誕生9話 ノワールを離れて
ノワールでアフタヌーンティーを楽しんだ俺たち一行は、揃って移動を開始した。
「あっ! ヤシロさん!」
駄菓子屋横町を離れ、ノスタルジック街道(予定地)にやって来た俺たち。
そこで、見知った顔に声をかけられた。
「お前、こっちにいたのか、カワヤ」
「そーなんですよ」
オマール・カワヤ。
三十五区に拠点を置くカワヤ工務店の棟梁にして、自称ウーマロのライバル。
俺の目から見りゃ、まだまだヤンボルドレベルだけどなぁ。
「三十一区のテーマパークもあるし、港の再開発も気になるんですが、やっぱり同郷の連中や顔見知りに頼まれると弱くって」
三十五区の連中は、この近辺が生まれ変わることを待ち望んでいる。
すれ違う者たちもみな、どこかわくわくしていたように思う。
「なので、しばらくこっちに集中させてもらうことにしたんですよ」
「じゃあ、『ノワール』作ったのもお前らか」
「はい! いやぁ~、すごいっすね、ウーマロのとこの技術! マジで二日で完成しましたよ! いやぁ、笑ったなぁ。『ホントに家建ったぞ!?』って」
半信半疑で建ててたのかよ、途中まで。
「氷室を一晩で作り上げるのを真横で見てましたからね。あれはかなり勉強になりました」
俺がちょっと無理して倒れている間に、こいつらが寄ってたかって陽だまり亭に氷室を作り上げたんだよな。
丸一日寝て目が覚めたら庭先にデッカい氷室が出来ててびっくりしたわ。
「あ、でも耐震性とか機能性は一切の妥協なしなんで、安心してくださいね」
「それはイーガレスの連中に言ってやれよ」
「いやいや。だって、ヤシロさんは気に入った人のことになると……おっと、これは本人には言っちゃいけないヤツだっけ」
なんかムカつくな、今の言い方。
にやにやしながら口を押さえんな。
もぐぞ。
鼻を。
ぐりんってひねり千切るぞ。
「カワヤ。『摘まんでぐりん!』と『ぶっ刺してぐりん!』のどっちがいい?」
「どっちも嫌ですけど!? なんか分かんないけど、鼻痛くなってきた気がする!」
鋭いヤツだ。
鼻を手で隠して遠ざかりやがった。
「こっちの進捗はどうなんだ?」
「進捗はまだまだですね」
遠く離れたまま、カワヤが返事を寄越す。
遠いぞ、お前。
「まだ計画を練ってる段階ですよ。どこから取りかかろうかな~って」
この辺は大きく改造することになる。
まずは立ち退きをしてもらって、取り壊して、整備して、何か作るならそのあとだな。
「それについて、少しこの近辺の者たちと話がしたい。イロハは館か?」
俺たちに付いてきたルシアがカワヤに尋ねる。
シラハの館を譲り受け、管理のすべてを任されたアゲハチョウ人族の女性、イロハ。
この近辺の虫人族のとりまとめ役のようなポジションについている人物だ。
「イロハさんなら中ですね。取り壊しはまだ先ですが、やっぱり少しでも長く今の風景を目に焼き付けておきたいんだそうです」
「そうか。……ふむ。ギルベルタ」
「出来ている、準備は」
ギルベルタはそこそこデカい木箱を抱えている。
重いんだ、アレ。
俺じゃ、とても持ち運べない。
「領主様。それは?」
「噴水を作った名工からの贈り物だ」
以前、ベッコに頼んでおいた絵が出来上がったので持ってきたのだ。
「これは……ここの風景ですね」
木箱の中を見て、カワヤは息を飲む。
まるで写真のように、色鮮やかに目の前の風景が切り取られ紙に描かれているのだ。そりゃ驚くだろう。
「あと、館の外観と中の様子だな」
「おぉ~! こりゃあ、すげぇ。世界の一部を切り取ってここに貼り付けたみたいだ」
写真のないこの世界で、ベッコの技術は見る者の度肝を抜く。
これが、先入観に凝り固まった『芸術』という括りのせいで埋もれていたってんだから、驚くやら、呆れるやら、もったいないやら。
「石版に彫ってあるヤツはこの辺の道に設置しといてくれ」
キャンバスに描かれた絵は、イロハに渡して保管しておいてもらう。
それだと一般人が見られないので、誰でも見られるように往来に設置してしまおうと思ったのだ。
ただ、そうなると紙では劣化してとても置いておけない。
なので、石版に彫り込んでもらった。
色も塗って、コーティングも済んでいる。
人工の川のほとりに石碑でも建てて、そこに埋め込んでしまおうかと思っている。
その辺は、この街道の改造責任者のカワヤに任せる。
「じゃ、ヨロ!」
「そんな、二文字で軽々と!? ……責任重大じゃないですか。下手打ったら何世代にもわたって恨まれますよ、俺」
三十五区の虫人族は、この通りの改造計画を楽しみにしているらしいしな。
まぁ、絶大なプレッシャーに負けず、頑張れ。
「でも……うん…………いい絵だなぁ」
石版に彫られた現在の絵を実物と見比べて、カワヤは唸るように呟く。
「いや、実はね、俺は生まれ変わらせるんだってつもりでこのプロジェクトに取り組んでいたんですけど……この絵を見ると、なんか違うっていうか……こりゃあ、『成長』なんだなって」
「そうですね」
カワヤの呟きに、ジネットが答える。
「この場所で起こった出来事や思い出、積み重ねてきた歴史が失われるわけではないですからね。姿形は変わっても、きっとこの場所にはこの先ずっと変わらない思いが残っていくのだと思います」
陽だまり亭の過去と現在を見てきたジネットの言葉には、なんだかすごく大きな思いが込められているようだった。
転生ではなく、成長。
幼虫が蝶々になるのは、生まれ変わりじゃなくて成長だもんな。
「つまり、これからこの通りに訪れるのは変態なわけだ!」
「そんな通りにはしませんよ!?」
ちげぇーよ!
