報労記86話 この辺の住人
「ヤシロく~ん☆」
旧シラハ邸の前へ出ると、マーシャが水槽に乗ってやって来た。
押し手はニッカ。
「イロハさん! お久しぶりデスネ!」
「まぁ、ニッカ。ご両親には顔を見せてあげたの?」
「はいデス! さっきまで実家に顔を出してたデスネ!」
水槽からパッと手を離し、ニッカはイロハの前へと飛んでいく。
って、おい。
上司を道端に置き去りかよ!
「まったく、ニッカは」
「大丈夫だよ~☆ ちゃ~んと、助けてくれる人がいる場所でしかあぁいうことしないから☆」
助けてくれる人、ねぇ。
「代わる、私が、マーシャギルド長の水槽係を」
なるほど。
ギルベルタがいるから水槽を放置しても平気と。
……いや、平気じゃないだろう!?
その辺、ちゃんと教育した方がいいと思うぞ、マーシャ!?
「シラハちゃんのお家、綺麗になりそうなの~?」
自分にはさほど関係ないしな~、って感じが見え隠れする軽い口調でマーシャが尋ねてくる。
……っていうか、シラハちゃんって。
お前のちゃん付け、年齢とか関係ないんだな。
なに?
むやみに他人を敬っちゃいけない王族か何かなの、お前?
「なぁ、マーシャ。水流扉だっけ? あれって結構簡単につけられるものなのか?」
「え、なになに? この辺にも何か作るの?」
興味を引かれて、水槽の縁に腰掛けて身を乗り出してくるマーシャ。
なので、この通りに川を作って人魚が自由に買い物できる通りにする計画を話して聞かせる。
「なにそれ~! すっごく楽しそう~☆」
喜びが抑えきれず、腕をぶんぶん振り回すマーシャ。
尾ひれが水面をぱしゃぱしゃ叩いている。
ギルベルタ。
跳ねた水、避けていいんだぞ。
めっちゃ濡れてるじゃねぇか。
ほら、こっち来い。拭いてやるから。
押す時だけ取っ手持ってればいいから。
「まぁ、それで、川と店を繋ぐ水路のトンネルを作りたいんだが、水流扉の設置が大変だったり維持費がかかるようなら全店舗に作るんじゃなくて、人魚用にこの通りの店の商品を一ヶ所に集めた万屋というか市場みたいな場所を作ろうかと思ってさ」
「簡単だよ! 設置できる人魚を数人派遣するから、水路が出来たらその日の内につけられるし、維持も数年に一回魔法をかけ直せばいいだけだからお手軽、お手頃!」
なんとしても実現させたいという思いがあふれ出し、ぐいぐい迫ってくるマーシャ。
技術の出し惜しみはしない構えだ。
「技術を提供してくれるのであれば、相応の料金は支払うぞ、マーたん」
「いいよ、別に~。そういうのがあった方が、私たちも楽しいもん」
「それはそれとして、契約はきちんと結ぶ方がよいのだ」
最初は善意でも、それが義務になると軋轢が生まれかねない。
善意をくれるというのであれば、初期費用だけ安く抑えてやればいい。
維持管理は、お前らがいなくなった後も数百年数千年と続いていくものだからな。
「そっかそっかぁ☆ じゃあ、ちゃんと契約しよ~ね、ルシア姉☆」
「うむ。互いにとって、よい街になるように」
「うん☆」
これで、水路の方は問題ないだろう。
宿屋にも、数室人魚用の部屋を用意してやってもいいな。
室内のほとんどをプールにして。
……木造じゃ無理があるか?
「大衆浴場も作るから、そっちにも入れるようにしとくといいな」
「わぁ! いいの!? 実は、お風呂に入りたいって人魚は結構いるんだよ~」
それはおそらく、お前が方々で自慢しまくるからじゃないのか、マーシャ?
人魚で風呂に入ったことあるのって、お前くらいだろうし。
「あ、でもでも! さっき言ってた万屋? それは欲しいかも~☆」
近隣の店の品物が一ヶ所に集められた万屋。
広いプールを中心に作って、それを取り囲むように商品を陳列すれば、人魚たちがゆっくりと買い物できるかもしれない。
湿気対策が大変そうだけどな。
「大変! 三十五区が物凄く面白いことになりそう!」
頬を両手で押さえて、マーシャがはらはらと大きな瞳を揺らめかせる。
「四十二区に行く頻度、落ちちゃうかも~☆」
「よしっ! 絶対作ろう! いいものにしよう!」
ルシアが力強いガッツポーズを繰り出す。
ここに来て逆転か、三十五区。
こりゃ、エステラが焦りそうだな。
「四十二区じゃ、さすがにそこまで水路は作れないからな」
立地的にも下流だし。
四十二区から海に繋がる部分って地下に潜ってるって話だったし……生活用水流しちまってるし……そこを遡ってこさせるのはなぁ……
水路だけだったら、川のあるニュータウンあたりなら、なんとか出来るかもしれないけど。
そこまでは水槽タクシーで、ってことなら条件は一緒か。
……でも、ニュータウンの道、そこまで広くないんだよなぁ。
そういうの想定して作ってないし、水路を掘るならまた大規模な都市開発計画を練り直さないといけなくなる。
……うん、大工不足だな。
「そういえば、水槽タクシーはどうだ? なんとかなりそうか?」
「時間はかかりそうだね~★」
マーシャの笑顔が黒い。
あれ? もしかして、運転者講習、暗礁に乗り上げちゃった感じ?
「ちょ~っと張り切り過ぎちゃったみた~い☆」
「受講者、全員潰したな?」
「みんな疲れちゃったみたいだから、続きはまた後日ね~って☆」
この短時間で何やったんだよ?
