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異世界詐欺師のなんちゃって経営術  作者: 宮地拓海
第一幕

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117話 甘え

 とりあえず、また日を改めて話をしよう。

 そういうことで話はまとまり、その日は解散となった。


 帰りは、デミリーが馬車を出してくれたので楽ちんだ。

 別に、金をケチってデミリーにたかっているわけではない。

 徒歩で訪れたエステラを、デミリーが馬車で送ってやる。こうやって素直に甘えることで、四十二区は四十区に守られる立場にあり、敵対する意思は皆無であると暗に示しているのだ。これも、領主間の配慮と言える。

 もともと経済格差の大きい区間でのこと、デミリーは太っ腹に馬車を提供することで威厳も保てていたのだ。

 エステラだって、ちゃんと相手を立てているのだ。

 そういう貴族的な気の遣い方だってやっている。


「よかったな。なんとかなりそうで」

「うん……そうだね」


 帰りの馬車の中、エステラはホッとしたような表情を見せながらも、どこか考え込んでいるようだった。

 精神に重いダメージを喰らうと、その後もそれなりの時間引き摺ってしまったり、「今日はもう寝たい」って気持ちになったりするから、まぁ、この反応は分からんでもないが……


「日を改めての三者会談だ。今度はもっと作戦を練っていかねぇとな」

「うん……そうだね」

「四十一区の方は、メドラがきちんと話をつけてくれるって言ってたし、任せておけば大丈夫だろう」

「うん……そうだね」


 ……壊れかけのレイディオか。


 エステラは、流れていく窓の外の景色をボーっと眺め、ずっとメランコリーな表情をしていた。

 まぁ、思うところもあるのだろう。

 正直、今回は色々痛いところも突かれたしな。


「陽だまり亭に寄ってくか?」

「え………………いや、今日はいいや」

「プリンでも食えば、ぷりんっと疲れが取れるかもしれないぞ」

「うん……そうかもね。でも、いいや」


 ぅあっ、スルーされた!?


「プリンには牛乳がたっぷり使われているから、食べ続ければおっぱいが大きくなるかもしれん! なんたって、プリンだからな! ぷるんぷるんのプリンだからなっ!」

「ふふ……ヤシロはホント、おっぱいが好きだねぇ」


 誰ー!?

 この人一体誰ですかー!?

 俺の知ってるエステラはこんな人生に疲れ始めたOLみたいなヤツじゃない!


「なぁ、エステラ」

「ん?」

「あんま、気にし過ぎんなよ」

「…………ん」


 発せられた短い音は、決して「了解」を意味するものではなかった。


「前向きに考えろ。自分の落ち度を知り、その上でこの次が確約されてるんだ。これはかなりの好条件だと思うぞ」


 己の欠点を知ったなら、そこを補えばいい。

 親切にも知らせてくれたんだ。それはつまり、やり直せるチャンスをくれたってことだ。何も言わず関係を断ち切ることだって出来るのだから。

 だがそうならないように知らせてくれたのなら、今この瞬間から悔い改めて新しい自分を見せればいい。これから先、同じ過ちを繰り返さないよう自分の足で歩いていけばいい。

 その姿勢を見届けてやると、メドラたちは言っているのだ。


 もう一度、話し合いの場を設ける。


 それが、ヤツらが俺たちにくれた最大の譲歩だ。

 そこで結果を残せば、事態はがらりと変わる。停滞は打破され、新たな関係が構築される。


 そんな時に、ヌボーっとしけた面をしていちゃいかんのだ。


「エステラ。盛り下がるのはおっぱいだけにしとけ」

「……うん…………そうだね」


 ダメだ、こりゃ。


 それからまた、エステラは無言で窓の外へ視線を向けた。

 今はそっとしておこう。そう思い、俺も窓の外へと視線を向ける。


 流れていく景色は、広々として見晴らしのいい大きな通り。

 四十一区の大通りだった。

 だが、やはり閑散としている。見晴らしがいいというか……殺風景に見えた。


 一度、この街を歩いてみる必要があるかもしれんな。


「なぁ、御者さん」


 車内の小窓を開けて、馬車を操縦している御者に声をかける。

 御者は体を少しずらしてこちらに顔を向ける。よく日に焼けた小麦色の肌をしたオジサンで、麦わら帽子を被っている。そのニコニコとした表情から、人のよさがはっきりと伝わってきた。

