406話 準備は万端
フロアに降りると、荷造りを終えたマグダとロレッタの隣にベッコがいた。
大荷物を抱えて。
「拙者、もはや準備万端でござるよ!」
「あれ、おかしいな? 呼んでないのに」
「私が呼んでおいた。貴様には必要であろう?」
カニ雑炊をすすりながら、ルシアがしれっと言う。
「お前、俺らのこと三人セットだと思ってないか?」
「狩猟ギルドの代表を含めた四人で、お笑いカルテッドであると認識しておるが、狩人は今回必要ないので呼んではおらぬ。一人寝が寂しいのであれば呼んでやろうか?」
いらんわ、おぞましい。
誰がウッセに寄り添って眠るか。
あいつの筋肉、夜中に「むっきむっき」鳴くんだよ。
「拙者、残っていた仕事を大急ぎで片付けてきたでござるよ」
「へー」
「もう少し、労いの言葉が欲しいでござる!」
「いや、でも俺、ネギ、好きだし」
「ネギ嫌いの言葉を欲しがってるのではござらぬよ!?」
んだよ。
『ねぎらい』も『ねぎぎらい』も似たようなもんだろうが。
「『ベッコ』も『ベッコベコ』も同じであるように」
「拙者と『ベッコベコ』はまるで違うものでござるよ!?」
「……ベッコ。ウーマロがおネムだから、少し静かに」
木箱を覗き込んでいたマグダがベッコを注意する。
……いや、おネムって。
熟睡中のオッサンに使う言葉ではないだろう。
「マグダ氏! ヤシロ氏が拙者を労ってくださらぬでござる!」
「……安心していい。『ベッコベコ』は、ヤシロ流の褒め言葉。…………知らんけど」
「最後に発言の責任を全部放り投げたでござる!?」
まぁ、実際褒め言葉じゃないからなぁ。
「……ヤシロ。少しはベッコも褒めてあげてほしい」
「おぉ、マグダ氏が拙者に優しさを!?」
「……うるさいから」
「盛大な勘違いだったでござる!?」
マグダの尻尾が嬉しそうに立っている。
マグダも、この辺の濃い味のオッサン、結構好きだよなぁ。
「……褒められるために仕事を完璧に終わらせる姿勢は大したもの。やっていることはイネスと同じ」
そういえば、二十九区領主付き給仕長のイネスも、褒められたがりになって、ことあるごとに「褒めて褒めて」アピールするようになってきたんだよなぁ。
その度に、俺は褒め言葉を強要されて……
「なぜだろう? イネスには出来ることが、ベッコには出来ない!」
「見た目が違えば、こうまで対応に差が出るでござるか!?」
「出来る気がしない!」
「せめてもうちょっと頑張ってくだされ! ヤシロ氏はやれば出来る御人でござる!」
やれば出来るが、やろうという気が一切起きないんだよなぁ。
……まったく、しょうがない。
「ベッコ」
「然り!」
「お前の顔、面白いぜ☆」
「それは褒め言葉ではござらぬ!」
えぇ~っ!
精一杯の褒め言葉を絞り尽くしたのにぃ~!
あと、『然り』って返事、使い方間違っててちょっとイラってしたぞ☆
「本当に仲良しだね、君たちは」
少し遅れて、エステラがフロアへやって来る。
ジネットが用意した料理を運んできたようだ。
わざわざエプロンを着け直して。
「はい、ジネットちゃん特製カニ雑炊と、カボチャとサツマイモのドリア」
いつもの席に料理を置き、木箱のそばで話をしていた俺に向かって「おいで~」っと手招きをするエステラ。
俺は犬か。
「料理は客の前まで運ぶものだぞ」
「そんなにベッコとウーマロを見ながら食べたかったのかい?」
やめろ。食欲が落ちる。
「あぁ、そうでござった。エステラ氏を見て思い出したでござるが、情報紙発行会の中からなかなか腕の良い彫り師が出てきたでござるよ。拙者の描いたメンコの図案をかなりの精度で再現する版画が出来たでござる。……ただ、一図案彫るのに時間がかかるのが課題ではござるけれども」
それでも、ベッコの眼鏡にかなう出来栄えであるならば大したものだ。
これで、メンコの量産が可能になるだろう。
「なんでボクを見て思い出したのかな?」
「い、いや、やはり最初は我が区の代表であるエステラ氏のメンコでと思い試行錯誤していただけでござるよ。そんな怖い顔をされるようなことは何もしてはござらん」
「……どの図案?」
いろいろあるからなぁ、エステラのメンコは。
ナタリア監修の、ギリギリ見えそうで見えないミニスカローアングルメンコなんてものも……エステラの許可こそ得ていないが……GOサインが出ているし☆
「ミニスカローアングルのヤツは許可してないからね」
「じゃあ水着のヤツは?」
「そんなメンコ、モデルになった覚えはないよ!」
「モデルになどならなくても、ベッコがいれば何でも出来る!」
「…………ベッコ?」
「まだやってもいないことで責められるのは御免被りたいでござる!」
エステラに睨まれて木箱の裏へ避難するベッコ。
「……ただ、職人のテンションが上がる図案であることは確かでござる」
「どの絵か白状しろー!」
きしゃー! と、両腕を振り上げてベッコを追いかけ回すエステラ。
仲良しはお前の方じゃねぇか。
「フロアで走り回るな!」
ばたばた逃げ回るベッコを叱る。
ベッコを、叱る。
「追いかけてくる方を叱ってほしいでござる!」
とかなんとか、よく分からない見当外れな要求を叫びつつ逃げ回るベッコの懐から、一枚のメンコが落ちる。
マグダが拾い、見て、「……ふむ」と呟いた後、俺のもとへと持ってきてくれる。
「……ベッコの手描きではない」
差し出されたメンコを見れば、確かに線の描き方がベッコの筆使いとは異なっていた。
ベッコの絵をなるべく忠実に再現しようという意思は見える。
まぁ、及第点か。
まだまだだけどな。
「ベッコ。無駄な線が多いからもう少し削らせろ」
「どこでござるか?」
「それが完成品なのかい?」
「いや、試作品でござるよ。ヤシロ氏に確認してもらおうと持参したでござる」
エステラが図案を確認するためにメンコを覗き込んでくる。
メンコには、パジャマ姿のエステラのイラストが描かれていた。
「……これで、テンション上がるの?」
「エステラ氏はお可愛らしいでござるからな。普段の元気な姿や領主としての凛々しい姿とは異なる、こういった柔らかい雰囲気の姿にときめく者が多いのでござるよ」
エステラたん、萌え~! って彫ってたのか。
……顔と年齢によっては刑法に引っかかるな。
うん、世の中って、世知辛いんだよ。
「して、無駄な線とは?」
「この胸元の線、パジャマの柔らかさを表現したかったんだろうが、ここにこんな風に線を入れると、さも乳があるように見える。削除してぺったん感を強調するんだ」
「その線は絶対に削除しないように。領主命令」
本当にしょーもない時にしか発令されないなぁ、四十二区の領主命令。
平面なのに立体的に見えるTシャツとか作ったら、領主命令で量産させそうだな、こいつ。
あったんだよ、日本に。
正面から見たらメッチャ巨乳に見えるTシャツが。
横から見たら真っ平らだけどな。
「カタクチイワシよ。いらぬのならもらうぞ」
「いるわ!」
ちょっとベッコと話をしていたら、俺のドリアを横取りしようとするルシア。
言えば作ってもらえるだろうが、意地汚い。
食われる前に席に戻って食う。
「さて、じゃあまずはドリアから……美味っ!?」
あれ?
