後日譚37 出発前のわくわく感
早朝。
木戸が閉め切られて真っ暗な部屋の中で、俺は目を覚ます。
すっかり眠り慣れたワラのベッドの中で身をよじると、隣に人の温もりを感じた。
腕を伸ばし、ろうそくに火をつけると……俺の隣にナタリアが寝そべっていた。
「うふふ……素敵でしたよ、ヤシロ様」
「朝からそういう重た~いギャグやめてくんない?」
なんかもう、胃がむかむかしてくるからさぁ。
あと、ちょっといい匂いしてるからって邪険にしきれない自分がもどかしいっ。
昨晩は泊まってもいないくせになぜか寝間着を着込んで俺のベッドに潜り込んでいるナタリア。……お前には淑女としての品とか素養とかないのか。
「悪かったな、朝早くに来てもらって」
「いえ。夜遅くに参りましたよ」
「いつからここに潜り込んでた!?」
「ナタリアッ、何やってるんだい!?」
俺の怒鳴り声に続いてエステラの絶叫が早朝の部屋にこだまする。
……お前もさぁ、人の部屋に入る時はもっと静かに…………まぁ、もういいけどさ。
「可愛い寝顔をさらしていたヤシロ様が悪いと思います」
「えっ、なんで俺のせい? で、微妙に恥ずかしいから、そういうこと言うのやめてくれる?」
ルシアとギルベルタが陽だまり亭に泊まりに来たあの日から三日が過ぎていた。
ルシアとギルベルタを盛大に接待してやった甲斐もあって、ルシアが各区に働きかけてくれた。その結果、各区での移動販売の許可と、それぞれの領主関係者に出店に関する説明をする時間を、俺たちは与えられた。
というわけで、今日は早朝から屋台を曳いて各区を回るのだ。
それぞれの区で販売のデモンストレーションを行い、領主に説明をし、今日の日没までに三十五区を目指す。
ルシアの館で一泊し、翌日の夕方に戻ってくる予定だ。
そんなわけで、今日と明日、教会への寄付は行えない。
その代わりをエステラとナタリアに頼んだのだ。
二日分の朝食の仕込みはすでに終わっている。あとは教会の寮母とナタリアがいればちゃちゃっと調理出来るような献立だ。問題はないだろう。
「ヤシロも早く準備しなよ。他のみんなはもう下で待ってるよ」
「……んぇ? マグダもか?」
「目を爛々とさせて、食堂でずっとそわそわしてたよ」
「……遠足前の小学生かよ」
マグダは、俺たちと遠出することがあまりない。
このデモンストレーションが決まってからというもの、ずっとわくわくそわそわしっぱなしだった。
「とにかく、君も早く着替えるんだね」
「はい。お嬢様」
「君に言ったんじゃないよ、ナタリア!? っていうか、なんで君は寝間着なのさ!?」
「給仕服で寝ろと?」
「寝るなと言っているんだけど、分からないかな!?」
エステラがナタリアをマグダの部屋へと引っ張っていく。そこで着替えさせるそうだ。
二人が出て行ってから俺も服を着替える。
時刻は午前三時半。
目覚めの鐘までまだ時間がある。
普段ジネットが起きる時間だ。この時間に起きないと、日没までに三十五区にたどり着けないのだ。途中で屋台販売もするしな。……かなりハードスケジュールなのだ。
テキパキと着替えを済ませ廊下に出ると、ちょうどエステラたちも出てくるところだった。
「留守中、しっかり頼むな」
「うん。任せておいて」
「お任せください。ヤシロ様のベッドは私がくんかくんかし尽くしておきます」
「こういう変なヤツが潜り込まないよう、留守をしっかり頼む」
「うん、任せておいて。そこだけは確実に!」
俺とエステラがやたらと強い握手を交わす。
身内に危険人物がいるって、大変だな、しかし。
陽だまり亭の留守はエステラが見ておいてくれることになった。
とはいえ、四十二区でのことだ。さほど心配はしていない。
怖いのは自然発火とか、天災だが、まぁ、それも無いだろうな。エステラに頼んでおくのは念のためだ。
階段を下りて中庭に出ると、ロレッタが井戸の水を汲み上げていた。
「一気っ! 一気っ! 一気っ! 一気っ!」
「や、やめてです!? この桶一杯の水はどう頑張っても無理ですよ!?」
「禊っ!」とか言って頭からばしゃーっと被るような素振りもない。
一体、何をやっているというのだろうか?
