誕生5話 ひとっぷろ
『ヤブ乳』で懺悔させられている俺。
厨房の奥に連れて行かれて、すみっこを向いて「胸の発育は娘の意思を尊重してみてもいいかと思いかけています」という懺悔を呟いていると、女子連中がどやどやと厨房を通過して風呂場へ向かっていった。
「懺悔中に懺悔しなきゃいけないような発言をしないように」
と、エステラにつむじを押下される。
たぶん凹んだわぁ、今の瞬間、俺のつむじ。
「はい。もう結構ですよ、ヤシロさん」
ジネットからお許しの言葉を頂戴する。
はぁ~、やれやれ。
「俺ばっかり懺悔させられるんだもんなぁ」
「ヤシロさんのお口が、悪い子だからですよ」
「ジネットの方が大きな野望を抱いていたのにさぁ」
「え、わたし、野望なんて……なんの話ですか?」
「子供に『うるる』と『さらら』って付けたいんだろ? UとSとか……どんな爆乳だよ」
「そんな意図は含んでいませんっ! もう、懺悔してください」
今終わったばっかりだっつーの。
「ジネットも風呂に行ってこいよ。あいつら結構長湯するだろうから、まだ間に合うだろ」
「そうですね。では、わたしも混ぜてもらってきますね」
ぺこりと俺に向かって頭を下げ、「後片付けはあとでわたしがしますので、そのまま置いておいてください」とジネットは風呂場へ向かう。
置いとけって……とんでもない量だぞ、これ。
ぼちぼち進めておいてやろっと。
きっと、今日は誕生日だから免除ですとか思ってんだろうけど。
そんなもん、食堂には関係ないからな。
誰の誕生日であろうと、翌日は普通に営業があるのだ。
サボっていい理由にはならない。
「ホント、よく食い尽くしたなぁ、この量……」
洗い場に山と積まれた空の食器を見て、思わずため息が出る。
今日は一体、どれだけの料理を作ったんだ、ジネットのヤツ。
いつかじっくりたっぷりとマッサージでもしてやらなきゃな。
「おっ、労いといえば……」
いつか作ろうと思いつつ、まだ未着手だったものがある。
作れば絶対喜ばれる、究極のご褒美。
うん、そうだな。
こんだけ盛大に祝ってもらったんだ。
お返しの意味も込めて、作ってやるか。
ここにいる連中限定になっちまうが……まぁ、噂を聞きつけてやって来たヤツには、入浴とセットで体験させてやってもいい。
「たしか、氷室にアレがあったはず……」
記憶を頼りに、氷室の中を物色し、牛乳の入ったミルク缶を見つけ出す。
よし、たっぷりあるな。
一缶の半分くらいなら使っても平気だろう。
朝の仕込みで大量の牛乳を使うこともないだろうし。
「あとは、コーヒーを淹れる」
そう!
究極のご褒美、それは――お風呂上がりのコーヒー牛乳だ!
それも、キンッキンに冷えたヤツ!
幼き日、親方に連れられて行った銭湯で、風呂上がりに飲んだコーヒー牛乳のうまかったこと。
あの瞬間、俺は宇宙を感じたね。
あぁ、そうか……コーヒー牛乳は宇宙だったのか――とな。
作り方は簡単。
牛乳に、ちょっと多めの砂糖を入れたコーヒーを混ぜるだけ。
カフェオレとの違いは、メインがコーヒーか牛乳かってところか。
カフェオレはコーヒーとミルクの割合が1:1であるのに対し、コーヒー牛乳はミルクをカフェオレよりも多くして、多くの場合砂糖を入れて甘くしてある。
これなら、テレサでもマグダでもデリアでも飲めるだろう。
「……んっ、甘っ!」
コーヒーの熱でぬるめのコーヒー牛乳はとてつもなく甘く感じた。
これを冷やせば、ほどよい甘さになるだろう。
……俺は無糖のカフェオレの方がいいけどな。
早く冷えるように、コーヒー牛乳の入ったミルク缶を氷の上に寝かせてから氷室を出る。
「ヤシロさん、フロアの片付け終わったッス」
「衝立は、ジネット氏の要望通り、食料庫奥の倉庫へ運び込んでおいたでござる」
俺が懺悔している間、フロアに作った簡易寝室の解体作業をしていたらしいウーマロとベッコ。
え、衝立もらったの? なんかしまい込まれたみたいだけど?
また、今回みたいな時に活用しようって?
そうそう起こってたまるか、今回みたいなハプニング。
あ、ちなみに、ウッセやモーマットはもう帰ったらしい。
……手伝っていけよ、たまにはよぉ。
「お前らも風呂入っていくか?」
「あ、いいんッスか? じゃあ、お言葉に甘えるッス」
「いいでござるな。では拙者らで、バースデイ混浴でござる!」
えぇ……なに、その一切嬉しくないイベント。
バースデイ混浴だったら、ジネットやノーマと入りたいわ。
……ん?
ノーマか……
そうだな。コーヒー牛乳がキンッキンに冷えるまで、もう少し掛かりそうだし。
「あぁ、くそ。ハビエルが残ってりゃ酒を分けてもらったのに」
「いるぞ」
「私もいるよ、オオバくん」
厨房にひょっこりと顔を覗かせるハビエルとデミリー。
「ハビエルはともかく、デミリーが夜まで残ってるなんて珍しいな」
「あはは。もう、ここまで来たら思い切ってしまおうと思ってね。それに、今日はおめでたい日だからね」
デミリーは、フットワークが軽いがみだりに外泊をするようなことはない。
領民の暮らしが第一の、数少ない優良領主なのだ。
「ほんと、デミリーは少ない領主だよなぁ」
「何がかな!?」
と、頭皮を隠すように腕を上げるデミリー。
いやいや、それは自意識過剰だって。
褒めてるから、これでも、一応。
「ハビエルは、さっさとカンタルチカに行ったかと思った」
「今日は美女たちからの誘いがあったからな。店長さんの許可を得てここで三次会の予定なんだ」
えぇ……
ウチ、閉店時間早いんだけど?
