128話 孤高(?)の薬剤師
「ホコリちゃ~ん、元気しとったかぁ? あれ? な~んや、ちょっと見ぃひん間に大きゅうなったなぁ。二回りくらい大きなったんちゃうん? この前までは一摘まみ程度やったのに、今ではもう一握りくらいあるもんなぁ。はぁ~、時の経つんは早いなぁ。なんや、ちょっと綺麗なったんちゃうか? 恋か? もしかして恋なんか? 恋の病なんやろか!?」
「お前は違う病にかかってるみたいだがな」
「のゎあああっ!?」
部屋の隅をジッと見つめながら俺には見えない誰かと会話していたレジーナが、羽目を外し過ぎたエビみたいな勢いで仰け反り飛び去っていく。……引きこもりのくせにいい動きをしやがる。
「い、いいぃぃいいいいぃ、いつからそこにおってんなっ!?」
「まぁ、今の一連はガッツリ見せてもらったがな」
「ど、どど、どっから入ってきたんや!?」
「いや、普通にドア開いてたし」
「ドア開いとったら勝手に入ってくるんか!?」
「入るだろう。ここ、薬屋なんだし」
「客かっ!?」
「客だよ!」
ここは、言わずと知れたレジーナの家。薬剤師ギルドの本店……と言えば聞こえはいいが、薬剤師ギルドに所属しているのはレジーナ一人なのでそんな大層なものではない。
日当たりの悪い、普通の薬屋だ。
もっとも、この薬品独特の香りがなんか少し落ち着いて、俺は割と気に入っている。……なんてのは内緒だがな。
「掃除くらいしろよ。薬扱ってるんだから」
「アホ。メッチャしとるわ。清潔第一。衛生管理も怠りあらへん。毎日キレーキレーに掃除しとるっちゅぅねん! ……この一角以外」
「だから、なんでその一角だけやらねぇんだよ?」
「ホコリちゃんがおらんようになったら、ウチは誰と会話したらえぇんや!?」
「まず、ホコリと会話すんじゃねぇよ……」
こいつの家には、定期的に顔を出してやらなきゃいかんかもしれんなぁ……
「それで、今日はなんの用やのん? 言っとくけど、ホコリちゃんはあげへんで?」
「いらんわ!」
なんか無性に100番100番に電話したくなってきた。
くっそ……さすがに異世界にまでは出張してくれないよな……
「客や言うてたけど、薬やったらこの前補充しに行ったとこやで?」
「あぁ、いや、すまん。薬を買いに来た客というか、お前に頼み事をしに来た『来客』って意味だ」
「……ウチ、エロいことは、あんまりやねんなぁ……」
「なんで俺の頼みがエロいことだと決めつけた上で話進めてんだ。あと、嘘吐くなよテメェ」
レジーナの半分は腐れたエロで出来てんじゃねぇかよ。
「大会に出てくれるように頼みに来たんだよ」
「無理や!」
物凄く力強い即答だった。
レジーナは俺に背を向け、床に蹲り、頭にクッションを載せそれを両手でギュッと頭に押しつけるようにして、カタカタ震え出した。
「大食い大会メッチャ怖かったわ……物食べるいうレベルやないで、アレは。置き薬の補充しに陽だまり亭行った時に、店長はんがものごっつぅ上機嫌でなぁ、せやからウチ『どないしたん? なんぞえぇことでもあったんかいな?』なんて質問したんやけど……それがそもそもの間違いやったんや……あの後、店長はんがえらい嬉しそうに『レジーナさんも参加してみませんか?』とか言うさかいに、『あ、こら断ったら店長はんに悪いかもなぁ……まぁ、物食べるくらいえぇかぁ……』思ぅて『えぇよ、参加したるわ』とか言うたあの時の自分を毒殺してやりたいっ! メッチャ見られてたやん! ウチ、メッッッッッチャ見られてたやん! あんなん、飯食べるどころの騒ぎやないで!? メッッッッッッッッッチャ見られたさかいな!?」
どうも、観客の前に座らせられたのが相当トラウマになっているようだ。
まぁ、謎の黒い薬剤師はいまだに街の人間とは打ち解けておらず、溶け込めていないからやたらと目立ち、視線を集めた結果、より一層孤立の道へ突き進んでしまったわけだ。
……重症だなぁ、こいつのボッチも。
「ウチが出たかて、勝たれへんわ! 出場なんか絶対せぇへんからな!」
「出場じゃねぇよ」
そもそも、一口たりとも食わなかったお前に期待など出来るか。
「大食い大会だからな、万が一に備えて薬剤師としてそばにいてほしいんだよ」
「……薬剤師として?」
「あぁ。頼れるのはお前しかいないんだ。頼むよ」
「…………つまり」
レジーナは一瞬だけ黙考し、涼やかな声で聞いてきた。
「ドーピングさせろと?」
「違ぇわ!」
大食いのドーピングってなんだよ!?
