酷いわ、ヤシぴっぴ。私はただ、そうした方がきっとよくなるわって思っただけよ?」
思っただけならわざわざ俺に報告すんなよ。
明らかに圧かけてたろうが、さっき。
「あと問題なのは、劇作家と劇場オーナーの確執が大きいことよね」
ほふぅ……と、わざとらしくため息を吐いて、マーゥルが問題定義をする。
この街の劇場が抱えている問題を、俺が理解するようにと。
……芝居好きだった割には、演技がわざとらしいな、おい。
「劇作家の多くは貴族なのよ」
マーゥルが言うには、デカい劇場に脚本を提供するのは一部の才能ある貴族であり、その貴族は劇場のオーナーとは別の家系なのだそうだ。
「劇作家は、自身の書いた脚本を自身の手で監督するの。演出も出演者も宣伝方法も、すべて劇作家が指示をして、そのとおりに上演されることがほとんどなのよ」
つまり、総合プロデュースってわけだ。
しかし、宣伝方法もってのはすごいバイタリティだな。
「でも、それを快く思わない劇場オーナーも多いのよ」
劇場は、あくまで劇場だ。
そこでどんな芝居を上演するのか、どこの劇作家に依頼するのかはオーナーが決める権利を有している。
極端な話、気に入らない劇作家は出入り禁止にすることすら出来る。
「でも、多くの場合、立場は劇作家の方が強いのよ」
「ヒット作が出にくい環境だから、だな」
「そうね」
新作を上演しても、貴族たちは食いつかない。
貴族にとっての観劇は、パーティーでの話題作り、もしくは誰かとのコネクションのためだ。
名も知らぬ新人作家の芝居などには見向きもしない。
高いらしいからな、大きな劇場のチケットは。
「有名な作品は、よく話題に出るから『嗜み』として一度は見ておけ――っていう空気になっているけれど、あぁいうものって芸術作品でしょう? そういったものを解さない人も多いのよね」
オペラが好きな人はとことん好きだが、そこらの一般人にはオペラは難し過ぎる。
まず、楽しみ方を知らないからな。
貴族の中にもそういうヤツがいるようで、「見とかないと恥ずかしいから」なんて理由で無理やり見ているヤツもいるのだそうな。
見とかないと「そんなことも知らないとは、教養のない」とバカにされるのだとか。
性根の腐った連中ばっかだな、貴族なんて。
「だから、名作の権利を持っている貴族の家系は発言力が強いのよ。好きに出来ないのであれば他所の劇場へ移る、ってね」
そして、名作を手放せば客が寄り付かなくなって劇場を維持できなくなるから、劇場オーナーは劇作家には逆らえない、と。
劇作家の方はオーナーと喧嘩して出禁にされても、他所の劇場が喜んで受け入れてくれるのだろう。
「劇場オーナーの中には、そんな劇作家のことを『脚本家』なんて呼んで見下している者もいるそうよ」
「価値があるのはお前じゃなくて、その名作の脚本だ」ってか?
じゃあ、その『脚本家』ってのは『脚本の管理者』って意味合いが強そうだな。
「歌姫が媚を売るのも、オーナーじゃなく劇作家だからな。お気に入りの歌姫が自分ではなく劇作家にばかり媚びを売るって癇癪を起こしたオーナーがいたくらいなんだぞ」
けらけらと笑って、ハビエルがそんな話をする。
自分の劇場に立たせてやっているのに、自分を蔑ろにする――ってご立腹なのだそうな。
「どこそこの劇場に立ちたいってヤツは多いが、それは『あの芝居に出たい』って意味合いが強いからなぁ。実際、さっきの癇癪を起こしたオーナーが劇作家を出禁にしたら、出演者が全員劇作家について出て行っちまったくらいだ」
その劇場の看板女優も、メイン俳優も、みんなが劇場を見捨てて劇作家について行ったのか。
そりゃ、劇場オーナーにしてみたら面白くないだろうな。
「だから、面白い脚本を書く才能があり、なおかつ劇場オーナーよりも立場が低い――言い換えれば、劇場オーナーが意見を好き勝手言える平民のヤシロを欲しがったんだろうな」
「ヤシぴっぴを意のままに操ろうなんて考えが、甘過ぎるがな」
ハビエルとドニスがこちらを見て笑う。
なんか、褒められてはないよな、これ?
