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異世界詐欺師のなんちゃって経営術  作者: 宮地拓海
第一幕

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69話 祭りの後

「……静かだ」


 思わず漏れた自分の言葉に、改めて実感する。


「……終わったなぁ」


 祭りは終わり、四十二区は眠りについたように静まり返っている。

 陽だまり亭前の道には、もう人影はなく、物音ひとつ聞こえない。ただ、風が通り抜ける微かな気配を感じるだけだ。


 教会へと続く道には点々と光るレンガが設置され、暗い夜を明るく照らしている。

 等間隔で並ぶ光が、これまで恐怖の対象でしかなかった暗黒にのみ込まれていた夜道を幻想的な道へと生まれ変わらせた。

 同じ道とは思えない変貌ぶりだ。


「ヤシロさん」


 深夜。

 もう随分深い時間だというのに、ジネットが起きていた。

 食堂から出て、庭で道を眺める俺の隣まで歩いてくる。


「眠れないのですか?」


 普段なら、とっくに眠っているはずの時間だ。特にジネットはマグダと同じく眠るのが早い。

 他の連中はもう眠っていることだろう。


 祭りが終わり、後片付けもそこそこに、みんな帰宅してしまった。疲れていたのだろう。

 エステラもロレッタも、今日は早々に帰り休むと言っていた。

 マグダも、部屋に戻るなりベッドに飛び込んで眠ったようだった。


 どの店も想像以上の売れ行きで、当初予定していたよりも早く完売していた。

 すべての店が在庫切れとなり、今回の祭りは予定を繰り上げて終了ということになった。

 店が終わっても、何人かの客は明るく浮かび上がる幻想的なこの道を歩いていたようだが、そんな客たちも、もうすっかりいなくなってしまった。


 静寂に包まれ、街はすっかり眠りについたと思っていたのだが……


 ジネットが俺の隣に並び、俺の顔を覗き込んでくる。

 そんな仕草に、少し心臓が跳ねる。


「いや、まぁ……、終わったなぁって思ってな」

「ヤシロさん、ずっと頑張っていましたからね」

「頑張ってたのはお前だろう」

「私はいつも通りでしたよ」


 そんなわけはない。

 ここ最近は、俺とロレッタが抜けた穴をずっとフォローしてくれていたのだ。人の何倍も動き、働き、誰よりも笑顔を振りまいていた。

 今日なんか、ずっと途切れることのない客を相手に走り回り、休憩するヒマすらなかっただろう。

 目の前で賑やかな祭りが行われていたにもかかわらず、こいつはそれを見て回ることすら出来なかったのだ。


 ……逆に、悪いことをしたかもしれない。


 出かけることが出来ないジネットに、非日常をプレゼント出来ればと思っていたのだが……そばにあるのに見に行けない、その非日常のせいで逆にジネットを店に縛りつけてしまった。


 ジネットは楽しむ側ではなく、常に楽しませる側にしかいない。


「楽しかったですね、お祭り」


 声には出していないはずだが、ジネットが俺の考えを否定するようにきっぱりと言う。


「楽し、かった?」

「はい。とても」

「いや、でも……お前、ずっと店にいただろ? 祭り、回れなかったじゃないか」

「それはそうなんですが……」


 くるんと口角を持ち上げ、溢れ出る感情を抑えきれないというような感じでくしゃくしゃの笑みを浮かべる。


「凄く賑やかで、みなさんがすっごく笑顔で……楽しかったんですっ!」


 楽しむ人を見て、それを楽しいと言う。

 こいつは本当に妖精や天使の類いなんじゃないのか?


「お前も色々見て回りたかったんじゃないのか? 客が話してるのを聞いたりしたら尚更さ」

「うふふ……」


 なぜここで笑みが零れるのか、まるで意味が分からなかった。

 そして、その意味を聞いても、やっぱり意味が分からなかった。


「それはですね、ヤシロさんのおかげなんですよ」


 俺が、何をしたというのだろうか?

