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異世界詐欺師のなんちゃって経営術  作者: 宮地拓海
誕生

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誕生10話 この先の未来も

「にこにこ」

「しくしく……」


 笑顔と泣き顔が並んでパスタを食べている。


「どれもみんな、とっても美味しいです」

「はい……どれもみんな、とっても美味しいですぅ……」


 三十五区から帰ってすぐ、教会へと向かい夕飯を作らせてくださいと申し出たジネット。

 その申し出は快く受け入れられ、ガキどもはもちろん、ベルティーナ、寮母のオバサン、そして今日一日ガキの相手をしてくれていたモリーは夕飯の完成を楽しみに待っていた。


 そして、現在。


 教会の談話室には様々な種類のパスタが大皿に載って並んでいる。

 ガキどもが甚く気に入ったというビュッフェスタイルだな。

 小皿を持って、食べたいパスタを取り、席に着いて食う。

 立ったまま食い始めると、もれなくベルティーナの怖いお説教が飛んでくるシステムだ。



 で、そんな会場で一際目を引くのが、あのテーブル。


「みんな食べたいです!」

「うぅ……みんな食べたいですぅ……」


 にこにこ顔のベルティーナと泣き顔のモリーが並んで、同じペースで全種類のパスタを食べまくっている。


 モリー。

 泣くくらいなら、我慢しろよ。


「だって、どれもこれもすごく美味しそうで、今日を逃せば食べられないかもしれないんですよ!? 食べますよ、それは!」


 というのが、モリーの主張だ。

 ……今日を逃しても、ジネットに言えばいつでも作ってくれるってのに。


「陽だまり亭さんの料理は美味し過ぎて、時に残酷です…………幸せな残酷です」


 幸せならいいじゃねぇか。

 明日から節制すれば間に合うかもしれないぞ。……間に合わないかもしれないが。


「これは……もはや、今日から陽だまり亭さんで合宿を始めるべきでしょうか……?」


 たぶん、そうしたら、明日以降もいっぱい食べちゃうぞっと。


「陽だまり亭さんは、甘いものだけじゃないから油断なりません……」


 甘いのはついつい食べ過ぎちゃうからなぁ。

 だが、甘くなくてもご用心。

 陽だまり亭の飯は美味いんで、同じくらい食べ過ぎちゃうんだよ。


「店長さん……少し手加減をお願いします」

「いえ、そう言われましても……」


 モリーの訴えに、ジネットも苦笑いだ。

 ジネットの場合、手を抜いて料理なんか出来ないだろうし、仮に手を抜いたとしても信じられないくらい美味いものが出来上がってくると思うぞ。


 100点満点の試験で800点を叩き出していたヤツが、ちょっと手を抜いて750点にしたところで、満点を大きく上回ってる、みたいな感じでな。

 ジネットはアレだ、異世界に転生して――


「え、わたしは普通にお料理しているだけですよ?」

「いやいやいや! 規格外にもほどがあるから!」


 ――って周りが大騒ぎになる無自覚系主人公みたいな存在なんだよ、きっと。


「私……デリアさんみたいになりたいです」


 泣きながらカルボナーラを食べつつ、モリーがそんな願望を口にする。

 デリアのようなナイスバディに――というか、夜中に好きなだけ甘いものを食っても一切太らないあの奇跡の体型に憧れてるんだろうなぁ、きっと。


 デリアの筋肉は、常人のそれを軽く凌駕するチート筋肉だからな。

 カロリー消費がえげつないことになっているのだろう。

 知らんけど。


「……マグダは、スープパスタが好き」

「あたし、この明太子と青じそのヤツ、すっごい好きです!」


 自分の好みをジネットに伝えておき、あわよくばまかないで作ってもらおうとする陽だまり亭ウェイトレスツートップ。

 あの辺、抜かりないよな、あいつら。


「ヤシロさん、ミートソースの出来はいかがですか?」


 俺がリクエストしたミートソースパスタ。

 ガキのころ食った味を馬車の中で、なんとなくテキトーに口頭で伝えたところ……びっくりするくらい近しい味になってて度肝を抜かれた。

 ……これ、市販のヤツ使ってない?

 懐かし過ぎて涙出そうだったんだけど。


 え?

 ジネットって、異世界で日本のネット通販が出来る系の能力とか持ってる?


「めっちゃ美味い。もっと早く作ってもらえばよかったと思うくらいに」

「うふふ。では、これからたくさん作りますね」


 やっぱ、オーソドックスなものって、美味いんだよなぁ。

 でも、ナポリタンも美味いんだよ。

 どっちが一番かと言われると……悩むな。


「ちょっと、頂上決戦してくる」


 こうなったら直接対決だ。

 皿にミートスパとナポリタンを盛り、交互に食べる。


「美味っ!? 決められるか!」


 一番など、決められるはずもなかった。


「ボクは断然、ナポリタンだね」


 そしてここにもう一人。

 呼んでないのにパスタの匂いにつられてやって来たタダ飯食らいがいる。

 いや、一人じゃなくて二人だが。


「エステラは甘けりゃなんでもいいもんな」

「そんなことないよ!? ペペロンチーノも好きだし。ただ、一番がナポリタンなだけで」


 だから、甘いから一番なんだろ、どーせ。

 ジネットのナポリタンはほんのり甘いんだ。

 これが絶妙の甘さでなぁ。

 これ以上甘いとくどくなるし、これ以上甘みを抑えるとトマトの酸味がうるさくなる。

 紙一重のところを攻めている、そんな塩梅なんだ。


「ちなみにナタリアは――」

「ぼんごぉーれぃ!」

「あぁ、うん、分かった。分かったから大人しく食ってろ」


 めっちゃボンゴレにハマってた。

 あれかな、白ワイン入れたからかな?


