後日譚47 ウェディングパレード
「ぶふっ!? タキシード……ッ!」
ウェンディ。両親との再会一発目の発言がこれだった。
「わ…………笑いません……笑いませんとも…………くすりとも……くくっ……しま…………ぷふぅーっ! くすくすくすっ……お、お父……さ…………それはさすがに卑怯…………っ!」
肩ががっくんがっくん震えている。
「はい。というわけで、ウェンディの馬車はチボーと二人きりということに」
「待ってください、英雄様っ!? 大丈夫です! もう全然おかしくありませんのでっ! それだけは! 結婚式当日は、セロンと二人きりになりたいんです!」
「いや、でも。パレードのうちに慣れておかないと、結婚式の間中ずっと笑ってることになるぞ?」
「大丈夫ですっ! もう、面白くともなんともありませんから、ウチの父なんてっ!」
「……勝手に笑って勝手に暴言吐かれて……ワシって、なんなんだろうなぁ……」
ウクリネス特製のピシッとしたオーダーメイドタキシードを着て、チボーがこの世の不条理を嘆いている。
「あんたが面白い顔してるからいけないんだよっ! 真面目な顔をおし!」
「こ、こうかい、カーちゃん? キリッ!」
「ぶふぅーっ! お、父さ……んっ! 私に何か恨みでも…………くくくっ、あ、ある、の!? ……ぷーくすくすくすっ!」
すげぇ仲がよさそうな家族に見えるな。
とんでもなく歪だが。
「ヤシロ。そろそろ出発しないと間に合わないよ」
「おう。分かってる」
エステラが俺たちを呼びに来た。
花園への馬車での乗りつけは禁止されているため、俺とウェンディでバレリアとチボーを呼びに来たのだが、ウェンディが笑い出したせいで時間を食ってしまった。
「ウェンディさん。あとでメイクを直しましょうね? ナタリアさんが綺麗にしてくださいますので」
「す、すみません、店長さん。お手数をおかけします」
エステラに付いてきていたジネットが、笑い過ぎてメイクの崩れたウェンディを気遣っている。
メイク、直してもきっとすぐに崩れるぞ。
メイクの達人といえば砂糖工場のタヌキ野郎、パーシーなのだが……あの野郎、俺の頼みを断りやがった。
「毎日メイクしているからプロ級だろう? ぷーくすくすっ!」
……と、楽しげな雰囲気で頼んだというのに。何が気に入らんというのか。
悔しいから、披露宴でのパーシーの座席とネフェリーの座席を思いっきり離してやったさ。
「じゃあ、行こうか」
エステラを先頭に、俺たちは花園を超えてルシアの館を目指す。
そこに、パレードで使う馬車と、ハビエルご自慢の馬たちが用意されているのだ。
花園では、虫人族の連中が拍手で俺たちを見送ってくれた。
「あとで見に行くね~!」とか、「出店ありがとね~! 楽しみ~!」とか、「お揃い嬉しいね~!」とか、そんなことを口々に言っている。
……あぁ。触れたくないので触れなかったのだが…………俺たちは今、触角カチューシャをつけている。
パレードの間はずっと装着することになったのだ。……くっ、なぜ俺まで。
「触角が生えても、貴様だけは可愛く見えんな、カタクチイワシよ」
「お前が巨乳になったら同じことを言ってやるから、覚えとけよ」
「そんな可能性はもうないっ!」
「潔いなっ!? で、ちょっと泣いてんじゃねぇよ!」
ルシアの館に着くと、ルシアが庭先で俺たちを待っていた。
もう、「貴族は外では待たない」みたいなこだわりはないようだ。今日だけかもしれんがな。
「ヤシロさん、みなさん! 馬車の点検はばっちりッスよ! 快適な旅になること請け合いッス!」
馬車の製造とメンテナンスを引き受けてくれたウーマロが自信たっぷりに言う。
「凄いですね、やはり。何度見ても」
「こ、こんな豪華な馬車に乗るのかい、アタシたちは……」
「うわぁ…………チビりそう」
ドドンと居並ぶ豪華な馬車と美しい馬に、ウェンディ一家がぽかんと口を開けて放心している。
……とりあえずチボー。絶対やめろな? 死んでも我慢しろよ。
「ウェンディ!」
「セロンッ!」
おそらく待ちに待っていたのであろうセロンが、ウェンディを見つけて駆け寄ってくる。
こちらも、ウクリネス特製、オーダーメイドタキシードを着込んでいる。
「はぁ……素敵よ、セロン。王子様みたい」
おかしいなぁ……同じ人物が作った同じような服なのに、片や「ぽっ……」で、片や「ぷーくすくす」……なんでこんなに差がつくんだろうなぁ。
「ウェンディのドレスも、素敵だよ」
「ありがとう、セロン。本当に、こんな素敵なドレスが着られるなんて夢みたい……」
頬に手を添え、うっとりとした表情を見せるウェンディ。
頬に微かな朱が差し、まるでそこに花でも咲いたような可憐さが漂う。
「……ごめん、ウェンディ。さっきのは、少しだけ間違いだ」
「え、間違い?」
「素敵なのはドレスじゃなくて、そのドレスを着たウェンディ、君だよ」
「オーイ、ギルベルター! 鈍器ぃー!」
「ダメですよ、ヤシロさん!? こらえてください!」
友達を何よりも優先するギルベルタが、ちょうどいい感じのモーニングスターを持ってこようとしてくれていたのだが、エステラに止められて渋々館の中へと返しに行った。
くそぅ。なぜ邪魔をするんだ、ジネットにエステラ!?