 ジネットは嬉しそうに笑い、悪戯っ子がとっておきの秘密を打ち明ける時のようなキラキラした目で俺に語った。

 今日一日、自分が感じていた楽しさの正体を。


「お客さんが、休憩しながらお話しされていたんですよ。『ベビーカステラが美味しかった』『フランクフルトをもう一本食べたい』『イカ焼きは癖になる』『じゃがバターの虜になった』って」


 そこまで言って、「まだ分かりませんか?」と問いたげな瞳が俺に向けられる。

 俺が困惑していると、ジネットはさらに嬉しそうに微笑み、「特別ですよ」とでも言いたげな口ぶりでその続きを口にする。


「それみんな、わたし、知ってるんです」


 両手を広げて、そして陽だまり亭へ視線を向ける。


「ここで、ヤシロさんが作ってくださったものばかりですから」


 確かに、今名前が挙がったものは……いや、もっと言えば、今回祭りで出品した食べ物のほとんどが、俺が口を出したり誰かに伝授したものばかりだ。

 どの店も、『食べ歩きが出来る』という条件に頭を悩ませていたから俺がアドバイスをして回ったのだ。そして言葉だけでは不十分だと判断して、陽だまり亭で試作を行った。

 当然そこにはジネットがいて、どの料理も一度は口にしている。


「『あ、それ食べたなぁ』とか、『それは美味しいですよねぇ』とか、心の中で思うだけで、なんだかわたしも一緒にお祭りを回ったような気分になれたんです」

「気分だけじゃねぇか」


 知識として知っているのと、実際見て回るとでは、やはり違うと思うのだが。


「それにですね」


「うふふ」と笑みを零し、これまでで一番もったいをつけたような表情を浮かべる。

 ジネットには珍しく「しょうがないですねぇ、教えてあげましょう」的な、恩着せがましい表情だ。こいつも、こんな顔をするんだな。新鮮だ。


「わたし、あの道を歩いたんですよ。それも、道のど真ん中を」

「あぁ……」


 確かにジネットは祭り会場を歩いている。

 ど真ん中を、誰にも邪魔されず、ゆっくり、ゆったり、のんびりとな。


「灯りの行進、綺麗だったぞ」

「ふぇっ!? ……あ、ありがとうございます」


『灯りの行進』を綺麗だと褒めたのだが、なぜかジネットの顔が真っ赤に染まっていく。

 ……まぁ、ジネットも…………綺麗、だったけどな。


 変な空気が流れていく。

 俺たちは互いに視線を逸らし、しばらく沈黙に陥った。

 安心感を与えてくれる沈黙ではなく……なんというか、妙にくすぐったい。


「あ、あの。明日も、楽しみです!」


 ジネットが、耐えかねたのか、話題を振ってきた。


「あぁ、打ち上げか」


 明日は陽だまり亭を休みにして、今回の祭りに携わった者たちで打ち上げをするのだ。

 ご招待ではないので会費はきっちりともらうがな。

 さらに言うならば、『今回の祭りに携わった』という範囲が、『客として参加した』人物にまで及んでいるため、基本的に誰でも参加出来る打ち上げなのだ。

 ……つまり、全然休みじゃないわけだ。

 顔見知りがたくさん集まって陽だまり亭で飯を食う。いつものことだ。


「お前も、たまには休んで羽を伸ばせよ」

「明日はお休みですよ?」


 いや、だから……お前は動き回る予定だろうが。

 これはもう、どこかで強制的に休養を取らせなければいけないな。


「わたしはですね、毎日いろんな人に囲まれて、こうやって一生懸命働いているのが、楽しくてしょうがないんです」


 ……そんなことを言われたら、もはや打つ手がないじゃねぇか。

 お前の楽しみを奪うわけにはいかないからな。……なら、別の手で…………


「寝なくて平気なのか?」

「実は、さっき少しだけ眠っていまして。お部屋に戻ったら意識が……」


 えへへと頭を掻き、そして曇りのない笑みをこちらに向けてくる。


「ですので、今は少し元気なんです」

「そうか」


 なら、もう少しくらいは、……いいよな?