その薬を使うと飢餓状態にでもなるのか? そんな薬が存在するなら、そっこうで廃棄処分してやるわ!
「食い過ぎて気分悪くなるヤツが出てくるかもしれないだろう? デカい大会で、ついつい無茶しちまいそうなヤツが何人もいるからな、ウチには」
「あぁ、あのキツネの人な」
「ウーマロはいいんだよ。あいつは無茶してナンボだから」
「えぇなぁ。おいしいポジション独り占めやな、キツネの人」
「お前も混ぜてやろうか?」
「遠慮しとくわ。ウチ、乙女やさかい」
「あぁ、あの髪の毛ツヤツヤになるヤツな」
「ワカメやな、それは。自分とこの味噌汁、ウチ好きやで。って、違うがな!」
ぽんぽんと言葉が出てくる。
こいつとの会話は、本当に気兼ねがいらない。
楽でいいなぁ、ここ。
「まぁ、そういうことやったら、協力したらへんでもないけど…………人多そうやなぁ……」
「俺のそばにいれば大丈夫だろ? 守ってやるぜ」
「――っ!?」
レジーナが、肉食獣の気配を感じたプレーリードッグみたいな動きでこちらを見る。
コモンマーモセットみたいな目だ。
「自分……そういうの狙ぅて言うてんのんか?」
「他意はねぇよ。素直に受け止めとけ」
俺のそばにいれば、視線を浴びて具合が悪くなってもすぐに対処出来るって、それだけの意味だ。
「それはそれで、なんや味気ないわぁ……」
「じゃあ、どうしろっつうんだよ?」
むふん、と鼻を鳴らし、レジーナは飛びっきりのイタズラを思いついた子供のような顔で言う。
「他意があるような感じで、思わせぶりに誘ってくれたら、ウチな~んでも協力したるのになぁ……」
ふふんと、勝ち誇った顔でほくそ笑むレジーナの目は、「ま、自分にはそんな度胸ないやろうけどな」と、物語っていた。
……このやろう。
「……レジーナ」
低く声を出し、レジーナへと体を寄せる。
「な、なんやの……、急に真面目な声出してから……に…………え? あの……ちょっと、自分?」
一歩を大きく、ぶつかることも厭わず、俺がずんずんと自分のペースで接近することにより、レジーナは自己防衛のために自然と後退せざるを得なくなる。
グイグイと体を寄せ、レジーナを壁際まで追い込んだところで、壁に片腕をつく。
壁ドンだ。
「ちょ、ちょぅ待ちって……なにも、真に受けんでも……」
「レジーナ。俺にはお前が必要だ。いいから黙って俺に付いてこい。俺がいいって言うまで、ずっと俺のそばにいろ」
「……ちょ…………と、それは…………」
レジーナの目が細かく震える。
レジーナが好きそうなジャンルをイメージしてこんな攻め方をしてみたのだが……どうやら効果は覿面だったようだな。
いつもすましたレジーナの顔が赤く色づいていく。
「ま……っ」
ま?
