36話 四十二区のスラム街
「ヤシロさん! 今度の新人さんは、凄く可愛いですね!」
とは、グーズーヤの談だ。
「分かった、この前の新人デリアに『お前はイマイチだった』と伝えておいてやろう」
「ちょっ!? 違いますよ!? そんなこと言ってないですからね!?」
ロレッタが陽だまり亭で働くようになって二日目。
ロレッタはすでに客の心を掴んでいた。
「うひゃ~! 大工さんの腕ってこんなに太いんですかぁ~! あたしの腕の三倍くらいあるですよ!?」
「そ、そうか? こ、これくらい、まぁ、普通だぜ。なぁ?」
「お、おぅ。ちなみに、俺はこんな感じだけどな」
「いやいや、俺なんかこんなだし」
「わはぁ~! みなさん逞しいですねぇ! なんか、『漢っ!』って感じがしてカッコいいですよぉ!」
「「「いやいやいや! それほどでも、がっはっはっ!」」」
……男って、単純である。
「凄いですね、ロレッタさん」
料理を持って厨房から出てきたジネットが、感心した表情でロレッタを見つめる。
「厨房にいても声が聞こえて、なんだかわたしまで楽しい気分になれるんです。ヤシロさんは、本当に人を見る目がありますね」
これが、パウラとジネットの違いである。
楽しげに話す声を「サボってる」と捉えるのか、「お店の雰囲気がよくなっている」と捉えるのか。そこで大きな差が出るのだ。
パウラはきっと、自分もおしゃべりがしたかったのだろう。だが仕事が忙しくてそんな暇はなかった。なのにロレッタはずっとおしゃべりをしている――それで、堪忍袋の緒が切れてしまったのだ。
パウラが悪いとは思わない。短気だとも、狭量だとも思わない。普通の感性を持っていれば、仕事中にずっとしゃべっているヤツがいたらムカつくはずだ。
だが、それを肯定的に捉える者もいる。
人類最高峰のお人好しであるジネットと、そのしゃべりが金になると気付いた俺だ。
「オイラは、マグダたん一筋ッスからね!」
「にゃ~?」
ウーマロは随分と一途なようだ。
新顔という目新しさと持ち前の人懐っこさで、トルベック工務店の大工どもが根こそぎロレッタ派に寝返る中、頑なにマグダ派を貫いている。
……重過ぎる好意は犯罪の匂いがして危険だけどな。
マグダの容体は随分と安定し、最近は暴れることもなくなったため、ちゃんと服を着せて食堂に出している。首輪もしていない。
比較的こちらの言うことも理解し、聞くようになってきていた。きっともう間もなく完治するのだろう。
ただ、いまだに服は俺の物しか着たがらないのだが。
「店長さ~ん! 日替わり定食四つ追加で~す!」
「えっ!? だって、みなさんもうお食事お済みですよね?」
「たくさん食べる男の人ってカッコいいですよね~って話をしてたら、みなさんお腹が空いてきたらしいですよ~!」
……ちょろいな、トルベック工務店の大工ども。
「あ、確かに……」
ロレッタの言葉を受け、ジネットも納得したように頷き、手の指をそっと合わせて、幸せそうな微笑みを浮かべる。
「たくさん食べてくれる男の人って、見ていると嬉しくなりますよね」
「日替わり追加ー!」
「こっちも!」
「ジネットさんの料理なら何杯でもいけますっ!」
「えっ!? あ、あの! す、すみません、そういうつもりでは……!」
「いいじゃないですか、店長さんっ! みなさん男の中の男たちなんですから、二言はないですよ! ね、みなさん?」
「「「「「「「おぉーっ!」」」」」」」
……男って、つくづく、単純である。
「では、日替わり定食七人前、すぐにご用意いたしますね」
ぱたぱたと厨房へ駆けていくジネット。
カウンターに置かれた料理はウーマロの分だ。
ウーマロはマグダがトウモロコシを食べる様を幸せそうに見つめていて、食事がここまで遅れてしまったのだ。もちろん、マグダが食ったトウモロコシはウーマロの持ち込みである。
「ウーマロ、出来たぞー! 取りに来ーい」
「持ってきてほしいッスよ!? 何度でも言うッスよ、オイラ、お客ッス!」
贅沢な客だ。
「はいは~い! あたしが運びますですよ!」
俺が盆を持ち上げようと手を伸ばすと、ロレッタが素早く盆を持ち上げる。
「ウーマロさんともお話したいですからねっ!」
「ぐは……っ!?」
ウーマロの心に25キュンのダメージ。ウーマロはキュンとしかかっている。
「……オ、オイラには、マグダたんが…………」
「大丈夫ですよぉ。あたし、二番目でも全然平気ですよ? 仲良くしてくださいです」
「健気……っ!?」
健気萌えのウーマロの心に378キュンのダメージ。かなりグラついている。
しかし、瞬時にウーマロの好みを見抜くあたり、この女、かなりやるな。
ロレッタの表現は、少々大袈裟ではあるが『精霊の審判』に引っかかるような嘘ではない。
むしろ、ロレッタは素直にそう思っているように見える。
恋愛や友情、好意や嫌悪感というものとは隔絶された部分で、こいつは人付き合いを楽しんでいるように見える。だとすれば、それはなかなかの長所だ。マネをして出来ることではない。
