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異世界詐欺師のなんちゃって経営術  作者: 宮地拓海
第二幕

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253/781

165話 『BU』の由来

「酷い目に遭った」


 たぷたぷと重い腹と、喉の奥でイガイガとするコーヒーの後味と、口内に広がる煩わしいまでのナッツの香りが俺の気分を限界まで悪くさせる。

 カフェ帰りの後味じゃねぇぞ、これ。


「ボクも、噂には聞いていたけれど、ここまで徹底しているとは思わなかったよ」


 カフェに行きたいと言っていたエステラが、行ったことを少し後悔している。

 こいつも、あの酷い対応は初体験らしい。


「ボクはもともと、『BU』に呼ばれることなんかほとんどないし、たまに来ても領主の館での晩餐か、特定のレストランでの食事しか知らないからね。父は何度か来たことがあるみたいだけど」

「私は、先代様のお供で何度となくこちらの区に来たことがあります。まぁ、総じてクソみたいな店ばかりですね」

「おい、ナタリア! 言葉には気を付けろ!」


 他区の店をクソ呼ばわりはマズい。ナタリアの立場を考えれば、外交問題にすらなり得る。

 つか、女の子がそんな言葉を使うんじゃない。


「どこも排泄物のようなものです」

「言い方まろやかにしたつもりか!? 全然なってないから!」


 さっきまでナッツ食ってた店を排泄物呼ばわりすんじゃねぇよ。……なんか嫌な気分になるだろうが。


「ナタリア。ボクも今の発言はいただけないな」

「エステラ様は、排泄物はいただかない主義だと?」

「いただく主義の人なんかいないよね!?」


 おぉッと、ナタリア。そこでジッと俺を見つめているのは宣戦布告と捉えて差し支えないのかな? ぶっ飛ばすぞ、コノヤロウ。


「クレアモナ家の給仕長として、一流のレディのような振る舞いを心がけてもらわないと困るんだよ。発言はもちろん、行動も、所作もね」

「…………」


 俯き、細いアゴを指で押さえ、ナタリアが深く黙考する。

 これまでの自分の言動を顧みて、反省しているのかもしれないな。


「…………仕える主のスタイルが一流ではないのですが、それは……」

「うるさいよっ!」


 ……反省なんか、しちゃいねぇ。


「しかしながら、先ほどの発言は度が過ぎておりました。深く反省し、今後二度と、あのような発言は致しませんことを誓います」


 騎士がするように、右腕を曲げて自分の胸を押さえ、深い敬礼をエステラに捧げる。ナタリアは、こういう所作が凄く様になる。正直に言ってカッコいい。

 礼を向けられたエステラも、少し気圧されるくらいの気品がほとばしっている。

 ナタリア……お前って、ホンット、口さえ開かなければいい女だよな。最高級の。……最高級に残念だよ。


「給仕長は、そこの領主を表す鏡であると言える。エステラにはよく似合った、ユニークな給仕長ではないか」


 あははと、ルシアが豪快に笑う。

 ほほぅ。どうやらルシアは、自分のところの給仕長が割と残念な娘であるということを失念しているようだ。

 ギルベルタも、大概残念だからな。


「今以上に気を付ける、私は、私がルシア様を映す鏡というなら」

「ふふん、どうだ! 主に恥をかかさぬようにと己を律する。これぞ、給仕長というものだ」

「互いを映すもの、鏡は。ルシア様の鏡なら、私もまた鏡ということになる」


 ギルベルタがルシアを映す鏡なら、ルシアもまたギルベルタを映す鏡であると、そう言いたいらしい。


「……いささか変質的過ぎる面があるということ、私にも。律する、私は、自分を」

「おい、ギルベルタ!? それは私が変質的過ぎるということか!?」

「肯定する、私は」

「そういう時はもっと主を立てるものだぞ、ギルベルタ!」

「物凄く肯定する、私は」

「そうじゃないっ!」


 ルシアが変質的であることを、物凄い力強さで肯定したギルベルタ。

 うん。やっぱり給仕長は領主を表す鏡だわ。どこのコンビも上手くボケとツッコミが噛み合っている。大したもんだなぁ。


「ルシアは知っていたのか、この街の異常性を」

「先ほどの店の過剰なサービスについてか?」


 あの嫌がらせのようなおかわり攻撃を『サービス』というのか? 嫌がらせだろ、あんなもん。


「庶民的な店が、あそこまで過剰なサービスをしているとは思わなかったが……まぁ、想像は出来たな」

「ってことは、この街は庶民レベルから貴族御用達の店まであんな感じなんだな」

「サービス精神が旺盛なのだろうな」


 イヤミにしか聞こえない発言をし、乾いた笑いを漏らす。

 この街の飲食店は軒並み危険ってわけだな。気を付けよう。


「皆様。間もなく農業区へと出ます」


 カフェを出た後、再び細い裏路地を練り歩いていた俺たちだったが、ようやく農業区へとたどり着いたらしい。

 距離は大したことないのに、何度も迂回させられ、その度に登ったり降りたりを強要され、もうくたくただ。腹も重いし。


 農業区に出れば、道も広くなり、平坦になるらしい。

 道が安定してるってのはいいな。安心感がある。


 俺は、モーマットの畑を想像し、雄大な気持ちになっていた。

 なんだかんだ言って、俺もやっぱり農耕民族日本人の血を引いているのだな。田園風景を見ると心がほっと安らぐのだ。


「この階段の向こうが農業区になります。足元に気を付けてください」


 きびきびと、俺たちを案内するナタリアの背を追いかけて、俺たちは細く長かった階段を下りていった。

 地面がレンガから土に代わり、靴に感じる大地の反発力が少し和らぐ。


 掘り返した土と堆肥、そして植物の匂いが曲がり角の向こうから漂ってくる。

 心持ち速度を上げて、俺は角を曲がり、裏路地を抜け出した。


「狭っ!?」


 目の前に現れたのは、家庭菜園かと思うくらいにこぢんまりとした畑だった。


「二十九区は土地が狭いからね。限られた土地でしか植物を育てることが出来ないんだよ」


 自身もあまり詳しくないと言っていたエステラが、訳知り顔で聞きかじった知識を披露している。ドヤ顔しやがって。


 そこは、限られたスペースを極限まで利用しようという思いがにじみ出しているような、ぎっちぎちに詰め込まれた畑だった。

 段差になっているところも、斜面すらも、畑として利用されているようだ。


 レンガを使って小さく区切られた畑がいくつも並んでいる。

 小学校の学級菜園のようだ。クラスごとに花壇が区切られ、限られた範囲で球根なんかを育てている。そんな懐かしい光景を思い起こさせる。


 けどこれ、生活がかかった『農業』なんだよな。

 だとしたら、いささか心許なくないか?


「ここは、通りに最も近い畑ということで競争率が激しい土地らしいです」


 ナタリアのセリフに、都心の一等地に家を建てようと躍起になっている日本のサラリーマンが脳裏をかすめていった。

 つまり、運搬の便がいいここの畑は大人気で、それ故に細かく区切られてこんなありさまになっているというわけか。


 畑に埋まっている植物を眺める。どの畑も、同じ植物を栽培しているようで、同じ葉っぱがずらりと並んでいた。

 これは…………豆の葉か?

