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異世界詐欺師のなんちゃって経営術  作者: 宮地拓海
第一幕

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141話 向かう先

 異変が起こったのは、俺たちのバカ騒ぎが収まってすぐのことだった。


「結局負けてんじゃねぇかよ……」


 そんな、小さな……それでいてハッキリと聞こえた声をきっかけに、四十一区の客席から不満の声が漏れ始めた。


「どーなってんだよ!?」

「しっかりしろよ、狩猟ギルド!」

「全部任せてりゃ問題ないんじゃねぇのかよ!?」

「うちなんか店まで取られたのによ!」

「詐欺じゃねぇかよ!」

「これで四十一区は破綻じゃねぇか!」

「どうすんだよ、領主!?」


 それはまるで、これまで蓄積されていた鬱憤が爆発したかのような勢いだった。怒号が大きなうねりとなり会場を埋め尽くす。

 舞台と、その前に立つ狩猟ギルドとリカルドに容赦なく浴びせかけれる罵声。


「お前に任せてたせいで散々だ!」


 その一言が、四十一区の体制を物語っていた。


 リカルドは、狩猟ギルドをメインに据え、その強大な牽引力でなんとか四十一区を運営していた。

 そのため、どうしても狩猟ギルドとの関係ばかりが濃くなり、他の領民たちはその点に関してある一定の理解を示しつつも、やはり不満を抱いていたのだ。

 これまでは、狩猟ギルドの恩恵を受け、辛うじて経済は回っていた。

 拙いながらも、リカルドの運営はなんとか回転を続けていた。


 だが、それが初めて、目に見える形で止まった。

 微妙なバランスでなんとか持ち堪えてきた関係が、跡形もなく崩壊してしまったのだ。


 それしか方法がなかったとはいえ、これまで蔑ろにされ、後回しにされ、放置され続けた領民たちからすればこの状況は「ほら見ろ、言わんこっちゃない!」と、そういう状況と言えるだろう。

