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異世界詐欺師のなんちゃって経営術  作者: 宮地拓海
後日譚

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後日譚18 ルシアとギルベルタ~時々ニワトリ~

 鬼の形相で、ルシアが陽だまり亭へと乗り込んできた。

 ……領内を空っぽにして、何してんだよお前ら。


「ギルベルタ! 無事だったか!」

「無事です、私は。何もありません、問題は」


 ルシアは店内へ駆け込むと、一直線にギルベルタへと駆け寄り、激しい抱擁をする。

 骨が軋みそうなほど、力強い抱擁だ。

 見方を変えたらサバ折りだな、これは。


「しかし、どうしてここへ、ルシア様は?」

「エステラの使いから手紙をもらい、詳細を知らされたのだ」


 ルシアが懐から、エステラの家の紋章が描かれた手紙を取り出す。物凄い力で握り潰した跡がくっきりとついていた。くっしゃくしゃだ。

 エステラが早馬を使って超特急で手紙を送った手紙がアレなのだろう。

 本当に早く届けてくれたようだ。

 まさか、そのせいで今日のうちに乗り込んできてしまうとは思いもしなかったが……


「心配をおかけしましたか、私は?」

「無論だ! 私がどれほど心を痛めたかっ!」


 ギルベルタの髪に顔を埋めるように、ルシアはその身を抱き寄せる。

 語尾が掠れて、悲痛さが伝わってくる。


「心から謝罪します、私は。やるべきことの手順を間違えたと、指摘されて初めて気付きました、愚かなる私は」

「よい。……もう、よいのだ。お前がこうして無事でいてくれたならば」

「見誤っていたようです、私は、大切なものの順番を」

「うむ……お前は真っ直ぐで、少しばかり素直過ぎるところがあるからな。道を誤ることもあるだろう」


 会えなかった分を取り戻すかのように、ルシアはギルベルタの体を抱きしめ密着する。頬をすりすりこすりつけ、髪の香りをくんかくんかしている。……ってこら、変質者。


「使いからの手紙には、お前が一人でここへ来たことも、その理由も、事細かに書かれていた」


 そんなことを言いながら、ギルベルタの触角に手を伸ばすルシア。

 だが、ギルベルタが巧みにそれを回避する。やはり、無断で触らせるようなことはないようだ。


「その手紙を読んで、私は理解したのだ……悪いのはすべて、あのカタクチイワシだっ!」

「なんでそうなる!?」


 いや、そうなるだろうなぁとは思っていたけどな!

 ギルベルタがこっちに来た理由も事細かに書いてあったんだよね!? ちゃんと読んだ!?


「どんな理由があろうと、たとえギルベルタや私の好む者たちに責があろうとも……私は気に食わないヤツに罪をなすりつけるっ!」

「物凄く最低なことを、堂々と宣言するなよっ!」


 怖ぇ! この人、マジ怖ぇ!

 エステラが言ってた意味とはまったく違う意味で怖ぇ!


「悪くない、友達のヤシロは」


 威厳もへったくれもないルシアから理不尽な視線を浴びせられる俺を庇うように、ギルベルタが静かに俺の前へ体を割り込ませてくる。小さくも逞しい背に庇われる。


「とも……だち?」

「そう。友達になった、私と、友達のヤシロは。友達のジネットもそう」


 キッと、鋭い視線が俺を射抜く。

 ……怖い目で見んじゃねぇよ。


「悪く言わないでほしい、私の友達を」

「…………そうか」


 ルシアの手に力が入り、拳が握られる。

 ギルベルタの真っ直ぐな言葉を向けられれば、認めざるを得ないのだろう。


「では、無言で殴るとしよう」


 なんにも認めてねぇな、こいつは!?


「それならば問題ない思う、私も」

「思うなっ!」


 問題ありまくりだわ!


「貴様がそそのかしたせいでギルベルタが無断外出などをしたのだろうに!」

「俺のせいじゃねぇわ!」

「では、誰が悪いというのだ!?」


 そこら辺のことは手紙に書いてあったんじゃねぇのかよ!?

