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異世界詐欺師のなんちゃって経営術  作者: 宮地拓海
第一幕

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67話 祭りの朝

「そこの道行くお兄さん! フランクフルトどう!? ビールにピッタリだよ!」

「イカ焼き! イカイカ! 海漁ギルドから今朝届いた新鮮なイカの姿焼きだぁ!」

「冷たいビール! ワインもあるよー!」

「お子様にはこれ! あま~いベビーカステラーいかがですかぁ!」

「……ポップコーン。美味なり」


 威勢のよい客引きの声が響き渡る。

 ……マグダは例外として。


 本日、朝十時。

 ついに祭りが始まった。


 教会前から東西に延びる道は人で溢れ返っていた。

 普段はモーマットたち農業ギルドの面々か、教会のガキどもくらいしか使わない道なのだが、おそらくこの道が誕生して以来、歴代一位の人出だろう。

 荷台が二台すれ違える程度はある、比較的広い道なのだが、屋台と見物客ですでに大混雑の様相を呈している。


 俺は今、祭り会場の東端、大通り付近の開けた場所にいる。

 ここからいつもの道を陽だまり亭へ向かって歩いていくわけだが、普段の何倍の時間がかかるだろうな。


 そんなことを考えている間にも、大通りから祭り会場へと続く道には人々が流れ込んでいく。

 遠くから賑やかな音といい香りがここまで届いているのだ。ついついつられて入ってしまうのも納得だ。


 んで、俺がここで何をしているのかというと……


「んふふふ! 見てくださいまし! ワタクシがデザインしてウクリネスさんに特注した浴衣ですわ!」


 イメルダが、濃紺と黒の下地に白い花が鮮やかに咲き誇る艶やかな浴衣を着て、俺の前でくるりと回る。

 そう。イメルダに浴衣自慢を聞かされているところだ。……何やってんだかな、俺。


 祭りの準備期間中、何度も四十二区に来ていたイメルダは、早い段階で浴衣の魅力に取りつかれ、何着も購入しては四十区に持ち帰り、毎日のように袖を通していたらしい。

 四十区が誇る美人お嬢様たるイメルダが着ていれば、自然と四十区のオシャレ女子たちの間で浴衣が話題となる。そして、四十区で浴衣が一大ムーブメントを巻き起こしたのだ。

 ウクリネスの店には連日長蛇の列が出来、そのほとんどが四十区からやって来た客だと、ウクリネスが嬉しそうに語っていた。

 いわゆる『格上』の区の住民に認められたのが相当嬉しかったようだ。


「どういうわけか、四十区でも浴衣が流行り出しまして、ワタクシの浴衣と似た物を着ている方が増えてしまったのです」


 そこで、イメルダは金と権力に物を言わせ、特注の浴衣を作ったのだそうだ。

 ……どうりで最近ウクリネスを見ないと思った。店に置く浴衣と、イメルダの特注品、それから自分で宣言していた本番用の新作浴衣と、これだけの仕事を抱えていたのだ。無理もない。

 そろそろ、どこかの服屋と提携して技術を分けてやればいいのに。まぁ、遠からず、コピー品は出回るだろうが。


「ご覧なさいな、この巾着を」


 それも特注らしい桃色の巾着をぷらぷらと見せびらかす。

 深い色合いの浴衣に、淡い桃色が映えて、とても可愛らしい。


「下駄もこだわったんですのよ」


 鼻緒が青地に真っ赤な椿の咲き乱れている、なんとも鮮やかな色合いをしている。黒く艶めく下駄には漆が使われているのだろう。漆器を取り扱う店があったので試しに頼んでみたのだが、結果、これが大ウケしたわけだ。