「まさか、ハビエルとデミリーも泊まっていくのか?」
「いや、私は遅くなっても帰るつもりだったけど……そうだねぇ、スチュアートと一緒に雑魚寝するのも、たまには悪くないかもね」
「昔は結構やったからなぁ」
なんでも、若かりし頃のこいつらは、外の森へ調査に出て、数日泊まり込むこともあったのだとか。
森と木について研究し、木こりギルドにとって最良の区になれるよう、デミリーもかなり勉強したらしい。
結構無茶してたんだなぁ。
まぁ、若かったゆえ、か。
「ただ、女性が多く寝泊まりする場所でというのはさすがに気が引けるから、木こりギルドの支部に厄介になろうかな」
「そうだな。イメルダも、今日は陽だまり亭に泊まると言っていたし、海漁のと三十五区の領主様もこっちに泊まるからな」
「待て、話が違うぞ!? マーシャとルシアがイメルダのところに泊まるから、イメルダが陽だまり亭に避難してきたんじゃないのか!?」
「イメルダのいない館は味気ないって言ってなぁ、急遽予定を変更したんだそうだ。ヤツらの面倒、よろしく頼むぞ」
がははと笑って俺の背をバシバシ叩くハビエル。
……じゃあ、イメルダもろとも引き取ってくれよ。
「だがまぁ、風呂くらいはご相伴に預かろうじゃねぇか」
「そうだね。風呂上がりに、店長さんが夜食を作ってくれるらしいから、それも楽しみだよ、私は」
いつの間にそんな約束を……
「じゃあ、女子連中が風呂から出るまで、男だらけの真夜中会でもやっとくか」
「いいねぇ。領主になってから、なかなかそういう機会がなかったから、今日は思いっきり羽目を外させてもらうよ」
「ハビエル。デミリーに脱ぎグセは?」
「ないよ、オオバくん!?」
「そういや、若い頃に一回……」
「若気の至りをほじくり返さないでくれるかな、スチュアート!」
そうだろそうだろ。
男なら、人生で一度くらいは酔いに任せて黒歴史を生み出すもんだ。
どうして野郎ってのは、酔うと脱ぎたがるんだろうなぁ。需要なんぞどこにもないのに。
「…………はっ!? もしかして、ノーマが酔っ払えば!?」
「ただただ面倒くさくなるだけだぞ、あの嬢ちゃんは……」
もうすでに、何度か煩わされているっぽいハビエルが遠い目をしている。
若干、色褪せて見えるぞ、お前のその顔。
何されたんだよ。
で、色っぽいハプニングはゼロなのか。そりゃご愁傷様だな。
それはさておき。
「ハビエル。清酒って残ってるか?」
「おう。今日はいいのを持ってきたんだ。まだまだあるから、飲みたきゃ飲ませてやるぞ」
「俺は飲まねぇよ」
一回飲んだら、お前らは際限なく酒に誘ってくるだろうが。
目に見えている面倒事は事前にシャットアウトしておくに限る。
「じゃあ、これを熱燗にするか」
セロンに言って特注してもらった徳利とお猪口がある。
本当は、そういう焼き物を作れる陶磁器ギルドの職人を紹介してくれと頼んだんだが、「英雄様が使用されるものは僕が作ります!」とセロンが焼き上げてきたんだよな。
意気込みが怖ぇし、それ他人の仕事奪ってないか? 大丈夫なんだろうか、あいつ。
「風呂に浸かりながら飲む酒は、格別らしいぞ」
「そりゃあいい。ワシらもあとで堪能させてもらおうじゃねぇか」
「うんうん。これだけで、今日残った甲斐があったよ」
オッサン二人があっさり釣れた。
じゃあ、一緒に持ち込めるお手軽おツマミも作ってやるか。
「ベッコ、ウーマロ。悪いが洗い物を手伝ってくれるか?」
「心得たでござる!」
「マグダたんの手荒れを未然に防ぐためにも、オイラ頑張るッス!」
俺が酒を温め、ツマミを作る間、野郎どもが鍋や食器を洗う。
ハビエルとデミリーも面白がって鍋洗いに精を出していた。
「この焦げ付きは強敵だな!」とかなんとか、割と楽しそうに。
男って、たまに家事を手伝うと妙に張り切るんだよなぁ。
毎日やらないから、その一回にかける熱量がすごいんだろう。
毎日やらないから。
ほんと、ジネットにはもっと感謝しないといけないな。
「……さて、どうしたものか」
「これは、難題ッスね」
「大問題でござる」
「ワシらじゃどうすることも出来ねぇな」
「領主として様々な窮地をくぐり抜けてきたけども……こればっかりはお手上げだね」
野郎どもが雁首揃えて直面した問題に頭を悩ませている。
コーヒー牛乳がキンッキンに冷えるまで、ゆっくりと入浴してもらおうと、湯船に浸かるノーマに熱燗の差し入れをしようと酒を温めたまではよかったのだが……
どうやって持っていくんだ、これ?
「しょうがない。俺が代表して――」
「入っちゃダメッスよ!?」
「大丈夫だ。これはただの親切心であり、下心なんてこれっぽっちしかない」
「と、全力で両腕を大きく広げたでござるな、ヤシロ氏!?」
「そんなでっかい『これっぽっち』を初めて見たぞ、ワシは」
「オオバくんの正直なところは美点なんだけどねぇ」
早くしないと女子たちが出てきてしまう。
さて、どうしたものか……
「廊下からデカい声で呼べば、誰か出てきてくれんじゃねぇか?」
「だ、ダメッスよ!? 入浴中の、じょ、女性が、脱衣所までとはいえ出てくるなんて、大問題ッス!」
「体にバスタオルを巻いておけば問題ない!」
「問題大ありッスよ!?」
バスタオル姿はテレビでも放送できるんだから倫理的にOKなんだよ。
きっと、バスタオル姿で渋谷を歩いていても、誰にも何も言われないはず!
「テレサとかカンパニュラなら問題ないだろ?」
「いや、まぁ……テレサちゃんなら、まだ、……それでも、他所様の娘さんッスし……でも、カンパニュラちゃんはもう絶対アウトッスよ」
「なぁ、トルベック……もう一回、よく考え直してみろよ」
「黙るッスよ、ハビエル! イメルダさんに言いつけるッスよ」
「お前がか? 面白い、出来るものならやってみろ! 風呂上がりのイメルダに近付けるものならな!」
「くっ……!」
魔王と勇者みたいな顔して睨み合ってるけど、内容すっげぇくだらないからな?