「客が来ないなら、値段を下げりゃいいのによ」
「それは無理ね。今ある劇場は、『伝統』と『風格』が一番の売りだもの」
安売りなんかすれば、貴族連中から指さされて笑われるのだろう。
そして、『安物』なんてイメージのついた劇場に貴族は来なくなるのだ。
だから、是が非でも自分の自由に出来る才能ある脚本家が欲しいと。
「……大人しく諦めてくれると静かでいいんだがな」
「そのための手押しポンプだろう?」
デミリーがにこやかに言って、うんうんと頷きをくれる。
「任せとけ」とでも言いたそうな顔だ。
「ルシアはいいのか? 『安物の劇場』みたいな印象がついても」
「かまわぬ。芝居に興味のない貴族の見栄よりも、領民や人魚たちの心からの笑顔の方が価値がある」
馬鹿にするならすればいいと、ルシアは豪胆に言ってのける。
船の上で俺が人形劇を持ちかけた時から、とっくにそのつもりだったと。
「その程度のことも分からぬような愚鈍な者に、我が区の劇場の良さなど分かるはずもないのでな」
ルシアは、自分にとって何が大切かをしっかりと把握している。
そこがブレない限り、こいつは迷いなく突き進む。有象無象の雑言など気にもしないのだろう。
「領民に広く門戸を解放した方が儲かると知れば、経営難の劇場は方向転換するかもしれぬぞ。そうすれば、我が区の劇場こそが最先端だ」
誇らしげにルシアは言い放つ。
「まぁ、プライドの塊のような連中には到底真似できぬであろうがな」
劇場オーナーも劇作家も出演者も観客までもがプライドの塊のような場所だ。
棒読み演技の素人が『チャレンジャーズ』とかいって公開練習を舞台上で披露するような真似、絶対できないだろう。
「まぁ、外周区の劇場で行っているのは伝統や風格とは真逆の演目だもんな」
「貴族に向けた見栄を張るための施設じゃないもの。私は、三十五区や三十七区の劇場のあり方こそが素晴らしいと思うわ」
まぁ、格式高い劇場ってのも間違いではないのだろう。
だが、新参者が無理して格式を追い求めるのは無理があるし、無理してまでやる必要はない。
「三十五区の劇場が目指すのは、区内区外を問わず、そして陸と海を問わず、身分も年齢も問わず、同じ空間で同じ感動を分かち合える、そういうものだ」
なら、三十五区の劇場はあんな感じでいいのだろう。
「秘密にしておったがな、私は微笑みの領主に憧れておるのだ」
「ぅぇええっ!?」
ルシアがにやりとほくそ笑み、エステラが素っ頓狂な声をあげる。
「なので、精一杯参考にさせてもらうぞ」
「もぅ……からかってるでしょう、ルシアさん?」
「とんでもない。心からの称賛を贈りたいくらいだ」
「分かります! 私も同じ気持ちです!」
「いや、そなたとは同じ気持ちではないぞ、トレーシー」
ぐいっと割り込んできたトレーシーを明確に拒絶して、ちょっと顔を背けるルシア。
アレと同じにはなりたくないようだ。
ま、気持ちは分かる。
「とにかく」
と、ここまでこちらに情報を流していたマーゥルがまとめの言葉を口にする。
「『内側』を牽制するためにも、『外側』で一致団結しましょう。ね?」
マーゥルの笑みにニッコリしたのはドニスだけで、俺を含める他の面々はうっすらと背筋に寒さを感じていた。
有無を言わせない「ね?」は、脅迫っていうんだぞ、マーゥル。
覚えておけな?
話が一段落したので、ついでにこの先の展望も話しておくか。
「エステラ」
「なに?」
「ウーマロ」
「はいッス!」
「ベッコ」
「こちらに」
関係者を呼び寄せ、話を始める。
「下水について話をしたい」
「拙者、なんで呼ばれたでござるか!?」
ん?
なんでベッコいんの?
出しゃばるなよ、部外者のくせに。
「ベッコ」
「なんでござるか?」
「しっしっ!」
「はっはぁ~ん、さては、追い払うためにわざわざ呼ばれたでござるな、拙者!?」
嬉しそうな顔でベッコが捌けていく。
なんで「仕事をやりきった」みたいな顔してんだ、あいつは?