「今回はお酒を使ったんです」

「え、白ワインじゃないのか?」

「はい。ハビエルさんがくださったお酒なんですが、料理に合いそうでしたので」


 そうか。

 だからいつもと風味が違ったんだ。


 確認のために、ボンゴレ・ビアンコを一口食べる。

 ………………うん。


「合うな」

「合いますよね」


 自信作なのか、ジネットが満足そうな顔をしている。


「それで、ヤシロ。ルシアさんの手紙を読んだんだけどさ」


 ルシアの手紙は、ロレッタが預かってきて、すでにエステラの手に渡っている。


「よからぬ企てをしているから、こめかみを陥没させておくようにって書かれてたんだけど、心当たりある?」

「読み流せよ、そんなしょーもないとこ」


 布地面積縮小委員会は、秘密裏に計画を進める予定なのだ。

 エステラになど詳細を話せるものか。


「でも、コンテストを早めに開催するのはいいかもね。盛り上がれば、子供服のレンタルを利用する人も増えるだろうし」

「イロハさんたちがお手伝いに来てくださいますから、どんどん利用していただきたいですね」

「その前に寮がいるけどな」

「ウーマロのところには話に行っておいたから、スケジュール確認して返事をくれると思うよ」

「またねじ込んだのか? 悪魔め」

「君じゃないか、こういう企画を立ち上げるのは、いつも、いつでもさ」


 その恩恵に預かりウハウハしているなら、お前も同罪だろ。


「カワヤ工務店が喫茶ノワールを建てて、君が感心してたって伝えたら、物凄くやる気になってたよ、ウーマロ」

「なんでお前がそんな情報知ってんだよ?」

「ルシアさんからの手紙にね、ウーマロにはそのように伝えておくようにって」


 ルシアの差し金か。

 別にそこまで褒めてねぇっつの。


「すごいのが建っちゃうかもね」

「ちゃんと見返り与えとけよ。あいつらそのうち倒れるぞ」

「じゃあ、マグダと相談してくるよ」

「お前が身銭を切れよ」

「でも、一番喜ぶものをあげたいじゃないか。頑張ってくれた人にはさ」


 それで喜ぶの、ウーマロだけだけどな。

 付き合わされた大工にはなんの益もねぇし。


「コンテストの時に、マグダに可愛い服でも着てもらう?」

「子供服を着ろとか言ったら怒るぞ、マグダは」

「そっかぁ……着れると思うけどなぁ」

「着れる着れないで言えば、お前も着れそうだけどな」

「どこ見て言ってる?」


 ほら、お前だって怒るじゃん。

 そんな感じだよ。


「あ、そうだ。ウクリネスにも話に行くんだけど、君の意見も聞かせてくれるかい?」

「お前が着られそうな子供服についてか?」

「着ないよ!」


 物凄い意思を感じる。

 ま、着ないよな。


「子供服のコンテストをするにしてもさ、やっぱり指針というか、お手本があるとみんなの参考になると思うんだよね」

「そうですね。ハロウィンの時も、お手本があったのでみなさんあれこれアイデアが出てきたんだと思います」


 まぁ、コンテストをするのに、普通の服ばっかりだとつまんないかもしれないしなぁ。

 普通の服がまったくないのも困るんだけど。


「じゃあ、オシャレ部門、ネタ部門、普段着部門あたりに分けて審査するか」

「それいいね。毎日おしゃれ着じゃ困っちゃうもんね」


 普通にやればオシャレな服が優勝しそうだが、オシャレな服しかないのは困る。

 その辺のことを理解したのだろう、エステラは俺の提案を受け入れた。


「……ちなみに、コンテスト、明日じゃないよね?」

「んな急に出来るか!」


 だから、急ぎ過ぎなんだよ!

 もっとちゃんと企画練ってから始めるの!


「とりあえず、試作品の作成と審査基準の決定。で、公報だな」

「それから参加者の方が服を作る時間も必要ですし、開催は少し先になりそうですね」


 ジネットの言うとおりだ。

 まだまだ先の話だよ。


「あの、わたしも作ってみていいですか?」

「ジネットは、試作品を手伝ってくれ。コンテストに参加したいなら、自分のデザインで作ればいいけど」

「はい。試作品もお手伝いしますね」



 こうして、まだまだ先の企画が動き出した。





 食事が終わり、じゃあぼちぼち帰ろうかと表に出た時、教会に馬車が横付けされた。


「やぁ、モリー君。お迎えに上がったよ」

「えぇええっ!? 領主様!?」

「オジ様!?」


 馬車から降りてきたのは、にこにこ顔のデミリーだった。


「まさか、今までイメルダの館で飲んでらしたんですか!?」


 エステラがデミリーに駆け寄り、そのピカッと輝く頭を強く叩……けばいいのに。


「あっはっはっ。そうしたいくらいにとても楽しいひと時だったけどね。ちゃんと自分の館に戻って仕事を終えてきたよ」


 一回帰って、また四十二区に馬車で乗り付けたらしい。

 二日続けて。


「ホントに、四十二区にいい人がいるんじゃねぇーのー?」

「オオバくぅ~ん、……それ、冗談にならなくなってきてるんだけど、どうしたらその噂なくせるかなぁ?」


 頼りない弱り顔で泣き言を漏らすデミリー。

 俺に聞かれても知らんぞ。

 俺だって、ルシアとの噂が独り歩きしてるし、未だにネフェリーを狙ってるとか言われ続けてるんだからな。


 バルバラ?

 あんなもん、あのアホサルが一人でお祭り騒ぎしてただけで、他には誰一人信じてなかったよ。


「まいったことにさぁ、昨日の誕生日会に四十区の人間も何人か来ていてね? キツネ人族のとんでもない美女がお相手なんだとか言われ始めてるんだよぉ……」


 それって、ノーマのことか?

 そういえばノーマのヤツ、酔っ払ってデミリーに絡んでたっけなぁ。首に腕とか回しちゃって……あ~ぁ。


「ノーマが領主夫人になるかもしれないのかぁ……」

「あはは、私なんかじゃ、彼女には不釣り合いだよ。こんなオジサンにはもったいない女性だ」


 いや、ノーマならあるいは……

 きっと、一途に愛してくれる男なら、顔とか収入とか気にしないぞ、たぶん。


「もし、デミリーとノーマが結婚したら、エステラはノーマのことを『オバ様』って呼ぶことになるのか」

「無理無理! ぶっ飛ばされちゃうよ、ボク」


 一瞬焦って、笑い出すエステラ。

 ノーマを『オバ様』呼ばわりしたら、ハビエルでも吹っ飛ばされるな、きっと。


「あんな若くて素敵な女性と噂されるのは、男冥利に尽きるところだけれど――根も葉もない噂は早めに潰しておかないとね」


 彼女の迷惑になっても困るからと、デミリーは穏やかに笑う。


 ……なんだろう。こいつの口癖って、実は「潰す」だったりする?