「何してんだ?」
「へ? 顔を洗う水を汲んでるですよ?」
「うっわ! 普通!」
「い、いいじゃないですか!? 普通、いいことですよ!?」
「ヤシロはロレッタに何を求めているんだい?」
何も求めてねぇよ。
ロレッタはこうやって俺に弄られ続ける存在でいてくれれば、それ以上は何も望まん。
「お兄ちゃんがそろそろ起きてくるからって、店長さんに言われたです」
「あぁ、俺のための水なのか?」
「そうですよ。よく冷えてて目が覚めるですよ」
「そっか。ありがとな」
「ヤシロ様用ということは……今陽だまり亭にいる女性陣が素足を一度浸すわけですね」
「……うん? 俺、今からこの水で顔を洗うんだけど」
「だからこそ、素足をっ!」
「エステラ~」
「ごめんねぇ。今手元に鈍器がないんだ」
顔くらい普通に洗わせてくれっつの。
「ナタリアさん。違うです」
水を木桶に移して、ロレッタがナタリアに向き合う。
「お兄ちゃんは、生足はダイレクトにいきたい派の人です」
「なるほど」
「よし、ロレッタ。水を汲んでくれた感謝は今のでチャラな」
礼なんか言うんじゃなかったぜ。まったく。
キンキンに冷えた水を勢いよく顔に浴びせかける。
くぅ…………効くなぁ……
「なぁ。何か拭くものないか?」
「脱ぎたてでもよろしいですか、ヤシロ様?」
「……エステラ」
「ごめんよ……ナタリア、実は昨日から徹夜してて、今、テンションが最高潮なんだよ」
なるほど。どうりで……
しかし、そういう理由なら、こんな早朝に呼びつけた俺にも多少は責任があるか。
今日だけ大目に見てやる。……俺もまだ眠くて、いちいち絡むのも面倒くさいしな。
「申し訳ございません、ヤシロ様」
「いや、まぁ、今日は別にいいよ。気にすんな」
「いえ。脱ごうと思ったら穿いていませんでした」
「お前、ホンット、いい加減にしろよ!?」
濃いんだよ、朝っぱらから!
あぁ、お前は真夜中のテンションなんだっけな!?
このズレは致命的だよね!
「……俺のベッド使っていいから、ちょっと寝てこい」
「しかし……」
「教会でこのテンションはマズい……ガキもいるんだ。頼むから寝てきてくれ」
「では…………ムラムラして眠れるか定かではありませんが……使わせていただきます」
「エステラ。『空き部屋』にこいつを放り込んできてくれ」
「分かった。……世話をかけさせないでよね……もう」
そんなわけで、ナタリアは一時離脱だ。
うん。睡眠って大切なんだな。俺も今度から十分に取るようにしよう。
「ふぅむ……アレが、大人の色香というヤツですね……あたしにはまだ出せないです……」
「アレが出始めたら、お前クビな」
「にょほっ!?」
あんな状態のウェイトレスを店に置いとけるか。
ナタリアは心身ともに限界で、ちょ~っと『素』が出ちゃっただけなんだよ。
………………『素』が、アレなのかぁ……
なんだか、悲しい現実を目の当たりにし、俺は桶の水を畑に撒いてから厨房へと入った。
「ヤシロさん。おはようございます」
厨房では、いつものようにジネットが包丁を握り野菜を刻んでいた。
こいつは屋台で販売する食べ物の下ごしらえだ。
「顔が濡れてますよ?」
「あぁ……これはな」
「脱ぎたてで拭こうとしたですけど、残念ながら穿いてなかったです」
「……へ?」
意味が分からず目を丸くするジネット。
うん。あのな……とりあえず、残念なのはお前の頭だよ、ロレッタ。
「タオルあるか?」
「はい。少々お待ちください」
包丁を置き、ぱたぱたと駆けていく。
甲斐甲斐しいなぁ。……みんながこうなら、物凄く過ごしやすいのに。せめて、無駄に突っ込まなくてもよくなればかなり楽なのに…………
「はい。どうぞ」
「悪いな」
「いいえ」
「そういえば、マグダは?」
「表へ出てますよ。なんでも、天気が崩れないか見張るんだそうです」
くすくすと、ジネットが笑う。
浮かれるマグダが可愛くて仕方ないのだろう。
手伝うことはいくらでもあるだろうに、好きにさせているようだ。
「いや、見張ったところで……なぁ?」
「いいじゃないですか。ずっと楽しみにされていたんですから」