 今や、漆器工房は椀ではなく、下駄作りに忙しいと聞く。


「……ちょっと、ヤシロさん」

「なんだよ?」

「これだけ説明していますのに、どうしてただの一度もワタクシの浴衣姿をお褒めにならないんですの!?」

「あれ、褒めてないっけ?」

「聞き及んでおりませんわ!」


 心の中では絶賛していたんだがな。やっぱ口に出さなきゃ伝わらないか。


「宇宙一可愛いよ」

「なんですの、その心が一切こもっていない棒読みはっ!?」


 果たして『宇宙』がなんと訳されたのか、ちょっと興味があるところだが、まぁ今はいい。


 俺が素直に褒められないのは、イメルダがデザインしたせいで、本来の浴衣から少し外れてしまっているからだろう。例えば、浴衣の裾がミニスカ丈であるとか、下駄に鼻緒以外の紐がついていてそれを膝下あたりにかけてオシャレに巻きつけていたりするとか、そういうところが「ちょっと違うんだよなぁ」と残念な気持ちにさせるのだ。

 あと、髪型が派手過ぎる。ギャルか、お前は。

 長い髪は淑やかにまとめ上げて、色っぽくうなじをさらしてぺろぺろさせるのが浴衣の正しい作法というものだろうが!


 しかも、四十区のファッションリーダーであるイメルダがこういう浴衣を着ているもんだから、道行く女子が「かわいい~」とか言っちゃってんだよな。

 ……変な浴衣が流行らなければいいんだが。


「……ですが、やっぱり浴衣の『アノ』ルールだけは、まだちょっと慣れませんわね……」


 ぽそりと呟いて、ほのかに頬を染める。

 ……イメルダ、まさかお前…………そのミニスカ丈で穿いてないのかっ!?


「見直したぞ、イメルダ! 今日の主役はお前だ!」

「なんですの、急に!? ……まぁ、悪い気はしませんけども」


 満更でもなさそうな顔で胸を張るイメルダ。

 こういう改造浴衣なら、胸があっても映えるっちゃあ映えるか。


「鼻の下が伸びているよヤシロ」


 と、鎖骨の下がしぼんでいるエステラが不機嫌顔で現れる。


「小さ…………遅いぞ。何してたんだ?」

「その前に、今、なんて言いかけた?」

「ただの言い間違いだ、気にするな」

「まったく……」


 こちらは、オレンジを基調とした明るく華やかなデザインながらも、淑やかな落ち着きを感じさせるなんとも雅な浴衣だ。

 そしてやはり、エステラは浴衣がよく似合う。


「髪を結ってきたのか?」

「うん。ナタリアがどうしてもって言うから…………変、かな?」

「いや、いいぞ。実にいい。普段忘れがちだが、女の子であることを思い出させてくれる」

「普段も忘れないでほしいんだけどな……」


 おかしい。

 こんなに褒めているのにエステラの表情が冴えない。

 難しい年頃か?


「それじゃあ、出店を回るか」

「そうだね」

「案内させて差し上げますわ」


 今日はこの三人で祭りを見て回ることになっている。

 木こりギルド誘致のための接待だ。


 とはいっても、ずっとってわけではない。

 ある程度店を回ったらあとは自由に見てもらうつもりだ。

 イメルダも好きなところへ行きたいだろうしな。


 そして、日が落ちてからこの祭りのメインイベント、教会へ続く光の行進が始まる。

 精霊神へ感謝の気持ちを込めて『灯り』を返すのだ。


 その行進には、陽だまり亭のメンバーも参加する。


 そこまでに時間が取れれば、少しジネットを連れて祭りを見て回りたいと思っている。

 いや、ほら。あいつは店があるからどこかへ出かけるなんてことが出来ない。だから、なんだか楽しげなものが『向こうから』やって来ればいいなと常々思っていたのだ。

 今回の祭りは、その絶好のチャンスなのだ。

 少しだけ、時間を忘れて買い物にでも興じるといい。ジネットにだって、それくらいのご褒美があったっていいはずだ。


「おにーちゃーん!」


 大通りにほど近い場所に陽だまり亭の『出店』がある。


 祭りに参加を表明した店や職人たちには同じサイズの『出店』が、一団体につき一つ貸し出されている。どんなに権力があろうが、金を積もうが、一団体に一つだ。

 でなければ、その団体が場所を占領して面白味が半減するからな。

 場所は、大まかな括りだけ決めて、その後くじ引きで場所を決めた。

 主食系をバラけさせたり、飲み物を一定間隔で配置したり、土産物は固めたりと、それくらいの区分けだけは実行委員の裁量で調整させてもらったが。

 まぁ、夏冬の日本一大マーケットとか、そういうイベントみたいなノリだな。


 この限られたスペースをどう工夫して他との差を出すのか……そういうのも見ものになっている。

 なので、若干、日本の出店とは趣が変わってしまっているが、そこはそれ。この街ならではの祭りってことでいいんじゃないかと思っている。オリジナルに忠実である必要はないからな。