 最近立て続けに耳にしてんだけど。

 ……え、やだ、怖っ。


「あの、オジ様。それで今日はどういった……モリーを迎えに来たって、さっき?」

「あぁ、そうそう。モリー君を家まで馬車で送るという約束だったからね」

「そんなっ! わざわざそんなことしていただかなくても!」


 その約束は、昨日反故になったはずだ。

 なのに、こいつは律儀に迎えに来たのか。

 なんて紳士だ。


「デミリー、モテたんだろうなぁ、ふさふ……若い頃は」

「今、なんて言いかけたのかなぁ~、オオバくぅ~ん?」


 まぁまぁ、意味は一緒だ。

 さすがのデミリーも若い頃はふさふさだっただろうし。


 一緒一緒。

 同音異義……じゃなかった、異音同義語だ。

『胸を借りる』と『おっぱいレンタル』みたいなもんだな。

 同じ意味、同じ意味。


「で、すが、あの、家まではさすがに……四十区に入ったところで、全然!」

「それじゃあ、私が心配で落ち着かないよ。どうか、家まで送らせておくれ」

「は……はぁ……では」

「ありがとうね」


 恐縮しまくるモリーだが、そこはさすがのデミリー。

 うまいこと言いくるめて家まで送っていくことになった。


「君に万が一のことがあったら、私がオオバ君に恨まれてしまうからね」


 それは余計だったな。

 せっかくちょっと見直しかけたところだったのに。


「あぁ、そうだデミリー。ジネットが作ったパスタがあるんだけどさ、盛って帰る?」

「『持って』じゃないかなぁ!? あと、視線がちょっと上向いたの、気になったなぁ、今!」


 なんだよぉ。

 遠慮せずに盛って帰ればいいのに。こんもりと。

 レゲェの人みたいに見えるかもしれないのに。


「ヤシロ、あんまりオジ様に懐き過ぎないようにね」


 エステラから警告が入る。

 別に懐いてるわけじゃないけどな。

 だから、ちょっと嬉しそうな顔すんな、デミリー。

 懐いてねぇから。


「あの、それでは、いろいろとお世話になりました」

「いえ。子供たちと遊んでくださってありがとうございます。モリーさんと遊べて、みんなとっても嬉しそうでしたよ」


 モリーの挨拶を、ジネットが代表して受け、応える。


「また、遊びに来てもいいですか?」

「もちろんです。いつでも大歓迎ですよ」

「あはっ」


 嬉しそうに笑って、モリーがぺこりと頭を下げる。


「それじゃ、エステラ。また何かあればすぐに駆けつけるからね」

「はい。オジ様、道中お気を付けて」

「うん。みんなのことを、しっかり護っておやり」


 最後に、領主としてのエステラに一言言って、デミリーは馬車に乗り込んだ

 モリーもそれに続き、乗り込む前にもう一度俺たちに頭を下げて、馬車のドアが閉まる。

 動き出した馬車を見送り、いつの間にか外まで出てきていたガキどもを談話室へと追いやって、俺たちも教会をあとにした。


 もう夜だな。


「エステラとナタリアはどうする?」

「ごめん、ボクたちは先に帰るよ。コンテストの草案を作らなきゃいけないからね」

「イネスさんよりもワンランク上の特別なお仕事が待っておりますので」


 張り合うなって。

 お前がすごいのは知ってるから。

 エステラ、もっとナタリア褒めとけよ。……あまり調子に乗らない範囲で。


 一足先に帰るエステラとナタリアを見送り、俺はカンパニュラに顔を向ける。


「カンパニュラ、送ってってやるよ」

「本当ですか? 光栄です、ヤーくん」


 一度陽だまり亭に戻ろうかとも思ったが、今日は特にすることもない。

 昨日一晩泊まり、今日の朝からずっとジネットたちと一緒にいたのだ。

 そろそろ親元に返してやろう。


「ロレッタ」

「はいです!」

「テレサを送っていってやってくれるか?」

「もちろんです! 言われなかったら自分から言おうと思ってたとこですよ」


 ちょっと回り道になるが、ロレッタなら間違いなく遂行してくれる。

 テレサもそうだが、ロレッタも早く帰してやらないとな。弟妹がうるさいから。


「ロレッタも気を付けて帰れよ」

「心配ないですよ。まだ少し明るいですし、通り慣れた道ですし」

「それでも、心配なんですよね、ヤシロお兄ちゃんは」


 うふふと、ジネットが俺をからかってくる。

 遠出して、ちょっとテンションが高くなっているようだ。


 ……お前に「お兄ちゃん」って言われると、ちょっとドキッとするから、ほどほどにしてくれな。


「知らない男に声かけられてもついていくなよ?」

「それはさすがに心配し過ぎですよ!? あたし、子供じゃないですから」

「お菓子あげるとか、お小遣いあげるとか、『どこでもおっぱい』落としちゃったから一緒に探してくれとか言われてもついていくなよ?」

「最後の人は、むしろとっ捕まえてふん縛ってエステラさんに突き出すですよ!?」

「『どこでもおっぱい』の情報を吐き出させるためにか?」

「違うです!? エステラさんに『ナイスアシスト☆』って言ってほしいわけじゃないですよ、あたし!?」


 夕闇に、ロレッタの元気な声がこだまする。

 こいつのはしゃぎ方は、やっぱりハムっ子に似てるよなぁ。

 さすが長女。


「じゃあ、テレサ。ロレッタのこと頼むぞ」

「頼まれちゃったです!?」

「おまかせ、くしゃしゃい!」

「請け負っちゃったです!?」


 テレサが胸を張って快諾すると、ジネットが笑ってテレサの頭を撫でた。

 あ、マグダがちょっと羨ましそうにしてる。


「マグダ。ちょっと遠回りして帰るか」

「……うむ。カンパニュラは、マグダが守る」

「頼もしいお姉さんですね、マグダさんは」


 と、ジネットに撫でられて、マグダは満足げに「むふー」っと息を漏らす。


「それじゃ、みなさん、また明日です!」

「ばいばーい!」


 俺たちに手を振り歩き出すロレッタとテレサ。


「道草食うなよ~」

「はーいです!」

「道果物も道お肉も道魚介類も食うなよ~」

「それ、完全に拾い食いを想定してるですよね!? 道草を食うってそーゆーことじゃないですよ!?」

「あと、道おっぱいが落ちてたらたぶん俺のだから、明日持ってきてくれ~」

「『どこでもおっぱい』探してたメンズは、やっぱりお兄ちゃんだったですか!?」


 やっぱりとか、ひどくない、あいつ?