俺のタオルを受け取りつつ、食堂の方向へ……いや、マグダのいる庭の方向へ視線を向ける。
どれ。朝の挨拶でもしに行くかな。
早朝に活動的なマグダなんて、一年に一度あるかないかだからな。貴重な映像を目に焼きつけておかなければ。
「ロレッタ。ポップコーンの確認をしておいてくれるか?」
「はいです! あ、お兄ちゃん。コーヒー飲むです?」
「ん~……じゃあ、頼む」
「わたしもお願いしていいですか?」
「はいです! コーヒー二つ、淹れるです!」
ロレッタはロレッタで、いつにもまして張り切っている。
こいつも遠出はあまりしないからな。
今からそんなに張り切ってると、後半もたないぞ。
なにせ、これからオールブルームの外周をぐるっと半周するんだからな。ずっと立ちっぱなしの歩きっぱなしだ。……ゾッとするな。
コーヒーが出来るまでの間に、マグダの顔を見に行く。
食堂を抜けて、ドアを開け庭に出る。
と……
「…………むふー……」
マグダが屋台の上でまん丸くなって眠っていた。
張り切り過ぎてもう電池切れを起こしているようだ。
おそらく、昨日もあまり眠れていないのだろう。
まぁ、四十区まではマグダも行ったことがあるし、それまでは寝かせてやるかな。
その後が大変になるからな。
…………問題は、材料を大量に積み込んだ屋台を、俺が曳かなきゃいけないという点だな。
一つはロレッタに任せるとして、もう一つは俺が引くことになりそうだ。
「とりあえず、マグダを中に入れるか。さすがに風邪を引いちまう」
「……むふー」
「幸せそうな寝息立てちゃってまぁ……」
「つわものが、夢の中やー」
「ん!?」
マグダが乗っかっていた屋台の下を覗き込んでみると、そこにハム摩呂がいた。
「何やってんだ、ハム摩呂?」
「はむまろ?」
屋台の下から這い出してきたハム摩呂は、手に工具らしきものを握っていた。
「棟梁に言われて屋台の補強してたー!」
「ウーマロに?」
「今日はどーしても外せない用があるから、泣く泣くマグダたんのお供を辞退するってー」
「……いや。そもそも呼んでねぇよ、ウーマロは」
マグダと一緒に遠出したかったのだろうが……仕事しろ、お前は。当然、大工のな。
「ん? ってことは、ハム摩呂は俺たちに付き合ってくれるのか?」
「もとよりそのつもりー! 来るなと言われても付いていく所存ー!」
よし!
こいつは獣人族のパワーを持っているハムっ子だ!
ハム摩呂がいれば俺が楽出来る!
「じゃあ、よろしく頼むぞ、ハム摩呂」
「うんー! 大船への、ご乗船やー! ………………はむまろ?」
どうしても覚えられないのか、その呼び名。
……つか、こいつの本名ってなんなんだろうな? ロレッタまでハム摩呂って呼んでるけども。これ、俺が勝手に付けた名前だしなぁ……
「んじゃ、ハム摩呂。屋台の整備を頼めるか。もうすぐ出発だから、それまでに」
「もう完成してるー!」
でも、ハム摩呂で通じるんだよな……こいつの中の認識はどうなってるんだか。
「マグダ。もうすぐ出発だから、それまで中で寝てろ」
「…………むふ……おんぶ」
「あのなぁ……」
「……おんぶでなければここを動かない所存」
「俺もジネットの手伝いとかあるんだよ」
マグダをおぶっていては、なんの手伝いも準備も出来ない。
そして、マグダは一度背に乗ると、目が覚めるまで絶対に降りない、子泣き爺と化すのだ。
「おにーちゃん! ここに僕がいるよー!」
「おぉっ!? 代わりにやってくれるのか?」
「うんー! 代わりに、おんぶされるー!」
「そっち代わってどうすんだよ!?」
「じゃあ、一緒におんぶされるー!」
「負荷が二倍になったわっ!」
ハム摩呂は、使える人材なのかどうかがイマイチ分からない。
悪いヤツでは、決してないのだが……
「ヤシロさん。準備が整いましたぁ」
「コーヒーもはいったですよ~……って、ハム摩呂がなんでここにいるですか?」
「天使の、護衛やー!」
「あぁ、ウーマロさんからマグダっちょの手伝いをするよう言われてきたですね」
分かり合えるもんなんだな、姉弟って。
いや、ウーマロの病気が知れ渡ってるってことか?