「おこのみやきー!」

「さっき売れたよー!」


 妹たちが元気いっぱいに手を振ってくる。

 陽だまり亭の出店では、お好み焼きを提供している。過去にベルティーナが大絶賛していたのでイケるだろうと踏んだのだ。

 何より、祭りにはお好み焼きがつきものだからな。


「美味しそうですわね。いい香りですわ」

「食うか?」

「ハーフサイズにはなりませんの?」

「……出店でカスタマイズすんなよ…………」

「これを一枚丸々食べると、他の物が食べられなくなりますわ。ワタクシレベルの人間になりますと、計画性というものに富んでおりますのよ」


 計画性が富んだり貧したりするものなのかは知らんが、細かい注文はご遠慮願いたい。そんな注文を聞いていては客がさばけなくなる。


「半分にしたいなら、客側で半分こでもしてくれ」

「で、でしたら…………あ、あなたに半分差し上げますわ!」

「いや……俺は、正直……お好み焼きはしばらく見たくもない……」


 妹たちの特訓に付き合って死ぬほど食ったのだ。いや、食って死んだのだ。たぶん、二度ほど幽体離脱をしている。

 何を隠そう、もう、この甘辛いソースの香りだけで…………


「じゃあ、ボクと半分こしようか?」

「あなたと……ですの?」

「じゃあ、一人で食べきるんだね」

「しょうがないですわね。ご馳走になって差し上げますわ」

「……ボクがお金出すの? 木こりギルドの方がお金持ちなのに……」

「本日は『接待』だと伺っておりますので」

「…………ったく、もう」


 渋々と、エステラが財布の口を開く。

 …………がま口だった。


「おい、それ……どうしたんだ?」

「あ、これかい? えへへ、可愛いだろう?」


 物凄く嬉しそうにがま口を見せびらかしてくる。

 聞いてほしくて仕方ないような顔だ。


「ウクリネスが開発した財布なんだ。ワンタッチで開閉出来る上に、紐で縛るよりも口がきっちり閉じて硬貨が落ちないんだよ! そしてこのフォルムの可愛さといったら…………ウクリネスって、実は天才なんじゃないかな?」


 それの原案を教えたのは俺なんだがな。

 巾着を作る際に、こういう財布があると絵に描いて説明だけしたのだ。時間も材料もないだろうと今回は保留にしておいたのだが…………あのヒツジおばさん、忙し過ぎて変なスイッチ入っちゃってんじゃないのか? 祭りが終わった途端倒れんじゃないだろうか……


「エステラさん!」

「な、なに……かな?」


 突然大きな声を上げたイメルダに、エステラが肩をすくませる。


「そのお財布を譲ってくだされば、本日の払いはすべてワタクシが持ちますわ!」


 一目惚れしたらしい。

 こいつ……単純だな。

 シリーズ物を一つでも手にしてしまうとオールコンプリートしないと気が済まないタイプなのだろう。


「で、でも……結構気に入ってるし……」


 難色を示すエステラ。……って、何を迷うことがある。がま口くらいあとで買い直せばいいだろうが。


「今、がま口の生産はストップしてるんだよ。再開されるのは多分、来月以降なんだ」


 イメルダに聞かれないように、こっそりと俺にそう説明するエステラ。

 なんだよ、そんなことくらい!


「くれてやれよ。今度俺が作ってやるから」

「ホントにっ!?」

「あぁ。……お前のお小遣いは四十二区の財政に直結している。無駄遣いはやめるんだ」

「……そんなオーバーな」


 バカっ!

 祭りでは財布の口がゆっるゆるになるんだぞ!

 諭吉さんに羽が生えて飛んでいく様を何度見たことか!

 きっと今回もそうなる。気が付くと、「え、銀貨蒸発してない?」って思うくらいに減ってるからな!