「あのドレス赤いから、多少セロンの血が飛び散っても気付かれないって」
「セロンさんが重傷を負っていると、みなさん気付かれますよ!?」
あぁ……そっちは計算に入れてなかったなぁ……
あぁ、そうそう。
パレードと結婚式、そして披露宴はそれぞれ衣装が異なる。
パレードは軽めの、比較的楽に着られる赤いドレスだ。セロンは黒のタキシード。
そして結婚式で純白のドレスとタキシードに着替え、披露宴ではまた華やかな衣装に着替えてもらう。
大々的に結婚式を広報するパレードだ。
華やかに、そしてゴージャスに執り行う。
馬車は全部で五台。
先頭がセロンとウェンディ。
その次に両家の親と、雑務係としてルシアの家の給仕。
その次に三十五区の領主ルシアとギルベルタ、他給仕たち。
その後ろが四十二区の領主エステラとナタリア。ついでに陽だまり亭から俺とジネット。
最後は、不測の事態に備えてトルベックの連中とエステラの家の兵士が数名乗っている。
そして、馬車を挟むように前後に配置された馬には、ルシアの家の兵士が乗っている。
なぜ兵士かというと。
警備ということももちろんあるのだが、この前後の兵士には大きな旗を掲げてもらうのだ。
四十二区と三十五区、それぞれの領主のエンブレムの記された旗。
これで、二つの区が協力関係にあることを大々的に知らしめ、その二つの区が虫人族と人間の結婚式を全面バックアップしていると誰の目にも明らかにするのだ。
さらには、各区の大通りを、領主の許可を得て行進することで、三十五区以下の区すべてが、この企画に賛同していると広報する。
これだけ大規模なパレードを、それだけの区の協賛で行うのだ。
小さなやっかみや横槍なんかは挟み込む余地すらないだろう。
誰も、そこまでして虫人族を貶めたいヤツなどいないのだ。
そこまでして、自分を卑下したい者もまた、いはしないだろう。
場の空気はこちらが制した。
人間と虫人族の結婚? それがなんだ?
何か問題あるのか?
っていうか、そもそも……
好き合ってる二人が結婚して、どんな問題があるってんだよ。
そんな単純な話なのだ。
誰も文句なんかないだろう?
「よぉし! それじゃあ、大々的におっ始めるか!」
オープンカーのように、上部が全開している馬車へと乗り込む。
一つの馬車には約八人程度が乗り込める。結構大きな馬車だ。
「ほぉぉう……っ!」
奇妙な声が上がったと思ったら、セロンがウェンディの手を引いて馬車へエスコートしていた。
やってくれるな、セロンのヤツ…………爆発しろ。
「何を考えているか一目瞭然だよ」
エステラが俺の肩を叩いて背中を押す。
さっさと乗れということか? ふん言われんでも……
と、俺が馬車へ乗り込むと、そこにマグダとロレッタが身を潜めていた。
「ふぉうっ!?」
こっちはこっちで、違った意味合いの変な声を上げてしまった。
……ビックリしたぁ。
「……ふっふっふっ。待機していた」
「降りろと言われても、絶対に退かないです」
妙に固い意志を抱き、座席にしがみつく二人。
本来『陽だまり亭代表』として馬車に乗るのは俺とジネットの二人だけの予定だった。
マグダとロレッタは店で留守番をすることになっていたはずなのだが……
「店、どうしたんだよ?」
「……ノーマWithハムっ子オールスターズに託してある」
「ハム摩呂もいるからたぶん大丈夫です」
「お前らなぁ……」
もはや完全に部外者じゃねぇか、ノーマは。
まぁ、今日は一日、結婚披露宴の準備のために貸し切りにしてあるから、店番をする必要はない。本当に留守番なのだ。……にしても、責任者が不在とはなぁ。
「……マズい。ヤシロの顔に笑みがない」
「こ、ここ、これは、あとでメッチャ怒られるパターンですか!? 怒られるですか!?」
「……店長っ。店長を呼んでほしい」
「店長さ~ん! ちょっと来てですぅ! 可及的速やかにお願いです!」
「えっ!? マグダさんとロレッタさんがどうしてここへ!?」
俺に続いて馬車に駆け込んできたジネットが、すでに乗り込んでいた二人を見て目を丸くする。
まぁ、驚くよな。
「……今こそヤシロキラーの出番」
「あ、あとでちゃんと謝るですから、今はあたしたちの盾になってほしいですっ!」
「あの、お店は?」
「……ノーマがいる」
「あと、ウチの弟妹をこれでもかと……お店に詰め込んでおいたです」
「あらら……ノーマさんには、今度きちんとお礼をしないといけませんねぇ」
頬に手を添えて、困り顔を浮かべるジネット……なのだが、目が嬉しそうな色を見せている。
あぁ、分かる。分かるぞ、ジネット。仕事はちゃんとやらなきゃいけないとは思いつつも、一緒にパレード出来るのが嬉しいんだろ? けど、勝手な行動をしたから一応は怒らなきゃいけないけれど、怒ったりしたら可哀想かなぁとか、そういう風なことを思っているんだろ?