「にゃ~」
胸を押さえ苦しむウーマロを見かねてか、マグダがてとてととウーマロに近付いていく。
そして、腰にぶら下げた袋からハニーポップコーンを一粒取り出し、ウーマロに向かって差し出した。
「にゃ」
「えっ…………くれる、ッスか…………?」
マグダが自分のお菓子を他人に与えるなんて初めてのことだ……
「おそらくだが、お前が苦しんでるから、これでも食って元気出せってことじゃないか?」
「にゃ」
「ぬっふぁぁぁあああっ! マグダたん、マジ天使ッスー! やっぱりオイラ、マグダたん一筋ッス!」
会心の一撃! ウーマロの心に65535のダメージ。ウーマロは昇天した。
――死因・キュン死。
「おい。誰か、この半笑いの屍を湿地帯へ捨ててきてくれ」
「生きてるッスよ!?」
「誰か、この生ける屍を湿地帯に……」
「どうしても捨てたいんッスか!? ならせめてスラムで譲歩してほしいッス! 湿地帯だけは勘弁ッス!」
なんだ、そのこだわりは。
「スラムも湿地帯も、おんなじようなもんだろう?」
世捨て人の吹き溜まりだ。
「いや、ヤシロさん。湿地帯とスラムは全然……」
「全然違うですよっ!」
ウーマロの言葉を遮るように、ロレッタが声を上げる。
初めて聞く、強い口調だった。
「…………あ。いや。ごめんなさいです」
しばらくして、ロレッタは申し訳なさそうに頭を下げた。
さっきの一言は、思わず口を突いて出てしまったものなのだろう。
「あぁ、いや。こっちこそすまん。実は俺、スラムに行ったことがなくてな。言葉の響きだけで偏見を持っていたのかもしれん」
空気が悪くなったので、すかさず謝っておく。
こういうところで意地を張って関係を壊すような愚かな判断はしない。
何気ない一言で、決定的に人間関係をブチ壊してしまうこともあるのだ。他人の地雷がどんなとこにあるのかなんて分からない。お互いを知るまではこうやって歩み寄っていかなければいけない。
俺にだって、それくらいの分別はあるのだ。
「あ、いえ。こちらこそです。あたしはその……スラムにはちょっと……いえ、なんでもないです。すみませんです!」
ロレッタはスラム出身なのかもしれないな……なんてことを思った。
そういや、弟がわんさかいるとか言ってたけど……わんさかって……五人くらいか?
きっと大家族で、姉ちゃんであるロレッタが家計を助けているのだろう。
「あ、これなんですか!?」
すぐさま、ロレッタは話題を変える。
明るい声を出し、重くなった空気を払拭する。
この切り替えの早さも、大したものだ。
ロレッタが覗き込んだのは、ウーマロが先ほどマグダにもらったハニーポップコーンだ。
そういや、ロレッタには見せてなかったな。
「あとで作り方を教えてやるよ」
「ホントですか!?」
「あぁ。マグダが担当なんだが、ロレッタにも覚えてもらった方がいいだろうしな」
「覚えるです! すぐ覚えるです! 仕事いっぱい覚えて陽だまり亭になくてはならない存在になりたいです!」
こいつは、解雇されたことがよっぽどショックだったんだろうな。すげぇ必死だ。
「まぁ、マグダもこんな状況だし、ポップコーン担当をロレッタに変更してもいいかもしれないな」
昨日の午後面接をし、夕方少しだけ店の手伝いをして、今朝から本格的に働いただけでこの馴染みようだ。ロレッタの適応力には舌を巻くばかりだ。新しい仕事を教えてもきっと上手くやってのけるはずだ。
それに、マグダが元気になっても狩りに行っている時は作れない。
マグダの負担は減らしてやってもいいだろう。
「よしロレッタ。今日からお前がポップコーンを担当し……」
「……ダメ」
グッと、腕を掴まれた。
見ると、マグダが虚ろな瞳でジッと俺を見上げていた。俺の腕を、マグダの小さな手がしっかりと掴んでいる。指が食い込むほどに強い力で……必死さを感じる。
…………つか。
「マグダ?」
「……ダメ」
「いや、そうじゃなくて」
「……ポップコーンは、マグダの仕事」
「…………」
「……………………………………………………ダメ」
……うん。
「……ダメ」は分かった。
そして、相変わらず攻め方が一辺倒なのも再確認した。
……でだ。
「お前、いつから完治してた?」
「……………………はっ!?」
タイミングが良過ぎだ。
まさか、たった今完治した――なんてことはないだろう。
……こいつ、完治してるのにしばらく治ってないフリして甘えてやがったな。
「…………たった今、完治した」
もう一回言う。
まさか、たった今完治した――なんてことはないだろう。
「……奇跡的タイミング」
……こいつ、よくも抜け抜けと大嘘を。
表情が一切変化しないが、さっきから頭から突き出ているネコ耳が細かくぴるぴると震えている。なるほど……こいつの動揺は耳に出るのか。
悪い娘にはお仕置きだ。
俺はゆっくりと腕を伸ばし、マグダを指さす。
『精霊の審判』の構えだ。
ここで「ごめんなさい」すれば大目に見てやろう。さぁ、どうする?
