155話 トラブルを呼び込む体質
エステラと二人、並んで川へと向かう。
ジネットは一度陽だまり亭へ戻り、マグダたちに事情を話してから追いかけてくることになっている。マグダたちも、いろいろ気にしているだろうからな。
教会を越え、街道をさらに進む。
「本当に綺麗になったよね」
「俺か? ありがとう」
「そんなわけないだろう……道だよ」
「お前、まだ言ってんのか? 街道が整備されて、もう随分経つだろう?」
「それでも、嬉しいんだよ」
両サイドに光るレンガが配置された広い道。幾筋も車輪の跡が付いてはいるが、轍にはならず平らなままだ。ウーマロ陣頭指揮の元、ハムっ子たちが頑張って整備してくれたおかげで、どんな重い馬車が通っても道が荒れることはない。……とはいえ、定期的に整備し直しているのだがな。
ちなみに、道路整備には木こりギルドと狩猟ギルドから少々の寄付をもらっている。
よく使うという理由で、それぞれのギルド長直々に申し出てくれたのだ。
「昔はさ、雨が降ればぬかるんで、晴れが続けばヒビ割れていたんだよ、この道は」
「そしてデコボコだから、お前はよく転んでたよな」
「そっ、……そんなに転んでないよ」
俺の知る限りでも、何度か転んで全身ずぶ濡れになってたろうが。
「覚えているかい? ヤップロックの家に行く道が整備されていない酷い状態だったことを」
「あぁ。領主の怠慢でなぁ……気の毒だった」
「……君の記憶力の良さと底意地の悪さには本当に舌を巻く思いだよ」
小柄で軽いヤップロックたちオコジョ人族一家の体重では地面が踏み固められず、雑草が伸び放題になっていた。
あの時は酷い雨が降っていて、足元がびしゃびしゃになったっけな。
「その時オメロが手伝ってくれたんだよね」
「いや、それは違う。あれは、オメロの依頼を聞き入れ、その見返りとして労働で返してもらったんだ。依頼料みたいなもんだから、一切感謝する必要はない」
雨が続いて漁が出来なくなっていたデリアが、金欠に悩んだあげくオメロを川に沈めようとしていた時――俺は一切間違ったことは言っていない――俺がデリアに陽だまり亭のバイトを斡旋してやったのだ。その時命を救われたオメロは俺に感謝しながら労働に勤しんだというわけだ。
「まぁ、さすがに今年は去年みたいなことはないだろうがな」
雨も降っていないし、デリアも去年とは違い蓄えもあるだろう。
四十二区はこの一年で全体的に裕福になったのだ。
……だというのに。
街道から川へと続く道の途中に、オメロをはじめとした川漁ギルドの男たちが数十人、深刻な表情でたむろしていた。
遠目で見ても、あからさまに「何かトラブルがありました」みたいな空気が充満している。
「雨が降り過ぎても降らな過ぎても、何かしらトラブルを抱え込んでしまうみたいだね、彼らは」
「なんというか……お前といると、しょっちゅうこういうトラブルに巻き込まれる気がするんだが」
「今の言葉、そっくりそのまま返すよ。『ヤシロの行く先にトラブルあり』っていうのは、四十二区の中では常識だよ?」
いやいや、絶対お前が持ち込んだトラブルの方が多いだろう。
俺はいつも巻き込まれる可哀想な被害者だ。
「あっ! あ…………あぁ…………っ!」
俺たちが近付いていくと、川漁ギルドの連中が一斉にこちらを見て、オメロが変な声を上げ始めた。
……なんだよ、辛気臭い顔をして。気味の悪い連中だな。
「兄ちゃんっ!」
「ぅげっ、こっち来た!?」
オメロが、両目尻から壊れたスプリンクラーみたいに涙を撒き散らしながら突進してきやがった。
他のオッサンどももそれに続く。
あまりにもあんまりなオッサン密度に逃げることも敵わず、俺はオメロに捕らえられる。……というか、オメロが俺の手前2メートルくらいから地面にスライディング正座して、勢いそのままに突っ込んできたのだ。怖いっ!
そして、俺の腰をがっちりキャッチ。だから、怖いって!
