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第27話

セクシーメイドに持ってきてもらった手鏡で確認したら、ピアスの中央にある赤色だった石が銀に色を変えていた。それも、わずかに紫がかった銀だ。

うわ、何で急に色を変えてるのかな。

これも魔法か?

制作者に視線をやると。


「そうか。まったく魔力を持っていないカリンの場合、魔石は魔力を注いだ人間の気に染まるのか。すごい、すごい発見だ!」


彼は興奮したように花梨の周りをぐるぐる回っている。

だめだ、ブルーノは研究オタクだった。

だから、とりあえず目の前の冷静そうなヴィンセントに聞く。


「ねぇ、確かにヴィンセントの髪や目の色に似ているけど、これってヴィンセントの色になるの?」

「おそらく。白の巫女が言っていた色がそうでした。私の気は水銀に紫をとかした色だと」

「白の巫女?」


誰、それ。

花梨が首を傾げると、エーメが教えてくれた。

この世界の人間は七歳を過ぎると、自分の身の内にある魔力のことを知るために白の巫女と呼ばれる盲目の巫女の元へおとなう儀式があるらしい。彼女たちはめしいた目の代わりに人が持つ気や魔力が見えるらしく、儀式では気の色と魔力の大きさを教えてもらうのだという。ひいては、それがその子供の職業を選択する材料になるらしい。

魔力が少なくては魔導士にも騎士にもなれないというのなら、重要な儀式だろうね。


「へぇ。本当にマンガみたいだな。あ、じゃあじゃあリベルトの気は金色でしょ?」


花梨が少し得意げに言うと、リベルトは眉を寄せて花梨を見つめ返してくる。


「確かにそうだが。なぜおまえが知っている」

「え、だって。さっきの魔物との戦いの時、あんなすごいオーラ出してたじゃん。ヴィンセントも見たよね?」


あんまりにも怪訝な顔をされるからヴィンセントに確認しようと振り返るが、彼も驚いたように花梨を見ていた。


「えーと、カリン。カリンには兄上の気が見えたの?」

「え……見えたけど、たぶん」

「それってどんなふうに見えましたか? 土煙を見間違えたとかではないのですよね?」


ブルーノやヴィンセントから相次いで質問されて、花梨は言葉に窮してしまう。

もしかして、普通は見えないんだろうか。


「リベルトが魔物に向かっているときに、リベルト自身が金色に発光してたんだよ。動きに合わせて、金色の鱗粉が周囲に散っていくの。で、魔物を斃したとき、天まで金色の柱が突き抜けたのも見えたかな。ほら、それまで曇っていた空から急に光が差し込んできたでしょ? あれって、リベルトの金色の光がぶ厚い雲に風穴を通したからなんだよ」

「なんと……」


目の前にいる男たちが絶句している。

唯一シピだけが表情を変えない。いや、だから彼は表情が変わらないだけなんだって。


「えぇと、ヴィンセントには見えなかった……みたいだね」


何だか、嫌だな。

皆が、最初の頃のように知らない人を見るような眼差しをしている。


「あ、でも今は見えないよ? あの時だって何で見えたかわからないし」

「他は? 他の人のオーラは見えたの?」

「他の騎士たちは気付かなかったな。あ、でも魔導士たちの作っている銀色の魔法が魔物に向かっていくリベルトを包み込んでいるのは見えたかな」


何だか汗が出てくる。

あれが見えたのって普通じゃないの? 

皆が言葉に窮したみたいに黙り込むから花梨は焦ってしまう。

けれど、ふいにヴィンセントが口を開いた。


「魔導士のしろがねの守りにその身を委ねん――」

「何、その俳句みたいなの」

「俳句?」

「いえ、何でもないです。その魔導士のなんちゃらって何?」

「この国の神話にある一節だよ。今まで何のことかわからなくて皆が研究してきたものだけどね」


ブルーノが説明してくれたけれど、それが何で皆して黙り込む原因になるのか、花梨にはさっぱりだ。

魔導士達の銀色のベールは、魔法だから皆が見えるものだと思っていたのに。

もしかして、魔物のあの黒い霧さえ見えないとか言う?


「カリンは白の巫女か」

「それは違うでしょう、殿下。カリンは色素を持っています。白の巫女は生まれながらに色を持たない女性達を言うのですから」

「しかし、気を見られる人間など他にいないではないか」


男どもが顔を突き付け合って話し合っている姿を見ているうちに、だんだん苛立ってきた。

自分の唇がアヒルのように尖っていくのがわかる。

そんな花梨に気付いているのはシピだけだ。

カリンの横でオロオロしているシピは、しかし、はたから見るとゆらゆら揺れているだけのように見える。

いいよ、シピ。あんただけが私の味方だ。癒しだ~!