 都合よく読み飛ばしてんじゃねぇだろうな。……ったく、しょうがねぇなぁ。


「こいつの母が、『友達は大切にしろ』って言ってたから、領主よりも友達を優先させちまったんだよ!」

「私より、貴様が大切だというのか!?」

「だから! 苦労してそこら辺をちゃんと説明してやったんだよ! 今ではもうそんな極端な発想は持っちゃいないと思うぞ」


 詰め寄ってくるルシアを宥め、揃ってギルベルタへと視線を向ける。

 俺たちに見つめられる中、ギルベルタははっきりと首肯する。


「うむ。話を聞いてきちんと理解した、私は。大切なものを見誤ることはない、これからは、私は」

「そうか……」


 ほっと息を漏らし、俺から距離を取るルシア。

 なんにせよ、これで今回のドタバタは解決だろう。ルシアがギルベルタを連れて帰ってくれれば、お泊まりの話も立ち消えになる。

 陽だまり亭に平和な夜が戻ってくるのだ。


「私が一番」


 突然、ギルベルタが自身の胸を押さえてそんな言葉を口にする。

 途端……なんでかな…………背中にいや~な汗がじったりと滲み始めた。


「友達のヤシロが二番。友達のジネットが三番で……」


 俺、ジネットと指を差し、そして最後にルシアをビシッと指さす。


「四番目に大切、ルシア様は」

「カタクチイワシッ!」

「なんで俺に怒るんだよ!?」


 折角離れていったルシアが再び強襲してくる。

 あぁ、もう、面倒くさい!


「しかし、職務はきちんと遂行する、私は! 今のは、心の順位」

「職務などどうでもいいから、心の順位を上げてくれっ!」

「いや、職務はどうでもよくねぇだろ……」


 なんだろ……全然関係ないのに、三十五区の未来が凄く不安になってきた。

 エステラ。同じ領主として何か言ってやれよ……的な視線を向けたら即座に逸らされた。


「こんばんは~。ねぇ、ヤシロいる~?」


 とことんカオスに振り切っている陽だまり亭に、空気も読まずに新たな来客が顔を出す。

 夜でも元気に活動しているニワトリフェイス、ネフェリーだ。


「わっ……綺麗な人…………」


 店内に立つルシアを見て、ネフェリーが思わず零れ落ちたという風な呟きを漏らす。

 そして、ギルベルタに視線を移し、「あ、巨乳……」と漏らす。


「ヤシロ。いつの間にこんな美人と巨乳と知り合ったのよ?」


 美人『と』巨乳ってところがみそだな。

 美人『の』巨乳ではない。


「やはり……おっぱいの話から会話が始まる、四十二区の住民は」

「あ、あの、ギルベルタさん!? ご、誤解です……よ?」


 ジネットが懸命に四十二区の『おっぱいの街』化を防ごうとしている。が、自分でもちょっと自信を失いかけているようだ。


「カタクチイワシよ。一体誰なのだ、この……」


 ルシアの鋭い視線に睨まれ、ネフェリーは堪らず身を縮める。

 怯えたような表情でルシアを見つめるネフェリー。


 ルシアの背中から、威厳あるオーラが湧き立っていく。


「獣特徴が出まくりの絶世の美女はっ!?」

「お前は趣味に走る瞬間にためらいを一切感じないんだな。ちょっと尊敬するわ」


 ルシアを取り巻いていたオーラが一瞬で若干ピンク色に染まった。……気がした。


「かわゆすっ! いとかわゆすっ!」


 だから、それやめろっつうのに。


「お嫁さんにしたい女子、今期ナンバーワンだ!」

「えっ!? 私が!?」


 どうやら、ルシアの中のランキングでトップに躍り出たらしい。

 わぁ~、全然凄さが伝わってこな~い。


「ど、どうしよう、ヤシロ!? ねぇ、どうしよう!?」

「いや、俺に聞かれても……」


 嫁にでも行けばいいんじゃね?

 その際は、パーシーがなんだか拗らせたような抱腹絶倒ラブストーリーを展開してくれることだろう。


「ト、トサカをっ、トサカをぷにぷにさせてはくれないだろうかっ!?」

「え、いいい、いや、あの、ここ、困ります!」

「そう言わずに!」

「ね、ねぇ、ヤシロッ。この人一体なんなの!?」

「三十五区の領主だ」

「えぇぇぇえっ!?」


 くちばしが「パッカァー」と開く。

 そりゃ驚くよな。四十二区よりずっと上の区の領主が、こんなところで変態を拗らせていたらな。うんうん、誰でも驚くし、身の危険を感じたら三発くらいぶん殴るよな。


「もう! どうしてヤシロはそうやって凄い人ばっかり寄せ集めちゃうの!?」

「俺に聞くなっつの」

「もう、なんていうか、ヤシロは周りに凄い人が続々と集まってくる星の下に生まれたのね」

「やめてくれ、マジで……」


 言葉にするんじゃねぇよ、そういうことを。呪いにでもかかりそうだ。

 面倒事が向こうから群れをなしてやってくる呪いにな。

 言霊って、結構バカに出来ないって言うぜ?