……ほら、またそうやって俺を見る。
「はぁ……ったく、しょうがねぇな」
今日は目出度い日だ。
特別に、大目に見てやるよ。
その代わり、大いにパレードを盛り上げろ。
ホント。帰ったらノーマにご褒美をやらなきゃな。
「お前たちは獣人族だが……これの装着を義務づける」
そう言って、マグダとロレッタの頭に触角カチューシャを取り付ける。
陽だまり亭の四人、全員の頭に触角が生えている。おまけに、エステラとナタリアもお揃いだ。
「おぉ、これが噂の触角カチューシャですか!? あたし、実はつけてみたかったです!」
「……マグダは、なんだか多い」
耳と触角。確かにマグダの頭の上は少々ゴチャゴチャしているな。
だが。
「可愛いぞ、マグダ」
「……むふー。なら、よし」
耳がぴるぴるっと動き、触角カチューシャを揺らす。
「ヤシロも随分甘くなったよね」
馬車に乗り込んできたエステラが俺の脇腹を小突く。
気安く触るな。「仕返し」とか言ってぺたぺたするぞ。
「マグダとロレッタは、盛り上げ係に就任だ」
「はいです! 任せてです!」
「……そういうの、マグダは得意」
ホントかよ、この無表情娘は……
俺たちが思わぬ闖入者に面食らって騒いでいる間に、他の馬車はすっかり出発の準備を終えていたようだ。
大慌てで席に着き、こちらも準備を終える。
「はいよぉー!」
先頭の兵士が威勢のよい声を上げ、馬車がゆっくりと動き出す。
五台連なる豪華な馬車が揃って前進を始める。
パレードの始まりだ!
「わぁあああっ!」
歓声が上がり、三十五区領主の館の前に詰めかけていた群衆が盛り上がりを見せる。
ここから三十五区の大通りへ出れば、あとはずっと大通りを通っていくことになる。
「な、なんだか、わたしが緊張してしまいます」
「ドキドキしてないか? ちょっと胸を見せてみろ」
「はい」
「ジネットちゃんストーップ! ヤシロのセクハラにまんまと乗せられてるよ!?」
そんな、浮かれた車内の空気は、大通りに出ると一層温度を上げる。
「うはぁああっ! 凄いです! お兄ちゃん、見てです! 人がいっぱいいるですっ!」
「……壮観」
「あっ、虫人族の女の子が手を振ってますよ。何人族のお子さんなんでしょう? うふふ、可愛いですね」
大通りの両サイドにはぎっしりと人が詰めかけていた。
虫人族も人間も獣人族も関係なく、みんなが一様に、出店の食い物を片手にパレードを見ている。
子供も大人も無邪気な顔をして手を振っている。
ジネットも、それに応えるように手を振り返す。
マグダも無表情ながらもしっかりとした手つきでジネットに倣う。
ロレッタは立ち上がり、両腕を大きく振り回している。
エステラは上品に小さく手を振る。
ナタリアは静かにそんな景色を眺めていた。
「お前は振らないのか、手?」
「私は給仕ですので。出しゃばるような真似はいたしません」
「観客は、手を振り返してもらうと嬉しいもんなんだぞ?」
「給仕でも、ですか?」
「あぁ。試しに振ってみろよ」
「……では」
俺に促され、控えめに手を振るナタリア。
すると、最前列で手を振っていた虫人族の女の子がきゃっきゃっと嬉しそうに飛び跳ねた。
「今、目が合いました。あの子と! あの子です! あの、虫人族の、触角を生やした黒髪の!」
「分かった。分かったから落ち着け」
ライブの客で「今目が合った」アピールを必死にするヤツはたまにいるが、お前は見られている側だからな?