おかしいな。
教えた味を余裕で超えてきている。
「ジネット。……なにした?」
「ちょっとした一工夫です」
お前のその一工夫、きっと日本だと無形文化財か人間国宝に指定されるヤツだから大切にしとけよ。
「もう、明らかにカボチャの甘さが違う……あと、柔らかぁ~」
「ふふ。焼く前にほんの一手間加えるだけで、カボチャは甘く柔らかくなるんですよ」
「今度教えましょうか?」と嬉しそうなジネット。
いや、いいや。食いたくなったらお前に頼むから。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん! ちょっと見てです!」
どんっと、デカい皿を俺の目の前に置くロレッタ。
「高菜チャーハンに挑戦してみたです! お兄ちゃんの合格が出ればお客さんにお出しできるです!」
いや、俺よりもジネットの合格をもらえよ。
なんだ? 俺が作ったレシピだから俺に委ねたのか、ジネット?
そうか。なら、審査してやろう。
「失格」
「食べもせずにですか!?」
んなもん、食わんでも分かる。
「まず、多い」
皿がデカいんだよ、そもそも。
これ、ビュッフェの時に大活躍する大皿じゃねぇか。
俺に何人前のチャーハンを食わせる気だ?
「違うんですよ! 味が濃くなったのでご飯を追加してチャラにしようとしたら薄くなって、調味料を追加したら濃くなって、薄くなって濃くなって、……で、最終的になんかちょっと変な風味が出てきちゃったです」
「なんかちょっと変な風味が出てきちゃったものが客に出せると思うのか、お前は?」
「で、ですが、大工さんたちになら、ワンチャン!」
「「「へいへーい、そこのヤシロチルドレン! しっかりと師匠の意思受け継いじゃってるよー!」」」
タイミングよく陽だまり亭になだれ込んできた大工ども。
どうやら、荷造りをしている間にディナータイムに突入してしまったらしい。
「あっ! それが噂のピリ辛高菜チャーハンですか!?」
「めっちゃある!?」
「食べたい食べたい!」
「落ち着け! 足の指を三つ編みにすんぞ!」
「「「そんなに長くないのに!?」」」
わいわい騒ぐ大工に状況を説明する。
これはあくまでロレッタの習作で、陽だまり亭の味ではないこと。
本物のピリ辛高菜チャーハンはジネットが作ってくれること。
「それを踏まえたうえで、苦手ながらも頑張ったロレッタの『初めての』高菜チャーハンの方を食いたいヤツ~?」
「「「「はい!」」」」
「お値段据え置き」
「「「「かまいません!」」」」
よし釣れた。
これで、飯が無駄にならなくて済みそうだ。
――っと、その前に、俺が味見をしなくちゃな。
どれどれ……
「んっ? …………ふむ」
「あれ? あれあれあれ? こ、これは、もしや、『そんな言うほど悪くない……いや、むしろ美味い!』のパターンですか!?」
「ロレッタ」
「はいです!」
「口の中、ヒッリヒリするわ!」
「イダダダダダッ!? アイアンクローが、今までにない強さです!? こめかみから聞いたことない軋み音が聞こえてきてるです! ギブ! ギブです!」
辛いじゃなくて、痛い!
お前、どんだけ豆板醤入れたんだ?
……いや、豆板醤を入れ過ぎると苦みが出るから、それを誤魔化すために別の物を入れやがったな?