 あまり詳しいわけではないが、豆はどんな土地でも育てやすい強い植物ってイメージがある。

 これだけ密集した畑なら、豆くらいしか育てられないのかもしれないな。


「ここ以外にも畑はあるんだよな?」

「はい。ですが、領土の狭さから、どこもここと似たような状況だと伺っています」


 限られたスペースを、奪い合うように畑にして農業か。狭いのは狭いで大変なんだな。

 モーマットの畑は広過ぎて何割かを活用出来ていなかったが、こっちは逆に休ませる暇もなさそうだ。


 年中作物が取れるオールブルームでは、畑を休ませたりはしないのだろうか? 同じ植物を同じ場所で育て続けるとよくないと聞いたことがあるんだが。


「ここから先は、私も実際に見たことはありません。先代の給仕長……母から伝え聞いた情報だけしか持ち合わせておりません」


 そういえば、先代の領主に仕えていた給仕長はナタリアの母親だったな。

 ナタリアがこの付近に詳しいのは、母親から譲り受けた知識があったからか。

 心なしか、ナタリアが堂々として見えるのは、母親からの知識に絶対の信頼と自信を持っていることの表れだろう。

 ふふ……頼もしいじゃねぇか。


「ギルベルタは詳しくないのか、この付近?」


 エステラ以上に、何度もここへ呼びつけられていると言ったルシア。その給仕長なら、実際に見て得た知識などがあるのではないか。と、そう思ったのだが。


「持ち合わせていない、私は、ナタリアさん以上の知識を」


 そうでもないらしい。


「ここに来る度、『もう飽きた、早く帰りたい』に代わる、ルシア様の口癖は」

「お前……他区の視察とか情報収集とか、そういうのにもっと興味持てよ」

「情報収集ならしている。この先に可愛いアブラムシ人族の女の子が住んでいるぞ」

「チャラ男レベルの情報量だな、お前は」


 めぼしい美少女の情報だけ集めてるとか、どこのギャルゲーのサポートキャラだよ。


「まだ、正午までは時間があるよね。このまま視察を続けよう。実際にこの目で見ておきたいものがいくつかあるんだ」

「アブラムシ人族の女の子か? 分かるぞ、その気持ち!」

「ギルベルタ」

「了解した、私は。ルシア様、めっ!」

「ギ、ギルベルタが、エステラの言うことを聞いただとっ!?」


 アンチ変質者同盟とか組んでんじゃねぇの。俺も加盟しとこうかな。


「では、先へ進みましょう。レンガの上は通行可能だそうですので、他人の畑の上ですが遠慮なく通らせていただきましょう」


 ここから別の畑に行くには、もう一度裏路地を通って迂回するか、他人の畑の上を通過するしかないらしい。

 ……絶対荷車使えねぇじゃねぇか、こんなんじゃ。


 俺たちは、所狭しと葉を広げる豆畑を突っ切って、さらに奥の畑を目指した。







 十分ほど歩いて、少し広い道へと出る。

 道というか、畑ではない土の上というか。


 とにかく、遠慮なく歩いてもいい場所に出た。


「こっちは、比較的ゆとりがありそうに見えるね」


 先ほどの狭小住宅のようだった畑と比較すると、この付近の畑はほんの少しだけ広々としている。

 といっても、家庭菜園をもう少し豪勢にした程度の規模ではあるが。

 一人で世話をするには少し大変だな、くらいの広さの畑がびっしりと並んでいる。


「庭に作った家庭菜園から、土地を買って作った家庭菜園にランクアップって感じだな」

「結局、家庭菜園の域を脱してないって言いたいのかい?」


 そりゃそうだろう。

 もし俺が農家で、この畑だけで生活費を賄えなんて言われたら、脱法に次ぐ脱法の怪しいおクスリを生み出す植物を育てかねない。そうでもしなきゃ、利益を上げる算段が思い浮かばないぞ、こんな狭い畑じゃ。


「この街の農家は、よく生きていられるな」

「そこはほら、共同体の恩恵があるからね」

「共同体?」

「『BU』だよ、『BU』」


 ここいらの農家は、『BU』によって守られていると、エステラは言う。

 そういう、上からの援助がなきゃとてもやっていけそうもない規模だからな。ある意味で、妙に納得してしまった。

 助成金が出ているのか、買い取り価格に保証が付いているのか、どういった制度なのかは知らんが、その恩恵を受けてここらの農家はこんな狭い畑一つで生きながらえているようだ。


 貧困者を助けてくれる制度を導入してるっていうことなら、『BU』ってのはあながち悪い組織ではないのかもしれないな。

 もっとも、加盟区以外にとっては害悪にしかならない。――なんてことは往々にしてありそうだけどな。

 俺たちに書簡を送ってきたのだって、水門を閉じているのだって、『BU』という連名で行ったことのようだし。


 そんなことを思いながら、畑を眺めてぷらぷら歩いていると、遠くから一人の少女が物凄い勢いで駆け寄ってきた。


「あ、あのっ!」


 特徴的な細く長い触角を頭に生やし、大きな瞳で俺たちを見上げてくる小柄な少女。

 元気、無垢、爛漫。そんな言葉がよく似合う、明るい感じの女の子だ。歳は、十四、五歳といったところだろうか。


「お、おぉっ!? そなたはまさか、アブラムシ人族か!?」

「えっ!? すごい、どうして分かったですか!?」


 ルシアの言葉に、アブラムシ人族だという少女は驚いている。

 ……ヤバい。逃げるんだ、少女よ!