「遅いっ! 遅ぇよ、兄ちゃんよぉ! オ、オレッ、オレらが、どんんんんんだけ兄ちゃんを待っていたか!」
「なんだよ!? なんなんだよ!?」
「もっと早く会いに来てくれよぉ!」
「オッサンに言われても一切嬉しくない言葉を泣きながら吐くな!」
「ぅう…………でも、会えて嬉しいぜぇぇえぇえええええん、びぇぇええええん!」
「だぁ~からっ! オッサンに言われても嬉しくねぇんだ、そういうセリフ! あと泣くな!」
俺にしがみついて号泣するオメロ。
それを取り囲むようにずらりと居並ぶ川漁ギルドのオッサンたちも、皆自身の腕に顔を埋めて泣いていた。
なんなんだよ、この異様な暑苦しい光景は!?
「ヤシロ」
野太いオッサンの嗚咽に混じって、エステラが清々しい声で俺の名を呼ぶ。
振り返ると、軽やかなウィンクと共に「ね?」という短い言葉を送ってきた。そして。
「トラブルの渦中にいるのはいつも君だろ?」
嬉しそうにそんなことを抜かしやがった。
……違う。俺はどう見ても被害者で、呼び込んでいるのは俺以外のヤツなのに、結果的にいつも俺が押しつけられるだけなのだ。
と、いうかだな……なんでかなぁ………いつの間にこんなオッサンどもに泣きつかれるほど気に入られちまったんだろうな、俺。
「…………心の底から、すっげぇ聞きたくないんだけど…………何があった?」
「親方の機嫌が最悪なんだよぉぉぉおいおいおぃおぃ……」
「自分らでなんとかしろよ、それくらい!」
「それが出来りゃあ、苦労しねぇよ!」
出来なきゃダメだろう、そこは。
「やっぱり、川の水位が下がったことで、漁に影響が出ているのかい?」
安全圏からオメロに問いかけるエステラ。
……お前もこっち来いよ。このオッサンの輪の中に踏み込んできやがれ。
「ぐず…………、あぁ、まぁそれもあるんだが…………なんつぅか……もう、ずっと不機嫌なんだ」
で、ず~~~っと不機嫌な自分たちのリーダーに理由を確認することも出来ずに、こんなところで束になって沈んだ顔をさらしてたわけか。……お前ら、「意気地」って言葉知ってるか?
「今、親方に会うのは危険だからよぉ、ここにいて、川に行こうとしてるヤツがいたら説得して帰ってもらってたんだよ」
「それで、街道に続く道の前にいたんだね」
オメロたちがここにたむろしていられるってことは、川漁は行われていないのだろう。
発散するあてもなく、イライラを溜め込んでいるんだろうな、デリアは。
「そんなに思い詰めていたんなら、どうしてヤシロに会いに行かなかったのさ?」
「おい、待てエステラ。トラブルがあったら真っ先に領主のところに行くもんだろうが」
「陽だまり亭の方が近いじゃないか」
「陽だまり亭は飯を食うところだ! よろず悩み相談所じゃねぇ」
「それがなぁ……、どっちにも行けない理由があったんだよ」
深ぁ~いため息を漏らしてオメロが肩を落とす。
燃え尽きてるなぁ、こいつはいっつも。
「親方がな……兄ちゃんと領主様には会いに行くな……って」
「どこの封建社会だよ、お前らのギルド……」
王様の言うことは絶対なのか?
逆らうと極刑にでも処されるというのか。
「親方の言いつけを破ると……」
「「「洗われる…………」」」
「いや、それオメロだけじゃねぇの!?」
川漁ギルドのオッサンたちが揃いも揃って怯えている。
川漁ギルドの言う「洗われる」って、具体的に何されるんだよ……
「だからよぉ、俺たちは毎日ここに立って、ずっとずっっっっっっと、陽だまり亭に向かって念を送ってたんだよ。『兄ちゃん来てくれぇ~!』ってな」
「あ~残念。全然伝わってなかったわ、その念」
なんなら今もなお伝わってないしな。
「オメロは分かってないな。ヤシロを呼びたいなら、ここで巨乳を揺らせばすぐだったのに」
「いやいや、いくら兄ちゃんでも、これだけ離れた場所で揺れたそんな音までは聞き分け………………られ、るのか?」
なんで、「こいつならあり得ないとも言い切れない!?」みたいな顔してくれてんだ。ねぇよ。
「とにかく、兄ちゃん。あとのことはよろしく頼む!」
「いや、んなこと言われても……」
「「「よろしくお願いしますっ!」」」
「おいおい……」
なんだ、この回避不可能な精神攻撃。
ここで拒否ったら、こいつら毎晩毎晩ずぶ濡れの姿で俺の夢枕に立つんじゃないか?
