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異世界詐欺師のなんちゃって経営術  作者: 宮地拓海
追想編

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追想編4 マーシャ

 四十二区の街門。

 ホント~に作っちゃったんだよねぇ、って、毎回思っちゃう。

 ヤシロ君、頑張ったもんねぇ。


「それじゃあ、マーシャ様。もし移動する時は門番に合図をしてください、誰か寄越しますんで」

「うん☆ ありがとね~。あ、エステラにもお礼言っといて~☆」

「かしこまりました。では、自分は仕事に戻りますっ」


 ピシッと敬礼して、若い虫人族の兵士君が持ち場へと帰っていく。

 初々しいなぁ~。この街門が出来た時に雇われた兵士君らしく、まだまだ新米君なんだって。

 私の荷車を押すためにエステラが貸してくれた兵士君。


 今は、ちょっと一人になりたいからわがまま言ってここに置いていってもらった。


 ……あんまり知らない人と長くいるのは、実は得意じゃないんだよねぇ。

 そんな風に見えないってみんな言うけど、これでも結構気は遣ってるんだから。


 だからね、こうやって一人になると……ホッとする。


「ふふ、兵士君には悪いけどねぇ☆」


 遠ざかる兵士君を見送り、そして、行き交う人々を眺める。

 ここって、去年まで誰も寄りつかないような荒れた畑があっただけの場所なんだってねぇ。

 私も、その頃のこの場所には来たことがなかったかなぁ。


 それをここまで変えちゃうんだもん……やっぱりすごいなぁ、ヤシロ君は。


「いろんなものを、ど~んどん変えていっちゃう。それもみんな、いい方に」


 デリアちゃんも、随分と変わったもんね。

 ……変えられちゃった、かもしれないけれど。


「……あの、男の子にまったく興味を示さなかったデリアちゃんが、あんな顔をするなんてねぇ……」


 ヤシロ君の記憶に、ちょっと厄介な魔草が寄生した。

 それは、やがてヤシロ君の記憶を食べちゃって、私たちのことを忘れてしまう……かも、しれない。


 そう聞かされた時のデリアちゃん……この世の終わりみたいな顔してた。

 ううん。デリアちゃんだけじゃない。エステラや、他のみんなも。


 ヤシロ君、分かってるのかなぁ?