「レシピ通り作れ? な?」
「ご、ごめんなさいです……店長さんがほんの一瞬目を離した隙にちょっとうっかり暴走しちゃったです……」
「……ただ」
「ただ……?」
「味は美味い」
「まさかの褒め言葉です!?」
めっちゃ辛いんだけど、チャーハンとしては悪くない。
いや、むしろ美味い。
ジネットとも俺ともぜんぜん違う味だが、これはこれでありだ。
「でも、俺はもう食えないな。辛さに負けて……くっ、情けねぇ、自分が情ねぇよ、俺は」
「そんなことないです! お兄ちゃんは何も悪くないですよ! 辛過ぎたこのチャーハンがイケないんです!」
「俺には根性が足りなかった……でも、大工たちならきっと!」
「そうです! 大工さんたちは男の中の男ですから、きっと根性も有り余ってるです!」
「この大皿、全部平らげられたらカッコいいよなぁ?」
「それはもう! きゅんきゅんしちゃうです!」
「「「「よし、その挑戦、受けて立とう!」」」」
大工が大皿に群がり、激辛チャーハンを貪り食い始める。
よし、これで完売確定。
「ぎゃぁあああああ!」
「ふん、根性無しが! こうやって食うんだぎゃぁあああああ!」
「大袈裟なんだよ、お前らは。そんなに辛いわけぁんぎゃぁああああ!」
悲鳴が轟く。
それでも、挫ける大工はいなかった。
すぐ横で、ロレッタが応援しているから。
「いい食べっぷりです! 作った者としては、そんなに豪快に食べてもらえると、すごく嬉しいです!」
「「「「こんくらい、余裕余裕!」」」」
涙目で強がる大工たち。
ロレッタは、販売とか営業には才能があるんだけどなぁ。
「ジネット」
「はい」
「ロレッタには、基本から」
「はい。基本から、ゆっくりと、ですね」
とりあえず、陽だまり亭でちょっとずつ料理を覚えていけばいいさ。
「おい、ロレッタ。ニオイが辛い!」
大工が群がるテーブルから距離を取り、デリアが嫌そうな顔で鼻をつまんでいる。
ニオイが辛いって……言わんとすることは分かるけども。
大工たちがひぃひぃ言いながら激辛高菜チャーハンを食べている横で、俺は非常に出来のいいドリアと雑炊をいただく。
あぁ~、二個食うことを想定して量も調整してくれてるし、快適だわぁ~。
「シェフを呼んでくれ」
「はい。わたしがお作りいたしました」
「素晴らしい出来だ」
「ありがとうございます」
「え、なに、その寸劇?」
エプロン姿で俺たちを見ているエステラ。
大工どもが大食い早食いで大衆食堂感を丸出しにしているから、こっちは優雅に三つ星フレンチレストラン風味にしてみたまでだ。
深い意味はない。
「エステラも食べてくるか、高菜チャーハン」
「ううん、ボクはジネットちゃんが作ったヤツをもらうから」
こいつはブレないな。
飯に妥協をしたがらないタイプだ。
「えーゆーしゃ!」
ぴょこたんっ、とテレサが跳ねてやって来る。
「お、テレサ、勉強終わったのか」
「ぁい! おうち、おてちゅらい、してた」
今日のテレサは、教会で言葉の練習をした後、ヤップロックのトウモロコシ農場で粉挽きの手伝いをしていた。
なので、陽だまり亭のお手伝いは休みのはずなんだが。
「カンパニュラに会いたくなったのか?」
「ぇへへ~」
にへ~っと口を横に引っ張って笑うテレサ。
気のせいか、いつもよりも幼く見える。
「つーか、言葉の練習してきた割に、成果が見られないようだが」
「今日はとても頑張ったので、休憩だそうですよ」
くすくすと笑って、カンパニュラが俺に水を出してくれる。
なんでも、言葉の練習の間ずっと口周りの筋肉が緊張していたためアゴ周りが重くなってしまったらしいのだ。
じゃあ、しゃーないな。
休ませてやれ。顔も筋肉の集合体だからな。
「それに、テレサさんが会いたかったのは私よりもヤーくんだったようですよ」
「俺に?」
「はい。今日はいっぱい頑張ったから、褒めてほしいんだそうです」
カンパニュラの言葉を受け、視線を向けると、わくわくした表情でこっちをじっと見上げるテレサが。
何の成果も見ずに手放しで褒めてやるほど、俺は甘くないけどな。
「今日はどんな練習をしたんだ」
「ぇっとねぇ……かちゅじぇちゅ?」
まず『滑舌』が言えてねぇけどな。
「はぁくちことば、したぉ!」
はぁくち……あぁ、早口言葉か。
自信があるのか、胸を張って「聞いて聞いて」と目で訴えてくる。
では、拝聴しようではないか。
「じゃあ、練習した早口言葉を言ってみろ」
「ぁい! あまかきかき!」
「たぶん『赤巻紙』だな」
初っ端から言えてねぇよ。
「『赤巻紙青巻紙黄巻紙』だろ」
「えーゆーしゃ、すごーい! よくでちました! ぇやい!」
「えへへ~……って逆だわ!」
なんで俺が褒められてるんだ。早口言葉ごときで。
「ぇやい!」じゃねぇーんだよ。別に偉くねぇから、こんなもん。
テレサに褒められる俺を見て、ジネットがくすくすと肩を揺らす。
「他には何かないのか?」
「ぇっとね…………しちゅーしちゅしちゅちゅしんしゃくしちゅーしちょくちゅ……」
なんか呪文唱え始めたぞ!?
「あぁ、それはきっとアレですね」
ピンときたのか、ジネットが息を吸って口を開く。
「『シチューを死守しつつ新作シチューを試食中』」
「どこのベルティーナが考えた早口言葉だ、それは?}
欲張るんじゃねぇよ。
「えーゆーしゃ、なにかない? はやちゅち!」
「そうだなぁ……」
「ちょっと待つです、お兄ちゃん! ミリリっちょに言ったようなヤツはダメですよ!」
ロレッタが横滑りしつつ、俺の前へと割り込んでくる。
ミリィに言ったヤツ?
「どんなんだ?」
「だから、付け乳首のヤツですよ!」
「「「付け乳首!?」」」
「ざわざわしないでです、大工さんたち! こっち見ながら驚異的な速度で高菜チャーハン掻き込まないでです! 別料金取るですよ!?」
なんか、自爆したらしいロレッタが一人でわーわー騒いでいる。
ロレッタの口から飛び出した『付け乳首』は、なかなか破壊力があったらしい。
付け乳首……あっ、あぁ、アレか。
酔っ払ったミリィが、自分は早口言葉が得意だとかなんだとか言って、『取り外し式付け乳首』って言わせようとした時のことか。
結局言えてなかったけども……そうだよなぁ。早口言葉が出来るって自慢してくるのは、テレサくらい年齢の子供だけだよなぁ。
「ミリィとテレサは同じ年」
「違いますよ、ヤシロさん」
ぽんっと、ジネットに肩を叩かれる。
物凄くやんわりとしたドツき漫才か?