「……ヤシロの手作りか…………ふふ」


 パチンと、がま口を鳴らし、エステラは中の硬貨を別の袋へと移し換える。


「それじゃあ、進呈しよう。『接待』だからね」

「うふふ。いい心がけですわ。ワタクシ、少々上機嫌になりましてよ?」


 あぁ、このお嬢様ちょろいな~……

 実演販売とかにコロッと騙されて買っちゃうタイプに違いない。


 そんなわけで、イメルダの奢りでお好み焼きを購入し、エステラとイメルダがシェアして食べている。

 なんか、仲良しお嬢様みたいで、見ていて和む。


 と、そこへ、聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「……ヤシロ、ポップコーン、食べる?」


 マグダだ。

 マグダは大通りにいつもの屋台を出している。


「いや、今はいいよ。売れ行きはどうだ?」

「……新規顧客が入れ食い」

「四十区の連中か?」

「……そう。………………四十区もちょろいもんよ」

「なぁ……どこで覚えてくるんだ、そういう言い回し?」


 悪代官のように口角を上げるマグダ。だが瞳はいつも虚ろで無表情だ。


 実行委員会の取り決めにより、『出店』は一団体に一つなのだが、普段から営業している店はカウントされない。なので、『カンタルチカ』はフランクフルトの『出店』を出店しながら、大通りではいつも通り営業している。

 当然だろう。

『出店』のために、本来の店を閉めるなんて馬鹿げている。


 なので、マグダが仕切る陽だまり亭二号店とロレッタの仕切る陽だまり亭七号店は本日も通常営業を行っている。


 あぁ、そうそう!


 陽だまり亭ももちろん、通常営業を行っている。

『偶然にも』祭り会場の途中に店があるので、今日はちょっとした大フィーバーをしそうな勢いだ。

 というのも、『たまたま』祭り会場となる通りに店があるということで、祭りで歩き疲れた人たちが座って休める休憩所として店内と、店の前の庭を広く開放しているのだ。

 軽く腰を掛けられる椅子と大きなテーブルを設置し、歩き回って疲れた足腰を癒してもらう。そういうちょっとしたスペースって、あるとすげぇ助かるんだよな。

 精霊神への感謝を示す祭りの日だ。それくらいのサービス精神は見せるべきだろう。

 座るのに金なんか取らない。

 ただし、……何かをついでに買って食べる分には全然構わない、っていうかむしろ何か食っていくといいと思うよ?


 というわけで、本日陽だまり亭は、本店・二号店・七号店・出店の四ヶ所で営業している!

 ふははは! 勝てる! 勝てるぞ!

 見ろ! 客がアリのように群がってきよるわ!


 ここまで手広く展開出来たのも、妹たちの頑張りによるところが大きい。

 毎日陽だまり亭で下積みをして、今では店番を任せられるくらいにまで成長したのだ。

 そして、マグダとロレッタは、部下を得たことで妹たちの何倍も成長を見せている。

 もはや、あいつらに屋台を任せることに一切の不安などない。暖簾分けをしてやってもいいレベルなのだ。

 まぁ、まだ手放さないけどな。


 そんなわけで、少しくらいなら時間が作れるんじゃないかと、俺は思っているわけだ。

 ……だから、ほら。ジネットのご褒美のな。


「妹さん。お好み焼きを二枚追加ですわ!」

「おい! 計画性どうした!?」

「だって、美味しいんですもの!」

「他にもいろいろ食うんだろうが! あと口の周りを拭け! 美しい物好きのお嬢様よぉ!」


 しかし、イメルダは空になった紙皿と箸を持っているため手が塞がっている。

 オロオロとして、浴衣で拭こうかと一瞬迷いやがった。

 やめろよ、お前!?


「もう! しょうがねぇなぁ!」


 俺は懐からハンカチを取り出してイメルダの口を拭いてやる。グリグリグリグリ……この痛みで少しは反省しやがれ……グリグリグリグリ!


「ちょ、ちょっと! ヤシロさんっ!」


 イメルダが、堪らずといった風に俺の手を振り払う。

 そして唇を押さえて俺を睨む。……ふふふ、痛かったか?


「そ、そんな乱暴になさらないで…………ワタクシ、初めてですのに」


 ……ん?