「真面目かっ!?」
「なんだ、そのツッコミは!?」
両腕を振り上げ、俺の体を押し退けて、レジーナは広いスペースへと逃げていく。
顔が熱いのか、両手でパタパタと風を送り込みながら。
「ボ、ボケやないかいな! 何を真面目にウチの言うこと聞いとんねん!? よい子か!? よい子ちゃんか!? ツッコミ待ちやっちゅうねん! 分かるやろ、そこら辺! 素人やないんやから!」
いや、俺、素人なんだけど……え、なに? 俺のこと芸人だと思ってたの?
「『たらし』やな! 噂通りのたらしやったんやな、自分は!」
「どこでどんな噂が流れてんだよ?」
「丁寧語にしたら『御たらし』や!」
「いや、『みたらし』は違うだろう」
誰が団子だ、誰が。
串に刺さってねぇし、一人っ子だっつぅの。
「怖いわぁ~怖いわぁ~。さすが、四十二区のめぼしい美女には片っ端から唾つけて回っとる女ったらしは違うわなぁ」
「誰が誰に唾つけてんだよ!?」
「数々のおっぱいを侍らして、手を替え品を替え、いろんなコスチュームを着せては乳比べして……ついにウチみたいなんにまでその触手を伸ばしてきよったんやな!?」
こらこら。
人を無節操な女好きみたいに言うんじゃねぇよ。
「残念やったな! ウチのおっぱいは誰にも自由には出来へんのんやっ!」
「うわぁ……この娘一生独身宣言してるわぁ……」
「う……っ! え、えぇねん! ……どうせウチなんか…………」
まぁ、外に出なきゃ出会いもないわなぁ……
こいつのテンションに合わせられるヤツもそうそういないだろうし……俺? あっはっはっ、ご冗談を。
「まぁ……将来的には、陽だまり亭で介護される予定やからえぇけども」
「おいこら」
ジネットに迷惑かけてんじゃねぇよ。
「ウチが店におると、薬膳料理出せるで? 食べて健康、医食同源や」
「お前んとこの薬、変な副作用あるのばっかじゃねぇか。客に食わせられるか、そんなもん」
「バラエティ豊かでえぇやろ?」
そんな色濃いバラエティ要素は欲しくない。
リアクション芸人養成所じゃねぇんだぞ、陽だまり亭は。
「けどな、薬やのうても、食材として体にえぇもんも仰山あるんやで?」
言いながら、レジーナは壁際の木製の薬品棚を漁る。
「あったあった」と、レジーナがテーブルに置いたのは、ヒネショウガに似た、黄土色の植物の根――ウコンだった。
「これはウコンちゅうてな。ごっつぅ体にえぇもんなんやで」
「ウコンなんかもあるんだな、この街には」
「なんや、自分、ウコン知っとるんかいな?」
「あぁ。酒を飲む前に摂っとくといいって、俺の故郷では重宝されてたよ」
あとはターメリックっつって、料理にもよく使われる。
ターメリックがウコンの英名だって知ったのは、随分大人になってからだったな。ターメリックライスとか、ウコンドリンクとか、各々の名前が付いた商品が出回ってたからな。
「名前をアナグラムすると、とても食卓には置けへんもんになるけどな」
「けっけっけっ」と、魔女のように笑うレジーナ。下品なギャグはやめろっつの。
……つか、レジーナの国でもウコンって『そういう』名前なの?