「歩いてみないか?」

「え?」

「少しだけ……今なら、貸し切りだぞ」


 そう言って、光に満ちた道をアゴで指す。

 途端にジネットの表情が輝き出して、嬉しさが込み上げ溢れて噴き出すのが視認出来そうなほど喜びに満ちた笑みが浮かぶ。


「はい! 歩きたいです!」


 そんなに喜ぶほどのものではないと思うのだが……この道は、これからずっとこんな感じなのだし。


「じゃあ、行こうか」

「はい」


 ジネットと二人、並んで陽だまり亭を離れる。


 光るレンガは道の両端に、等間隔に設置され、日中溜め込んだ光を夜の闇へと還元している。

 さすがに、少しだけ光量が落ちている。夜明け頃には光も弱まるだろう。ちょうど一晩持続するように、ウェンディとセロンが調整してくれたようだ。


 毎朝、教会への寄付を届けるために歩いている道をとぼとぼとのんびり歩く。

 何があるわけでもない。ただ光が溢れている。

 それだけで、特別な空間にいるような、不思議な高揚感があった。


「綺麗ですね」


 教会のそばまで来たところで、ジネットが呟いた。

 俺は、少し考えて…………結局、無難な言葉を返した。


「…………あぁ、そうだな」


 お前の方が……なんて、そんなキザなセリフが吐けるヤツがこの世に存在することが信じられない。……そんなことを口走ったら、俺の心臓が鼻の中から波動砲並みの破壊力を伴って発射されちまうぞ。

 世界平和のためにも、そんな世迷いごとは口に出来ん。


「少し……肌寒いですね」


 さすがにもう浴衣は脱いで普段着になってはいるが、夜はやはり寒い。

 日中は人出も手伝って相当な熱気に包まれていたのだが……この街の気候は、本当に読みにくい。

 上着のひとつでも羽織ってくればよかったか。


 ジネットを見ると、両手を揉み合わせるようにして指先を温めている。

 …………寒い、よな?

 どう考えても、寒い、よな?


「な、なぁ……」

「はい?」


 うん。寒いわ。

 俺も寒い。

 特に指先は血管が細いから体温が逃げやすく、また温まり難いんだ。

 しかしながら指先を冷やすとそこから外気の冷たさが体内へ浸透してきて…………まぁ、つまり、なんかよくない気がする。

 だから、指先は温かい方がいいに決まっているのだ。


 だからだな……


「手…………繋がないか?」

「え……?」

「あ、いや! ほら……さ、寒い、から……な?」

「…………はい」


 少し照れたようにはにかんで、ジネットが静かに右手を差し出してくる。


「よろしくお願いします」


 そんな一言で、心臓が横隔膜にめり込むんじゃないかと思うほどに暴れ出した。


「こ、こちらこそ……っ!」


 訳の分からない言葉を発し、俺は差し出された手を…………ジネットの手を………………取れねぇ…………なんでだ、くそっ! フォークダンス! フォークダンスを思い出せ! 手くらい繋ぐ! 誰でも繋ぐ! ……あぁ、フォークダンスでちょっと浮かされたことが…………いや、しかし! ジネットだぞ! ジネットはそんなことしない! むしろ、こっちが「きゅっ」ってしたら「きゅっ」って仕返してくれるタイプの人間だ! ……試したことないから分かんないけど。


「ヤシロさん?」

「あ、いや。なんか、アレだな…………改まってこういうことをすると……緊張するな」

「――っ!?」


 途端に、ジネットが顔を背け、差し出した右手はそのままに、空いた左手で前髪を忙しなく弄り始める。


「そ、そいうことを言われますと……余計に…………あの……照れます」

「そ、そうか…………悪い」


 そうだよな。

 ジネットも恥ずかしいのだ。

 こういうのは、男がリードして、サラッと、さりげなく、自然な感じで繋ぐべきだろう。


 …………んぁああっ! さりげなく女子と手が繋げる男など、この世に存在するものかっ!