いかんな。
講習内容もチェックしなければ、なり手がみんな逃げ出しちまう。
カリキュラムでも作るか。
どっちにせよ、四十二区でも水槽タクシーは導入するだろうし。
「カタクチイワシ」
次のことに思いを馳せていると、ニッカがこちらへ飛んでくる。
……遅い。
もう歩けよ。お前、飛ぶの苦手なんだから。
「この辺壊して作り替えるデスカ?」
「そのつもりだが、……反対か?」
「じゃんじゃん潰せばいいデスネ! あの辺とか、もう古くて素手でも倒せるデスネ!」
おぉい、思い入れゼロか。
「ちょっとやってみせるデスカ?」じゃねぇーんだわ。
潰そうとするんじゃねぇよ。
「けど、いろいろ残してもくれるデスヨネ?」
「あぁ。もともと、この辺の雰囲気がいいから、それを活かそうって話だったしな」
完全に作り替えてしまうのは、あまりに惜しい。
「お前は、この辺の雰囲気が好きデスカ? ただ古くさいだけの暗い場所デスヨ?」
生活が苦しかったから、そんな風に思っちまうんだろうが……
「俺は好きだぞ。なんか、落ち着いて、いい感じだ」
「そうデスカ……」
ぐるりと、辺りの風景を見渡して、ニッカはらしくもなく無防備に笑う。
「そう言ってもらえると、なんか嬉しいデスネ。ありがとデス、カタクチイワシ」
お、おぉう。
なんか、反応がいつもと違って戸惑ってしまうな。
「カタクチイワシに任せておけば、きっとみんなうまくいくデスネ」
言って、俺の頭をいいこいいこと撫でる。
どうしたニッカ!?
「ん? 何驚いてるデスカ?」
「いや、ナチュラルに頭撫でてくるなと思ってな」
「こうするとカールが喜ぶデスカラ。ご褒美はこれと決まってるデスネ。……嬉しくないデスカ?」
そりゃ、お前にベタ惚れなカールなら喜ぶだろうけどな……
「こうすると、カールは興奮して臭角を出して喜ぶデスヨ」
「なんて傍迷惑な喜び方だ」
臭いだろうに、あの角。
「あのニオイ、慣れるとなんかいいんデスヨネ~」
「なにプレイだ、それは?」
そして、なんの話を聞かされてるんだ、俺は今。
「臭い角は出すなよ、カタクチイワシ」
「出ねぇよ」
話に割り込んできて、なにワケ分かんないこと言ってんの、ルシア?
「まぁ、頑張るのは大工どもだ。褒めるなら連中にしてやれ。きっと、必要以上に張りきるだろうから」
「そうデスカ? なら~……あ、あの人、大工の偉い人デスネ! 見たことあるデス!」
どこかから駆けて戻ってきたウーマロを発見して、ニッカが翅をパタパタ飛んでいく。
「ヤシロさ~ん! カブリエルたちの手を借りてちょっとやっておきたいことがあるんッスけど――」
「あんた、この辺を素敵に改造してくれる大工の偉いさんデスネ! ご褒美のいいこいいこデスヨ!」
「な、なん、なんッスか、この美人!? あ、あの、オイラ、そーゆーのは――!」
「遠慮するなデスヨ! いいこいいこ~!」
「ぎゃぁああああッス!」
逃げ出したウーマロを、背後からいいこいいこするニッカ。
ウーマロに痛恨の一撃。
ウーマロは地面に沈んだ。
「あれって~、ご褒美になってるのかなぁ☆」
「端から見たらな。本人はどう思ってるか知らんけど」
「普通逆であろう、カタクチイワシ。端から見たらそうでもないが、本人が喜んでいるのであればご褒美と言えるが……あれではな」
そっかぁ。
じゃあ、もっと分かりやすいご褒美にしてやろう。
「ニッカ、太ももで顔を挟んでやれよ☆」
「死ぬッスよ、オイラ!?」
物凄い速度で俺の背後へと避難してきたウーマロ。
まったくぅ~、イジリ甲斐のない。
講習会でニッカに不合格を言い渡された男手が結構残っていたので、ウーマロが連中を連れてイーガレス家へ向かうことになった。
あの近辺の駄菓子屋横町の整備を行うらしい。
道を補修して、広場に手を加えて、ガキが走り回っても危険がないようにしたいらしい。
「建物の改修や建築はまた追々になるッス」
その辺も、現在の状況を見つつ、プランを練って追々着手ってことになるだろう。
が、駄菓子屋はすでにオープンしており、領民にも受け入れられ、連日人が押し寄せているらしい。
大通りでも、ハムっ子に駄菓子をあげたいなんて言ってたヤツもいたくらいだし。
なので、駄菓子屋を盛り上げる戦略は今日のうちに打ち立てておく。
ちょっとした空き地があったので、そこを飾り付けて『駄菓子タウン』的な演出をするようだ。
門とか作っておけば、気軽に非日常感を演出できるだろう。
あとは、ハロウィンの時にやったように、そこら辺にオブジェとかモニュメントでも飾っておけばいい。
屋台を並べてあちこちに目移りするように視線と動線を誘導してな。
「体力的な問題で試験に落ちたヤツもいなかったか?」
「まぁ、そういうのも一定数いたみたいッスね。試験の方は、オイラよく知らないッスけど」
「なら、体力に自信がない中で、虫人族か、この近所に知り合いがいるヤツはこっちに回してくれ。イロハの手伝いをしてもらいたい」
「近隣への聞き取り調査ッスね。じゃあ、そっちはお願いするッス。カワヤをこっちに回すッスから」
三十五区を知り尽くしているカワヤ工務店が、ルシア肝いりのノスタルジック街道の責任者になるらしい。
……ま、ウーマロが何を言おうが、俺の中で最高責任者はウーマロのまま揺るがないけどな。
ウーマロの采配でカワヤがこっちを担当するのだし。
「ヤシロさんも、時間があったら駄菓子屋の方にも顔を出してほしいッス」
そうだなぁ。
こっちで出来ることが済んだら、一度水路の方を見に行って、それからもう一回駄菓子屋かなぁ。
そこら辺を見て回った後なら、ベッコが噴水を完成させているだろうし。
「じゃあ、またあとで顔を出すよ」
「期待してるッス」
言ってウーマロは来た道を駆けていく。
おぉ、ニッカの前を大きく迂回して思いっきり避けていったなぁ。
あいつの照れって、ずっと体の中に残っちまうんだろうなぁ。
「ご褒美あげたのに、変な男デスネ」
「あぁいう特殊なヤツもいるってことだな」
「あの男なら、水槽タクシーの押し手をやっても問題ないデスヨ」
そんなとこにウーマロをやれるか。
あいつは使うの!
使い倒すの!
体が動くうちはヒマになることはないと思え!