「楽しいですね、これはっ」
うっすらと頬を紅潮させ、ナタリアのテンションが目に見えて上がっていく。
「今日は私のためにありがとうございます」
「お前のために集まったんじゃねぇよ!」
「見えてますか、後ろー!?」
「ロック歌手か!?」
「二階席ぃー!」なノリか!?
「ヤシロさん。本当にいいんでしょうかね?」
嬉しそうに、表情筋を緩めてジネットが言う。
「わたしたちはセロンさんとウェンディさんのお供ですのに、こんなに楽しませていただいて」
「いいんじゃないか? このポジションが楽しそうなら、やりたがるヤツも出てくるだろう?」
そうすりゃ、貴族なんかが『麻呂が結婚する時はパレードをするでおじゃるっ!』とか言い出して、そのための金を街へとばら撒くわけだ。
俺たちにとっては儲けるチャンスが増えることになる。
「存分に楽しんでやれ。その方が、セロンたちも喜ぶさ」
「はい! では、そうします」
満面の笑みを浮かべ、再び観衆へ手を振り始めるジネット。
その度に歓声が上がる。
まぁ、アレだな。
千葉方面の夢の王国のパレードだって、主役のネズミじゃないキャラでも手を振ってもらえると喜ぶもんな、客は。
そういうもんなのだ。
「んはぁ!? なんですかアレ!?」
「……むむ。あれは見たことのない食べ物」
ロレッタとマグダが食いついたのは、見物客が手に持っていた食べ物だった。
ベーコンの巻かれたジャガイモが串に刺さっている。
「あぁ。ジャガベーだな」
「お兄ちゃん、知ってるです!?」
「おう。ほら、三十五区って海産物の街だろ? 肉が弱いんだよ。だから、肉の流通が促進されるようにルシアに入れ知恵をしたんだ」
小ぶりなジャガイモにベーコンを巻いてカラッと揚げるだけ。
屋台でも出せるお手軽さで、食うのもそう難しくない。
「なんで教えてくれないです!?」
「……試食もしていない」
「わたし、アレがどのようなお味なのか……興味があります!」
「あぁ、ボクも食べたいかも」
「おいおい。パレードの最中だぞ? 今度作ってやるから今は我慢しろよ」
さすがに馬車を止めて、「ちょっと買ってきますね~」とは出来ないだろう。
俺たちはあくまでお供なのだ。
「御者さん、止めてください。私、ちょっと買ってきます!」
「おぉーい、ナタリア!? 俺が『そんなの出来ないだろう?』って思ったことを躊躇いなくやろうとするな!」
「私、アレが食べられないならこのパレードを潰しますよ!?」
「おい、誰か! この危険な給仕長を取り押さえろ!」
結局、馬車ではなく馬に乗ったルシアのとこの兵士に人数分のジャガべーを買ってきてもらい、俺たちはそれを馬車の上で食べることにした。
「ほいひぃです! これは、かなりのもんです!」
「ロレッタ。食いながらしゃべるな」
「……美味」
「はい。わっしょいわっしょいしますね」
「二階席ぃー!」
「宿屋の二階から見ている客にジャガベーを見せつけるな、ナタリア!」
もう、この馬車だけ完全にピクニック状態だな。
「あぁっ! 貴様たちだけズルいぞ、カタクチイワシッ!」
「食べたい思う、私も、アレを」
前の馬車から、ルシアとギルベルタがこちらを物凄い目で見つめている。
……じゃあ買ってきてもらえよ、お前らも。
「止めてほしい思う、馬車を、御者さん! ちょっと買ってくる、私は!」
「だからパレードを勝手に止めようとすんなって!」
長距離のツッコミをしっかり入れ、ギルベルタの暴走を止める。
……どこの給仕も考えることは同じなのか?
「ぱぱぁー、アレおいしそう!」
「食べたいー!」
俺たちが馬車の上で美味そうに食うもんだから、見物客がジャガベーに興味を持ち始めたようだ。
こいつは、この後飛ぶように売れるぞ、ジャガベー。
よかったな。上手くいけば海産物に次ぐ名物になるかもしれんぞ。
「あぁっ! 喉が渇くです!」
「……これだけ大量のイモに、塩分が多めのベーコン……口の中の水分が根こそぎ持っていかれる」
「何か、冷たい飲み物と一緒でないとつらいかもしれませんね」
いやぁ……そんないうほど伸びないかもなぁ、売り上げ。
……商売の邪魔すんじゃねぇよ。
「冷たいビールと一緒に食ったら最高だろうなぁ!」
ったく。
なんで俺がこんなフォローを……
「ヤシロ様はお酒を嗜まれないのでは?」
「うっせぇな、フォローだよ、フォロー! 売り上げに響くんだよ、こういう場所でのマイナス評価は!」
「そんなことまで君が気にする必要あるのかい?」
のほほんとジャガベーを齧るナタリアにエステラ。
……こいつら、ホンット四十二区以外のことには興味を示さないよな……
ジャガベーがヒットしたら、インセンティブ代わりに花園の蜜を融通してもらう約束してんだよ。ちょっとは協力しろよ。
「おう、兄ちゃん! あんたいいこと言うな!」
一人の獣人族が、大きな樽を片手に馬車へ近付いてくる。
首は短いが、あの顔……キリン人族か?