 くすぶっていた不満が、集団になったことも手伝って、ここで一気に破裂したのだ。


「俺ぁ知らねぇからな! お前らで責任取れよ!」

「そうだ! 俺たちが被る損害は領主と狩猟ギルドで補填しろ!」

「そうだそうだ!」


 靴だの、ゴミだのが会場内へと投げ込まれる。


「お前なんか、領主辞めちまえっ!」


 誰かの無責任な発言に、会場内の空気が一瞬で張り詰める。

 狩猟ギルドの連中が、静かに切れやがった。


「狩猟ギルドも解散しやがれ!」


 鬱憤を晴らすだけとなった領民たちは、ただただ汚いだけの言葉を吐き出す。


 メドラが動き、リカルドを守るような位置に立つ。

 そして、観客席に向かって一声吠える。


「文句があるなら、名を名乗ってから言いな!」


 落雷のような大きな声に、観客席の声が一瞬、止む。


「群れに隠れてキャンキャン吠えんじゃないよ! アタシらは逃げも隠れもしない! 後ろめたいことも何もない! 正々堂々、真っ向から議論しようじゃないか!」


 腰に手を当て、観客席を睨みつけるメドラ。

 その両サイドに狩猟ギルドの面々が立ち並ぶ。

 グスターブにアルヴァロ、ドリノにイサーク、ウェブロ。それ以外にも腕っぷしの強そうな連中が居並び、観客席に睨みを利かせる。


「へ……へん! 結局暴力か!?」

「……なんだって?」


 どこかから飛んできた、発言者不明の言葉に、メドラが反応する。額に青筋が浮かんでいる。


「そ、そうやって、威圧して、脅して! お前たちは俺たちの意見を封殺してきたんじゃないか!」

「そ、そうだ! お前らがやってきたのは脅迫だ!」

「圧政だ!」

「独裁者め!」


 メドラの筋肉が一回り大きく膨れ上がる。


「……言わせておけば…………」


 マズいな。

 このままメドラが暴れれば、客席の連中なんか瞬殺だ。

 四十一区の人口が今日だけで半分になったって不思議じゃない。


 本来なら、止めに入らなきゃいけない狩猟ギルドの面々も、メドラ以上にブチ切れてやがる。

 いや、いつもは狩猟ギルドのヤツが切れて、メドラが止めていたのだろう。

 メドラの性格を考えればそっちの方がしっくりくる。メドラは良くも悪くも、自分を他者とは違う存在だと思っている節がある。

 だからこそ、多少のことでは動じないし怒らない。だが、その反面、怒った時は相手の言うことに耳を傾けない。自分の非を見落としがちな点がある。


 自分の正義に忠実なヤツは、それが破壊へ向いた時に歯止めが利かなくなってしまう。


「文句があるなら一人ずつ前に出ておいで! アタシがサシで相手してやるよっ!」


 そりゃ脅迫だぜ、メドラ。

 お前の相手なんか、人類には不可能だ。


 エステラに視線を向けると、エステラは表情を強張らせてフリーズしていた。

 状況に思考が追いつかず、場の雰囲気にのまれてしまっている。


 ふらりと、エステラの目が俺を見る。

 今にも泣きそうな、どうしていいのか分からない……そんな目だ。


 お前には難しいか、こういう殺伐とした雰囲気は……


「そ、そもそもよぉ! さっきの試合は反則なんじゃねぇのか!?」


 四十一区の誰かがそんなことを言う。

 メドラにビビって、矛先を変えやがったのだ。


 責任者と出場者が納得した上で行った勝負を、その決着を、簡単な一言で踏みにじりやがった。


「そうだ! ありゃあ、四十二区の反則負けだろう!?」

「いいぞ! もっと言ってやれ!」

「反則だ反則!」


 矛先を変え、再燃する四十一区からの怒号。


「ま、待ってくれ! さっきの試合は、双方納得した上で……」

「俺たちは納得してねぇよ!」

「しかし、君たちが勝っていたら、こんなことは言い出さなかったんじゃないのかい!?」

「うるせぇ! 無効だったら無効だ! やり直せ」

「いいや、無効なんかじゃ生温い! 反則負けだ!」

「じゃあ四十一区の勝ちなんじゃねぇのか!?」

「よっしゃー! 勝ったぞぉ!」


 勝手なことを抜かす。

 そして、勝手に盛り上がる。

 脳内勝利を声高に叫び、既成事実を作り上げようって魂胆だろう。


 エステラが駆け出し、懸命に訴える。


「待ってくれ! とにかく話を聞いてくれないか!?」

「黙れ卑怯者!」

「反則するような連中の話なんか聞けるか!」


 ほほぅ……卑怯者、ね。


「いい加減にしないかい!」


 メドラの怒号が飛ぶ。

 耳元で和太鼓を打ち鳴らされた気分だ。


「さっきの試合は、双方が納得して行い、正々堂々戦ったんだ! 誰に何を非難されるいわれもない! どっちもウチのギルドの人間だ! 不正なんかしてないと、責任者のアタシが保証してやるよ!」