なんて不運な植物なんだ、こいつは……
「あと、こんなんもあるで」
「お、コリアンダーシードだな」
「凄いな、自分。ウチ自信なくすわ」
「たまたま知ってるだけだよ」
コリアンダーの種は日本でもスパイスとしてよく出回っている。
スパイスにする時はコリアンダーと呼ばれることが多いが、生の葉っぱはパクチーの方が有名だろうか? 中華圏内だと香菜と書いてシャンツァイなんて言われてるが……まぁ、パクチーが有名かな。
俺はコリアンダーの方が馴染みがあるんだが。
「種と葉っぱで香りが全然違うんやけど、ウチはどっちも好っきゃねんなぁ」
「俺はパクチーはちょっと……」
「まぁ、独特やさかいな」
コリアンダーでもパクチーでも通じるあたり、『強制翻訳魔法』の有意性を感じずにはいられないな。
「コリアンダーは眩暈や腹痛、解毒作用に防虫効果といろんな効果のある優れもんやねんで」
「俺が聞いたのは、媚薬として使われてたって話だな」
中世ヨーロッパでは、コリアンダーを媚薬としていたらしい。
まぁ、欧州の人は体臭とか汗の香りに興奮するとか言うしな……日本じゃ通用しそうもない媚薬だ。
「エロくなれ~なってまえ~!」
「やめろっ! パクチーで顔をペシペシ叩くな! 臭いっ!」
どうも、乾燥してるとコリアンダー、生だとパクチーと呼んでしまう。
まぁ、レジーナには同じ言葉で伝わってるだろうし、気にしなくてもいいか。
「うわっ!? 媚薬の効果で、メッチャエロそうな顔にっ!」
「顔は生まれつきだわっ!」
パクチーで顔を撫でると、なんだかエロくなりました。って……そんな謳い文句じゃ深夜の通販でも売れねぇぞ。
「せや! 他のも見てみるか? 色々あるんやけど、どれもこれもは使われへんやん? なかなか日の目を見ぃひんやつもあってな。折角やから見てったってんか」
嬉しそうに、レジーナが薬品棚へと駆けていく。
こいつのことだ、最高の薬を作るためにあれこれ材料を揃えているのだろう。しかし、それを見せる相手がいない。話をする相手がいない。しかも、生薬を扱っているのはこいつだけだから、薬師ギルドの連中とも話が合わない。
薬剤師ギルドとは違う、この街でメジャーな薬屋と言えば薬師ギルドなわけだが、ヤツらは魔力を帯びた『魔草』というものを使って薬を作っているらしい。RPGの『薬草』とか『ポーション』みたいなヤツだ。効果は高いがその分高価で、四十二区の連中には手が出せなかった。
レジーナのおかげで、薬はもっとお手頃で、もっと身近なものになったのだ。
話し相手くらいにはなってやっても罰は当たらんだろう。
「ふ~んふんふ~ん」
鼻歌交じりに、薬品棚を漁るレジーナ。
意外なことに、歌が上手い。というか、声が透き通っていて耳に心地いい。
なんとも落ち着くいい声だ。子守唄に聞きたい声だな。
「ヤシロと話しとると、なんや楽しいなぁ~」
……ヤシロ?
今、あいつ俺のこと名前で呼んだか?
いつもは『自分』なのに。
「……はっ!?」
己の発言に気が付いたのか、レジーナはガバッとこちらを振り返り、なんだか棚に張りつくトカゲみたいな格好のまま数秒固まる。
徐々に頬が熱を帯びていき、小鼻が膨らんでいく。
お湯が沸いたら鼻から「すぴー!」と湯気でも吹きそうだな。
「空耳やと思うで!」
「……まぁ、思うくらいはな、嘘にはならんかもな」
テンパり過ぎておかしなことを口走っている。
いいよいいよ。聞かなかったことにしてやるよ。
だから、そんなに照れるな。……伝染するから。もらい照れとか、勘弁してほしいぜ。
「これや! これ見てみぃ!」
照れ隠しがまる分かりなデカい声で、レジーナが持ってきた瓶を机にドンと置く。
中にはやや黄土色っぽい、目の粗い砂、もしくは欠けた米粒くらいの大きさの茶色い物が入っていた。
瓶の口をしっかりと塞ぐコルクを引き抜くと……懐かしい香りがした。
「シャンバリーレか」
「自分、何もんやねんな……正解や」
別名をフェヌグリークと言い、こちらは女性にはなじみ深い名前かもしれない。
バストラインを綺麗にすると言われており、サプリメントとしてコンビニやドラッグストアに並んでいたりする。
……まぁ、あと、マカやスッポンと並んで男性の夜の活力をみなぎらせる強壮剤として売られていたりするな。
「さすが、詳しいなぁ、自分~?(意味深)」
「やめてくれ」
顔に(意味深)とはっきり書かれている。
が、しかし。
これはいい物を見せてもらった。
何よりシャンバリーレから漂う『懐かしいアノ香り』……俺がまさに欲していた物だ。……強壮剤じゃないぞ?