まぁ、どちらにしても残念な知識だな。
「じゃあ、コーヒーを飲んだら出発するか」
「そうですね。何か、軽くお腹に入れておくといいと思いますよ」
「あたしも何か食べたいです!」
「朝一からの、御馳走やー!」
「…………むにゅ。マグダはケーキでいい」
いや、軽い飯を食えってことだよ。
「そうだな。おにぎりでも作るか。ご飯炊いてあるんだろ?」
「はい。今朝の寄付用に」
「この後、屋台のものは食えるが、米は食えないからな。今のうちに食っておこう」
「そうですね。お好み焼きかポップコーンになるでしょうね、この後は」
「じゃあ、あたしも手伝うです! 店長さんがいない間、あたしはおにぎりを握るマシーンになっていたです!」
あぁ……なってたよなぁ、俺と二人で。寄付用に五十人前のおにぎり、作ったよなぁ。
「基本、鮭ばっかりでしたけども!」
「デリアさんも、手伝ってくださってたんですね」
まぁ、店の手伝いに来る時に持ってきてくれてたからな。
だが、そうだな……今日は変わり種にしてみるか。
「厨房を使うぞ」
「はい。お手伝いします」
「あぁ! お兄ちゃんと店長さんはコーヒー飲んでてです! あたしがやるですから」
「馬車馬のように働く姉やー!」
「……マグダは、チーズケーキでいい」
「おにぎりですよ、マグダっちょ!? あと、ハム摩呂は手伝うです!」
「はわゎ……強制労働や~……」
折角ロレッタがやる気になっているんだから、やってもらうか。
「んじゃ、俺が具を作るから、握ってくれ」
「はいです!」
熱々のコーヒーを一口飲んでから厨房に入り、バラ肉を細かく刻んで甘辛く炒める。
そぼろもどきだ。
この甘辛いソースの香りが食欲をそそる。
「あはぁ……いい匂いだねぇ」
手のかかる給仕長を寝かしつけてきたエステラが厨房に入ってくる。
手、洗えよ。
いや、別にナタリアがばっちぃって言ってるわけじゃなくて、ここ、飲食店の厨房だからな。
「エステラも食うか?」
「そうだね。もらっておくよ。しばらくは陽だまり亭の味を楽しめなくなるわけだしね」
「しばらくって……明日の夕方には戻ってくるぞ」
「けど、二日間はお休みなんだろう?」
帰ってすぐ営業再開ってのは無理だ。
いや、無理ではないが、かなり厳しい。
下ごしらえも何も出来てない状態だし、体力的にもな。
「本当は、大人様ランチが始まってから休業する予定だったんだがな」
「まぁ、事前に告知もしてあるし、理解は得られていると思うよ」
ルシアたちが陽だまり亭に一泊した翌日から、客に向けて休業の告知を行っていた。
多少不満の声も上がったが、概ね理解を示してくれたようだ。
不満のもとは、主にトルベックの連中……というか、棟梁だったけどな。
あ。あと、イメルダが、「どこでお茶を飲めというんですの!?」とか言ってたっけな。……家で飲めよ。
「ほい、ロレッタ。こいつを具にしてくれ」
「任せるです!」
「ボクも手伝うよ。前からちょっとやってみたいと思ってたんだ」
腕まくりをして、エステラがロレッタの隣へ並ぶ。
……手、洗えよ。服触ったんならな。
「熱っつっ!?」
「むははっ。初心者はよくそれをやるです」
熱々のご飯を手に取り悶絶するエステラを、余裕の顔でロレッタが笑う。物凄く勝ち誇った顔だ。
……お前もつい最近までしょっちゅう同じことをやってたじゃねぇか。何回言っても学習しないヤツめ。
「へぇ……ロレッタ、上手いねぇ。みんな同じ大きさだ」
「えへんです! しかも、これくらいの大きさが食べた充実感を味わいつつも、『もう一個食べたいな』と思わせる絶妙な大きさなのです!」
――と、俺が教えてやったサイズだ。
しかし、慣れってのは凄いもんだな。ロレッタは正確に同じ大きさのおにぎりをどんどん作っていく。
商品たるもの、一定の品質と量を保たなければいけない。
ロレッタ。お前、成長したな。
かつては運ぶしか出来なかったのに。あと、雑談と面白NG集担当くらいしか……
「う~ん……なかなか綺麗な形にならないなぁ……」
「こら、エステラ。あんまりベタベタ触るな。他人が食うものなんだぞ」
「でもさぁ……」