「ぁの……ごめんくださぃ……」
そこへ、ミリィがひょっこりと現れる。
「どうした、ミリィ?」
「ぅん、ぁの、ね? 今日、お泊まりしようって、まぐだちゃんに誘われて、それで、お泊まりと明日の準備、してきたの」
急な宿泊の誘いに、一度自宅へ戻って諸々の準備をしてきたらしいミリィ。
「ミリィが来るのを知ってるなら、待っててやりゃあいいのに」
なに先に風呂入ってんだよ、女子連中。
「ぁ、それならね、泡々のお風呂で待ってるから、ゆっくりでいいょ、って」
「あいつら、また泡風呂してんのか。そういや、レジーナも混ざってたっけな」
レジーナが何か持ち込んだのかもしれない。
あいつもすっかり、輪の中に入ることに抵抗をなくしているようだ。
「じゃあ、悪いんだけどさ、これを持っていってくれないか?」
「これ……ぉ酒?」
「泡風呂には合わないかもしれないけど、湯に浸かりながら飲むと美味いって、俺の故郷では言われてたからさ」
「分かった。じゃあ、みりぃもお風呂、いただいてくるね。……先に使っちゃて、ごめん、ね?」
「いいよ。ゆっくり楽しんでこい」
「ぅん!」
大きな荷物を軽々と抱え、ミリィが浴室へ向かう。
ミリィが声をかければ、きっと誰かが出てきて中から鍵を開けるのだろう。
「さぁ、男は厨房から出るッスよ」
万が一を防ぐように、ウーマロが男たちを厨房から追い出そうとする。
しょうがねぇな。
「じゃあ、廊下の方へ――」
「逆ッスよヤシロさん!? フロアに出るんッス!」
えぇ~……
お前が「厨房から出ろ」って言ったんじゃ~ん。
ハビエルに首根っこを掴まれて、フロアへと連行される。
こいつ、イメルダも混ざってるからってウーマロ側に寝返りやがって。
「出てくるのはテレサかもしれんぞ」
「ワシはな、姑息なことはせず、もっと純粋な心で彼女たちを愛で、守り、育んでいくと決めてるんだ」
その割には、ヨコシマな感情がダダ漏れてんぞ、お前。
「ベッコ、ちょっとハビエルに『精霊の審判』かけてみてくれるか?」
「やめろ! 絶対に大丈夫だという自信はない!」
「スチュアート。仮にそうだとしても、認めちゃ負けだよ」
度し難い親友に苦笑を漏らすデミリー。
友達なら、ちゃんと悪いところを指摘してやれよ。
お前が長年放置するから、こんな仕上がりになっちまったんだぞ。
「ぃぃいいいやったさねぇー! お酒さねぇー!」
遠くから、ノーマの歓喜の声が響いてくる。
「あ、無事中に入れたらしいぞ」
「まったく、騒がしい女ッスねぇ。もっとミリィちゃんたちを見習って、淑やかになればいいッスのに」
呆れてため息を漏らすウーマロ。
たぶん、向こうもお前のことそんな感じで見てると思うぞ。
「さぁ、ヤシロ! こっちも始めようじゃないか! もちろん、ワシたちの分もあるんだろ? ん?」
「お前、風呂でも飲むつもりだろ?」
「当然だ! 家では家の、店では店の、外では外の、海では海の、そして風呂では風呂の酒が楽しめる。どれ一つとして疎かには出来んさ」
「ほどほどにしとけよ」
ま、言っても無駄なんだろうけど。
「デミリーはどうする?」
「私はスチュアートほど強くないからね。嗜む程度にしておくよ」
飲むんかい。
こいつも結構好きなんだな、酒。
「ウーマロとベッコは?」
「いただくッス!」
「拙者も、今日は酔いたい気分でござる」
「お前らも程々にしとけよ。明日から八徹なんだから」
「「何やらせる気ッスか!?」でござるか!?」
特に何もないけど、そこまで完全に油断されてると何かしら仕事を与えたくなっちゃうだろうが。
「とりあえず、キツネの嬢ちゃんに出したツマミはこっちにもくれ」
鍋を洗いながら、俺が作るツマミをしっかりとチェックしていたらしいハビエル。
へいへい。作ってやるよ。
「ちょっと待ってろよ」
「まぁ、待て、ヤシロ」
厨房へ向かおうとした俺を呼び止め、ハビエルが近付いてくる。
「行ったり来たりすんのは手間だろう? 厨房で飲もうじゃねぇか」
「そんなことしたら、お前ら厨房で騒ぐじゃねぇか」
ジネットがブチギレても知らねぇぞ。
キレさせたら、きっとイメルダより怖いぞ。
滅多にキレないからこそ、その一回の破壊力が増すタイプだ、あれは。
「掃除手伝うからよぉ! な? な!?」
「あはは。スチュアートは好きだよねぇ、厨房でお酒を飲むのが」
「おう! ツマミを作りながら酒を飲む。酒を飲みながらツマミを作る。これがいいんだ!」
若い頃、デミリーと一緒に外でキャンプをして、ツマミを作りながら飲んでいたというハビエル。
結婚してからは厨房で飲むことを妻に禁止され、貴族になってからはそこらの外でキャンプも出来なくなったらしい。
かといって、外の森で思うままに酒を飲むわけにもいかず、ずっと悶々としていたのだとか。
「だからよぉ、船の上で貝を焼きながら食ったのが嬉しくてよぉ」
それで、料理しながら飲みたい熱が再燃してしまったらしい。
「はぁ……寝る前と朝に掃除だな、これは」
「さすがヤシロだ! 話が分かる! よぉし、特別にワシがとっておきのツマミを作ってやろう。なぁ~に、これでも若い頃は結構好きで料理をやってたんだ」
好きと得意は違うからなぁ。
どんなもんなんだと、デミリーに視線を向けると、肩をすくめて苦笑も漏らす。
……イマイチなんじゃねぇか。
「このキッチンドランカーめ」
「悪い酒じゃねぇぞ。こいつは祝の、いい酒だ!」
そうだな。
酒は悪くない。
悪いのはいつも、酒に飲まれて痴態をさらす酔っぱらいの方だ。
「よぉし、アンブローズ、金を出せ! ここにある食材を買い取って、ヤシロの誕生日会の三次会だ!」
「君が主役にならないようにね」
だからな、デミリー。
そうやって甘やかすからハビエルが……まったく。
「明日の寄付の分まで食い尽くすなよ」
ベルティーナにブチギレられるぞ。
ベルティーナにキレられたら……たぶん終わる。
何がかは分からんが、たぶん、終わる。
「さぁ~て、じゃあまずは何からいくかな~」
「あはは。まるで独身時代に戻ったようだね」
もしかしたら、デミリーと思いっきり飲めるのが嬉しいのかもしれないな、ハビエルのヤツ。
いっつも女子たちと飲んでるし。その時は割と遠慮しているのだろう。
「へい、お待ち! ピーマンキャベツの丸焼きだ!」
「せめて芯とヘタくらい取れッス!」
「見た限り、洗ってすらいなかったでござるよね、ハビエル氏!?」
「バカヤロウ! 生でも食えるものは何やったって食えるんだよ!」
「まぁ、昔からずっとこんな感じなんだよ、スチュアートは」
「出来もしねぇくせにやりたがってんじゃねぇよ」
食材が泣いてるぞ。
しょうがない。
食材を無駄にするわけにはいかない。
「それ寄越せ。食えるものにしてやるから」
軽ぅ~く火が通っているほぼ生のキャベツとピーマンをかっさらい、ざく切りにしていく。
そこに人参ともやしを追加。
ラーメン用の麺をほぐして軽く茹で、その間にスライスした豚肉をフライパンで炒める。
はい、野菜投入。
しんなりとしてきたら、茹でて水を切った麺をどーん!
