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異世界詐欺師のなんちゃって経営術  作者: 宮地拓海
ベビコン

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ベビコン5話 うちあげ!

 コンテストが終わり、俺たちは陽だまり亭へと帰ってきた。

 空は暗くなり、これから夜の時間が始まろうとしている。


「いや~、勝利の美酒は最高さねぇ!」


 ったーん! と、ノーマが木製のジョッキをテーブルに叩きつける。中身は、ハビエル秘蔵の冷えたビールだ。


 陽だまり亭は酒の提供をしていない。

 今回だけ特別だからな?

 ジネットが、「是非お祝いしましょう」って言ったからだからな?


「店長さん、おかわりさね!」

「はい、ただいま」


 と、自身も受賞者なのにテキパキと動き回るジネット。


「ジネットも受賞者なんだから、ご褒美スイーツでも食ってろ」

「はい。あとでいただきますね」


 そう言って厨房へ引っ込んでいく。

 料理を作る気満々って顔をして。

 ジネットに代わり、ロレッタが冷えたビールを運んでくる。


「はい、ノーマさん。優勝おめでとうです」

「ありがとうねぇ、ロレッタ。あんたらの服とスカートも可愛かったさよ」

「ですよね! あたしとマグダっちょも頑張ったですよ! まぁ、今回は残念でしたけど、次回はかなりいい線までイケるはずです!」


 どこから出てくるんだ、その自信は。

 明らかにレベルが格上のオバちゃん連中が多数いたろうに。

 あのオバちゃん連中、次回はもっと凝った服で参戦してくるぞ。


「……ミリィとイメルダには、優勝のスイーツを」


 マグダがお盆を持って、ミリィとイメルダの座るテーブルへとスイーツを運んでくる。

 アレはアフォガードと、バニラとストロベリーのミックスアイスだな。

 モデルをやり遂げた『いい子』どもに食わせるため大量に準備しておいたから、アイスの在庫は十分にある。


「みりぃは、てんとうむしさんとじねっとさんに混ぜてもらっただけだから、全然、何もしてない、ょ」

「謙遜することないさね、ミリィ! あのパッチワーク生地は素晴らしかったさね。次回は、アタシもあれで一着作ってみたいって思ったくらいだからねぇ」

「その生地を最大限活かしきったワタクシのデザインがキラリと光っておりましたわね!」

「あんたは、もう少しくらい謙遜しなね、イメルダ。……まぁ、優勝したんだから、今日は盛大に羽目をはずしゃいいけどさ! さぁ、乾杯さね!」

「乾杯ですわ!」


 ジョッキと、アイスの小鉢がぶつかる。

 なんだその、異種格闘技戦みたいな乾杯。


「ほろっと苦くてぐぐっと甘い。噂通りの美味しさですわね」

「あぁ、それが噂のベッコバリアーかぃね?」

「アフォガードだよ」


 やばい、ベッコバリアーで定着してしまいそうだ。

 意味は同じだけれども。


 ……いや、同じじゃねぇよ!?


「あたいも三位になったんだぞ!」

「はい、拝見しておりましたよ、デリア姉様。クマさんのお耳がとても可愛らしく、私も赤ちゃんだったころに着てみたかったと思いました」

「カンパニュラなら今でも着られるぞ、きっと」

「いえ……それは、どうでしょうか?」


 褒められて嬉しかったのか、デリアがグイグイいっている。

「今度作ってやろうか?」じゃねぇーよ、デリア。

 カンパニュラを困らせるな。


 カンパニュラがベビー服なんか着たら、その界隈が大盛り上がりして、活性化し過ぎて、やがて更地にされるから……草木一本生えない不毛の大地になっちゃいかねないからな。

 今回、ハビエルが灰にされたように……


 酒が出る祝いの席にハビエルがいないのが、今のあいつの状況を物語っていると言えよう。


 パウラとネフェリーは、残念ながら受賞できなかったが、とても楽しかったと満足気にしていた。

 今日は街全体が盛り上がっているから、夜はがっちりカンタルチカで荒稼ぎをするのだそうだ。

 ネフェリーも、パウラの手伝いに行った。


 ちなみに、ネフェリーチームの服はウクリネスが改良して量産することになったらしい。

 新人教育にうってつけの教材なんだそうだ。

 裁縫と編み物、両方の技術が必要だからなぁ。精々しごかれるがいい。


「遅れてすまぬ」

「あ、もう始めてるんだね。ボクたちも混ぜて」


 ルシアとエステラが両給仕長を伴って陽だまり亭へとやって来る。

 イロハたち三十五区の虫人族の受け入れとか、その辺の手続きを終わらせてくると、コンテストのあと館に戻っていったんだよな。


「手続きは終わったのか」

「ばっちりさ。寮が完成次第、すぐにでも受け入れられるよ」

「イロハたちは明日にでも来たいと申しておるほどでな、キツネの棟梁にはもう少々発破をかけねばいかんかもしれぬな」


 現在急ピッチで進められている寮の建設。

 ムム婆さんの家の近くに、デカめの集合住宅が、もうほぼ完成に近い状態で建っている。

 張り切ったなぁ、ウーマロwithトルベックの大工たち。


「それで、どうだった? 反応は」

「うむ」


 断りもなく、さも当然のような顔で俺の座るテーブルにやって来て向かいに腰を下ろすエステラとルシア。

 そのルシアの方に質問を投げる。


「今日のモデルには可愛い子が多過ぎて、何人か連れ帰ろうかと考えておる」

「お前の感想はどうでもいいんだよ。つか、連れ帰らせるか、この誘拐犯め」

「ルシアさん、やめてくださいね」


 エステラが、笑顔ながらも割と真剣に釘を刺している。

 ちゃんと言っておかないと、マジで実行しかねないからなぁ、こいつは。


「どの種族の者たちも皆、非常に乗り気であった」


 イロハの紹介だから、てっきりアゲハチョウ人族ばかりが来るのだと思っていたら、どうやら他の種族もいろいろと混ざっているらしい。


「裁縫の勉強を頑張ると意気込んでおったぞ」

「洗濯を覚えに来るんだよ、そいつらは!?」


 作りたくなってんじゃねぇよ。


「まぁ、服のことをよく知れば、洗濯する時に気を付けなきゃいけないポイントも分かるだろうし、趣味として裁縫を覚えるのはいいことなんじゃないのかい?」

「そうですね」


 エステラのフォローに、お茶を運んできたジネットが頷く。


「ムムお婆さんもお裁縫が得意ですし、わたしもお裁縫をするおかげで洗濯の時にいろいろ気付けることは多いですよ」


 生地の弱い部分や、汚れが溜まりやすいところ、汚れの取りにくいところなんかも分かるので、洗濯する時はそれらに気を付けているのだとか。


「フリルやレースも、作る大変さを知れば、丁寧に扱うようになりますよね」

「破っちゃうと、ボクには修復できないよ」


 確かに、その辺は苦労を知らないと扱いが雑になりかねないか。

 丁寧な仕事って、案外他人に教えるということが難しいからなぁ。


「裁縫教室は、今後も続けるのか?」

「うん。参加者からの反応もよくてね。講師も乗り気だったから、しばらくは続けてみるつもりだよ」


 ウクリネスのところの従業員数名と、母親歴が数十年という大ベテランに講師を頼んだ裁縫教室は、多くの生徒を受け入れ大盛況だったようだ。


 大ベテラン講師は素人ながら経験豊富なようで、面白い話も聞けて非常にためになったと、教室に参加したジネットが教えてくれた。

 ……ジネット、お前はまだ何かを学びたいのか。マスターしてんだろ、もうすでに。


「では、ウチの者たちにも勧めておこう。参加の許可をもらえるか、エステラよ」

「もちろんですよ。教室を通して、四十二区のみんなと親しくなってくれると嬉しいですし」


 区を挙げてのウェルカム状態だ。

 寮が完成したら一気に動き出しそうだな、洗濯屋研修。


「そういえば、ムム婆さんは参加してなかったのか、コンテスト」

「してたよ。受賞はしなかったけど、安心感のあるすごくいい服を作ってたよ。ほら、普段着部門で君が『本来はあぁいうのが一番必要とされるんだけどな』って言ってた動きやすそうな服だよ」