「貴様は、本当に変わり者が好きだな、カタクチイワシ」
「それは、自分が俺に好かれているという自惚れ発言か?」
「誰が変わり者だ!? 私は、この中で三本の指に入る常識人だ」
「じゃあ、あとの二本は誰と誰だよ?」
「それは角が立つので言わぬ!」
少なくとも、お前は三本の指には入らないと思うぞ。
で、ざわざわすんな、権力者ども。
お前らは軒並み常識はずれなんだと自覚しろ。
「私、一本いただいてよろしいかしら?」って、周りに圧をかけてるそこのマーゥル。今取ったその一本、至急返却して。
お前は、変わり者トップファイブの方にランクインしてるから。常識人の一枠、勝手に持ってこうとしないで。
「この中の常識人といえば、まず俺だろ……あとは」
「ヤシロ、その冗談面白くないから、話を進めてくれるかい?」
エステラがバッサリと切り捨ててくる。
お前が辻角に立ったら、江戸の町が大騒ぎになりそうだな。辻斬りが出たってな。
「まず、現状の把握だが、トルベック帝国は大きくなったが、仕事を抱え過ぎていて手が空けられないだろ?」
「そうだね」
「待ってッス! 帝国じゃないッスから! そこだけは、何度でも明確に否定するッスからね!」
やかましいぞ、ウーマロ。
関係ない茶々を入れるな。
「『茶々』、小さい『や』を取ったら『乳』!」
「関係ない茶々を入れないでくれるかい、ヤシロ?」
この辻斬り、すっげぇバッサリ切り捨ててくるわぁ。
ヤな感じだわぁ。
「で、手押しポンプもインパクトはすごいだろうが、そろそろ『内側』にも広めていいと思うんだ、下水と、室内トイレ」
四十二区ではもうすっかり定番の室内トイレ。
陽だまり亭のように水洗式のトイレは立地や経済状況などの関係で導入しているところは少ないが、それでも室内トイレは結構な範囲で普及している。
飲食店はほぼ室内トイレだし、よほど貧しい家庭でもない限り、室内トイレを導入している。
昭和のころのお祖父ちゃんの家みたいに、庭に小屋を立てて室内トイレにしている家もちらほらあるけどな。
家が狭くて、トイレを室内に作るとスペースを圧迫する家も結構あったからな。
だが、下水は領内全域に張り巡らされているので、希望があればいつでも室内トイレが設置できるようになっている。
かつての、穴を掘っただけの『厠』など、もう四十二区には存在しない!
いや、存在はしてるけど、ほとんどなくなった!
「ちょっと計画は早まってしまうが、ネグロに言って下水とトイレの普及に一役買ってもらおうかと思うんだが、どうだ?」
ネグロ・ヴィッタータス。
組合が勢力を誇っていたころから、個人的に大工たちとコミュニケーションをとり、組合の健全化を訴え続けていた二十五区の貴族。
ウーマロやカワヤという、俺たちに馴染みの深い大工も一目を置く真っ当な貴族で、腐敗した父と兄を切り捨て当主となり、組合の腐敗を内部から改革していこうと精力的に活動している若き組合役員だ。
組合を含む、ウィシャートとのイザコザが解決した後、俺たちの前に現れたネグロは、「厳しい目で我々の活動を見張っていてほしい」とこちらに頼んできた。
しっかりと見張り、道を踏み外しかけたら潰してほしいと。
今すぐ信用を得られるとは思っていない。許してほしいとか協力してほしいとは言わない。
ただ、見ていてほしいと語っていた、実に熱い男なのだ、ネグロは。
その姿勢だけで、ウーマロはもうかなり許しちまってるんだよな、組合のこと。
まだまだ、改革が始まったところだというのに。
まぁ、俺も、ネグロを使えば組合の健全化はもう少し早く進みそうな気はしている。
なので、ネグロが組合内で振るえる権力を大きくするのは、こちらにとっても都合がいい。
力を得て暴走すれば潰せばいいわけで、今の段階から抑えつける必要はない。
それとたぶん、あのネグロという男はウーマロと似たタイプの人間だ。
ちょっと大きな力を与えても、力に振り回されて自分を見失うことはないだろう。
ま、頭っから信用してやるつもりはないけどな。