夜だろうと容赦なくソースをどっばどばかけて、卵とオリーブオイルとお酢で作ったなんちゃってマヨネーズで追撃!
豪快な音とともに立ち上る暴力的なソースの香りが満腹だったはずの腹を瞬時に空腹状態へと引き戻す。
「くぉおお! この匂いはたまらんな! 焼きそばか!」
「おうよ! 真夜中の悪魔的焼きそばだ」
体重を気にする女子がこの場にいたら、きっと泣いちゃっていただろう。
「なんてものを作ってくれたんだ」と。
「こんなもん、食わずにいられるわけがないだろう」と。
「んめぇ! 酒、酒ぇ! ……っかー! 合う!」
だろうな。
つーか、お前はなんだって美味そうに酒飲むじゃん。
「焼きそばなら、ビールの方が合うと思うけどな」
「そうだな、試してみるか。実は、昨日のうちに店長さんに頼んで冷やしてもらってたんだよなぁ~」
何勝手なことしてんの、このオッサン?
あぁなるほど。氷室の中に見たことない木箱が積まれてたと思ったが、アレがそうか。
「それじゃあ、オオバくん。改めておめでとう。そして、ありがとう」
氷室に突入したハビエルを待たず、デミリーが俺にお猪口を向ける。
礼を言われる覚えはないが、楽しそうなので言わせておく。
「ん~、美味しい。オオバくんが女性だったら、猛アプローチしたのになぁ」
などと、笑えない冗談を言い、デミリーも上機嫌に酔っ払っていった。
こいつら風呂に入れたら溺れんじゃね?
程々にしとけっつってんのによぉ……ったく。
暫しの後。
「最っ高だったさね!」
女子たちが風呂から出てきた。
ノーマが殊の外上機嫌だ。
「タコわさと、あの長芋のヤツが特に熱燗に合ってねぇ……く~ぅ、思い出しただけでも酒が飲みたくなるさね」
「お兄ちゃんからの差し入れが嬉しくて、ノーマさんが全然湯船から出てこなかったですよ」
「……マグダたちも付き合わされた」
酒は飲まないが見目麗しいという理由で、マグダたちはノーマに拘束されたらしい。
可愛いのを侍らして風呂場で酒を飲むとか、堕落した権力者みたいな豪遊だな。
「あら、まぁ。知らない間に、素敵な小料理屋さんがオープンしていますね」
厨房飲みの現場を目撃しても、ジネットは怒ることなく、「楽しそうですね」とにこにこしている。
「そっちのちょい飲み屋はどうだった?」
「ノーマさんとルシアさんとマーシャさんとナタリアさんとイネスさんがとても楽しそうでしたよ」
酒飲みがハッスルしていたようだ。
「そして、ボクと――」
「ワタクシが、物凄く苦労しましたわ」
で、酒飲みどものお世話係が真っ白に燃え尽きている。
「お酒が入ってさ、気分が大きくなってたんだろうけどね……『次におかわりが来た時には、アタシがこの泡ビキニで出迎えに行ってやるさね!』って、ノーマが泡風呂の泡を三ヶ所につけて出ていこうとしてさ……」
「バカ、エステラ! そーゆー情報はもっと早く寄越せよ!」
おかわりくらい、いくらでも持っていったのに!
ビキニだったら見られても恥ずかしくないもんね☆
「当然、君には知らせないし、そんな格好では外には出させないよ」
「お前は、ほうれんそうの大切さを理解しろよ」
「ほうれんそう? おひたしとか?」
ちげぇーよ!
「報告と連絡と相談で、報連相だよ!」
「あ、なるほどね。組織内の情報共有とかコミュニケーションの必要性を言い表したものか。へぇ~、ほうれんそうね。ははっ、覚えやすくていいじゃないか。今後使わせてもらおっと」
こいつもちょっと酔っているのか、からからとよく笑う。
のぼせてないだろうな。顔がちょっと赤いぞ。
「ウチんとこでは、チンゲンサイやったなぁ、それ」
ほこほこと、緑の髪から湯気を昇らせてレジーナがやって来る。
「チンゲンサイ? それも、報告、連絡、相談みたいに何かの頭文字をとっているのかい?」
「せやで。チン【自主規制】、ゲン【自主規制】、サイ【自主規制】や」
「ろくでもねぇーな、お前の国!?」
どんなコミュニケーション取る気だ!?