 あぁ、あったな。

 見た目の派手さはないけれど、飽きの来ない安心感のあるデザインで、流行り廃りとは無縁の定番系の服。

 商売にするなら、そういうのがいいと思えるような服だった。

 アレがムム婆さんの作品だったのか。

 なんか、すごく『らしい』な。

 派手さはなく控えめだけれど、絶対に必要とされる。しかも、必要とされる期間が長く廃れない。

 まさに、ムム婆さんみたいな服だった。


「俺も、コンテストじゃなけりゃ、あぁいう服を作ってただろうな」

「ムムお婆さんの作る服は、とっても着心地がいいんですよ」


 実際服を作ってもらっていたジネットが嬉しそうに言って、出来立ての料理をテーブルに並べていく。


 ……会話に参加しながら料理も進めるとか、どんだけ器用なんだ、お前は。

 料理を並べ、ジネットが足早に厨房へ向かったタイミングで、エステラが体をひねって盛り上がる連中の方へ顔を向ける。


「ノーマ、優勝おめでとう。デリアも、三位入賞おめでとう」


 エステラからの賛辞に、ノーマが嬉しそうににかっと笑い、デリアがどーんと胸を張る。

 ひゃっほぅ。


「ミリィとイメルダ、それにロレッタとマグダも、チームでの優勝おめでとう」

「……カンパニュラとテレサも、我ら陽だまり亭チームとして貢献していた」

「そうだったね。カンパニュラ、テレサ、二人もおめでとう」

「ありがとうございます、エステラ姉様」

「ありまと!」


 パッチワークのジャケットとオーバーオールは、全員何かしらの作業を担当していた。

 入賞を逃した俺の服も、カンパニュラたちは手伝ってくれていたしな。


「そしてジネットちゃんとヤシロ」


 エステラが俺たちの方へと向き直り、にっこりと笑う。


「二人もおめでとう。友人として、ボクは非常に誇らしいよ」

「ありがとうございます、エステラさん」

「立案者は自分に有利になるようルールを設定できるからな。先に構想を練れるってハンデもあったし、まぁ、妥当だろう。次回はどうなるか分からん」

「貴様は、称賛を素直に受け止めることも出来んのか。とんだヒネクレイワシだな」


 どんなイワシだ。

 実在するなら連れてこい。見てみたいわ。


「まぁ、次回やる際は領主主催で勝手にやってくれ。俺はもう運営には携わらん」

「残念だな、カタクチイワシ。近々三十五区で開催される子供服コンテストの審査員長は貴様に内定している。精々身を粉にして働くのだぞ」


 聞いてねぇよ、そんな話。


「あぁ、心配はするな。閉会の挨拶は私が行うので、貴様は裏方仕事の大変な部分だけやっておけばそれでよい」

「高額な報酬でもなきゃやってられねぇな」

「心配には及ばん。子供たちの笑顔が、貴様には何よりの報酬であろう?」


 なんの利益にもならねぇよ、そんなもん。

 大人部門下着の部でもない限りは拒否しよう、そうしよう。


「とにかく、みんなお疲れ! 今日という素晴らしい日に乾杯!」

「「「かんぱーい!」」」


 エステラが強引にまとめて、祝勝会とお疲れ様会は仕切り直され、そこからまた盛大に盛り上がった。





 大会前の宣言通り、ルシアは今晩陽だまり亭に泊まっていくつもりらしい。

 聞けば、乗ってきた馬車はイロハたちに開放し、すでに三十五区へ戻っているのだとか。

 お前も一緒に帰ればよかったのに。

 イロハたちだけ帰らせやがって、可哀想に。


「イロハたちは、まだ気軽に外泊できるような経済状況ではないからな。しかし、子供服のレンタルを始めれば彼女らの懐も暖かくなり、ゆくゆくは観光や旅行といった娯楽を存分に楽しめるようになるであろう」

「イロハたちがいないことに文句言ってんじゃなくて、お前が残ってることに不平不満が溢れ出てきてんだよ、俺は」

「『精霊の審判』があるこの街では、口にしたことを反故にするわけにはいかぬのでな。貴様の誘導尋問にまんまと引っかかってしまった我が身の甘さを悔やんでおるところだ」


 してねぇよ、誘導尋問。

 なにを、俺がお前に泊まっていってほしくて策を弄したなんてファンタジーを生み出してるんだ。捏造すんな、歴史を。


「ギルベルタ。今日はもう仕事はよい。以降は楽にするのだ」

「承知した、私は。感謝する、優しい心遣いに、ルシア様の」

「私も大好きだぞ☆」

「おい、ルシア。『も』の使い方を間違ってるぞ」


 ギルベルタは一言も言ってねぇよ、お前が好きだなんてな。


「エステラ様。店長さんに許可を頂いてまいりましたので、本日はエステラ様もこちらにお世話になってください」

「そうだね。ルシアさんが泊まるなら、ボクも付き合うよ。何かあったら困るし」


 とか言いながら、お前も遊び足りないだけだろうが。

 きっと、イベントが楽しくてテンション上がったままになってんだろうな。

「今日、すっごく楽しかったからまだ帰りたくない!」って……遊園地に連れて行ってもらったガキか。


「ナタリア。君ももう上がっていいよ。今日の仕事はここまでだ。お疲れ様」

「ありがとうございます。では――やーい、ぺったんこー」

「仕事が終わったからって暴言を吐くな!」

「はっ!? す、すみませんっ、給仕一同、裏ではいつもこんな感じですので……っ!」

「さも本当っぽい雰囲気出しながらそーゆーこと言わないで! 明日帰ったら全体ミーティングだから、給仕全員を集めてね!」


 はわわと焦ってみせるナタリア。

 仕事が終わった途端、盛大にエステラに甘えてるなぁ、あいつ。


 つか、こっちでも仕事上がりとか言うんだなぁ。


「毎度のことながら、楽しい主従だな、そなたらは」

「だよなぁ、お前んとこは面白いの主の方だけだもんな」

「くだらぬことをほざいておらんで酒を注げ、カタクチイワシ。今日はハビエルがおらぬのだぞ」

「え、なに? お前、毎回ハビエルにお酌させてんの?」


 知らないかもしれないけど、あいつって、外周区の領主よりも発言権があるって言われてる三大ギルドのギルド長なんだぜ?

 すっかり仲良くなっちまったなぁ。


「みなさん、お仕事が終わられたのでしたら、冷たいビールはいかがですか?」


 普段は取り扱わないビールを手に、ジネットがルシアたちの前にやって来る。

 このあとのルシアの世話を考慮してか、エステラだけが辞退し、ルシアと給仕長二人はキンキンに冷えたビールを受け取り、一気に煽る。


「美味しい、このお酒は」


 ほふぅっと息を吐き、ギルベルタが木製ジョッキをテーブルに置く。

 叩きつけないあたりがお上品。


「ぷはー! ギルベルタの言うとおりだ!」


 一方の主は、「ったーん!」とジョッキを叩きつけている。

 品性どこに落としてきたんだ、ヘイ、YOU?


「るしるし~、飲んでるぅ~? きゃぴるん☆」

「秒で悪酔いしないで、ナタリア!?」

「いえ、素です」

「それはそれで問題あるから自重するように!」


 ジョッキ一杯を一気に飲み干したナタリア。

 エステラにかまってもらえて顔がにやにやと緩んでいる。

 ……酔ってるじゃねぇか。この甘え上戸。


「ツマミを出せ、からくちいぁし!」


 お前ももう酔ってんじゃねぇか。

 ろれつ回らなくなるの早ぇな。


「つまみ出せばいいんだな」

「こらぁ、わらしの襟首をつまむのれはない! おつまみ、おーつーまーみぃー!」

「えぇい、面倒くさい! ギルベルタ」

「……すやすや」

「寝てらっしゃる!?」


 疲れが溜まっていたのか、ジョッキ一杯を空けたギルベルタはテーブルに突っ伏して寝息を立てていた。

 年中無休でお利口さんなギルベルタが、唯一厄介になる瞬間、それが寝起きだ。

 ……もう、こうなったら誰にも手を付けられない。


「つ~ま~みぃ~!」

「……すやすや、すぴろろろ~」


 お前らも、十分おもしろ主従じゃねぇか。


「はぁ……しょうがない。ロレッタ」

「はいです!」


 ロレッタを手招きし、ルシアの前に差し出す。


「おつまみだ。好きなだけ摘むがいい」

「おぉ~、絶妙なぷにぷに感」

「ちょっと待ってです! どーゆー状況です、これ!? お兄ちゃん!? ルシアさん!?」


 ロレッタの頬袋をぷにぷにと摘みまくるルシア。

 他とは違うもちもちぷにぷに感に、ルシアは大変満足そうな表情を浮かべている。


「なんかこそばゆいです! ミリリっちょ、ちょっと代わってです!」

「ぁの……ごめん、みりぃには、ちょっと荷が重い……かも?」


 すすすっと、ミリィが凄惨な事件現場から遠ざかっていく。

 俺も距離とっとこ。とっとこ、とっとこ、っと。


「なんでお兄ちゃんまで距離取ってるですか!?」

「とっとこヤシ太郎だからな」

「誰ですか、とっとこヤシ太郎!? ちょっと可愛い気がしないでもないですけども、そのネーミング!?」


 ふむ。

 お祝いだからと、一部アルコールを提供しただけでこの騒動。

 やっぱり、陽だまり亭に酒は置けないな。


「陽だまり亭に酔っ払いは似合わんな」

「似合う似合わないの前に、君が面倒くさがっているだけなんじゃないのかい?」

「それもある」


 エステラの指摘には素直に頷いておく。

 こんな面倒くさい酔っぱらいを連日相手にするなんてとんでもない。

 俺の胃がストレスで網タイツみたいになっちまう。


「そうだ、エステラ。網タイツと言えば――」

「そんな話は一言もしてなかったよ」


 そうか?