「繋ぎます!」

「えっ!? あ、はい! ……お願いします」


 もう、無理なんで、勢いに任せて一気に行く。

 体面を気にしている場合ではない。

 そう、低体温による生命の危機なのだ。これは人命救助措置だ。人工呼吸がエロくないのと同じように、今ここで手を繋ぐことにおいて一切の邪な感情などあろうはずがない。

 人工呼吸では舌を入れても犯罪にならないだろう。ならば、手を繋ぐくらいなんだ!


 えぇい! 繋ぐぞっ!


 瞼を閉じるのはさすがに格好悪いので、奥歯を噛み締め、俺はジネットの手を取った。

 …………柔らかぁい。


「…………あぅ…………温かい、です……」

「そ、そうか? ……なら、まぁ、よかった……」


 ジネットの指を包み込むように手で覆い、再び並んで歩き出す。

 あれぇ、おかしいなぁ。さっきまであんなに視界に入り込んできた光の道が、全然認識出来ないやぁ……俺、今、どこ歩いてるんだ? なんか妙にふわふわしてるんだが……


 それからしばらく無言で歩き、気が付くと、俺たちは道の端にたどり着いていた。

 西端だ。ここに、木こりギルドの支部と街門が出来る。

 そうなれば、この道はもっと多くの人々が行き交う街道になる。


「ここに街門が出来るんですね」

「あぁ。マグダの仕事も楽になるし、人もそれなりに増える。陽だまり亭はますます忙しくなるぞ」

「え?」


 驚いた声を上げるジネット。

 あ、そうか。言ってなかったっけ。


「街門と大通りを繋ぐこの道は、重要な街道になる。人々の往来が今の何倍……いや、何十倍にもなるだろう。そうすれば、その街道に面した陽だまり亭にもたくさん客がやって来るだろう」

「ヤシロさん。まさか……、そのために街門や木こりギルドさんの誘致を?」

「え、あっと……まぁ…………商売は繁盛した方がいいからな。俺にとっても」

「…………」


 なんとなく気恥ずかしくて、ジネットの方を向けなかった。だから、この時ジネットが何を思い、どんな顔をしていたのかは分からなかった。

 ただ、俺の手を握るジネットの手に、「きゅっ」と力が込められたのだけは確かだ。


「……ありがとうございます」


 風に消されそうな小さな呟きを聞き漏らさなかったのは、奇跡かもしれない。

 よかった。喜んでもらえて。


 それからまた、二人並んで、無言で、光が照らす夜の道を歩き始める。

 今度は、さっきよりも周りが見えている。


 じゃりじゃりと土を踏む足音も聞こえている。


「まだ、出店が残っているんですね」

「ん? あ、あぁ。そうだな。片付けは明日だ。明るい方がいいからな。暗いと、危ないし」


 ただ、まだ多少緊張しているのか、俺らしくもなく妙に多弁だ。

 やっぱ手かな?

 手が原因なのかな。

 くっそ、なんでこんなぷにぷにしてんだ。毎日水仕事してるのに。


 あぁ……もっとこう、思いっきりぷにぷにしたいっ。

 もにゅもにゅしたぁーいっ!