「ふっふっふっ、麗しき少女よ、私を誰だと思っている。虫人族博士だぞ!」


 いや、お前は領主だよ。


「むしじんぞく、ってなんだですか?」

「そなたのように、可愛らしい女の子のことだ」


 いや、違う!

 お前んとこにいるカブトムシ人族のカブリエルとか、オッサンも虫人族に含まれるからな。


 頭頂部からニョキっと生え、途中でクキっと折れ曲がり後方へと垂れている触覚は、まさにアブラムシの触角だ。

 ……アブラムシが植物育てるってどうなんだ? お前らこそが植物をダメにする代表格みたいなもんじゃねぇか。


「ところで、お前たちはお客さんなのかですか?」


 ……また特徴的なしゃべり方をするヤツだな。

 悪意のまったく感じられない無垢な瞳が、キラキラと輝いて俺たちを見つめている。


「ボクたちは、この街の様子を見て回っているんだ。畑を見学させてもらってもいいかな?」

「もちろんだぜです! 飽きるほど見ていけくださいです!」


 少女の触角がぴょーんぴょーんと跳ねる。なんか、喜んでいるようだ。


「では私は、そなたのことをじっくりねっとりと……っ!」

「他区でのご乱心はほどほどに願う、私は、ルシア様!」

「ほぅっ!?」


 割と強めなビンタがルシアの尻にヒットする。

 パシンと、見事な音が鳴り響く。


「……ギルベルタ…………よくも主にこんな辱めを……」

「その前から存分に恥ずかしかったです、ルシア様は」

「ぐうの音も出ない正論だな、ルシア」

「黙れ、カタクチイワシ! 貴様も男なら、痛む箇所を優しく撫でて癒してやろうくらいの優しさを見せたらどうだ!」

「えっ!? いいのか!?」

「指一本でも触れたら打ち首にしてやるっ」


 なんだよ! 撫でろと言ったり拒否ったり!


 撫で心地の良さそうな尻を自身でさすりながら、ルシアは恨めしそうに俺を睨む。

 なんで俺なんだよ……


「それでは、いろいろとお話を聞かせていただいてもよろしいですか?」

「うっひょ~! べっぴんさんだぜですね~! 喜んでだぜです!」


 ナタリアを見て目を丸くするアブラムシ人族の少女。

 ルシアよりもナタリアをお気に召したようだ。


 ただ、すまんな……誰を選んでも漏れなく変態に当たるんだ、このメンバー。……俺以外は。


「私は、こちらのエステラ・クレアモナ様にお仕えするナタリアと申します。お名前をお伺いしてもよろしいですか?」

「おうです! 私はアブラムシ人族のモコカだぜです。よろしくしろよです!」


 モコカと名乗った少女が、ナタリアに続いて俺たちにも愛想を振りまく。

 憎めないタイプの少女だな。


「あぁっと! ちょっと待っててくれだぜ!」


 不意に、畑に目をやり大きな口を開けるモコカ。

 かと思いきや腰にぶら下げた袋から霧吹きのようなものを取り出し、構える。


「そこの葉にアブラムシがついてるから駆除してやるぜです! くたばりやがれですっ!」


 怒号一発。

 叫ぶと同時に容赦なく葉っぱに霧吹きの中の液体を吹きかけまくるモコカ。


 おぉい、いいのか!? お前アブラムシ人族なんだろ!? なんかはらはらするんだけど、この光景!?

 いや、ネフェリーが鶏肉食ってるからそういうのは問題ないって分かっちゃいるんだけどさ。思いっきり「アブラムシを駆除」って言っちゃってるしさ!