「こうやって、ささっと手早く握るですよ、エステラさん」
エステラに手本を見せるように、綺麗な三角おにぎりを三度ほどで握り上げるロレッタ。手際がいい。
一方のエステラは、まだ一個目のおにぎりをにぎにぎにぎにぎしていた。……粘土遊びか。
「エステラ。一回皿に置け」
「ぅう……失敗しちゃった」
ぼてっと、いびつな形のおにぎりが皿の上に置かれる。
エステラの指の間には米粒がぎっしりついていた。
「おぉっと、舐めるなよ!」
「……へ?」
指についた米粒を口に含もうとしていたエステラを、大慌てで止める。……だから、おにぎりは他人が食うんだっつの。
「唾液まみれの手で握られたおにぎりは勘弁してくれ」
「だっ……そ、そんなベタベタにはしないよっ!?」
唾液は、べったりでもちょっぴりでもダメなんだっつの。
「水で綺麗に洗って、次のおにぎりを作れ。手早くな」
「分かったよ……ったく、細かいんだから」
バカモノ。
飲食店たるもの、衛生面においては極限まで厳しくなくてはいけないのだ。
「熱っつっ!?」
「……学習能力ないのか、お前は」
熱々のご飯を手に、涙目のエステラ。
おにぎりって、割と難しい料理なんだぞ。
かくして、ロレッタの作った普通に綺麗なおにぎりと、エステラの生み出した歪な形の米粒の塊が皿に並べられた。
「お疲れ様です、みなさん」
食堂で、マグダを膝に抱いたジネットが俺たちを迎えてくれる。
マグダはすやすやと眠っていた。
「結構数があるから、包んでおいて、あとでマグダとナタリアにも食わせてやろう」
「はい。そうしましょう」
「……ナタリアの分、いるかなぁ」
朝から苦労を強いられたエステラは否定的だが、食わせてやれって。
一番の被害者である俺が言ってるんだからよ。
「では、いただきましょう」
「あっ! こっちの変なのは自分で食べるから。みんなはロレッタの普通のヤツ食べてね」
「なんで普通ですか!? 『綺麗で美味しそうなヤツ』ですよ!」
「あぁ、うん。その綺麗で美味しそうなヤツ、食べて」
失敗したのが結構ダメージになっているようだ。
気にするこたねぇのに。初めてなんだから。
「んじゃ、美味そうな具が入ったユニークな方をもらおうかな」
「あっ、ヤシロっ!?」
エステラが自分の前に避けた歪なおにぎりの中から、最初に生み出されたごてごてのヤツをひょいと摘まみ上げる。
一瞬、阻止しようとエステラの手が伸びるが、それよりも早くおにぎりを口に頬張る。……うん。固い。米が潰れて餅状になっている。口当たりも悪くて舌の上でザラつくぜ。
……だが。
「初めてにしちゃ、上出来だ」
「ぅ……もう。無理して食べなくてもいいのに……」
「うふふ……ヤシロさんは、いつもそうなんですよ」
嬉しそうな顔で言いながら、ジネットもエステラの作った歪なおにぎりを一つ手に取る。
「あっ、ジネットちゃんまで!?」
エステラの制止がかかる前に口へと含み、もぐもぐとゆっくり咀嚼する。
「……はい。第一段階は合格です」
「だ、第一段階……?」
ジネットの言う、料理の第一段階。それは……
「気持ちがしっかりとこもっています」
食べる人を思い、気持ちを込めて作ること。――らしい。
「採点が激甘だよ……」
照れながら、エステラが呟く。
何を今さら。ジネットだぞ? 砂糖大根を上回る糖分を内包している唯一の生物なんだぞ、こいつは。
「きっと、ヤシロさんがうつっちゃったんですね」
「はぁ?」
なんで俺? 言いがかりだろう。
「ヤシロさんは、誰かが初めてのことに挑戦すると、必ずご自分で食べ、確認して、自信を与えてくださるんです。ですよね?」
と、質問を向けられたのはロレッタだった。
一瞬の間……少し考えた後、ロレッタは大きく頷いた。
「はいです。あたしが酷い失敗作を作っても、お兄ちゃんはちゃんと食べてくれるです」
「いや、それは、食いものは粗末にしちゃいけないから……」
「凄く、嬉しいです!」
「…………」
こいつらは……何を勘違いしてやがるんだか。
別にお前らを喜ばせるためにそうしてるわけじゃ…………あぁもう! そんな目でこっちを見るな!