 ……しかし当然出来るわけもなく。


 ぷにぷにに触れているにもかかわらずぷにぷに出来ないこのもどかしさよ。

 世間的にはマグダの耳より触りやすい部位であるはずなのに、……なぜだ。



「もうすぐ、終わっちゃいますね」


 教会が見えてきて、ジネットがそんな言葉を漏らす。

 ……終わり、か。

 もう一往復するのもなんか変だもんな。明日もあるし、寝なければいけないし……


 なんだか、とても名残惜しい。


「ヤシロさんと一緒に歩けたのは嬉しかったんですが……こうしたことで、やっぱり少しだけ惜しい気持ちになってしまいました」


 眉を寄せ、困ったような表情を浮かべる。


「本当は少しだけ、食べ歩きとか、してみたかったです」


 自嘲とも違う、諦めとも違う、少し甘えたような微笑みにやられそうになる。

 お前……その顔は卑怯だろ……今から何か作ってやろうかとか、そんなことを考えてしま…………あ、そうだ。


「だったら、いい物があるぞ」


 昼間、客が途切れそうもない陽だまり亭を見て、念のためにと買っておいたものがあったのだ。

 ……以前、悲しい思いをさせたこともあったしな。


「冷えちまったけど…………これ、やるよ」


 俺はカバンから紙に包まれたある食べ物を差し出す。

 繋いでいた手を離し、両手でそれを受け取るジネット。

 ……あぁ、手が離れてしまった…………


「開けて、いいですか?」


 どこかわくわくとした期待を覗かせる瞳で俺を見つめる。

 手よりも食い物の方が興味が引かれるのか、こいつは。とんだ食いしん坊だ。


「どうぞ」

「はい」


 俺の許可を受け、ジネットが紙の包みを開ける。


「あっ! …………これは」


 それは、ジネットの大好物。


「今川焼き、ですね」


 そう。

 以前エステラが買ってきた店の今川焼きだ。

 エステラが誘致して、今回祭りに参加していたのだ。


 この前は、テストと称して俺が半分以上食っちまったからな。……いや、八割以上は食ったか……


 なので、弁償も含めて、買っておいたのだ。


「じ、実は、わたし……この今川焼きが大好きでして」

「知ってるよ。好物なんだろ? 前にそんな話をしたろう」

「……覚えていてくださったんですか?」


 まぁ、相手の趣味嗜好を完璧に記憶するのは詐欺師の必須テクニックだからな。

 故に、ジネットのことならだいたい理解してる。


「今度、ちゃんと温かいヤツをご馳走してやるから、今回はそれで我慢してくれ」

「我慢だなんて……」


 感動でもしているのか、ジネットはジッと今川焼きを見つめたまま食べようとはしない。

 そんなに好きなのかねぇ。


「…………嬉しいです」


 グッと噛み締めるように、その言葉は発せられた。

 そんなに、好き……なの、か?


 今川焼きひとつでそこまで喜ぶなら、やはり旅行にでも連れて行ってやるべきだろう。

 きっと、見たことのない景色や土産物や食べ物に出会う度に、こいつは大喜びをして、楽しそうに跳ね回るに違いない。

 ……そして、そんな様を、ちょっと見てみたい、とも思う。


「なぁ。いつか、思い切って店を休んで旅行にでも行かないか?」

「旅行……ですか?」

「あぁ。違う土地に触れれば視野も広がって、新しい発見があると思うぞ」


 日本の食文化は、新たな物との出会いを積極的に取り入れることでどこよりも発展してきたのだ。

 伝統を大切にしつつも、新しい視点というものも最大限生かしていくべきなのだ。


「そうですね……マグダさんやロレッタさん、それに妹さんたちがいてくだされば、お店も開けられるでしょうし……」


 …………ん?


「もし、みなさんがいいとおっしゃってくださるなら、行ってみたいです。ヤシロさんと一緒に」


 …………いつの間に、二人で旅行に行くことになってるんだ?