「ふふ、ロレッタ姉様はとっても楽しい姉様ですね」

「……あの元気がロレッタのチャームポイント。……なので、いなくなるとちょっとだけ寂しく感じてしまうのは仕方がないこと」


 マグダの耳が少し垂れる。

 まぁ、ロレッタがいなくなると急に静かになるからな。


「明日になれば、また一緒にお仕事できますよ」

「……うむ。明日に備える」

「はい。私も、久しぶりの営業でわくわくしています」


 久しぶりの……って感じはしないが、俺の誕生日を挟んで三日間通常営業してないんだよな。

 確かに久しぶりか。

 ずっとフル稼働だったけど。

 この三日、どんだけ料理作ったよ、ジネット。


「テレサさんとロレッタ姉様、手をつないで帰られましたね」

「では、わたしたちもつなぎましょう!」

「……負けられない戦いが、ここにある」

「はい! 負けられませんね」


 嬉しそうに、ジネットとマグダの手を取るカンパニュラ。

 甘えのスキルが上達してるな。


「あぶれちゃった俺は、道おっぱいでも探してこよ~っと」

「ダメです。ヤシロさんはマグダさんとお手々をつないでいてください」


 ジネットに指示されて、俺はマグダと手をつなぐ。

 なんだこの一列横隊。向かいから人が来たら「じゃま!」って思われるな、こりゃ。

 人っ子一人、通りゃしねぇけど。


「この辺りも、もうすぐ賑やかになりそうですね」


 遠くを見て、ジネットが呟く。

 その横顔は、嬉しそうに未来を見ているようにも、寂しそうに過去を見ているようにも見えた。


「そうだな」


 なので、あえて明るい声で言い、こちらを向いたジネットの顔に二カッと微笑みかける。


「こんだけ広がって歩いてたら『邪魔だ!』って怒られるくらい人であふれかえるぞ」

「……ふふ」


 そこまで人が増えることはまぁないだろうが――


「そうですね。では、今しか出来ないこの贅沢を噛み締めながら歩きましょうか」


 ジネットが笑ってくれるなら、それでいい。

 そう思えた。





「あぁ、カンパニュラ! 愛しい我が子! 会いたかったわ!」


 カンパニュラを送り届けると、ルピナスが飛び出してきてカンパニュラに飛びつき、抱きしめた。

 ……嘘吐けぃ。

 昨夜はお楽しみでしたね?


「こほん」


 俺の視線を感じ取り、こちらに意味ありげな視線を向けてから「しぃ~」と唇に人差し指を当てる。

 やかましいわ。

 誰がしゃべるか、こんな話。


「お~、カンパニュラ、ヤシロと店長もおかえり~。お、マグダもいたのか」


 デリアが奥から出てくる。

 マグダは小さくて、ちょっと見えなかったっぽい。

 マグダがほっぺたを膨らませている。


「拗ねんなよぉ、明日もポップコーン食いに行ってやるからさぁ」


 うん、デリア。

 それはお前にとってのメリットだな。

 むしろ、マグダは作ってやる立場だ。


「……デリア」


 マグダの尻尾がゆっくりと水平に揺れている。

 何か、デリアに反撃をするつもりらしい。

 どうやら、ついで扱いにへそを曲げたようだ。


「……赤ちゃんって、どこからくるの?」

「んぁ?」

「ごふぅっ!」


 デリアに向けられた言葉で、なぜかルピナスが咽た。

 なぜだろうねぇ~?


「それはね、マグダちゃん。本当の愛を教えてくれる異性に出会ったら、自ずと分かるものよ」


 ルピナスがマグダの肩に手を置いて、言い聞かせるようにして言葉を発する。

 言葉を濁しつつ、適当な嘘に逃げない姿勢はお見事だ。

 まぁ、コウノトリとかキャベツ畑とか言ったらカエルにされかねないもんな、この街じゃ。


「なぁ、オッカサン。本当の愛ってなんだ? 普通のとは違うのか?」

「そうね、本当の愛は、とっても甘いものなのよ」

「本当か!? よっし、あたい探してくる!」

「違うわ、デリア、待ちなさい。いいから戻ってくる! そこに座る!」


 暴走しかけたデリアをピシャリと止めるルピナス。

 さすがだ。

 デリアを完全に制御下に置いている。……侮りがたし!


「まず、本当の愛は食べ物ではありません」


 うん。

 そこからなんだな。

 大変だなぁ、子育てって。


 こりゃ、時間食いそうだ。


「それじゃ、俺らは帰るな」

「えぇ。カンパニュラを送ってくれてありがとうね」

「ありがとうございます。姉様たちもヤーくんも、夜道にお気を付けて」


 夜道に気を付けろって言われると、襲撃されそうで怖いよな。


「あんまりデリアにおかしなことを吹き込むと、夜道に気を付け続けなきゃいけなくなるわよ?」


 そうそう、こういうニュアンスで。

 ……俺に言うなよ。マグダだろうが。


「あぁそれと」


 ドアを出ようとした俺たちを呼び止め、ルピナスが手を叩く。ぽふっと。


「明日、コーヒー牛乳とアイスクリームをいただきに行くわね。とっても美味しいって、デリアがずっと自慢するから」


 そうか。

 やっぱ自慢しちゃったか。

 マグダたちに自慢して正座させられたナタリアたちを見ていただろうに。

 というか、とばっちり食らってただろうに。

 学習しないもんだねぇ。


「では、今日のうちに準備をしておきますね」


 アイスは仕込んでおかないとすぐなくなるからなぁ。

 今仕込んであるのは、教会のガキどもの分だけだ。

 こりゃ、さっさとレシピを公開して広めないと、アイスばっかり作ることになるな。

 明日、エステラに言ってニュータウンと港で広められるよう手配してもらおう。


 カンパニュラに手を振って見送られ、デリアの家をあとにする。


 デリアの家が見えなくなると、マグダが急に立ち止まった。

 何事かとジネットと二人、振り返ってみれば――


「……二人は何かを忘れている」


 と、両手をパーにして前に突き出していた。


 どちらからともなくジネットと顔を見合わせ、目が合った瞬間、同時に吹き出した。

 マグダにしては、分かりやすいおねだりだ。


「あっ、いっけね! 俺、危うく迷子になるところだった」

「わたしも、暗くなってきたので誰かに手を握っていてほしいと思っていたところでした」

「……ふむ。どちらもマグダにお任せ」


 マグダの左右それぞれの手を、俺とジネットで取り、そのまま手をつないで歩き出す。

 俺とジネットに挟まれてご満悦のマグダの耳と尻尾がぴこぴこ揺れる。

 やや低い位置から「むふー」っと会心の息が漏れていた。


 まったく、甘えん坊め。

 それを放っておけないジネットも大概だけどな。


 俺?