「ふん! ……形は悪いが、具は美味いからな」
「それは、自分を褒めているのかい? それとも、照れ隠しかな?」
やかましいわ、エステラ。
こんな歪なおにぎりを作りやがって。ぶきっちょさんめ。
「お兄ちゃんがちゃんと食べてくれるから、『よし、次こそもっと上手くやるです!』って思えるです」
「作ったものを、きちんと食べていただけるって、嬉しいですよね」
「うん。確かにね。……へへ」
なんだか嬉しそうな顔をした三人がこっちを見てやがる。
やめろ。飯くらい気分良く食わせてくれ。
……まぁ、エステラが落ち込んだ顔から笑顔に戻ったなら、それでいいけどな。
「僕も、食べるー!」
俺たちのマネをして、ハム摩呂も最後の一個となったエステラ作の歪なおにぎりを手に取る。そして一気に頬張る。
「最悪の、口当たりやー!」
「君は正直だよね、ハム摩呂!? いや、こんなのを作ったボクが悪いんだけどさっ!?」
「嫁のもらい手の、ピンチやー!」
「そ、そんなことっ、な、ななな、ない…………よね?」
いや、俺に聞かれても。
とりあえず、こっち見ないでくれるか、エステラ。
「第二の、キツネのお姉さんやー!」
うん、ハム摩呂。
今の言葉、ノーマの耳に入ったら酷い目に遭うからな? 二度と口にするな? な?
「それじゃあ、エステラさんの面白おにぎりもなくなったですし、あたしのおにぎりを食べてです!」
「いや、その通りなんだけど! 君もサラッと毒吐くよね、ロレッタ!?」
ロレッタが嬉しそうに皿を突き出してくるので、おにぎりを一つ取り、口へと運ぶ。
咀嚼…………うむ。
「普通」
「はい。普通に美味しいです」
「確かに、普通だね」
「史上最強の、普通やー!」
「なんでですか!? 普通じゃないです! 超美味しいですよ!」
具が同じだから、新鮮さもないし、何よりおにぎりは普通に美味いものだからな。
「普通じゃないです! 特別美味しいですー!」
そんなロレッタの声を聞きながら、俺たちは普通に朝食を済ませた。
いつもありがとうございます。
先日編集様から、
書籍版『異世界詐欺師のなんちゃって経営術‐爆乳・宇宙へ‐』(あ、こんなサブタイ付いてなかったっ!?)の
イラストを担当してくださるファルまろ様が、
これを読んでいる……かも? 的な?
そんな情報をいただきまして…………
やばい。
ファルまろ様をハム摩呂呼ばわりしていたことがバレないようにしなければ……
ロレッタ「ハム摩呂を捕まえて納屋にでも隠しておくですっ!」
ハム摩呂「ふぁるまろ?」
ロレッタ「しぃー! 言ってないです! あんたはハム摩呂ですっ! ちょっと名前が似てるだけです!」
ハム摩呂「僕のイラスト、心待ちー!」
ロレッタ「あんたは確実に1巻には出て来ないですよ!? まだまだ先です!」
ハム摩呂「打ち切りの場合、登場せずやー……」
ロレッタ「縁起でもないこと言わないでですっ!?」
だ、大丈夫っ!
関係者各位、あとがきなんか読んでないに違いないっ!
……と、思いたい。
いえ、ほら。
編集様とかに直接お会いする時は、私真面目っ子なので……真面目っ子ぶっているので。
そんなわけで、
私が得た『異世界詐欺師のなんちゃって経営術‐パイスラ・永遠へ‐』(あ、こんなサブタイ付いてなかったっ!?)の
情報をちらほらお伝えしていきます!
詳細はまだ未定なままでしたが、
WonderGOO様の取扱カテゴリ内にある『特典情報』のページの、
『2016/04/28発売』のところに、本作の名前がっ!!
なにか、特典が付くようですよっ!?
WonderGOO様は、過去の作品でも、表紙だったり口絵だったりを、
他とは違うWonderGOO様ならではの仕様で素敵なポストカードにしてくださっていまして、
今回も素敵なものになるに相違ないと、確信しておりますっ!
詳細は、まだ載ってませんけども、何か付くっぽいですよ!!
店舗特典など、情報が出ましたら随時お伝えしていきますっ!
普段エゴサーチ的なことは一切しないのですが(……いや、ほら「つまんない」とか「キモい」とか「お前は父さんの本当の子じゃない」とか書かれてるとヘコむじゃないですか……)
この時期はガンガン調べ捲りで最新情報をお伝えしていきますよっ!
そんなわけでSSですっ!
今回はなんだか近しいものを色々絡めて……
2016年 03月 25日 01時 19分R様から
2016年 03月 28日 21時 15分S様のをからめつつ
2016年 03月 29日 21時 55分O様の成分を含んだお話です。
おばさ…………ノーマのお話ですっ!