そして、柳の葉のように両方の手首から先をだら~んとさせて、「あ~ら~わ~れ~たぁ~……」って。
それで、毎朝目覚めると枕元がぐっしょり濡れてて……う~っわ、掃除がメンドクセェ。
「……分かったよ。どうせデリアに会いに来たんだし、話を聞いといてやるよ」
「兄ちゃん! 大好きだっ!」
「ちっとも嬉しくねぇっ!」
「「「大好きですっ!」」」
「だから嬉しくねぇって!」
こんな暑苦しいオッサンに囲まれてそんなこと言われても、恐怖と不快感以外の感情が湧いてこねぇっての!
「じゃ、オレら、これからなるべく遠ぉ~~~~くに避難するから。出来れば今日中になんとかしてくれな」
「……あのなぁ」
「もし無理なら家に立てこもるから、親方の機嫌が直ったら呼びに来てくれ」
「ビビり過ぎだろう!?」
「嵐が来れば家に閉じこもるのは当たり前だろう!?」
「デリアは自然災害かよ……」
最初のお通夜みたいな辛気臭い表情はどこへやら、川漁ギルドの連中はなんとも晴れやかな表情になって解散していった。……なんでもう解決した後みたいな顔してやがんだ、あいつらは?
「信頼されてるね」
「あぁ……料金を取りたいくらいにな」
『デリア保険』とか始めたら、俺、一財産築けんじゃねぇか?
「とりあえず、デリアに会いに行こうか……」
「行く前から疲れてどうするのさ?」
「傍観者が何を抜かしてやがる……この薄情者」
「あはは。仲良しの戯れを邪魔しちゃ悪いと思ったまでさ」
「まったく、情まで薄いヤツだ!」
「……他にどこが薄いのかな、ボクは? ん? 言ってごらんよ?」
ふん。どんなに睨んでも、さっきのオメロたちのオッサン光線に比べれば可愛いもんだ。
むしろどんどん睨め!
もっと見つめるがいい!
オッサンより百倍マシ!
オッサンに比べたらエステラは天使みたいだ!
NOオッサン! YESエステラ!
「あぁ、エステラは可愛いなぁ……」
「ふえぇっ!? な、なんだよ、急に!? ……べ、別にそんなおべっか使わなくても、そんなに怒ってるわけじゃないのに……ヤシロはちょっと気にし過ぎだよ……ふふっ」
「エステラはオッサンより可愛い」
「もうちょっと気にしてくれるかな、ボクの気持ちとか、そういうのをさぁ!?」
感情の起伏が激しく、突然大声を出したりする。
こいつは心療内科とかにかかった方がいいんじゃないか?