 なに言ってるの、この人?


「……唇を、奪われてしまいましたわ……」

「奪ってないよっ!?」


 それは、マウス・トゥ・マウスの時にのみ使っていい表現だから!


「…………大胆ですのね」

「おい、その発言、木こりギルドの連中の前で絶対すんなよ」


 俺の寿命が数十年単位で縮むからな?


「ヤシロ…………こんな公衆の面前で」

「お前、見てたよね!? 口拭いただけだぞ!? 変に受け取る方がおかしいだろ?」

「さぁ、よく分からないなぁ。……ボクはそんなことしてもらったことないからね」


 えぇ……なに、このちょっとした修羅場っぽい空気……


「……祭りは、恋の香り」

「とりあえず俺はお好み焼きの香りしか感じないけどな」


 マグダがしたり顔っぽい無表情で「上手いこと言いました!」みたいな視線を送ってくる。

 褒めてなど、やるものか!


「では、お好み焼きはまたあとでいただくとして、少し歩くといたしましょう」

「そうだね。ボクも色々見てみたいや」

「しかし……鬼のような人ごみだな…………はぐれるなよ」

「もちろんですわ」

「分かってるって」


 言いながら、右手をイメルダが、左手をエステラが握る。

 ……えぇ…………歩きにくいぃ~……


「さぁ、参りましょう、ヤシロさん」

「行こうか、ヤシロ」

「……祭りは、恋の香り」


 いや、もう……その香りいいわ。


 大通りから教会までの東側は、客が入ってくる場所なので食べ物関連の店を多く設置してある。そこで軽く腹ごしらえをしつつ、お腹がいっぱいになったら歩いてもらって、西側で買い物や出し物を楽しんでもらい、小腹が空いたら来た道を引き返しつつまた何かを摘まんでもらうと、そういう流れになるように店を配置してあるのだ。


「ヤシロー! ベビーカステラ食べな~い?」


 可愛らしい浴衣を着たネフェリーが出店の中から手を振ってくる。


「再来月辺りになー!」


 ……ベビーカステラも、しばらく見たくない。

 ベルティーナがいてくれてよかったと思った初めての夜だったな、あの特訓の日は。


「とても美味しいですね、このフランクフルト。あと六十本ください」

「ろっ、六十本っ!?」


 カンタルチカの出店でパウラの度肝を抜いている『今回の祭りのメインイベントのために今頃は教会で大人しくしていなきゃいけないはずのシスター』っぽい人が見えたが気のせいだと思い込むことにした。……気にしているとこっちの精神がもたない。本番さえちゃんとしてくれりゃそれでいいさ。


「さぁさ、とくと見るでござる! これが、拙者が七十二分もかけて完成させた傑作中の傑作! 『鼻の下を伸ばす英雄像』でござる! 精悍なる英雄殿の日常の一コマを華麗に再現し…………んぬあぁっ!? どこかから飛んできた拳大の岩が英雄像に直撃して、英雄像の首がもげ落ちたでござる!? 誰がこのような酷い仕打ちを!?」


 なんか今、頭のおかしな出店が一瞬視界に入った気がするけど、きっと気のせいに違いないし、中三の体力測定のハンドボール投げで30メートル超えを記録した俺の肩も鈍っていない。


「やっほ~☆ 海漁ギルドの釣り堀だよぉ~☆ 釣ったお魚はそのまま食べちゃっていいからねぇ☆」


 デリアから話を聞いたというマーシャが、「海漁ギルドも参加した~い!」と言っていたが、釣り堀とは考えたな。いつもマーシャが陸に来る時の水槽を改良したものに海魚が大量に泳いでいる。その縁から釣り糸を垂らして釣り上げるのだ。…………が、なんでマーシャも中に入ってんだよ? そして、オッサンどもが目の色を変えてマーシャ狙いで糸を垂らしている。