 こういう人間が仕えているあたり、デミリーがいかに人徳者かが分かるというものだ。


「四十一区の名物料理ってなんなのかな?」

「料理ですかい? そうですねぇ…………」


 御者のオジサンはあごひげを指でなぞり数秒考えた後、顔をクシャッとさせ笑顔でこう言った。


「やはり、肉でしょうな。狩猟ギルドが狩ってきた魔獣の肉を焼いて食らう。それだけで堪らない美味さでさぁ。酒が進むんですぜ?」

「それ、料理かよ?」

「いやいや。下手に手を加えない方がいいって時もあるんでさ」

「それもそうだな。ありがとう」

「いえいえ」


 小窓を閉め座席に深く座る。

 名物料理は肉……か。


 その割には、肉の焼ける香ばしい匂いがしてこない。大通りを通っているというのにだ。

 名物なら、通りのあちこちで焼いていたっていいだろうに。


 四十一区という街のことが、少しずつではあるが……分かってきた気がする。


 それからほどなくして、馬車は四十二区へと入った。

 領主の館の前で停車し、俺たちは馬車を降りる。御者に礼を述べ、馬車を見送った。


「それじゃ、ヤシロ。ボクはこれで。気を付けて帰ってね」


 覇気のない声で言われ、俺は「お、おう」としか返せなかった。

 相当まいっているようだ。


 結局のところ、今回は相手にも非があると認めさせた『だけ』に過ぎない。

 こちらの落ち度に関しては『謝る必要が無い場所での言及を避けた』だけだ。


 エステラが非礼を行ったのはリカルドに対してであって、それに関してメドラやデミリーに文句を言われることはあっても、謝罪をする必要はない。

 もっとも、それが元でかけてしまった迷惑に関しては謝るが……


 エステラがリカルドに気を遣えなかったことは、エステラとリカルドの話であって、いくら親も同然に可愛がっていたと言ったところで、他人のメドラに謝るいわれはない。

 だから、今回は俺が話の方向をねじ曲げた。


 あそこでメドラに対して謝罪をしてしまっていたら、きっとエステラは背負わなくていい重荷を背負わされていたことだろう。何かある度にメドラにまで筋を通さなければいけなくなる、とかな。

 いくら懇意にしていようと、家族も同然であろうと、分けるべきところはきっちりと分けて考えるべきなのだ。

 だから、エステラには謝らせなかった。


 ……それが、もしかしたら重荷になってしまったのかもしれない。

 とぼとぼと、館に入っていくエステラの背中を見ながら、そんなことを思った。

 謝罪は、口にすることで多少は心が軽くなるものだ。ほんの一瞬、心を誤魔化すことが出来る。もっとも、誤魔化せるのは限られた時間だけだけどな。


「まぁ、エステラも少しは一人で考えたいこともあるだろう…………」


 ついさっき、自分で言ったことだ。

 いくら親しくとも、分けるべきところは分けるべきなのだ。

 こいつは、俺が口を挟んでいいことじゃない。

 エステラとリカルドの間にあった過去のあれこれ。

 領主代行として、他区の領主や全区を股にかける大型ギルドのギルド長とのやり取り。交渉。対話。


 そこは俺のあずかり知らぬ部分だ。

 部外者である俺が踏み込んじゃいけない部分だ。


 だから、俺は口を出さずに見守っているべきなのだ。

 そんなことを思ったわけだが……


 気が付くと、俺の体は領主の館に向かって足を踏み出していた。


 今は放っておいた方がいいということは分かる。

 だが、「このまま、放っておいていいのか?」と問われたならば、答えはノーだ。


 いくら「放っておいた方がいい」と言われようとも、俺自身が「放っておきたくない」と思っちまったんだ。

 俺の体は、勝手に動いていた。


 門には二人のメイドが立っている。……止められるか? と、思いきやススッと道をあけて深々と頭を下げる。……入っていいのかよ。

 館のドアの前にいた二人のメイドは、俺を見るやツツッと左右に分かれ、黙ってドアを開いてくれた。……自動ドア?


 なんてセキュリティーの甘い館だ。領主の館がこんなんでいいのか!?


「ヤシロ様」


 と、思っていたら、館の最終防衛ライン――ナタリアが現れた。


「……うむ、通ってよし!」

「顔パスかよ!?」

「ヤシロ様のことは、我らメイド一同、よく存じ上げておりますので」


 恭しく礼をするナタリア。……外で見るのとは、なんだか雰囲気が違う。

 やっぱあれか? 部下が見ているとちょっとはシャンとしないといけないって意識が働くのか?