「じゃあ狩猟ギルドも負けだ!」

「……は?」


 余りの暴論に、エステラが顔を顰める。


「そうだそうだ! 四十二区も、四十一区も、ついでに狩猟ギルドも反則負けだ!」

「じゃあ俺たちが勝ったんだな!?」

「つうことは、テメェら全員俺らの言うこと聞けよ!」

「じゃあ領主の館を明け渡せ! あんな広い家に住んでんじゃねぇよ、無能が!」

「狩猟ギルドを全員クビにして、俺らで新しい狩猟ギルドを作ろうぜ!」

「うぉおお! いいねぇ、それ! 乗ったぜ!」

「反則負けの敗者に文句言う資格ねぇからぁ!」


 ……………………ふむ。そうか。

 けどなぁ……それはさすがになぁ…………

 エステラの意向もあるだろうし………………あぁ、エステラが俺に丸投げしてくれたらなぁ………………全部丸く収めてやるのになぁ…………


 なんてことを考えていると、エステラがこちらを振り返った。

 あいつらが何を言っているのか、まるで理解出来ない。そんな顔をして、俺に……助けを求めてきたんだ。


 にやり……と、思わず口角が持ち上がった。


 周りを見渡す。


 ジネットは不安そうな顔で事の成り行きを見つめていた。

 俺が見ていることに気が付くと、今にも泣き出しそうな瞳で見つめてくる。


 その向こう側に……他の連中がいる。

 そいつらはみんな、まるで何かの習性かのように……みんなして俺のことを見ていた。


 困った顔をして、どうしていいのか分からないって顔をして……俺を見ていた。

 それら無数の視線は如実に、「なんとかしてくれ」と、俺に頼んでいた。



 あぁ。いいぜ。


 こういうのは、俺の仕事だ。


「あっ……」


 一歩踏み出すと、ジネットが短い声を漏らした。

 右手を曲げ、俺を掴もうとでもしたかのような格好で、けれど、それも出来ずに中途半端なところで手が止まっている。


 泣きそうな顔をして、キュッと唇を引き結ぶ。


 いいんだよ、お前は。

 何も言わなくて……いいんだよ。



 まぁ、任せとけって……





 やってやるぜ。ヤシロ劇場……オンステージだ。





「おい! 出てきやがったぜ! 反則野郎だ!」

「よくもノコノコ出てこられたなぁ!?」

「おい、テメェ! 四回戦でも卑怯なことしたそうじゃねぇか!? 知ってんだぞ、こっちはぁ!?」


 俺に浴びせられるバカどもの声をすべて無視して、エステラとメドラに伝える。


「全員を下がらせろ。ここを広く開けてくれ」

「……ダーリン、何をするつもりだい?」

「いいから……言う通りにしろ」


 質問には答えない。

 もう、お前らの出る幕じゃねぇんだよ。


 ここから先は、俺以外の立ち入りを禁止する。


 特別ゲストは…………そうだな……


「リカルド。お前はここに残れ」

「…………」


 客席に背を向けたまま、リカルドは無言を貫いていた。

 強張った表情は、怒りか戸惑いか、どちらの感情がそうさせているのか判別つかなかった。


 エステラと狩猟ギルドの面々が遠くへ行き、広いスペースが出来る。

 その真ん中に立ち、俺は罵声を吐き出し続ける四十一区の観客に向かって仁王立ちをした。

 ただ黙って、益体の無い騒音を聞き流す。意味のない雑音は、聞く価値すらない。


 十分……二十分…………俺は十時間でもそうしていてやろうと思ったのだが……意外と早く、客席の騒音は鳴り止んだ。

 勢い余って飛び込んでくるバカもいなかった。

 なんだよ、お前ら。

 結構『お行儀』がいいじゃねぇか。


「おい。そこの緑色」

「な、え、お、俺?」

「あぁ、そうだ。何度か目が合ったよな?」

「え、いや……」

「『卑怯者に勝利は似合わねぇ』って、言ったよな?」

「お、俺が、か? いや、……言った、かなぁ……」


 バカどもがキャンキャン騒いでいる間、俺は一人一人の目を順番に見つめていた。

 発言しているヤツの目を、瞬きもせずに見つめ返す。

 そうすると、大勢の中の一人から、そいつは個人へと引き戻された気分になるのだ。

 勢いよく吐き出した言葉が徐々に尻すぼみになり、尻切れトンボになる。


『俺は、ちゃんと見ているぞ』と、示すだけで、こいつらは言葉を失ってしまうのだ。


 群れの中に紛れた匿名性を剥奪されたこいつらは、掃き溜めみたいな臭ぇ路地裏で管を巻くことしか出来ない負け犬どもなのだ。

 そんな連中が群れたところで、怖がってやる必要はない。