「ねぇ、ヤシロ……ゲン【自主規制】って何?」
「聞くな、エステラ。で、二度と口にするな」
レジーナ案件だっつーの。
説明したら、俺が懺悔食らわされるっつーの。
親切なんかするもんじゃねぇっつーの。
「ヤシロさん」
「懺悔なら、レジーナにさせとけ」
「へ?」
レジーナ案件の直後にジネットに声をかけられ、思わず身構えてしまったが、どうやら懺悔を言い渡しに来たのではないらしい。
「あの、みなさんお風呂に入られますか?」
「あぁ、入る入る」
そっかそっか。
その確認か。
「では、厨房小料理屋はわたしが引き継ぎますね」
「まだ飲むのかよ、ノーマたち……」
「焼きそばのいい匂いがするとおっしゃってますよ」
美味そうなニオイが残ってて、腹の虫が鳴いたらしい。
タコわさや長芋を短冊切りにして出汁をかけたヤツじゃ腹は満たされなかったようだ。
夜に焼きそば……
「モリー」
「はい」
「ほどほどにな」
「えっと……私はお酒を飲んでいませんので」
思考回路が鈍って暴食には走らないと、そう言いたいのか。
「ノーマさんたちよりも幾分多く食べても太らないと思います」
違った。
残念回路が暴走してた。
「モリー」
「はい」
「ほどほどにな?」
「な、なぜ二回も……?」
モリーが陽だまり亭に泊まり込んでダイエット合宿する日も、そう遠くはなさそうだ。
「じゃあ、オイラたちもお風呂をいただいてくるッス」
と、男連中が風呂場に向かおうとしたので呼び止める。
「その前に。お前たちにプレゼントがある」
折角なので、みんなの反応を見てから風呂に行きたい。
「ちょっと待ってろ。ジネット、コップを人数分出しといてくれ」
「はい」
氷室へ向かい、コーヒー牛乳を取ってくる。
氷の上に寝かせていたおかげで、すっかりキンキンだ。
火照った体にこいつはキクぞぉ~。
「ヤシロさん、それは?」
「コーヒー牛乳だ」
「……コーヒー……」
空のコップを持って俺を出迎えたマグダの耳がぺたんと寝る。
あからさまにがっかりしたな。
あ、こら、デリア。コップを返すんじゃない。
美味いから!
ちゃんと甘いから!
「俺の故郷では、風呂上がりにこいつを飲むと、人生を彩る幸せの一つを感じることが出来ると言われていたんだ。まぁ、騙されたと思って飲んでみろ」
「……むぅ」
さぁさぁと、マグダにコップを握らせコーヒー牛乳を注ぐ。
ほれ、ぐいっと行け。
ぐぃ~っと。
「……すんすん」
マグダはコーヒー牛乳の匂いを嗅ぎ、ちろっと、表面を軽く舐めた。
瞬間、マグダの耳がぴるるっとはためき、尻尾がピーンっと立った。
「マグダっちょのあの感じ! 美味しいですか、それ!」
「……待って」
ぐいぐい来るロレッタを一度落ち着かせ、マグダはコップの中のコーヒー牛乳をごくごくと一気に飲み干す。
おぉ、いい飲みっぷりじゃねぇか。
分かってるねぇ、マグダ。
そうだ、そいつはそうやって豪快に飲むのがマナーだ。
「……これは、美味!」
「お兄ちゃん、あたしも飲んでみたいです!」
「あの、ヤシロさん。わたしも」
ロレッタとジネット、その後ろからカンパニュラとテレサもわくわくとした顔をこちらに向ける。
マグダが飲めるコーヒーということで、それがいかに甘いかが分かったのだろう。
デリアも、さっき置いたコップを手に列に並ぶ。
「ごくごく飲み干すと一層美味いぞ」
そんなコツを教えつつ、風呂上がりの女子たちの持つコップにコーヒー牛乳を注いでいく。
「ぷはぁー! これは衝撃です! 美味いの向こう側にいるです! 美味いを超越した美味しさが濃縮されているですよ、これは!」
「とても甘いですが、ほのかにコーヒーの香りがして……美味しいですね、これ」
「マグダ姉様が気に入られた理由も分かりますね。これなら、苦いのが苦手な私でも飲めます」
「あまぁ~い、ね」
陽だまり亭一同はその味を堪能し、そして気に入ったようだ。
ジネットのわっしょいは出なかったが。
「甘い! ヤシロ、あたいおかわりしてもいいか?」
「あんま飲むと、腹壊すぞ」
「大丈夫だ! あたいは無敵だし!」
ホント、腹痛とか体調不良にも勝っちゃいそうだけども、デリアなら。
「甘くて美味しいさね」
「だね~☆」
と、ノーマとマーシャは余裕の表情。
こいつらは、甘いものより酒の方が楽しみなんだろうな。
コーヒー牛乳のターンをさっさと終わらせて厨房飲みを始めたそうだ。
「みりぃ、これ、好きかも」
「同意する、私は、フェアリーエンジェルミリィの意見に」
「ぇ、まって、ぎるべるたちゃん!? みりぃのことは、みりぃって呼んで!」
ミリィとギルベルタもコーヒー牛乳は気に入ったようで、二人してはしゃいでいる。
そんな二人を見て、ルシアは――
「二人ともカワヨい!」
「コーヒー牛乳の感想言えよ、お前も」
風呂上がりの幼い女子を見てはぁはぁすんな。
同性だからセーフとか、ないからな!
「うむ。火照った体に冷たい飲み物が通っていく感覚は面白い。味も悪くないし、子らが好んで飲むであろう。大衆浴場とともに三十五区へ導入しよう。レシピを寄越せ」
「おう。見返り、期待してるぞ」
タダじゃねぇからな。
「しくじりましたね……」
「まったくです……」
一方、厨房の片隅でナタリアとイネスがコップを握りしめて難しい顔をしている。
何か問題でもあったのかと思えば……
「これは、全裸で仁王立ちをし、腰に手を当てて一気に喉へ流し込むのが一番美味しい飲み方に違いありません」
「そうですね。百歩譲っても、許容できるのはバスタオル一枚まででしょう」
「ナタリア、イネス、正解!」
さすが給仕長ズだ。
状況と商品だけで、正しいマナーに行き着きやがった。
やっぱ、風呂上がりにタオルだけ巻いて飲むのが至高だよなぁ、コーヒー牛乳は。
「そういうのは、自分の家でやるように」
「ですが、私の部屋には浴槽が……あぁ、なるほど、エステラ様の館でやればいいのですね」
「……やってもいいけど、他の給仕に悪影響が出そうだから、絶対見つからないうようにやってね」
「では、その際は是非ご一緒させてください」
「君は自分の区でやってくれるかな、イネス!?」
「ゲラーシー様の前で肌を晒せと?」
「うぐ……それは、……まぁ、問題か」
「いいなぁ、いいなぁ、ナタリアさんは……私なんて、どうせ……くすん」
イネスが急にいじけだした。
厨房の隅っこで膝を抱え、指先でイジイジと床をなぞり、分かりやすくいじけてみせる。
「あぁ、もう、分かったよ! 今度招待するから、いじけないの!」
「ありがとうございます。さすがは微笑みの領主様。お心が広い」
「……褒められてる気がしないよ」
「そうですね。もっと分かりやすく、『見た目に反して心が広いんですね、省スペースなのに』と言えば、弄っているともっとはっきり伝わったでしょうに」
「イネスはそんな意図を含んでないよ!」
「次回以降、気を付けます」
「ナタリアに影響されないようにね、イネス!」
給仕長二人を引き離し、ナタリアに正座を言い渡すエステラ。
うわぁ~、ナタリアのてへぺろ顔、ムカつくなぁ~。
「で、エステラはどうだ?」
「コーヒー牛乳かい? 最高だよ。大衆浴場での販売を視野に入れて、明日にでもアッスントと話をしておくよ」
なら、コーヒー牛乳が広まるのもあっという間だろう。
「お兄ちゃん、おかわりしてもいいですか!?」
「いいけど、俺等の分も残しといてくれよ」
「あの、ヤシロさん。私もいいでしょうか、おかわり!?」
「モリーは……お腹と相談して決めろ」
お腹の減り具合じゃないぞ~?