ストレスが溜まってるんだろうなぁ。現代人なんだなぁ。
「エステラ。ストレスを溜め込むのはよくないぞ」
「君が常識的な思考を身に付けてくれるだけで随分と解消されると思うよ、ボクのストレスは」
重く深いため息を吐いて、エステラは川へと向かって歩き始める。
その背中を追うように俺も進み、そして、川の上流、デリアに初めて出会った絶好の鮭漁ポイントにて、デリアを発見した。
やっぱ、デリアはこの場所が好きなんだな。だいたいここにいる。
「お~い、デリアー!」
50メートルほど離れた位置から、手を振って声をかける。
――と、デリアの体がビクンと跳ねた。
遠くからでも分かるくらいに、デリアが狼狽している。
「……なんだ?」
「とにかく行ってみよう」
「あぁ」
デリアの不審な行動に疑問を抱きつつ、俺とエステラは心持ち歩調を速めてデリアのもとへと向かう。
俺たちに気付いてから、デリアは一瞬逃げ出しそうな素振りを見せ、でも思いとどまり、俺たちの顔を交互に見て、その背後に誰かの姿を探し、俺たちしかいないと見るや盛大に肩を落とした。
そして、それ以降は俺たちがデリアの前にたどり着くまでずっと俯いて顔を逸らしていた。
「デリア、どうした?」
「あ……ぅ………………あたい…………その……」
明らかに様子がおかしい。
クマ耳が元気なく垂れているデリアは非常に珍しい。
「ねぇデリア。少し話を聞いてもいいかな?」
エステラの言葉に、デリアの尻尾が一回り大きくなる。
そして、グッと拳が握られる。
「…………怒りに、来たのか?」
「へ?」
素っ頓狂な声を上げるエステラ。
そんな、どっちかっていうと面白い部類に入る表情のエステラを見てもなお、デリアは沈んだままの顔をしている。
そして、ゆっくりと、俺へと視線を向け………………ない。途中で止まってこちらには向かない。
ただ、唇がきゅっと引き結ばれている。
なんというか……
まるで泣くのを我慢している少女のようだ。それも、自分は悪くないのに大人たちがそれを理解してくれないと悔しがっているような、そんな悲哀を感じさせる。
「デリア」
「――っ!?」
呼びかけると、デリアは肩を跳ねさせ、小さく二歩、俺から遠ざかった。
……やっぱり、俺の思った通りか。
「大変だったな」
「………………へ?」
俺の発した言葉の意味を理解するのに時間がかかったのか、たっぷりの時間を空けて、デリアがゆっくりとこちらを向いた。
「大丈夫か? 泣いてなかったか?」
力が入ってガチガチに固まっていた肩周りの筋肉がゆっくりと弛緩していき、表情からも険しさが薄らいでいく。
「そんな顔すんなよ。お前は何も間違ってないんだから」
「……やっ………………やしろぉぉぉおおっ!」
デリアが俺の首に飛びついてくる。……全力で。
「くっ! 苦しい! ちょ、ちょっと力抜け! 折れる! 首、もげる!」
「やだ!」
「俺死んじゃうよ!?」
「ヤダ! 強くなれ!」
「お前が手加減しろぉ!」
折角の感触も弾力も楽しむ暇もなく、俺は命からがらデリアの拘束を解いた。
……俺、この場所でデリアに絞められるの何度目だ?
俺の体から引き離されたデリアは、膝の力が抜けたようにその場にへたり込んで、両手で顔を覆ってしまった。
しくしくと、幼い女の子のような嗚咽を漏らす。
「……ヤシロ。これって、どういうことなんだい?」
「怖かったんだよ、俺らが」
「怖かった? ……って、そうなのかい、デリア?」
投げかけられた問いに、デリアは首肯で答える。泣いているので声が出せないのだろう。
「なんでまた……」
「さっき自分でも言ってたじゃねぇかよ」
川に来る前に、オメロたちと話していた時にも、その前のミリィとの話の時にも。
「困ったことがあった時、四十二区の人間が頼るのは誰だ?」
「ヤシロ」
「……領主だろ」
まぁ、俺もきっと頼られる方に入ってるんだろうが……つか、デリアたちから見ればきっとそう見えてるんだろうが。
「そんな二人が揃って、それも二人だけで会いに来たもんだからデリアは思ったんだよ。『怒られる』ってな」
「ボクたちがデリアを怒る理由がないじゃないか」
「俺らになくても、デリアには怒られそうな……『怒られたらどうしよう』って不安になるようなことがあったんだよ。ほら、オメロが言ってたろ? 俺とお前への接触禁止令が出てるって」
「あぁ……えっ、それって、ボクたちに接触すると怒られるかもしれないから、ってことだったの?」