「ちょっと見せてもらってもいいか?」
「マカか?」
「マカまであんのかよ? 違ぇよ……」
「スッポンは飼ってへんで?」
「そこから離れろ。でなきゃその脳みそ、腐り落ちてしまえ」
俺は必要としてないです、その薬!
「下着とか、ないで?」
「えぇ……ヤダぁ、そんな薬臭いパンツ……欲しくな~い」
あのさぁ、普通に見せてくれないかなぁ?
「まぁ、えぇけど。混ぜんといてや? ホンマ、この棚はウチの命みたいなもんなんやさかいな? 自分だけやで、ここ触らせんの? 自分だけ特別にウチの大事なところに触らしたるんやさかいな?」
「おい、やめろ、その卑猥な誤解を誘発する発言」
こいつのエロは枯渇することがないのだろうか。
木製の薬品棚は年季が入っており、明らかにこの建物よりも古いものだった。
この街に来る前から使っていたヤツなのだろうな。薬の匂いが染み込んでいる、深みのある色調の、重厚な棚だ。
「じゃあ、見せてもらうな」
「しゃあないなぁ、ちょっとだけやで」
とか言いながら、なんだか物凄く嬉しそうだ。
これまでは誰も興味を示さない代物だったんだろうな。
まぁ、植物の種を見せられても、普通のヤツはピンと来ないもんな。
「おぉ、やっぱりあったかクミンシード!」
「あぁ、それな。香りがえぇからウチも気に入っとるねん」
「乾燥唐辛子だ」
「気ぃ付けや? それメッチャ辛いさかい、『絶対齧ったらアカンで?』」
「……そんなネタフリしても齧らないからな?」
唐辛子の辛さくらい知ってるっつの。
しかも鷹の爪だしな、これ。シャレにならん。
しかし、俺の予想通り、ここには全部が揃っている。
俺が必要とする香辛料がすべて。
「バオクリエアってのは、本当に香辛料の名産地なんだな」
「せやで。揃わへんもんなんかあらへんねん」
シャンバリーレから感じた、懐かしい『アノ香り』。
これにクミンシードを混ぜれば尚更深い香りになるだろう。
ターメリックにコリアンダー、それに唐辛子にフェンネル…………
これだけ色々揃ってりゃ、いいガラムマサラが作れることだろう。
そして、ガラムマサラがあれば『アレ』が作れる。
そう。お子様ランチの種類を増やそうとして真っ先に思いついたメニュー。
こっちの世界に来て一度も食べてない、日本人の大好物。
カレーだ!!
「レジーナ」
「なんやのん、嬉しそうな顔してからに」
にこにこと俺を見るレジーナの頭をわっしゃわっしゃと撫でてやる。
「いい女だな、お前は!」
実にいい『目』を持っている。
称賛に値する。
褒めて遣わすぜ、惜しみなくな!