「こちらの修繕は後日なのか?」
「駄菓子屋の方は空き地があるから自由に出来るが、こっちはそういうわけにもいかないだろ」
すぐにでも着手してほしそうなルシアだが、こっちにはここに住む住民がいる。
そいつらの意見を無視して工事は始められない。
「ウーマロとカワヤが『こんな感じになる』って予想図を作ってくれるから、それを見て住民から『もっとこうしてほしい』って声を集め、それをもとに再度計画を修正して完成予想図を作成して、それをもう一回見てもらって、意見を出してもらって……そのあとだな」
「随分と慎重を期すのだな」
「近隣住民の協力が不可欠だからな」
特に、大きな改革の場合はな。
「なるほどな……。完成予想図がないと、素人には意見も出しにくいか」
「そういうことだ」
いきなり「改革するけど、どんな感じがいい?」と聞かれても、なんとも言い様がない。
ある程度形になったものを見ると、「あ、ここはもっとこんな感じがいいな」とか「こういうのはない方がいいな」とか意見が言える。
プロ相手なら「先に言えよ、こら」と言えるが、相手は素人だ。
そこまで求めるのは酷だろう。
素敵やんアベニューの時のように、模型でも作ってもらえば分かりやすいはずだ。
「なので、まずは住民への説明と、素直な気持ちの聞き取りをしておいてくれ」
「許可を取れとは言わぬのだな」
「どうしても嫌だってヤツがいるなら、またそん時話し合おうぜ」
許可の取り方はいくらでもある。
だが、おそらくそのやり口を、他ならぬルシアが嫌うだろう。
納得するまで話し合えばいい。
「えっと~……圧を、かければいいのかな☆」
「マーシャ、落ち着け」
なるべく早く実現するように働きかけるから。
お前らが暴れると、三十四区の水嫌いみたいな集団トラウマ状態になっちゃうから!
「じゃあ、俺らは一旦水路の方へ――」
「おや、あんたは!」
「やややや!」
一度その場を離れようとした時、妙に騒がしい声が聞こえた。
振り返ると、半裸の黒タイツがいた。
「ぎゃーへんたーい!」
「えっ、うそ!? どこに! カーちゃん、危険だからワシから離れるなよ!」
「あんたのことだよ。察しなね」
スパーンっと、亭主の頭を叩くヤママユガ人族の女性。
名前は……え~っと…………
「バレリア?」
「おや、覚えててくれたのかい?」
意外そうに目を丸くして翅をぱたつかせるこの女性は、ウェンディの母親だ。
で、隣で「痛いよ、カーちゃん……」と涙目になっている半裸黒タイツの変態がウェンディの父親で、名前はたしか…………
「ヘンタイン」
「そんな名前じゃないわ!」
あぁ、そっか!
「ヘンタインZ!」
「違う!」
「ヘンタインZ(軟膏)!」
「違ぁーう!」
ぶっわぁ~! と、鱗粉をまき散らして地団駄を踏むヘンタインZ(軟膏)。
街を汚すなよなぁ。
「チボー!」
「変な鳴き声で威嚇してんじゃねぇよ」
「変な鳴き声じゃなくて、名前! チボー・エーヴリー!」
「えー、ぶりぃ?」
「えぇー、そっちも覚えてないのぉ!?」
半裸黒タイツがずっと騒がしい。
「お前んとこの住民、変なのばっかだな」
「貴様の友人になるような者は特にな」
自区の変態を、まるで俺の責任のように言ってくるルシアは、きっと性根の腐った領主なのだと思います。
「ウチの人をイジっても、大きい声出して大袈裟に騒ぐだけだから、そのうち飽きるよ。ほどほどにしときな」
「一番ひでぇなぁ、カーちゃん!?」
リアクションがいまいちな二流芸人みたいな扱いだな、実の亭主を。
「それで、なんであんたがこんなところにいるんだい、英雄イワシの坊や?」
「ん、ちょっと待って! ……たぶん、俺のことじゃないとは思うんだが…………なんだって?」
「あぁ、あんたの呼び名かい?」
えぇ……やっぱ俺のことなのぉ……
「ウチの娘と婿さんが、あんたのことを『英雄様、英雄様』って言うからねぇ、一応、アタシらも合わせてやろうと思ったんだけどねぇ、領主様や、それに触発された多くの人が『カタクチイワシ、カタクチイワシ』言うからさぁ、なんか紛らわしいっていうか、ややこしくなっちまってねぇ……で、『英雄イワシ』ってことにしたのさ」
「余計ややこしくなってんじゃねぇか」
誰も呼んでない新たな呼び名を生み出してんじゃねぇよ。
「で、いろんなヤツが様付けしてるみたいだったけど、あんたの性根はいやってほど分かってるからね、様付けなんてとんでもないしさ」
「俺も、求めてねぇよ、様付けなんて」
どいつもこいつも、勝手に付けてんだよ、様をよ。
「だから『坊や』さ」
「その結果?」
「英雄イワシ坊やだね」
「うん、今すぐやめてくれる?」
「なんでだい!? もう口がそれに馴染んじまって、今さら変更は利かないよ!」
何を、馴染むほど口にしてくれてんだ。
会ったのだって、ウェンディの結婚パレード以来だろうに。
俺がいないところで俺の話をするんじゃねぇよ。特に、半裸黒タイツみたいな変態とその関係者はな!
「まぁ、いろいろあったが、あんたには感謝してんだ、これでもさ」
「別にいらねぇよ、そんな感謝」
「ははっ! 婿さんの言うとおり、謙虚さだけは持ち合わせてるようだね」
「セロンと話をしたのか?」
「あぁ。たまに顔を見せに来てくれるよ。気を遣わなくていいって言ってんのに、高そうなお酒なんか持ってきてくれてねぇ」
へぇ。
そーゆーこと、ちゃんとやってんだなぁ、セロン。
……実の父親のことは鬼のような形相で縛り上げるくせに。
「じゃあ、ウェンディとも結構会ってるんだな」
ぶわぁっさぁ~!
めっちゃ鱗粉飛んだー!?
「ウェンディ……? はて? 一体誰だい、それは?」
「いや、だから、お前らの娘の……」
「ちょっと耳に馴染みがないねぇ、あんな、結婚パレード以降一度たりとも実家に顔を見せない薄情な強情っ張りクソ娘の名前なんてねぇ!」
セロン、ピンで来てたのかよ!?
コンビで来いよ!
「じゃあ、お前らが遊びに行ってみたらどうだ? 新築建てたからよ、その祝いに~ってさ」
「こんな半裸のオッサンを連れてかい!?」
それは御免、俺、一切知らない!
こっちの責任じゃないから!