「つい先ほどお嬢様が思い詰めたご様子でお戻りになられて、ヤシロ様の元へ伺おうかと思っていたところです」


 エステラに何かある度に俺を頼られても困るんだが……ま、今回は一肌脱いでやるさ。そのつもりだったし。


「では、こちらへ」


 くるりと踵を返し、ナタリアが俺を誘うように歩き始める。

 その後ろに付いていくと、廊下ですれ違うメイドたちが立ち止まり、みな一様に深々と頭を下げる。……なんか偉そうで、ちょっと気が引ける。


「ヤシロ様」


 とある部屋の前でナタリアが立ち止まる。来たことがない部屋だな。


「こちらがお嬢様の寝室となっております」

「寝室?」


 塞ぎ込んじまったのか?


「現在お嬢様は不在ですので、くんかくんかし放題となっております」

「余計なことしなくていいから!」


 不在な場所に連れて行ってどうする!?


「こちらが衣装室の扉でございます。下着は奥のチェストの中でして、特に上から二段目と三段目には男心をくすぐるセクシーなものを選抜して……」

「エステラのいる場所へ連れて行ってくれるかな!?」

「えっ!? し、しかしっ、お嬢様がいない今だからこそ漁れるのであって……はっ!? お嬢様の見ている前で下着を漁って羞恥を与えるという高度なプレイを……!?」

「何を狼狽えとるんだ、お前は!? するか、そんなこと!?」


 こいつは部下が見ててもちっともシャンとしやがらねぇ!


「ヤシロ様にやる気を出してもらおうと、私なりに精一杯考えた結果ですのに……」


 もうお前は何も考えるな……


「……今回のような急な呼び出しは珍しいことなのです」

「ん? デミリーのことか?」

「はい。……やはり、私もお供するべきでした……お嬢様があのようなお顔でお戻りになられるなんて……」


 こいつはこいつなりに色々思うところがあったんだな。

 メイド長であるナタリアは、いつでもエステラにべったりというわけにはいかない。

 特に今回のように、馴染みのある場所へ行く時は職務を優先させることが多い。デミリーはいつも友好的だからな。

 また、領主『代行』であるという立場から、あまりお供をわらわら引き連れて歩くのは好ましくないのだそうだ。

 確かに、副総理大臣補佐代理みたいな人物が大統領ばりの警備態勢で隣街の視察とか行ったらひんしゅく買うだろうしな。


 ちゃんと気を遣ってんじゃねぇか、エステラも。


「ヤシロ様」


 それを知っているからこそ、ナタリアもそばにいたいという思いをグッと我慢しているのだ。

 真剣な表情で俺を見つめ、深々と頭を下げる。


「お嬢様を、よろしくお願いいたします」

「あぁ……任せとけ」


 俺にしたって、多少トラブルを起こしてでもなんとかするつもりでここまで踏み込んできたんだ。言われるまでもない。


 礼をしたまま、ナタリアがそっとドアを開ける。


「謝礼は、奥のチェストからお好きなものを……」

「衣裳部屋のドアを開けてんじゃねぇよ!」


 帰るぞ、このまま、Uターンして!

 今、俺ちょっと真面目モードなんだから!


 アホのナタリアを軽くシメた後、俺は執務室へとやって来た。

 ここはエステラの仕事部屋らしい。


 二度ノックをして、ナタリアはゆっくりとドアを開いた。

 返事を待たなくていいのかと思ったのだが……ナタリアは特別な権限でも持っているのだろう。エステラが信頼を寄せている証拠だな。


「お嬢様。お客様です」

「え? 客…………あ」


 大量の書類が積み上げられた執務机の向こうに、エステラは座っていた。

 俺を見つけるや、表情が微かに曇る。

 複雑な感情の波が見て取れる。


「では、あとはよろしくお願いいたします」


 本当はそばにいたいだろうに、ナタリアは空気を読んで部屋を出ていく。

 ……ちゃんとあとで結果を報告してやらなきゃな。


 んじゃまぁ、いい結果を報告出来るように頑張りますか。


「エステラ。久しぶりだな」

「なんだよ、それ……帰ったんじゃないのかい?」

「大事なことを言い忘れてたからな」

「へぇ……聞かせてもらおうか」


 弱々しい笑みを浮かべて、エステラは椅子の背もたれに身を預ける。

 精神を疲弊させたような、気だるさが感じられる。


「お疲れだな」

「……そう、かもね。うん。ちょっと疲れたよ」


 エステラは息を吐いてから肘掛けに体重をかけて頬杖をつく。

 頬が潰されて、拗ねたような表情になる。


「……メドラの言う通りなんだよ」


 ため息に載せるように、エステラが胸のうちにもやもやと鬱積された言葉を吐き出す。


「ホント……嫌になるくらい、図星だったね」


 メドラの言う通りってのは、リカルドに対して筋を通していなかったってことだろう。


「リカルドがさ、言っていたことを覚えているかい?」

「嫌なことはすぐ忘れる性質でな」

「ふふ……ヤシロらしいね」


 笑った後で、もう一度背もたれにもたれ直す。

 椅子が軋みを上げエステラの体が沈み込む。赤い髪が、ふわりと揺れる。


「『これまで散々優遇していた恩も忘れて』って言ってたろ? それで考えてみたんだけど……ボク、やっぱり優遇されてたんだよね。それを当たり前だと思っていただけで……ボクは、優遇されていたんだよ」