 俺は『みんなで』というつもりで言ったのだが…………


「でも、そうなったら……あの…………また、手を……繋いでくださいね」

「――っ!?」

「あの……わたし、少しどん臭いところがありますので…………知らない街で迷子になると……困りますので…………」

「あ……あぁ、そう……だな。迷子は、うん、困るよな……」


 ジネットも、手を離したことを惜しいと思っていてくれたのか……繋いでいた右手が少し寂しそうにもじもじと動いていた。


 …………二人で、旅行かぁ………………許可、下りそうにねぇなぁ……


「あ、あの!」


 ジネットも、謎の緊張に襲われているのか、変な声を上げる。話題の転換を試みたようだ。

 俺もそれに乗っかることにはやぶさかではない。

 ……緊張は、時に人を殺すからな。


「今川焼き、いただいてもよろしいでしょうか?」

「お、おぉ、おぉ! 食え食え! 食べ歩きは祭りの作法だ」

「はい。では…………あの?」


 今川焼きに齧りつこうとして、途中で手を止める。

 ジネットが俺を見て小首を傾げている。


「ヤシロさんの分は、ないんですか?」

「あぁ、俺のは……」


 こいつを買った時、俺は物凄く腹がいっぱいだった。

 だから、自分の分など買う気は一切なかったのだ。


「一人で食べるのは……」

「いや、いいから食えよ。お前に買ってきたんだから」

「ですが………………あ、そうです!」


「とてもいいことを思いつきました」と、そう言わんばかりの会心の笑みを浮かべ、ジネットが俺に向き直る。

 そして、今川焼きを目の高さまで持ち上げて、こんなことを言い出した。


「ここに、今川焼きがあります。今からこれを、わたしと半分こしましょう」


 おいおい、これって……

 戸惑う俺をよそに、ジネットはにこにこと話を続ける。


「ただし、ヤシロさんはわたしよりも多く食べてください」


 これは、以前俺がジネットに課したテストだ。

 ジネットがいかに騙されやすいかと、身をもって教えてやったのだ。

 それを、俺にやり返そうってのか?


「わたしが半分に分けて、ヤシロさんが選んだ方を手渡します。それでいいですか?」


 おそらく、これに騙された時から、いつか誰かにやってみたいとでも思っていたのだろう。

 だが…………それを俺にやってどうする? 仕掛けた本人に。


 でもまぁ、ジネットのお遊びに乗っかってやるのも一興か。


「あぁ、それでいいぞ」

「ふふ。では、半分に分けますね」


 そう言って、ジネットが今川焼きを半分に割る。と、大きさが偏り、右側が大きくなった。


「はい。どちらですか?」


 今川焼きを持った手を二つ差し出してくる。

 俺が大きい方を選んだ後、そちらを一口齧って渡せば俺は『ジネットより多く食べる』という条件が満たせなくなる。

 ……なんか懐かしいな、これ。


「それじゃあ、大きい方をもらおうかな」


 大サービスだぞと心の中で思いながら、俺は右側の大きい方を指さす。

 するとジネットは嬉しそうに微笑んで、「ぱくりっ!」と、その大きい方の今川焼きに齧りついた。

 もぐもぐと咀嚼しながら、してやったりな表情を浮かべるジネット。

 そうして、俺の前に差し出された今川焼きには…………ジネットの歯形がくっきりとついていた。


 ………………え、いいの? これ、食べちゃって……いいの?


「残念でしたね、ヤシロさん。さぁ、この小さくなった方を食べてください」


『イタズラ大成功!』みたいな笑みを浮かべているジネット。……なん、だが…………


「……いいのか?」

「はい?」

「これを俺が食べると…………その……この辺お前が口をつけたわけだよな……? つまり、それを俺が食べるということは……所謂、アレになるわけだが……」


 なんというか、小さいながらもくっきりとついている歯形が……ちょっとエロい。


「…………はっ!? はぅっ! あ、いや、あのっ! ちょ…………ちょっと待ってくださいっ!」


 ジネットもそこに気付いたのか、途端に慌て出し、みるみるうちに顔を赤く染め上げていく。


「いや、でも、だって以前は、わたし気にせず…………ぅぇええっ!? わたし、なんてことを!? 人様の前で……あんなことを…………っ!?」


 もし俺が、ドッキリ番組の寝起きレポーターなら、迷わず口にしただろう。それが、ああいう番組の定番だからな。

 そう、そいつの名はインダイレクト・キス――間接キスだ。


「はぁあっ! よ、よだれがっ! ちょっとよだれがついちゃって…………こ、こんなもの、ヤシロさんに食べていただくわけにはいきませんっ!」


 相当テンパったのか、ジネットは先ほど自分で齧った今川焼きの片割れを口へと放り込んでしまった。


「もぐもぐ…………これで、変なものはこの世から抹消されて……………………あ」


 気が付いたようだが、ここは改めて認識させておいてやるべきだろう。


「指定条件の不履行……俺の不戦勝だな」

「はぅ………………参りました」


 なんだかんだで、また勝ってしまったわけだ。


 まぁ、もっとも…………



 俺のライフはもうゼロだけどな。



 ジネット……

 今のはズルい、反則だ…………

 あんなもん、可愛いに決まってんだろうが……くそ。



 ライフはゼロで、祭りでシャレにならないほど疲れていたってのに……その日俺はなかなか寝つけなかった。







いつもありがとうございます。



お祭り、終了です!