 今、俺の心は網タイツで占められているのだが……


「ウクリネスが網タイツの量産に成功したそうだぞ」

「あぁ……なんでも、足がキレイに見えるんだってね。とんでもない技術を詰め込んで、相当苦労して完成に漕ぎ着けたって聞いたよ」

「完成品見たか?」

「……献上されたよ」

「そうか☆」

「そんな期待に満ちた顔でこっち見ても、見せないからね!?」

「網タイツにピッタリの衣装があるんだ。俺の故郷の正装の一つでな、バニーガールというアダルティでむふふな――」

「却下!」

「なぜだ!?」

「君が『むふふ』とか言うからだよ!」

「……俺、そんなこと言ったか?」

「まさかの無自覚で、盛大にドン引きしているよ、ボクは今……」


 この街で再現できるように、必死に知恵を絞って完成させた網タイツ。

 俺が一本一本手作業で作ることなら可能だったが、それがついに量産できるようになったのだ!


 夢が広がる!

 未来は明るい!

 俺たちの戦いは、まだこれからだ!


「あれは、ちょっとむっちりした女子に穿いてもらってこそその真価を発揮するものなんだ」

「むっちりって……」


 エステラの足は細いからなぁ。

 網タイツを穿くには若干細過ぎる。

 やはり、網目にちょっと食い込むほどでないと。


 とはいえ、太い必要はない。

 健康的で十分に成熟していれば、網タイツはその脚線美の魅力を十全に魅せてくれることだろう。


「ジネットやノーマにこそ相応しい」

「ノーマは、言えば穿いてくれそうだけど……ジネットちゃんは無理だと思うよ」

「エロいものじゃないだろうに!?」

「なんであんなに隙間を空けなきゃいけないのか、いまいち理解に苦しむよ」

「でも、足のシルエットが綺麗に見えるだろ?」

「う……むぅ…………まぁ、悪くはない、かな」


 そうなんだよ。

 綺麗なんだよ、網タイツ。

 引き締まって見えるし、足が長く見える。


「そして、ほのかにエロい☆」

「君の言う『ほのか』がどの程度なのか、見極めてから流通させるようにするよ」


 まぁいい。

 きっとこの街の連中なら、新しいファッションに飛びついてくれるさ。

 そのためには、効果的な広報と魅力的な広告塔モデルが必要だな。

 

「よし、ノーマ、ナタリア、イメルダ。今日は俺がみんなを歓待しよう。心ゆくまで楽しんでいってくれ☆」

「君の網タイツにかける本気度に、驚愕を禁じ得ないよ……そんなに見たい?」

「見たい!」

「…………」


 俺の熱量に押され、エステラは思わずと言った風に口を閉じる。

 そして、俺の目をじぃっと見つめてしばし黙り込む。


「……そんなに見たいなら、ちょっとだけ、……見せて、あげようか?」


 マジでか!?


「い、いや、ほら! 君は今日審査委員長を勤め上げてくれたし、それ以前にも、広報用のドレスとか、コンテストにも各部門に一つ以上の作品を出してくれたし……パッチワークの生地とか、この街にとってもいろいろと有益な情報をもたらしてくれたから、だから……その、お礼、的な?」

「頑張ってよかったぁー!」

「そんな全力で喜ばないでよ!」


 きゃんっと吠えたあと、「……恥ずかしいじゃないか」と、そっぽを向く。

 おぉ、なんだ?

 エステラが分かりやすくデレている。

 ここ数日、無心に頑張り続けた結果か?

「お天道様はいつもお前を見ているよ」と言っていた女将さんの言葉は本当だったのか!


「じゃあ、見たい!」

「う…………うん。じゃあ、今度、ね」


 おぉっ!?

 なんか、今ならどんなお願いも聞いてもらえそう!


「ついでにナデナデすりすりもしたい!」

「それは無理っ!」


 無理なのかよ!?

 ちょっとちゃんと見てた、お天道様!?

 俺、メッチャ頑張ってたんですけどぉー!?


「では、私も便乗させていただきましょう」


 と、酒でほのかに頬を染めたナタリアがエステラの隣に並び立つ。


「細いだけが取り柄のエステラ様に本当の脚線美とはどういうものなのかをお見せいたします!」

「ボクに対抗意識を燃やすな!」

「面白そうな話をしておるではないか?」


 と、こちらは完全に出来上がって顔を真っ赤に染めたルシア。

 ゆらりと立ち上がり、ナタリアの隣へ並び立…………今にも転けそうだな、おい。


「脚線美なら私も負けてはおらぬ。そこのエロクチイァシも、隙あらば私の脚を見てこようとしておるからな」


 ろれつの回らない口で、よく分からない自慢を勝ち誇ったようにのたまうルシア。

 そう思うなら普段からもっと足出せよ。毎度毎度裾の長いスカートばっかり穿きやがって。

 ミニスカ流行らせるぞ、情報紙で!


「……お、それいいんじゃね?」

「今目論んだくだらない企みは、この場で忘却するように」


 エステラに冷たい目で釘を刺された。

 横暴だわ!


「では明日、皆様でお披露目と参りましょう」

「ふふん、望むところだ」


 おそらく、何の話か理解していないであろうルシアが、ナタリアの言葉にまんまとのっかっていた。


 ……あいつ絶対、明日の朝悶絶するぞ。

 羞恥心に殺されるなよ。


 さっき自分で「『精霊の審判』があるこの街では、口にしたことを反故にするわけにはいかぬのでな」とか言ってたくせに……迂闊なヤツだ。


 でも、網タイツの脚線美は見たいので指摘してやんない☆


 明日が楽しみだな~っと♪





 さて、今夜は大変珍しい事が起こっている。


「はぁ……美味しいですわ。ただ、ワインがないのが残念ですわね」


 イメルダが酔っ払っている。

 顔、真っ赤だな。


「マズい……イメルダが酔い潰れたら、一体誰がノーマとルシアの面倒を見るのだ!?」

「ヤシロ、ガンバ!」

「おぉ、立候補してくれるか、ルシアやイメルダと同じ女性で、同じ貴族で、その二人とも大変仲の良いエステラ」

「……ボク一人の手には負えないよ」

「じゃあ、足蹴にでもしとけばいい」


 手に負えないなら足を使えばいいじゃない。


「エステラさん!」

「うわっ!?」


 酔っぱらいたちを見ないように、体の向きを変え始めたエステラの背後に、イメルダが立つ。


「な、なにさ、イメルダ?」

「ワタクシ……優勝しましたの」


 仁王立ちで、少々顎を上げて、ギンっと鋭い視線でエステラを見下ろしているイメルダ。

 気の強そうな貴族令嬢然とした佇まいだ。


「ですので、褒めてくださいまし」

「……は?」

「『褒め』が足りませんわ!」

「さっきおめでとうって言ってあげたじゃないか」

「それは祝福であって『褒め』ではありませんわ!」

「…………はぁ。すごいすごい」

「ぞんざい、ここに極まれりですわね!?」


 イメルダの目が「くわっ!」っと見開かれ、エステラの左腕を取り、持ち上げ、脇から腕と太ももの間に体を滑り込ませていく。


「ちょっ、ちょっと!? なにしてるのさ!?」

「『褒め』というのは、こうして膝に抱き、腕で包みこんで、こっちの手で…………手をお出しなさいまし!」

「えぇ……」


 床に膝をついて、エステラの太ももの上に胸を乗っけるイメルダ。

 まぁ、すっぽり収まるようなサイズではないからな。

 催促されて、右手を差し出すエステラ。


「こちらの手で、こう、頭を撫でるのですわ。こう、そう、こうですわ」


 エステラの手首を拘束し、自身の髪を強制的に撫でさせるイメルダ。


「さぁ、そこで褒め言葉ですわ!」

「えぇ……っと。イメルダのデザインは素敵だったよ」

「そんなことはどうでもいいのですわ!」

「どうでもいいの!?」

「『褒め』とは、すなわち、『いい子いい子』ですのよ!」

「それは、君の主観じゃないかなぁ……」

「むぅぅ~……っ! ワタクシ、今日はいい子でしたのにぃぃ~……っ!」


 イメルダが拗ねた!?

 ほっぺたぱんぱんだな、おい!?

 体をよじって、エステラの腹に頭ぐりぐりし始めたぞ!?