「カタクチイワシよ」


 鼻息荒く、ルシアが俺に詰め寄ってくる。


「こんな夜半にうら若い乙女を呼びつけるとは何事だ!?」

「俺が呼んだんじゃねぇよ」

「変質者に目をつけられでもしたらどうするっ!?」

「たった今目をつけられたっぽいけどな、ここで」


 ネフェリーもとんでもない時に来ちまったもんだな。


 つか、ギルベルタ。

 おたくの領主が痴態をさらしまくっているんだが、止めなくていいのか?

 あぁ、言われてないからやらないのか。現代っ子だねぇ。


「トサカの乙女よ。このような時間にこんな男のもとに来てはいけない。間違いが起こっては事だぞ」

「そ、そんなっ!? ヤシロと私がそんなこと…………あるわけ、ない、よね?」


 うん、ないよ。ないない。

 だからニワトリみたいな顔でこっちをジッと見ないでくれるかな? 瞬きしろな、定期的に。


「でも、まぁ……夜道は気を付けろよ。ネフェリーがか弱い乙女だってのはホントなんだし」

「へ……っ?」


 空気が漏れたような音を漏らし、顔を真っ赤に染めて、酸欠でも起こしたのかくちばしをぱくぱくさせていた。……本当に漏れてんじゃないだろうな、空気?


「ヤ、……ヤシロって、私のこと、そんな風に見てくれて…………たの?」


 ん?

 何言ってんだこいつ?

 ニワトリみたいな顔して。


 獣人族ではあるが、ネフェリーは力が強いというわけではない。

 戦闘力で言えば俺とさほど変わらないレベルだ。つまり、四十二区の最底辺と言える。……悪かったな、最底辺で!? 誰が最底辺だよ、まったく……


「で、何しに来たんだ? 何か用があるのか?」

「あ、うん。今日は、ボディーガードだよ」

「ボディーガード?」


 言われて辺りを見てみるも、ネフェリーに連れはいない。


「誰を連れてきたんだよ?」

「え? あれっ、いない!? なんで?」


 キョロキョロと辺りを見渡すネフェリー。

 付いてきていると思っていたのか? ボディーガードとして機能してねぇじゃねぇか、それ。


「おかしいなぁ。さっきお店で話してたら、『陽だまり亭に行きたい』って言うからさぁ。でも暗くなると危ないじゃない? 特にあの子、小さいし。あの辺りはまだ光るレンガ設置されてないしさ」


 辺りを探しつつネフェリーが話を進める。主語を言えよ、主語を。

 が、それだけ情報がもらえれば十分だ。

 だから、店内に入ってこなかったのか。知らない人がいたもんなぁ。……しょうがない、迎えに行ってやるか。


 俺は、ネフェリーとルシアの間を通り、手紙を出さなくてよくなり再び近場の椅子に座り直しているエステラとナタリアの傍を素通りして、ドアを開ける。

 庭へと出ると、空はもう薄暗く、レンガが眩い光を放ち始めていた。


「おい」

「みゅぃっ!?」


 陽だまり亭の庭の木の陰に小さな少女が身を隠していた。


「ミリィ。怖くないから、入ってこいよ」

「ぁ……てんとうむしさん…………びっくりした」


 知らない人間がいて、ミリィは怖くなって入ってこられなかったのだろう。

 まだ人見知り治ってなかったんだな。


「ぁの……中にいた人たち……」

「大した連中じゃねぇよ。三十五区の領主とそこの給仕長だ。エステラとナタリアみたいなもんだから気にする必要ないぞ」

「た、大した人たちばっかりだよぉ……っ」


 そうか?

 どいつもこいつも、揃いも揃って変態ばっかりだぞ?