 俺はさっきも言ったろう。

 迷子になりそうな気がしたから、念のためだよ、念のため。


「よぉ~し、今日はこのまま三人でお風呂に入っちゃおうか~!」

「ぅぇえ!? だ、ダメですよ!?」


 いやいや、ジネット君。

 そこは流れでさ?

 テンションアゲアゲでさ?

 もうノリで「ぅえ~い!」的な感じでさ?


「水着を着て入りゃ問題ないだろう」

「水着……ですか………………」


 う~ん……と、空いた手でアゴを摘んで考え込むジネット。

 黙考すること二十五秒。


「や、やっぱりダメですよ!?」


 ちぇ~、やっぱりダメかぁ。


「も、もう! 変なことを言わないでください」

「……ちょっと悩んでた」

「そ、そんなことないですよ、マグダさん!? 考えるまでもなく、ダメです。お風呂とは、そういうものです。特別な何かがあるわけでもないのですから」


 特別なことでもない限り、混浴はダメっぽい。

 じゃあ、特別なことを起こそうじゃないか!


「今日のパスタは特別に美味しかったな☆」

「はぅっ! ありがとうございます……でも、そんなんじゃダメですっ」


 ダメかぁ~、ちぇ~。


 その後、陽だまり亭に着くまで五分ほど粘ってみたが……結果は覆らなかった。




「♪……あっわあっわ、もっこもこ♪」


 陽だまり亭に帰り、「どうやらアイスの情報が漏れているらしい」という危機感から、俺たちはアイスの仕込みを大量に行うことにした。

 現在、マグダが鼻歌交じりに生クリームを撹拌している。


 ……で、なに、その歌?


「かわいい歌ですね。真似してもいいですか?」

「……特別に許可する」

「では。♪もっりもっり、むっきむき♪」

「ちゃんと聞いて、ジネット!?」


 もこもこの泡がムキムキの筋肉になってるから!

 似て非なるもの……いや、似てすらいないから!


 なんで音楽が絡むと途端にポンコツになるんだ、ジネットは?

 天がちょっと二物を与え過ぎて「やっべ、やり過ぎた!」って焦って取って付けた弱点がソレか?

 キャラメイク雑過ぎんだろ、天!?


「……ヤシロ、次は?」

「今回は、イチゴを使ってみるか」


 ハムっ子農場特製、あまおうもどき!

 これが、暴力的に甘い!

 ショートケーキに載せるならもうちょっと酸味が欲しいところだが、アイスにするならこの甘さが一層引き立つことだろう。


「こいつを、刻み、すりつぶし、裏ごしして混ぜる!」

「……贅沢な使い方」

「わ、見てください。すごく可愛い色になりましたよ」


 ピンクに染まる原液。

 スプーンで掬って味を見てみれば――


「あっま!」

「すごく豊かな甘味ですね。それに香りも素晴らしいです!」

「……よき」

「こら、マグダ待て。でっかいスプーンに持ち替えてがっつりむさぼり食おうとするんじゃない。固まるまで待て」

「……これは、秒でなくなる」

「そうですね。こちらは、少し多めに仕込みをしておきましょう」


 マグダとジネットがうっきうきで増産を決める。

 店長と副店長が決めたことなら、それに従うまでだ。


「ちなみに、アイスを盛り付ける時は半球――ドーム状になるから、丸いクッキーを二枚さして目と鼻をつけたらクマになるぞ」

「それは可愛いですね!」

「……待って。そこはトラにするべき」

「では、他にどんな動物が出来るか、考えてみましょうか」

「……うむ。生クリームを泡立てながら考える」

「では、わたしはイチゴを刻みながら、です」


 顔を見合わせて楽しそうに笑う。

 母と娘にも、姉と妹にも見えるその光景は、ジネットが全身全霊でマグダを甘やかしてやっていることがよく分かるものだった。


 ウェンディに赤ん坊が生まれ、カンパニュラやデリアとルピナス、テレサとウェラー、アルシノエとエカテリーニ、様々な親子関係を見てきた。

 みんな形は違えど、どこも仲良さそうにうまくやっている。


 マグダも、早く会えるといいな、両親に。


「マグダさん。ヤシロさんが考え事をしている今がチャンスです」

「……あ~ん」


 ジネットがこちらをチラ見しつつ、マグダにイチゴを食わせていた。

 ……バレてるっつーの。


 そんな風にして、マグダにもちゃんと子供として甘えられる場所を与えてやる。

 それが、ジネットなりの愛情表現なのだろう。


「マグダ、あ~ん」

「……シュート」


 口を開ければ、マグダが狙いすまして俺の口にイチゴの欠片を放り込んでくる。

 ナイスシュート。


「……ヤシロは食いしん坊」

「どの口が言ってんだ。口の端が赤くなってんぞ」

「……隠滅完了」


 イチゴの果汁がついていた口を袖で拭い、「ハンカチを使いましょうね」とジネットに優しく叱られ、マグダはいつもの半眼ながら楽しそうにしていた。


「……ヤシロ、手が止まっている」

「へいへい」


 スパルタな副店長と、副店長には甘々な店長に見張られつつ、俺は大量のアイスを仕込んだのだった。





 そして、仕込みも終わった風呂上がり。


「寝たか?」

「はい。えっと……あっ……『瞬殺』でした」


 言葉が出てこず暫し逡巡し、嬉しそうな顔で似合わない言葉を口にするジネット。

 なにそれ?

 俺がよく言う言葉をマネしちゃいました系?


 悪い子に染まっていくなよ。

 ママに叱られるぞ。


 アイスの仕込みを終え、明日の寄付と営業の仕込みをしつつ、風呂が沸いたタイミングでジネットとマグダを先に入らせて、その間俺が仕込みの続きをし、その後風呂と残りの仕込みを交代して、今に至る。


 マグダは、俺の風呂上がりを待っていたのだが、風呂から出た俺を見た瞬間眠気に屈して、たった今ジネットにベッドまで運ばれていったのだった。


「あ、それがデザインですか?」


 ジネットがマグダを二階へ連れて行っている間、エステラに課せられた宿題を片付けていた。

 子供服コンテストの、告知のためのオシャレな子供服。

 要は、「こんな可愛い服、愛するおこちゃまたちに着せてみたくな~い?」と訴えかけるような一着だな。


「今から作るんですか?」

「だって、明日の朝イチで見に来るぞ、エステラ」


 容易に想像できる。

 日が昇ると同時に「出来た?」ってやって来て、出来てなかったら「あ、そうなんだ」って、強く言わないまでもちょっとがっかりした表情をするエステラがな。


「では、わたしもお手伝いしますね」

「寝なくて平気か?」

「少しくらいなら大丈夫ですよ」

「んじゃ、ちゃっちゃとやっちまうか」


 今回は、見栄え重視で、機能性は二の次だ。

 ガキが普段使いできるような頑丈さや、洗いやすさは度外視する。

 そこまでこだわってたら一晩で作れるか!