「デリアは、そう思ったんだろうな」
例えば、オメロが今の状況を俺やエステラに報告する。
すると俺とエステラが揃って「何やってんだデリア!」と怒りに来る……と、デリアは思っていたわけだ。
「なんでまた、そんな風に思っちゃったのかなぁ……」
「それもお前が言ってたじゃねぇか」
「んん?」
なんのことだか分からないという風に首を傾げるエステラ。
起こった事態を真正面からではなく、違う視点で見れば簡単に分かることだぞ。
それに、お前には経験のある感情だと思うぞ。
「農業ギルドとか、それ以外のヤツからもいろいろ相談を受けたんだろう?」
「へ? あぁ、うん。水路をなんとかしてほしいって」
「お前のところに行く前に、そいつらが取る行動はなんだと思う?」
「ボクのところに来る前に? …………まずは、川を見に来て、デリアに……あっ」
状況を思い浮かべて、なんとなく察しがついたらしい。
エステラがデリアに視線を向ける。なんとも切なそうな、哀れむような視線を。
「自分に信念があって、自分は間違ってないって自信があってもだ……」
「……うん。多くの者に異を唱えられたら、自分が間違ってるんじゃないかって、凄く不安になるよね」
デリアは川とそこに住む魚たちを守るために当然の措置を取った。
それは川漁ギルドのギルド長としては絶対に譲れない、必須の行動だった。
だが。
多くのギルド、多くの人間に「なんで川を堰き止めないんだ」と言われ続けたら、堰き止めない自分が間違っている……自分が悪いんじゃないかという不安にのみ込まれてしまう。
どんなに強いヤツでも、多数に反対意見を言われれば心が揺らいでしまうものだ。
まして、ここに来る連中は川を堰き止めて水路に水を流してほしいヤツ『だけ』だからな。
陽だまり亭のように、水路を必要としていない者はそもそもこの川には来ないのだ。
自分の意見と相反する者ばかりに、何度も何度も会い続けて、自分のやり方を否定されれば……全世界が自分を悪者だと見ているのではないか…………そんな錯覚に陥ってしまっても仕方がないと言える。
「それで、ボクたちを見て『怒られるかも』……って?」
「あぁ。たぶん、モーマットやミリィあたりに頼まれてデリアを説得に来たと思ったんじゃないか?」
「…………うん…………あたいを叱って、川を堰き止めさせるつもりだと……思った」
真っ赤に染まった目をこすりながら、デリアが弱々しい声で言う。
「……ヤシロとエステラに来られたら…………絶対川は堰き止められちゃうって…………怖かったし、…………悲しかった」
これまで、俺とエステラはいろんなものを改革してきた。
四十二区が大きく変わったあれやこれやの出来事の中心には、いつも俺と領主であるエステラがいた。
だから、俺たちが来てしまえば、自分の意見はねじ伏せられて川は堰き止められるだろうと、デリアは恐れていたのだ。
それ故の、オメロたちに課した『ヤシロ&エステラへの接触禁止令』だったのだろう。
ポップコーンの買いだめにしたって、忙しくて買いに来られないからではなく、俺に会いたくないという思いからの行動だったのだろう。
「さっきも……ヤシロとエステラが二人で来たから…………店長がいたら、もしかしたら違う用件かとも、思えるけど…………二人だけだったし…………ぐすっ」
デリアの素直過ぎる吐露に、エステラが複雑な表情を浮かべる。
「あはは……ボクたち二人って、そんなに怖いのかな?」
「状況が状況だからだろ」
「それにしても、ジネットちゃんって凄いね。いるだけで人の不安を取り払ってくれるんだね」
軽くショックを受けているようで、懸命に「ボクは怖くない」アピールをしている。
笑顔、引き攣ってるぞ。
けれど、ここ数日ずっと心をすり減らし、怯え続けて憔悴しきっているデリアに笑みは戻らない。
敵意がないことが分かっても、まだ心の底から安心は出来ていないようだ。
「デリア。マグダとロレッタからだ」
「……え?」
とりあえずは元気を出してもらわないと、話にもならないからな。
マグダに託されたハニーポップコーンの袋を手渡す。
その音、その大きさ、そしてその感触と香りで、デリアは中身を察したらしく、慌て気味に袋の口を開けた。
「…………ぁ…………甘い香りがするぅぅううぇぇええええん……」
泣き出した……
「もしかして、買いだめしたポップコーン、もうなくなってたのか?」