「もし、どこかでアタシの娘を名乗る薄情な女に会ったら伝えといておくれ!」
ぷいっとそっぽを向いて、バレリアは呟く。
「……元気でやってんなら、別にそれでいい、ってね」
めっちゃ鱗粉飛んでる。
すっげぇ恥ずかしいんだな。
絶対母親似だな、ウェンディ。
「まぁ、ヒマがあれば四十二区に遊びに来いよ。領主が今、観光に力を入れててな、結構面白いことになってるからよ」
「…………ヒマが、あればね」
「けど、ワシ、この格好じゃ馬車にも乗れないからなぁ……」
「なんならウクリネスって服屋を派遣してやるから、オーダーメイドで――」
「以前の服があるから、それ着て行く! だから大丈夫! 来なくて平気! というか来ないで!」
大人気ウクリネスも、人によっては恐怖の対象になるんだな。
「で、お前らはこれから出かけるのか?」
「まぁね。あんたらには関係ない話だから、行き先なんか聞くんじゃないよ」
「まさか、花園デートにでも行くんじゃないだろうな?」
鱗粉、ぶわっさぁ~!
当たりかよ!?
「仲睦まじいねぇ~☆」
行き先を言い当てられて、そそくさとこの場から逃げ出したヤママユガ人族夫婦の背を眺めて、マーシャが呟く。
その隣では、去り際に、物のついでみたいな感じで挨拶されていたルシアがすっぱそうな顔をしている。
「カタクチイワシとはいっぱいしゃべったくせに……あの者たちめ」
「半裸の変態オッサンで悔しがるなよ。俺、もうこの先一生口利かなくても惜しくないと思ってる相手なのに」
たまたま偶然通りがかってんじゃねぇよ。
「しかし、セロンはマメだな」
きっと、ウェンディには内緒で、両親に会いに来ているのだろう。
ウェンディと両親が、再び絶縁状態にならないように。
……なら、頑張ってウェンディの方を説得すればいいのに。
顔を合わせる度に激しく口論するからなぁ。
嫁がアレで、嫁母がアレだと、婿さんはビビっちまうかもしれないけども。
「まぁ、遊びに行くって言ってたし、一応は伝えておいてやるか」
「ではついでに、私からの伝言も頼むぞ、カタクチイワシ」
「一応、言ってみろ」
「『さっさと私のウェンたんを返せ』」
「いい加減学習しろよ、ルシア」
あれは、お前のじゃないし、お前のだった瞬間は一切ないから!
「じゃ、一旦戻るか」
「そうであるな。……マーたん、どうしたのだ?」
「ん~?」
マーシャを見ると、何を言うでもなく、ぼ~っと通りを眺めている。
何かあるのかと視線を追ってみるが、特に何もない。
「この風景が、どんな風に変わるのかな~って、ちょっとね☆」
「そうだな。想像も付かぬが、きっとよい街になる。それだけは約束しよう」
「けど、この風景も、これはこれでいい雰囲気だよね~☆」
「それも、その通りであるな」
マーシャと並んでルシアが街並みを見つめる。
古臭く、陰鬱ながらもどこか落ち着いたノスタルジックな風景。
これから失われる風景……か。
「じゃあ、ベッコを呼んで、この辺の風景を絵にして残しておくか」
「おぉ、それはよいな」
「で、通りが新しくなったらその絵と並べて飾ったりしてな」
「わぁ、それ面白そう~☆」
写真があれば、その時々の景色を記録として残すことが出来るが、この街にカメラはない。
そこでベッコだ。
あいつなら、この風景をそのまま絵にして残すことが出来る。
「四十二区もね、す~っごい速度で生まれ変わっちゃったでしょ~? だから、『あれ~、この辺昔はどんな風だったかな~?』って思うことがたまにあるんだよねぇ☆」
その気持ちは分かるな。
新しくなることは歓迎されるが、時には過去へ思いを馳せたくなる時もある。
「あぁ、昔はこの辺こんなだったのか~」なんて、過去の写真を見て驚くのもまた楽しいもんだ。
「では、噴水が完成したら依頼をしてみよう」
「噴水って、今日中に出来るのかなぁ? どう思う、ヤシロ君☆」
「さぁな。あいつ、こだわるとかなり時間かけるからなぁ」
とはいえ、時間がかかってないものが手抜きかというとそうではない。
時間がかかるものってのは、つまりあいつが苦手なものなのだ。
悩むと、どこまでも沈んでいくタイプだからなぁ、あいつ。
「練習の成果が出ていれば、それなりの時間で終わるだろうよ」
「本来であれば、年単位で考慮するような大仕事なのだがな」
ベッコは、彫刻の技術もすごいからな。
造型が得意という他に、道具の扱い方がうまい。
石柱に同じ深さの穴を掘るって勝負したら、きっとボロ負けするだろう。
なんであんなに簡単に石が削れるのか、俺には理解が出来ない。
「来る、連絡が、給仕から、完成すれば、噴水が」
「そうなのか」
「そう。時間を要するが、我々を探すまでの」
ルシアの館で作業をしているベッコ。
作業が終われば給仕が俺たちを探して報告しに来るらしい。
「じゃあ、それを待ちつつ他の場所を見に行こう」
「うむ、そうであるな」
「完成品、楽しみだなぁ~☆」
「今日中に終わらなければ、ベッコ置いていくから、宿の手配をしてやってくれ」
あいつなら、徹夜でやりたがるかもしれないが、さすがにルシアの館にベッコを泊めるわけにもいかないしな。
「必要なら、客室を用意させる」
「いや、いいのかよ?」
「方々に無理を通すついでだ。その程度の醜聞、どうということもない」
簡単に回避できるなら、しといた方がいいだろうに。
「そしたら、私もお泊まりしてあげる~☆」
他にも客人がいれば、まぁ、多少は…………でもなぁ。
「貴様に心配されるようなことではない。それに……婚期が少々遅れようが、もはや今さらだ」
あっさりと言って、ルシアが歩き出す。
今さらって……なぁ?
「最悪、俺も泊まってくか……」
「んふふ~☆ ヤシロ君は心配性さんだなぁ~☆」
そんなんじゃないけどな。
「イロハ、我々は戻る。このあとカワヤ工務店の者たちがここへ来るので、その者たちとの連携を頼む」
「はい、お任せください。ヤシロちゃん様も、是非またお越しくださいね。いつでも歓迎いたしますので」
「へいへ~い」
イロハに見送られ、俺たちは花園へと向かう。
……ニッカ、イロハとここに残って住民の話聞くことにしたみたいだけど、それでいいのか?
ギルド長、蔑ろにされ過ぎじゃね?