「なぁ、ドレスと着ぐるみパジャマ、どっちがいい?」

「そうですねぇ……これは悩ましい二択です」


 むむむと、俺が描いたデザイン画を睨みつけるジネット。

 定番として、お子様用ドレスと着ぐるみパジャマ(レオパードゲッコーバージョン)を描いてみたのだが、ジネットは決めかねているようだ。


「じゃ、簡単な着ぐるみパジャマの方を作って、ドレスはウクリネスに丸投げだな」

「ウクリネスさんなら、きっと素敵に仕上げてくださいますね」


 そうなると、もっとこだわったデザインでもいけそうだよなぁ。


「よし、ウクリネスにはもっと難しいヤツも渡しておこう」

「ほどほどに、ですよ」


 寝ないからなぁ、この街の人間は。

 もしかしたらこっちの一日は、二十四時間より短いのかもしれない。だって、時間足りないもん。


 精霊神~、お前、やっちゃったな?


「布、持ってきますね」

「いや、俺が持ってくるからお茶を頼む。何かつまみながらのんびりやりたい」

「ふふ、そうですね。では、おまかせします」

「こちらこそ、おまかせします」

「はい。おまかせください」


 役割分担――というほどでもないが、二手に分かれて準備を始める。

 二階へ行き、祖父さんの部屋から布と裁縫道具を持ち出す。


 マグダはぐっすり眠っているようで、部屋が物凄く静かだった。


 フロアに戻ると、お茶の準備がすっかり整っていた。


「お、やった。おかき」

「これなら、あまり手が汚れないかと思いまして」


 裁縫するからな。

 大福だったら粉まみれになってるところだ。


「じゃ、始めるか」

「はい」


 向かい合わせの席に座り、材料をテーブルに広げて作業を始める。

 慣れたもんで、二人で分担するとすいすい作業が進んでいった。


「……ふふ」


 ふいに、ジネットが笑い出した。


「どした?」

「いえ。あの……不思議だなぁ~って」


 布を縫い合わせながら、ジネットがそんなことを言う。


「明日になったら、いろんな人に会えるな~って確信している自分がいまして」

「別に不思議でもなんでもないだろう」

「だって、ほんの数年前は一日誰もお客さんが来ないことなんてザラにあったんですよ」


 俺が訪れる前の陽だまり亭。

 そこには、ジネット一人しかいなかった。

 日が昇って暮れるまで、この場所で、一人で過ごしていたのか。


「でも、今は違います。明日になれば、エステラさんが『服は出来た~?』って聞きに来られて、デリアさんが『ポップコーン作ってくれ~』ってマグダさんを訪ねてきて、カンパニュラさんやテレサさんも元気いっぱいやって来て、マグダさんとロレッタさんが楽しそうにお客さんをお迎えするんです」