「…………せ、せやったら…………介護は、自分に頼もっかな……」
顔を真っ赤に染め、もごもごと口の中でくぐもった言葉を呟くレジーナ。
あはは、それはちょっとごめんかなぁ。介護は無理だわぁ。
よし、聞かなかったことにしよう。
「ある程度まとまった数が欲しいんだけど、どうにか手に入らないか?」
「ここにあるのでよかったら持っていってもえぇけど、もっと必要なんやったら……二週間くらいかかるかなぁ……ちょうどバオクリエアから行商がくんねん」
「あれ? 香辛料の流通始まったのか?」
「まぁ、事件があったんも結構前やさかいな。あ、でも、ここの行商ギルドが取り扱っとらへんのもあるさかい、ウチ個人のルートで仕入れたるわ。そっちの方が安上がりやさかいな」
本当、よく出来たヤツだ。
いい嫁になれるんじゃないか? いや、それは無いか。親友が部屋の片隅に溜まったホコリだしな。いい嫁にはなれないだろう。うん、無理だな。
今ここにあるスパイスを使わせてもらって、試作を作り、本格的に始めるのは二週間後……大会の後か。まぁ、いい頃合いかもな。
「何するつもりか知らんけど、ウチに出来ることがあったらなんでも言うてな。協力したるさかいに」
「そうか。んじゃあ……」
頼もしいレジーナに向かって、俺はどうしてもやってほしいことを告げておく。
「大会の救護班よろしくな」
「それはどうやろなぁ……人多いしなぁ……」
てめぇ……
意地でもやらせてやると心に誓った、ある日の午後だった。
いつもありがとうございます。
レジーナをたっぷりお送りいたしました。
名前はよく出てくるのに姿が見えないレジーナ。基本、余計なことしかしない女です。
この娘に需要があるのかどうか…………微妙だな……まぁ、変萌えとか、きっといるでしょう。
さて、
よく、「面白いと女の子にモテる」などと言われ、
合コンで必死に面白キャラを演じる系男子がいたりしますが、
私が思うに、モテる面白い人っていうのは『ツッコミ』なんじゃないかと。
誰よりも面白い、ひょうきんなキャラは、合コン参加者『全員』に好かれ、
人気者ポジションに収まることは出来るでしょうが、その後上手くいって付き合い始めると、
意外と『ボケ』はつらかったりするんです。
みんなの人気者ではなく、狙ったあの娘と仲良くなりたい方は、
是非『ツッコミ』をマスターしてみてください。
ボケよりも好感触を得られるはずです。
なぜなら、
ツッコミはしんどい!
からなんです。
人は誰しも、心のどこかに「ちょっとボケてみたいな」という思いを抱いています。
真面目一辺倒な頑固オヤジであったとしても、『楽しいこと』が嫌いなわけではないんです。そういう人は上手くボケられないだけで。
まぁ、一般の人はあんまりボケたりしませんから、上手いわけがないのですが……
そこで必要になってくるのが『上手いツッコミ』なのです。
相手の、なんてことない小ボケを拾い、笑いへと昇華させられるのはツッコミだけなんですね。
自分のボケが、大きな『笑い』となって、他人を楽しませることが出来たとなれば、それは気分がいいでしょうね。
ツッコミのアシストによるものであっても、なんだかボケた人が面白いボケをしたからだと思われる、なんともおいしい思いが出来るのです。
ツッコミが上手いと、相手との会話も自然と弾むようになります。
ツッコミと言っても、「なんでやねん!」「お前はトーテムポールか!?」「君とはもうやっとれんわ!」という、激しいものだけではなく、もっとナチュラルなものでいいんです。
女子「若鳥のカリアゲ!(← 素の言い間違い)」
男子「どこの床屋行ってんの、そのニワトリ!?」
女子の間違いを笑いに変えることで、女子は恥ずかしいと思うよりも先に思わず笑っちゃって、「あ、この人面白い」と思ってくれたりするわけです。
ですが、実際刈り上げたニワトリが出てきてしまった場合は、店長呼んでクレームつけた方がいいと思います。