――ノーマの店・工房
ヤシロ「ノーマ~!」
ノーマ「おや、ヤシロじゃないかさ。どうしたんさね、アタシに何か用かぃ?」
ヤシロ「これ、レジーナからの手紙(手紙を差し出す)」
ノーマ「レジーナがアタシにかぃ? なんだろぅね。(手紙を受け取り)……なになに。『ヤシロに危険な薬を飲ませた。要注意』…………って!?」
ヤシロ「ノーマっ! 尻尾をもふもふさせてくれぇいっ!(飛びかかる)」
ノーマ「ちょぉおおおおいと、待ちなっ!?」
――ノーマ、煙管でヤシロの眉間を「こつーん!」ヤシロ「どぅっ!」そのまま眉間を押さえて蹲る
――よく見ると、いかにも怪しそうな花がヤシロの頭に生えている
ノーマ「……これがヤシロに悪さをしてるんさね……まったく。レジーナのヤツは……ん? ヤシロ、いつまで蹲って……?」
ヤシロ「(おでこを押さえて)……みぃ、みぃ……いたいぉう…………」
ノーマ「ちょっ!? なにも泣くことないさね!? だ、だいたい、あんたがいけないんさよ! きゅ、急に変なことをしようとするから…………」
ヤシロ「(おでこを押さえて)……みぃ、みぃ……」
ノーマ「ぅ……うぅ…………あぁ、もう! 悪かったさよ。アタシも、ちょっとやり過ぎちまったさね。だから、ほら……泣き止んでおくれな……(ヤシロの頭をなでなで)」
ヤシロ「……キラーン」
ノーマ「……へ?」
ヤシロ「(ガバッとノーマの腰に抱きつく)キツネっ娘、ゲットだぜっ!」
ノーマ「嘘泣きだったのかぃ!?」
ヤシロ「ううん! ガン泣き!(ヤシロ、目が真っ赤)」
ノーマ「なのに、この身の代わりよう!? あんた、どんだけエロに素直なんさねっ!?」
ヤシロ「ノーマっ!(急に真面目な顔『きりっ!』)」
ノーマ「な……なん、さね……てか、離れておくれでないかぃ…………さ、さすがに、恥ずかしいさね」
ヤシロ「……お前の尻尾を、モフりたい(キリッ!)」
ノーマ「ま、真面目な顔で変なこと言わないでおくれなっ! ア、アタシは……そんな、だれかれ構わず触らせるような、安い女じゃないんさよ……いい加減、離しておくれな……(もじもじ)」
ヤシロ「じゃあ、また、煙管で殴ればいい」
ノーマ「そ……そんなことしたら、あんた、また泣くじゃないかさ……」
ヤシロ「泣かせばいい」
ノーマ「う…………あ、あんた、わざとそういうこと言ってるさね? アタシを困らせて楽しいんかぇ?」
ヤシロ「……ノーマ」
ノーマ「な…………なんさよ?」
ヤシロ「尻尾を……モフりたい」
ノーマ「………………しょ、しょうがない……さね(顔『真っ赤』)け、けど! ちょっと! ほんのちょっとだけ、だからね…………」
――ノーマ、尻尾をヤシロの前に「ふぁさぁ」と出す
ノーマ「あ、で、でも……ホント、恥ずかしいから……優しく、さよ?」
ヤシロ「うん! 無理っ!(尻尾『むぎゅっ!』『わーしゃわしゃわしゃわしゃ!』)」
ノーマ「にゃぁぁぁああっ!?」
ヤシロ「よーし、よしよし! よーしよしよし!」
ノーマ「ヤ、ヤシッ……ヤシロッ! ちょっ、ちょっと……ま…………待っ……てっ!(ちょっと色っぽい声)」
ヤシロ「あ~…………むっ!(尻尾『ぱくー!』)」
ノーマ「ぅにゃぁぁあっ!? た、食べちゃ、ダメ……さねぇ~っ!?」
ヤシロ「もぐもぐ……」
ノーマ「ふ…………っ、くっ…………ヤシロ……ちょっと……ほんとに……まって…………」
ヤシロ「うむ。あんまり楽しくない!」
ノーマ「それはあんまりなんじゃないかぃ!? アタシがこんなに恥ずかしい思いしてるってのに!?」
ヤシロ「おっぱいの方がいい! おっぱいモフりたい! 薬のせいで!」
ノーマ「あんたそれ、薬関係ないくいつもじゃないかぃ!」
ヤシロ「…………みぃ、みぃ……」
ノーマ「もうその手は通用しないさよっ!?」
ヤシロ「…………しょぼん……」
ノーマ「う…………っ。ダ、ダメ……に、決まってるさね……あんただって、それくらいの分別はあるだろぅ?」