お腹の育ち具合と相談するんだぞ~?
まぁ、飲むだろうけどな。
意思が弱い子だから、モリーは。
「最っ高だぁああー!」
泡まみれのハビエルが、冷えたビールを持ち込んで上機嫌で吠える。
熱燗どうしたよ。
湯船に盆を浮かべて風流とか、こいつには無縁なのかねぇ。
つーか、泡!
風流が台無しだわ!
「あいつら……どんだけ泡だらけにしてんだよ」
レジーナが新たに作ったらしい泡の入浴剤。
俺が泡の風呂を作ったと聞いて、ちょこちょこっと材料を厳選して調合して、これを生み出してきたらしい。
あいつ、天才か?
よく又聞きでこんなもんを生み出したもんだ。
泡、全然へたらねぇ。
「ウーマロ氏、ウーマロ氏! タートリオ・コーリン氏のマネでござる!」
「ぶはぁはははは!」
ベッコが泡を頭にこんもりと載せて、ボンバーヘッドの情報紙発行会会長、タートリオのマネをしている。
要は、泡のアフロだな。
なら俺は――
「ジネット!」
「発想が卑猥ッスよ、ヤシロさん!?」
この粘り気のある強い泡だったら、どこまでも盛れる!
「バカなことやってんじゃねぇよ」
ざばぁーっと、ハビエルが俺の背中から湯をかける。
もっこもこに盛り上がっていた胸元の泡が一瞬で洗い流されていく。
「……あぁ、ジネットが一瞬でエステラに」
「オオバくん? 怒るよ~?」
湯に浸かって、泡に溺れそうなほど埋まって、デミリーがぴくぴくと青筋をヒクつかせる。
親ぶりやがって。
「しかし、気持ちがいいねぇ。泡は、こんなになくてもいいけどね」
若干、泡まみれ過ぎて、男がゆったりと浸かるのには不向きかな。
「よし、泡を流しちまうか」
「手伝うッス!」
「拙者こう見えて、掻き出すのは得意でござる」
俺とウーマロとベッコ、三人がかりで湯船に浮かぶ泡を洗い場へ掻き出す。
って、バカベッコ!
そんなじゃぶじゃぶ水面を揺らしたら、また泡が立っちゃうだろうが!
この湯の中に、泡の素が溶け込んでるんだからな。かき混ぜればいくらでも泡は復活するんだよ。
「お~ぅ、随分と見晴らしがよくなったなぁ」
ある程度泡がなくなると、ファンシーな印象はなくなり、落ち着いた銭湯の面持ちが顔を覗かせる。
うん、やっぱ寛ぐならこっちだな。
「あ~、どっこいせいっと」
「ジジくせぇ声出すんじゃねぇよ、ヤシロ。酒も飲めないお子様のくせによぉ」
飲めないんじゃなくて飲まないんだ。
俺が飲まないことを、こいつはずっとイジってくるな。
そんなに俺と飲みたいのかよ。
まぁ、あと二年くらいしたら付き合ってやるよ。
「ヤシロさ~ん! おつまみの追加、こちらに置いておきますね~!」
脱衣所の向こうからジネットの声が飛んでくる。
まるで計ったようなタイミングだ。
ちょうど、ハビエルがツマミを食い尽くしたところだ。
「んじゃ、取ってくるか」
「あ、ヤシロ氏! 外に出るならいろいろ隠す必要が! ここは拙者たちにお任せを! ウーマロ氏!」
「分かったッス!」
と、二人して湯船をじゃぶじゃぶかき回し、折角取り払った泡を復活させ、もこもこ出来た泡を俺の下腹部に盛っていく。
「「これでよし!」ッス!」
「よしじゃねぇよ」
なんだこの泡のパンツ。
防御力皆無だな。
つか、タオル巻いていくわ!
若干酔っぱらっているらしいアホ二人に盛られた泡を洗い流し、タオルを腰に巻いてツマミを取りに向かう。
念のため、そっとドアを開けて廊下に誰もいないことを確認して、料理を運び込む。
うわぁ、メッチャ気合い入ってんじゃん。
ここって、料亭?
「ほいよ。お待たせ」
「おぉ、待ってたぞ」
持ち込んだ料理を見て、ハビエルが嬉しそうに笑う。
「月の揺り籠より、陽だまり亭の方がよっぽど高級宿屋だな」
「ははは。あそこの料理は、ちょっと独特だからね」
さすが領主とギルド長。
オールブルーム随一の高級宿(笑)に泊まったことがあるのか。
そういえば、あそこの飯ってどんなだったっけなぁ…………ダメだ、一切記憶に残ってない。
大したことなかったんだろうなぁ、きっと。
「ヤシロぉ、今度温泉に行かないか?」
「言葉通じないんだろ? 無言でオッサンと湯に浸かって、何が楽しいんだよ」
「言葉なんぞ交わさなくても、酒は美味いもんだぞ」
じゃあ、たまには黙って飲め。
お前、ずっとしゃべってるじゃねぇか。
「私も、休みが取れたらついて行こうかなぁ、温泉」
「あ~ぁ。比較的真面目に仕事してる数少ない領主がついに遊びを優先させるようになっちまったかぁ……エステラに関わるとみんなダメ領主になってくな」
ルシア然り。
トレーシー然り。
「あはは。気を張らずに平和に過ごせるなら、それが一番なんだけどねぇ」
恵比寿顔で、湯に溶けてしまいそうな表情のデミリー。
随分と無防備な顔を晒すようになったものだ。
こいつは、にこにこしていても、その裏で何を思っているのか分からない薄ら寒さを常に持ち合わせていた。
出会ったころのエステラのような、分かりやすい警戒とは異なる、もっと厄介で老練な気配をまとっていた。
「大衆浴場もよかったけれど、ここはもっといいね。オオバ君の家にお邪魔しているって感じがして、ちょっと得した気分だよ」
「ここは、ジネットの家だけどな」
「それでも、だよ」
ちゃぷんと、湯を掬い上げて顔にかける。
「はぁ~」っと長い息を吐いて、デミリーは思ってもみないことを口にした。
「あの時、君を潰そうなんて思わなくて、本当によかった」
……俺、潰されかけてたのか?