 そして、群れの中から『見せしめ』を作る。

 指を差し、サシで話をする。


 今、俺が捕まえたのは、緑色をした、カメレオン顔の男だ。


「言ってないのか?」

「いや……お、覚えて、ねぇ……な、へへ、ちょ、ちょっと、興奮しててよ……」

「…………そうか。『自分が発言したかどうか、覚えていない』のか?」


 尋ねながら、俺は腕を真っ直ぐ伸ばし、そのカメレオン男を指さす。


「ひ、ひぃっ!?」


 カメレオン男が後方へ飛び退き、周りにいた者たちを巻き込んで盛大に転倒する。

『精霊の審判』は、こいつらを怯えさせる最強の魔法だ。


「どうなんだよ? 『自分が発言したかどうか、覚えていない』のか? 答えろよ」

「な、なんで俺なんだよ!? みんな言ってたじゃねぇか!?」

「あぁ……そうだな。だが、『お前も』言ってたよな?」

「俺だけじゃない!」

「分かってるよ……ここにいるヤツ、『全員』逃がさねぇよ」


 そして、ゆっくりと全体を舐め回すように視線を巡らせて……


「順番に話を聞いてやるよ。……強制的にな」


 客席がざわつく。

 はっきりと、恐怖が漂ってきた。

 なんだかんだと甘ちゃんなリカルドは、領民を追い詰めたことがないのだろう。何を言っても許されるなどと勘違いしているバカがこれだけ多発してるのがその証拠だ。

 しっかり教え込んでやる。



 ……俺に逆らうヤツは、とことんまで苦しむことになる…………ってな。


「じゃあ、公平に聞いてやるよ。つっても、一斉にしゃべられても煩わしい……イエスなら座っていろ。ノーなら立ち上がれ。いいな? 質問をするぞ?」


 誰も、何も言わないことを確認して、それを肯定と受け取り、俺は四十一区のバカどもに質問を投げる。


「この試合結果に不満があるのか?」


 不満があるなら座っていろ。

 不満がないってヤツは今すぐ立ち上がって、客席を離れろ。……その方が、身のためだから。


「…………全員、イエスってわけだな」


 結果、立ち上がる者はいなかった。

 当然の結果だ。

 こういう状況下において、人間は周りに同調せざるを得ないのだ。

 強者を前にした時、弱者は無意識に弱者同士で連携を取ろうとする。力で勝てない分、数で抵抗しようとする心理が働くのだ。

 今、このバカどもは同調圧力により、自分勝手な行動が取れなくなっている。


 みんなが『イエス』と言っている中、自分だけ『ノーです』とこの場を離れるようなことをすれば、その瞬間から攻撃対象はそいつに変更される。

 和を乱す者は、和から抜け出せない堅物の『妬み』を買いやすい。


 だから、誰も立てない。誰も、自分の意見を言えない。


「なら、全員が『イエス』だとして、話を進める……」


 わざわざ宣言して、俺は客席に指を向ける。『精霊の審判』の構えだ。


「お前らは、領主からの説明を受けていたな? そして、このルールに賛同した。だから今、ここにいる……そうだよな?」


 今大会に反対の者がいれば、領主が説得することになっていた。

 まして、反対している者が最終戦をわくわくしながら観戦になんか来るかよ。


 ここにいる連中は、この大会のルールに賛成していた。

 少なくとも……試合結果が出るまでは。


「ルールに賛同しながら、それを反故にするのは…………立派な『嘘』だよな?」


 ざわり……


 微かに息をのむ音が、やたらとうるさく感じた。

 客席にいる者たちが……俺に指を向けられている者たちが…………真っ青な顔をしている。


「明らかな『大嘘』を吐いたお前らは…………カエルになるべきなんじゃないのか?」

「ぅ…………うわぁぁぁあああっ!?」


 誰かが叫び、出口に向かって駆け出す。

 その恐怖が伝染し、客席は阿鼻叫喚に包まれる。


「逃げ切れるかよ……『精霊の』ぉ……!」

「待ってくれっ!」


 俺を止めたのは、リカルドだった。


「領民たちが吐いた暴言は謝る! すべて俺の責任だ! だから、それだけは……勘弁してやってくれ!」


 俺の腕を両手で掴み、眉根を寄せて、必死な形相で懇願してくる。

 客席を覆っていた恐怖が和らぎ、空気が微妙に震える。

 領主の行動に、領民どもが戸惑っているのだ。憎むべきか、称賛するべきか……


「頼むっ、俺は、何をされてもいいから…………頼むっ!」


 そうか……お前はそう出るのか……結局、お前もエステラと同じじゃねぇか…………しょうがねぇなぁ…………今回だけ、特別だぞ?