ヤシロ「…………いじいじ……」
ノーマ「うぅ…………可哀想……じゃ、ない…………さね……っ!」
ヤシロ「…………る~るるる~……」
ノーマ「物悲しいメロディが心を掻き乱すさねっ!? その歌やめておくれでないかぃ!?」
ヤシロ「…………ぼく、いらないこ……」
ノーマ「そんなことないさよっ!? ヤシロは必要さよ、みんなにとっても…………ア、アタシに、とっても……(ちょっと照れ)」
ヤシロ「…………じぃ(うるうる)」
ノーマ「う………………しょ、……しょうが、ない…………さね…………っ」
ヤシロ「(きゅぴーんっ!)」
ノーマ「ちょ、…………ちょっと、だけ……さよっ!」
――ノーマ、胸をヤシロの前に突き出す
ノーマ「さ、さぁ! さっさと触っておくれな!」
ヤシロ「………………」
ノーマ「…………」
ヤシロ「……」
ノーマ「……ど、どうしたんだい? 触らないのかい?」
ヤシロ「ノーマ」
ノーマ「な、なんさね?」
ヤシロ「お前、何やってんの?」
ノーマ「あんたがやらせたんさよ!?」
――ヤシロの頭に生えていたいかにも怪しい花が枯れ落ちている
ヤシロ「……気持ちは嬉しいんだが…………あの、あんまり焦るな? きっと大丈夫だから」
ノーマ「優しい言葉をかけんじゃないよ!? あんたがおかしくなってたから、しょうがなく協力してやっただけさね! ……むっぁぁあああ! もう、治ったんならさっさと帰っておくれなっ!」
――ノーマ、ヤシロの背中を押して店の外へ押し出す
ヤシロ「そっか。協力してくれてたのか」
ノーマ「そうさよ! だから、ふ、深い意味とか、全然ないんさよ! さっさと忘れておくれ……!」
ヤシロ「いや。覚えとく」
ノーマ「またそうやって……いつまでもアタシをからかうつもりさねっ!?」
ヤシロ「そうじゃなくて……」
――ヤシロ、振り返りノーマの頭をぽんぽん。ついでにキツネ耳をそっと撫でる
ヤシロ「お前はいつも俺のために頑張ってくれるからな。ちゃんと覚えておいて、いつかきちんと礼をさせてもらうよ」
ノーマ「…………ほぇ……っ?」
ヤシロ「その……悪かったな。随分と変なことをさせちまったみたいで」
ノーマ「え…………(思い出してほっぺた『かぁぁっ!』)い、いいんさよ! 悪いのはレジーナの薬だからっ! あ、あとでとっちめといてやるさよ、あんたの分もまとめて! だ、だから…………ヤシロは、もう、あんま考えないでおくれ……でないかぃ」
ヤシロ「分かった。んじゃ、任せるわ(キツネ耳『なでなで』)」
ノーマ「……ぅん。任される」
ヤシロ「(キツネ耳『なでなで』)」
ノーマ「……あの、ヤシロ………………恥ずかしい、んさけど?」
ヤシロ「ん? あっ! 悪い! つい癖で」
ノーマ「マ、マグダの耳をモフり過ぎなんさよっ! も、もう! ヤシロは!」
ヤシロ「でも、お前の耳も気持ちいいな」
ノーマ「――っ!? …………じゃ、じゃあ………………また、今度……ゆっくりモフりにくれば…………いぃ……さょ」
ヤシロ「おう。んじゃ、また今度。そうさせてもらうわ! じゃあな。俺仕事の途中だったんだよ」
ノーマ「ぅ、うん……それじゃあ。仕事、頑張って……ね」
ヤシロ「おう! 行ってきます!(手を振って去っていく)」
ノーマ「…………ばいばい」
――ノーマ、ヤシロの背中を見送った後、その場にへたり込む
ノーマ「…………それはズルいさね。まるで…………アタシんとこに帰ってくるみたいな出て行き方じゃないかさ………………もう、ヤシロは…………もうっ」
――キツネ耳『ペターン』尻尾『わっさわっさ』顔『真っ赤』と忙しないノーマなのでした。
分かりました!
私がもらいます!
ノーマたん、お持ち帰りでお願いしますっ!
…………はっ!? すみません、取り乱していました。
次回もよろしくお願いいたします。
宮地拓海