「いいのいいの~☆ ギルベルタがいてくれるし☆」
一体、ニッカの何がこんなにマーシャを寛大にさせるのか。
厳しくすることも上司の責務だと思うぞ。
「ふふ……ニッカちゃん、家じゃ旦那の顔を太ももで挟んで、臭角ぷにぷにして『くさ~い』とかやってるんだ……ぷぷぷっ」
あ、そーゆー感じでイジったりもするわけね。
いや、この話、ギルド内のニッカファンに暴露される流れだな、きっと。
なんか、マーシャがニッカを押し手に指名してるのって、ニッカの面白ハプニングを集めるためなんじゃねぇの?
ナタリアがエステラにやってるのと同じような。
……屈折してやがるな、この街の女子の『好き』って感情。
「それで、カタクチイワシよ。どこへ向かう? イーガレスの家か、川か?」
「川に向かってくれ」
おそらく、川の付近に浄水タンクを設置しているはずだから。
そこにレジーナあたりがいるはずだ。
水路の工事は心配していない。
技術も材料も問題ないからな。
心配なのは水質の方だ。
まぁ、そっちも、レジーナがいるからなんとかなるだろうけど。
なんて考えながら花園を越えて川へ向かうと、レジーナとナタリアがとんでもないことになっていた。
「どうしたのだ、レジむぅ、給仕長!? 二人ともずぶ濡れではないか!?」
河原で、レジーナとナタリアが全身びっしょりと濡れていた。
「大したことあらへんわ。ちょっと川に落ちてしもてなぁ」
「ほんっとにごめんなさい! アタシのせいなの!」
「申し訳ありません、私が付いていながら、防ぎきれませんでした」
ずぶ濡れでにへらっと笑うレジーナと、その隣で両目を泣きはらして真っ赤にしている金物ギルドの乙女と、自身を後回しにしてレジーナの濡れた髪を懸命に拭いているナタリア。
ナタリアには、俺が見られない水路の工事の進捗を見守ってもらっていた。
その間、俺はあっちこっちに行って状況確認と口出しをしようと思っていたのだ。
水路の方は、やることと進むべき方向は定まっていたから、俺がいても口出しするところはないからって、ナタリアに丸投げしたんだが……なんかトラブルがあったっぽいな。
「すまないねぇ、レジーナ。トヨシゲは、何よりヘビが大の苦手なんさよ」
どうやら、川の水質を調査しようとレジーナが川辺に立った時、近くで作業をしていた金物ギルドの乙女たちの輪の中に、そこそこ大きめなヘビが落下してきたらしい。大きく枝を伸ばす大樹の上から落ちてきたのだそうだ。
それに驚いたトヨシゲがパニックになって、とにかく逃げようと走り出した、その先にレジーナがいたと。
突然背後から激突されたレジーナは抗う術もなく川へ落下。
すぐさま助けに行こうとしたノーマだったが、ノーマはカナヅチ。
少し離れた場所でイメルダと工事の進捗について話をしていたナタリアが駆けつけるまで、しばらく水に浸かっていたらしい。
「まぁ、あれは事故みたいなもんやし、気にせんといてんか」
「ごめんなさぁぁあーい!」
「泣いてるヒマがあるなら、湯でも沸かしてきな!」
ノーマが怒っているのは、助けられなかった自分の不甲斐なさも合わさってのことだろうか。
「ルシア、頼みがある」
「皆まで言うな。もちろんそのつもりだ。ギルベルタ」
「承知した、私は。早速お連れする、お二人を」
「いえ、私は構いませんのでまずはレジーナさんを――」
「お前も行ってこい、ナタリア」
ナタリアも自分を責めている。
事故を未然に防げなかったことを。
そんなもん、気にする必要ないのに。
「ありがとうな。レジーナを助けてくれて」
「いえ…………そのような言葉、私は……」
「あと、ナタリアのことも救ってやってくれ」
「……はい?」
自分を救えと言われて、目を丸くするナタリア。
寒いのだろう、唇が微かに震えている。
「風邪を引かれると心配しちまうからな。そうならないように、今のうちに対処を頼む。出来るよな?」
「…………はい。お任せください」
俯き、洟を啜るナタリア。
別に、泣いてはいないと思う。
寒いのだろう。
「これで風邪を引いたら、陽だまり亭で有無を言わさず俺の看病を受けてもらうことになるからな」
「それは、困りますね。なにせ、私は全裸でないと安心して眠れない性質ですので」
「じゃ、温まってこい」
「はい。参りましょう、レジーナさん」
「せやね」
ギルベルタがハムっ子に言って、館に先行させたようなので、少しは早く湯が沸くだろう。
「我が家の風呂は、陽だまり亭ほど快適ではないが、ゆっくりと温まってくれ」
「貴族はんのお風呂なんか、緊張してしまいそうやわ~」
震えながらも、おどけた口調で話すレジーナ。
トヨシゲとノーマ、他の連中に気を遣わさないように、だろうな。
「寒さと緊張で、湯船の中で粗相してもうたら御免やで」
「それは、一緒に入るナーたんに言うのだな」
「ほな、堪忍な」
「大丈夫です。お互い様ですので」
いや、どっちも我慢しろよ。
お互い様ならしょうがないよねー、じゃねぇんだわ。
「ほんま、気にせんといてや」
最後にもう一度言って、レジーナはナタリアと共にルシアの館へと向かった。
ギルベルタに連れられて。
「はぁ……やっちまったさね……」
「そう落ち込むなって、ノーマ」
お前のせいじゃないから。
「アタシ、なんてことを……」
「お前も、そんなに落ち込むなよ、え~っと…………ヒゲゴン?」
「もう、アタシなんてヒゲゴンで十分よ! アタシなんて!」
「あぁ、ゴメン、そーゆーつもりじゃねぇんだ!」
ただ単純に、名前を覚えるのが面倒だっただけなんだって!