昆虫の変態!
虫人族が多くいる地域だからそことかけてみただけだよ!
芋虫がサナギを経て蝶々になるように、姿形がまるっきり変わってしまう成長を変態っていうの!
バッタやカマキリのようにあんまり姿が変わらないのは不完全変態!
これ、結構うまいこと言えてるから!
「頑張れよ、変態!」
「すっげぇ罵倒されてる気分!」
オマールがぷりぷり怒っている。
オマール、ぷりぷり。エビか!?
「じゃあ、この辺のヤツはイロハに預けておくから、必要になったら受け取りに行ってくれ」
「あ……それなんですけど」
なんだか、歯切れ悪く、カワヤが館の方を横目で窺う。
「イロハさんをなんとか、連れ出してもらえませんかね?」
イロハは近隣の虫人族のとりまとめ役だ。
ノスタルジック街道として生まれ変わるこの近辺のことは、シラハに信頼されていた彼女にお願いしてある。
それを連れ出せとは……
「まぁ、見てもらった方が早いと思うんで、こちらへどうぞ」
俺たちを案内するようにカワヤがスタスタと館の方へと歩いていく。
「とりあえず、見に行くとするか」
ルシアが言い、木箱を抱えたギルベルタがそれに続く。
俺たちもルシアのあとに続いた。
「あぁ……もう見ることが出来なくなるのですね、この柱の傷も……あの天井の染みも……あぁ……」
館に入ると、イロハが天井を見上げたり床を覗き込んだりしては、いちいちため息を吐いていた。
……何やってんの?
「よぉ、イロハ」
「あら、まぁ。ヤシロちゃん様。ようこそおいでくださ……い……まし…………うぅぅっ!」
俺を見つけて破顔したイロハが、突然両手で顔を覆い尽くしてその場にしゃがみ込んでしまった。
どうした!?
「玄関に立つヤシロちゃん様を見ることも、もう出来なくなるのですねっ!」
「……と、このように、何を見ても寂しくなるようで……」
「いや、極端!」
俺が玄関に立つ姿に思い出なんかないだろう、お前!?
この館でお前に会ったの、前回が初めてでそれっきりだからね!?
「イロハよ。この館は未来へ向けて生まれ変わる……いや、更なる成長を遂げるのだ。悲しむばかりでなく、その前途を祝ってやれ」
「はい……ルシア様。分かっております……分かっては、いるのですが………………あぁ、ルシア様が踏んで軋むその床の音も、もしかしたら今のが聞き納めだったかも!」
「床の軋みくらい、何度でも聞けるだろうが、ほらほらほらふんふんふんふん!」
「あぁーっ! ヤシロちゃん様が奏でる軽快なそのリズムもきっと今日が最後にぃー!」
ダメだこいつ。
『取り壊される』ってことが意識の大半を占めて、もう何やっても寂しくなっちまうんだな。
「俺が奏でる軽快なリズムに思い出も思い入れも何もないだろうが」
「この館で思い入れもない思い出が生まれるのも、今のが最後かも!?」
なんでもありだな、もう!?
「ダメだ。連れ出そう」
「う、うむ……。この館にいるからそのような思考になるのかもしれんな」
ルシアがちょっと引いている。
イロハは、もともと背筋のピシッとしたまともな人間だったからな。
俺の呼び方は、ちょっとどうかと思うけども。
「いや、しかし都合がいい」
ルシアがここまでわざわざ来たのには理由がある。
「イロハよ」
「この館でルシア様に名を呼んでいただけるのも――」
「もうよい!」
「この館で誰かに叱られるなんて、いったい何十年ぶりでしょう……思い出します、幼かったあの日……」
「そなたが幼かった時、この館は建っておらなんだはずだ!」
「私の心の中には建っておりました!」
それは捏造っていうんだぞ。
記憶の改竄ともいうが。
「イロハよ。しばらくここを離れ、シラハのもとへ行く気はないか?」
「シラハ様の、もとへ……?」
ルシアの申し出に、イロハの涙が引っ込み、目がくるっと丸く見開かれた。
さて。
今回、ルシアと共にここに来た理由。
俺やジネットたちは、これから大きく姿を変えるこの近辺の風景をもう一度見ておこうと観光気分で来たのだが、ルシアは違う。
「近隣の虫人族で、芝居や駄菓子、接客に向かぬ者を数名、四十二区で研修を受けさせたいと思っているのだ」
ベビー服のレンタルをするにあたり、欠かせない『洗濯屋』の育成計画の一環だ。
駄菓子屋と劇場。
この二つの登場で、虫人族の就職先は大きく増えた。
なにせ、見たこともない楽しげなもの故に客の食いつきがいいのだ。
劇場なんか、まだ出来てもいないのに「次の公演はいつだ?」なんて問い合わせが来ているらしい。
こりゃ、劇場完成前に、定期的な単発公演を行わないと暴動が起きかねないな。
まぁ、それはさておき。
そういった「話題の中心」「とにかく目立つ」「みんなで一緒に盛り上げていこーぜーぃ!」な仕事に抵抗がある者も当然いる。
なにせ、かつては亜人、亜系統などと呼ばれ忌避されていたのがこの近隣に住む虫人族だ。
若い連中は割とノリノリで新しいものに乗っかって未来に向かって進み出しているが、そう出来ない者もいる。
ウェンディの両親とか、娘が人間と結婚すると言ったら「酷い扱いを受ける」とか思い込んでいたし。
ミリィだって、最近ようやく慣れてきたようだが、少し前まで馬車に乗ることすら避けていた。
嫌だったんじゃなくて、怖かったんだろうな。
そういう者は少なくない。
そういうヤツらに「こういう目立たない、でも大切な仕事もあるんだぞ」と、ルシアは言ってやりたいのだそうだ。
少し勇気を出して、新しいことに挑戦してみないかと。
領主が全面的にバックアップするからと。
「いつまでも過去を見ていないで、そなたも未来を向いて歩き出してみてはどうだ、イロハよ」
思い出の詰まった館に閉じこもり、過去にばかり目を向けるようになったイロハも、そんな人間の一人だ。
「それに、四十二区にはシラハもおる。そなたは、少しシラハのもとに身を寄せる方がいいだろう」
あぁ、それはいいかもな。
イロハのこの寂しがり方は尋常ではない。
シラハのそばにいれば寂しさも紛れるだろう。
ここにいないシラハとの思い出が、イロハを物悲しい気持ちにさせているのだろうし。
「シラハのそばで新しい仕事に励めば、今のように泣きながら無為に時間を過ごすことはなくなるはずだ。どうだ?」
「そう……ですね」
くすんっと、涙を拭い、イロハは背筋を伸ばして立ち上がる。
「私も、このままではいけないと思っていました」
自覚はあったのか。
「ニッカに『泣き過ぎでちょっとウザいデスネ』と言われた時は、どうしようかと……」
ニッカぁぁあ!?