「オイッ、カタクチイワシッ!」

「ひゃんっ、てんとうむしさんっ!」


 俺が優しく語りかけてミリィを落ち着かせているというのに……。空気を読めないルシアが大声を張り上げてドアを乱暴に開けたりするから、ミリィがビックリして俺にしがみついてきた。泣きそうになってんじゃねぇか。


「ん? てんとうむし?」

「ぇ? か、かたくち、いわし……?」


 いや、俺、そのどっちでもねぇんだけどな。


「なんだよ、ルシア。脅かしてやるなよ」

「話の途中で席を外すとは何事だ! 戻れ!」


 その話、思いっきり脱線してたじゃねぇかよ。


「ところで、誰だ、その小さな少女は?」

「ん? あぁ、こいつは……」

「あ、ミリィ。そんなところにいたんだ」


 俺の背に隠れるミリィを紹介しようかなというタイミングで、ルシアの後ろからネフェリーが顔を出してきた。

 ネフェリーの声を聞き、俺の肩越しに顔を覗かせるミリィ。頭の上で大きなテントウムシの髪飾りが揺れる。

 それに合わせて、二つの触角もぴよんと揺れる。


「お嫁さんにしたい女子、今期ナンバーワンだ!」

「あれぇ!? 私ランクダウンしてるっ!?」


 先ほどまでナンバーワンだったネフェリー、まさかのランクダウン。

 ギルベルタもそうだけど……三十五区の人間は目の前の物しか見えない町民性でも持ってるのか? 周りにいる人間への配慮が欠けまくりだよな。


「カタクチイワシ! そのプリティな娘をくれ!」

「なんだろう。俺、毎秒お前のことを尊敬出来なくなっていくよ……」


 エステラの前情報、全然当てにならねぇな。

 つか、ルシアは四十二区に住んだら、三日と持たずに心臓破裂するんじゃないだろうか?


「この娘が、先日話した花のスペシャリストだ」

「おぉ、そなたが。……うむ。分かるぞ。花を愛するピュアなハートが表情に表れているようだ。いとかわゆすっ!」


 最後の一言で台無しだな。

 途中まではそういうのって見る人が見れば分かるんだなぁとか思ったのに。こいつ、単にミリィを褒めたいだけだ。マグダを前にしたウーマロレベルの判断力しか持っていない。

 つまり、なんでもいいんだよ、可愛ければ。


「ぁ、ぁの……なんの、ぉはなし?」

「あぁ。三十五区には、美味しい蜜が飲める花園があってな」

「はなぞのっ!?」


『花園』というワードに、ミリィがいつになく過敏な反応を示す。


「ぃいなぁ……見てみたいなぁ……花園かぁ…………」


 頬に手を添えてぽや~んとした顔で、うっとりと虚空を見つめる。

 ミリィがこんな表情を見せるのは珍しい。

 様々な花が咲き誇る花園は、ミリィにとっては楽園かもしれない。


「是非見に来るといい」

「ぇ……でも……三十五区は、遠いし……」

「明日、この者たちが三十五区へ来ることになっている。その際、馬車に同乗してくればよい」

「ぇ……でも…………」


 ちらりと、俺を窺い見るミリィ。

 その瞳を見る限り、「行ってみたい」「見てみたい」と思っているのは間違いない。


「明日、仕事を休めるか?」

「ぇ…………ぁ、ぅん。ギルドの人にお願いして代わってもらうことは……できる……、けど……」

「じゃあ、一緒に行かないか? 俺と、ジネットと、エステラと、四人で」

「…………ぃいの?」

「当たり前だろう」


 俺が言うと、ジネットがふわりと頷く。その隣ではエステラが微笑んでいる。

 エステラの馬車なら、四人乗っても大丈夫だ。今回はルシア直々に「少人数で」という条件がつけられている。ナタリアは置いてくつもりだ。

 ミリィが乗るスペースは確保出来る。


 最悪、膝に乗っけていってもいいしな。ミリィなら大丈夫だろう。

 いや、むしろそこは積極的に……


「私が馬車を出す。車内では、なるべくこのカタクチイワシと距離を取って座るといい。ばっちぃからな」

「誰がばっちぃか、こら」


 もう、領主だからって容赦しねぇぞ。いや、最初からしてなかったけど、もう欠片も遠慮しない。こんだけケンカ売られりゃ何をしたって心なんか痛むもんか。


「そう言うわけだから、カタクチイワシよ」


 ルシアの表情が引き締まり、領主の威厳を放ち始める。

 鋭く研ぎ澄まされた視線が俺へと向けられる。


「ウェンたんも連れてくるように!」

「威厳台無しだな!?」


 どんだけ気に入ったんだよ、ウェンディ!?