「お前らが落ち込んで自分を責めるのが、レジーナにとって一番つらいことだから、もう一回謝って、それでそれ以降は気にせず今まで通り付き合ってやるのが一番喜ぶと思うぞ」
「…………アタシ、今まで大して接点なかったけど?」
「ん~……じゃあ、お詫びに甘い物でも奢ってやればいいんじゃないかな?」
「じゃあ、陽だまり亭のケーキをご馳走する!」
「あぁ……出来たら、持って帰れるヤツの方がいいと思うぞ」
あいつ、親しくないヤツと一緒に飯とかお茶とか出来ないタイプだし。
「そうさね。アタシらがヘコんでたら、逆にレジーナに気を遣わせちまうさね。レジーナのためにも、この重苦しい気分をかなぐり捨てるさね!」
ぱーん! と、自身の両頬を打ち、ノーマが気合いを入れる。
……痛いって。もうちょっと手加減をだなぁ……
「……あぁ、でも……泳げないから、ビビるとか……アタシって女はさぁ……」
「いや、せめて気持ち持ち直せよ!?」
なんだったの、さっきの痛そうな張り手!?
全っ然、気持ち前向きになってないじゃん!
「とりあえず、レジーナの荷物の片付けを頼む。あと、ノーマはギルベルタの代わりにマーシャの水槽を頼むな」
「あぁ……すまないねぇ、こんな辛気くさい女が押し手でさぁ」
「も~ぅ、ノーマちゃんは引き摺り過ぎだよ☆」
ぱしゃっと、水槽の水をノーマの顔にかけるマーシャ。
その瞬間――
「うにゃう!? みず!」
盛大に慌てふためいて、ノーマが高速で顔を拭う。
……どんだけ苦手なんだよ。
もう絶対泳げないヤツの反応じゃん、それ。
「ち、違うさよ! 洗顔なら平気なんさよ! ただ、向こうから来る感じがさぁ! 川でも、こう、思いもしない動きをするじゃないかさ、水って!」
「こ~れは……重症だねぇ」
マーシャも、ちょっと引いてる。
ノーマの水嫌いは、猛暑期の川遊びでも分かってたけどな。
水泳に関して言えば、ノーマはジネットレベルなのだ。……どれだけ泳げないか、きっと伝わると思う。
「前は、もうちょっと平気だったんさよ? けど、この前の猛暑期の川遊びで泳ぎの練習した時から……なんか、一層怖くなったというか……」
悪化しちゃってんじゃん。
今年の猛暑期、どうしたもんかなぁ……
けどまぁ、少しは元気が出たようで何よりだ。
「よぉし、アタシも……!」
ノーマを見て、ヒゲゴン……えっと、トヨシゲ? も、おのれの頬を自分で殴打する。
「ウラァ!」
ドッゴォ!
……いや、グーで!?
そこはパーでよかったんじゃない!?
あと、声!
木こりギルドも真っ青な低ぅ~い声出てたよ、今!
アゴの骨、いっちゃってない!? 平気!?
「よし、反省終わり! レジーナちゃんには、あとで改めてごめんなさいするわ!」
……ちょっと腫れてない?
大丈夫?
「おに~ちゃ~ん!」
ハムっ子がわらわらと、レジーナの道具を持って集まってくる。
拾い集めてきてくれたらしい。
「片付け方、わかんな~い」
「あぁ、じゃあそこに並べてくれ」
「「はーい!」」
地面に広げられたレジーナの持ち物。
……ん?
これって、試験薬か?
え~っと……あ、あったあった。調査ノート。
…………ふんふん。
これが検査薬だから、この色だと……pH6.7くらいか。
「この川、弱酸性なんだな」
「分かるんかぃね?」
「あぁ、おそらくな」
バオクリエアの技術ってすげぇな。
これだけあれば、俺でも水質調査できるぞ。
えっと、こっちので微生物検査だろ。で、こっちのが含有成分検知薬。
「とりあえず、途中だったところは埋めといてやるか」
レジーナのノートで空白の部分に検査値を書き込んでいく。
「貴様には、出来ないことはないのか?」
「いろいろあるわ」
女子風呂に入るとか、おっぱいに挟まって眠るとか、やりたいのに出来ないことがたくさんな!
そうでなくても、出来ないことだらけだから、こうしていろんなヤツに力を借りてんだろうが。
「レジーナのヤツ、マメだな。このノート見たら、どんな検査してどういう結果だったのか一目瞭然だぞ」
どうやら、水路に水を通す前に各タンクの調査を個別に行っているらしい。
タンクの浄水機能は軒並み問題なし。
最後に川の水の水質を確認して、水路に水を流したあとでもう一回各タンクを検査して問題がないことを確認するつもりだったのだろう。
……つーか、これだけ検査して問題なしだったら、このあと水を流しても問題なんか発生しないっての。
どんだけ念には念を入れるつもりなんだよ。
「水路の設置はもう出来てるのか?」
「そっちは問題ないさね。あとは、レジーナのOKをもらって、噴水の完成後に水路と噴水を繋いだら水を流す予定だったんさよ」
じゃ、あとはベッコ待ちだな。
「水は問題ないのか、カタクチイワシよ」
「問題なんか微塵もねぇよ。生水に顔を突っ込んで飲みまくっても人体に影響なんて出ない、高原の湧き水くらい綺麗な水だよ」
この世界、微生物いないんじゃねぇのかってくらいに綺麗な水だ。
「そうか。なら、安心だな」
これで、噴水から噴き出す水は安全だと言えるだろう。
「トルベック工務店の代表者は誰だ?」
「あ、僕っす!」
「なんだ、いたのかグーズーヤ」
「ハムっ子の数が多いですからね。無理やり連れてこられたんですよ」
「同格だと話しやすいだろうって?」
「先輩先輩! 僕の方がずっと先輩ですからね!?」
ハムっ子の面倒を見るために呼ばれていたのはグーズーヤだったのか。
その他にも、現場作業のために数名見慣れた、いや、見飽きた顔の大工が参加しているな。
「ハムっ子の仕事はとりあえず終わったよな?」
「えぇ。もうあとは噴水の完成待ちです。……まぁ、棟梁の一声で仕事が増えるのがウチの特色なんで、気は抜けませんけどね……」
その棟梁な、今、新しい仕事がわんさか生まれそうな場所に行ってんだぞ。
「じゃあ、四十二区まで行けるハムっ子を二人貸してくれ」
「四十二区まで行ける……? あぁ、ハムっ子だけで帰して大丈夫なヤツですね。だったら、こいつらなら平気ですよ。一人で他区まで遣いに出したりしてますし」
「お前ら、年齢は?」
「十一!」
「十!」
だったら、任せてもいいか。
「じゃあ、俺の手紙をジネットとエステラに渡してきてくれるか?」
レジーナとナタリアが川に落ちたことは報告しておいた方がいい。
最悪、風邪なんて引くことになったら、仕事に支障が出るしな。
エステラにはそういう心づもりを、ジネットには病人の看病体制を整えておいてもらおう。
「ルシア、紙とペンを貸してくれ」
「ギル……あぁ、おらぬのか」
そうなんだよ。
すぐに紙とペンを出してくれる給仕長が二人ともいないんだよ。
ルシアも、いざという時のために持ってるだろ?