「…………うん。だから、昨日、寝てない…………」
あらら。
昨日寝てないってことは、一昨日あたりに底を突いたのだろう。
買いに行けないのがつらかったろうな。
「オメロとかに頼むことも出来ただろ?」
「ダメだ! ……あいつはヤシロを見るとすぐ泣きついてみんなしゃべっちゃうから……」
さすがデリア。大正解だよ。まんまその通りだったぞ。
「じゃあ、相当つらかったな」
俺が言うと、デリアはこくんと頷いて、……そのまま、また泣き出してしまった。
「うぅ…………食べるぅ……」
泣きながら、ハニーポップコーンを口へ運び、その味にまた声を上げて泣く。
「おぃし~よぉぉぉおおお……っ! しゃくしゃくして…………しけってないよぉぉお!」
やっぱり、買いだめしたポップコーンはしけってしまっていたらしい。
美味しくなかったろうな、それ。
本当なら毎日でも食べたいデリアが、それを我慢しなければいけないほどに追い詰められていた。
四十二区の中で、自分だけが悪者になったかのような錯覚は、この泣き虫なデリアには相当つらかっただろう。
「悪かったな。もっと早く来てやるべきだった」
「ううん! あた……あたいが、勇気出して……ヤシロに、会いに…………会い…………会いたかったよぉぉ、ヤシロォ!」
河原に座り、左手にポップコーンの袋を持ち、右手でポップコーンを摘まみ、口いっぱいに頬張って、涙を飛散させて……俺の腹に顔を埋めてくる。
ぐりぐりと顔を押しつけ、鼻を鳴らす。
「…………頭ぁ…………」
そして、本当に珍しく…………
「撫でて……」
甘えてきた。
マグダと違って、素直に甘えることをしないデリア。
体は大きくても、泣いている時は子供のようで……俺は、耳に触れないようにそっと髪を撫でてやった。
デリアが泣き止むまで、何度も、何度も……
「ボクは、まだまだだな……」
気付いてやれなかったことを悔やんでだろう。エステラが悔しそうに口を歪めて呟く。
「バカ言うなよ」
お前まで泣きそうな顔すんなっつうの。
こういう状況で泣きそうになるのはジネットとかミリィとかだけで十分だ。
……ホント、今回あの二人がいなくてよかった。三人に泣かれたら手に負えないところだった。
なのでエステラ、お前は泣くな。
俺の精神衛生上よろしくない。
「完璧な人間なんか存在しねぇっての。なんでもかんでも上手くやれるなんて思い込んでるなら、そいつはエゴだ。独裁者の気がある危険人物だ」
どんなヤツだって失敗はするし、ダメな時はダメで、負ける時は負けて、泣く時は泣く。
「至らない部分があって当然。むしろそうでなけりゃ、逆に不気味だろ?」
何やっても完璧なんてヤツは、たぶん人間じゃねぇぞ。
精霊神の化身とか、そういう得体の知れない別次元の生き物だ。
「出来ることだけやればいいんだよ、人間なんて生き物は」
「けど、ボクは領主として一人でも多くの領民を守ってあげたいと……っ!」
「だから!」
反論するのはまだ早い。
ちゃんと最後まで聞けって。
「お前は領主で、人助けがしたくて仕方ないお人好しなんだから、その『出来ること』を他のヤツよりも多くして、困って泣いてるヤツが心の底から笑えるように他人が真似出来ないくらいに努力して、助けて『やれば』いいんだよ」
「……『出来ることをやる』…………その範囲は、無限……って、ことだね?」
やりたきゃいくらでもやれってことだ。
俺は別に止めない。お前が、自分自身を納得させるためにどんな苦労を背負い込もうが、それはお前の自由だからな。
「結局、人間なんてのは『出来ることしか出来ない』んだよ。それに不満を感じるなら、せめて『出来ることだけでも精一杯』やってやりゃあいいんじゃねぇの?」
そうして、俺の腹に顔を埋めて泣いているデリアへと視線を落とす。
エステラの視線が俺の視線を追ってデリアに注がれる。
こうやって、助けを求めてるヤツを助けてやれよ。領主様の広い心でな。
「分かった。……ありがと、ヤシロ」
エステラの顔を見れば、沈んだ表情は消え失せ、使命感と照れと喜びが見え隠れする笑みが浮かんでいた。
う~ん、Mっ気があるんだろうな、きっと。
面倒くさいことを背負い込まされて嬉しそうに笑ってんだもんな。
俺には真似出来ないわ。
「それじゃあ、出来ることを精一杯やるよ」
「おう。頑張れよ」
「うん。頑張る。ヤシロと一緒に」
「おい!」
なんで俺を巻き込む?