「ネグロに下水とトイレの技術を与え、王族お抱えの大工とコンタクトを取ってもらい、『外周区で生まれた技術』として王族に献上するんだ。お抱え大工を組合の味方に付けるきっかけにももってこいだろう、下水の技術は」
ネグロの掲げる目標に、王族お抱え大工を組合に入れるというものがある。
そのきっかけづくりにはうってつけの案件だ。
「ただ、その技術が諸々のトラブルを引き起こさないようにウーマロやカワヤたちの監視の目が必要になる。エステラたち領主にも目を光らせてもらう必要が出てくるとは思うが、このタイミングで外周区の価値を上げておくことには意味があると思う。苦労は増えるが、やってみないか?」
「ボクたちの被る被害を大々的に謳ってはいるけどさ、ヤシロ……」
「ッスよねぇ」
結構真面目に語ったのに、エステラもウーマロも微妙な苦笑を浮かべて肩をすくめている。
真面目に聞けよ、お前ら。
「一番の被害者はヤシロさんッスよね?」
「権利のすべてを放棄するようなものだからね。……まぁ、それは今に始まったことじゃないけどね」
発信源を秘匿して情報を広めれば、発案者としての権力を振るうことは出来なくなる。
おそらく、この街では革新的な発明を成した者は重用されるのだろうが……
「王族のお抱えなんぞ、御免被るんでな」
そんな窮屈な環境じゃ、自由に詐欺も働けないしな。
「それでも、外周区と『BU』には相応の権力が与えられるだろう。『下手に荒らしてはいけない』、くらいにはな」
今はそれで十分、というか、それこそが今必要な力なのだ。
「『借り』ばかりが嵩んでいくねぇ」
デミリーがえびす顔で呟く。
そう思うなら、せいぜいエステラを守ってやるんだな。
「目論見は分かるけど、下水の技術を組合に渡してしまっていいのかい?」
「組合にじゃなくて、ネグロに渡すんだ」
ネグロに管理を任せれば、組合の中で立ち回るためにうまく活用するだろう。
「しっかりとマージンが取れる契約にしとけよ。詳細は任せる」
「君の取り分は?」
「いらん。その代わり、トルベック帝国を好きなだけ酷使させてもらう」
微々たる金よりも、確かな技術力を存分に使用できる方が価値がある。
さぁ、次は何を作らせようか、ふっふっふっ……
「国中の下水が生み出す利益を考えたら、オイラたち、一生ヤシロさんに逆らえないッスね。……まぁ、もとより逆らうつもりなんてないッスけど」
やははと笑って、ウーマロが頭をかく。
なんか、今回の大事件は早急に大工の間で情報共有するとか言ってる。
まぁ、適当に盛って話しといて、盛大に恩に着せておいてくれ。
その方が、都合がいいしな。
「王族のお抱えになりゃあ、それこそ好き放題できるだろうに……」
「これが、オオバヤシロか……なるほどな」
とかなんとか、リカルドとゲラーシーが何か分かったようなことを言っていたが、きっと何も分かってないのだろう。
だって、あいつら馬鹿だし。
「それじゃあ、それらの技術をもって我々の守りを強固なものにしましょう」
エステラの言葉に、その場にいた権力者たちが一斉に頷く。
それはいいんだが、その後で俺を見てニヤニヤすんなと言いたい。
しまったな。
今日、あらかじめ拝観料制度を宣言しておけば結構な小遣い稼ぎが出来たかもしれないのになぁ。
あ~ぁ、損した。
あとがき
どうも、あたちです☆
リカ「あたち、リカちゃん。今、あなたの後ろにいるの」
宮地「やだ、一人称が可愛くて恐怖を感じない☆」
宮地です。
リカ「あたち、リカちゃん。今駅前にいるの。これからあなたのところへ向かうけれど、途中コンビニで何か買ってきてほしいものとかある?」
宮地「気遣いの出来る子!? じゃあ、ざる蕎麦をお願い!」
リカ「あたち、りかちゃん。今、あたなの後ろにいるの。あとこれ、頼まれてたからあげクン」
宮地「似ても似つかない!? でも、めっちゃ美味しそう! ありがとうリカちゃん!」
いやぁ、夏なので、ちょこっと怪談風味でお送りしております。
さて、本編
最初のお遊び、ちょこっとでも「えっ?」って思っていただけたでしょうか?