「頭が高ぇんじゃねぇのか、リカルド?」


 緩和されつつあった空気が再び張り詰める。

 リカルドも、ハトが豆鉄砲を喰らったような顔をしていやがる。


「なんて顔してんだよ? 優しい言葉でもかけてもらえると思ったか?」

「……あ、いや…………」


 リカルドの腕を振り解き、乱暴にリカルドの髪を鷲掴みにする。


「ぁうっ!」

「領主様っ!?」


 リカルドが短い悲鳴を上げると、客席から心配でもするかのような声が飛んできた。

 ふん……遅ぇわ。


「お前は、人に物を頼む時の態度も知らねぇのか?」

「……オ、オオバ……ヤシロ…………テメェ……」

「なんだよ?」

「………………分かった」


 髪を掴む俺の手を振り払い、リカルドは、地面に膝をつく。


「頼む……この通りだ」


 その姿を見て、領民どもは息を漏らした。

 信じられないものを見るように……どいつもこいつも、不安そうな目をしていやがる。


 何を今更心配してるフリしてんだよ……お前らがこうさせたんじゃねぇかよ。


「リカルドよぉ……お前、マジでダメだわ。使えねぇ。無能。向いてねぇわ。領主って器じゃねぇんだよ、お前」


 リカルドの指が、地面の土にめり込む。


「狩猟ギルド政策一本槍で、代案も出せず、結果も残せず、根拠もない中途半端な自信とプライドにすがって勝負を受けて、見事に敗北して……お前、要るの?」

「…………っ!」


 リカルドの歯ぎしりが聞こえた。

 リカルドへ体を向けると、客席が背後に来る。

 後ろを見なくても、そこにいるヤツらがどんな顔で俺を見ているのかがはっきり分かる。

 夥しいほどの殺気を感じるね。


「大会の勝者は、負けた区に命令が出来るんだったよな?」


 もっとも、正式な命令を下すのは領主の仕事だけどな。

 まぁ、例え話くらいしてやってもいいだろう。

 もし、俺が領主ならこうするっていう、例え話を。


「お前、領主クビ」


 大勢の者が一斉に息をのむ音を聞いた。

 一瞬、気圧が変化したのかと思うような耳障りな耳鳴りがした。


 リカルドは顔を上げない。

 思いっきり見下しながら、俺はリカルドにダメ出しを始める。


「お前さぁ、若いっつってりゃなんでも許されると思ってんじゃねぇの? 領主になって何年だよ? 何か成果出したのか? あぁ、違うなぁ……お前の親父の代から、この街はクソみてぇな街だったっけなぁ」