「あぁ、はいはい、分かったから! イメルダはいい子だったよ。いい子いい子」

「えへへ~……」


 エステラに頭を撫でられると、嬉しそうに寄りかかり身を預けるイメルダ。


 新発見。

 イメルダは、甘え上戸。


「エステラさんは、いいお母さんになりそうですね」

「ここまであからさまに催促してくる子供なら、誰がやったって同じ結果になるよ……」


 ジネットの感想に、エステラの表情が乾燥していく。

 カッサカサだぞ、今のお前の笑顔。乾いた笑みが乾き過ぎだろ、おい。


「見てください、イメルダさんのこの安心仕切った表情」


 ジネットがイメルダの顔を覗き込んでくすっと笑う。

 ……え、なに? イメルダ寝たの? あまりに無反応……あぁ、『撫で』に集中してんのね。好きにしろよ、もう。


「きっと、エステラさんの膝の上がとても安心できるのでしょうね」

「えぇ……迷惑ぅ……」

「今日はイメルダさんにとって、とてもおめでたい日ですから、もう少しだけ……ね?」

「ん~……ジネットちゃんに言われちゃうと、断りきれないなぁ……」


 肩をすくめて、「やれやれ」と息を吐くエステラ。

 けど、その後は自然にイメルダの髪を撫でてやっていた。


「あぁして、もっとたくさん母親に甘えたかったんだろうな」

「そうなんでしょうね。今後は、イメルダさんのことをもっと甘やかしてあげましょうね」

「それはハビエルの仕事だろ……」


 あとは仲良しのお友達同士でやってくれ。

 俺は遠慮しとく。


「あぁーっ! なにを羨ましいことをしておるのら、イメルダしぇんしぇい! エステラ、私も抱っこだ!」

「無理ですよ!?」

「えすてら~、あたしも、らっこ、さねぇ~」

「ノーマは飲み過ぎだよ!? マグダ、ノーマにお水!」

「……分かった。井戸に叩き落としてくる」

「違う! コップ一杯持ってきてあげるだけでいいから!」


 酔っ払いがエステラに集まり始めた。

 よし、避難しよう。


「じゃ、エステラ。あとよろしくな☆」

「逃げるなんて卑怯だよ、ヤシロ!」


 淑女のあられもない姿は、見て見ぬふりするのが紳士ってもんだからな。


「こんな時ばっかり紳士ぶるなぁー!」


 目に涙を溜めてこちらを睨むエステラ。

 腰にはイメルダが巻き付き、左右からルシアとノーマに挟まれている。

 あぁっ、エステラの顔がノーマのおっぱいに埋まってる!?


「いいなぁ!」

「じゃあ代わってよ!」


 それはどうかなぁ。

 だってほら、ノーマがエステラのつむじをくりくり指でこねくりまわし始めてるしさぁ。

「ウェディングドレスは作れるのにさぁ……どーしてアタシはさぁ……」とか、面倒くさそうな独り言が口からこぼれ落ちちゃってるしさぁ。

 ルシアに至ってはぺたぺた触って、自分のと比べて「よし!」とか言ってるしさぁ。あれもう完全にセクハラだろう。


「ちなみにさ……酔っ払いを介抱している時のイメルダって、いっつもあんな感じになってるのか?」

「えっと……そうですね。お部屋に入って男性の目がなくなると、結構みなさんイメルダさんにくっついて、あんな感じになってますね」


 そりゃ不満もたまるわなぁ……

 今回は酔いつぶれて甘える側になってるけども。


「……ボクも酔ってやればよかった」


 酔っぱらいどもに絡まれて、エステラがほっぺたをふくらませる。

 お前まで酔っ払ったら、誰が介抱するんだよ。


 しょうがない。

 エステラが元気になるように……ちょっとした報復を耳に流し込んでおいてやるか。


「エステラ……明日の網タイツお披露目会だけどな……この傍迷惑な連中に際どいミニスカートでも履かせてやったらどうだ? 新商品の宣伝にもなるぞ」


 ちょっとした秘策を聞かせてやると、エステラの瞳がギラついた。

 うわ~、悪い顔。


「そうだね……ボクにこれだけの迷惑をかけているんだ……みんなには、それくらいの措置があって然るべきだろう……よし、ヤシロ。大至急ウクリネスに連絡しておいて」

「任せとけ☆」


 やっぱりさ、せっかく網タイツを見せてくれるならさ、ミニスカートでばばーんっと脚線美を見せつけてほしいよね☆


 網タイツが定着したら、その次はバニーガールだな♪

 そんなお店がいつか四十二区に出来るかもしれない……ヤシロ、た・の・し・み♪


「じゃ、ちょっとウクリネスのところに行ってくる」


 エステラのGOサインが出ているので、ジネットも強くは止めなかった。

 精々、「程々にしてあげてくださいね」という弱めの忠告くらいだった。

 大丈夫だ。

 エステラの許可のもと、ウクリネスが見繕うんだから、俺に責任はない!


 頑張れウクリネス!

 マジ頑張れ!


 と、陽だまり亭を出ようとしたら、ミリィが真っ赤な顔をして「ぽ~」っと天井を見上げていた。


「おい、誰だ、小さい子に酒を飲ませたのは!?」

「みりぃ、小っちゃくないもん!」


 ぽ~っとしていたミリィがガバっと立ち上がる。

 こらこら、酔ってる時は急に動くな。酔いが回って気持ち悪くなるぞ。


「あのね、てんとうむしさん! みりぃはね、もう大人なの! お酒の楽しみ方だって、知ってるもん!」


 腰に手を当てて、むぅむぅと俺に説教するミリィ。

 伸ばした人差し指をブンブン上下に振って怒る様は、なんかカンパニュラみたいで可愛いぞ。


「分かった分かった。ミリィはもうお姉ちゃんだもんな」

「それ、子供扱いしてるぅ!」


 むぅむぅと怒るミリィ。

 なにこれ、一生癒やされていられる。


「分かりました……では、みりぃが大人だというところを見せてあげまふ……」


 大人ぶって敬語になってるところも然ることながら、「あげまふ」が衝撃的に可愛いんだが……何をする気だ?

 まさか、ナタリアのマネでもして大人っぽい吐息とか?


「早口言葉を言いまふ」

「……早口言葉?」

「ぅん。大人は、早口言葉が得意でふ」


 果たしてそうだろうか?

 まぁ、俺は得意だけれども。


「えっと…………ぇっと、ね……ぁの…………」


 早口言葉が思い浮かばないらしい。

 あ~ぁ、両手で頭抱えちゃった。

 ……潤んだ目でこっち見てきたよ。え、ギブアップ?


「それじゃあミリィ、お題を出していいか?」

「受けて立ちまふ!」

「じゃあ――」


 一時期、日本でも流行った早口言葉を。


「『取り外し式、付け乳首。取り外し式、付け乳首。取り外し式、付け乳首』――はい」

「とりはるししきつけち――」

「ストップですミリリっちょ! それ以上は口にしちゃダメですよ!」


 うむ、ミリィは完全に酔っ払っているようだ。

 ロレッタがミリィを介抱し始める。

 ロレッタ、しっかり頼むぞ。


「もぅ、からかわないであげてくださいね」


 ジネットに叱られる。


「珍しいな、ミリィが酔うなんて」

「そうですね、……きっと、嬉しかったんでしょうね。みんなで作ったお洋服で優勝できて」


 そうかもな。

 なんとなく、ミリィは一人で優勝するよりも、みんなで優勝した方が喜びそうな気がする。


「ウクリネスのところに行くついでに、生花ギルドに寄ってくる」


 ミリィは今晩陽だまり亭に泊めよう。

 事情を話して、明日の朝の仕事を代わってもらえるよう話しておく。

 必要があれば、俺が穴埋めに行けばいいさ。


「では、デリアさんのお家にも寄っていただけませんか?」


 ジネットの視線の先を見ると――


「すやぁ……」


 デリアがテーブルに突っ伏して眠っていた。

 ギルベルタと並んで。

 同じような顔をして。

 知らん間に飲んでいたらしい。


「デリアも嬉しかったんだな」

「はい。ずっとにこにこされていましたよ」


 まぁ、上機嫌のまま寝かせてやればいいさ。


「じゃあ、カンパニュラとテレサもついでに送っていこう」


 今日は酔っ払いが大勢泊まる。

 お子様は安全なお家へ避難した方がいい。

 それに、こいつらの親も、よく頑張った娘をたくさん褒めてやりたいだろうからな。


「あの、ヤーくん。まだ少し時間が早いように思いますが」

「大丈夫だ。なぁ、ジネット?」

「はい。イベントの日は、みなさん飲みに行かれることが多いですから、今日は少し早く店じまいしてしまいましょう」

「早めに帰って、ルピナスに精々褒められてこい」

「はい。では、帰り支度をしてまいりますね」


 少し早いが、もう通常営業は終わりでいいだろう。

 他所の区の領主様が、他人には見せられないレベルで痴態を晒しておられるし。


「テレサも準備してこい。ちょっと散歩して帰るぞ」

「ぁい! ……あ、はい!」


 まだ少し時間に余裕があるだろうから、カンパニュラとテレサを連れてウクリネスの店まで行ってしまおう。

 それから、金物ギルドに行ってノーマを預かることを伝えて、生花ギルドに寄ってギルド長にミリィのことを話して、カンパニュラを送り届けて、ヤップロックの家にテレサを届ける。