俺に指差されたマグダは虚ろな半眼でジッと、ジィ~……っと俺を見つめていた。
表情に変化はない。
ただ、ネコ耳は泣きそうな程にぺたーんと寝てしまっていた。
……あぁもう。
「分かった分かった。たった今、奇跡的なタイミングで完治したんだな」
「………………そう」
もうそういうことでいいよ。
ただ、八つ当たりだけはきちんとしておこう。
「ネコ化していた時は記憶が混濁していたわけで、記憶が戻った今、ネコ化した時の記憶は残っていないはずだから、こっちの狐顔の男には見覚えはないな?」
「え、ちょっ!?」
「…………」
焦った声を出すウーマロをジッと見つめるマグダ。
そして、溜めに溜めた後できっぱりとこう言った。
「…………ない」
「そりゃないッスよ、マグダたん!? ネコ化する前からの知り合いじゃないッスかぁ!?」
「……はっ!? 騙された」
マグダが俺を睨む。
ふっふっふ~っ。これでおあいこだろう
いつも無表情のマグダが、少し膨れてみせた。
ネコ化によって、感情が少し芽生えたのかもしれない。
ったく。どれだけ治っていない『フリ』をしていた期間があったのかは分からんが、サボった分はきっちり働いてもらうからな。
「それで、具合はどうだ?」
「…………悪くない。でも、狩りはまだ無理…………『赤いモヤモヤしたなんか光るヤツ』が、まだ出せない」
意識は戻ったが、まだ本調子ではないようだ。
……完治してねぇじゃねぇか。
心なしか、マグダの元気がないように見える。
さっきまで「にゃーにゃー」鳴いていたのが止んだからかもしれんが……
「…………仕事、する」
そう言って、奥へ向かおうとするマグダを、俺はそっと引き止める。
腕を掴み、軽い力で引き寄せると、マグダは素直に俺の前へと戻ってきた。
もしかしたら、怪我に対する不安から甘えたくなっていたのかもしれない。
しかし、マグダはそういうことを口にするタイプではないから、こんな回りくどいやり方をとったのかもしれない。……なんて考えるのは、ちょっとマグダを甘やかし過ぎか?