お前は正直過ぎるぞ!
「分かりました。ルシア様のご提案、喜んで受けさせていただきます」
「内容を聞かずに決めていいのか?」
「ルシア様とヤシロちゃん様が勧めてくださることに、間違いがあろうはずありませんから」
すげぇ信頼。
ちょっと重いわ。
「洗濯屋の見習いだぞ?」
「まぁ! ちょうどいいわ。私、こう見えてお洗濯は得意なんですよ。シラハ様のよだれかけ、真っ白に洗い上げていたのは私なんですから」
よだれかけ……
必需品だったんだろうなぁ。
食い物見たら「おかわりぃ~」って言ってたころには。
「では、他に希望者を募ってほしい。全員というわけにはいかぬが、なるべく希望には添うようにしたい」
「でしたら、数名心当たりがあります。あまり表に出るのが得意ではない子たちがいますので。お洗濯なら、あの子たちも得意なんですよ」
きっと、シラハの館を共に守ってきた者たちなんだろう。
「この館……管理を任されましたけれど、私では思い入れが強過ぎて却って改築の足を引っ張ってしまいます。ルシア様に託しても構いませんかしら?」
「そうだな。決してそなたらやシラハの期待を裏切ることはないと約束しよう。違えた時は、遠慮なく『精霊の審判』をかけるがよい」
「うふふ。そうしたら、オールブルームで初、カエルが領主を務める区になりますね」
どんな姿になろうと、三十五区の領主はルシアしかいない、ということなのだろうが……そう思うならカエルにしてんじゃねぇよ。
しかし、さっきまで泣き続けていたイロハに笑顔が戻った。
イロハ自身も、現在の自分の状況がよくないとは思っていたのだろう。
自分で変えようとあがいてもどうにもならないことはままある。
そんな時は、思い切って他人に丸投げしてみるのも一つの手だ。
その時に、しっかりと受け止めてくれる人がいるかどうか、それはこれまでの自分の生き方に大きく左右されることになるだろうけどな。
幸い、イロハには手を差し伸べてくれる人間が多くいるようだ。
「実は四十二区でベビー服のレンタルというモノを始めるのだが、それを三十五区でも取り入れようと思ってな――」
ルシアがイロハに今回訪問した目的を説明し始める。
イロハは話を聞きながら「まぁ、それは素晴らしいですね」と好意的な表情を見せる。
「私たちアゲハチョウ人族は、種族で子供を育てるという習慣が根付いていまして、子供服も家族の垣根を越えて融通し合っていたんですよ。……うふふ。懐かしいですねぇ。シラハ様と二人で破れた子供服を繕って……シラハ様、とてもお上手なんですよ、お裁縫。私も負けませんけれど」
なるほどな。
確かにシラハの裁縫は大したものだった。
「確認してみないと確約できませんが、おそらく十人くらいは集まると思います。全員女性になってしまうでしょうが、構いませんか?」
「むしろそちらの方が助かる。そなたらを鍛えてくれるのは、一人暮らしの女性だからな」
「でしたら、若い娘たちも安心でしょう」
「ちなみに、まだ建設はしておらぬが、仮住まいをこちらで用意する」
「よろしいんですか?」
「将来的に、三十五区のためになる事業だ。援助は惜しまぬ」
太っ腹である。
「十人が住める集合住宅であれば、あの者たちに任せれば二日で完成する」
おぉう、無責任に放り投げたな!?
鬼畜である。
頑張れ、ウーマロ、他多数!