「じゃあ、別の早口言葉を教えてやろう」
「ぁい!」
「『おっぱいぷるぷる、3ぷるぷる、合わせてぷるぷる、6ぷるぷる』――はい」
「おっp……」
「ダメですよ、テレサさん。女の子がそんなことを口にしては」
「「「おっぱいぷるぷる、3ぷるぷる」」」
「男性は、もっと、ことさら、特に、口にしないよう注意してください! もう、みなさんで懺悔してください!」
「「「わはぁ~」」」
なんか今日、陽だまり亭は大盤振る舞いだな。
「あいつら全員、1000Rbずつ多く払わせよう。懺悔代だ」
「懺悔にお金がかかるなら、君はとっくに破産しているよね」
「君こそ懺悔してきたまえ」と、エステラが俺の前にやって来る。
あぁそうか。ぷるぷるしない場合もあるのか。
ちょっと配慮が足りていなかったな。
ここは気を遣ってやるべきだろう。
「『ちっぱいスカスカ、3スカスカ』」
「うるさいよ」
「ほとほと懺悔が足りておらぬようだな、カタクチイワシ」
「『合わせてスカスカ、6スカスカ』」
「「合わせるな!」」
見事なユニゾン。
スカスカのコラボレーション。
わぁ、首根っこ掴まれてフロアのすみっコに連行されてくわぁ……
あ、ジネットが「あとで温め直します」って俺の食いかけのドリアと雑炊を一旦引き上げていくわぁ……
あれ、なんだろう。スネに感じるこの床の冷たくゴリゴリ痛い感じ。
ついさっき味わったような気がする。
これがデジャブ? いや、デジャヴ?
下唇を軽く噛んでからの――『ヴ』?
「なんかもう、懺悔のし過ぎで出かける気力を失ったなぁ。今晩から明日にかけて部屋に閉じこもっていたい気分だ」
「そんなに懺悔室にこもりたいのかい?」
そこ、俺の自室じゃねぇんだわ。
「執務室でよければ、貴様に貸し与えてやってもよいぞ。気の済むまでこもって執務に勤しむがよい」
何もよかねぇよ。
執務室に缶詰とか、地獄以外の何物でもないだろうが。
俺は自室で、自分のテリトリーで、趣味に没頭したいんだよ。
そうだなぁ……
「ジネットバニーのイラストでも描いて過ごしたい」
「だ、ダメですよ、変なのを描いては!」
変なもんか。
ジネットがバニーになったら素晴らしいに決まっている。
はち切れ、こぼれ、世界に福音が鳴り響くのだ。
たゆーん、たゆーんという福音がな!
「ちなみに、こんな感じだ」
と、さらさら~っと2.5頭身ジネットバニーのイラストを描く。
ハイレグだけど、デフォルメだからHじゃないよね☆
「わぁ、可愛いです」
いつでも止められるようにと、俺の手元を注視していたジネットが、完成形を見て明るい声を漏らす。
イラストを描いた紙を手に取り、「ほら」とエステラに見せてやっている。
「こうしてみると、確かに可愛いかもね」
「リベカさんやソフィーさんとお揃いですね」
ウサギ人族のホワイトヘッド姉妹を思い浮かべ、ジネットが頭上に視線を向けて「うふふ」と笑う。
ウサ耳を想像したのだろう。
そうそう。
可愛いんだよ、バニーは。
全然卑猥じゃないんだよ。
だから、みんなで着ようね☆
みんなで着よう、ハイレグバニー!
おぉ、いい国作ろう鎌倉幕府的に口に馴染む。
もうこれ、語呂合わせとして世に広めてもいいんじゃないか?
「じゃ、今度着てみような☆」
「ぇ……う…………も、もう、ヤシロさんは懺悔追加ですっ」
くっ、まだ早かったか。
しかし、イラストやガキどもを使って「バニーはエロくない」と刷り込んでいけば、やがてジネットもバニーを着てくれるに違いない!
ビキニやブルマを着てくれたように!
バニーをクリアしたら次はナースが待っているからな。
ぼやぼやしている時間はない。
これから俺は、本気を出すぜ!
人生を彩り華やかなものにするために!
とりあえず、いいバニーガールが出てくる昔話でも広めて、バニーガールへの好感度を上げる作戦でも決行してみようかなぁ~っと。
あ、その前に。
言葉の練習を懸命に頑張ってきたテレサのことは、適度に褒めておいてやった。
それから数分。
全人類が感動するような昔話を創作してみた。
「むかぁ~し、むかし。あるところに、お爺さんと、それはそれは可愛いバニーガールが住んでいました」
「危険な香りしかしないです!?」
「……そのバニーは財産目当ての悪ウサギ」
「そのような見え透いた手にまんまとハマりおって……実にしょうもないな、カタクチイワシは!」
非難轟々だった。
つか、俺じゃねぇわ。爺さんだわ。
「あの、バニーガールさんは、お家でずっとバニー姿なんでしょうか?」
「あぁ、爺さんの趣味でな☆」
「財産を食い潰されればいいんだよ、そんな爛れ老人は」
エステラ、お前、爛れ老人って……
「いつまでも思春期の心を失くさないメンズは素敵なんやろがい!?」
「少年のような心だよ! ピュアな心!」
どこまでも純粋におっぱいが好きです!
一点の曇りもなく!