「俺はここらでビールを売り歩いてんだ! 一杯サービスするぜ!」
「それはありがたいが、馬車に近付くのは危険だから気を付けろよ」
こうやって商人に群がられてはパレードが台無しになる。
やんわりと断っておかないとな。
「わぁかってるって! パレードの邪魔はしねぇ! ただ、その……ほら、…………お、俺は……」
なんだ? 急にもじもじし始めやがったぞ……で、チラチラとナタリアを見て……
「そ、そっちの美人なお姉さんに、俺のビールを飲んでほしいんだっ!」
うんうん。
パレードの邪魔しねぇとかなんとか……全然分かってねぇじゃねぇか。
ナタリアが手を振った時に「今、目が合った!?」とか思って一目惚れでもしたのだろうか。
まぁ、タダでくれるってんなら、一杯もらってさっさとお引き取り願おうか。
「どうするナタリア。もらっとくか?」
「ですが、職務中ですので」
「職務っつっても、今日はそんなに何があるわけでもないんだ。ビール一杯くらいはいいんじゃないか?」
「私……飲むと脱ぎたくなるのですが、それでもいいとおっしゃるのなら……」
「悪いな、キリン人族のオッサン! パレードの間飲酒は控えたいんだ! 気持ちだけもらっておくぜ!」
……ナタリアに酒は与えられない。
一瞬でパレードが潰されてしまう…………エステラ。お前、しつけとかちゃんとしとけよな……くっそ、目を逸らされた。
キリン人族のオッサンにはお引き取り願い、俺たちは馬車の上からひしめく人込みと、華やかな飾りをつけて居並ぶ屋台を眺めた。
実に賑やかだ。
そして、なんとも楽しそうだ。
これ、言っちゃ悪いが、ただの一般人の結婚式なんだぜ?
お前ら全員、セロンもウェンディも知らねぇだろ? まぁ、光るレンガの考案者と言えば、知ってるヤツは知っているかもしれんが……その程度だ。決して有名人でもなければセレブリティでもない。
それでも、観客たちは大いに盛り上がっていた。
「凄いですね。これだけたくさんの人がみなさん笑顔で」
ジネットが、少しだけ圧倒されたように言う。
実際、こちらに伝わってくる熱量は凄まじい。
特別ではないはずの、ただの男女の結婚。それを見ている多くの観客。
「ここにいる連中は今、同じ景色を見ている。けど……同じことを考えているとは限らない」
連中が何に歓喜し、何に興奮し、何に感動しているのか、それは分からない。
けれど。
「それでも、今日のことを思い出した時は、似たような笑みを浮かべるんだろうな。これから先、ずっと」
今日がターニングポイントなのだ。
こいつらにとっての。
そして、この街にとっての。
「そうですね。……きっと」
ジネットと並び、観衆に向かって手を振る。
わざと体を揺すって触角を揺らして見せてやる。と、小さな虫人族のガキ共が嬉しそうにはしゃぎ出す。
今、この大通りに広がっているのは非日常の世界なのだ。
人間は触角カチューシャをつけ、虫人族は虫人族で浴衣なんかを着込んで、出店に並んで同じものを食う。
何もかもが初めての経験で、バカみたいにはしゃげるほどに楽しいのだろう。
ここにいる連中の中の、一体誰が思うだろうか。
人間と結婚するウェンディを見て、「あぁ、あの子は奴隷のように扱われるに違いない」などと。
俺たちがやったことは、本当に単純で簡単なことなんだ。
あっちこっち走り回って話をつけたりはしたのだが……突き詰めて考えるならば、『ただ、一緒になって騒げる場所を作った』、それだけだ。
勝手なイメージだの思い込みだのでグダグダ言うなと。
よく分からねぇんなら、お前らも一緒になって騒いでみりゃあよく分かるぞと。
そういうことを教えてやったに過ぎない。
これから先は、こいつら自身が自分で見て聞いて、そして直に感じたことを記憶として、経験として、その心に刻んでいくのだろう。
話は逸れるが、詐欺師と営業マンには共通した考え方がある。
商品を売りたければ、その商品の優れているところを宣伝するのではなく、その商品の持つ物語を聞かせてやれというものだ。
製品の高性能をいくら謳っても、興味のない人間には届かない。
人は、物語に感動を覚え、心を動かされる。
クッキーを売りたい時は、それがいかに贅沢な食材を使用して高度な技術で作られたかを切々と説くよりも、『幼い頃に祖母がよく作ってくれた思い出の味なんです』と言ってやる方が売れたりするのだ。
人はそこに物語を想像し、その物語に触れたいと感じる。その味を知りたいと、財布の紐を緩めるのだ。