「盛り上がっているところ悪いが、少し聞いてくれ。その期間、お前たちが住むことになる場所は四十二区の西側――湿地帯のそばになる」
俺が口を挟むと、ルシアが険しい表情で俺を見た。
んだよ。
隠して呼ぶわけにはいかないだろうが。
「そこは、かつて湿地帯の大病と呼ばれる事件が起こり、すべてではないが、多くの人々が放棄した土地だ」
そんな場所でも構わないのかどうか、それは重要なことだ。
今回、この話をすることはジネットたちにも話してある。
なので、ジネットたちがこの場にいても言葉を濁さずに話をした。
ジネットは、むしろちゃんと話してあげてくださいと言っていた。
「嫌がる者に強要するつもりはない。その辺をしっかりと話して――」
「いいえ」
しかし、イロハはあっさりと答える。
「問題があろうはずもございません」
その顔は、なんだかとても穏やかで……こちらを慈しむような、微かに嬉しそうな表情に見えた。
「私たちのことを気遣い、嘘偽りのない言葉をくださったのですね。やはりヤシロちゃん様はお優しい方です。ですが、件の事件、ウィシャート家による人災であったこと、我々も承知しております」
ルシアを見れば、澄まし顔で視線を逸らされた。
三十五区には、すでに真実が広まっているようだ。
「四十二区は、とても安全で楽しい場所だと聞き及んでおります。きっと、皆喜んで参加することでしょう」
なら、いい。
こちらとしても、あの場所が危険だなんて思っちゃいない。
受け入れ側が、そう言うわけにはいかないだけで。
イロハがそう言ってくれてよかった。
「では、イロハさんとも、しばらくはご近所さんになれますね」
話が一段落して、ジネットが全身から「大歓迎です」感満載のウェルカムオーラを迸らせる。
重い話になったが、結果がよかったのでオーライってところだな。
「陽だまり亭さんのご近所さんになるのですか?」
「はい。洗濯屋さんのムムお婆さんは、わたしの祖母にも等しい方で、毎日お茶を飲みに来てくださるご近所さんなんですよ」
「陽だまり亭さんに、毎日通えるご近所さん……」
口を押さえ、イロハがよろめく。
「希望者が百人を越えるかもしれません!」
「いや、そんなにはいらんわ!」
全国チェーンにするつもりか!?
十人くらいでいいかなぁ!
陽だまり亭に来たいなら、馬車とか使って日帰りで来い!
「駄菓子屋横町に、ジネット直伝の軽食とケーキが並ぶようになるから、そっちで我慢しとけ」
「通います!」
「お前は四十二区に来るの!」
なんか、イロハが暴走している。
おかしい。前に会った時は落ち着きのあるちゃんとした人だと思ったのになぁ。
……やっぱ、ジネットに会うと性格に影響出るんじゃね?
その後、イロハはムム婆さんのもとで研修兼お手伝いをしてくれそうな人材に話をつけに行くと、楽しそうに駆けていった。
「元気になられてよかったですね、イロハさん」
いささか、元気の方向が違うような気もしなくはないが。
まぁ、過去にしがみついて泣き暮らすよりはいいだろう。
泣いて暮らすくらいなら、多少変でも元気な方がいい。
……変じゃないのが一番いいが。
「しかし、あのノリ、あのテンション。こりゃ、研修生の寮を急いで建てなきゃいけなくなったな」
「そうだな。キツネの棟梁殿にはよろしく伝えておいてくれ」
元気を取り戻し過ぎてはしゃぐイロハの後ろ姿を見送り、ルシアが苦笑いを浮かべつつ満更でもなさそうに呟く。
「特別手当でも出してやるんだな」
「そうだな……ふむ」
これだけ出歩いているのに全然日に焼けない真っ白な手をアゴに添え、ルシアは少しの間思案にふける。
「では、私から称賛の言葉を送るとしよう」
金出す気ねぇな、こいつ。
褒め言葉なんぞ、いくらもらっても腹は膨れねぇってのに。
「私がハム摩呂たん一筋なのは不変の事実であるが――」
なんだ、そのどーでもいい宣言。
「――キツネの棟梁の尻尾も、なかなかにもふもふでキュンとしておる。そう伝えておいてくれ」
「分かった。ルシアがたまにウーマロの尻を盗み見してるらしいから、お前も尻をガン見してやれと伝えておくよ」
「もう歪曲しておるではないか!? まともに伝言も出来んのか、貴様は!?」
そもそもの伝言がまともじゃないんだよ!
「お前の尻尾、素敵だぜ☆」
「まぁ! よ~し、頑張っちゃうぞ☆」
――とか、なるか!
なるわけないわ!
「あの棟梁もなぁ……もう少しまともに会話なり対応なりをしてくれれば、可愛げもあるのだがなぁ……」
ウーマロだったら、ルシアと目を合わせたこともないんだろうなぁ。
そこらの女子でもダメなんだから、ルシア級になるとまぁ、不可能だろうな。
「美人であればあるほどあいつは避けるからなぁ。諦めろ」
「ふなっ!? …………ぁりがと」
なんかお礼言われたわぁ!?
別に褒めたわけじゃな……あぁ、いや、まぁ、褒めてたか、今のは。
にしても、ルシア的にウーマロは『アリ』な分類に入るのか。
まぁ、こんだけ世話になってりゃ、好感も抱くか。
ベッコですら、ナシ寄りのアリに分類されているようだし。
こいつ、モテ期が過去になり過ぎて、ストライクゾーン広げてないか?
「ウーマロは嫁にやらんぞ」
「いらぬわ。ハム摩呂たんを寄越せ」
「やらんわ」
「なら、もらってもらうしかないか……」
「ごめん、そんなとこで真剣な顔の無駄遣いやめてくれる?」
なんとか、ルシアだけが通れないバリアーとか開発できないもんかねぇ。
あぁ、そうだ。
ハム摩呂といえば……
「ハムっ子がいれば、大至急ウーマロに研修生寮の建築を伝えに行ってもらうのになぁ」
「さすがに三十五区にはウチの弟たちいないですね」
そうだな。
三十五区に弟を派遣すると、高確率で攫われちゃうもんな。
犯人と監禁場所の目星はつくからソッコーで取り返しにいけるけども。
「よし、ロレッタ。ひとっ走り――」
「無理ですよ!? この距離走って帰るのはさすがにしんどいです!」
えぇ……ハム摩呂なら「うははーい!」って飛び出していってるところだぞ、今の?
「はぁ……これが、老化か」
「違うですよ!? 年長になるとペース配分が出来るようになるだけです! 年少の子たちみたいに、倒れるまで全力で走り回らなくなるという、成長です、これは!」
「……まぁまぁ、ロレッタ。とりあえず、このベンチ、どうぞ」
「席を譲らないでです、マグダっちょ!? あたしまだまだ体力あり余ってるですから!」
シラハの館の前に設置された木製のベンチをぽんぽんと手で叩き、ロレッタに座席を譲るマグダ。
ナイス、お婆ちゃん扱い。
……つか、家の前のこのベンチ。
イロハが家を見上げながら物思いにふけるためにカワヤが設置したろ?