 そのことに思い至り、ここまでダメージを受けてしまったのだろうか。

 確かに、他人から受ける親切というものは、そのありがたみを見失いがちだ。

 一人暮らしを始めて、初めて母親のありがたみを感じる……なんてことは誰にでもある経験だろうが、それがまさにそうなのだ。これまで当たり前に享受していた恩恵が、実はとてもありがたいことで、そして相手はそのために多大な苦労をしてくれていたのだ。

 母親でたとえを続けるなら、朝早くに誰より先に起きて飯の用意をし、時間になれば家族を起こし、そして事前に洗っておいた服を差し出し、家族を見送った後には片付けだ……

 やれと言われたらノータイムで拒否するような面倒くさいことを、毎日、当たり前のようにやってくれる。

 ただ、それを受け取る方はそれを当たり前としか認識出来ていないことが多い。


「恩恵を受けていたのに……ボクは不平や不満ばかりを感じていたんだ……」


 人はみな、同じ過ちを犯しやすい。

 誰だって、自分の置かれた境遇を顧みることなど出来ないのだ……恵まれている間は、特に。


「もともと、四十一区に対しては苦手意識があって……いや、違うな……四十一区のことを嫌っていたんだ。父が、リカルドの父親にいじめられているように、幼かったボクの目には映っていたから」


 しかしそれは、エステラが見た一面でしかない。

 それが真実でないわけではないが、それだけが真実なわけではないのだ。


「だから、リカルドの父親のことは嫌いだった。そして、当然のようにその息子のリカルドも嫌いになった」


 着飾ろうとも取り繕おうともせず、エステラは「嫌い」という言葉を素直に口にする。そこには、己の非を認めた潔さが見て取れた。


「まぁ、リカルドはもとよりあの性格だからね。父親のことがなくても、反りが合うなんてこと、絶対なかったと言い切れるけど」


 ほんの少し自嘲したような笑みを浮かべてエステラが言う。

 まぁ、エステラとリカルドじゃ、たとえ目指す場所が同じであっても、真逆の道と手段を選びそうだからな。


「でも、ただ『嫌い』で済んだものを、ここまでこじらせてしまった原因は、きっとボクの方にあったんだ……」


 小さく息を吐き、エステラがギュッと唇を噛みしめる。そして、心を決めたように話し始める。


「リカルドの父親……四十一区の先代領主が亡くなった時、ボクは葬儀に参列しなかったんだよ……父がね、出なくていいって言ったから。リカルドに対するボクの思いも知っていたし、そういう場で下手な騒動を起こすとマズいだろう? だから、ボクは葬儀には参列しなかった」


 父親に行かなくていいと言われれば、それを押して参列しようとは思わないだろう。だが、周りから見たらどう映るか……


「それから、新領主の就任の際のお披露目会にも、ボクは参加していない」

「お披露目会なんてするんだな」

「まぁ、堅苦しいのは抜きにして、今後ともよろしくって挨拶するだけみたいなもんだけどね……」


 前領主が持っていた縁故を継承するためのものなのだろう。

 それも、領主であるエステラの父親が出席していれば、問題ないと言えばないかもしれんが……


「よく考えてみたら、ボクは四十一区の行事に、ことごとく不参加なんだ。……言われてから気付いてるようじゃ遅いんだけど……そりゃ、何度も続けば不愉快にもなるよね……」


 そう、些細なこともあまりに続けば不敬に思われる。

 実際、エステラは領主ではないし正式な次期領主という立場でもない。結婚でもしてしまえばエステラの旦那が領主になるわけで、エステラ本人が領主を継ぐとは限らないからだ。

 その程度の立ち位置……そう思えば行事への参加は必須ではないだろう……しかし。


「メドラの言う通りだよ……ボクは、領主代行と女を都合よく使い分けていた。中途半端だったんだ……」


 領主の娘。

 領主になるかどうかも分からない立場。

 それ故に大目に見られていたことも、領主が病に倒れて臨時で領主の任に就いたことでそうではなくなってきている。


「四十二区に街門を作るにあたって、ボクはそれまでのことをなんら考慮に入れていなかった。散々恩恵を受けておきながら、四十一区とは門の向く方向が違うから利用者を奪い合うことにはならないとか、あさってのことばかり書き連ねて……まず最初に言うべき事柄を何も言っていなかった。その上、手紙だけで済まそうとして…………」