「父上を愚弄する気か!?」


 顔を上げたリカルドを真ん前から見下ろしてやる。

 ギリギリまで接近して威圧感を与える。


「愚弄? するさ。何やってたんだよ、お前の親父? 何十年領主やってたのか知らねぇけど……頑張った結果が、あの汚ぇ街並みだろ? ただの無能じゃん」

「……テメェ……っ!」

「違うってのか? じゃあ聞くがよ、この会場はなぜ作られた? 前の道はどうして整備された? 大通りが賑わいを見せているのは誰のおかげなんだよ? 全部俺だろうが?」


 俺が勝負を持ちかけ、俺が築いた人脈を使って、俺の計画通りに四十一区は改革されたのだ。


「テメェらバカ親子が何十年かかって出来なかったことを、この街に来て一年足らずの『他所者』のこの俺が、たった数週間で作らせたものだろうが! 違うのか!?」


 作ったのはトルベック工務店をはじめ、各区の大工たちだ。

 だが、作らせたのは俺だ。

 俺が、俺のために作らせたのだ。


「治水は? 食料の自給率は? 経済の基盤は? お前がどれか一つでも解決させられたか? 俺がやったんだよ。『他所者』の俺が! この短期間に、全部な!」


 この言葉は、もしかしたら四十二区の連中にも辛辣に聞こえるかもしれない。

 視線を向けると、どいつもこいつも、泣きそうな顔をしていやがった。


 ……そんな目で見んな。


 俺は四十二区から目を逸らし、四十一区の連中へと向き直る。

 こいつらだって、目的を与えてやれば協力し、生き生きした目をするようになっていたんだ。工事の期間、この界隈は大いに盛り上がっていた。

 変わりゆく街を見て、この街の連中は未来に希望を抱いていた。


 だが、心の中に小さなわだかまりが、抜けない棘みたいにずっと引っかかっていて……


 そいつがある限り、こいつらは変われないんだ。

 ずっと今までのまま……与えられたことをするだけの、責任の無い、楽な生き方しか、こいつらは出来ない。


 すべてを領主と狩猟ギルドに任せ、表立って反発すらしなかったくせに、結果が気に入らないと途端に豹変する。

「ずっとそう『思っていた』」と、後付けで言う。


 この体質はちょっとやそっとのことでは払拭出来ない。

 自分に都合がいいものしか見えなくなり、見ようともしなくなっちまったこいつらを矯正するには……その居場所を根こそぎ奪ってやるしかないのだ。


 さぁ、畳みかけるぜ。


「リカルド。お前は領主に向いてねぇんだからよ、ツルハシ担いで、四十二区の街門工事にでも参加しとけよ」


 領主に、肉体労働をしろと宣告する。

 それが逆鱗に触れたのか……


「ふざけんなぁ!」


 領民どもから不満の声が上がった。

 俺が与えた恐怖という抑圧をはねのけて、領民どもがまた、俺に牙を剥く。


「……誰に向かって口利いてんだ?」


 静かに、可能な限り低い声で呟く。


「忘れてねぇよな? 俺は、テメェら全員をカエルにすることが出来るんだぞ?」


 ざわざわと、客席に不服そうな空気が流れる。


「この大会のルールは知ってるな? 勝った区は負けた区に言うことを聞かせられる……もし俺が領主なら………………この区のすべてを四十二区のものにする」

「なっ!?」


 リカルドの声と同時に、客席がどよめいた。


「テ、テメェ……テメェらの要求は、街門の設置で……それに文句を言わないって……」

「誰がそんなこと言ったよ? お前が勝手にそう思い込んだだけだろう?」

「…………なん、だと?」


 呆然とするリカルドから顔を逸らす。

 お前には構ってやるだけの価値もないと、示すように。


「とりあえず、お前ら全員出ていけ」


 驚愕と怒号。そんなものが混ざった雑音が鳴り響く。

 やかましい連中だ。


「だって、ここが四十二区になったら、お前らどこに住むんだよ? 四十二区にはいらねぇぞ。自分の意志で行動も出来ない、なんの責任も負わない、そのくせ文句だけは一人前で、数が集まった時だけ声がデカくなるような下等生物なんかよ」


 ぐうの音も出ないのか、雑音が静まっていく。

 じゃ、トドメな。


「でもまぁ、ど~~~~~~~~~~してもって、泣いて土下座するんなら…………」


 ニヤリと笑い、最高に邪悪な笑みを浮かべて言ってやる。



「家畜として飼ってやってもいいぜ?」



 その一言で領民はブチ切れたらしい。


「テメェ! 調子ん乗んじゃねぇぞぉ!」

「他所者がぁ! 出しゃばってんじゃねぇよ!」

「テメェに何が分かる!?」

「ここは俺たちの街だ! テメェなんかに渡すか!」

「何が家畜だ、ふざけやがって!」

「テメェがいなくなれ、この他所者!」

「この街から出ていけぇ!」


 ったく。

 なら最初からもっと頑張っとけよ……『大好きなこの街のために』よ。


「あぁ、うるせぇ……お前らもうカエルになれや」


 腕を伸ばし、観客どもを指さす。

 どんなに怒鳴っていても、このポーズをされると誰もが青ざめ、言葉を詰まらせる。

 後ろ暗いことがある者は特にな。


 だが……

 そうじゃないヤツもいる。


 例えば、そう……守るものがあるヤツとか、な。


「オオバヤシロォ!」


 リカルドが立ち上がり、俺のアゴに重い一撃を打ち込んできた。

 軽く脳が揺れ、俺は地面へと倒れ込む。


 っく……痛ぇ…………


「確かに、テメェの言う通りだ! 大会のルールも、俺が勝手に勘違いしていただけで、テメェの言うことを拒むことは出来ない。俺が甘かったせいで、俺が無能だったせいで、街が死にかけてたってのも、テメェの言う通りだ! だがな、だからって『じゃあ、あと頼むわ』って、テメェなんぞに託せるほど、この街は軽くねぇ! この街は、俺の、俺たちの、故郷だ! 命がけで守らなきゃならねぇ、大切な場所だ! テメェなんかにくれてやれるか!」


 リカルドが覚醒した。

 そういうことを、格好つけずにもっと早くから言ってりゃ、こんな面倒くさいことにはならなかったのによ。

 あのなぁ……人間ってのは想像以上にバカな生き物なんだよ。

 言われなきゃ、なんにも分からねぇもんなんだよ。


 言ったって分かんねぇヤツがいるのによ……頑張ってる姿見せるだけで理解してくれるなんて、そんな都合のいい話はねぇ。

 ちゃんと言葉にして、ダサくても、惨めでも、自分の本心をさらけ出さなきゃ……人なんか付いてきてくれるわきゃねぇだろうが。


「俺が! この、リカルド・シーゲンターラーが、今大会の約束を反故にする! こんな大会は無しだ! 無効だ! やめだ、やめ! だからな、領民は誰一人嘘なんか吐いてねぇぞ! 嘘吐いてんのは俺だけだ! カエルにするならしやがれ、ボケェ!」