甘やかすんじゃねぇよ、奇行に走った人間を。
「ダメです!」とビシッと言って聞かせろよ。
「ふむ。では、私が手紙を出しておいてやろう。明後日には棟梁のもとへ届くだろう」
「じゃあ、帰ったら『ルシアから重要な手紙が来るから待ってろ』って伝えとくよ」
「ちゃんと伝えてあげましょうね」
ジネットがニコニコして俺とルシアに苦言を呈する。
え~、でも、「いや、今内容を教えてほしいッス!」って慌てふためくウーマロ、見てみたくない?
絶対おもしろいぞ。
あいつのリアクション、ピカイチだから。
「やっぱ、女はエステラ、男はウーマロだよな」
「ふむ……私としては義姉様を推したいところだが、エステラも可愛らしいからな」
「……ヤシロとルシアが邪悪な顔をしている」
「こーゆーところで、ホントよく似てるです、お兄ちゃんとルシアさんは」
「ヤーくんとルシア姉様は仲良しさんで羨ましいですね、テレサさん」
「なかょし、いぃね」
失敬だな。
俺はルシアと違って、他人の気持ちを慮れる人間なんだぞ。
その証拠を見せてやろう。
「研修に参加する虫人族たちを、あまり急かしたくはない。準備にも時間がかかるだろうから、引っ越しは三日後辺りでどうだ?」
「お兄ちゃんが受け入れ側を急かしまくる気満々です!?」
「……まだ建ってもいない寮への受け入れ準備を進める気も満々」
「ウーマロ棟梁様、倒れてしまわれないでしょうか?」
大丈夫だぞ、カンパニュラ。
倒れたら、起こしてやればいいだけだ。
「よいしょ」ってな☆
心配はいらない!
どんなに苦しかろうと、どんなに死にそうであろうと、人間、死ぬまでは絶対死なないのだから!
「ムムお婆さんの方も、何かと準備が必要でしょうから、もっとゆっくり計画を練りましょうね」
ジネットにやんわりと釘を刺される。
まぁ、そうか。
ジーさんバーさんは、あんまり急かすと心拍数が上がって寿命がみるみるすり減っちまうからな。
のんびり生きている亀やマリモは長生きなもんだ。
逆にせかせか生きているセミなんか、一週間だもんな。
地中にいる時は、きっとゆっくりのんびり生きていたんだよ、セミも。
だから結構地中にいる期間は長いんだ。
なのに、外に出た瞬間「誰か、素敵な女子はいませんかー!?」って全力で鳴き始めるから、そっから先が一週間しかもたないんだよ。
もっと落ち着けよと言いってやりたい、セミに。
行き急ぐなと。
結婚だけが人生じゃないぞと。
ノーマを見習っ……いや、あれはちょっと見習っていいのか熟考が必要か。
「俺、帰ったらノーマに優しくする」
「よく分かんないですし、たぶんですけど、それするとノーマさんに『ジュー!』ってやられるですよ?」
「……ノーマは、そーゆー空気を察する達人」
そうそう。
何も言ってないのにすごい目でこっち見てくるからな。
思っただけなのに。
アウトプットしていないのに!
「とりあえず、帰ってから要話し合いだな」
教えようにも、教材がないとムム婆さんもやりようがないだろう。
十人も人を受け入れ、仕事が今と同程度では話にならない。
ならば、四十二区の子供服レンタル業はさっさと始めてしまおう。
大型顧客(=ウェンディ&セロン)がいる今がチャンスだ。
「ルシア。子供服コンテストをやるから、こっちの裁縫自慢にそれとなく告知しといてくれ。たぶん、レンタル業を定着させるためには必須になるから」
赤ん坊の服なんかお下がりで十分。――そんな意識が蔓延していると、レンタル業は機能しない。
「ウチの子(=マイエンジェル)には、とびっきり素敵なお洋服を着せなくちゃだわ!」的な、頭お花畑状態くらいがちょうどいい。
そのためには、お披露目が必須だ。
なので、三十五区でも同じような催しをやってもらう。
その下準備として、四十二区のコンテストを見学に来てもらおうというわけだ。
「――ってわけだから、エステラの許可も取っといてくれ」
「貴様が言えば済む話であろうに」
「こーゆーのは領主の仕事だろうが」
手紙でやり取りしろ、手紙で。
俺は今回、完全に裏方――いや、部外者のポジションにいるつもりなんだから。
……俺が赤ん坊のために走り回るとか、ないない、あり得ない。
俺のクールでニヒルなイメージを損なう。
不許可だ。
「では、貴様を審査委員長に推薦しておいてやろう」
「絵にも描けないような卑猥な服を優勝させるぞ」
それがスタンダードになったら、全赤ん坊がそんな服を着るようになり、そしてそのままその世代が成長したら「え? これくらいの露出、普通っしょ?」とか言ってへそ出し、尻見せ、下乳パラダイスになっちゃうぞ!
なにそれ、素敵!
「俺、審査委員長やってもいいかも!?」
「そのような危険があることは、手紙にしっかりとしたためておくとしよう」
「もぅ、ヤシロさん。ダメですよ」
きゅっと、袖をつままれた。
他所の区だからか人前だからか、なんかちょっと控えめだ。
今ならなに言っても懺悔させられないのでは!?