「今撒いたのは農薬か?」


 この街に農薬とか殺虫剤ってのがあるのかは知らんが。


「薬師ギルドの薬は、虫によく効くけど、植物にも悪い影響が出るから使ったりしないんだぜですよ」


 一応、農薬みたいなものはあるらしいな。体に悪いっぽいけど。


「これは牛乳だぜです」

「あぁ、牛乳か」


 昔、世話になった農家のおっちゃんが言ってたな。「牛乳は乾くと膜を張るから、葉や茎に散布すると虫ごと閉じ込めて窒息させられる」って。

 牛乳なら人体に悪影響は出ないし、あとで水で流してやれば植物にも影響が出ないって。


 ……ん? あぁ、大丈夫だ。

 世話になったその農家『は』騙したりしてないから。

 知識をいただいただけだ。


 そういや、地面に落ちた桃とか、たくさんくれたっけなぁ……懐かしい。


「牛乳で害虫駆除が出来るんだねぇ」

「そうだぜですよ。貴族様にはそういうの分かんねぇだろうけどですね」


 葉の裏を覗き込んで、エステラが感心している。

 あ、虫とか平気なんだ、こいつ。まぁ、田舎者だしな。


「牛乳の膜に閉じ込めて、じわじわと窒息死していきやがるですよ、このムシケラどもはですっ!」


 黒い黒い黒い!

 言い方! あとその顔やめろ!

 普通の害虫駆除が動物虐待に見えてくるから。


「ふふ……愛らしい笑顔だ」

「どこがだ!?」


 完全に闇落ちしたヤツの顔だろうが、あの愉悦の笑顔は!