 それは、確定している未来。

 そうだな。絶対そうなるな。


「今、陽だまり亭はテレサさんも入れると六人も従業員がいるんですよ。お手伝いしてくださる方を含めたら、もっと」


 デリアやノーマ、ミリィやモリー。

 そこら辺を省いても六人はレギュラーとして在籍している。


「一年前は四人でした。二年前はわたしとヤシロさんの二人きりでした」


 二年前つっても、ぎりぎり間に合ってないけどな。

 俺がここに来たのが、二年前の誕生日で、その時は客だったし。


「そして、……三年前は、一人でした」


 少し、表情が沈むジネット。


「あぁー、しまった、あと二人増やしときゃよかったな」

「へ?」


 三年前が一人で、二年前が二人、一年前が四人なんだったら、今年は八人にしとけばよかった。

 そしたら、二倍ずつになったのに。


「で、来年は十六人、翌年は三十二人、その次は六十四人、百二十八人、二百五十六人、五百十二人!」

「うふふ、そんなにたくさんいたら、お客さんが入るスペースがなくなっちゃいますね」


 ジネットが笑う。

 なんか、たったそれだけのことでほっとする。


「三十五区の連中が引っ越してきたら、こういう服作りとか、裏方作業を手伝わせてやろうぜ」

「そうですね。一緒に何かを作るのは楽しいですし、仲良くなれるかもしれませんね」


 いや、俺は無償労働を強制しようと言ったんだが……

 まぁ、ジネットがこんな顔で誘うなら、きっと仲良くなってくれるヤツは多いだろうよ。


「楽しみですね」

「寮を作るハードスケジュールの中で、大工がどれだけ息絶えるかが、か?」

「大工のみなさんには、精のつくお料理を準備しますので、大丈夫です」


 いや、たぶんだけど、ハードスケジュールをやめてほしいってのが連中の第一希望だと思うぞ。

「元気出る料理作ったから頑張れ!」は、たぶんブラック企業の上司の発想だ。


 ま、大工なら大丈夫だろうけど。


「以前、ヤシロさんは言ってくださいましたよね。『この辺はもっと賑やかになる』って」


 あぁ、それで『うるせー!』ってくらい賑やかになったら一緒に『うるせー!』ってもんく言いに行くんだよな。


 絶対行かないだろ、お前。


「そんな未来が、もうすぐそこまで来ていますね」


 住む人が増えれば、あっという間に騒がしくなるだろう。

 なにせ、ここは四十二区だ。

 何かにつけてイベントだお祭りだと大騒ぎする、賑やかな街だからな。


「三年前までは、想像も出来ませんでした。いえ、二年前でも、まだ俄には信じられなかったかもしれません。……ヤシロさんは、ずっと言い続けてくださっていたのに」


 いつか陽だまり亭を客で埋め尽くす。

 そんなことを、俺はずっと前から言っていたかもしれない。

 でもそれは、可能だと思ったからそう言っていたわけで、気休めに適当なことを口にしていたわけじゃない。


「そんだけの土壌が、この場所にあったってだけの話さ」


 別に俺が特別な何かをしたわけじゃない。

 出来ることをやってきた。

 そしたら、いつの間にか人が集まっていた。

 だったらそれは、もともとそういう素養のある場所だったというだけのことだ。

 何も珍しいことじゃない。


「あと十年もすりゃ逆のことを言ってるかもしれないぞ」

「逆、ですか?」


 いつの日か、右を見ても左を見ても人、人、人で――


「この街道を、四人で手をつないで歩けた頃があるだなんて、信じられないな――なんてな」

「うふふ。では、今日という日は、未来に語り継がれる特別な日だったわけですね。貴重な体験をしました」


 いつかそうなるかもしれない。

 ならないかもしれない。


 けど、まぁ、それはどっちでもいいことなのかもしれないな。


「賑やかになろうが、変わらずこのままだろうが、その時になったらその時にしか感じられないいろんなことを感じて、思って、思い出になっていくだろうしな」


 どんな未来が来ようとも、変わらずここに陽だまり亭があって、そこでジネットが笑っている。

 それだけ分かってりゃ、未来がどう転んでもいいんじゃないかと、俺には思える。


「楽しみですね……未来」

「……ん」


 手を動かしながら、何気なくつぶやかれたジネットの言葉。

 重過ぎず、軽過ぎず、ありのままの素直な気持ちのように聞こえて、すんなりと耳に溶け込んできた。


「わたしたちの子供が大きくなるころには、どんな街になっているんでしょうね」

「……ん」




 …………

 ……………………

 ……………………んんっ!?



「んんんっ!?」

「はっ!? い、いえっ! わたしたちの世代の! パウラさんやネフェリーさんやノーマさんのような、わたしたちのお友達世代の子供たちが大きくなるころには、という意味ですっ!」

「おっ、おぉ、そうかそうか! 俺らの時代のな!?」

「はい! わたしたち世代のですっ!」



 …………っくりしたぁ!

 急に何言い出すのかと思ったぞ!?


 って、そこ!

 自分で地雷踏んどいてもじもじしない!

「わたしはアルヴィスタンですので」とかごにょごにょ言わない!

 そして、ま~ぁ、縫うのが速い!

 手先器用なんですねぇ~、じゃねぇーんだわ!


「はっ!? いつの間にか出来てました!? 完成です! ほら!」

「お、おぉう、すごい、いい出来、だな、うん!」

「ありがとうございます! で、では、明日もありますので、わたしはお先に休ませていただきますね!」


 てきぱきと裁縫道具と出来上がった子供服を片付けて、流れるような動作でフロアを出て行くジネット――あ、躓いた。


「い、いつか、ここで躓いたなぁ~って、思い出す日が来るかもしれませんねっ」


 あははと、無理やり笑って、ぺこりと頭を下げて厨房へ逃げ込むジネット。

 ……そこで躓いた思い出、きっとこの先何回も上書きされていくと思うぞ。

 で、三十年後とかに、「いや、昨日も躓いてたじゃん」とか言って笑うんだ。



 ……うん。


 きっと、ウェンディの赤ん坊を見たから、どいつもこいつも浮かれてるんだ。

 そうに違いない。

 あのガキんちょがデカくなるころ、この街はどうなっているのかなぁ~なんて、他愛もない話なんだ。


 けどな……


 …………はぁ。



 ジネット……



「心臓が、もたん……っ!」



 暴れ狂う心臓は、立ち上がるだけでも口から飛び出してきそうだったので、俺は作る予定じゃなかったドレスの方の子供服も作成することにした。


 無心で手を動かしてれば、そのうち心臓も落ち着くだろうなと、安易な期待を込めて。







あとがき




そして輝く Ultra宮地です☆(ハイ!)


(≧▽≦)/ハイ!



というわけで

『異世界詐欺師のなんちゃって経営術・誕生』

お楽しみいただけましたでしょうか?


最後までお付き合いいただきありがとうございました

こちらとしましては、好き勝手に楽しく書かせていただき、最高に楽しい時間を過ごさせていただきました

( ̄▽ ̄)


現在、

四章に向けて『異世界詐欺師』制作チームで

「どうする?」

「こんなのは?」

「じゃあこういうの入れようか」

的な話をしておりまして、ぼちぼちとですが次に向けて準備を始めております


……制作チームとか、ちょっと見栄張りましたけれども

(*´ω`*)>イヤハヤ


四章がいつになるか、まだちょっと分かりませんが

皆様にすっかりと忘れ去られてしまう前に戻ってこられればと思います



報労記のラストは賑やかな感じでしたので

今回の誕生は、

なんとなく、久しぶりに「らしい」ラストシーンだなぁ〜と

(*´▽`*)


ヤシロとジネットの二人きりの時間は

やっぱりちょっと特別なものなんだな〜と

そんなことを思いました。


ジネットさんの『うっかり』は

日増しに破壊力をあげていく模様です(笑)



さて、この『誕生』シリーズにて

私が一番伝えたかったこと


きっと、皆様にはきちんと伝わっていると思います。

そうだといいな。


今回私が一番伝えたかったのは、

そう――



水着さえ着ていれば混浴してもOKだよね!?


(≧▽≦)/ねっ!



今回は、ジネットさんに断られてしまいましたが

かなり揺れていたご様子!

これは、押せばイケる!

いつかイケる!


そしてゆくゆくは

四十二区に混浴の文化を

\( ̄▽ ̄)/



まさに、誕生、ですね☆



奇しくも、季節は夏!

これから水着のシーズン到来


昔の人は、こんな詩を遺しています



 天の川

  織姫様が

   バタフライ



織姫「ばっしゃばっしゃばっしゃ!」

彦星「速ぇぇえええええぇええ!?」



皆様、じゃんじゃん水着になりましょう!



 プール出て

  水着のお尻を

   指でクイッ!



「クイッ」は夏の季語として非常に有名ですので、数多の歌人が使用していましたね


ちょっと食い込んだお尻のところを、さり気なくさっと「クイッ」ってする様が、

日本の夏の風物詩なんでしょう、きっと



 水着でも

  詰め込む偽乳ぎにゅー

   特戦隊



ぎにゅーは、水陸両用です☆

エステラさん、ガンバ☆


あぁ、特戦隊はただのダジャレです☆


偽乳隊長「チェーンジ!」

カエル「けろけろ」


的なヤツです☆



 どうすれば

  水着の上が

   流されるの? ねぇ!? どうすれば!?