「あっ、ヤシロさん! シラハさんたちですよ!」
ジネットが人ごみの中から見知った顔を見つけて声を弾ませる。
見れば、シラハとオルキが寄り添い合ってパレードを見物し、その隣にはニッカとカールがオシャレをして付き添っていた。ニッカのヤツ、浴衣が似合うじゃないか。
「嬉しそうですね、シラハさん。オルキオさんも」
「あぁ。そうだな」
数十年前――
シラハとオルキオは、互いがどれだけ素晴らしい人物かを懸命に説いて回った。
異人種でも分かり合えると、一心不乱に訴え続けた。
それでも、それを『実感出来ない』連中は頑なに耳を貸さなかった。
製品の高性能をいくら謳っても、興味のない人間には届かない。
人の心を動かすのは、有無を言わさぬ感動。
心を震わせるストーリー。
それはちょうど、シラハとオルキオがその身をもって見せつけてくれたような、口を挟む余地もないくらいの絶対的な愛の形――そういうものだったりするわけだ。
シラハたちの姿を見た者は一人の例外もなく『実感した』ことだろう。
あの二人の結婚は決して間違いではなかったと。
「きっとあの二人はこれから先、多くの者たちから感謝されることになるだろうな」
「はい。わたしも、そう思います」
シラハたちに手を振りながら、ジネットは確信しているように呟く。
そして、シラハへと向けていた視線を俺に向け、先ほどよりも自信たっぷりに言った。
「ヤシロさんも、多くの方に感謝されると思いますよ」
そして、微塵も疑う様子もなく、満面の笑みを浮かべる。
「わたしは、感謝していますから」
……だから、俺は大したことはしてねぇってのに。
「絶対、いい結婚式にしましょうね」
「あぁ」
今回、ジネットは陽だまり亭を離れて多くの者たちに触れてきた。
その想いが、今日という日に結実したのだろう。
この後、ジネットには大舞台が待っている。
披露宴の料理の総指揮という、大仕事が。
「最高の結婚式にしてやろう」
そして、お前もまた感謝される人間になるのだ。
この先何年も、ずっと……
お前の料理を口にする度に何度も何度も思い出されるくらいにな。
ゆっくりと、でも確実に、パレードは大通りを進んでいく。
四十二区へと向かって。
いつもありがとうございます。
もう春なのに、私のいる街では肌寒い日が続いています。
そしてふと、四十二区ってずっとこんな気候なんだなぁ……と。
もう少し暖かくなってほしいですね。
女子高生がノースリーブになるくらいまでは。
ギャルっぽい娘のキャミもいいものですが、
清楚なお姉さんのノースリーブはまた格別なのです。
暖かい陽光の降り注ぐ公園のベンチで、白い犬を連れて、本を読むお姉さんとか、
何県に行けば見られるのでしょうか……住民票とか移しますのに。
そして、その間待たされているおイヌ様の「おぉい! 今散歩中だよー!?」みたいな顔を見てみたいです。
私もおイヌ様と一緒に暮らしたいです。
イヌを飼いたい!
というより、イヌに飼われたい! 養ってもらいたい!
なんですかねぇ、こう、お散歩とか行って、
「私、この世界の何よりも可愛いワンちゃんが大好きなんです(ぷるんぷるんっ!)」みたいな感じの美少女が、「わぁ~、かわいい~!」とか言いながら近付いてきてくれたりして、
「触っていいですかぁ?」とか言われて、
「こっちも触っていいですか?」って言って、
「じゃあ触りっこで」みたいなことにならないですかね?
おイヌ様あるあるですよね。
「抱っこしていいですか?」
私ですか? 犬ですか? どちらでもウェルカムッ! ……あ、やっぱ犬ですね。
「わぁ~、小さ~い! 手のひらに乗りそう~」
無邪気でかわいいなぁ。そしてイヌ! その今にも挟まれそうなポジション代われっ!
「なんて種類のワンちゃんなんですか?」
セントバーナードです。
「あぁ、コレがあの。へぇ~」
みたいな触れ合いが…………って、女の子デカいな!?
セントバーナード、手のひらに乗りますか!?
でも、そのサイズの女の子だったら…………パンチラし放題か…………あり、か?
東京都のお台場には、大きなガンダムが立っているんですが、
実物大なんですかね、あれ?
それで、そのガンダム。股の下を通れるようになってるんですね。
見上げると圧巻なのでしょう。
なので、それを美少女キャラで……こう、股の下を通れる仕様で……ミニスカで……ねぇ?