「見ろ、エステラ! 俺のこの澄んだ瞳を!」
「見ない! 絶対見ない!」
めっちゃ目を背けられた。
「それで、お兄ちゃん。この、見てるとなんかハラハラするお爺さんのお家で、この先一体どんな物語が始まるですか?」
「こっから先は別料金な上、未成年は視聴できないんだ」
「だったら公表しちゃダメですよ、そんなお話!」
受けがよければ紙芝居や人形劇として手広く水平展開していこうと思っていたのに。
「なぁ、ヤシロ。バニーガールって、この前のロレッタのことか?」
「あの日のことはもう忘れてです、デリアさん!」
「「「ロレッタちゃんのバニー姿………………おかわり!」」」
「バニーも高菜チャーハンも、もうおかわりないですよ!?」
山のようにあったロレッタ作の激辛高菜チャーハンがすっかりと食い尽くされていた。
大工ども、すげぇな。
ちなみに、バニーのよさを広く世に伝えるため、さらさらっと素敵女子のバニーガール姿をイラストに描いて大工どもには見せてある。
ちなみに、ウーマロとウッセは生バニーを見たということも伝えておいた。
……四十二区にいる全男子のヘイトを一身に集めるがいい、ウッセ。
ちなみにちなみに、「ウーマロもその場にいたぞ」と言ったんだが、「棟梁は見てないな」「見れるわけがない」「ないない」と、信頼なんだか見くびられてんだがよく分からない理由で無罪判決が下されていた。
ちなみにちなみにちなみに、その場にはベッコもいたのだが、チクろうとした瞬間それはもう美しい土下座をしてきたので今回だけは黙っておいてやった。
いやぁ~、キレイな土下座だったなぁ。
「物語といえば」
食後の紅茶を嗜みながら、ルシアがこちらに顔を向ける。
「イーガレスたちが人魚姫に飽きてきているようでな。何か新しい話があれば参考までに聞かせてはくれぬか?」
「飽きてんじゃねぇよ、まだ完璧に上演も出来てねぇくせに」
まぁ、ギターでもピアノでも、同じ練習曲ばっかりやってると弾けもしないのに飽きてきちまうけども。
案外、いろいろとつまみ食いしながら楽しんで練習した方が上達は早かったりするんだよなぁ。
「作家は育ってないのか?」
「育てようにも、どこからどう手を付けたものか、それすら模索中といったところだ」
お手本としてあるのは人魚姫のみ。
それで「じゃ、別の話作ってみろ」っていっても……まぁ、難しいか。
これもやっぱり、いろいろと見て感じて、自分の好きな方向性とか毛色を理解することで新しいものが生み出せるようになるもんだからなぁ。
人間は、自分の中にあるものしか引き出すことは出来ない。
ある日突然、天から素晴らしいアイデアが降ってきたりはしないのだ。
ぱっと閃くことがあったとしても、それも結局は自分の中に存在していたものの発展型に過ぎない。
なので、知識のインプットは非常に重要となってくる。
「まぁ、俺の知ってる話でよければ、いくつか教えるくらいは構わないぞ」
「そうか。助かる」
「紙芝居のベッカー家に聞かれても、同じようにしゃべるからな?」
「そこは仕方あるまい。止めようにも、その権利がこちらにはないからな。だが……」
するすると近付いてきて俺の頬に指を添える。
「便宜くらいは図ってくれるであろうと、期待しておるぞ?」
それは、もはや脅しだっつーの。
「礼というわけではないが……ぁ、網タイツくらいであれば、また見せてやっても構わん」
やっすいなぁ、俺の知識。
網目ぷしぷしもさせてくれないくせに。
「実際、少し困っていたところでな。知識の提供を求めるのは心苦しいところもあるが、対価を払えば応えてもらえる程には関係も構築できているであろうと、少なからず私は思っておるのでな。ただし、無理強いをするつもりはないので、無理な時は素直にそう言ってくれて構わない」
「じゃあ、メンドイからパス」
「却下だ」
聞く耳持ってねぇじゃねぇか。
「またしばらく世話になる」
やけに素直な態度のルシア。
こいつ、こうすれば俺が言う事聞くとか、間違った学習したんじゃないだろうな?
「いえ、きっと何かと理由をつけて、ヤシロ様に網タイツを穿いた自慢の脚線美を見せつけたいと思っているのでしょう。ですよね、ルシア様、いや、セクシー妖怪『脚見せアッハァーン』」
「ぅぉおおわぁああぅお!? ど、どこから湧いて出たのだ、給仕長!?」
突如、背後から生えてきたナタリアに耳元でしゃべられ、ルシアが悲鳴を上げる。
また、いいタイミングで出てきたなぁ、ナタリア。
「ナタリアさん、戻られたんですか」
「はい、先ほど」
「おかえりなさい。お食事は済みましたか?」
「何を隠そう、お腹がぺこぺこで背中とくっつきそうです」
「では、すぐに食事の準備をしますね。座って待っていてください」
ナタリアを出迎え、「ふふっ」と笑って厨房へ向かうジネット。
ナタリアの食った物の料金はエステラに請求しよう。そうしよう。
「まぁ、胸は背中とくっつきませんけれどね!」
「しょーもないこと言ってるとこなんだけど、お疲れ様」
「そのようなしかめっ面で出迎えられましても」
「君のせいだよ、このしかめっ面は」
背中とお胸がくっつきそうなエステラがしかめっ面でナタリアを出迎える。
わっ、こっち見た!?
目逸らしとこ。
「ご一緒しても構いませんか?」
ナタリアが、俺の向かいの空いている席を指差して尋ねてくる。
エステラはエプロンを着けてウェイトレスをしていたし、ルシアも自分が食事をしていたテーブルに座ったままなので、俺の前の席は空いているのだ。
「どうぞ」
「失礼します。――眉間をぐりんっ!」
「痛って!? 何しやがる!?」
「『失礼』です」
「宣言してから有言実行される失礼って初めてかも!?」
失礼なヤツだ!
「今夜は、ご飯ものが多いのですね」
「デリアのおかげでな」
「そうなんだぞ、えっへん!」
「まぁ、立派な山脈。……察するに、甘やかしましたね?」
と、俺を見るナタリア。
デリアを甘やかしたのはジネットだぞ。
しかしデリアが胸を張るのはいいな。
ずっと張ってればいいのに。
「今日は大変だったみたいだな」
「はい。何より、登場する際に一番盛り上がるであろう絶妙のタイミングを図ることに苦心いたしました」
「そんな余計な努力は求めてないからね、ボクたちは誰も!」
こいつ、実はさほど苦労してないんじゃないか?
しかし、ナタリアにしては珍しく表情に微かな疲れが見て取れた。
「三十三区の領主様は、掴みどころのない方ですね」
「会ったのかい!?」
エステラが声を上げる。
今回は領主とは会わず、給仕長レベルの会合のはずだった。
向こうの領主が顔を出したのに四十二区の領主が出向いてこないとは何事だ……とか言われないだろうな?