「もちろん、今はそんなこと微塵も考えてないけどね」
「いつそんなこと考えてたんだよ」
「四十二区に街門を作ろうという話になった時にさ」
デミリー曰く、エステラは少々頼りないけれど調和を大事にする娘だった。
そんなエステラが、近隣の区に大きな影響を及ぼす街門を作るなんて言い出すはずがない。
エステラに入れ知恵をした者がいる。
そして、その人物はエステラとリカルドの仲を引き裂き、近隣三区の連携をぶち壊そうとしている。
「――ってね、一応は警戒していたんだよ」
傍から見りゃ、あれだけのスピードで改革を進めるのは異様に映ったかもしれない。
また、それを主導して権力者であるエステラを操っている俺は、脅威に映ったかも、しれない。
「君を警戒するあまり、エステラの気持ちを慮ることを見失ってしまっていた。いやぁ、君に指摘された時は肝が冷えたよ。あんなに悲しそうなエステラの顔は初めて見たからね」
リカルドと衝突した時、デミリーは最初リカルドの肩を持った。
エステラの思慮が足りていないと、エステラを突き放した。
あの時のエステラの顔。俺もはっきり覚えてるよ。
きっと、父親が病に倒れた時でさえ、あんな顔はしていなかっただろう。
エステラは、信頼している者に拒絶されることに耐性がない。
「君が私を叱ってくれて、なんとかエステラを失わずに済んだよ。……ホント、あの時に君がいなかったらと思うと、今でも胃がしくしく痛むんだ」
湯船の中で胃を押さえて、青い顔をするデミリー。
エステラは勘違いしたまま自分を責めて閉じこもってしまうタイプだから、あの場で本心を伝えられてよかったのだろう。
そうでなければ、エステラはデミリーを避けるようになっていたかもしれない。あの頃リカルドを避け続けていたように。
「あの時に確信したんだよ。『あぁ、この彼は利己的な目的でエステラに近付いたんじゃない。エステラのために本気で怒ってくれる人なんだ』ってね」
「……言ってろ」
あの時は、お前らがあまりに四十二区の現状に目を向けてなさ過ぎたから、俺までイラついちまっただけだよ。
「けど、……うん。君を信じて正解だったよ」
「答えを出すには早計じゃないか? 最後の最後で裏切るかもしれんぞ」
「そうしたら、その時に改めて潰しにかかるまでだよ」
とっても貴族らしいことを、とても貴族とは思えないような柔和な笑顔で口にする。
「もっとも、私が全力で潰そうとしても、潰せるかどうか分からないけどね」
自称、人を見る目はある領主、デミリー。
俺への評価が適正なのか、過大なのかは分からんが……
「引退しそうな雰囲気醸し出してんじゃねぇよ」
「あはは。若い世代が眩しく見えてね」
「大丈夫だ、デミリー。昼の眩しさはお前がナンバーワンだ」
「うるさいよー」
夜のナンバーワンは、ウェンディな。
「お前には、まだまだこれからいろいろ働いてもらわないといけないからな。もう二~三十年はゆっくり出来ると思うなよ」
「あはは。じゃあ、スチュアートも道連れだね」
「おいおい、勘弁しろよ。ワシは、もっと早くに引退して、四十二区でのんびり余生を過ごすぞ」
「え、待って待って。四十二区に引っ越すの?」
「余生は娘のそばでと決めてるからな」
「えぇ~、困るぅ~」
オッサン二人が風呂場でイチャイチャ。
なんだこの地獄絵図。
「ウーマロ氏は、ヤシロ氏とデミリー氏が争ったら、どちらに付くでござるか?」
「マグダたんにつくッス!」
こいつらも、すっかり出来上がってやがる。
のぼせられると、後処理が面倒だな。
「ほら、ツマミを食ったらもう出るぞ」
「お~う、風呂上がりの三次会だ!」
「私も、今日は飲んじゃおう」
「付き合うッス!」
「拙者も!」
言いたいことを言ってすっきりしたのか、デミリーがいつもより柔らかい表情をしていた。
今の話、エステラに聞かせてやったら喜ぶだろうな。
「あぁ、そうだ、オオバ君」
湯船の中で、ビールを片手にデミリーが言う。
「エステラが私を親のように慕うみたいに、君も私を父親として慕ってくれてもいいからね」
そんなことを、上機嫌に。
エステラは、お前を親ではなく叔父として慕ってんだろうに。
そもそも、お前が父親だったら……
「遺伝的に怖いから、遠慮しとく」
「他に言いようなかったかなぁ!? 割といいこと言ったつもりだったんだけどなぁ、今!」
むぅむぅと文句を垂れるデミリー。
「今日はもう飲んじゃう!」とか言って、ビールをぐびぐびあおり始めた。
まぁ、わざわざ親と思って慕わなくてもな。
デミリーとは、今くらいの距離感と関係が、一番心地いいからな。
あとがき
2つ○をつけて、ちょっぴり大人な、宮地です♪
つーわけで、
結構な濃度のオッサン回でした!(笑)
この作品、
オッサンたちの入浴シーン多くない!?
Σ(゜Д゜;)
需要のないところに無理やり供給するのってちょっとどうなんでしょうかね!?
Σ(゜Д゜;)
オッサンの肌色に需要なんて……え?
あるところにはある?
それはそれでどーなんですかね!?
Σ(゜Д゜;)
陽気なハビエルと
珍しく夜遊びしているデミリー
なかなか楽しく書かせていただきました、
オッサン要素の合間合間に
ミリィとモリーを挟み込んで空気を浄化しつつ
( ̄▽ ̄)■=3 ぷしゅー!
(↑無香空間的なやつ)
今回不安なのが、コーヒー牛乳と『報連相』……どっかでやってなかったですよね?
やってないといいなぁ……
もし、「どっかでやってたの見たよ? ほんとだもん! うそじゃないもん! トトロいたもん!」という方がいらっしゃいましたら
トトロにつかまってすーっごい上空に昇った瞬間に手を離して地面に頭「ごーん!」して記憶を失っておいてください
いいですか?