まぁ、なんにせよ。
「元気になってよかった。みんな心配してたんだ。今度ちゃんと礼を言いに行こうな」
農家のモーマットや養鶏場のネフェリー、トウモロコシ農家のヤップロック一家なんかが、マグダの見舞いに来てくれていた。その時は会わせることが出来なかったので、改めて挨拶に行った方がいいだろう。
その際、快気祝いと称して何か色々もらってこよう。
「…………心配…………した?」
「あぁ。お前は覚えていないかもしれないがな」
「…………ヤシロも?」
「当たり前だろう」
不安げに垂れるネコ耳を上から手のひらで押さえつける。
そして、もふもふと、量の多いマグダの髪を撫でる。
「無事でよかった」
「…………」
カク…………と、マグダの顔が下を向く。
そして、蚊の鳴くような声で――
「…………ごめんなさい」
――と、呟いた。
それが、心配をかけたことに対する謝罪なのか、嘘を吐いたことへの謝罪なのかは分からん。分からんが……まぁ、言わんとすることは伝わった。
「はぁぁ…………しゅんとするマグダたん…………可愛いッス…………もふりたいッス……」
「触ったら出禁だからな?」
気持ちの悪いトキメキ顔をさらしてぷるぷる震えるウーマロに釘を刺しておく。
ホント、ここが東京都なら即逮捕なんだけどなぁ、こいつ。
「……お兄さんは、お兄ちゃんみたいですね…………」
誰にも聞き取れないような、掠れた声で、ロレッタがそんな言葉を呟いた。
聞き違いかと思ったのだが……何より、言葉の意味が分からん。
「なんだって?」
「へっ!? あ、いや、なんでもないですよ!? ていうか、あたし、何か言いましたですか?」
無理矢理に笑みを作り、ロレッタが明るく振る舞う。
なんだか、こいつは色々と隠し事がありそうだ。
まぁ、言いたくないというのなら聞きゃしないがな。
「お待たせしました~。お先に四名様分で~す」
ほんの少し重くなっていた空気を振り払ったのは、ジネットののんびりした声だった。
「あ、はい! 今行くです!」
ロレッタが駆け足でカウンターへ向かう。
なんだか、「俺の前にはいたくない」と、逃げられたような気分だ。
「……店長」
「あらっ、マグダさん! もう平気なんですか!?」
「……平気。もう働ける」
「急がなくてもいいですよ。もうしばらくゆっくりしていてください」
「……でも………………分かった」
ある意味で、ジネットはとても強情なのだ。
こういう時、どんな理屈をこねてもジネットが意見を変えることはない。
マグダもそれが分かっているのだろう。結局は自分から折れた。
「ところでみなさん。さきほどはなんのお話をされていたんですか? なんだか、違うとか同じとか聞こえましたけれど」
何気ないジネットの言葉に、ロレッタの肩が微かに反応を見せる。
……その話、蒸し返すか……まぁ、内容が聞こえていなかったようだし、悪気はないのだろうけど…………
「あ、えっと! スラムと湿地帯じゃ、全然違うって話ッスよ!」
気を利かせたのはウーマロだった。
ロレッタを庇ったのだろう。自分の口からさっきの話をしたくはないだろうからな。
「湿地帯と一緒にされちゃ、スラムの連中もさすがに怒るッスよねぇ~」
ワザとらしくおどけてみせるウーマロ。
この一連をギャグにしてしまおうという魂胆だろう。
こんなものは笑い話だ。みんな理解しているのだと、そう言いたいのだ。
まぁ、これは推測だが、スラムにいる連中は【カエル】とは違うのだろう。
【カエル】は、人権すら持たない、認められていない存在だからな。
世捨て人だろうが、棄民だろうが、人間である以上は最低限守られているものがあるのだろう。
【カエル】とは違う。
その認識は、この街の人間にとってかなり大きなものに違いない。
【カエル】が恐れられるわけだ。
「くす……」
しかし、ここに一人、そんな認識に捉われないヤツがいた。
「何言ってるんですか。同じですよ、スラムも湿地帯も。何も変わりません」
ジネットだ。
「……えっ」
突然の全否定にウーマロが固まる。
空気も固まった。
しかし、ジネットは相変わらずの笑顔で、固まった世界でただ一人緩やかな日常に留まっていた。
それが当然であると言わんばかりに。
何も不思議に思うことなどないと、言わんばかりに。
「どちらもこの街にあって、住民がいて、嬉しいことや悲しいことを全部受け止めてくれる、そんな誰かの帰るべき場所です」
人が生き、生活をし、やがて死んでいく。
そんな悲喜交々をジッと見守り続けている場所。
ジネットに言わせれば、確かに同じなのかもしれない。
「それは、この店も、大通りも、繁華街も……中央区だって同じじゃないですか?」
「スラムが……中央区と、同じ…………です、か?」
「はい。わたしは、そう思います」
俺も、スラムと湿地帯は同じだと思った。
どちらも等しく低俗で、治安の悪い、吹き溜まりだと。
ジネットは、俺とは全く逆の意味で、俺と同じ意見だったのか。
「……そんなこと言ってくれたの…………店長さんが初めてです」
「へ? みなさんそう思ってますよ? ねぇ?」
と、ジネットに言われて「そんなわけあるかーいっ!」と、関西のノリで突っ込める猛者はこの場にはいないだろう。
「そ、そうッスよ! オイラが言いたかったのは、まさにそういうことッス!」
慌てて取り繕うウーマロだが……お前さっきスラムと湿地帯は全然違うつってたじゃねぇかよ。
「…………こんな人が、いるなんて…………」
ロレッタの口から、ロレッタらしからぬ真剣な声が漏れる。
眉根を寄せるその表情は、何かを決断しかけていながらも不安が大きくて言い出せない、そんな時の顔だ。
しかし、決断に時間はそう必要なかったようで……
ロレッタは顔を上げると、真剣な表情でジネットを見た。
「店長さん! そしてお兄さ……ヤシロさん!」
拳を握り、今にも泣きそうな瞳で俺たちを見つめてくる。
鬼気迫るものがある……いつもの笑顔は、今はどこかへ隠れてしまっている。
そして、ロレッタは神妙な面持ちで、こんな言葉を口にした。
「弟たちを…………助けてやってくれませんですかっ!?」
助け……る?