「あちらの給仕長に案内をしていただいていた折、農作業をされている方たちの中に領主様が紛れ込んでおりまして、……あちらの給仕長が一番驚いていましたね」
「うん……なんか、なんとなくどんな人か察せられるね……」
呼ばれてないのに勝手に来てたのか。
なら、エステラが非難されることはないな。
「あの男は酒と石のことしか頭にないからな。大方、今日の会合のことなどすっかり忘れて自分のやりたいことを優先しておったのだろう」
と、ルシアは分析する。
「もっとも、私もあまり親しくはないので憶測の域を出ぬがな」
「あちらの給仕長より、『折角なので』と泥だらけの領主様をご紹介いただきました」
それは、失礼なのか礼儀正しいのか……
「『まさか領主様が畑におられるとは思わず、驚きました』と申し上げたところ、『これは畑じゃなくて田んぼ』と指摘されたくらいで、他には会話らしい会話はしておりません」
「あ、それさっきボクもヤシロに注意されたよ」
「何やら、譲れないものがおありの様子でしたが……」
「ヤシロに似たタイプの人なのかもね」
と、揃ってこちらを窺う主従。
似たような顔でこっち見んな。
お米が主食の日本人として田んぼを畑と呼ばれるのは「なんか違うなぁー」って思っちゃうだけだよ。
「お待たせしました。三種のご飯の食べ比べプレートです」
なんか知らん間に新しいメニュー出来てた!?
「ロレッタさんの発案なんですよ」
あいつは、そーゆーのにばっかこだわりたがるよな。
「とにかく、お疲れ様ナタリア。今日はもうゆっくり休んでね」
「ありがとうございます。じゃあルシルシ~、今晩ウチに来る~?」
「だからって砕け過ぎるな!」
うん。
ナタリアはもうルシアを他区の領主だとは思ってないようだ。
「そうしたいところではあるが、今日は三十五区に帰らねばならぬ」
「なるほど、それで木箱にウーマロさんとヤシロ様を詰め込んで持ち帰るわけですね。合点がいきました」
「合点いってんじゃねぇよ」
誰が詰め込まれるか、そんな恐ろしい密閉空間。
「あぁ、実はね……」
それから、飯を食うナタリアにエステラがここまでの経緯を話して聞かせていた。
つか、ナタリア。
主の話を飯食いながら聞いてていいのか?
「へー、ほー、あ、これ美味しい」じゃねぇーよ。
ちょっと心配になっちゃうぞ、お前らの主従関係!
……ったく。
「なるほど。つまり、話の要点は『一緒に浴衣の布選びをしていたミリィさんは、その後のふんどし試着会に参加したのか否か』ということですね?」
「全然違うし、大きな声でそういうこと言わないの!」
「てへっ!」
強い強い、「てへっ」が強い!
チラッとジネットに視線を向けると、さっと顔を逸らされた。
この話、俺には絶対情報流さないと固く誓ってる感じだなぁ。
「あ、いっけね。ウクリネスのところに忘れ物を――」
「行かせないよ! 君は今すぐ馬車に乗って、そのまま三十五区へ向かうんだ」
おい、やめろ、押すなエステラ。
俺はまだ飯を食い終わってないんだよ。
「はい、ヤシロさん。馬車の中で召し上がってくださいね」
「わぁ、お弁当出されちゃった!?」
おかしいな……俺が食ってたのはドリアと雑炊だったはずなんだけど。
お弁当につめたの?
一緒に?
「こちらのお重にはドリアが、そして、こちらの鉄鍋には雑炊が入っています。この鉄鍋すごいんですよ。ノーマさんが持ってきてくださったんですが、完全に密閉できるのでひっくり返しても中身が零れないんです!」
なんか面白い物作ってんなぁ、ノーマ!?
ほんの数年前まで『お弁当』って概念すらなかったのに、もうスープジャーみたいなの誕生しちゃったのか。
……あ、でもこれ、保温効果全然なさそうだ。
つーか、入れ物が雑炊の熱で熱くなってる。
「惜しいな」
「改良点が見つかったらいつでも、何個でも言ってほしいそうですよ」
でもな、ジネット。
それをしちゃうと、寝ないから、あのお姉さん。
「美容液と保湿クリームでしっかりとスキンケアして、ぐっすり眠るといいよって伝えといてくれ」
「え、それで一体このスープお弁当箱にどんな影響が……?」
「違うよ、ジネットちゃん。大丈夫、ボクの方から言っておくから、ヤシロの伝言」
エステラなら、的確に伝えてくれるだろう。
「寝ろ!」ってな。
「支度が出来たのであれば、そろそろ出るぞ。帰りが遅くなる」
現在、夕刻。
空は真っ赤で、ぼちぼち暗くなってくる。
馬車でも、急がなきゃ夜中になっちまうな。
「マグダ、準備は出来てるか?」
「……ロレッタが準備して、店長が確認をし、マグダがおちゃぴぃしてある」
何したんだよ。
おちゃぴぃって……怖いな、お前のお茶目。
「それじゃ、そろそろ行くか」
「はい。みなさん、お気を付けて」
「おう。なるべく早く帰ってくる。めっちゃ早く帰る。行ってすぐ、着くや否や帰ろうと思ってるから」
「ふふっ。お気遣いありがとうございます。お気持ちだけ受け取っておきますね」
いやいや、気遣いとかじゃなくて、願望というか要望。
決意表明と言ってもいい。
……というか、俺が早く帰るっていうのは、ジネット的に嬉しいことなのか。
それが気遣いだと思っちゃうってことは、まぁ、そうなんだろうなぁ。
「なんか行きたくなくなってきたな」
「いや、行って」
最初は自分が行くとか、俺に負担をかけたくないとか言ってたはずの領主が「さっさと行け」とばかりに手を「しっしっ!」ってしてる!?
「そんなに行ってほしいなら、いってらっしゃいのチューくらい用意したらどうだ!?」
「ちょっと大工たち、集合~!」
「違ぇよ。エステラ!?」
「ここに並んで」
「何人とさせる気だ!?」
次々に筋肉が迫り来る映像見せられたら、確実に今晩うなされるわ!
「ふふ、うふふ……っ、ヤシロさんが変なことを言うからですよ」
と、めっちゃ笑いながら叱ってくるジネット。
いや、笑い過ぎ笑い過ぎ。
そんなに俺の困る顔が面白いのか。
「もういい! 行ってくる!」
「「「ヤシロさん、いってらっしゃ~い、ん~~っま!」」」
「『ん~っま』を飛ばすな、縁起悪い!」
事故に遭ったらどうしてくれる。
お前ら全員、乙女に紹介するぞ。「将来の有望株」って言って。
あいつら、本気になると勢いすごいからな?