さてはて、
春めいて女子のスカートがふんわり軽く、そして短めになり始める季節。
頑張れ春風! 吹き荒れろ春一番!
そして埃、お前は自重しろ!
そんな春一番を応援するSSのお時間です!
2016年 04月 07日 20時 50分のS様より~
面倒くさい客に絡まれたパウラのお話です。
――カンタルチカ
厳つい男(厳男)「だから、なんで出来ねぇんだよ!?」
パウラ「だから、メニューにないものは出せないの!」
厳男「違う違う。よく考えろ、な? 魔獣のソーセージと、厚切りのベーコン、それからサラダ。な? あるよな? これ全部同じ値段だろ? だったら、それを全部3分の1の量にしてよぉ、で、俺が今ここにパンを持ってるからな、これに挟んでくれって、そう言ってるだけじゃねぇか!」
パウラ「だから、無理なんだって! しかも、『魔獣のソーセージと同じ値段で』なんて、図々しいよ!」
厳男「お前さぁ、計算出来るか? 全部同じ値段の三つの料理を3分の1にして一つに合わせりゃ、これ、どう考えたって同じ値段になるだろうが!」
パウラ「ならないわよ!」
厳男「なんだテメェ!? 客からぼったくろうってのか!?」
パウラ「もう、帰ってよ!」
厳男「おうおう! 客を拒否すんのかぁ、この店は!?」
パウラ「他のお客さんに迷惑だから!」
厳男「どこのどいつが迷惑だなんて思ってんだよ? あぁ!? おぅ! 迷惑だと思ってるヤツがいるなら今すぐ名乗り出ろよ、コラぁ!? へへっ、ほら見ろ。どこにも迷惑だなんて思ってるヤツはいねぇじゃ……」
ヤシロ「ん。(挙手して厳男の前へ)」
厳男「……なんだ、てめぇ?」
ヤシロ「『お前を迷惑だと思っているヤツ』だが」
パウラ「ヤシロッ!(表情がパァッと明るくなる)」
厳男「何が迷惑だ、コラ? あ? やんのか、てめぇ?」
ヤシロ「随分高圧的だな」
厳男「ったりめぇだろうが! 俺は何も間違っちゃいねぇ! それをどうこう言われりゃブチギレもすんだろうが、あぁん!?」
ヤシロ「つまりお前は、自分のやっていることは一切迷惑ではないと、そう言うんだな?」
厳男「その通りだろうが!」
ヤシロ「じゃあ、自分がやられても文句はないし、怒りもしないし、まして渋ったり嫌な顔をしたり拒絶したり、そういう拒否反応は一切示さないと、そう言うんだな?」
厳男「ったりめぇだよ! 俺は、何も迷惑な行為はしてねぇからな」
ヤシロ「そうか……ちなみに、飲食店には原価と人件費というものがある。同じ値段だから同じ価値だということはないんだ。それは理解出来るか?」
厳男「んなもん、こっちの知ったこっちゃねぇだろうが! 同じ値段なら、そいつは同じ価値だ!」
ヤシロ「だから、三品を3分の1ずつ合わせたものを同じ価格で提供しろと、そういうわけだな?」
厳男「何かおかしいか!?」
ヤシロ「それにかかる労力も、見た目も、種類も、用途も、名前も、何もかもがまるで別物になっても、『価格が同じなら交換してカスタマイズするのは当然の権利で当たり前だ。むしろそれを渋るなんてことはあってはいけない』と、そう言うんだな?」
厳男「おぉ、そうだよ! 分かってんじゃねぇか」
ヤシロ「『会話記録』
厳男「――!?」
ヤシロ「お前はさっき、自分の行動は迷惑ではないし、同じことをされてもいかなる拒否反応も示さないと言ったな? 言ったよな?」
厳男「そ、それがなんだってんだよ!?」
ヤシロ「ウクリネス」
ウクリネス「はいはい」
ヤシロ「ちょっと聞いていいか?」
ウクリネス「まぁ、ヤシロちゃん。珍しく頼ってくれるんですね。なんでしょう?」
ヤシロ「厳男の着ている服、いくらくらいだ?」
厳男「おい、誰だ、厳男って!?」
ウクリネス「そうですねぇ……ちょっと失礼しますよ(厳男の腕を持ち上げ、脇の縫製、襟周り等を見る)」
厳男「なんだよ、このババァ!?」
ウクリネス「カチンと来る方ですね。まぁ、衣服の汚れすらきちんと落とせない人ならその程度なのでしょうが…………おそらく、この服は三十九区の服屋で売っている物ですね。上が100Rb、ズボンは250Rb。ベルトやカバンといった装飾品はどれもボロボロ過ぎて価値は付かないでしょう」