頑張るのは領主の仕事だと何度も何度も言っているだろうが。
「だってさ、ほら」
ちょいちょいと、俺の腹部を指さす。
そこには、俺に寄り添うデリアがいて……
「そんなに頼りにされてるのに、見捨てるなんて出来ないでしょ?」
…………ちっ。
デリアが本調子でいつもみたいに元気いっぱいなら「出来ますが何か?」くらい言えたんだがな……
「『今回は』手を貸してやる」
もともとそのつもりだったしな。
それに、ここでデリアを見捨てたら、俺は川漁ギルドのオッサンズに毎晩うなされることになる。あいつらの夢なんぞ、見たくもないんでな。
「くふふ……それじゃあ『今回は』盛大に働いてもらおうかな」
「費用は領主に請求するからな」
「申請が通る保証はないけどね」
テメェ……
「よかったね、デリア。ヤシロがデリアの悩みを解決してくれるって」
「おい、そこまでは言ってねぇよ! 出来るかどうかも分からんことを安請け合いするんじゃ……」
「ヤシロッ! ありがとう! あたいやっぱり、ヤシロが大好きだっ!」
「………………」
両腕を大きく広げ、俺の腰にがっちりとしがみつくデリア。
腹に顔をぐりぐり押しつけてくる。
クマ耳がぴこぴこと揺れている。
あ~…………あの、アレだ。
きっと、こういう大袈裟な感情表現が川漁ギルドで流行ってんだ。
オメロとか、他のオッサンにも同じこと言われたしな。
………………くそ。まだ状況も何も分かってないってのに。
断れなくなってしまった。
「トラブルの因果ってのは根が深いよなぁ」
あぁ、もう!
えぇい、チキショウ!
「デリアが悩んで、ミリィが落ち込んで、そのせいでジネットの元気がなくなって……おかげで陽だまり亭の売上に悪影響が出てんだよなぁ、ここ最近」
利益が落ちるってのは、たとえそれが微減であっても看過してはいけない。
「これくらい」と甘く見ていると、あっという間に利益が落ち込み、そうなってからでは挽回は難しい。
むしろ、微減のうちに手を打たなければいけないのだ。
「利益を守るために、ついでに一肌脱いでやるよ……しょうがねぇからな」
そうそう。これは別に人助けじゃない。
ボランティア? まさか。きちんと報酬はいただくぜ。
相手がいなくとも、最後には俺のもとに利益が発生している状態に持っていってやる。
これまでずっとそうしてきたようにな。
「ヤシロ……もういいじゃん」
「うっさい! 俺にも譲れない一線ってのがあるんだよ!」
俺は、お人好しではないのでな!
お前やジネットとは違うんだよ!
お金大好き! 人を騙すのって超快感!
………………はぁ。一年くらい陽だまり亭を離れないと、体にこびりついたジネットのお人好しオーラを完全除去出来ないんじゃねぇかなぁ……
金の匂いはまだしないが……とりあえず、デリアの話を聞くことにしよう。
ご来訪ありがとうございます!
もうそろそろ世の中は夏休みですか?
なら、多少あとがきが長くても気にしない、ですよね!?
ビバ夏!
そしてもう一つ、ビバ!
レビューをいただきましたっ!
なんというか、テンポがよくて勢いのある構成でした。最初にマイナス面の話を振っておいてそれをひっくり返し、ポジティブな余韻でまとめる。企業へのプレゼンでも使われる手法で引き込まれる書き方でした。
後半はおっぱいの話でしたが、的を射ていましたね☆
楽しいレビューをありがとうございました!
さて、
沈黙を保っていた、というか、姿を隠していたデリアサイドの思いが分かりました。
やはりというか、デリアもケンカなんかしたくないんです。
あぁ、泣いているデリアを撫でたい…………か、川から上がってすぐのデリアに抱きついて全身ひんやりとしたい!
おぉっと! オメロ! テメェは御免だ!
何かと人に懐かれるヤシロは、オッサン連中にもしっかり懐かれております。
さぁ、『ハーレム(けどオッサンにも好かれる)特性』、羨ましいですか?
美女とのいちゃいちゃには、もれなくオッサンの、ガチムチのイチャイチャもついてきます!
……私は少し考えたい。…………………………おっぱいの勝ちっ!
その特性ください! オッサン付きで!