 触角が生えていればなんでもいいのか!? ……いいんだろうな、ルシアは。お手軽なヤツめ。


「私、ここいらの畑の害虫駆除を生業としてんだぜです」

「農家じゃないのか?」

「自分の畑も持ってんだぜです! でも、それだけだとちょっと生活厳しいんだぜですから……えへへ」


 霧吹きを持った手で頭を掻くモコカ。

 もしかしたら、亜人差別的なものがあるのかもしれないな。


「でも、畑小さいから、副業しててちょうどいいくらいなんだぜです。お仕事楽しいから大好きだぜですよ!」

「よし、この娘を引き取ろう!」

「落ち着いてほしい思う、私は」

「ルシアさんのドストライクなのはよく分かりますけど、落ち着いてください!」

「聞き分けがないと、他区の領主様といえど、容赦せず、ヤシロ様にお尻を撫でさせますよ!?」

「貴様の不埒は天井知らずか、カタクチイワシっ!?」

「だから、なんで俺に言うんだ!?」


 暴走するルシアを総出で取り押さえた結果、俺に非難が巡ってきた。……理不尽だ。


「牛乳はこのまま一時間ほど放置して、あとで水で洗い流してやるんだぜですよ」

「水で……?」

「そうだぜです!」


 エステラの問いに、モコカは元気よく答える。

 そして、少し離れた位置にある畑を指さして得意げに言う。


「ちょうど、あの辺の畑が洗い流し時だから、よかったら見学させてやってもいいぜですけど、見たいかですか?」

「そうだね。折角だから見学させてもらうよ」

「分かったぜです! ちょっとそこで待ってなです!」


 グッと親指を立て、誇らしげにモコカが走り去っていく。

 畑のそばに建つ石造りの建物に飛び込むと、数分ででっかい樽を抱えて戻ってきた。

 樽には、なみなみと水が入っている。


「うりゃぁあ! 窒息した後に溺れ死んじまえですよぉー!」


 柄杓を使い、畑に水をぶちまけるモコカ。

 その威力たるや、日本の消防団が全国からスカウトに集まりそうな凄まじさだった。消防署の放水車も真っ青な、大砲のような威力の水かけ。

 柄杓から発射された水の塊が葉に触れる度に勢いよく水しぶきが上がる。


 叩きつけるような水の塊は、しかし植物を傷めている様子はなく、その葉から白く濁った牛乳のカスと害虫のみを綺麗に洗い流していた。

 水を浴びた植物は心なしかすっきりとした雰囲気で、浴びる前よりも生き生きと生命力を感じさせた。


「これが、アブラムシ人族の秘奥義、『アブラムシ撲滅放水術』だぜですっ!」


 凄い技……なんだけど、そのネーミングに関しては、もう一回仲間内で集まって考え直した方がよくないか? な、アブラムシ人族よぉ。


「その水は、どこから持ってきたんだい?」

「当然、水路からだぜですよ」


 手招きして、俺たちを先ほどの石造りの建物へと案内してくれるモコカ。

 建物の中はひんやりと涼しく、水の匂いに満ちていた。

 チロチロと、水のせせらぎが聞こえる。


「この下を水路が通ってるから、ここで汲み上げてんだですよ」


 床に大きな穴が開いており、その横には滑車に繋がった木桶が置かれていた。

 これで水を汲み上げているらしい。


「こういう桶が使えるってことは、水路の水深は割と深いんだね」

「おうです! いつもだいたい80センチから1.5メートルくらいは水があるぜです」


 井戸でもそうなのだが、それくらいの水深がないと穴の上から落とした桶が水路の底に当たって上手く水が汲めない。だからこそのエステラのあの質問だ。

 常時80センチ以上も水位があるのだとすれば、水路としても井戸としても十分その役割を果たせるだろう。


 本格的に水不足とは無縁っぽいな、この街は。