感情が抑えきれずに五七五じゃなくなってしまいましたよ、まったく!


アニメやラノベではよく見かけるんですけどねぇ!?

大きな波が「ざっぱーん」して

水着の上が流されて「きゃー!」みたいなヤツ!

現実世界では一回も遭遇したことないんですけど!?


日本海?

日本海側に行けばいいの!?

それとも太平洋側!?

インド洋くらいまでなら足伸ばしますけども!?



宮地「クラスメイトと海に来たけれど、なんでかあいつ、スク水なんだよなぁ……」

クラスメイト女子「きゃー」

宮地「どうした!?」

クラスメイト女子「上だけ流されちゃった」

宮地「どうやって!? セパレートじゃないよね、スク水!? 千切れるほどの波だったの!?」



みたいなハプニング、遭遇したことないんですよねぇ

私だけ!

私だけ、ないんですよねぇ

私だけ!!


「いや、俺もないけど!?」と思われた、そこのあなた!

甘い!

いや、甘酸っぱい!

ほんのり甘酸っぱい!


あなたが気付いていないだけで、あなたのすぐ後ろで流されていたんですよ、水着が!


よく思い出してみてください

きっとあるはずです


水着を流す波が起こるのは

海だけじゃないですよ

川やプール、人波なんてのもありますからね!


満員電車に「ぎゅっ!」って押し込められた時、あなたの後ろで

「きゃー、水着が流されちゃった!」ってことがあったかもしれませんよ!

人波に揉まれていた、あの時に!



夏ですからね

思いも寄らないことが起こるものです


怪談話とかも、夏にはよくあるじゃないですか


突然電話がかかってきて、

出てみたら知らない女の子の声で――



「もしもし? 私メリーさん、今、あなたのうしろに――きゃー、水着が流されちゃった!」



メリーさん!?

思わず振り返っちゃいますよね☆


そんなことが起こるかもしれない、夏

夏、すごいですね

たの\(≧▽≦)/しみー!



そんな思いをむぎゅっむぎゅっと詰め込んだ、『誕生』でした♪


ベビー服のコンテストもやりたかったんですが

それはまた次回ですね


どれだけ肌色なベビー服が誕生するのか、

乞うご期待!

次代の四十二区は、とっても肌色で

ほんのりピンク

(*´ω`*)



若い世代の成長を楽しみにいたしましょう




ヤシロ「結局、俺はベビー服のコンテストの審査員をやることになるんだろうか……」

エステラ「自分で言い出したことなんだから、最後まで責任を取らないとね」

ヤシロ「第一回『輝け! スケスケ・丸見え・もろ出し選手権』ー!」

エステラ「そんないかがわしい大会は開催させないよ!?」

ヤシロ「最後まで責任を持って務め上げる所存!」

エステラ「では、首謀者として責任追及をさせてもらうとするよ」

ヤシロ「ハビエルに『やれ』って言われました」

エステラ「舌の根も乾かないうちに責任逃れしたね!?」

ヤシロ「大丈夫だ。ちゃんと女子向けにメンズ部門も用意してやるから」

エステラ「いっ、いらないよ!? レディには目の毒だよ」

ヤシロ「『集えぽっちゃり! メンズBカップ選手権!』」

エステラ「潰す。イベントごと、企画団体ごと捻り潰してあげようじゃないか(ずごごごご……)」

ヤシロ「なんか、変なオーラ迸ってるぞ!? 抑えろ抑えろ!」

エステラ「もう少し真っ当な企画は出来ないのかい?」

ヤシロ「企画すること自体は賛成なんだな、このお祭り好きめ」

エステラ「街の活性化に繋がるからね。新たな商売が誕生する可能性も高いし、人と人の繫がりも生まれるからさ、イベントは大歓迎だよ」

ヤシロ「それじゃあ、みんなの心が一つになるようなイベントを……おぉ、そうだ。アレがいい」

エステラ「何かいい企画があるのかい?」

ヤシロ「心を一つにし、団結力と一体感を生み出すと言えば、これしかない! 『いやぁ〜ん! 水着の上が流されちゃった〜選手権』!」

エステラ「却下だよ!」

ヤシロ「メンズ全員の視線が一点に集中!」

エステラ「そんな一体感は持たなくていい!」

ヤシロ「頑張れよ、エステラ! 応援してるからな☆」

エステラ「出ないよ!?」

ヤシロ「なんでだよ!? お前、優勝候補だろ!?」

エステラ「誰が引っかかりのないフラットボディか!?」

ヤシロ「――すると、川上の方からそれはそれは大きな偽乳がどんぶらこ〜どんぶらこ〜と流れてきました」

エステラ「ボクのはそこまで大きくないよ!」

ヤシロ「よっ、偽乳ぎにゅ太郎」

エステラ「誰が偽乳から生まれた偽乳太郎か!?」

ヤシロ「でもな、乳ヶ島へ乳退治には行かなくていいからな? あそこは素晴らしい島だから」

エステラ「なら、その島へ渡航しようとする者たちを随時退治していくことにするよ、ボクは」

ヤシロ「お前、俺に恨みでもあるのか!?」

エステラ「あるかないかで言えばおそらくあるだろうけども、なんのためらいもなく渡航者に名を連ねないでくれるかい、ヤシロ?」

ヤシロ「そりゃ行くだろう、乳ヶ島なんて夢の楽園が存在したら!? ……お、いいこと思いついた」

エステラ「却下だよ!」




……おかしい。

ヤシロがジネットといい雰囲気だったから、エステラさんにもいい雰囲気を味わってもらおうとSSに登場してもらったのに……微塵もいい雰囲気にならない!?

Σ(゜Д゜;)



エステラさんのいい雰囲気も、四章に期待ですかねぇ〜

( ̄▽ ̄)



というわけで、次回は四章……の、前に


ベビー服のコンテストでお会いしましょう〜☆

\(≧▽≦)/



次回もよろしくお願いいたします!

宮地拓海

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― 新着の感想 ―
ジネットちゃん ああジネットちゃん ジネットちゃん 幸せになるんやで٩(ˊᗜˋ*)و
何となく2人の子供は娘な気がする、そして「懺悔してください」って母娘に言われ続けるんだろぅなぁ
[良い点] 「だって、ほんの数年前は一日誰もお客さんが来ないことなんてザラにあったんですよ」 数年に渡って付き合ってるヘビー読者さんにとっても感慨深いセリフですねぇ。
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