大工から飛んできた呪いの投げキッスを全部叩き落とし、手を綺麗に拭ってから馬車に乗り込む。
あ、ジネット。そのタオル、ムム婆さんに渡して「そこまでする!?」ってくらい除菌しといてもらってくれ。
で、そのあと雑巾にしていいから。外のレンガを拭く用の。室内には使うなよ。ばっちぃから。
「マグダかギルベルタ。悪いがウーマロの木箱を運んでくれるか?」
「やる、私が」
「……いや、ここはマグダが」
「運ぶだけならあたいがやってやろうか?」
「「どうぞどうぞ」」
「ストップ、すとーっぷ!」
デリアはマズい。
中身ウーマロだよって教えても「分かった!」って言いながら放り投げそうな気がする。気しかしない。
「デリアは、ギルベルタが抜けて大変になるフロアを頼む」
「おう! 任せとけ!」
サムズアップ!?
デリアの「任せとけ」のポーズが迷走している!
エステラが余計なことを吹き込んだせいで!
「エステラのせいで!」
「君のせいなんだよ。いい加減認識したまえ」
信じたいものだけを信じる。
それが俺という生き物なのだよ。
「ところで、ルシアさん。こんな大きな木箱を積み込むスペースあるんですか?」
ルシアの馬車はデカいが、さすがに木箱を入れるほどのスペースはない。
あるかもしれんが、そうしたら、俺らが物凄く狭い。
「紐で縛って引き摺っていこうぜ」
「さすがに気の毒だよ、ウーマロが」
「心配には及ばぬ。実はこの木箱は分解した後、各面が四分の一サイズに折りたためる仕様でな。――ギルベルタ」
「承知した、私は」
ルシアの合図に、ギルベルタがウーマロを木箱から取り出す。
おぉ……直接触れないための配慮なのか、なんか背負子みたいな治具にウーマロが固定されている。
さすが、分かってるなぁヤンボルド。
たとえ意識がなくとも、美少女に直接触れられたとか、ウーマロなら気を取り戻した瞬間に気絶する。
なんでか察知するからなぁ、あいつ。恐ろしい病気だよ、まったく。
「こうして、大工の覇王ウーマロ棟梁を取り出し、解体する、木箱を、ワンタッチで」
ギルベルタが木箱の一部を「ぽん」っと押すと、コントのセットみたいに木箱の側面がぱっかりと開いて倒れた。
「たためる、全部が、簡単に」
言いながら、木箱をパタパタたたんでいくギルベルタ。
本当にコンパクトになったなぁ。
好きなように繋げて敷けるジョイントマットくらいのサイズになったな。
「こうして、荷物は荷台へ、大工の覇王ウーマロ棟梁は客室へ」
コンパクトになった木箱とウーマロ。
これなら馬車にも乗せられる。
「そして、組み立てる、三十五区に着いたら、木箱を。そして入れる、大工の覇王ウーマロ棟梁を、木箱の中に」
「それ、意味あるのかな?」
「……箱入り棟梁」
「マグダ、思いついた面白そうなこと、逐一全部口に出さなくてもいいからね」
「あのぉ、それよりも、ウーマロさんはいつから大工の覇王に……?」
あぁ、いいのいいの、ジネット。
それに関しては、ウーマロが気付いたころには定着してて修正不可能になってる方が面白いから。
今はスルーでいいんだぞ。
みんなきっと同じ意見で、みんなそうしてるから。
「ヤーくん、マグダ姉様。どうか道中お気を付けて。ルシア姉様、ギルベルタ姉様、お二人のことをよろしくお願いいたします」
「うむ。任せておくがよい」
「あっ……、ウーマロ棟梁様を数に入れるのを忘れてしまいました。叱られてしまいますね」
「「「大丈夫! 叱らせないから!」」」
「まぁ、頼もしいですね、大工の皆様」
くすくすと肩を揺らすカンパニュラ。
なんかもう、すっかり片鱗見えちゃってるぞ。男を手玉に取っちゃう感じの片鱗が。
「えーゆーしゃ」
テレサがとことこやって来る。
今日は全然構ってやれなかったな。
「帰ってきたら、得意な早口言葉聞かせてくれな」
「ぅん! れんしゅう、しとくね!」
テレサが本気で練習したら、ミリィとジネットくらいになら勝てるかもしれない。
「ジネットも、負けないように練習しとけよ」
「えっ!? 負けるってなんですか?」
「テレサとミリィとジネットで、一番下手っぴだったヤツが罰ゲームだ」
「無理ですよ!? あの、ご存じないかもしれませんけれど、わたし、結構ドジなところがありまして……」
ご存じですけども!?
めちゃくちゃご存じで、存じ上げ過ぎてますけども!?
ご存じない可能性があると思ってることにビックリだよ。
「ジネット、『パパバナナ、ママバナナ、パパバナナのパパはパパバナナパパ、ママバナナのママはママバナナママ』さん、はい」
「ぱなま!」
「はいダメー」
「はぅっ!」
まず短いしね。
ビックリするくらい短縮されちゃってたからね、今。
「ぱぱばななままばなば……難しいねこれ。もうちょっと簡単なのはないのかい、ヤシロ?」
何度か練習していたエステラが苦笑を浮かべている。
一回唇を付ける言葉が続くと、言いにくいだろう? 『ぱ』とか『ま』とか。
あと『い段』と『う段』が続く言葉も言いにくいんだぞ。
たとえば――
「『父乳首チクチク、母乳首ぴくぴく』さん、はい!」
「言わないよ!」
……ちっ。
その後、叩き出されるように追い立てられ、俺は馬車に詰め込まれた。
そして道中では、「貴様は、『じゃあ行こうか』と言ってからどれだけ遊べば気が済むのだ」とか、向かいに座るルシアに呆れられた。
俺だけのせいじゃないやい。
あとがき
せ~の、
(」^□^)」父乳首チクチク、母乳首ぴくぴく!