「明日、貴様らに会わせる人物には、是非会っておいてもらいたいのだ。人間と結婚をしようとしている亜系…………もとい、虫人族の彼女にはな」


 ルシアは自ら進んで「亜系統」や「亜種」という言葉を使わないようにしようとしているらしい。

 そういう意識の変化が、これから先の世界にきっといい影響を及ぼすことだろう。

 こいつも変えたいと思っているのだ、古い時代の傍迷惑な遺物を。

 どうにも出来ない、潜在意識に巣食う仄暗い世間の感情を。


「分かった。今から言って話をつけてくる」

「うむ。必ず成し遂げるように」


 それじゃあ、これからちょっと会いに行くかな。

 セロンのところまでなら、道、明るいし。

 でも、念のために。


「エステラ、付いてきてもいいぞ?」

「素直に『お願いします』って言えないのかい、君は?」

「マグダやロレッタは仕事があるんだよ」

「ボクもあるよっ! ……まったく、しょうがないから行ってあげるよ」


 店があるからマグダたちを連れ出すわけにはいかない。

 これから夕飯のラッシュが始まるのだ。


「申し訳ありませんが、私は明日の準備があるためお供出来かねます」


 ナタリアが頭を下げる。

 領主が他区に赴くのだ、何かと準備が必要になるのだろう。

 まぁ、セロンのところに行くだけならエステラと二人でも大丈夫だろう。

 夜道で独りぼっちにさえならなければ、それでいいのだ。


「では、ギルベルタ。私たちは帰るぞ」

「……え」


 ルシアの言葉に、ギルベルタが目を丸くする。

 その驚きが周りにまで感染して、空気が固まる。


「何を驚いているのだ。私はそなたを迎えに来たのだぞ。さぁ、馬車を待たせてある。支度をしなさい」

「いえ……ですが、今日はお泊まりを……私は」

「ダメだ」


 取り付く島もないような断言。

 これは説得してどうこうなる雰囲気ではない。

 そもそも、無断で職務を放棄してここに来ているのだ。領主自ら迎えに来たこの状況で、さらにわがままを通すことは不可能だろう。


「…………」


 それが分かっているのだろう。ギルベルタは俯いて唇を結んだ。

 反論は、出来ない。


「ギルベルタにはしてもらわなければならない仕事が残っている。今日中にな。それはそなたの責任でもある」

「…………はい」


 重い、とても重い声だ。

 絶望感すら滲ませている。


 ギルベルタの隣で、ジネットが泣きそうな顔をしている。

 マグダやロレッタも、何も言えずただ心配するような表情を浮かべるに留めている。


「…………はい」


 もう一度、掠れるような声でギルベルタが返事する。

 二度目の返事は、自分の心に整理をつけた合図なのかもしれない。

 つまり、ギルベルタは諦めたのだ。


 やるせない空気が広がっていく。


「…………ご迷惑をおかけしました、私は。まいりましょう、馬車へ」


 ……ったく。

 どうして俺の周りにはこう手のかかるヤツばっかりが…………


「ギルベルタ」


 俯いたまま歩き出したギルベルタを呼び止める。

 立ち止まるも、こちらへは振り返らない。振り返ると、未練が残るとでも思っているのだろうか。

 構わずに、ギルベルタの背中に話しかける。


「今度はちゃんと招待してやるよ」


 首が微かに跳ね、曲がっていた背筋がゆっくりと伸びる。


「そ、そうです! きちんとご招待しますので、その際はお仕事を終え、後顧の憂いなく、是非遊びにいらしてください」

「……ご招待…………してくれるのか、友達のヤシロと、友達のジネットが」


 微かに首をこちらに向けるギルベルタ。

 表情はまだ見えないが、声は、幾分明るくなっている。