 ま、こんな感じだな。


「では、ご足労をおかけしますが、よろしくお願いしますね」

「ジネットが気にすることじゃないだろう」


 庭先まで見送りに来てくれたジネット。

 その後ろからは、賑やかな声が外まで漏れ聞こえている。


「賑やかなもんだ」

「はい。とっても楽しいですね」


 感性がちょっと違うんだよなぁ、俺と。

 ジネットはきっと、『煩わしい』って言葉を知らないのだろう。


「じゃあ、行ってくる」

「行ってらっしゃい」

「おやすみなさいませ、ジネット姉様」

「おやしゅ……おやすみ、なさい、てんちょーしゃ……ん」

「ふふ……。はい、おやすみなさい」


 ベルティーナに指摘でもされたのか、言葉遣いを必死に直そうとしているテレサ。

 その様子がすごく可愛いらしく、ジネットがにっこにこだ。


 小さなお子様二人を連れ、陽だまり亭を出発する。

 いつまで見送ってくれるつもりなのか、数歩進んで振り返ってもまだ、ジネットは庭先に立ってこちらを見守っていた。


「帰ったら、コーヒーを頼む」

「はい。準備して待ってますね」


 頼み事をすると、ジネットは一層笑みを深めて手を振ってくれた。


 それから俺は、お子様二人と今日のコンテストの話で盛り上がりつつ、お遣いをすべてこなしたのだった。






 朝、目が覚めると。


「おはようございます!」


 にっこにこ顔のウクリネスが大荷物を抱えて店先に立っていた。


「それでは、失礼いたしますね」


 歌うように言って、ジネットの許可を得てから二階へと上がっていく。

 二階には、昨夜飲んではしゃいで大騒ぎした女子たちがまだ大量に眠っている。


「ジネットも試してみるか、網タイツ?」

「え…………いえ、あの……わたしは、今回は……」


 満面の笑みで問いかけてみれば、硬い苦笑でやんわり拒絶された。

 絶対似合うのになぁ、ジネットなら。

 出会った頃の痩せ過ぎ体型から、今は程よく肉付き理想的な体型になっている。

 甘いものと美味いものが増えて、一時期まん丸くなっていた顔も、今ではうまくコントロールされてスッキリしている。

 まさに、痩せ過ぎず太り過ぎず、とても魅力的なプロポーションなのだ。

 しかも、体重の増減に影響されず不動のIカップ!


 えらい!

 ジネット、すごくえらい!


「じゃ、次の機会にな☆」

「……もぅ」


 何か言いたそうな表情ではあったが、懺悔は言い渡されなかった。

 今回はエステラの意趣返しだからな。責任の大半はエステラにある。

 俺はただ、「こういう方法もある」という提案をしただけだ。


「おはようございますです!」


 いつもより早めに、ロレッタが陽だまり亭へやって来る。


「昨日、あのあと大丈夫だったですか? ベッドがないからって、あたし帰っちゃったですけど」


 過去陽だまり亭にはもっと大人数が宿泊したこともあるわけだが、昨日は酔っ払いが大半だったので、ベッドで大人しく眠るなんてことが出来ないと判断し、帰れる者は帰したのだ。


 ルシアとイメルダを客間のベッドに放り込んで、デリアとミリィは俺のベッドへ。

 ノーマはマグダに抱きついて離れなかったのでそのままマグダのベッドで寝かせて、ギルベルタとエステラとナタリアはジネットのベッドで眠ったそうだ。


 運んでくれたのは、比較的酔っていなかったナタリアと、ノーマにしがみつかれたままのマグダ。

 ノーマをおぶったままでも人を運べるマグダがマジすごいと思いました。


 あと、少しでも睡眠を妨害すると魔神と化すギルベルタは、ジネットが抱っこして運んでいた。

 なぜか、ジネットの時だけ魔人化しないギルベルタ。

 ……これが精霊神の加護か。


 俺?

 当然のようにフロアで寝たよ。

 一人でな!

 さすがのウーマロも疲れてたのか、マグダを見ながら夕飯を食ったあと割とすぐ帰っていったんだよ。

 今日も寮の建設やるんだろうし。


 で、難を逃れたロレッタ。


「ロレッタ、悪いんだが至急二階に行ってきてくれないか。俺入れねぇから」

「お遣いですね! まっかせてです!」

「何をすればいいかは、行けば分かるから」

「では、とりあえず行ってくるです!」


 とたたっと駆けていくロレッタ。


「はい、網タイツ一名様追加っと」

「もぅ、ヤシロさん……」


 ジネットは困り顔ながらも叱りはしない。

 網タイツは、セクシーではあるが新しいファッションでありエロいものではないと理解しているのだ。

 少し、セクシーなだけで。


 ――と、そこへ。


「おはようッス、ヤシロさん。あ、店長さんも」

「店長氏、ご相談頂いていた英雄型トルソーに関してでござるが――あ、ヤシロ氏もいたでござるか。ではこの件は後ほど」


 ウーマロとベッコが揃ってやって来た。

 とりあえず、ウーマロは中に入れて、ベッコは地に沈めておいた。


「……ジネット?」

「いえ、あの、わたしも自作の服を飾れるトルソーがあれば嬉しいなと……ごめんなさい」


 こいつは、なぜそこに関してだけ往生際が悪いのか……


「ヤシロ氏のおっぱいへの執着と近しいものを感じるでござる」

「そ、……そこまで強力ではありません……」


 おいこらジネット。

 随分な言いようじゃねぇか。

 で、ベッコは地底に沈めておく。


「ちょっとめり込んだでござるよ!?」


 めり込んどけ、お前は。


「朝からうるせぇな、お前らは」

「お? スケベのウッセじゃねぇか。どうした、朝からスケベそうな顔をして」

「スケベじゃねぇ!」

「「「『精霊の……』」」」

「やめろ三馬鹿!」


 俺、ウーマロ、ベッコの手を順番にはたき落としてウッセがおのれの虚言を隠蔽する。

 極悪人め。


「俺は今日、街門の外へ行くから、弁当を頼みに来たんだよ。オープンと同時にもらえないかって相談によ」

「大丈夫ですよ。なんなら、今から作ってきましょうか?」

「いいのか? まだ随分早い時間だが……」

「仕込みのついでですから」


 言って、ジネットは厨房へ向かう。


「特別料金」

「払うよ、ウッセぇな」


 ウッセにウッセぇとか言われたわ。ダジャレか? ぷぷぷっ。



 そして十数分。

 ジネットが弁当を作り終えて戻ってきた頃、最初のモデルが降りてきた。


「……おはやぅ」


 最初に降りてきたのはマグダだった。

 ウクリネスに整えられたのか、洗顔も整髪もばっちり。

 なんなら薄っすらとメイクまでしている。


 ただ、ノーマに抱きつかれたまま眠ったせいでまだ若干眠そうだ。

「おはよう」が旧仮名遣いになってたな、さっき。


 ちなみに言っておこう。

 今日は、マグダもミニスカ網タイツである――と。


「むはぁああ! 日が昇る前からうっすらメイクで完全武装のマグダたん! あまりの輝きに太陽の女神が降臨したのかと思うほどだったッス! 今日のマグダたんは、マジ女神ッスー!」

「朝っぱらからなんちゅー格好をしてんだ、マグダ。ガキが脚なんか出しやがってよぉ」

「いやいやウッセ氏。ただ脚を出しているだけでなく、あの網状のタイツがあることで少女が背伸びするような初々しい魅力が溢れているでござる。マグダ氏、ウーマロ氏ではござらぬが、今日のマグダ氏は一層魅力的でござるよ」

「そぉかぁ?」


 あくまで否定的なウッセ。

 ベッコまでもが褒めてるのに、この筋肉ときたら……


「お前は巨乳以外認めない派か?」

「それはテメェだろうが!」


 バカモノ!

 俺は脚線美にも理解があり精通しとるわ!

 だからこそ、苦心の末に網タイツの開発に成功したんだろうが!

 四十二区にある材料と技術だけで再現するのが、どれだけ大変だったか!