 自分が、どれだけの人の、どれだけ大切な存在になっているのか……


 私だって、少しは……



 ちゃぷん……と、水が跳ねる。


 体勢を変えて、仰向けになって街門を仰ぎ見る。

 大きな門……


 木こりギルドや狩猟ギルドの人が主に使って、それが四十二区の生活向上に役立つ、双方に利益をもたらす門。


 ヤシロ君は、いつも自分の利益を考えている。

 それはもう、天才的なほどに。時には、悪魔的なほどに。……ふふ。


 けれど、絶対に――利益の独占はしない。


 ヤシロ君の考えるお金儲けは、常に誰かを助けてきた。

 誰かの涙を、笑顔に変えてきた。


「凄いよね、君は……」


 首を西側に向けると、三十区との間に大きな崖がそびえている。

 以前ヤシロ君は、『この崖の下に海へと繋がる水路がある」って言ってた。

 四十二区の川に鮭が帰ってくることから、それを突き止めたって言ってたなぁ。

 どこで勉強したのか知らないけれど、ヤシロ君は魚のことをよく知っている。今度一度、じっくりとお話をしてみたいな。


「『ここの崖を切り崩して、補強して、水路を確保したら……』……だったかな?」


 そうしたら、海漁ギルドの船がこの四十二区の真下にまでやって来られるようになるんだって、嬉しそうに話してくれたことがあった。

 もちろん、それもヤシロ君は自分の利益を考えてのことなんだろうけど……


「そうなったら、私も嬉しいなぁ~」


 そうしたら、もっとたくさんここに来られるもんねぇ。

 もっとたくさん、会えるもんねぇ。


 そうして、ヤシロ君の顔を思い浮かべていると――


「おっ、いたいた」


 ――そんな呟きが聞こえた。


 実はみんな知らないだろうけれど、私って、耳がいいんだよね。

 大きな海で生まれ育ったせいかな? 遠くの小さな物音がしっかり聞こえるように出来てるんだよね。


 だから、結構遠くで呟いた声もしっかり聞こえて、分かっちゃうんだ。

 ヤシロ君がこっちに歩いてきてるってこと。


 水槽の中で仰向けになっていた体を反転させて、水槽のふちに体を預ける。


「やほ~☆ ヤシロく~ん☆」

「おう!」


 片手を上げて、軽い足取りで歩いてくる。

 うふふ。無邪気な顔しちゃって…………あ、今、胸見た。まったくもぅ、ヤシロ君は。


「えぃっ☆」


 いきなり胸をチラ見した罰として、水槽の海水を鼻にかけてやる。


「おっぷ!? 何すんだよ……うわ、しょっぺっ!」

「うふふ☆ 反省した?」

「何をだよ……俺はただおっぱいをチラ見しただけだぞ?」

「分かってるじゃない☆」


 うふふ。

 ヤシロ君はちょっとエッチだけど、不快感のあるようなことは絶対してこない。

 なんだか、思春期の子供みたいな純粋さがあって、少しだけ可愛い。エッチなのは、困るけどねぇ。


「あ~ぁ、服まで濡れたじゃねぇかよ……なんか、濡れた服を拭くホタテとか持ってないか?」

「う~ん、持ってるけど、貸せないなぁ☆」

「……ちっ」


 こうやって、分かりやすく冗談にしてくれる。

 でも、やっぱりエッチなので、ちょっとお仕置き。


「えぃっ☆」

「ぅわっ!? あぁ、もう! なんだよぉ?」

「理由は分かってるよねぇ?」

「ふん……まぁ、一度お前のおっぱいに触れた水だと思えば、腹も立たないけどな」


『お前』、か…………本当に私の名前、思い出せないんだね……

 分かっていたことだけど、現実を突きつけられるとくるものがあるなぁ……


 ……私も、やっぱり嫌なんだよね…………ヤシロ君に忘れられちゃうのなんて。


「ところで、どうしてここが分かったのぉ?」

「デリアに聞いたんだ」

「…………あ、そうなんだ」


 驚いた。

『デリア』って……名前、思い出したんだ。

 よかったね、デリアちゃん。ヤシロ君、デリアちゃんのこと忘れたくないって思ったんだね。


 …………羨ましいなぁ。


「…………」

「どうした?」

「ん~? ちょ~っと考え事」

「また、おっぱいのことでも考えてるんだろ?」

「そ・れ・は、ヤシロ君でしょ?」


 危ない。

 ヤシロ君がこうやって話しかけてくる時は、こっちが何を考えているのか探ろうとしている時。

 これでも、ヤシロ君のことは結構見てきたもんね。

 それくらいは分かる。


 ヤシロ君は、誰かが不意に見せた沈んだ表情を絶対見逃さない。

 そして、気付かないフリをしてその理由を探って…………心の奥に刺さった小さな小さな棘をそっと抜いてくれる。


 ……けど、今はダメ。


 だって、デリアちゃんに嫉妬したなんて……知られたくないもん。

 だから、こっちだって誤魔化してやる。


「あ~ぁ☆ もっとおっぱい大きくならないかなぁ~?」

「おいおい。それ以上になったら、オオシャコ貝でも着けなきゃいけなくなるぞ?」


 へぇ……

 ビックリ。

 オオシャコ貝なんて、海の底でもあんまり見かけないようなものまで知ってるなんて。


「ヤシロ君の博識には驚かされちゃうなぁ~」

「おうよ! おっぱいに関して知らないことなんてないぜ!」

「えぇ~……そっちなのぉ?」


『海の知識は』って言ってほしかったなぁ~。


 まぁ、ヤシロ君は四十二区の人だもんね。

 海に出ることもないし…………あ、なんかヘコみそう。話題変えちゃお。


「それで、デリアちゃんは元気そうだった?」

「あぁ……それなんだがなぁ…………」


 ヤシロ君がバツが悪そうに頬をかく。

 あれれ? 何か仕出かしちゃったのかな?


「川の主を取り逃がしたのが相当悔しかったみたいで、泣いちゃってな」

「へぇ~……デリアちゃんが、泣いたの?」

「あぁ……泣き止ませるのに苦労したよ。今度甘いものをご馳走するって言ったら、嬉しそうに帰っていったけどな」


 …………それって、きっと違うよ、ヤシロ君。

 もしかしたら、記憶への干渉で感性が鈍くなっちゃってるのかな?