「俺とジネット、及び、陽だまり亭従業員全員からのご招待だ。拒否するような無礼は許さん」

「……友達のヤシロ」


 ようやく、ギルベルタがこちらへ顔を向ける。

 瞳は不安に揺れていたが……口元は嬉しそうに緩んでいた。


「主人の説得に手こずるようなら俺に言え。力を貸してやる」

「わ、わたしもっ! ……微力ながら、お手伝いします、ね?」

「……マグダも一肌、ロレッタに至っては全部脱ぐ」

「なんであたし全裸なんです!? 一人でバカみたいじゃないですか!?」


 陽だまり亭従業員が並んで、お客様のお見送りをする。

 そして、陽だまり亭を代表してジネットが一同の気持ちを代弁する。


「またのお越しを、心よりお待ちしております」


 ぱぁっと、ギルベルタの表情に笑みが広がり、思わずといった感じでルシアへ視線を向ける。

 ギルベルタが浮かべた満面の笑みを真正面から見て、ルシアはスッと顔を背けた。

 そんなルシアの行動にギルベルタが不安そうな表情を見せるが……大丈夫だ。それは同意だと受け取って問題ない。

 お前があまりに嬉しそうに笑うもんだから、反論する言葉が見つからなかったんだよ。だから、視線を逃がしたのさ。

 きちんと仕事を片付けさえすれば、きっと許可が下りるだろう。


「ギルベルタ」


 言葉を発さない三十五区の領主に代わり、四十二区の領主がギルベルタに言葉をかける。


「領主と給仕は信頼関係で結ばれているものだよ。ね、ナタリア」

「そうですね。もし、主に何か頼みたいことがあるのでしたら、職務を全うすることで誠意を見せるのが最良なのではないかと思います」

「誠意……職務を全う…………確かに、言う通りと思う、私は」

「それに、ルシアさんの器の大きさは、君が一番よく知っているだろう?」


 エステラの一言が効いたのか、ルシアは小さく「……ふん」と鼻を鳴らした。

 それは、もう肯定したようなもんだろ。


「ルシア様……?」

「先のことなど分からぬ。……が。私は、そなたを信用している。誰よりもな」

「はいっ! 同じ気持ちです、私もっ!」


 あちらもあちらで、他人には量り得ない信頼関係で強く結ばれているのだろう。

 滅多にこんな会話はしないのだろうが、改めて言葉にしたことで何かが変わったように思う。特にギルベルタの中では。

 瞳に自信が表れている。


 他人からの指示を忠実にこなすことに長けた給仕長が、今度は自分の意志で、自分のために行動を起こそうとしている。

 そして、そんな成長を――主は嬉しく思っている。そう感じた。


「必ず招待に応える、私は。きちんと許可を得て、改めてやって来る、この場所に!」

「はい。お待ちしていますね」

「うむ! 待っていてほしい思う、私は」


 キラキラと輝く瞳がこちらを向く。

 本当に嬉しそうな顔をする。


「その時は、一緒に寝てくれるか、友達のヤシロは?」

「それを実行すると、俺、各方面から殺意を向けられるからさ……冗談でもそういう発言やめてくれるかな?」


 ルシアはもちろん、その他、各方面から手厳しいお叱りを受けること必至だ。

 今、この瞬間、ものすげぇ視線刺さってるからな。


「普通に遊びに来い。仕事を片付けてな」

「分かった! 頑張る、私は!」


 両手で拳を握り大きく頷く。

 そして、見違えるほど軽やかな足取りでルシアを先導するように歩き出す。


 歩き出す直前ルシアが俺へと視線を向けてきた。

 ほんの少しだけ恨めし気なニュアンスのこもった視線ではあったが……あの目は、「ギルベルタに粗相を働くとどうなるか……分かっているな?」って目だ。つまり、「ギルベルタをよろしく」ってことだろう。