(*´艸`*)
セリフはオッサンども
でも視線の先にはジネットたち
アニメにするなら
ジネットたちの顔がアップで、口の動きに併せてオッサンの声が聞こえている、みたいな演出になりますね、きっと
で、ヤシロが
「入ってくんな、紛らわしい!」とか突っ込むんです。
そんな想像をしてお楽しみください☆
そんな本編では
偉いさんたちが集まってあーだこーだ話し合い
美女たちの出番が減っております……
一番目立ったのがマーゥルさんという…………
美女は!?
おっぱいは!?
この作品のタイトル
『異世界美少女ぽぃんぽぃん日誌』でしょう!?
あ、違いました。
『異世界詐欺師のなんちゃって経営術』でした。
ちょっとうっかり勘違い☆
さて、世間はすっかり夏休み
ですが……
私はちょっと追われております
(>△<;)
今、三作同時に動いておりまして
ストックがガスガス減っております!
しかも書く時間がなかなか取れない!
今回のあとがきも
「やべっ、次の書いてない!?」って慌てて書いております
え、本作以外の2本ですか?
『彼女と僕の口外法度〜地味で巨乳なクラスメイトの秘密を知ってしまった僕の話〜』と
『スキルマ剣姫と歩くトラットリア』(現在徐々に修正中)です☆
見かけたらよろしくしてあげてください、ね☆
――という、宣伝でした☆
( ̄▽ ̄)三つともがんばりまーす
というわけで、
今回のあとがき
メインは、こちら――
あとがき
夏休み特別企画『あたちの知らない世界』
きゃー!(≧▽≦)
一人称が可愛いー!(≧▽≦)
夏には怪談がしたくなるものです。
というか、
本当につい先日、不思議な体験をしたのでちょっと聞いてください
先日、二人で焼肉食べ放題に行ってきたんですよ
タッチパネルで注文すると、ネコの自動給仕ロボットがお肉を届けてくれるお店で
ネコ「光るトレイの商品をお取りくださいにゃん。お肉はよく焼いてからお召し上がりくださいにゃん」
とか言ってくれる可愛い給仕ロボなんです
ご存知ですかね?
結構いろんなお店で導入されてると思いますが
で、私、焼肉に行く前の週に
サブスクでホラー映画を三本ほど見たんですね
そんな話をしていまして
宮地「なんか、『ばばーん!』みたいな驚かせ方じゃなくて、よく考えたら怖ぁ〜……みたいな、じんわり怖くなるようなホラーってないかな?」
ツレ「映画で幽霊が出てきちゃうとちょっと冷めちゃうことあるよね」
宮地「いそうだけどいない、いないはずなのに何かいる、みたいなのが怖いよね」
ツレ「アレは一体、なんだったんでしょうか……みたいなのが案外一番怖かったりするんだよね、結局」
なんて話をしていたら、給仕ロボが肉を持ってやって来たんです
二人で四人がけのテーブル席に座ってて、
テーブルの横は、ロボットは通れるけれど、ロボットがいると人が通れないぞくらいの幅しかなくて、
ロボットが通路を通っていたら、道を譲ってあげる、みたいな感じなんですけども――
給仕ロボットから肉を取って、完了ボタンを押すと給仕ロボットは帰っていくはずなんですが、帰らない。
我々のテーブルの横で、なんかくるくる回って進路を探しているような素振りを見せ――
ネコ「危ないからどいてほしいにゃん。少しでいいから通路を空けてほしいにゃん」
――って、ずっと言ってるんですよ!
誰もいないのに!
なんんんんんにも障害物ないのに!
ネコ「どいてほしいにゃん。どいてほしいにゃん。どいてほしいにゃん。どいてほしいにゃん。どいてほしいにゃん。どいてほしいにゃん。」
いや、怖い怖い怖い怖い!
いないはずなのに何かいるっぽい感じ、怖いってば!
……アレは一体、なんだったんでしょうか。
いや、それを映画で見たいわけで
体験したいわけじゃないから!?
え、精霊神とか、いるの!?
お戯れが過ぎませんかねぇ!?
……ほんのりと怖かった出来事でした。
二人なのに四人がけのテーブルに座ってるんで、
とりあえず、空いた席に荷物載せましたよね
座らないでね……
ツレ「きっと、焼肉が美味し過ぎて亡くなった家族連れの霊だね」
宮地「え、そんな美味しいの、この店? 逆に怖い」
美味し過ぎる焼肉屋さんには、ご注意ください……
きゃー!(ノ◕ヮ◕)ノ*.✧
次回もよろしくお願いいたします☆
宮地拓海