 気付かないなんて、ヤシロ君らしくないねぇ。


 ……そっか。喜んでたかぁ。

 …………いいなぁ。


 …………あっ、ダメだ。

 心の中に、悪い私が出てきちゃう……

 他人を羨んで、妬んで、ダメだって分かってることをやっちゃいたくなる困った感情…………でも、今は出てきちゃダメだよ…………


「ねぇ、ヤシロ君」


 今のヤシロ君を悩ませるようなこと……言っちゃダメ……


「もし、私が泣いてたら、慰めてくれる?」

「イヤだな」


 …………え。

 即答……?


 それは……さすがに、ちょっと…………寂しい、よ。


「お前の泣いてる顔なんか見たくねぇもん。その代わり――」


 言いながら、ヤシロ君は私の髪の毛を、こう……くしゃくしゃって…………撫でてくれた。


「嬉しい時には、いっぱい話を聞かせてくれな。魚のことでも海のことでもなんでもいい。いくらでも付き合ってやるからよ」

「…………へ、へぇ……そっかぁ。うんうん。いくらでもいいのかぁ」


 …………驚いた。

 ……なんで?

 なんで、こんなにドキドキするんだろう?


『マーシャには、いつでも笑っててほしい』


 そんな言葉を、言われた気がした。

 言われてないのに…………言われたみたいな満足感が……顔の筋肉を緩ませちゃう……


「うふふ~、言質取ったからねぇ☆ た~っぷり付き合ってもらうからねぇ☆ 一晩じゃ足りないかもしれないんだからね☆」

「睡眠時間はくれな。朝から晩まで働き詰めなんだから、あの食堂」


 ……『あの食堂』?


 …………まさか、記憶の欠損……進行してる?


「ヤ、ヤシロく……」

「でも、そうだな」


 その時、私は間の抜けた顔をしていたと思う。


「今度泊まりに来いよ」

「………………へ?」


 泊まりに…………え? ヤシロ君の部屋に…………え、え、えっ、それって…………


「みんなが泊まりに来た時も、お前は来たことないもんな。結構楽しいんだぞ、ゲームしたり」

「へ、へぇ……そうなんだぁ。へぇ~、いいなぁ。じゃあ次は私も混ぜてもらおうかなぁ☆」


 ビ、ビックリしたよぅ!

 だよね! そうだよね!

 ヤシロ君がそんなこと言うわけないもんね。


 みんなで、だって。


 …………もう、ヤシロ君は。迂闊な発言が多いんだから。

 これ、私じゃなかったら、目を白黒させて大パニックになってるところだよ?

 気を付けないと、勘違いされちゃうんだからね。


「そのためにも、絶対思い出すからな、お前のこと」

「…………」


 それは……ズルいよ。


 だって、それは…………勘違い、しちゃうよ。


「………………むぅ」

「なんですねるんだよ?」

「……本当は、ヤシロ君色々知ってるんでしょ? 私のこと」

「Fカップ」

「そういうことじゃなくて」


 またそうやってはぐらかそうとする……けど、今日は誤魔化したりさせない。

 ちゃんとヤシロ君の言葉で言ってもらう。たった今、そう決めた。


「それとも、本当は寂しがり屋だってことか?」

「へ……」


 言葉に詰まった。

 私、は……別に寂しがりってわけじゃ……


「ホントは、猛暑期の川遊びとか豪雪期のかまくらとか、一緒にやりたかったんだよな?」

「え、ど、どうして……あっ、デリアちゃんから聞いたの?」

「いやぁ。見てりゃ分かるよ、それくらい」


 嘘だ。

 嘘だ嘘だ。

 だって、これまでは誰も私の本音なんて気付きもしなかったもん。


「それから、結構ヤキモチ焼きなんだよな」

「ふぇ……っ!?」

「他のヤツが楽しそうに話してるのを聞いて、たまにほっぺたぷっくりさせてるもんな」

「さ、させてないよぅ!?」

「してるよ。こう……『ぷくぅ』って……」

「してないもん! してないもんんん~!」

「ははっ、結構可愛い顔してるぞ、そういう時」

「むぅ……」


 そんなところで可愛いとか言われても…………素直に喜べないよ。


「凄いよな、世界って」

「せかい?」

「いや、ほら。海は広いしさ、深いだろ? 何十年かかったって全部を見て回ることなんか出来ない」

「うん」

「かと思えば、こんな壁に囲まれた街の中の、四十二区って小さな街の中では、世界がどんどん変わっていくんだ。昨日なかったものが今日出来てたり、今は出来ないことが、いつか出来るようになったり」