 なんだかんだといって、結構甘い領主なんだな。


「では明日、待っておるぞ」


 最後にそう言い残して、ルシアは帰っていった。


「んじゃ、俺はちょっとウェンディのところへ行ってくるな」

「はい。暗くなってきましたので、気を付けてくださいね」

「ボクが付いてるから大丈夫だよ」

「……ヤシロ。エステラに気を付けて」

「どういう意味かな……マグダ?」

「お、襲うです……?」

「するわけないだろう!?」


 エステラがマグダ、ロレッタと遊んでいる間に、ネフェリーとミリィに声をかけておく。


「相手出来なくて悪いな。まぁ、ゆっくりしていってくれ」

「うん。気を付けてね、ヤシロ」

「ぁ……いってらっしゃい」


 ネフェリーとミリィは俺に向かって手を振ってくれる。


「じゃあ、ディナータイムは任せたぞ」

「はい。任されました」

「……マグダがいるから大丈夫」

「あたしも頑張るです!」


 三人とも、もうすっかりプロの顔だ。

 ジネットはともかく、他二人も頼もしくなったものだ。出掛ける際の心配が少なくていい。

 そんな面々に見送られて、俺は陽だまり亭を出発する。

 賑やかな連中の視線を背中に感じながら暗くなった空の下を歩く。


 途中でナタリアと別れ、セロンのレンガ工房を目指す。

 大通りから細い路地に入ったところで、エステラがこちらを見ずに呟いた。


「どうなるんだろうね」

「明日のことか? それとも、これからの四十二区か?」

「どっちも……かな」


 どっちもか。

 なら、そんなもん……


「なるようにしかならないだろう」

「……うん。だね」


 不安はある。

 だが、恐れてはいない。

 前に向かって進んでりゃ、いつかはどっかにたどり着く。

 人生なんてそんなもんだ。

 もともと、予想なんか出来るもんじゃないからな。


 暗い道を歩いていても、近くに誰かがいてくれるだけで随分と心強いものだ。

 人生ってのも、きっとそんなもんなんだろうななんて、そんなことを考えてしまった。







いつもありがとうございます。



昨日は、寒かったですねぇ…………まるで、神がホワイトデーをぶち壊そうとしていたかのように。

リア充たちめ、ホワイトデーのお返しのついでにデートとかしようと思っていたんだろう!?

雨だったね! ざーんねーんぷー!


神様って、ホントにいるんだね。


私ですか?

もちろん意気込んでいきましたよ!

ホワイトデーですもの!


ただ。


バレンタインにチョコもらってないんですよね。


この意気込みはどこへやればっ!?


駅中のスペースでホワイトデーのお店が出てましてね……

「ご試食いかがですかぁ~」って、小奇麗なお姉さんに生チョコ勧められて。

食べようかどうしようか悩んでたんですけど……あれ、イケメンには試食勧めないんですね。


おそらく、

イケメン=絶対チョコもらってる。お返し必須。じゃあ、ウチの商品買うよね?

私たち=どうせもらってないんだろ? でも試食させてやるから、食ったら買えよ?

――という戦略なんでしょうね。

えぇい! 生チョコください! いいえ! ご自宅用ですっ!


はぁー、生チョコ、口の中でとろけるわー!


せめて、リア充たちは冷たい雨にさらされて震えていればいい!

私は温かい部屋で生チョコ食いますけどねっ!



彼氏「寒いね」

彼女「うん……指、冷たい」

彼氏「どれ……わっ、ホントだ。冷たい。……じゃあさ、手、繋いでおこうか」

彼女「……うん…………あったかいね(ぽっ)」



ぎゃーーーすっ! なにやっとんじゃーーー!

気候すらもお前らの味方かぁー!?


お前なんか、凄く可愛い彼女に、

彼女「……指、詰めたい」

って言われて「えっ、ケジメ!?」ってドン引きしてしまえっ!



はぁはぁ…………すみません、取り乱しました。



そんなホワイトデーも、今となっては過去の話。

今日は3月15日。


サイコー! の日です


サイコーと言えばおっぱい。

つまり今日はおっぱいの日です!