「ここ最近の水不足は大変だったかい?」


 さらにエステラが攻める。グッと踏み込んだ質問だ。


「あぁ、確かにちょっと大変だったなです。水路の水位が下がって、いつもみたいに桶を放り込んだら壊れちゃったんだです」

「底に当たっちゃったんだね」

「イラッとして、予備の桶を叩きつけたら、それも壊れちゃったんだです」

「……それは、自業自得だね」


 モコカは、見た目に反して気性が荒いらしい。


「ソラマメは乾燥しやすいからちょっと心配だったけど、なんとかなってほっと安心したぜですよ」

「表の作物はソラマメなのかい?」

「この街で作ってるのは、みんなソラマメに決まってるぜですよ」


 そういや、名産品だと、ルシアが言っていたな。


「ノルマが達成出来ないとお金がもらえないから、みんな必死で育ててんだですよ」

「ノルマなんかあるのか?」


 思わず口を挟んでしまった。

 農作物にノルマを課すなんて、無茶なことをする。天候によっては不作にもなるだろうに。年貢じゃあるまいし、農作物に関してはノルマなんか無い方がいいだろうに。


「ソラマメって確か、連作障害があるだろう?」

「れんさくしょうがい?」


 モコカが首を傾げる。

 なんてことだ。この街には連作障害って概念がないのか!?

 年がら年中旬を迎えて毎日が収穫期のオールブルーム。この街の畑は無敵なのか。


「畑を休ませなくても大丈夫なのか?」

「あぁー、確かに味は落ちるけど、育たなくなることはないから無理矢理にでも作っちゃうんだです」


 味が落ちる程度で、成長はするのか。マジで無敵だな。


「味が落ちるなら、少しでも休ませて、いい物を作るようにした方がいいんじゃないのかい?」

「そんなことしたら、ノルマが達成出来ないだろうがですよ!」


 な? ノルマなんかろくなもんじゃないだろ。

 味の落ちたものを提供し続ければ、いずれ客が離れてしまう。そうなった後であがいたところで離れた客は戻ってこない。

 信用を損なってまで量にこだわる意味などないのだ。


 そんなことを続けていれば、売れなくなって在庫の山になるのは明白だからな。売る相手がいなくなった時に、ノルマなんて言っちゃいられないだろう。


「味なんかどうだっていいんだぜです。美味しかろうが不味かろうが、同じ値段で同じだけ買ってくれるんだからです」


 品質の良し悪しに関わらず、収入が確約されているらしい『BU』の弊害がこんなところに表れている。

 努力と成果を正当に評価しないシステムは、それに携わる者のやる気を著しく削いでしまう。

 やろうがやるまいが同じなら、楽な方を取ってしまうのが人間だ。


 ノルマと補償の合わせ技で、ここいらの農家のやる気は「数を上げること」にしか向かなくなっているようだ。


「畑をフルに使えば、収穫ノルマはだいたいこなせっから問題ないんだけどなんですが、もう一つのノルマがきついんだよなぁですよ」

「もう一つのノルマ?」


 おそらく、それも『BU』に加盟している者へ課せられる義務なのだろうが、収穫量以外のノルマってのは一体なんなんだ?


「だから、今日お前らが来てくれてホントに嬉しいぜですよ!」


 無邪気な顔で俺たちの手を取り、激し過ぎる握手を交わして回るモコカ。

 両手でギュッと手を握り、上下にぶんぶんと振った後、その手に袋を握らせる。

 それを、俺たち全員にやって回る。

 ……なんだこの袋? 嫌な予感がする。


「収穫ノルマは引き取ってもらえばそれで終わりだから楽だですけど、こっちのおもてなしノルマは繰り越されるからホント大変なんだですよ」


 おもてなしノルマ……だと?