 ……ふふ。熱いなぁ、お前は。

 見てて背中がむずがゆくなるぜ。


 俺に、そんな真っ直ぐな眼差し向けんじゃねぇよ。


「おい、そこの悪魔野郎! 領主様になんかしてみろ!? 俺がテメェをぶっ殺してやるからな!?」

「オレがやってやるよ!」

「領主様に手ぇ出したら承知しねぇぞ!」


 客席から吐き出される叫びは、どれもこれもが本心からで……それがすげぇ分かりやすいから……


「……テメェら」


 リカルドが驚いたように間抜けな顔をさらしていた。


「俺を庇ってんのかよ? 俺は……上手く、街のこととか、出来もしないで……」

「いいに決まってんだろ!」

「あんただから俺らは付いてきたんだよ!」

「あんたじゃなきゃダメなんだよ!」

「さっき、守ってくれたし!」

「そうだ! 四十一区の領主は、リカルド様だけだ!」

「そこの悪魔に言ってやってくださいよ! 『テメェの出る幕じゃねぇ』って!」

「…………テメェら…………くっ……!」


 リカルドが、涙に喉を詰まらせる。

 ホント、単純バカの集まりなんだから。

 さっきと言ってることが真逆じゃねぇか。

 何回手のひら返すんだよ、お前らは。


 ま、そうなってくれなきゃ、俺が殴られ損になるとこだったけどな。


 共通の敵がいれば……その敵が憎ければ憎いほど……人々は一致団結するものなのだ。

 悲しいかな、手っ取り早く友情を育む方法は、誰か共通の知り合いの悪口だったりするわけで……敵意が同じ方向に向いている者たちは、自然と手と手が取れるものなのだ。


 感謝しろよ……こんな絶好の悪役、そうそういないんだからな。


「……よ、っと」


 痛むアゴを押さえて立ち上がる。


 途端に、四十一区の連中から殺気立った視線を向けられる。

 へへ、いい目だ。


「俺は領主でもなければ、領主代行でもない。ただの進行係だ」


 サービスでお前らのことをまとめてやったんだ、四十二区にもおいしい思いをさせてもらうぜ。


「正式なこちらからの要望は、後日、領主代行から直々に通達されるだろう」


 俺の言葉なんか、届いちゃいねぇか。

 なら……


「精々、温情に期待するんだな、負け犬どもが」


 盛大に煽っておいてやる。

 四十一区の地盤が固まれば、こいつらは団結して四十二区に対峙しようとするだろう。


 だが、実際にもたらされるのはエステラの考える『共同開発案』だ。

 双方にメリットのある、有意義な計画だ。

 きっと拍子抜けするだろう。徹底抗戦しようと思っていたところに、自分たちにとって多大なるメリットを含む案件を提示されて。


 そこでこいつらは思うのだ。


「あぁ、この領主代行があの悪魔みたいな男を黙らせてくれたんだな」と。


 これで、四十一区でのエステラの株も上がるだろう。

 こいつらは四十二区というだけで無意識下で見下す癖があった。

 一度完膚なきまでに叩き伏して、もう一度関係を築き上げる必要があったのだ。

 そうでなければ、協力なんて出来ない。いい関係など、築けない。



 俺一人が嫌われることで、俺以外のすべてが上手くいくのなら……いいことじゃねぇか。




 最終的に、嫌われ者がこの街から消えてくれりゃ、万事丸く……



「ちょっと待ってほしい!」


 突然、エステラが声を上げた。

 振り返ると…………エステラが泣いていた。

 目を真っ赤に染め、唇を噛みしめ、拳を固く握っている。


「……ボクは、情けない」


 呟いて、ゆっくりと……俺の隣にまでやって来る。


「こんな時にまで……姿を隠し…………君に…………こんな役を…………」


 俯いて、肩を震わせて、エステラが絞り出すような声で言う。


「もう…………決めたから」


 そして……


「……もう、君ばかりに背負わせないから」


 強い意志のこもった瞳で、俺を見つめる。


 すぅ……と、大きく息を吸うと、エステラは会場内にいるすべての者たちへ向かって語りかけた。


「ボクは…………エステラ・クレアモナだっ! 四十二区の領主代行をしている」


 ザワッと、空気が泡立つ。

 一番驚いているのは、四十二区の連中か…………いや、俺だ。

 エステラが、自分の正体を、バラしやがった。


 しかも。


「ボクの父は、現領主は……病気のためにずっと施政から離れている…………もう、二年近くになる……」


 とつとつと、よどみのない声で語る。

 ある一つの決心を胸に抱いて…………こいつ、まさか。


「復帰はもう見込めない! だから、ボクは領主代行権限を行使して、正式に、今ここで宣言する!」


 両腕を広げ、エステラは明朗な声で、高らかに宣言した。


「本日、今この時をもって、ボク、エステラ・クレアモナが四十二区の領主に就任する! ボクの言葉は、四十二区すべての領民の言葉だ! 心して聞いてほしい!」


 エステラが、領主になった。


「ヤシロが……彼が言ったことは、実現されない。ボクがさせない。ボクは、今回みたいな、この大会を開催するに当たって行ったような、四十区、四十一区、そして四十二区が互いに協力し合い、お互いに利益を得られる関係を築きたいと思ってる。三区が協力すれば、もっと生活は楽になって、刺激的で、楽しくて、素晴らしい街になると確信している!」