 あぁ、あれか……マーシャを釣り上げて『そのまま食べちゃいたい』わけか。……男って、ホント…………バカなんだな。


「凄い人出だね……少し歩くだけでも一苦労だよ」

「まったく、このワタクシに道を譲らないなんて……不敬ですわ!」

「我慢しろ。祭りなんてのはこういうもんだ」

「まったく…………人が多いせいで、ヤシロにぴったりくっつかないと進めないじゃないか……」

「ヤシロさん。仕方なく密着して差し上げますわ」


 文句を言う割には、なんか声が嬉しそうだな、こいつら。


 人の波に揉まれ、俺たちはようやく陽だまり亭の前へとたどり着いた。

 何倍くらい時間がかかったのだろうか……もうへとへとだ。

 この位置に休憩所があってよかった…………うわぁ……


「満員御礼だね」

「座る場所がありませんわね」


 己の目を疑いたくなる光景が広がっていた。

 陽だまり亭に人が溢れ返っているのだ。


「ただいまご注文を伺いに参りま~す! 少々お待ちを~!」


 ごった返す人の合間を縫うように、ジネットが忙しく駆けずり回っていた。

 ちょこちょこと妹たちも走り回っている。

 大繁盛だ。


 休憩する客は多いだろうと思ったのだが、多くが出店の食い物を持ち込むだろうと予想していた……だから、陽だまり亭で注文をする者は少ないだろうと……だが、予想に反して客たちはジネットや妹たちに注文をしていく。次から次へとだ。


「原因はアレですわね」


 イメルダがアゴで指した先には、ウーマロに作らせたガラスのショーケースが設置されている。

 そこには、ベッコの作った食品サンプルが並べられているのだが……その中の一つ。ちょうど中央にドドンと置かれた食品サンプルに子供たちが群がっている。


「すげぇー! フォークが浮いてるっ!」

「どうなってんの、これ!?」

「ねぇ、あなた、これ食べてみませんか?」

「そうだな。じゃあ、みんなで食べるか。すみませーん!」

「はぁ~い! 順番にお伺いしますので、座ってお待ちくださ~い!」


 ミートソースパスタ(フォーク浮かびヴァージョン)の影響力、半端ねぇな!?


「このワタクシが認めた物ですもの。庶民が関心を持つのは当然ですわ」


 いや、まぁ、想像以上の反響は嬉しいんだが…………



 この様子じゃあ、ジネット暇にならないんじゃないか?



「あ、ヤシロさん! 見てください! 凄いです! ヤシロさんの言ったことをやったら、お客さんがこんなに! わたし、今凄く嬉しいです!」

「すみませ~ん!」

「は~い、ただいまぁ~! すみません、行きますね!」


 ぺこりと頭を下げて、ジネットが接客へと戻っていく。

 ……なんか、幸せそうだったな。


 なら、まぁ…………いいか。


「ボクたちも手伝った方がいいのかな?」

「いやぁ、俺たちじゃ返って足手まといになるかもしれん」


 俺はここ最近食堂経営から離れ過ぎていた。ポカミスなんかした日には取り返しのつかないことになりそうだ。


「弟たちかデリアあたりに応援を頼んでみよう」

「そうだね」

「では、ヤシロさんはワタクシの接待を続けられるのですね?」

「ん? あぁ、まぁ、一通り見るくらいは……」

「何をおっしゃっているんですの!? 一周目は下見! 二周目が初戦! 三周目が本戦で、四周目がアンコールですわ!」

「ここを四周もしたら日が暮れちまうぞ……」

「そこからがこのお祭りのメインイベントなのでしょう? ちょうどいいタイミングですわ」


 こいつ……一日中俺を引っ張り回す気か…………


「さぁ、ヤシロさんに、エステラさん。もう一度お好み焼きを食べに行きますわよ!」

「……ヤシロ……」

「……言うな…………口にすると実感して、つらくなるぞ」

「………………接待って、大変だね」

「…………ま、仕事だからな」


 ジネットが食堂の仕事を頑張っている以上、俺は俺の仕事を頑張ろうと思った。



 人ごみの中を何往復もし、俺の体力がガリガリ削られて、『気を遣い果たして、ヤツは今生命力を燃やして立っているんだ!』みたいな、少年漫画の主人公の境地に達した頃、太陽がその姿を地平の向こうへと隠した。



 四十二区に夜が来る。



 そして、祭りは闇と炎の彩る夜の饗宴へと姿を変える――




 本番は、ここからだ。







いつもありがとうございます。



感想の数が、話数を超えてきました。

ありがてぇ、ありがてぇ……


感想欄って、基本作者以外あまりこまめにチェックする場所ではないような気がするのですが……なんだかセンサーを張り巡らせている猛者たちがいるような気がしてなりません。

作者以外が感想欄をこまめにチェックする、割と珍しい環境になっているのではないでしょうか。どうなんでしょうか?