「うんっ」

「どこ見ていいのか、分かんなくなるよな」

「うんうんっ! そう! そうなの!」


 人魚は海から出られない。

 人間の街へ――陸の街へ行くのは危険だ、無謀だって、最初はみんなそう言ってた。

 でも、私は見てみたかった。人間の街を。陸の生活を。


 そして、見てみたら、虜になった。

 陸の上は、面白いことがいっぱいだった。


 もう、羨ましくて羨ましくて、どうして自分には足がないんだろうって何度も思った。

 足があったら、好きな時に街へ行けるのに……

 羨んでも羨んでもまだ足りない。もっと陸の街を見たいと思った。


 そんな時、デリアちゃんと出会って、エステラと出会って……私は夢中で陸の街を見学した。


 仲良くしてもらって、楽しいものたくさん見て――狭い陸の街のこと……もう全部見尽くしたかなぁなんて思い始めた頃……、ヤシロ君に会った。


 衝撃だった。

 コンスタネイション――仰天した。


 街が、みるみる発展していく。

 街のみんなが、みんな見違えるほど明るくなって活き活きし始めて、同じ街だなんて思えないくらいに綺麗になって……


 その変化の中心にはいつもヤシロ君がいた。


 奇想天外で、大胆不敵。

 やってることと言ってることはメチャクチャで、到底正気の沙汰とは思えない振る舞いの数々。


 けれど、……だからこそ、みんなが彼に夢中になった。


 恋なんてしたこともないようなデリアちゃんが、女の子みたいに赤い顔をしていつも話してくれた。『ヤシロがこんなことを言ってくれた』『ヤシロがあんなことした』『ヤシロが』『ヤシロが……』って、キラキラした瞳で。

 エステラもそう。

 口には出さなくても、いつも彼のことを気にかけている。


 そして、遂にはルシア姉やギルベルタちゃんまで……


 いいなぁ……

 羨ましいなぁ……


 私にも足があれば……陸の上で生きていければ…………そうしたら、きっと。

 もっと…………ね?


 私がこんなに絶賛する人なんて、他にいないんだからね。

 分かってるのかなぁ、そこんところ。


 ……分かられてると、恥ずかしくてちょっと困るけどね。


 だって、浅ましいしね、そんなの。


「羨む心ってのは、いいもんだよな」

「…………へ?」


 いいもの?

 羨む心って、それってつまり嫉妬だよね?

 それが、……いいもの?


「だってよ。誰かが何かを羨ましいと思ったから、この街はここまで変われたんだぞ?」

「そう、なの……かなぁ?」

「そうさ。立地が悪いからこの街道を作って立地をよくしたり、豊かな生活が羨ましいからそうなるように努力したり……羨ましくなけりゃ誰がするかよ、こんな面倒くさいこと」


 そう……なんだ。

 みんな、羨ましいんだ……


「だからよ」


 すっと、ヤシロ君の指が街門へ向く。

 いや……三十区との間にそびえる崖に向けられている。


「絶対実現させてやるぜ、水路」

「――っ!?」

「覚えてるか? 前に話したろ。あの崖の下に水路を作って、船をこっちに回せるようにしたいって」


 ……うん。覚えてる。


「近いうちに絶対実現させてやる」


 ……ホント?


「そうすりゃ、お前も、もっと四十二区に気軽に来られるようになるぞ」


 なる…………かな?


「……ねぇ、ヤシロ君。どうして、その水路が必要なの、かな?」


 答えなんて分かってる。

 ヤシロ君ならきっとこう言う。「自分の利益のためだ」って。

 けれど……聞いてみたい。そうじゃない答えを。


 そう思ったら、尋ねずにはいられなくなった。


「そんなもん、その方が俺の利益になるからに決まってんだろ」


 ほらね。そう言うでしょ。


「海の魚が安く手に入るし、いい貝殻が手に入れば卵も美味くなるし、網に絡まった海藻は今結構ブームになってるんだぜ? ノリの佃煮が大うけでな。海漁ギルドとは懇意にしておいて損はない! ……だろ?」

「……うん。そうだね」


 そう。

 そうだよね。


 さすがに無理だよね。まだ。

 私が四十二区に住んでいれば、分からないけれど。

 私は違うから……


 もう少し、時間があれば……私がまんまと変えられちゃうくらいにヤシロ君と親しくなっていれば……


 もっと違う言葉を聞き出せたかなぁ?