ヤシロの周りに女子が集まってくるのは、ヤシロがツッコミ上手だからかもしれませんね。
――陽だまり亭、客もいない、のどかな昼下がり
ジネット「ヤ、ヤシロさん! あ、あの…………っ! ち、……ちぇけら~!」
ヤシロ「うん。とりあえず、誰にやらされてるんだ?」
ジネット「い、いえ! これは、ヤシロさんに楽しんでいただこうと、わたしなりのギャグを考えて……!」
ヤシロ「で、黒幕は誰だ?」
ジネット「えっと……ロレッタさんが、『店長さんも、少しはボケてお兄ちゃんを楽しませなきゃダメです!』と……」
ヤシロ「よしジネット。ロレッタはあとでつむじの位置が変わるくらいに頭をグリグリしておくから、あいつの言った言葉は忘れろ」
ジネット「えっ!? ど、どのあたりからの発言をでしょうか?」
ヤシロ「いや、直近のものだけでいいぞ」
ジネット「よかったです……出会った頃からすべての記憶を失うと、さすがにちょっと悲しいなと、思ってしまいました」
ヤシロ「そこまで求めねぇよ!」
ジネット「くすくす……」
ヤシロ「なんだよ?」
ジネット「いえ、ロレッタさんが、『お兄ちゃんはツッコミが癖になっているです。だからボケてあげると喜ぶです』って言っていらしたので……本当に、ヤシロさんはツッコミがお好きなんですね」
ヤシロ「好きで突っ込んでるわけじゃねぇよ」
レジーナ「好きでもない相手に突っ込んどるんか自分!? 一体どんだけズッコンバッ……」
ヤシロ「帰れぇーい!」
――ドア「ガチャ」レジーナを「蹴りっ!」レジーナ「ぽ~ん……どさっ」ドア「バタン!」
ヤシロ「……はぁ、はぁ…………どこからでも湧いてきやがって」
ジネット「鮮やかです。まるで、遺伝子にツッコミのスキルが刻み込まれているようです!」
ヤシロ「人を関西人みたいに言うな!」
ジネット「かんさい、人?」
ヤシロ「いや、なんでもない。あ、念のため言っておくが、関西人全員がそういう人種なわけじゃないからな」
ジネット「よく、分かりませんけれど……?」
ヤシロ「まぁ、いい、忘れてくれ」
ジネット「あ、それから、これもロレッタさんがおっしゃっていたんですが、『お兄ちゃんは、実は……』」
ヤシロ「なぁ、ジネット」
ジネット「……はい?」
ヤシロ「あの……『お兄ちゃん』『お兄ちゃん』言うの、やめてくんない? なんか、お前に『お兄ちゃん』って言われるの、ちょっと恥ずかしいんだけど」
ジネット「あっ、それはすみませんでした……あっ!」
――ジネット、何かを思いついた顔で、「うふふ」と笑う
ジネット「では、今後は気を付けますね、『おにぃ~ちゃん☆』」
ヤシロ「ぶふっ………………」
ジネット「あれ? 突っ込まないんですか、ヤシロさん? わたし、今、ボケましたよ?」
ヤシロ「いや……あの……」
ジネット「すみません。分かりにくかったでしょうか? 『お兄ちゃん』と言わないと言いつつ、直後に『お兄ちゃん』と言うことで、結局『お兄ちゃん』と呼んでいるじゃないか、という趣旨のボケだったのですが……もっと『お兄ちゃん』を強調した方が分かりやすかったでしょうか?」
ヤシロ「いや、分かってる! 分かってるから『お兄ちゃん』を連呼するな!」(ヤシロ、顔真っ赤)
ジネット「はい。分かりました、お兄ちゃん」
ヤシロ「ごふっ!」
ジネット「…………あっ、すみません、なんか癖なってしまって。気を付けますね、ヤシロお兄ちゃん」
ヤシロ「……もう、勘弁してください」
ジネット「うふふ……ロレッタさんがおっしゃっていたのは、こういうことだったんですね。わたし、今、ちょっと楽しいです」
ヤシロ「いや……絶対違うと思う…………つか、俺を楽しませるんじゃなかったっけ?」
ジネット「では、わたしのことを『お姉ちゃん』と呼んでもいいですよ」
ヤシロ「…………なんでやねん」
ツッコミがモテるとかそんなんどうでもいいですね。
天然は可愛い。
それが世の摂理です。
次回もよろしくお願いいたします。
宮地拓海