毎回、「ここまで!」と決めて一気に感想に返信させていただいております。決まった時間はありません。その日の都合とかタイミングによって「ここまで!」の時間は変わります。

ですので、折角書いていただいたのに返信が翌日に……なんてことも割とあります。

別に、意図的に「おぉっと、オメーは明日だ!」とかやっていませんので、気長にお待ちいただけると幸いです。


なんとなく、「こうきたらこう」みたいなルールっぽいものがあるようにも見えますが、基本フリーダムに対応させていただいております。


楽しんでいただける場所になっていれば幸いです。



そして、ついでに告知というかご報告を。


このお祭りが終わる頃、またしばらくお休みをいただこうかと思います。

これでも私、立派な社会人なもので……いろいろとあるのです…………すみません。


ですので、今のうちにしっかりと書き溜めておかねば!

最近出てきてないキャラが多いので、そこら辺をピックアップ出来ればなぁ……と。


……おや?

「お休みする」のに「書き溜める」とはこれいかに。

まぁ、あとがきはお休みになりますかね。

でも、あとがきがないなら感想欄が…………なんて。




さて、

お祭りといえば、『あてもの』が好きでしたね。

当たりもしないのに散財していました。

一日で、「ペーッ!」ってなる人形を何体もらったことか……

あと、剣みたいな形で、刃の部分がくるくる巻かれた紙で出来ていて、ブンって振ると紙がビョーンって伸びるヤツ。

それと、ちょっと反り返った板を腕にペシーってするとくるんって巻きつく腕輪とか。


そんなものを大量にゲットしていました。


一等とか、本当に入っていたんでしょうかね?


親「どうせ当たらないんだから、やめておきなさい」

子供私「大丈夫! たぶん当たるから!」

親「じゃあ、一回だけね」

子供私「感じる………………私が求めているものは………………これだ!」


景品「ペーッ!」


子供私「…………そうそう。これが欲しかった」

親「もうすでに大量に持ってるじゃない」

子供私「…………うん、ちょっと、今、集めてる……的な?」


景品「ペーッ!」


そんな感じでしたね。

大人になった今では、そんな失敗はしなくなりましたけどね。


私「幼き日の私は感性や感覚に頼り過ぎだった……知性を得た私は統計学と流体力学の観点から正解を導き出せるのだ! 私が求めているものは…………これだっ!」


景品「ぺーっ!」


私「…………うん、そうそう。これが欲しかった」




今年も、ひっくり返してから元に戻すと「ペーッ!」って鳴く人形が増えていく……

私はいつになったら『あてもの』で当たりが引けるのでしょうか。




ジネット「ヤシロさん! なんだか不思議なお店がありますよ!」

ヤシロ「くじ引きで、出た数字の景品がもらえるようだな」

ジネット「ちょっとやってみたいです!」

ヤシロ「やめとけって。大したもの当たりゃしないんだから」

ジネット「やってみなければ分かりませんよ。すみません、一回お願いします」

ヤシロ「あ~ぁ…………まぁ、一回痛い目に遭えば学習もするだろう」

ジネット「ヤシロさんっ! 凄い物が当たりましたよ!」

ヤシロ「まさかっ!? こういうのは当たらないように出来ているはずなのに!?」

ジネット「日頃の信仰のおかげですね」

ヤシロ「それで、何が当たったんだ?」

ジネット「『鼻の下を伸ばす英雄像』ですっ! ……あぁっ!? なんで蹴り倒すんですか!? 折角の特賞ですのに!?」

ヤシロ「ベッコォ! ベッコはどこだぁ!?」




――やはり、『あてもの』は難しいですね。



次回もよろしくお願いいたします。


宮地拓海

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ジネットちゃんがヤシロくんとお祭りに行けますように …
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