 デリアちゃんみたいに、ちゃんと、名前を思い出してもらえたのかなぁ……


 いいなぁ……デリアちゃんは。羨ましいよ……



「それに――」



 それは、まるで光のように――深い深い、深海にまで差し込むまばゆい光のように……


「そうなったら、もっと会えるようになるからな」


 暗い海の底に閉じこもって、膝を抱えて、いじけていた私にまで降り注ぐ太陽の光のように……



「もっと色々と、マーシャと話したいんだよ。俺は」



 自分は外の人間だからって勝手に決めつけて、それで不公平なんていじけていた私を、暗い海の底から引っ張り出してくれる。

 何も違わない。

 羨む必要なんかない。


 私も、ちゃんと…………見てもらえていた。


 それを、はっきりと分からせてくれる。まばゆい光のように――彼は笑う。



 あぁ……やっぱり凄いな、ヤシロ君は。

 もうさすがに変わるものなんかないって思ってたのに――


「ヤシロ君、ちょっといいかな? ちょっとこっち来て」

「ん?」


 ――まさか、私まで変えられちゃうなんて、思いもしなかった。


 自分が変えられる瞬間は少しだけくすぐったくて、不思議な高揚感があって……少しだけ大胆になれる。


 手招きに応じて近付いてきてくれたヤシロ君。

 その肩と胸に手を添えて、ググッと水槽から身を乗り出して……


「……えっ?」


 ……そっと、ほっぺたに口付けた。


「……私もね、お~んなじこと、思ってたよ☆」


 もっとここに来て、もっと一緒にいて、もっといっぱいお話したいって。

 同じこと、ずっと考えてた。


「私の名前、思い出してくれたお礼だよ☆」


 そんな言い訳をして、赤くなりそうになるのを必死に我慢する。


「……んだよぉ。急だとビックリするだろう?」

「うふふ☆ ヤシロ君、可愛い~☆」


 だって、急にじゃないと絶対に出来ないもん。

 しょうがないじゃない?


「あ……」


 呟いて、ヤシロ君は服の裾に手を入れる。

 そして、引き抜いた手には、小さな種が握られていた。


 ……種、取れたんだ。よかった。

 これでもう、私のことは忘れないよね?

 忘れたら……今度は別の場所にちゅーしてやるんだから。


「――っ!?」


 ……なに、考えてるんだろう、私。

 折角我慢したのに……顔、真っ赤だよ。


「ヤ、ヤシロ君。そろそろ、時間とか平気?」

「ん? あぁ、そうだな。ゆっくり話したかったけど、そろそろ行くか」

「うん。また今度ゆっくりお話しようね☆」

「おう。じゃ、行くわ」

「ばいば~い☆」


 手を振って、歩き出した背中を見送る。


 …………無理だよ。

 これ以上一緒にいたら、私、きっと変なこと言っちゃう。

 ヤシロ君を困らせるようなこと。


 それは、今はダメ、ぜったい。


 遠ざかっていく背中を、ただじっと見送る。

 それだけで、心がぽかぽかする。

 本当に不思議な人……


「…………あれ?」


 200メートルほど離れたところで、ヤシロ君がちらりとこっちを振り返った。

 そして……


「絶対忘れないから、あんな寂しそうな顔、もうすんなよ」


 そう呟いた。

 そして、にっこりと笑って、再び歩き出した。



 ……あぁ。



「…………ダメだよぅ。そんなの、ズルいよぅ」


 体をグルんと反転させて、そのままざぶんと水の中に潜る。

 顔が熱い……息が苦しい…………恥ずかしい。


 みんな、バレてた。

 デリアちゃんを羨ましいって思ったことも。

 ずっと寂しかったことも。

 私の耳が、実は凄くいいっていうことまで……全部…………バレてた。


「ぶくぶくぶく……」


 吐き出す息が気泡になって水面を揺らす。


 ヤシロ君って……ヤシロ君ってさぁ…………私のことも、ちゃんと、よぉ~く見ていてくれたんだね。

 全然、羨ましがる必要なんか、なかったんだね。


「ぷはぁっ!」


 サバッと水中から顔を出して、街門に向かって大きく手を振る。


「門番く~ん! 今すぐ、デリアちゃんのところへ連れて行って~!」


 心臓が破裂しそうに痛い。なのに、顔のにやにやが止まらない。

 だから、今すぐにデリアちゃんに会いたくなった。


 会って、そして自慢するんだ。

 羨ましがらせてやるんだ。

 いっぱいいっぱいお話するんだ。



 私の――ときめくような、初恋の話を。







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