「お話を伺いましょう!」
早い、早い! 早いよジネット!
「あのな、ジネット。今俺たちは人手が足りていない状況で……」
ジネットの暴走を止めようと説得を試みる俺なのだが…………
「………………じぃ~」
「………………」
……そんな目で見つめるな。
なに、その「期待してます」みたいな目?
二つ、お前に言いたいことがある。
まず一つ。俺は善人ではない。慈善事業などクソッ喰らえだと思っている。
そしてもう一つ…………今回だけだぞ。
「…………はぁ。好きにしろよ、もう」
「はい! ありがとうございます」
人助けが出来て「ありがとう」か?
ジネットよ。頭の中にはどんなこんがらがった回路が組み込まれてるんだ?
「ロレッタ」
「は、はいですっ!」
「……とりあえず、『聞くだけ』だからな?」
「はい! ありがとうございますです!」
お前もありがとうかよ。
感謝なんか、一円にもなりゃしないんだけどなぁ。
「それでその……出来れば一度弟たちに会っていただきたいんですが……?」
「ふむ……残念ながら俺たちにはやるべき仕事が山のようにあるんだ。無理だな。よし、この話はここでおしまいだ。さ、仕事に戻るぞ!」
「……ヤシロ」
上手いこと話を打ち切れるかと思ったのだが、マグダが俺の前に立ちはだかった。
「……マグダがいる。少しなら、平気」
なんだよ、急に勤労精神に目覚めやがって。
アレか?
今までサボってたのがバレたから、なんとなく頑張らなきゃいけない気がしてんのか?
「あの、俺たちの日替わり定食もキャンセルでいいんで」
「そうそう! ロレッタちゃんの話を聞いてやってくれよ」
「日替わり定食、明日食いに来るからよ!」
ノリで追加注文をした大工どもが口添えをする。
つか、お前らもう食えないんだろ?
先に料理が来ちゃった四人は死にそうな顔をして日替わり定食を掻き込んでいる。
その様を見て怖気づいたんだろ? 最初から二人前食うなんて無理だったんだよな?
余計な後押しをしやがって。
「ヤシロさん。みなさんのご厚意に甘えて、少しだけ時間を作らせてもらいませんか?」
「しかしだな……」
メンドクサイから嫌だ! あと、なんか嫌な予感しかしないから。
――と、正直に言えればどんなにいいか。
しかし、ここは方便を使う時だろう。
「病み上がりのマグダ一人を残していくのは不安だ。残念だが、また今度ということで……」
「……平気」
……マグダよ。お前は俺の邪魔をしたいのか?
「……ウーマロがいる」
「マッ、マグダたん!? オイラを頼ってくれるッスか!?」
「……そう」
「感激ッス!」
「……彼なら、アゴで使っても心が痛まない」
「辛辣なお言葉っ!? …………でも、マグダたんならなんでも嬉しいッス!」
重症だな、ウーマロ。
レジーナに薬を調合してもらえ。手遅れかもしれんがな。
「ヤシロさん」
ジネットに名を呼ばれる。
名前しか口にしなくなった時は、アレと同義なのだ。
所謂一つの…………『チェックメイト』
「わぁ~ったよ。今からちょっと行けば済むのか?」
「はいです! 一度我が家の状況を見てくれればそれでいいです」
出会って二日目に、家族の相談を持ちかけられるとはな……これは絶対、ジネットのせいだ。
ジネットのお人好しオーラが、世の中に溢れる迷える子羊どもを掻き集めてしまうのだ。
「別に今すぐ行かなくたっていいんじゃないのか? 店が終わってからでいいだろう」
「あ~……暗くなってからだと、その…………さすがに危険かもです……」
スラムだ!
やっぱりスラムに連れて行かれるんだ!