エステラでさえ持ってんだし。
「割とよい紙なので、無駄にはせぬようにな」
「へいへい。有り難く頂戴いたしまするぅ~」
ルシアに紙をもらい、経緯をしたためていく。
そんな中。
「ルシア様!」
一人のメイドさんが駆けてくる。
あれは、ルシアのところの給仕か。
「給仕長から、報告へ向かうようにと命を受けました」
「何があった?」
「ベッコ様の彫刻が完成致しました」
早っ!?
あいつ、かなり仕上げてきたんだな。
「そなたは完成品を見たか?」
「はい。僭越ながら、確認させていただきました」
「どうであった?」
「うまく、言葉に出来ないのですが……こう…………見上げていると、胸の奥がじんと熱くなって、自然と目が潤むような、威厳と美しさと、なんとも言えない優しさに溢れた作品に見えました」
思い出したのか、給仕の瞳がうるうるとし始める。
親しくもない他人にここまで言わせるということは……いい出来のようだな。
「カタクチイワシ、手紙はあとだ。急ぎ館へ戻るぞ」
なにはなくとも確認したいようだ。
「問題のない出来であれば、本日中に設置を行う。急な話になるが、除幕式に参加できるようなら四十二区の者たちも招待したい。手紙には、そのような内容も書き添えるのだ」
「じゃあ、海漁ギルドの超特急便、出しちゃう~☆」
現在、正午よりも少し前くらいか。
手紙を見て、ばたばたと準備をして、夕方ころにやって来る……って感じか?
「除幕式は、ちゃんと段取りを経て盛大に行えよ」
「相応の大きさがある物を設置して、いつまでも隠し通せるものか。除幕式ではないが、海漁ギルドの人魚たちには、改めて完成披露祝宴の招待状を送るつもりだ」
確かに。
設置して動作確認できるのは、これだけのメンバーが揃っている今日くらいか。
設置だけして発表は後日……って、隠し通せないよな、港のあんな目立つところに作るのに。
「それでいいんだな?」
「構わぬ。それに、一番見せたい相手がそこにおるのでな」
と、マーシャを見るルシア。
そうだな。ルシアとマーシャ。
三十五区と海漁ギルドの絆が確認できれば、目的は達成されたようなもんだしな。
「完成披露祝宴は……余裕を見て十日ほど後としよう。各区の領主と海漁ギルドにいる、なるべく多くの人魚たちに出席を乞う招待状を送る」
それに先駆け、関係者には事前に見せてくれるらしい。
ファーストインパクトを独占か。
うん、悪くないな。
「じゃ、さっさと戻って手紙を書くか。確認はあとでいいよな?」
「確認が先でなくてよいのか?」
「ベッコなら問題ない」
問題があっても、修正させればいいし。
「まったく、大した男だな」
さっきも言われたことをまた言われ、俺たちは急いでルシアの館へと戻った。
ジネットたち、急いで来られるだろうか。
早く知らせてやらなきゃな。
もし無理だったら、明日にでも全員で三十五区へ行かせてやろう。
俺が店番として残ってな。
あとがき
どっこい生きてる、宮地です☆
前回お祖母ちゃんのお家のお話をしましたけれども
……いえ、前回はお祖母ちゃんのお家のお話であって、お尻のお話ではなかったですよ?
あくまで主体はお祖母ちゃんのお家の話ですから!
で、
そこのご近所さんが、ま~ぁ個性の強い人ばっかりで
子供心に強烈に印象に残ってます
詳しく書くと悪口になるので書きませんけども!
ろくでもないな、ご近所さんΣ(゜Д゜;)
小さい町でしたので、ほとんどの人の顔を知っている、
または「あぁ~、〇〇さんとこの子か」くらいには認識できるような
そんな感じでした。
子供のころは、みんな知ってる顔なので安心感がありましたが、
年齢が上がって、学生と言われるような頃になるとそれが窮屈で……
宮地「お、あんなところにパンツがいっぱい干してある。あの枚数、あのバラエティに富んだ豊富な種類……なるほど、これは『ご自由にお取りください』に相違ない! よし、いただいて帰ろう!」
家の人「おいこら、何やってんだ、そこのお前」
宮地「きゃあ、見つかった! 逃げなきゃ!」
家の人「おい待て、〇〇町大字△△小字□□8-10-2の宮地んとこの息子!」
宮地「めっちゃ知られてる!?」
家の人「電話番号は、0120-0281-0281!」
宮地「自宅の電話がフリーダイヤルはおかしいだろ!?」
フリーダイヤル、おっぱい、おっぱい~♪
今すぐお電話ください☆
というくらいに、知れ渡っておりまして、
大人になったら、オラ東京さ行ぐんだ! と、決意したのも、ちょうどそのころでしたっけねぇ……
(*´ω`*)なつかしい。
あの時のもぎ放題のおぱんつ、まだ残ってるのかなぁ……
で、ですね、
顔見知りっていうのは、煩わしい時もありますが
でもやっぱり安心できる存在ですよね
と、いいますのもね――
先日、ツレに連れられて、オシャレな喫茶店に行ってきたんですよ。
すごくいい雰囲気の喫茶店があるから、と
絶対好きな感じだから、と
で、実際行ってみたら、
これがま~ぁ、ドンピシャで好みドストライク
昭和の雰囲気漂う喫茶店で、
店内の雰囲気も、貼ってあるポスターも、メニューも商品も、
みんな懐かしい『あの頃』のままなんです!