どうも、チクチク宮地です☆
いやぁ~
私思うんですけども
我慢って体によくないですよね
うん、きっとよくない
というわけで、
些か唐突ではありますが
書きたい欲が高まり過ぎましたので
ここからはミステリーをお送りいたします☆
――崖の上
警部「くそ、一体犯人はどんなトリックを使ったんだ!?」
探偵「崖の上来るの、早くね!? 解決の時に来る場所だからね、崖の上!?」
警部「容疑者は一人に絞れたのだが、ヤツにはアリバイがあるんだ」
探偵「なるほど。で、どんなアリバイが?」
警部「死亡推定時刻は18時18分」
探偵「細かっ!? そこまで分刻みで分かるもんなの?」
警部「よくあるだろう。時計が壊れて時刻が分かるヤツ」
探偵「あぁ、腕時計がね」
警部「いや、腹時計が」
探偵「腹時計は何分かまでは分からねぇよ!?」
警部「腹時計が18時18分で止まっていたと、鑑識が」
探偵「日本の鑑識さん、驚異的な能力を有してるね!?」
警部「被害者の家と容疑者の家は徒歩で一時間の距離にあり、容疑者には17時30分と19時にアリバイがある」
探偵「アリバイ?」
警部「17時30分と19時にピザを取っている」
探偵「そんな短いスパンで!? アリバイトリックにしても雑過ぎるね!?」
警部「犯人はあいつに間違いないのに、アリバイが崩せん……一体、どんなトリックを」
探偵「走ったんじゃね?」
警部「え?」
探偵「いや、徒歩一時間の距離だったら、走れば30~40分でつけるでしょ」
警部「いいや。被害者の家に着いたとき、容疑者は息切れしていなかったので、それはない」
探偵「なんでそんなことが分かるんです?」
警部「ダイイングメッセージに『犯人はまったく息切れしていなかった』と書かれていた」
探偵「他に書くことあったろ、被害者!?」
警部「それに、徒歩一時間は、距離にすると約4km。4kmも走れる人間などいない」
探偵「いっぱいいるわ! 割と楽な距離だよ、4km!?」
警部「私には無理だ! 500mでも挫けそうだもの!」
探偵「運動しろ!」
警部「もっと、他に何かあるはずなんだ! 息を切らせず移動時間を短くする方法が」
探偵「あぁ、じゃあ、自転車とか?」
警部「それはない」
探偵「なんで?」
警部「容疑者の家と被害者の家の間の道は全部ぬかるんでいたのだが、自転車の跡はなかった」
探偵「4kmずっと!? 全部ぬかるんでたの!?」
警部「うむ。容疑者の家と被害者の家の間の道はずっとぬかるんだ直線の一本道で、他のルートは一切ない。その道以外に道は、いや、陸は存在しない!」
探偵「どこ住んでたの、被害者!? なんでそんなアリバイトリックに使用されるためだけに建てられたような物件選んじゃったのかな!?」
警部「なので、自転車は使われていない」
探偵「じゃあ、自動車は?」
警部「それはない」
探偵「なんで? あぁ、ぬかるみにタイヤの跡がなかったのか」
警部「いや、容疑者は免許を持っていないんだ」
探偵「殺人犯すヤツが律儀に道路交通法なんぞ守るか!」
警部「そうやって他人を疑うのはよくいないぞ!」
探偵「今、殺人を疑ってんだよね!?」
警部「とにかく、容疑者は道路交通法だけは命に代えても遵守するヤツなのだ!」
探偵「他の法律も遵守してくれればいいのに!」
警部「ちなみに、ぬかるみに自動車のタイヤの跡はくっきりついていたぞ」
探偵「じゃあ車使ってんじゃん!」
警部「でも免許がなぁ!」
探偵「その道交法への恭順の姿勢なんなの!?」
警部「しかも、容疑者の持っている車はマニュアル車だしな」
探偵「いや、車持ってんじゃん、容疑者!?」
警部「君は知らないかもしれんが、今は法律が変わって、一回オートマの免許を取ってから限定解除しないとマニュアル車乗れないから、免許の取得には一層時間がかかるのだ」
探偵「知らん!」
警部「免許がなければ、たとえ誰であろうとも自動車を運転することはできない!」
探偵「そこまで絶対じゃないからな、道交法!?」
警部「このアリバイさえ崩せれば、すぐ逮捕できるのになぁ!」
探偵「その前に、犯人は容疑者で間違いないんだね?」
警部「そこは間違いない。被害者宅には数百台の防犯カメラが設置されていて、家の周りはもちろん室内もくまなく録画されている状態だったのだ」
探偵「監視されてない、被害者!? 何者だったの!?」
警部「そしてもちろん、犯行の瞬間もばっちり録画されていた」
探偵「じゃあもう捕まえろよ! 動かぬ証拠じゃん!」
警部「でもアリバイが!」
探偵「どうでもいいわ、犯行の瞬間映ってたんなら!」
警部「そうだなぁ。駐車場の防犯カメラには、車から降りる容疑者もばっちり映っていたし……」
探偵「車使ってんじゃん!?」
警部「そして、犯人が逃げた後、被害者が最後の力を振り絞って『犯人はまったく息切れしていなかった』とメッセージを残す姿も防犯カメラに記録されていた」
探偵「ホント無駄なことしてるよね、被害者!?」
警部「この謎、お前には解けるか?」
探偵「謎なんぞ一切ないけど!?」
警部「謎が解けたのか!? じゃあ、今すぐ崖の上に――いつの間にか崖の上に!?」
探偵「最初からいたよ! もういいよ」
……ふぅ。
存分にミステリーを書けました
満足(*´ω`*)
いや、これミステリーじゃなくて漫才!?Σ(゜Д゜;)
でもなぜか、すごくすっきりしている(*´▽`*)
そうか、私は、
ミステリーよりコメディ書くのが好きなのか
よし、今後は異世界詐欺師もコメディ路線に舵きり……
もうすでにコメディ路線だった!?Σ(゜Д゜;)
というわけで、そんな異世界詐欺師を引き続きよろしくです☆
次回もよろしくお願いいたします!
宮地拓海