「……乳も筋肉も膨らめばいいと思っているウッセはともかく、他の三人の熱い視線は受け取った。堪能することを許可する」


 こら、マグダ。

 俺まで含むんじゃねぇよ、ウーマロ病患者チームに。


 今日のマグダは太ももの中ほどまでが露出する、結構攻めたミニスカートを穿いている。

 網タイツも装着済みなのだが……まぁいかんせん、マグダはまだ子供だ。

 むちっと弾ける色香には程遠い。

 網目も閉じ気味で、少し透けてる黒タイツみたいになってるしな。


「マグダさん、とっても可愛いですよ」


 ジネットには好印象のようだ。

 確かに『可愛い』だな、これは。


 マグダは、俺がエステラに着せた『なんちゃって小学生風の赤いジャンパースカート』っぽいワンピースを着ている。

 なんでも、ウクリネスが俺の作った赤いジャンパースカートにインスパイアされて作ったのだとかなんだとか。

 なんでも吸収するな、あいつは。


 ただ、エステラのはなんちゃって小学生風だったけれど、マグダがそれに似た服を着ているとまんま小学生……あぁ、そうか、来年十五歳で成人だったっけな。

 ごめんごめん、忘れてたんだ。だからそんなほっぺたをぱんぱんに膨らませてこっちを睨むな。

 俺、言葉発してないからね?


「あ、エステラさん」


 続いて降りてきたのは、白いシャツに紺のホットパンツを穿いたエステラ。

 ミニスカートではないが、太ももががっつりとお目見えしている。

 すらっと長い足を覆う網タイツも、スポーティーな格好の影響で爽やかに見えるな。


「……ボクはミニスカート以外でってお願いしたんだけどね」

「俺は昨日ちゃんと伝言したし、何より望みが叶ってるじゃないか」

「ミニスカートよりも脚の露出が上がってるんだよ!」


 ウクリネスを味方に引き込んだつもりだったようだが、残念、ウクリネスはおのれの欲望の味方なのだ。

 お前の脚線美を隠すような衣装を用意するわけがない。


「ま、……まぁ、約束だったしね……見せるって」


 そうそう。

 もともと、エステラが俺に網タイツを見せてくれるっていうことで始まってるんだよな、今日の網タイツフェアは。

 では、お言葉に甘えて堪能させてもらおうか。


「ふむ…………」

「…………」

「…………」

「…………な、何か言ってよ」

「網目を指でぷしってしたい」

「却下!」


 えぇ~……

 網タイツ最大の楽しみ方なのに……


「それで、……ど、どう、かな?」

「控えめに言って最高だ」

「ぅぐ……な、なんか、言い方がいやらしいよ」

「すげぇ綺麗だぞ」

「………………そぅ」


 一瞬で顔中に赤が広がり、開きかけた口をぐっと噛み締めて、たっぷりの間を取ったあと、エステラは呟くように言って、そっぽを向いた。

 ……あ、小さくガッツポーズした。


 でも冗談抜きで、エステラの脚は綺麗だ。

 人によっては細過ぎると思うかもしれないが、エステラの全体像から見ても非常にバランスの取れたスタイルだろう。

 女子が羨ましがる脚だな、こいつのは。


「ぉおおおおっ!?」


 照れが限界値を超えたのか、ジネットにしがみついて体をむにむに揺らし始めたエステラを観察していると、後ろでウッセが吠えた。


 振り返ってみれば、お揃いの格好をしたノーマ、イメルダ、ナタリア、デリアが並んで立っていた。


 少しタイトな純白のワンピース。

 硬めの素材で作られているせいか、腰回りやスカートに生まれるシワが大きい。

 胸のラインをくっきりと浮かび上がらせるようなことはないが、その分ぴっちりとした裾が太ももに食い込んでその柔らかさをこれでもかと視覚に訴えかけてくる。

 ちょっと大きく足を開けばスカートが「ずりん!」と持ち上がってしまいそうな危うさが俺たちの視線を釘付けにする。


 この服、あれだ。

 ナース服だ。

 形状はちょっと異なるが、ナース服とほぼ一緒だ!

 ミニスカナース!


 ナースなのに黒の網タイツ!?


 何その病院!?

 長期入院したい!


「なんでアタシらがこんな格好させられなきゃいけないんさね……」

「昨日の行いのせいだな」


 俺の指摘に、ノーマとイメルダはさっと視線を逸らした。

 自覚は、あるようだ。


「あたいは?」

「デリアは……まぁ、ついでだ」

「ついでかぁ」


 ナタリアはエステラにお供するって進んで網タイツ穿いてそうだし、デリアも別に嫌がってはいないようだ。


 だが、フェロモンを撒き散らすこちらの美女二人は引きつった顔をしている。


「ワタクシはいつも苦労をかけられる方ですのに……一度くらいは免除されて然るべきですわ」

「アタシだって、そんなに迷惑はかけてないさね」

「「「いや、それはない」」」

「なんか、方々から否定されたさね!?」


 お前は、一位二位を争う酷さだぞ、ノーマ。


「しかし……こ、こりゃあ…………ごくり」

「う、うぅむ。マグダ氏、エステラ氏を見ただけでは、ここまでのものとは想像がつかなかったでござる……」

「オ、オイラ、ちょっともう、そっちは向けないッス……」


 男性陣、陥落。


 いやぁ、すごいんだって。

 ノーマやイメルダの網タイツ。

 純白の衣装なのに、もう、なんか、エロい!

 色気の放出量が過去最大級かもしれん。

 ナイアガラの滝が発するマイナスイオンの量を軽く超えている。

 さらに、その後方には照れることなく、惜しげもなく、もったいぶることもなく見事な太ももin網タイツを見せつけているデリアとナタリアがいるのだ。


 もう、この画角、最高of最高。


「あ、ごめん、ノーマ。小銭落としたから拾ってくれる?」


 うっかりと取り落としてしまった1Rb硬貨が、ノーマの足元に転がっていく。


「ったく、しょうがないさね……このスカート、めくれそうでしゃがみにくいってのにさぁ……」


 文句を言いながらも、親切にコインを拾ってくれようとするノーマ。


 ヒザを揃え、右足を半歩後ろに下げて、ヒザを左斜め下に下げるようにして腰を落としていく――タイトスカート特有のしゃがみ方をするノーマ。

 その結果、腰を捻ってくびれを強調し、太ももが前面に「ばばーん!」と見せつけられるなんともセクシーなポーズが誕生する。


 このポーズが、一番網タイツを美しく魅せると思います!


「ほら、もう落とすんじゃないさよ」

「「「ありがとうございます!」」」

「な、なんで、ウッセとベッコまで礼を言ってんさね……」

「バカだからだよ……まったく、四十二区ウチの男たちときたら……」


 エステラが呆れたようにため息を漏らす。

 呆れたくば呆れるがいい!

 男の魂百まで!

 メンズは、いつまでも思春期の心をなくさないものなのだ!


「男性陣の反応を見る限り、この網タイツというものの破壊力は凄まじいようですね。うまく活用できれば、新たな交渉材料になり得ます」

「ボクに何をさせようっていう気なのさ、ナタリア……」

「ご心配なく。ただ細いだけで色気の足りないエステラ様に網タイツを履かせてどうこうしようなどとは考えておりません」

「色気がなくて悪かったね!?」

「エステラ様……、網タイツの真髄は、この網目に食い込む太ももの肉です!」

「今日初めて穿いた人間が真髄を語らないでくれるかい!?」


 しかしながら、ナタリアは真理に近付いているぞ!

 あの網目のお肉、ぷしぷししたい!


「これが活用できる女性や、活用させたい女性に心当たりのある男性に、とても効果を発揮するでしょう」

「あぁ……なるほどね」


 納得しつつ、どこか嫌そうな顔のエステラ。


「……男がバカなのは、四十二区ウチだけじゃなかったようだね」


 あなたの心に、ダイレクト☆コネクト!


 ノーマのしゃがみ太ももは、凄まじい破壊力だったからな。

 あの破壊力に耐えられるの、ウーマロとハム摩呂くらいなもんだろう。


「で、活用できそうな立ち位置にいるルシアはどうした?」

「少々ごねられまして……」


 はぁ、とナタリアがため息を漏らす。


「ミニスカートが恥ずかしいのだとか」

「じゃあスカート穿かなくてもいいぞ☆」

「あれ、どうしたのヤシロ? 今日は一段とバカが悪化しているみたいだけど?」


 素のトーンで毒を吐くエステラ。

 俺が男性的マジョリティにいることが分かって、反撃しにくいのだろう。

 俺が特殊なのではない!

 男という生き物自体が夢追い人なのだ!