……うん、ないな。ないない。
「少し、気温が下がってきましたね」
ジネットが軽く首をすくめる。
ほんのりと冷たい風が頬を撫でて通り過ぎていく。
もうそろそろ、日が傾き始めるだろう。
夜までいるつもりはないので、ぼちぼち帰るとしよう。
「少々慌ただしくもあったが、今日は有意義な時間を過ごせた。礼を言うぞ、ジネぷー、マグまぐ、義姉様、カンパニュラ、テレサたん、他一名」
「省略するタイミング遅っせぇな、お前」
もうちょい手前だろう、省略するなら。
……嬉しそうな顔でこっち見んな。なんだそのしてやったり顔。
「ギルベルタ、気を付けて帰るんだぞ」
「嬉しい思う、私は、心配してくれて、友達のヤシロが」
「私にも気遣いを寄越さぬか、カタクチイワシ!」
お前が俺を省いたんだろうが。
「また何かあったら呼ぶから、それまでは来んな」
「うむ。何かありそうだと感じたらいつでも足を運んでやろう」
聞けよ、人の話を。
……地中掘って直線で四十二区と三十五区を結ぶ地下鉄とか提案したら、確実に食いつくだろうな、こいつ。
この街の地下なんて、何が出るか分かったもんじゃないから、怖くて掘れないだろうけど。
「カタクチイワシ。諸々、頼んだぞ」
俺はお前の部下じゃねぇんだが。
「へいへい。ご褒美は年中無休で受け付けてるから、いつでも持ってきていいぞ」
「そこまで露骨に会いたいと催促されると、さすがに照れるな」
口の減らないヤツだ。
「では、またな」
最後にいい笑顔寄越してんじゃねぇよ。
へいへい。またな。
満足そうなルシアと、楽しそうなギルベルタに見送られ、俺たちはルシアの豪華な馬車に乗り、四十二区へ向けて出発した。
馬車に揺られ、四十二区へ戻る。
道中、馬車の中でロレッタが――
「いなかったです、イーガレスさん。勝負してみたかったですのに」
――と、しょんぼりしていた。
メンコの聖地でメンコバトルをと意気込んでいたが、チャンピオンは不在だったそうだ。
その代わり、アルシノエに神経衰弱とババ抜きを教えたとのことで、そういう遊び方も広まっていくかもしれない。
「お兄ちゃん、もう一回ババ抜きしたいです!」
「どんだけ元気なんだよ、お前は」
遠出して、結構な距離歩き回って、人と会って、話しして……、疲れろよ、少しは。
「わたしも、もう一度やってみたいです」
前回チャンピオンのジネットも参加を表明する。
こいつ、調子に乗ってやがるな?
「いいだろう。チャンピオンの座から引き摺り下ろしてやる」
「……マグダも参戦する」
「いいぞ、マグダ。受けて立とう」
「お兄ちゃん、あたしとも勝負です!」
「どーしよっかなぁー?」
「なんであたしの時だけ難色示すですか!? イくないですよ、そーゆーの!」
きゃんきゃん吠えてメンコを投げてくるロレッタ。
やめろ。
一切痛くないが、拾うのが面倒くさい。
「……ロレッタが投げつけるから、エステラのメンコがこんなにぺったんこに」
「元からですよ、それは!?」
「うわ、ロレッタ……ひでぇ」
「違うですよ!? エステラさんがぺったんこなわけじゃなくて、メンコがぺったんこなんですよ!? みんな等しくぺったんこですよ、メンコは!」
「……え? 『エステラさんが――』なんて?」
「なんで『精霊の審判』の構えで聞き返してくるですかマグだっちょ!? 確かに、ぺったんこなわけじゃなくもないですけども!」
「うわ、ロレッタ……ひでぇ」
「うぐ……今の発言は、確かにちょっとアレですけど……言わされたようなもんですよ!?」
「ダメですよ、みなさん」
ふんわりと、その場にいる全員にお叱りが降り注ぐ。
カンパニュラとテレサにも、微かに降りかかっていたことだろう。
「まったく、ロレッタのせいで……」
「……困った子」
「二人が面白がった結果ですよ、今のは!?」
人のせいにするとか、どういう育ち方をしているんだ!
「親の顔が見てみたいな!」
「ごめんなさいです! 謝るので、それだけは勘弁してです!」
「――切実に!」
「ホントごめんなさいです!」
切実さをアピールしたら、ロレッタが床に正座して三つ指ついて頭を下げた。
そんなに見せたくないか、両親。
つか、結構ご近所さんなのに、マジで一回も見かけたことないからなぁ。
「拾い終わりましたよ、ロレッタ姉様」
「ぁい、どーぞ!」
「拾ってくれたですか、二人で? ありがとうです。帰ったらご褒美あげるですね」
ロレッタがぺちぺち投げたメンコを拾い集めたカンパニュラとテレサ。
二人同時に頭を撫でられて、にへら~っと頬を緩めている。
「では例によって、この中から一枚、仲間はずれのババを決める(まぁ、どーせロレッタだろうけど)!」
「そーゆー決めつけ、イくないですよ! これ、行きの馬車でも言ったです!」
前回チャンピオンということで、ジネットが代表して適当にメンコを一枚引き抜き、ババを決める。
それからメンコをシャッフルして、一枚ずつ配っていく。
今回は人数が減ったので一人当たりの枚数が増える。
五十一枚割る六人で、一人八~九枚。
俺は九枚だ。
……持ちにくい。
「うわぁ……ロレッタがいる」
「あたしがババって決まったわけじゃないですよ!?」
「ヤシロさんが揃いました。ここでしばらく応援していてくださいね」
「ジネット姉様、お気に入りのメンコは手元に置いておいてもよいというルールなのですか?」
「……マグダを手元に置いておくと、勝利がぐっと近付いてくるとか、こないとか」
「かにぱんしゃ! おいとく!」
「うっわ、ルシアだ。ポイ!」
「ためらいなく捨てたですね、お兄ちゃん!? 今、なんか手元に残しとこう的な流れで来てたですのに!?」
ん?
だって、いらないし?