祭りの後の静けさ、物悲しさ、

なんだか好きです。


学校行事でも、終わった後の余韻っていいですよね。

体育祭とか……

生徒「あ~……もう中間テストかぁ」


文化祭とか……

生徒「あ~……もう期末テストかぁ」

生徒「いや、それより受験っしょ」


…………祭り、終わらなければいいのに……




そんなわけで、

物凄く珍しく、

ヤシロとジネット二人っきりの回でした。


二人でライトアップされた夜道を歩く。それだけの回です。



その話に9000文字オーバー……

小学生の頃の読書感想文で400字詰め原稿用紙2枚が書けなかった頃が懐かしい……

その頃「原稿用紙1枚いらねぇ!」と思ってた分の文字数、今ください!


『 今日ぼくは、同じ家にすむジネットちゃんと夜の道を散歩しました。

  なんか明るくて、すごくきれいだなと思いました。

  ジネットちゃんも「きれいだね」と言っていました。

  また、機会があればあるきたいです。                 』


こんなもんですからね、作文って。

これが、今の私にかかると9000文字を越えてきます。


あれですね、

「おなかがすいた」って書くだけでも、


『 外に出た時、太陽は随分と高い位置にいて、俺は今が昼であることを認識した。時計を見たところで「あ、今は何時なんだな」という認識を得るだけに過ぎないのではあるが、しかしながら一度気になるとどうにも思考がそちらへと向いてしまうものなのである。例えば、本屋で立ち読み一つするにしても、時間的余裕があるのかないのか、それは大いに関係してくる。軽い気持ちで読み飛ばせる雑誌の今月の運勢でも読めばいいのか、それとも、毎週欠かさず読んでいる少年漫画雑誌の最新号を手に取るべきなのか迷ってしまうからだ。そんな些細な難題も――と、些細なのに難題などと仰々しい表現をするのもどうかと思うが――時計を一瞥するだけですべてが解決される。チラ見で構わない。精神統一して、神経を集中しなければ文字盤が浮かんでこないような仕様であるならば躊躇ったりもするかもしれないが、幸いにも、現在俺の腕に嵌められているのはネット通販で購入した、税込み一万八千九百二十円(送料無料)のスポーツ腕時計だ。寝ボケ眼でも文字盤を見間違えることはない。そんな時計を一瞥する労力など、惜しむ必要がない。それどころか、その労力を惜しんであれこれ思考している方がよほど非効率というものだ。で、あるならば、俺は迷うことなく左腕を少し持ち上げて首の関節を左へと傾かせ、その動きに逆らうことなく視線を左斜め下へと向ける。その先に存在している文字盤はハッキリと一時四十二分を指していた。空が明るいから夜ではない。昼間だ。午後一時四十二分……おっと、たった今四十三分になった。世間ではこれくらいの時間を「二時前」と表現するだろう。二時前……「二時前か……」と、口にして、ようやく俺は納得する。なるほど。こんな時間ならば仕方がない。どうにも俺は、先ほどから腹が空いていると感じていたのだ。 』


と、こうなってしまうわけです。


758文字。

「おなかすいたな」の7文字から考えて、実に、約108倍です。

もう、ほとんど煩悩の数です!

そうか!

私の『書きたい病』は煩悩の一つだったのか!?



もし、私が元日辺りで書く量をがくんと落としたら……きっと除夜の鐘で浄化されたということなのでしょう。




というわけで、

お祭りが終わりましたので、しばらくお休みをいただきます。


本編再開は…………5……6…………? 6かなぁ…………くらい日後です。



私は必ずここへ帰ってきます!



今後ともよろしくお願いいたします。


宮地拓海

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― 新着の感想 ―
やったぜジネットちゃん
[良い点] くそぅ、イチャイチャしやがってヤシロのくせに……
[良い点] イチャイチャしやがってーー(`・д´・ (`・д´・ ;) [気になる点] ヤシロはよく働きますよね(; ・`д・´) [一言] この二人は報われて欲しいと思ってましたので、まあ爆破されな…
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