「それで、ミニスカートの周りに飾りをつけるということで妥協しました」

「領主が妥協とか、あり得なくなぁ~い!?」

「領主だって妥協はするし、主犯格をしょっぴく権限も持っているんだよ」


 エステラの手が首元に置かれる。

 ナイフを持っていないのに、頸動脈を切り裂かれそうな寒気に襲われる。

 ちょっとはしゃいだだけなのに……


「というわけで、ご登場いただきましょう――アイドルプリンセス・ルシア様withアイドル妖精ツインズです!」


 ナタリアの呼び込みに応えるように、ギルベルタとミリィを従えたルシアがフロアに姿を表す。


 その衣装はまさにアイドルプリンセス。


 前から見るとミニスカートだが、腰から背面にかけてひらひらとフリルが幾重にも折り重なり広がっているハイロースカート。

 背面はドレスのようにボリューミーなスカートなのに、前面はミニスカ。

 キレイな脚線美を余すことなく堪能できる、可愛セクシーな仕上がりだ。


 スカートに合わせるように、上半身もフリルがふんだんに使われていて、キラキラと華やかでまさにアイドルのようだ。


 もちろん網タイツ。

 そしてハイヒール!

 やはり、網タイツにはハイヒールがよく似合う!


「なぜ私がこのような格好を……!?」

「昨晩ボクに多大な迷惑をかけたからです」

「うぬぅ、エステラめぇ……っ!」


 うっすら頬を染めエステラを睨むルシア。

 その鋭い視線がこちらを向き「見るな、カタクチイワシっ!」と牙を剥く。

 見るっつーの。


「そんな色っぽい太ももさらして、見るなっつー方が無理だつーの」

「色っぽ!? ……ぅぐぅ、その軽い口を閉じろ、カタクチイワシ!」


 先程よりも頬を赤く染め、ルシアが足を隠すようにうずくまる。

 ミニスカに全然慣れていないせいかしゃがみ方が甘く、パンツが見えそう――あ~らら、ギルベルタとミリィにガードされちった☆



 ルシアを背にかばうように前に進み出てきたギルベルタとミリィも、ルシアと同じくフリル満載のハイロースカートでアイドルチックな衣装だった。

 もちろん網タイツ。

 でもまぁ、この二人はマグダ寄りかなぁ。


「二人とも、可愛いぞ」

「ぁ……の…………ぇっと、……ぁりがと、ね?」

「嬉しい思う、私は、友達のヤシロにはぁはぁしてもらえて」


 してないぞー、ギルベルタ。

 よく見て。

 そして捏造はするな。


 普段大人ぶりたがっているミリィだが、やっぱり網タイツのようなセクシーな衣装はまだ恥ずかしいらしい。

 腰回りのフリルを掴んで脚を隠そうとしている。


「大人なミリィなら、もっとセクシーなポーズもとれるはず!」

「昨日のことはもう忘れてぇ~!」


 どうやら、ミリィは酔っても記憶が残っているタイプのようだ。

 昨日のおのれの言動を踏まえ、現在の状況が羞恥心を倍増させているようだ。


 わぁ、なにこれ。一瞬で疲労が吹き飛んでった♪


 そんな感じで、網タイツを穿いた一同がフロアに集まると、なんとも華やかで賑やかになった。


 誰か出てくる度に騒いでいたウッセとベッコは、ルシアの登場で床に倒れ込んでいた。

 貴族女性のミニスカ網タイツ姿は破壊力が半端なかったようだ。

 ルシアの脚は一級品だからな。


 え、ウーマロ?

 ウーマロはず~っと背中向けてるよ。


「なんだかんだ、楽しそうだよな、あいつら」

「そうですね。……少し、恥ずかしそうでもありますけれど」


 照れつつも、新しいファッションを身に着けて、お互いに感想を言い合っている女子連中。

 やっぱりノーマとルシアが絶賛されている。

 イメルダとナタリアがこっそり対抗意識燃やしてるぞ。

 ……あざといんだよなぁ、この二人は。


 マグダ、ミリィ、ギルベルタが集まって、きゃっきゃと網タイツを突っつき合っている。

 ……いや、マグダとギルベルタがミリィの網タイツを突っつき回している、が正解か。


「…………」


 盛り上がる一同を、少し羨ましそうな顔で見つめるジネット。


「お前も穿いてくるか?」

「へっ!?」


 みんなで盛り上がっている中、一人だけ蚊帳の外ってのは寂しいもんだろう。


「まだ上にウクリネスがいるし、それに、ロレッタのお披露目もまだだからな」

「あ………………そう、……ですね」


 網タイツのセクシーさに、若干の照れがあるようだが、みんなとお揃いになりたい、同じことをしたいという気持ちが勝っているようだ。

 ジネットが、決心したような力強い瞳で、うつむけていた顔をゆっくりと持ち上げる。


「あのっ、わたしも――」


 その時、今日一番の騒がしさで、ロレッタがフロアへと飛び込んできた。


「ちょっと、誰かウクリネスさんを止めてです! これはどう考えても人前に出ていける衣装じゃないですよ!?」


 飛び込んできたロレッタが身にまとっていたのは、光沢のある真っ赤なバニースーツ。

 網タイツを、最も魅力的に魅せる衣装のウチの一つ。


 そして、俺が是が非でも四十二区へ導入したいと願ってやまなかった衣装の一つだ。


「ばにーがぁーーる!」

「ほにゃぁあ!? お兄ちゃんの食いつきが思いの外良過ぎたです!?」


 え?

 え!?

 なんで!?


 なんで知ってるの、ウクリネス!?

 俺、お前に話したっけ?


 あぁ~、話したかもなぁ、網タイツを作ろうって話を持ちかけた時に。

 あぁ、うん、話してるわ、俺。


 で、それを見事に完成させちゃったわけ?

 お前、天才か、ウクリネス!?


 完璧なバニーガールじゃねぇか!


「あたし、何も聞かされずに二階に行ったら、他の誰よりもセクシーな格好させられたですよ!? 心の準備もままならぬうちにっ!」

「ロレッタ、えらい!」

「めっちゃ手放しに褒められたです!?」


 いや~、これを着せちゃうウクリネスも、これを着れちゃうロレッタもえらい!

 今日から暫くの間、俺はロレッタに優しくしようと思う!


「ロレッタ、アイス食べるか?」

「お兄ちゃんが分かりやすく優しいです!?」

「拙者、ロレッタ氏を見くびっていたようでござる。このお姿は崇拝に値するでござる!」

「怖っ!? ござるさんの勢いと発言内容が物凄く怖いですよ!?」

「普通っ子……いや、ロレッタ、か。何か困ったことがあれば俺に言え。必ず助けになってやる」

「ウッセさんが今まで見たことないくらいに優しいキリッとした顔してこっち見てるです!? 真面目な顔過ぎてちょっと笑いそうです!」

「……ふぅ……ッス」

「ウーマロさんが背中を向けたまま気絶しちゃったです!? 全部バニースーツのせいですか!? ちょっと怖いですよ、この衣装!?」


 男たちの熱狂に、ロレッタが女子の輪へと飛び込み避難する。

 ノーマとエステラの背に隠れて背を丸める。

 ウサ耳がぴこぴことエステラの背後で揺れていた。


「ここまで驚異的な破壊力だとは……」

「この四人は、どっちかって言うと比較的アレだとはいえ……凄まじい威力さね」

「ロレッタさんでこの破壊力なのでしたら、着る者が着れば、大袈裟ではなく街一つを牛耳れるかもしれませんわね……」


 エステラ、ノーマ、イメルダがその脅威に恐れおののいている。



 バニーガールは、世界を統べる。



 うむ、あながち外れではない。


「いや~、いい仕事をしました」


 フロアへと、やりきった感満載の笑顔でウクリネスがやって来る。

 我々男子一同は惜しみないスタンディングオベーションで出迎えた。

 やんや、やんや。


「どうですか? ジネットちゃんも少し試してみませんか?」


 先ほど、試してみる方へと心が傾いていたジネット。

 期待を込めて視線を向けると――



「む、無理ですっ!」



 それはもう、一目で無理だと分かるほどに顔が真っ赤っかだった。


 ……あぁ、さすがにバニーガールを見た後では、尻込みしてしまうかぁ。

 バニー以外の、もっと軽めの衣装で挑戦してみないかと声をかけてみたが、ジネットの首が縦に動くことはなかった。


 ……残念、いや、無念なり。



 まぁ、今日のところはしょうがない。

 だが……まだレジーナとかパウラとかネフェリーがいるからなぁ。

 バルバラなんか、ちょっとノせれば簡単に着るだろう。あいつ、単純だし。


「みんなと一緒に」の魔法は、まだ使う余地がある。


 必ず拝んでみせるぞ、ジネットの網タイツ!



 新たな目標が生まれ、俺は未来へ向けて足を踏み出す。



 きっと未来の四十二区は、今よりももっと楽しい街になっているだろうと、そんな確信を胸に抱いて。







あとがき




カラダが夏になっちゃう、宮地です☆


夏になる度にこの台詞を口にし続けて二十六年……えっ!?

あの歌、もう二十六年前なの!?