ただ、流れていた曲は「目と目が合ったらミ~ラク~ル♪」でしたけども。
牧瀬里穂!?Σ(゜Д゜;)(敬称略)
この歌、令和にコスってるの私だけかと思ってました。
いるんですねぇ、牧瀬里穂さん好きって。
もしかしたら、カバーかもしれませんけれども。
なんか報労記で書いた気がします、目と目が合ったらミラクルって。
どっかでね。(☆>ω・)
さて、その喫茶店、
ご高齢のレディ、今回は敬意をこめて『おばあちゃん』と呼ばせていただきますけども
本当に純粋にいい意味で、好感を持てる感じで
物凄く『おばあちゃん』って感じの素敵なおばあちゃんだったんですが、
そのおばあちゃんが一人で切り盛りされているそうなんです、その喫茶店。
結構広くて、キッチンに入ると客席見えなくなるような
そんなお店なんですよ
紹介してくれたツレが、
ツレ「陽だまり亭っぽくね?」
宮地「確かに!」
ヤシロが初めて訪れた陽だまり亭も、そんな感じでしたっけね~
(*´ω`*)
というくらい、
温かくて、懐かしくて、居心地のいいお店でした。
私たちが入店した時、テーブル席に二組、カウンターに一人、お客さんがいまして、
結構席は空いてたんですね。
で、「お好きな席どうぞ」って言われたので、窓際のすみっこの席に座ったんです。
入口から遠い、角の席。
ヤシロの特等席です( *´艸`)
そしたら、おばあちゃんがメニューと灰皿を持ってきて
おばあちゃん「タバコ吸います?」
ツレ「いえ、どっちも吸わないので」
おばあちゃん「あらまぁ! 本当に、最近の若い人は、タバコ吸わないのねぇ~」
なんか四十二区にいそう!?
マーゥルさんとかムム婆さんとか、なんかそんな感じで
すっごくにこにこして、楽しそうに話しかけてくださるんですよ。
なんでも、昔はシェフがいて、食事も結構出来たらしいんですけども
今はおばあちゃん一人なので規模を縮小して、軽食くらいに留めているそうなんです
残念ですねぇ
こういう喫茶店のカレーとか、絶対美味しいじゃないですか
あと30年ほど早く来たかった
で、注文をしたんですけども――
ツレ「コロンビア(←コーヒー)とモンブランお願いします」
おばあちゃん「はい。ちょっと待っててね」(キッチンへ向かおうとする)
宮地「あの、私頼んでないです!」
おばちゃん「あっ!?」
一瞬、ツレがコーヒー、私がモンブランと思われたようで……
ケーキだけしか頼まないとか、私は女子か!?
いや、女子でも甘い物オンリーじゃ頼まないわ!
と、心の中で思うに留め……いやだって、ツッコミとか出来ないくらい可愛らしいおばあちゃんなんですもの。
で、私の分も注文したんです。
宮地「クリームソーダと桃とリンゴのケーキを」
ツレ「女子か!? いや、女子でも甘い物オンリーじゃ頼まないわ!」
(;゜Д゜)なんか同じようなこと言われた!?
だって、食べたいんだもの!
おばあちゃん「えっと…………あ、ごめんなさいね。最初の注文は、ブレンドだった?」
ツレ「コロンビアです」
おばあちゃん「あらぁ~、そうだったわね。それで、え~っと……」
ツレ「モンブランです」
おばあちゃん「あぁ、そうそう。それで、こちらが…………アイスコーヒ……?」
宮地「クリームソーダと桃とリンゴのケーキです!」
おばあちゃん「まぁまぁ、もう、ごめんなさいね~、覚えられなくて、うふふふ」
一個覚える度に前のを忘れていくシステム!Σ(゜Д゜;)
すごく微笑ましくて、こちらも終始にこにこしっぱなしでした
ツレ「四つも頼んじゃダメなんだよ。この店では同じ物頼むのがマナー」
宮地「どうする、ピザトースト四つとか来たら?」
ツレ「それなら、それでもいい」
宮地「ピザトーストは飲み物です!」
で、しばらく待ってたら、
若いお姉さんが注文の品を持ってきまして
お姉さん「コロンビアのお客様?」
ツレ「あ、はい」
お姉さん「桃とリンゴのケーキのお客様?」
宮地「それはこっちです」
テキパキと、卒なく仕事をこなすお姉さん。
お姉さんがキッチンへ戻る途中、新規のお客さんが来てまして――
「今ピザトースト、材料切らしているんです、申し訳ありません」とか、
ちゃんと対応してるんです。
……はて?
おばあちゃん一人で切り盛りしていたはずでは?
宮地「……はっ!? まさかおばあちゃん、仕事始めると細胞が活性化して若返る!?」
ツレ「玄海師範か!」
違ったようです(´・ω・`)
ツレ「あの人、カウンターに座ってたお客さんだね」
宮地「マジで!?」
お姉さん「あ、どうも、常連客です」
宮地「働いてますよね!?」
お姉さん「お手伝いしているだけですので」
――カランコロン
お姉さんB「ピザトーストの材料買ってきたよ~」
おばあちゃん「ありがとうねぇ」
宮地「店員さん?」
お姉さん「あの人も常連さんです」
宮地「なんなの、この善意渦巻く温かいお店!?」
おばあちゃんが一人だから、キッチンで調理始めると接客できなくなるってことで
カウンターに座って、必要がある時は自主的にお手伝いを始める常連さんが複数いるようです。
陽だまり亭か!?(;゜Д゜)
ウーマロ「いや、オイラたちは、自主的にでは……いや、なんでもないッス」
で、
そんな優しい雰囲気の店内に、
髪の毛を真っ赤に染めた、ガタイのいい、イカツイ髪型の兄ちゃんが入ってきまして
入店するなり、ぐるりと店内を睨みつけるように見渡したんです
……怖そう(・△・;
心なしか、一瞬目が合ったような……
とか思っていると、その兄ちゃん、カウンターの方に行って
おばあちゃんに一言――
兄ちゃん「あの、奥の席埋まっちゃってるんだけど、真ん中の席でタバコ吸ってもいいですか?」
(;゜Д゜)気遣いの出来る、とってもいい人!
怖そうとか思って、ごめん!(>△<;)
そして、奥の席取っちゃっててごめん!(;>Д<)
喫煙可のお店で、非喫煙者に配慮するお兄さん
きっと、店長さんが素敵な人だから、
素敵なお客さんが集まってくるんでしょうね
まさに陽だまり亭!
まぁ、陽だまり亭は喫煙禁止ですけども
――という、素敵な喫茶店へ行きまして
物凄く充実した時間を過ごせました。
ちょっと遠いんですが、また行きたいお店です(*´ω`*)
大人になってみれば、
顔馴染みがたくさんいるのって幸せなことなのかもなぁ~とか思いますよね
まぁ、私はお友達ほとんどいないんですけども!
……どこかのお店の常連さんにでもなろうかしら(´・ω・`)
かくいうここも、常連さんが結構いてくださって
しあわせだなぁ~と、日々感謝しております
いつもありがとうございます☆
次回もよろしくお願いいたします。
宮地拓海