ヽ( ̄▽ ̄)ノ オパーイ


じゃあ、おっぱいなSSを……


あ、リクエストいただいてました、「ギルベルタとナタリア」のお話は、

二人が出会うまでちょっと待っていたんですが、さすがにこのあとまたこの二人だとお腹いっぱいになっちゃいそうなので、後日書きますね~。



そんなわけで、リクエスト使いきりました。

またお待ちいたします。


では、明確にリクエストではなかったかもしれませんが、

2016年 03月 08日 20時 58分のN様のところからいただきます。


マーシャさんの海の生き物講座~




――陽だまり亭


マーシャ「は~い、ヤシロ君~☆ これな~んだ?」

ヤシロ「おぉ、ハマグリか!? 美味そうだな」

マーシャ「正解~! じゃあ、エステラ。これ分かる?」

エステラ「え? ボク? えっと……なんだっけ? 前に見たことがある気が……」

ヤシロ「サザエだよ。つぼ焼きにすると美味いぞ」

マーシャ「正解正解~☆ じゃあ、これとこれとこれは?」

ヤシロ「アサリにシジミにトコブシか」

マーシャ「すご~い☆ 大正~解~☆」

エステラ「ヤシロ、なんでそんなに詳しいんだい?」

マーシャ「ヤシロ君は、貝博士だねぇ~」

ヤシロ「たまたま知ってただけだよ」

マーシャ「猛暑期の前に、ヤシロ君が『ハマグリ食べた~い』って言ってたじゃない? だから、持ってきたんだよぉ~☆」

ヤシロ「あぁ。七輪を作ろうとか言ってた時な。よく覚えてたな」

マーシャ「覚えてたよ~。遅くなっちゃったけどね」

ヤシロ「じゃあ、折角だから七輪で焼いて食うか。ジネット~」

ジネット「はぁ~い! 準備しますね」

エステラ「あはっ。なんか、ボク、いい時に来たみたいだね」

マーシャ「名前を覚えたヤツだけ、食べていいよ~☆」

エステラ「えぇっ!?」

マーシャ「じゃあ、これな~んだ?」

エステラ「え、えぇぇっと…………いぶし銀!」

ヤシロ「トコブシだ。頑張って覚えろ。美味いぞ、あれは」

エステラ「トコブシトコブシトコブシ……トシコ!」

ヤシロ「誰だよ!? 人名になってるぞ!?」

ジネット「ヤシロさん。ハマグリって、以前酒蒸しにすると美味しいと言ってたものですよね?」

ヤシロ「あぁ。そうだ。よく覚えてたな」

ジネット「一度食べてみたいなぁ~って思ってましたので」

マーシャ「じゃ~、これ、酒蒸しにしてくれる~?」

ジネット「はい! 作ってきます!」


――七輪を置いて、ジネットはハマグリと共に厨房へ駆けていく


エステラ「嬉しそうだねぇ」

ヤシロ「結構食いしん坊なんだよな、育ての母親に似て」

エステラ「あはは、あの人に似たんならしょうがないよね」

マーシャ「親に似るって言ったら、イワシ人族の子供が親にそっくりでね~☆ いっつも親の真似してるんだよ~。可愛いんだ、これがぁ☆」

ヤシロ「イワシ人族なんかいるのかよ……メッチャ美味そうだな」

マーシャ「食べちゃダメだよぉ~。気の弱い子が多い種族だからぁ~☆」

ヤシロ「もしかして、ハマグリ人族とかいるのか?」

マーシャ「うんうん。いるよぉ☆ 添い遂げる相手と以外は一切触れ合わない、高潔な一族なんだよねぇ☆」

ヤシロ「ハマグリっぽいな、なんか」

マーシャ「あと、イカ人族の女の子はハンサム好きでね、『あの彼、輝いてる~』ってすぐ付いていっちゃうの~☆」

エステラ「それは……なんとも軽い種族だね」

マーシャ「あと、ナマコ人族の前で怖い話とかしちゃダメだよ。生命の危険を感じると、口からなんか変な物吐き出すから」

ヤシロ「そっちの方が怖ぇわ!」

マーシャ「まぁ、海に住んでるから、ヤシロ君たちは滅多に出会わないと思うよ~」

ヤシロ「そう願いたいね」

ジネット「お待たせしました~」


――ジネット、ハマグリの酒蒸しを持ってやって来る


ヤシロ「こっちもそろそろ焼けてきたな」

エステラ「じゃあ、食べようか!」

マーシャ「エステラ~。これの名前は?」

エステラ「……ト、トシコ!」

ヤシロ「だから、誰なんだよ!? 今七輪で焼かれてるトシコって!?」

エステラ「じゃあ、ハマグリ食べる! ハマグリは覚えてるしね」

マーシャ「ハマグリかぁ……子供の頃はお世話になったなぁ~」

ヤシロ「お世話? よく食ったのか?」

マーシャ「う~うん。ほら、子供の頃は、ここまで育ってなかったからさぁ~」

ヤシロ「まさかっ、ホタテの前はハマグリだったのか!?」

マーシャ「そうそう。ハマグリくらいで隠せちゃったんだよねぇ~、あの頃は」

エステラ「割と小さかったんだねっ!」

ヤシロ「今でもハマグリでいけそうなヤツが、なにを嬉しそうに」

エステラ「そんなことないよっ!?」

マーシャ「そうだよぉ~。エステラには、こ・れ☆ はい、アサリ」

エステラ「もっと小さくなってるじゃないか!?」

ヤシロ「シジミもあるぞ」

エステラ「怒るよ!?」

ジネット「あの、みなさん……食べ物で、そういったお話は……やめませんか?」

ヤシロ「じゃあ、ジネットも試しにこのシジミを……」

ジネット「懺悔してくださいっ!」



――マーシャの言っていた種族は今後も登場しませんのであしからず。



今後ともよろしくお願いいたします。


宮地拓海

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