「あの、あと一枚になってしまいました」
見れば、ジネットの手元にはメンコが一枚しか残っていなかった。
ジネットのヒザの上には俺とジネット、エステラとムム婆さんのメンコが二枚ずつ置かれている。
すげぇ引きだな、相変わらず。
「ジネットからスタートするか」
ジネットが引かれるところから始めると、ジネットは一回もメンコを引くことなく終わってしまうしな。
「では、わたしから、右回りでいいですか?」
「そうだな。じゃあ、それで」
スタンバイが出来たので、ゲームを開始する。
まずは、ジネットが俺のメンコを引き抜く。
「あ、揃いました」
「無敵か!?」
ジネットに、新たな特技が誕生した。
ジネット、ババ抜き二連覇。
勝てねぇよ、こんなの。
最後に揃ったのは、ベルティーナのメンコだった。
……絶対贔屓してるだろ、ベルティーナ?
「夕方になって、腹でもすかせてるんだろうな。ジネットのところに直行したぞ、このシスター」
「え? ……ふふ、そうですね。では、帰ったらお夕飯を作りに行ってあげましょうか?」
今日の陽だまり亭は休業日。
夕方に教会へ飯を作りに行くことも可能か。
けど、仕込みしてないな……
「実は、ギルベルタさんからパスタをたくさん分けていただいたんです」
三十五区のパスタをジネットが気に入ったということで、ギルベルタが帰るまでの間にたくさん用意してくれたらしい。
なんて気の利くいい子なんだ。
ウチの子になればいいのに。
「モリーさんも、もしかしたらまだ教会にいてくださるかもしれませんし」
「んじゃ、ご褒美パスタだな」
「はい。モリーさんは、何がお好きでしょうか?」
甘いものだな。
とても好きで、たまに嫌いに違いない。
主に、物凄く食べ過ぎた翌日とか……
「ボンゴレ・ロッソ、ボンゴレ・ビアンコ、ペスカトーレ、カルボナーラ、ペペロンチーノ、カチョエペペ、ボロネーゼ……明太子パスタにスープスパってのもいいな」
「大変です、ヤシロさん! 全部作りたいです!」
まぁ、全部作っても、全部たいらげてくれる人がいるから心配ないだろうが。
「ヤシロさんは、何が一番食べたいですか?」
一番か……今の気分でいけば――
「ミートソースかな」
ボロネーゼよりも甘めに仕上げて、ガキのころよく食ったミートソース缶の味を再現してほしい。
女将さんがいない時、親方と食ったんだよなぁ。
というか、親方が作るものはたいていレトルトだった。
魚さばけんのに、料理はあんまりしなかったんだよなぁ。
まぁ、女将さんの料理が好き過ぎて、自分で作ろうって気が起きなかったんだろうけど。
『俺だってな、やろうと思えば出来るんだぞ? やらないだけで』
って、よく言ってたっけ。……ははっ。
「親方さんのことですか?」
「ん?」
「いえ。なんとなく、親方さんのことを思い出されているようなお顔をされていたので」
「どんな顔だよ……」
俺の顔つき検定一級とか持ってないだろうな?
「まぁ、正解だけども」
「ふふ、やりました」
ぱちぱちと、自分に拍手を送り、満足そうに笑うジネット。
しかし、親方を思い出していそうな顔とか……
「ちなみに、親方と女将さんだと、顔が違うのか?」
「はい。女将さんのことを思い出されている時は、もっと、こう……食いしん坊なお顔をされていますよ」
てへっと、イタズラ小僧っぽい表情を見せるジネット。
やめろ、その言ってやった感醸し出すの。
「ってことは、マグダやロレッタがジネットを思い出している時みたいな顔か」
「えっ、あたし、そんな食いしん坊な顔してるですか?」
「……ロレッタはしている」
「マグダっちょもしてるって言われてたですよ、今!?」
「……マグダは、店長を思い浮かべる時、きっと穏やかな顔をしている」
「いや、食いしん坊な顔って言われてるですってば!」
「……そして、ロレッタを思い出す時は酸っぱそうな顔を――」
「なんで酸っぱそうな顔するですか!?」
騒ぐ二人を見つめつつ、酸っぱそうな顔をしてみる。
「……ヤシロが、ロレッタのことを思い出している」
「この顔で思い出されるの嫌ですよ、あたし!?」
「ロレッタのヤツ、今頃どこで何してるんだろうなぁ」
「目の前にいるですよ!? そして、酸っぱそうな顔やめてです、お兄ちゃん!」
ゲームもそこそこに、賑やかに騒ぐ俺たちを見て、カンパニュラたちが口を開けて笑う。
テレサもカンパニュラも、自然に笑うようになった。
ロレッタとマグダがいつも騒がしいのも理由の一つだろうが、やっぱりジネットがいるからってのが大きいだろうな。
ジネットのそばにいると、誰しも自然と笑顔になるのだ。
これから陽だまり亭の近所に引っ越してくるイロハたち虫人族も、きっと気付けばそうやって自然と笑うようになっている。
たとえ、過去にいろいろなことがあり、人目に付くこと、人前に出ることを避けているようなヤツであっても、な。
これからきっと、西側も賑やかになっていくんだろうな――
そんなことを考えながら、残った道程を馬車に揺られて過ごした。
ババ抜きの結果は、また俺が最下位で、ババはやっぱりロレッタだった。
あとがき
好きよと言い出せないうちにあなたのロッカー奪った、宮地です☆
ロッカー泥棒!?
Σ(゜Д゜;)
奪うのはラブレターだったはずが……
下駄箱にラブレターとか
今の時代もあるんでしょうか?
そもそも、下駄箱とかあるんですかね?
いやだってほら、
最近は何かとリモートの時代でしょう?
ですので……リモート下駄箱、とか?
…………どこをリモートしましょう!?
