第31話
私っていつの間にかみんなを頼りにしていたんだな。
自分の力で何でも頑張っていたつもりだけれど、リベルトやエーメやシピ、この場にはいないけれどヴィンセントにも、いつの間にか心を許して、支えてもらっていたのだと花梨は改めて思い知った。
花梨の前に立つリベルトの硬く強ばった背中は、しかしとても広くて、花梨の視界からあの嫌なマキス王をすっぽり隠してしまった。
長身のせいもあるのだろうけど、まるで花梨を守る大きな盾のようだ。
エーメは花梨の隣で無表情な顔をさらしていた。
穏やかそうな顔つきだが、柔らかい茶目は静かにことの成り行きを見守っていて、その冷静さが頼もしい。
背後に立つのはシピ。
気を張りつめているのだろう。
びりびりと毛が逆立つような緊張が背後から伝わってくる。いや、押し殺したような殺気に似た気配かも知れない。
けれど、そんな力強いまでのシピの雰囲気が花梨を奮い立たせてくれる。
同時に、自分が敵の前に立っていることを花梨はこの時になって初めて知った。
彼らが――マキス王と両側に並ぶ男たちが――今まで暗に語られていた、リベルトに仇なす者なのだ。
「兄上。なにゆえ私が保護する少女をこの場に召し出されたのか。訳を聞きとうございます」
「ずいぶん偉くなったものだな。この私に訳を問うか? 国王である私が誰を呼ぼうと、咎められる道理はなかろう。この国はすべて私の持ち物であるのだからな」
うわ、なんてジャイアン発言。
こんな人間が国のトップなんて、ちょっとやばいんじゃないかな。
花梨は眉をしかめるけれど、マキス王の話に動揺の声など一つも上がらなかったから、きっとこれがこの国の日常なのだとわかる。
「しかし、きさまも隅に置けないな。こんな珍妙な人間をいったいどこで見つけてきたのだ? 話を聞いてやるから、遠慮せずに申せ」
「兄上」
「まさか、妖しいやからではあるまいな。黒い目に黒い髪の持ち主など、この世のものとは思えぬぞ。新しい魔物であってもおかしくはない。そうであったらすぐにでも牢屋にたたき込まねばならぬ」
「違いますっ。カリンは魔物ではありません。カリンは――」
明らかに挑発されているのに、リベルトはそれに乗せられていた。
それでも、いつも見ているリベルトの表情とは違っている気がした。それは温度だ。
花梨の前でいつも熱血に説教ばかりしているようなリベルトと違って、今日は凍えるほど冷え切っている。
「――カリンは遙か東方より私が呼び寄せた遠い親類なのです」
リベルトが何を言おうとしたのか。しかしそれより一拍早く。後方から発言が飛んできた。
振り返ると、銀の絹糸のような髪を背中へ流したヴィンセントが入って来るところだった。
花梨と目が合うとにっこり微笑んでくるその顔には余裕すら窺えた。
花梨のすぐ隣で立ち止まったヴィンセントは流れるような所作で王に向かって一礼をする。
その優雅な動きに花梨はもちろん、ヴィンセントの登場に顔をしかめていた左右に座る男たちも見とれてしまったようだ。
「ヴィンセントまで参ったか。次から次に呼んでない人間が現れるものだ」
リベルトが来たときと違って、マキス王がわずかに渋面を作る。
厄介な相手が現れたとばかりに。
「しかし、この人間がヴィンセントの親類とは。私の受けた報告とは違うようだが?」
「それはゆゆしき事態ですね、王の耳に間違った情報を流す不届きものがいるなど。そういうやからは私に一任下されば、何なりと処分させていただきますが?」
「――――ふん。食えないヤツだな、相変わらず」
「お褒めいただきまして光栄に存じます」
ヴィンセントがにっこり微笑んでいる。
……タヌキがいる。いや、キツネかも知れない。
ヴィンセントのお腹は黒いと思っていたけれど、王を相手に一歩も退かないような態度には感嘆する。いや、感嘆に似た呆れかもしれない。
リベルトもかっこいいはずなのに、何で美味しいところは全部ヴィンセントに持っていかれるんだろう? 不憫です(笑)