 その、なんとも嫌な響きに、俺はモコカから受け取った袋の口を開ける。


「ようこそお客さんたち! 心からおもてなししてやるぜです! 遠慮せず受け取りやがれですよ!」


 袋の中には、落花生がぎっしりと詰め込まれていた。


「…………なんの嫌がらせだ?」

「この街ではな、毎月決まった量の豆を各区が作り、そして、作った豆を各区が責任を持って消費しなければいけないというルールが存在するのだよ」


 大量の落花生を片手に、やや引き攣った顔のままルシアがそんな説明を口にする。

 豆を大量に作って、それを全部消費する?

 こうやって押しつけなきゃ消費出来ないくらいに作ってか?


「狭い土地しか使用出来ない農家を救済するための措置で、『BU』結成のきっかけにもなった最優先のルールだ」

「おい……ちょっと待てよ、ルシア」


 俺は、ふと頭に浮かんだ、……そんなバカなことあり得ないし、あってほしくはないのだが……浮かんでしまった一つの推測を口にする。外れていろという願いを込めて。


「『BU』の『B』って、もしかして……」

「あぁ。おそらく貴様の思い描いた通りだ」



『Beans‐United』――豆連盟かよっ!?



 食いきれないくらいの豆を作り、その豆を押しつけ合う、豆のための組織……『BU』ってのはつまり…………バカの集まりなんだな。


 食い切れる気がしない落花生を片手に、俺はそんなことを考えていた。







いつもありがとうございます。宮地です。



感激がとどまるところを知らない。


レビューをいただきました!

またしても二つ!


もう、感激でぷるぷる震えて、すれ違う女子高生に「わぁ~、小型犬みた~い。か~わ~い~い~」って撫で回される勢いです。

本当にありがとうございますっ!(←力を込めて)



まずは、最近感想欄ではお馴染みの、2016年 08月 22日 22時 50分の方。

やはりというか……さりげな~くウーマロが推されてましたね。ブレません!


まずテーマが提示され、そこに少しの謎を含ませ、作品の雰囲気を紹介しつつもキャラの魅力をさり気なく感じさせ、さらにはそんなキャラがまだまだたくさんいると示しながらも最初の謎に関して開示していく……と、実に技巧的な構成でサクサク読ませる文章でした。もちろん、きちんとオチも忘れないあたり、心にくい演出です。あとおっぱい。

読む人に優しい文章だと、思いました。あと、おっぱい。


まるで短いお話を読んでいるような楽しいレビューでした。

ありがとうございますっ!



そして、はじめましての2016年 08月 24日 00時 11分の方。

おっぱいに導かれ、おっぱいの世界へ迷い込んだおっぱいソムリエさんです。


まず嬉しかったのが、本作のおっぱいがエロアイテムではないという点を明示してくださったことですね。本作におけるおっぱいは、すなわち愛です。

それを明示した上で、あらゆる角度からおっぱいを考察し、時にシェフのように、時にソムリエの目で、そしてパティシエの遊び心でおっぱいを料理してくださいました。

その結果、なんとも本作らしいレビューに仕上がっていてビックリです。


遊び心と作品の本質が上手く融合した『深面白い』レビューでした。

ありがとうございますっ!




そして気付けば45です。


改めて凄い数です。

416,651作品中、三番目にたくさんいただいております。

本当に、身に余る光栄です。


書いてて良かったなぁと、つくづく思います。


世の中には、楽しいおっぱい好きがたくさんいるということですねっ!


書籍でも、WEBのレビューでも、

やはり本作を象徴するものとして「おっぱい」「パイオツカイデー」がピックアップされることが多く、

それを見て興味を持ってくださる方も、やはりたくさんいてくださって、

中には、もっとエッチなものを期待しておられた方なんかもいて、「がっかりだ」とか「全然だめだ」とか「誇大広告だ」とかと言われたこともあるのですが……


でもやっぱり、こうやってたくさんレビューをいただけているということは、

私と皆様の中の『おっぱい論』が共鳴する部分が少なからずあるのだなと、そう思います。


おっぱいはエッチなものじゃない!