さて、懐かれるというと……もう夏ですしねぇ、こういう話があってもいいかなぁって、
思うんですよねぇ。
ちょっとした、怪談話を……
しかも、おっぱいが出てこない怪談話を……
あれは、私がまだ、無脊椎動物だった頃でした…………太古かっ!?
すみません。ちゃんとやります。
ちょっとだけ怖い(かも?)しれないので、心底苦手だという方は、
下の「おっしりーん!」までジャンプです!
では、続きを……
あれは、私が一人暮らしを始めて間もない頃でした。
ふと思い立って実家を出て、部屋を借りて、一人暮らしを始めたんですが、
お金がないもので狭い1K(ユニットバス付き)に住むことにしたんです。
二階の角部屋でした。
駐車場から窓が見えるんですが、見上げる自分の部屋は、いつも無人でした。
当然ですね、私しか住んでいないのですから。
当時、まぁ、今もなんですが、
トモダチというものがおらず、食べたこともなく、見かけたことも、お弁当に入っていたこともなく、トモダチの定義ってどこからなのかすらあやふやで、なんなら街ですれ違った人全部友達認定しちゃおうかなぁ!? ――みたいな感じで、とにかく親しくしている人が皆無だったんですが……泣かない。
そんなわけで、私の部屋には誰も来ることがなかったんです。
恋人なんていませんでしたし、愛人も、ご主人様も、女王様も、かわいいボクの子ネコちゃんも居ませんでしたので、男も女も、家族ですらその部屋には入ったことがなかったんですね。
引っ越してから一ヶ月くらいですかね?
私以外誰も入ったことのない部屋で、おかしなことが起こったんです。
いや、気付いたのは、当時のバイト先でなんですが…………
制服に着替えようとした時、な~んか足の付け根が「むずむずっ」として、よく見ると、パンツの中から髪の毛が「ぴよん」って出てたんですね。
なんてとこに挟まってんだ、と思って、その髪の毛を摘まんで引き抜いたんですが……めっちゃ長いんです。
たぶん、腰くらいまである長さ。
私、髪の毛そこまで長くないですからね、かーなーり、ビビりましたね。
だって、あの部屋、私以外誰も入ってないんですもの。
それが、なんでパンツの中に女の人髪の毛が?
もしかしらた、ロックバンドのオッサンかもしれないですけど! 確率で言うと女の人が妥当かなって。
それで私、考えたんですけど…………おそらく、あの部屋には霊的な何かがいて、
私がいない間に、こっそりと…………私のパンツを被ってたんじゃないかって。
だって、パンツの中に髪の毛ですよ!? 他に考えられなくないですか!?
そんなわけで、
私、若い頃、
ちょ~っと特殊な性癖を持った髪の長い女性の霊が出る部屋に住んでたんですね。短い間でしたけどね。
いや、ですから!
ロックバンドのオッサンの霊かもしれませんけども!
それはヤじゃないですか! オッサン、なに人のパンツ被ってんだ!? って!
いや、「YHEA!」じゃねぇよ! って!
女性だと……思いたい。
くんかくんか属性の、女性だと……っ!
※友人に話したところ、
「コインランドリーでついたんじゃねぇ~の~」だそうです。
……なんて的を射た推察…………ヤツめ、探偵だな?
★.。・:*:・゜'☆ヽ(´▽`*)人(*´▽`)人(´▽`*)人(*´▽`)ノ★.。・:*:・゜'☆
おっしりーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!
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……ふむ。
やっぱり、おっぱいの方がインパクトありますよね。
おっぱい最強だなぁ。
怪談話が結構好きで、この季節になるとよく話したりするんですが、
おっぱい話の方がもっと好きなので、終わる頃にはおっぱいのことしかしゃべってないですね。
誰か、私と怪談百物語(11話目くらいからずっとおっぱい話)とかしませんか?
あぁ、でも、遊び半分でやると酷い目に遭うそうですよ。
百個目の怪談が終わって、百本目のロウソクを吹き消すと、その場に幽霊が現れるとか…………
と、いうことは、おっぱい話を百個して、百本目のロウソクを吹き消すと…………その場におっぱいが!?
すみません、どなたか!
百物語(おっぱい編)に参加してくださる方はいませんか!?(切実)
夏です。
夏バテに気を付けて、健康に元気よく、楽しくお過ごしください。
次回もよろしくお願いいたします。
宮地拓海