 四十二区がこれまで授かってきた恩恵――


 その一つが狩猟ギルドの支部だとエステラが教えてくれた。

 あれは、四十二区に紛れ込む魔獣を討伐するために、エステラの父が四十一区の先代領主に頼んで設置してもらったものらしい。四十二区がお願いして置いてもらっている状況なのだ。

 支部の連中は四十二区の住民という扱いになっている。

 しかし、四十一区の本部の金で四十一区にある街門を使用している。

 にもかかわらず、ウッセたち支部の者が狩った獲物は四十二区の利益へと計上される。

 四十一区の利益を奪っているようなものなのだ。


 それをなぁなぁにしたまま、四十二区は自区に街門を作り始めた。

 エステラが代行ではなく領主を引き継いでいたなら、父親同士が取り決めた約束や決まりも、その時点で、現四十一区の領主であるリカルドと改めて話し合わなければならなかっただろう。

 だが、エステラは代行の立場だった。だから、リカルドも現状のまま特に追及することなく見過ごしていてくれた。


 しかし、街門計画を推し進めたのは代行であるエステラだ。

 それならそれで、通すべき筋があるだろうと、いい加減優遇されたままの立場を取り続けるのはどうなんだと、そういう部分を指して『挨拶もない』と糾弾してきたのだろう。


「思い知らされたよ。ボクがいかに無知で無責任なことをしていたかを…………今さら気付いても、もう遅いのかもしれないけれど……」

「んなことないだろう」


 散々悩んで、とことんへこんで、それを吐き出して少しスッキリしたエステラに、俺は伝えるべき言葉を告げる。

 多少回りくどい言い方になるかもしれんが、今なら伝わるだろう。


「多くの者が、そのことに気付くことすら出来ないんだ。気が付いた分、お前は一歩進んだところにいるんだよ」

「……気付かされたんだけどね」

「それでも、まだ救いようはあるさ」


 これは下手な慰めじゃない。

 気付きというのは簡単そうでかなり難しい。


 世界には多くの人間がいて、その中の一部として生きているようなつもりになってしまう。

 だが、人間は常に一人だ。そばにいる仲間にしたって一対一の関係がいくつもあるだけなんだ。

「みんながやっているから」「みんながそう言うから」「みんな一緒だから」という考えは非常に危険だ。


 十年来の友人の輪の中に初対面の者が紛れ込んで、同じように馴れ馴れしくしてきたらどう思うだろうか?

 第三者が見れば理由は明白でも、当事者はそれに気が付かない。多くの場合「なぜ自分『だけ』が冷たくされているのだろう」と戸惑うのだ。

 自分『だけ』という発想に捉われて周りが見えていないから。


 人間関係は常に一対一だ。お互いに親交を深め絆を『築き上げていく』ものなのだ。

 それに気付かず周りと同じように行動すれば、必ず摩擦が生じる。築き上げた絆が無いのだから。


 エステラは、そこを怠った状態で、片足だけを領主たちの世界に突っ込んでいる状態なのだ。

 四十二区の状況を鑑みれば仕方のないことなのかもしれない。

 他区だって、そこを理解してくれているから、あまり厳しいことは言わずに大目に見てくれている。あのリカルドですら、だ。


 だが、四十二区の領主が倒れたのは昨日今日の話ではない。

 もう一年以上の月日が経過しているのだ。

『仕方ない』と言ってもらえる期間はもはやとうの昔に過ぎている。それなのに、四十二区はいまだなんの答えも出さずに、周りの厚意に甘えたままだ。

 これは、現領主であるエステラの父親がきちんとけじめをつけなければいけない問題だ。戻れないなら戻れないで、代理などではなく、正式にその立場を誰かに託さなければいけない。