おっぱいとは愛です!


ですので何も恥ずかしくない!

さぁ、みなさん、さらけ出しましょう!

ついでに挟んでくだ…………ぅわあ! やめろ、離せぇ!




皆様が書いてくださる『おっぱい』という言葉の向こうに、キャラたちへの確かな愛を感じつつ、改めて感謝の気持ちを述べさせていただきます。


本当にありがとうございます。

これからも、どうかよろしくお願いします。




――と、いうわけで、ふざけたあとがきの時間です。



この前、知り合いの幽霊(美女)にこんな怖い話を聞いたんです。


その幽霊は、いつも横断歩道に佇んでいて、「あ、あの人自分のこと見えてるな」って思った人がいると、すれ違い様に「見えてるんでしょ?」って言って驚かせる、というお仕事をされているんですが、この前、そんな仕事中に恐ろしい目に遭ったそうなんです。


彼女はいつものように横断歩道の前に佇んで自分が見えている人を探していたそうなんです。

二時間くらい待っていると、向こう側に一人の紳士がやって来たんだそうです。

信号待ちの間、その紳士はチラチラと彼女の方を見て、顔をジッと見つめたり足元を確認するような素振りを見せていたそうなんです。

それで彼女「あ、あの人見えてるな」って思って、お仕事を開始したんです。

信号が変わって、紳士がこちらにやって来る。見えないフリなのか、視線はずっと下を向いている。

そしていざ、すれ違うぞという時に、彼女はいつものように紳士の耳元で囁いたんです。

「見えてるんでしょ?」

そうしたら、その紳士が……


「はい、ばっちり! 水玉ですね」――って。


その日はとても暑かったからミニスカ穿いてたらしいんですけど、ちょっとミニ過ぎたようで、チラリしちゃってたんですね。

しかもその紳士は20メートルくらいある横断歩道の向こう側からそのチラリを――先端の小さな白い水玉の三角形を目敏く発見し、顔、水玉、顔、水玉と交互に堪能し、最終的にすれ違うギリギリまで水玉に視線釘付け、まさにガン見で横断歩道を渡ってきていたんですね。

その視力、探知能力、そして執念……

「あれは、ただの紳士じゃない……変態紳士だったわ…………」

って、彼女、がたがた震えながら言ってましたね……



そういえば、

幽霊って、トイレ行かないんですかね?

ほら、よくあるじゃないですか。トイレ行った後、スカートの裾を間違ってパンツの中に入れちゃって、後ろから見たらパンツ全開! ――みたいなこと。


(」;□;)」< よくあるなら私が一回くらい目撃したっていいはずじゃないかー!


しかしながら、

そんなおっちょこちょいな幽霊、見たことないんですよねぇ……


幽霊って、不思議ですよね。




夏ももう終わりなので、名残り惜しんで怪談とかしてみました!

ん? 猥談じゃないですよ?

背筋がぞ~っとなったでしょ?

え? 体の一部がホットホット? なんですかそれは? ちょっとよく分かんないです。



いつか機会がありましたら、

街中でマスクをした女の人(めっちゃ爆乳)が、「私、キレイ?」って声掛けてきて、

爆乳に気を取られつつ「キレイっす!」って答えたら、マスクを取りながら「これでも?」みたいなことを言ってるんだけど、視線が爆乳の谷間に挟まって全然そっち見れなくて、「あ~はいはい、キレイキレイ」って言ったら「……そんなこと言ってくれたの、あなたが初めて……ぽっ」ってなって恋が始まる――という怪談をお聞かせ致したいと思います。


いやぁ、物凄い谷間には、視線すら挟まって抜け出せなくなるものなんですねぇ。……挟まりたい。



あ、そういえば、ノーマさん元気かなぁ。


ノーマ「谷間で思い出すのはやめてほしいさねっ!」



谷間に汗染みが出来る季節もあとわずか!

皆様、残りわずかな夏を心行くまで楽しみましょう!!



次回もよろしくお願いいたします。

宮地拓海

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― 新着の感想 ―
最高に面白いです! 虫人族ってむしじんぞくって読むんだ。ちゅうじんぞくだと思ってた。
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