……四半世紀じゃん

(;゜Д゜)怖っ



2024年のちょうど四半世紀前というと

1999年


ノストラダムスの大予言と

世紀末アタタタ救世主の世界観で盛り上がってた年ですね


世紀末アタタタ救世主の世界って

19XX年だったので(^^)



そして、「世紀末だねぇ〜」って騒いで

アーティストたちもこぞって世紀末をテーマにした歌を出して

バラエティやTVショウでも世紀末特集とか組んじゃって

来る2000年を待ち構えて


「え、新世紀って2001年からなの? じゃあ、本当の世紀末は来年!?」


って、途中で皆が気付いた年でしたね☆



あの頃の私は、夢に向かって一直線でしたっけねぇ〜


……おっと、大人しか入れない黒いのれんが。入らねば!



 (;゜Д゜)寄り道してんじゃねぇーよ!



中学生くらいの頃って、

テレビやラジオで最新の音楽をチェックして

CD買ったりレンタルしたりして

ヒットチャートを一通り網羅しちゃったりなんかしちゃったりして


ヒットチャートって言葉、久しぶりに使いましたけれども


中学生の頃はどこ行っても知ってる曲が流れてるって感じで

「あ、私、今、最先端♪」

みたいな気分だったんですが


高校に入るとバイトで飲食店とか接客系のお店にいる時間が増えて

そういうお店って有線流れてることが多くて

バイトの時間中ずっとヒットチャート聞かされ続けるんですよね



有線放送

ご存じない方いらっしゃるかもしれませんね


なんていいますか、

ラジオ版WOWWOWみたいな?


チャンネルを契約して好きなだけ音楽を聞く

みたいなヤツがあったんですよ

24時間ずっと流れ続けてるんです


「ヒツジが一匹、ヒツジが二匹……」って延々数え続けるチャンネルとか

オトナなお姉さんが吐息混じりにしゃべってるちょっとエッチなチャンネルとかがあったんです


高校の放送部で契約しておりまして

お昼休みにリクエスト曲を流していたもので、その関係で必要だったんですが

オトナなお姉さんが色っぽく官能小説を朗読するチャンネルが男子高校生に大人気……おっと、この話はこの辺にしておきましょう



でまぁ、そんな有線放送が

いろんなお店で流れてたんですよ、昔は


ファーストフードで昼ご飯食べて

100円ショップに立ち寄って

本屋を覗いて

スクーターの給油にガソリンスタンドに立ち寄ったら


「ずっと有線続いてる!?」


みんな有線ランキングのチャンネルで、店を移動してるのにランキング全部聞けちゃう、的な状況もよくあったものです。



で、そんな感じで有線がずっと流れたので

そこでバイトしていると、延々同じランキング聞かされるんですよね……(―_―;


二時間で一周するんですが

高校生のバイトって四時間〜六時間くらいなんで、二周から三周、バイトの度に聞かされることに

で、一週間でランキング変わるんですが、まぁ〜そうそう変動はないんで一ヶ月くらいは同じ曲をずーっと聞かされるはめに……



どーん! と売れた曲は、数ヶ月に渡ってランキングに残るので、バイトの度に耳にして

しかも並びも一緒だから飽きがすごくて……



あの時期に大嫌いになったアーティスト、結構いますよね( ̄_ ̄;

あと、一発屋系の方のその『一発』は、もう本当にうんざりするくらい聞かされて……

アーティスの皆様は一切悪くないんですが

未だに「聞きたくない!」ってアーティスト、結構いますね(^^;


今も有線放送ってやってるんですかねぇ〜



……なんて思い出話をしている間に1300文字!?


最終回なのに、思い出に浸ってる場合じゃないんですよ!

カラダが夏になるって挨拶しただけでこんなにしゃべっちゃダメなんですってば!

(>△<;



え〜っと、あ、そうそう



8月2日はバニーの日☆

\(≧▽≦)/



というわけで、

遅まきながらバニーガールです☆


網タイツ!

現代日本では化学繊維必須なアイテムを


……どうやって再現したんだ、ヤシロ!?

(゜Д゜;)


ちょっと、私には想像すらできませんが

ヤシロの迸るパトスと情熱を持ってすれば不可能などないのでしょう


というか、パトスってどーゆー意味なんでしょう?

まぁいいや、雰囲気雰囲気。

多少意味が違っててても雰囲気で乗り切りましょう



上司「アジェンダ」

宮地「ん〜…………合意?」

上司「議題だな」

宮地「ちぃっ!」



雰囲気で大人の社会を生き抜いております☆


網タイツ

ちょこっとムチッとして

太もものお肉が「ぷくっ」っとはみ出して

そのお肉をぷしぷしするのが、全男子の夢


ですよね、メンズ諸君!?



網タイツは、女子にしか穿きこなせないからこそ、メンズは惹かれるのです!

焦がれるのです!

( ・_’・)きりっ


メンズは、

ミカンが入ってたあみあみを腕とか顔に被せるのが精々

人生で網を身に着けるのは、ミカンの網くらいが関の山なのですから!


……なんでミカンのオレンジの網を被るのが好きだったんでしょう、未就学児だった頃の私……



たくみ「あみ、ちょーだーい!」

(/*´▽`*)/

親「ほんま、拓海は網が好っきゃなぁ〜」

たくみ「幼馴染のなじみ子ちゃんに全裸網タイツさせてくるー!」

親「好きの方向性が心配になるタイプのヤツ!?」

Σ(゜Д゜;)



そんな幼少期の思ひ出☆

懐かしい……(*´ω`*)



はっ!?

また思い出話になっている!?



でもまぁ、しょうがないですよね

どなた様も、きっと網タイツには幼少期の思い出がたくさん詰まっていますものね☆



というわけで、再び話を本編に戻しまして


いつもカクヨムさんの方では四分割しているんですが、

今回は長過ぎて五分割です☆


書き過ぎちゃった☆


てへっ!☆




しかも、普段一話(カクヨム換算)3000文字のところを、今回はオール4000文字!


4000文字✕5話=20000文字プラスアルファ!


やっぱり、打ち上げはたっぷり書いて大いに盛り上げませんとね☆



たっぷりと楽しんでいただけていれば嬉しいのですが(*´ω`*)


ジネットさんの網タイツはお預けです☆

レジーナさんやイネスさん

ベルティーナさんも、今後に期待ですね


期待\(≧▽≦)/爆発☆




さて

夏休み期間の暇つぶしになればと

短めですがお送りいたしました『ベビコン』

最後までお付き合いいただきありがとうございました!


現在、いろいろ勉強しながら四章を鋭意執筆中です……が、公開まではちょっと時間が空きそうです



三章の時に宗教関連のことを調べて

ガスライティングとか信者の離反とか

いろいろ気分が重く沈むお勉強をして凝りたので

今回はもうちょっと軽めに

でもちょっとためになるようなものはないかと新たにお勉強中です


社会心理学、認知バイアス、物理パラドックスあたりで何か面白い情報ないかな〜っと本を読み漁っております


こういうのはやっぱり、紙の本の方が捗る気がしています。

趣味の本はほとんど電子に移行したんですが

学生時代からの習慣なのか

お勉強は紙の本が捗るんですよねぇ

( ̄▽ ̄)


なので本屋さんに行って

心理学と社会学の本の間にエッチな本を挟み込んでレジに持って行っております☆


学生時代からの習慣ですね☆



宮地「これお願いします」(本、どさー)

店員「(うわ、エロ本挟み込んどる)いらっしゃいませー。『自己マインドコントロール〜今この瞬間から行動を起こすための自己暗示〜』『団地妻 禁断の昼下がり、夫のいぬ間に……』『行動心理学 相手を意のままにコントロールする認知バイアスの極意』――っておい、貴様何を仕出かす気だ!?」

宮地「認知バイアスの極意!」

店員「警備員、至急集まって!」



夏に本を読んでいると、読書感想文を書きたくなっちゃいますね☆


たくみ「団地妻のふみこは、真面目でおとなしい女性なのに、昼下がりになると魚屋さんと――」

担任「なんの本を読んでるんだ!?」

たくみ「すごいなぁと思いました」

担任「締め方だけ小学生っぽい!?」



読書が済んだら、四章書きます☆

それまで、気長に、まったりとお待ちいただけますと幸いです



……はたして、ラストがこんなあとがきでよかったのでしょうか……( ̄_ ̄;




次回もよろしくお願いいたします。

宮地拓海

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― 新着の感想 ―
1話からの読み返し、ようやく読了(πを含む) いやぁ、読み応えありました。 そして本編内ではまだ2年と数日しか経ってない事に驚愕。 四十二区のハッテン……もとい、発展速度が半端ねぇ!? エグレムネ家…
[気になる点] なんか珍しくマーシャさんが登場しませんでしたね? [一言] あ~、面白かった! やっぱ異世界詐欺師は纏め読みして正解でした。 ありがとうございました!
[良い点] ほぼ全て [気になる点] 前からだけどルシアのワガママさが気になる
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