厳男「な、……なんで分かんだよ、俺が三十九区の服屋で買ってるって……値段までピッタリだ……なんだ、このババア?」
ウクリネス「口が悪いので50Rbずつマイナス査定とします」
ヤシロ「ってことは、上が50Rb、下が200Rbか……パウラ」
パウラ「な、なに?」
ヤシロ「魔獣のソーセージっていくらだっけ?」
パウラ「サイズにもよるけど……20センチのヤツは50Rbだよ」
ヤシロ「確か、皿からはみ出るでっかいベーコンあったろ? アレは?」
パウラ「ビッグベーコンは200Rbだけど…………え、まさか?」
ヤシロ「んじゃ、それとこいつの服を交換しよう」
厳男「はぁ!? 何言ってんだ、テメェ!?」
ヤシロ「だぁかぁらぁ。価値は同じだから文句ないだろう? お前、今すぐ真っ裸になって乳首にソーセージ、股間にベーコンを貼りつけて帰れ」
厳男「出来るか、そんなマネ!? だいたい、なんで俺がそんなこと……――っ!?」
ヤシロ「(腕を真っ直ぐ伸ばし、厳男を指さす)同じことをされても拒否しないんじゃなかったのか?」
厳男「お、同じことじゃ……ね、ねぇ、だろ……」
ヤシロ「それにかかる労力も、見た目も、種類も、用途も、名前も、何もかもがまるで別物になっても、『価格が同じなら交換してカスタマイズするのは当然の権利で当たり前だ。むしろそれを渋るなんてことはあってはいけない』んじゃ、なかったのか?」
厳男「う…………っ」
ヤシロ「さぁ、選べよ。燻製露出狂になるか……カエルになるか」
厳男「あ……ぅ…………」
ヤシロ「それか……今すぐこの店から出ていくか」
厳男「出ていきます! すみませんでしたぁ!(全速力で逃走)」
パウラ「……(唖然)」
ヤシロ「パウラ」
パウラ「は、はい! あ……な、なに?」
ヤシロ「悪かったな、客を一人逃がしちまって」
パウラ「ううん! そんなことない! 凄く助かったよ! あ、ありがとね、ヤシロ。……また、助けてもらっちゃった」
ヤシロ「礼ならウクリネスに言ってやれよ。よくもまぁ他所の店の服まで詳しく知ってるもんだ」
ウクリネス「うふふ……世の中、情報を持ってる者が制するって、ヤシロちゃんを見ていて学びましたからね」
ヤシロ「……え、俺のせい?」
ウクリネス「ヤシロちゃんの『おかげ』ですよ」
パウラ「ね、ねぇ! あたしに何かしてほしいことない? 恩返しっていうか、日頃の感謝のしるしに! なんでもいいよ!」
ヤシロ「じゃあおっぱいを……」
パウラ「それはダメ!」
ヤシロ「ぷくぅぅぅぅううっ!」
ウクリネス「まぁ、ヤシロちゃん。可愛い!」
パウラ「だ、だって…………じゃあ、せ、責任取ってくれるの!?」
ヤシロ「責任……?」
パウラ「そうだよ! 責任! 取れる……の?」
ヤシロ「ふむ………(腕組みして考える)……分かった」
パウラ「へっ!?」
ヤシロ「お前のおっぱいを触ったら、俺は、責任を持って……」
パウラ「え、え……っ(ドキドキ)」
ヤシロ「『パウラのおっぱいは結構凄いぞ!』ってみんなに説いて回るよ!」
パウラ「なんの責任よ、それ!?」
ヤシロ「広報担当者としての責任だ!」
パウラ「広報なんかしなくていいもん! バカァ!」
――パウラ、怒って厨房へ入る
ウクリネス「あらら~、もう。ヤシロちゃんは」
ヤシロ「礼とか、そういうの苦手なんだよ」
ウクリネス「ふふ……私は、ヤシロちゃんのそういうところ、好きですよ」
ヤシロ「ん~…………微妙」
ウクリネス「素直に喜んでくれると、もっと嬉しいんですけどねぇ。……おや?」
――パウラ、足音荒く戻ってくる。ヤシロの前のテーブルに、乱暴にグレープフルーツジュースを置く
パウラ「お礼! ふん!」
――パウラ、再び厨房へ
ウクリネス「律儀ですねぇ、パウラちゃん」
ヤシロ「……だな」
――折角なのでグレープフルーツジュースをいただくヤシロ。ちょっと酸っぱい
久しぶりにヤシロの舌戦でした!
相手、ヘボヘボでしたけど!
……燻製露出狂…………乳首にソーセージ、股間にベーコン……
幼女「え~ん、おなかすいたよぉ~……」
私「ちょうどいい! 私のソーセー……」
警察官「はい、ちょっと署まで来てくださいねぇ~」
もう少し暖かくなったら、再考します!
次回もよろしくお願いいたします。
宮地拓海