トトロは、いないんです
よし、
これで物語に齟齬は発生しないでしょう
発生したら、トトロのようなもので後頭部を「ごん!」しに行きますので、
自己申告でお願いします☆
さて、
トトロを見たとかいうと、
「夢でも見てたんじゃない?」とか
「良い医者を紹介しよう」とか
「信じるよ。だって……今も君の後ろにピッタリとついてきているからね……」とか
そんなことを言われがちですけども
ファンタジーな楽しい夢って最近見ないんですよねぇ
最近見るのは変な夢ばっかりです
先日は
「火事体験ができる」みたいなアトラクションに参加する夢を見まして
ほら、災害体験をすることで
実際災害に遭遇した時に対処できるようにしておきましょう
みたいな催しって結構あるじゃないですか?
準備は大事!
心構えが出来ますからね!
心構えの有無は大きいですよ。
曲がり角で女の子とぶつかる時だって
ちゃんと予行練習しておかないと変なぶつかり方しちゃって台無しになりかねませんからね
ぶつかり方一つで未来が大きく変わってしまいますから――
ぶつかった女の子が「いたた……ちょっと、どこ見て歩いてるのよ!?」(←本人はめっちゃ走ってたのに棚上げ)って言ってきた場合は少女漫画ルートです。
おそらくその瞬間あなたは強制的に転校生になりますので、新しい環境に早く馴染めるよう努力しましょう。
ぶつかった女の子が転んで、パンツ丸見え、もしくはおっぱいに顔を突っ込む状態で倒れ込んだら、ラノベルートです。
あなたには隠された異能が眠っている可能性が高いので早々に命の危機に瀕しましょう。大丈夫です、主人公なら死にません。
死んじゃったら、「あちゃ〜、俺、モブだったかぁ〜」と諦めましょう。
ぶつかったはずの女の子が「しゅん!」と消えて「残像だ」と背後に現れたらサザエさんルートです。
今後、あなたは一生歳を取りません。
繰り返される穏やかな日々を目一杯楽しんでください。
年は取りませんが、極稀に声が変わることがありますが、変声期だと思って諦めてください。
…………サザエさんの誰が残像を!?
Σ(゜Д゜;)
で、変な夢を見たんですけども
え、忘れてました?
も〜ぅ、しっかりしてくださいよ〜
火事の体験が出来るアトラクションに参加した夢を見たって話ですよ〜
で、アトラクションなんですけど、
まぁ、火事体験なので燃えるんだろうな〜って感じがむんむんする
薄暗い、ぼろっちぃ、平屋の日本家屋みたいなセットなんですね
色褪せた畳の部屋に二十人くらいが入れられて、
「畳の部屋に土足で、こんなギュウギュウ詰めにされることなんかねぇよ……」とか思っていると
司会のお姉さんが前に出てきて、
今回のアトラクションの説明を始めるんです
お姉さん「今回、みなさんには疑似的な火事を体験していただき――」
ふすま「がらがら」
お祖父ちゃん「ん? おぉ……」
お姉さん「あ、すみません、みなさん。お祖父ちゃん起きてきちゃったんで、ここからは静かにお願いします」
宮地「実家なの、ここ!?」
Σ(゜Д゜;)
驚愕のスタートでした。
友達の家でたまに遭遇しましたけども
お昼寝してたお祖父ちゃんが起きてきたから、ちょっと静かにしてねってパターン!
でもここアトラクションだからね!?
お客さん、めっちゃ入ってきてるから!
っていうか、
お祖父ちゃん起きてこなかったら、家と一緒に燃やされてた可能性ないかな、これ!?
Σ(゜Д゜;)
『おじいちゃんといっしょ』って?
やかましいわ!
で、お祖父ちゃんが台所の方に行ったんで
「じゃ、今のうちに始めますね〜」
って司会のお姉さんが柱時計のそばのでっかいボタンを押したら
ボロっちぃ平屋の日本家屋がものっすごい揺れ始めて
横揺れ縦揺れが延々続いて
もう立ってることすら出来なくて
前を向いていることも出来ず
近くにあったテーブルにしがみつきながら
(;゜Д゜)「火事の体験じゃなかったんかーい!」
って心の中で盛大にツッコミ
お姉さんのぼいんがぶるんしているところを見ることすら出来ない揺れに必死に耐えること五分
ようやく揺れが収まったので顔を上げると……誰もいない
古ぼけた日本家屋(薄暗い)に差し込む真っ赤な夕日
……怖ぁっ!?Σ(゜Д゜;)
慌てて部屋を飛び出したら行き止まり
入ってきたドアは開かない
そうだ! お祖父ちゃんの出てきたふすま!
と思ってふすまを開けるとめっちゃ長い廊下
(;゜Д゜)「お祖父ちゃん、どこから来たの!?」
とにかくその廊下を進むんですが
行けども行けども外に出られない
いくつもの部屋を通過して、廊下を進んで
右折左折を繰り返し
延々さまよい歩いても出られない
(;゜Д゜)「いや、広い! 東京ドーム何個分!?」
で、どんどん焦ってきて
走り出しちゃって
ちょっと泣きそうになりながら廊下を進んでいたら
前方に見たことないドアが!
あ、あそこから出られる!
と思ったら、そのドアが開いて
中からお祖父ちゃんが
お祖父ちゃん「ん? おぉ……」
宮地「(あ、やべ、静かにしなきゃ)」
って思って、口を手で塞いで「ぺこり」って会釈したところで
(;゜Д゜)「いや、なんでやねん!?」
と、目が覚めました。
「ぺこり」やあるか、と
「静かにしなきゃ」じゃねーよ、と
夢占いできる方、
これがどんな意味を持つのか、是非教えてください
ちなみに、
この話を家族にしたところ
家族「そのお祖父ちゃんも、迷子になってたんじゃない?」
宮地「自宅で!?」
そこは盲点でした。
でもまぁ、あの家なら迷子にもなりますよねぇ
なんとも不思議な夢でした。
風景が妙にリアルに感じられたせいか
起きたあとも妙に記憶に残っていて
すごく不思議だなぁ〜と感じたんですよ。
子供の頃によく見ていた
空を飛ぶ夢や、恐竜に乗って走る夢と
どっちが不思議だったでしょうねぇ――
2つ○をつけて、ちょっぴり大人な、宮地でした☆
( ̄▽ ̄)キマった☆
次回もよろしくお願いいたします。
宮地拓海