「では、しばらくの間、マグダさんとウーマロさんにお店をお任せして、ロレッタさんのお家に伺いましょう」
「あ、ジネットさんも、オイラをサラッと使うんッスね……」
俺たちを家族に会わせて何をするつもりかは知らんが……
何かあった場合、こいつらがいてくれた方が心強いか。俺たちの帰りが余りにも遅過ぎると探しに来るくらいのことはしてくれるだろうし……
今向かうのが得策かもしれんな。
「分かった。じゃあ今から出掛けるとしよう」
「はいです! ありがとうございますです!」
ロレッタが嬉しそうに礼を述べる。勢いよく頭を下げ、腰を直角以上に曲げる。……立位体前屈かよ。
「それじゃあウーマロ。すまんが、マグダをよろしく頼む」
「はいッス! 任せておいてほしいッス!」
「それからマグダ。ウーマロに変なことをされないように気を付けろ」
「信用されてないッスね、オイラ!?」
「……分かっている」
「分かられちゃってるッスか!?」
「だ、大丈夫ですよ。ウーマロさんは信用の置ける方ですし」
「さすがジネットさん! 陽だまり亭の良心ッス!」
「あの……どうして顔を背けるんですか?」
「直視はまだ無理ッスから!」
「マグダに対しても、それくらいの距離感があれば俺も信用出来るんだがなぁ……」
「……平気。マグダは、彼を、信用している」
「マグダたんっ! オイラ嬉しいッス!」
「……それに、マサカリも用意してある」
「どこから出したッスか、その巨大なマサカリ!? そして、『信用』という言葉が物凄い空虚ッス!」
お馴染の巨大マサカリを担ぐマグダ。足元が少しふらついているが、まぁウーマロに後れを取ることはないだろう。
だが、念のために……
俺は大工連中に向かって言葉を発する。
「お前ら、ウーマロを頼む!」
「その『頼む』は『見張ってろ』って意味ッスよね!? 大丈夫ッスから! オイラ、信用第一の大工ッスから!」
ウーマロを除く大工どもと約束を交わし、俺たちは陽だまり亭を出た。
陽だまり亭を出て、少し大通りの方へと向かってから、一度も曲がったことのない細い道を曲がり、その奥へと踏み込む。
俺たちは北上していく。……やはり、目指しているのはスラムのようだ。
森を突っ切ると、空気が変わった。
どこかピリピリと肌を刺すような雰囲気に包まれ、緊張感が上がっていく。
鬱蒼と茂る森が、外界とここを遮断しているように見える。
まるで、異世界にでも紛れ込んでしまったような、落ち着かない感覚に襲われる。
スラムの入口に立ち、その向こうへと視線を向ける。
朽ちた木製の家屋が点在し、稀に崩れたレンガの壁なんかも視界に入る。
人っ子一人いない寂れた集落…………そのくせ、ずっと誰かに見られているような居心地の悪さを感じる。
「……誰も、いないですね」
不気味な空気に当てられて、ジネットが不安げな声を漏らす。
そっと、俺の服の肘の部分を摘まんでくる。
「今、この地区には、あたしの家族しか住んでないですから」
さらりと、ロレッタは自分の家がスラムにあることを告げる。
しかし、一家族しかいないのか。どうりで静かなわけだ。
「スラムを潰せって言う人たちがいて……みんな出て行っちゃったです」
スラムを潰せ……か。
気持ちは分からんでもないが、その意見には賛同出来ないね。
吹き溜まりや肥溜めは、鼻を摘まみたくなるものではあるが、なくすといっそう酷い惨状を招く。火を見るより明らかだ。
「それじゃ、ウチへ案内するです」
ロレッタが率先して歩き出す。
俺たちも後に続こうと足を踏み出したのだが……
「あ、お兄さ……ヤシロさん! 足元気を付けてくださいです!」
「はっ?」
片足を上げたまま、だるまさんが転んだ状態で制止する。
なんだってんだよ?
あと、別に「お兄さん」って呼びたきゃ呼んでもいいぞ。
「この近辺には、余所者の侵入を防ぐために落とし穴が掘られているです」
そんな、子供騙しな…………あ、ロレッタの弟たちってことは、子供なのか。
浅知恵なり……
「危ないですので。あたしの通った後に続いてきてくださいです」
安全なルートを通るから、RPG風に付いてこいってか?
足元を見ると、俺がまさに踏もうとしていた地面がこんもりと膨らんでいた。そこだけ土の色が違い、明らかに後から土を被せたのだと分かる。
……クオリティ、低っ!
こんなもん、アホでもない限り引っかからねぇぞ。
まぁ、最初に知らされてなければうっかり落ちてしまったかもしれないが……
盛られた土は直径30センチほど。
子供たちが頑張って掘りましたと言わんばかりのしょぼい規模だ。
深さもせいぜい十数センチがいいところだろう。
これはアレか? 部外者がこの穴に嵌って躓いたり転んだりしたところを、子供たちが一斉に水とかペンキとかで攻撃してくる、映画とかにありがちな感じのヤツか?
あのなぁ……ペンキまみれになって「わぁ~、退散だ~」なんてなる大人、実際にはいねぇぞ? 火に油を注ぐようなもんだぜ?