 拳を振りかざし、熱のこもった演説を行うエステラ。

 領主として最初の演説にしては、まぁ、頑張っている方じゃないかな。


「リカルド、デミリーオジ様。どうか、協力してほしい」

「ふん……どっちみち、俺たちは負けたわけだし、逆らう権利は……」

「そうじゃないんだよ、リカルド!」


 足を踏み出し、拳を握り、エステラはリカルドへと迫る。

 リカルドが体を退いた。どうやら、エステラの気迫に気圧されたようだ。

 水を得た魚のように、エステラは自分の思い描くビジョンをリカルドに、その場にいる者たちに伝える。


「勝ち負けも上下もなしで、もっと高い位置での関係を築き上げる必要があるんだよ! くだらない嫉妬や猜疑心はかなぐり捨てて、もっと深いところで繋がる必要があるんだ!」

「つ、つっても、そんなこと一朝一夕じゃ……」

「出来るさっ! ボクたちはこの大会を通して多くの人々の心を動かした! それを続けていくだけでいいんだ! 君だって、街を良くして、領民の暮らしを良くしたい思いは同じだろう!?」

「あ、当たり前だろ」

「だったら、いがみ合うのはやめて、牽制し合うのもやめて、もっと友好的に、有意義な関係を作るべきだ! そうでなきゃ、もったいないじゃないか!」


 畳みかけるエステラに、リカルドは完全に押されている。

 外交力も上がったんじゃないか? お前の意見、たぶん丸々のんでもらえるぞ、この流れ。


「詳しい内容は、また三人で話し合おう。これからの未来を、明るくするために」

「………………お前、変わったな」

「変えられたんだよ……ある一人の……不器用な男にね」


 エステラの視線がこちらに向く……から、俺は顔を逸らし、その場を離れることにした。


 今、この場所に俺はいない方がいい。


「ヤシロ……っ!」

「領主様がそう言うんなら、俺の野望もここまでだなぁ」


 片手を上げて、軽薄な声で言う。


「じゃ~な、精々ウチのお人好し領主に感謝して、まっとうに生きるこったな、負け犬ども」


 これでいい。

 これで……


 ゆっくりとした速度で、俺は出口へと向かう。

 あの通路に入りゃ、俺の仕事も終わりだな。


 あとはお前らでなんとかしてくれ。もう、俺に出来ることはなんもねぇから。


 観客席の下を通る、外へ繋がる通路へ足を踏み入れようとした時……ぱたぱたという足音を聞いた。

 そして、きゅっと…………手を掴まれた。

 小さくて、少し冷たい……震える手……細い指に、遠慮がちに力が込められている。


 振り返ると……


「…………っ」


 肩で息をする、ジネットがいた。


 会場を出ようとする俺の手を掴み、呼び止め……けれど、何も言葉が出てこないのか、薄く開いた口からは震える吐息だけを漏らして…………今にも泣きそうな顔で、こちらをジッと見つめている。


「…………」

「…………」


 なんだよ……くらいは、声をかけてやりたかったのだが…………なんでかな、胸が苦しくて、俺も言葉が出てこなかった。


 ただ黙って、俺たちは互いの顔を見つめ合っていた。

 きっと俺も、今のジネットみたいに……酷い表情をしているのだろうな。


 なぁ、ジネット……



 頼むから、そんな顔をしないでくれ…………




 じゃないと……





 お前を残してこの街を出ることを、躊躇っちまうからさ。







いつもありがとうございます。




ギャグがないっ!?


ギャグを入れるタイミングが全くありませんでした!?


けれど、ここで変に入れ込むのはちょっとどうなのかっ!?



ということで、まえがきにも書いたようにモヤモヤしますが、今日はここまでです!

なんかごめんなさい!

最後には、きっとスッキリ、みんな笑顔で終われるようにしますから!


もう少しご辛抱をっ!




(」≧□≦)」< せめてもの おっぱいぽぃ~ん!




次回もよろしくお願いいたします。


宮地拓海

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