(;゜Д゜)
私たちの時代には、それはもうよくあったんですよ〜
下駄箱
もう、あっちこっちに下駄箱
え、こんなところにも下駄箱!?
駅前のコンビニ潰れて下駄箱になるんだって〜
「あ、お嬢さん。肩に下駄箱が」
「まぁ……(ぽっ)」
いや、下駄箱がいっぱいあったわけではなく
下駄箱にラブレター的な話は結構あったんですよ。
えぇ、まぁ、私の下駄箱は静かなものでしたけどね!
ラブレターはおろか、バレンタインデーのチョコも入っていた試しはありませんけどね!
別にいいんですけどね!
下駄箱なんて不衛生ですし!
そんなところに入っていたバレンタインチョコとかラブレターとか食べたくないですし!
ラブレターは食うな!?
Σ(゜Д゜;)
ただ、一回だけ
中学校のころに下駄箱に手紙が入っていたことがあったんですよ
ノートの切れっ端を畳んだ、簡単なものだったんですけども
帰宅部(本当はバレー部)だった私が他の生徒よりも早く帰ろうと昇降口に行って下駄箱を見たら、
外履きの中に手紙が!
キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!
いや、反応が懐かしい!?
Σ(゜Д゜;)
あのですね、
ウチの中学、
下駄箱に靴を入れる時はつま先を奥に入れることって校則がありまして
いや、マジで!
本当なんです、これ!
山間部にある町だったもので、
暗くて、狭くて、温かい場所って
百足(←視覚的配慮)が入り込むことがありまして
つま先を手前にして下駄箱に入れると
百足に気付かずに履いて足を噛まれるとか
持った時に手の指を噛まれるとか
そういうことが頻発するから
絶対に靴はつま先を奥に向けて入れるようにって校則があったんです。
あと、マフラーは上着の外に出してはいけないって校則もありましたね
理由は、マフラーを服の外に出してプラプラさせていると、
背後から忍び寄った何者かに首を締められるから
……いや、ねぇよ!?
Σ(゜Д゜;)
でも、本当にそんな校則があったんですよ
過去の事件に起因していたりするんですかねぇ……
それはさておき、
つま先を奥に向けて靴を下駄箱に入れていると
かかと側が手前に向いていて、
足を突っ込む穴が手前に来るじゃないですか
その穴に、
細長く畳まれた紙がささっていたんですよ!
めっちゃ目立つんです!
下駄箱開けた瞬間
キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!
って思うくらいに!
それで、ワクワクしながら折りたたまれた手紙を開いて中を見たら――
『青二才』
のみ!
どんな悪口だ!?
(# ゜Д゜)
えらく遠回しな喧嘩の売り方だな、おい!?
「は? え? はぁ!?」
ってなりましたよ!
で、
事の顛末なんですが、
その日の朝、
投稿中に友人と会って
途中から一緒に通学したんですけども、
そいつが朝からうんうん悩んでたんで、
「どした?」って聞いたら――
友人「あのさぁ、『しゃらくさい』みたいな悪口あらへんかったっけ?」
宮地「しゃらくさいは悪口やろ」
友人「ちゃうねん。もっと違うやつで、『未熟者』みたいな意味の」
宮地「ほな未熟者でえぇんちゃうの?」
友人「『未熟者!』って言われてもイラってけぇへんやん?」
宮地「いや、めっちゃイラってくるけどな」
友人「なんかあったんよなぁ……なんやったかなぁ……」
宮地「未熟者って意味でしゃらくさいみたいな言葉…………『みじゅくしゃい』?」
友人「可愛っ!? いや、ちゃうねん! 舌っ足らず萌えとかちゃうねん!」
みたいなことがあり、
一日授業を受け、
放課後になって「あっ! 思い出した! 『青二才』や! 忘れへんうちに宮地にも教えとこ! でも今から部活やし……手紙でえぇか」
と、ノートに『青二才』とだけ書いて私の下駄箱に放り込んでおいたらしいんです
いや、前後の説明は頂戴!?
(;゜Д゜)
「朝話してたアレだけど、思い出したんだよ、青二才だったわ〜」とかさ!?
出来るじゃん!?
こっちはそんな朝っぱらの話完全に忘れてますからね!?
一日授業を終え、さぁ、帰ろうかというタイミングでの『青二才』
しかも「ついに私にもラブレターが!?」という期待値MAXからの叩き落とし!
友人を血祭りにあげたとしても、
司法は私の味方をするだろう
きっとするだろう
宮地「まぁ、言ぅてもね? ノートの切れっ端だったし、そこまで期待してなかったけどね? さすがにラブレターを封筒にも入れずにノートを畳んだ状態で靴に突っ込むなんてあり得ないしね〜」
友人「いや、俺が前にもらったラブレターはノートを折りたたんだ状態で靴に突っ込まれてたで?」
宮地「……は?」
友人「なんか、ハートの形に折りたたまれとったわ」
宮地「よし、そのケンカ買った」
友人「売ってへんけど!?」
宮地「てめぇ、自分はラブレターもろといて、私には同じシチュエーションで『青二才』か!? 鬼畜か!? お前がかの有名な鬼畜ジュニアハイスクールスチューデントか!?」
友人「その有名な鬼畜ジュニアハイスクールスチューデントを知らんけども!」
友情なんてものは、些細なことで粉微塵になるものなんですよ
……けっ!
(# ゜Д゜)、ぺっ
あぁ、本編に触れてないのにガッツリ書いてしまった!?
三十五区もこれから徐々に変わっていきそうです☆
というわけで、
私のような悲しいジュニアハイスクールスチューデントが再び生み出されないように
ラブレターが入れられそうなロッカーは奪い去りたいと思います
ロッカー泥棒、再び!?
Σ(゜Д゜;)
次回もよろしくお願いいたします。
宮地拓海