 それすら出来ない状態にあるというなら、現在代理を任されているエステラが、その判断を下さなければいけない。


 メドラが中途半端だと言ったのは、そのあたりのことなのだろう。


「まいったよ、正直…………ボクは、自分の欠点を知らな過ぎた……」


 まいった。

 その言葉を体で表すように、エステラはぐったりと椅子に身を預ける。

 泣かないのは、俺がいるからかもしれない。


 領主のことには、俺は足を踏み入れられない。

 ……なんていう言い訳も、中途半端なことだよな。これだけ、散々、好き放題に、口を挟んでおいてな。


 ……俺にも、責任はあるわけだ。

 エステラがこんなにまいっちまった、その理由に。


「相当まいってるようだな」

「はは…………さすがにね」


 片腕で目元を覆い隠し、アゴを上げて天井を仰ぐ。


「……自分のふがいなさを突きつけられるのは、こたえるよ」


 そんな顔を見たからだろうな。

 別に格好をつけるつもりもない。

 ヒーローを気取るつもりもないが…………俺はこんな言葉を吐いていた。


「俺に任せろ」

「…………え?」


 執務机を越えて、エステラのすぐ隣にまで歩いていく。

 本来ならあり得ないような失礼な行為だ。机の向こうはエステラのテリトリーだ。そこへ踏み込むなど、宣戦布告と言われても文句の言いようがない。

 だが、俺は踏み込む。



 俺は、お前にとって特別な存在だろう。



 そう問いかけるように。

 真ん前に立ち、エステラを見下ろす。


「……な、なに? …………えっ!?」


 片側の肘掛けに手を載せて、グッと身を乗り出す。

 俺と背もたれに挟まれて、エステラは逃げ場を失う。


「ちょ……ヤシロ…………近い、よ……」


 しきりにドアへと視線を向ける。

 心配しなくても入ってきやしないさ。ナタリアは俺に託したのだから。


「お前に足りない部分は、俺が補ってやる。お前が疲れたんなら、俺が支えてやる。お前が泣きたい時は……俺がそばにいてやる」

「……ヤ、シロ……?」

「お前は短絡的で直情的で、平たく言えばちょっとバカだ」

「な……っ!?」

「だから! ……俺が知恵を貸してやる」


 どうあがいたって、数日や数週間でこいつが立派な領主になるなんてことは不可能なんだ。

 だったら、一人で出来ないなら……誰かが手伝ってやるしかないだろうが。


「何かに悩んだら俺に相談しろ。何かに迷ったら俺に意見を仰げ。何か成し遂げたいことがあるなら、迷わず俺を頼れ」

「…………けど、そこでまた甘えちゃうと……」

「何言ってんだよ」


 本当にお前は、頭が固い。

 なぜそれを甘えと取るのか……

 なぜ経過を重要視するのか……


 大事なのは、俺たちがハッピーになれる結果だろうが。


「有能な人材を使いこなしてこその領主だろうが」


 俺ほどの男が、特別に時間と労力を割いてやってもいいと思っているんだぞ?

 俺ほどの大物にそこまで思わせることが出来た手腕を誇れよ、領主代行。


「視点なんぞいくらでも変えてやれ。屁理屈上等。他人がなんだかんだ言うなら、最高の結末を突きつけて黙らせてやれ」


 相手の言い分をもっともだと聞き入れる必要も、バカ正直に付き合ってやる必要も、まったくない。

「お前はズルい」と言われれば「要領がいいのだ」と言い返してやれ。

「他力本願だ」と言われれば「カリスマ性のなせる業だ」と笑ってやれ。

「卑怯者」と誹られれば「最高の褒め言葉だ」と胸を張ってやれ。歴史に名を残すような偉人は、どいつもこいつも少なからず卑怯な一面を持っている。それが「卑怯者」か「策略家」は後世の人間が勝手にああだこうだ言い合ってくれるさ。勝手に言わせておけ。


 美少女に「変態!」と罵られるのは一部地域では「ご褒美」らしい。それくらいの精神でいてやりゃあいいんだ。


「お前には俺がいる。デミリーにもリカルドにもいない、最高のブレーンがな」

「……自分で言うかな、そういうこと」

「言うに決まってんだろう。俺を誰だと思ってんだよ?」

「……オオバ・ヤシロ。四十二区一の……変わり者だよ」


 変わり者や異端者と呼ばれる者は、理解されなかった大天才なのかもしれねぇぜ。


「俺を頼れ、エステラ」

「…………うん」

「胸の悩み以外なら、大抵のことはなんとかしてやれると思うぞ」

「…………どうしていつも一言多いのかな、君は」


 ようやく、エステラが憎まれ口を叩いた。 

 そう、それでいいんだ。お前は、そうやって目元に涼しい笑みを浮かべていればいい。


 その目が、きらりと光を反射する。

 網膜の表面に透明の膜が張り、うるうると潤み始める。


「ちょ……と………………ごめん」


 くるりと椅子を回転させ、俺に背を向ける。

 体を丸めて、顔を押さえる。

 ……飛び込んでこいよ、こういう時くらい素直にさぁ。


「…………あり……ありがとね。ちょっと、色々いきなりでこんがらがってるけど…………今日一晩で、気持ちを整理して……明日…………明日には、元気になってるから…………だから……今日は、ごめん」