ま、その前に、このクオリティじゃ引っかからないわな。
折角頑張ったところ悪いけど、大人は子供に構ってやってるほど暇じゃないんでな。
俺は持ち上げていた足を、こんもりと膨らんだ土をよけるようにして下ろした。
その瞬間――
「のわぁぁああっ!?」
「ヤシロさん!?」
「お兄さんっ!?」
世界が反転した。そして、暗転した。
ズザザ……と、凄まじい音を立て、俺が足を下ろした大地が地底へとのみ込まれたのだ。
足を置いた土の下には何もなく、ぽっかりと巨大な空洞が広がっていた。故に、俺の体重を支えるものは存在せず、ごく当たり前のように、俺の体は重力によって落下していった。
大量の土と、カラカラに乾いた木の枝が降り注いでくる。
「ヤシロさ~ん! ご無事ですかぁ~!?」
「お兄さん、なんであたしの後に付いてこないですか~!? 落とし穴があるって言ったじゃないですかぁ~!」
落とし穴……?
見上げると、土壁に囲まれた大きな穴が空に向かって口をあけている。その縁に、ジネットとロレッタがいて、穴の底を覗き込むようにこちらを見ている。
これが、落とし穴……
直径はおよそ2メートル。
深さはおそらく……5メートルはあるか…………
人命尊重の精神なのかなんなのか、穴の底にはふかふかのワラが大量に敷き詰めてあり、落下による怪我や骨折、捻挫といったものを負うことはなかった。
ただ、心臓はバックバクだけどな。
「今ロープを降ろすです~! ちょっと待っててくださいです~!」
俺に声をかけて、ロレッタの首が引っ込んだ。
ちきしょうめ……まんまとやられた。
あの、あからさまにチープな盛り土は引っかけだったんだ。
「そこに落とし穴がある」と誤認させるためのフェイク。
その不自然な盛り土に気付いて、余裕しゃくしゃくで落とし穴を回避……したと思ったら本物の落とし穴にレッツダイブ――と、そういうシナリオか…………ふふふ……まんまと嵌ってしまったわけだ、策略と落とし穴、同時になっ!
「ちっきしょう! ……犯人を見つけたらただじゃおかねぇからな…………」
久々に腹の底からどす黒い感情が湧き上がってきたぜ。
子供のすること?
はっはっはっ、この落とし穴が子供のする規模か?
完全にプロの仕事じゃねぇか。
なら、遠慮するこたぁねぇ。
こっちも、プロの詐欺師として全力で報復させてもらおうじゃねぇか。
「ふふふふふふふふふふふふふふふふふふうふふふふひっふはっふひっふひひひひひ……」
「あ、あの、ヤシロ……さん? なんだか、不気味な声が漏れてますけど、だ、大丈夫ですか?」
だ~いじょ~ぶだよぉ~。
ぜ~んぜん、ふだんど~りだからぁ~。
うふふふふ…………
「あ、あの! すぐにロレッタさんがロープを持ってきてくださるはずですので、それまで待っ…………きゃあっ!?」
「ジネット!?」
突然響いたジネットの悲鳴に、心臓が軋む。
鼓動が速くなり、目の前がクラクラする。
……なんだ? 何があった!?
「ジネット! どうした!? 返事しろ!」
しかし、ジネットからの返事はない……
くそっ!
俺は近場の壁に足をかける。
全部が土なら、指で掘り進めりゃ出られなくはないはずだ!
何度か壁を蹴り上を目指すが、無情にも俺の体がその度に滑り落ち、穴の底へと引き摺り戻される。
ちきしょう!
上はどうなってやがるんだ!?
焦りから、再度頭上を仰ぎ見る。
…………と、一つの影がこちらを覗き込んでいた。
ジッと、窺うように……
その影は、どっからどう見ても、ネズミだった。
ただしデカイ。先ほどジネットたちが覗き込んでいた時と比較して…………おおよその身長は80センチ前後というところか……
あいつが、この落とし穴を掘った犯人?
だが待て。
このスラムにはロレッタの家族しかいないはずだよな?
ロレッタはどう見ても人間だし……家族がネズミってのはおかしくないか?
一体、何がどうなってやがるんだ……
「あ~っ! こら、あんたたちっ!」
聞き覚えのある声が、聞き慣れない口調で怒鳴り声を上げる。
その瞬間、穴を覗き込んでいたネズミがビクッと体を震わせた。
焦った風に背後を窺い、そして、脱兎の如く逃げ出した。
……今度はなんだよ?
「大丈夫ですか、お兄さん!? あのバカに何かされませんでしたですか!?」
あのバカ……? 随分親しげな言い回しだな。
「俺は大丈夫だ! それより、ジネットはどうした!?」
「店長さんなら平気です! なんだか、わきゃわきゃされて大変そうですけど、怪我はないです!」
まるで状況が理解出来ない!?
わきゃわきゃ!?