「……そうかい」


 俺の胸に飛び込んでしまえば、領主代行としての何かが壊れそうな気でもしているのだろう。

 フラフラ振れている針が女に大きく傾いてしまうと。

 ここが、エステラの譲れないラインなのだ。

 こればっかりは、踏み込むわけにはいかないな。


「んじゃ、明日。陽だまり亭に飯を食いに来いよ」

「……うん。必ず」


 背もたれをポンと叩き、俺は出口へと向かう。


「あ、そうそう」


 ドアの前で立ち止まり、最後に一言残しておく。


「お疲れさん」


 背もたれの上からにょきっと腕が伸びて小さく振られる。

「ありがとう」だそうだ。


 リカルドと同じことをしているのに、受け取るメッセージがこうも違うもんなんだな。


 執務室を出ると、ナタリアがそこにいて、深々と頭を下げてきた。

 やめてくれ。柄でもない。


「………………門まで、お送りいたします」


 ナタリアは何かを言いかけて、結局何も言わなかった。

 もしかしたら、現領主のことなのかもしれないなと、なんとなく思った。

 一年以上も病に伏せり、ずっと人前に姿を現さない。……おそらく、領主として復帰することは難しいだろう。


 だが、それを俺に言うのはお門違いだ。

 ナタリアもそこら辺はよく理解している。

 下手な言及も不要な詮索もしない。俺としては、非常に居心地のいい環境だ。


 門のところでもう一度深々と頭を下げられ、俺は領主の館を後にした。


 少し歩いて、不意に口から言葉が零れ落ちていった。


「……なんだかなぁ」


 自分から「俺を頼れ」だなんて、そんなことをエステラに言うとは思わなかった。

 そんな日が来るなどと、考えもしなかった。

 領主なんて権力を持ってるヤツは、こっちが好き勝手に利用するためのものだと思っていたのに……

 俺は積極的にそいつを守る立場を選んじまったわけだ。


 利用するはずが、気が付けば手を差し伸べているなんて……


「そんなヤツ、ジネットだけで十分だっつーの……」


 俺は、本当に…………何をやっているんだろう。

 四十二区を飛び出して、近隣の区とのいざこざにまで首を突っ込んで…………


 物語の世界では、異世界からやって来るのは勇者や英雄と相場は決まっている。

 だが、現実はそう上手くはいかない。

 異世界からやって来た俺は、ただの詐欺師だ。英雄なんてとんでもない、ただの悪人だ。


 そんな俺が……人助けなんて…………


「あ、ヤシロさん!」


 考え事をしながら歩いているうちに、俺は陽だまり亭へと戻ってきていたらしい。

 店の前で、ジネットが手を振っていた。


「………………あ」


 ……あぁ……なんてこった。

 なんだよ、この気持ち…………


 陽だまり亭を見て。

 その前で手を振って俺を迎えてくれるジネットの笑顔を見て……きっと四十区まで出かけていたせいなんだろうな…………俺は、ホッとしていた。

「あぁ、帰ってきたなぁ」なんて……そんなことを、思ってしまったのだ。


「お疲れ様です」

「あぁ……ただい、ま」

「おかえりなさい」


 そんな何気ない一言に、言いようもないほどに…………癒された。


「ジネット……ごめん」

「え? なんですか?」


 俺はジネットから顔を背け、逃げるように陽だまり亭へ入る。


「…………恥ずかしい」

「ふぇえ!? わたし、何かしましたか? あの、ヤシロさん!?」


 そのまま食堂を突っ切って厨房を抜けて、中庭と階段を大股で通り抜ける。

 誰にも見られなかっただろうか……この、だらしなく緩みきった顔を……



 くっそ…………

 俺もすっかり甘えちまってんじゃねぇかよ。


 エステラのこと、言えねぇなぁ……こりゃ。







いつもありがとうございます。



ぐはぁっ!


またしてもレビューをいただいてしまいました!


じゅ、十三件……(いつか愛想尽かされて消されることがあったとしても、この時点では十三件確かにあったんです! 嘘じゃないもん! トトロいたもん!)



ひと月ほど前、嬉しい感想を書いてくださって、嬉しさのあまり「おっぱ~い!」と叫んだ方が今度はレビューまで書いてくださいました。


まず所感が書かれているので、読み手がスタンスを決めやすいというのがいいですね。そしてそこから一気に畳みかけるように展開していくわけですが……

「長いです、濃いです」(じゃあ、読むのが大変そう)「ところがそうじゃないんです」(え、なんで?)「それはキャラがね……」

――と、まるで読む人と会話をしているのかと錯覚させるようなテンポのいい言葉運びで、「え、こっちの声聞こえてるの?」と思わせるような、ちょっとドキリとさせられる作りになっていました。面白いなぁと、素直に感心してしまいました。相反することを言っているようでその実、筋が通っている。見せ方の上手いレビューでした。



みなさん、いっぱいいっぱい書いてくださってありがたいです。

どなたも温かいレビューで……涙で前が……ぶくぶくぶく…………


どうもありがとうございました。





そして、ぐはぁっ!?(二回目!)

愛で前が見えない…………


感想欄、一晩で22件も感想をいただいてしまいました……おそらく最多記録です…………みなさん……


そんなにメドラが好きかっ!?


そうですね、

イメージは、


狩人×狩人のビスケ、

天空の城のドーラ、

龍玉の亀仙人(マッスルモード)みたいな感じですかね。


あ、そうそう!

一つ大切なことを言い忘れていました。



とある一流のシェフ曰く……


肉というのは、熟成させることで肉本来の旨みが出てくるものなんです。私は、本当に美味しい肉をお届けするために、あえて時間をかけて肉に旨みをたっぷりと溜め込んでいくんですよ……



それと同じように……熟成しきったメドラのおっぱいは……





すっごく、柔らかいです。





ぽわ~んってします。

なにせ、『熟成!』されていますからね!



…………おや? なんだろう、あまり共感が得られていない気が……はっ!? もしかしてみなさん筋肉カッチカチ派なんですか!?

腹筋美女とか、需要ある感じですか!?


あぁ……美女の割れた腹筋を指でなぞりたい……




さて、今回は、凄く落ち込んだエステラにちょっとしたご褒美があり……

フラグかと思いきや、大正義おっぱい魔神さんにおいしいところを掻っ攫われるというお話でした。


ご褒美って、時には大切ですよね。




ヤシロ「ただいまぁ……」

マグダ「……にゃっ」


――マグダ、ピョーンと飛んでテーブルの下に身を隠す


ヤシロ「……なんだよ、マグダ。ちょっと傷付くだろう?」

マグダ「…………獣の匂いがする」(ガタガタ……)

ヤシロ「ん? あぁ、もしかしてメドラに会ったからか?」

マグダ「……きしゃー!」

ヤシロ「本気の威嚇をされてしまった……」

ウーマロ「こんばんわっスー! あれ? マグダたんどうかしたッスか?」

ヤシロ「いや、なんか嫌われちまってな」

ウーマロ「な、なにしたッスか!? どんな卑猥なことをしたッスか!?」

ヤシロ「なんで卑猥なこと前提だ!?」

ウーマロ「見てッス! あの天真爛漫としたマグダたんが、あんなに怯えて、小さくなって……」

ヤシロ「つか……お前にはアレが天真爛漫に見えてたのかよ……それにビックリだよ」

ウーマロ「小さくなって震えるマグダたん…………マジ天使ッス」

ヤシロ「お前、もはやなんでもいいんだろ?」

マグダ「……ヤシロ、臭い」

ヤシロ「臭いは失礼だろ!? 俺と、メドラ……は、別にどうでもいいか、俺に! 俺に失礼!」

ウーマロ「マグダたんがそう言うと……なんか臭い気がしてきたッス」

ヤシロ「主体性の無いキツネめ! お前なんかこうだ!」(ヤシロ、ウーマロに抱きついて体をこすりつける)

ウーマロ「うわぁ! やめてッスー!」

ヤシロ「匂いを移してやる!」

ウーマロ「あぁっ! なんか、背筋がぞわぞわするッス!」

レジーナ「捗るわー!」

ヤシロ「…………今、なんかいたか?」

ウーマロ「……さぁ? 気のせいだと思いたいッス」

ヤシロ「それはともかく、匂いつきウーマロ発進!」(ウーマロの背中を「どん」)

ウーマロ「うわぁ、ちょっと!」(マグダの前に突き飛ばされる)

マグダ「……獣の匂いっ。きしゃー!」

ウーマロ「はぁぁあ……マグダたんに威嚇を…………威嚇……威嚇するマグダたん、マジ天使ッスー!」

ヤシロ「お前も大概だよなぁ……」




ウーマロは何をされてもご褒美に変換出来る、凄い脳を持っているんです。

うらやまし…………いや、そうでもないです。



今後ともよろしくお願いいたします。


宮地拓海

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