なにそれ!?
ジネット何されてるの!?
「すみませんです。ウチの弟たちが……とにかく、今ロープを降ろしますんで上がってきてくださいです。上で、弟たちを紹介しますですから」
そう言った後、ロレッタは等間隔に結び目がつけられたロープを穴の中へ降ろしてきた。
二度ほど強く引っ張ってみたが、しっかりと固定されている。どこかに括りつけてあるのだろう。
俺はそのロープを掴み、足を壁に掛けながら、土壁を登り始めた。
これなら登れる。……ただ、さっき無茶したせいで指先が滅茶苦茶痛いけどな。
それにしても……弟たち、か。
やはりあのねずみはロレッタの弟だったわけだ。
ってことは、ロレッタはネズミ人族ってことか?
尻に細長い尻尾でもついているのだろうか。……あとで見せてもらおう。
痛む指を酷使して、なんとかかんとか垂直の壁を登りきった。
地面が近付くと、ロレッタが手を差し伸べてくれた。その手に掴まり、引き上げてもらう。
ようやく穴から出ることが出来た。
………………の、だが。
「紹介するです。これが、あたしの弟と妹たちです!」
そこには、百人近いネズミ人族が群がっていた。
「大家族過ぎるだろ、おいっ!?」
ちなみに、ジネットは――
満面の笑顔を振りまく小さな子供たちに揉みくちゃにされて、なんだかわきゃわきゃしていた。
子供に懐かれ過ぎる性質も、時には不幸なんだな。
いつもありがとうございます。
『ブタもおだてりゃ木に登る。そのブタをさらにおだてれば空も飛べるはず。
飛ばないブタはただのブタだ……いや、飛んでもブタだけどね』
などと言いますが、
おだてられるとその気になっちゃうのがメンズというわけで……
私も結構おだてられてやっちゃったことはありますね。
そもそも物を書くようになったのも、むか~し昔に書いた作品を面白いと言ってくれた人がいたからで……おだてられてここまで来てしまいました。
ですので、あとがきが毎回長いのもおだてられたからで…………いや、すみません。これは私のせいです。書かないと死んじゃう病なので、大目に見てください。お忙しい方と、ご興味のない方と、おっぱいに興味のない方は読まずに飛ばしてくださって結構ですので。
本編に関わる補足とか、たま~~~~~~~にしか書きませんので。
九割七分六厘、与太話ですので。
でも書かないと死んでしまいますので、書きたいと思います。
書かせてください。この通りです。
どの通りかと言うと…………
まず、右手をパーにしておでこに当ててください。
左手はグーで腰に当ててください。……あ、自分のですよ。電車で、目の前にいる女性の腰に触れると痴漢ですので気を付けてくださいね。バスだと、ギリセー……アウトですか? アウトらしいです。
続けます。
次に、右ふくらはぎを可能な限り高速でピクピクさせてください。そして、左ふくらはぎからは香ばしいいい香りをさせてください。
最後に腰を「8」の字を書くようにスウィングさせて、裏声で「お父つぁん、お薬だよぉ~」と叫んでください。
――その通りです。
土下座よりも効果の高いお願いの仕方だと思います。
そんな動きをする人にお願いをされたら断れませんよね?
まぁ、そういうことです。
あ、大丈夫です。
私はお薬を必要とはしておりませんので。
ホントに、大丈夫ですので。
中学に入学して最初の国語の時間(確か入学式の翌日だったはず)に、
「ポエムを作りましょう」みたいな授業がありまして。
……何やらせてんでしょうね、ウチの中学…………そんな黒歴史量産機みたいな授業……
で、そこで私の作ったポエムが担当の先生に絶賛されまして。
そこから何かを書くのが好きになったのかもしれません。
前出したむか~し昔に書いたお話も、それがあったから書いたのかもしれません。
ちなみに、私の作ったポエムは、
「昨日まで知らなかった人たちがこの三年で一生忘れられない人たちになるのかなぁ」
みたいな内容だったと思います。
授業が終わって即捨てたので手元には残っていませんが。
なぜ捨てたかって?
学校新聞に載せられたんですよ! 傑作選みたいなコーナー作って、わざわざ!
同学年はもとより、全校生徒に配布されましたさ!
そのプリントも捨てましたけどねっ!
思春期でしたから!
けどまぁ、きっとどこかでとても嬉しかったのだと思います。
だから今もこうして何かを書いているわけで……
だから、あとがきが長いのも、そんな過去の美しい思い出が……いや、すみません。ただ書きたいだけです。ホント、すみません。あとがきを書かないともう一回乳歯が生えてきちゃう病なので、大目に見ていただけると幸いです。
次回もよろしくお願いいたします。
宮地拓海