でもって、いい加減皆の態度にはぶちぎれた。


「ちょっと!」


椅子から飛び降りたカリンは、声を張り上げた。


「いい加減にしてよ。他の人間に出来ないことが私に出来てもいいじゃない。だって、私はこの世界の人間じゃないんだから。皆に出来ないことが私に出来るのは、出身の世界が違うから当たり前なのよ。そのかわり私に出来ないことが皆には出来るでしょ。魔法なんて使えないもの、私には。いつまでもそうやって人を化けもの扱いするのはやめてよ」


放言した後、腰に手を当てて皆を見回してやる。

超法規扱いしてくれてもいいじゃない。

髪が黒いのだって目が黒いのだって私が日本人だから当たり前。だったら、そんなオーラが見えたのも、きっと日本人だからだよ。誰かももうひとり日本人がいたら楽なのに。

呆気にとられた顔で花梨を見下ろしてくる四人の男に、花梨はむぅっとなってしまう。

それを見て一番早く寝返ってきたのはヴィンセントだった。


「あぁ、そうですね。少し考えすぎました。確かにカリンの言う通りかも知れません。だから、そんなに頬をふくらませないで下さい。冬ごもり前の子リスのようではないですか。思わず抱きしめてしまいたくなります」

「ぎゃー、触るな。寄るな。セクハラ大王」


ヴィンセントが伸ばしてくる腕をしっしっと追い払っていると、リベルトがそんなヴィンセントを押さえ込んでくれた。


「きさまっ。私の前で破廉恥な行動を取るな」

「おや、ではカリン。後ほど、リベルト殿下のいらっしゃらないところでイチャイチャしましょうね」

「しないよっ」


花梨はぶるぶると首を横に振るけど、花梨よりさらに顕著に反応した人がいた。


「だから、カリンに手出しはしないと約束したではないかっ」

「リベルト殿下の方こそ、ご自分がおっしゃったことをお忘れですか? 本気の場合は構わないと」

「構わないなど言ってないぞ。みだりにカリンに近付くなと言ったはずだが」

「そうでしたね。殿下の滅多に聞けない本音を聞けた瞬間でした」

「本音などではないっ。私はこの国の王族として当然の――」


リベルトは顔を真っ赤にしてヴィンセントに応酬している。

この人って冷血王子の異名を持つっていぜんブルーノが言っていたけれど、どこがそうなんだろう。

目の前で始まった熱いやり取りを花梨はぼんやり見つめた。

ところで、オーラの話はどこに行ったのかな。


「ねぇ、カリン。君さ、一度僕の研究所においでよ。ううん、ぜひ来て欲しい。色々と僕の研究の手伝いをしてくれないかな」


そんな花梨に話しかけてきたのは、研究オタクだ。

目をキラキラさせて、花梨の手をぎゅっと両手で握りしめてくるが、優しげで可愛いとも見えるブルーノの顔が、花梨にはとても恐ろしく思えた。


「い・や」


ブルーノについて研究所になんか行ったら、絶対生きて出てこられない気がする。

そんな恐ろしい場所に行けるわけないでしょ。

けれど、ブルーノはそれはもう情熱的に口説いてくるのだ。

国の最新鋭の機械が揃っているんだとか、魔法のことを楽しく詳しく知ることが出来るよだの、食堂のランチはメチャクチャ美味しいだの。何のうたい文句だって。いや、最後のランチ云々は確かに惹かれたけど。


「おやおや。お二人がいがみ合っている間にちゃっかり抜け駆けしている人がいるんですがね」


そんな花梨とブルーノのやり取りを楽しそうに見ているのはエーメ。

彼はいつもひとり超越しているな。


「ブルーノ。何をしている」

「困りましたね。ブルーノ殿下は女性にはあまり興味を持たれないと安心していたんですがね。あなたもやはり男でしたか」

「ちょっ…何ですか。ヴィンセントのその発言は。僕がまるで男ではないみたいな――」


なぜだか三つ巴となって新たに始まった戦いに、花梨はとっても疲れた気になって自分の椅子に戻った。

壁際に黙って立ったままだったシピに、来て来てと手で呼ぶと、すぐに花梨の隣に立ってくれた。

浅黒い肌に褪せた金髪。滑らかなビロードのような金茶の毛で覆われた耳は、花梨の言うことをひと言ももらすまいとばかりにぴんと立っている。


「シピって、獣の姿に変われるんでしょ? それって痛みが伴ったりしない? 見られるの嫌じゃない?」


花梨の問いに、シピはこくんこくんと頷きで是と返してくる。


「じゃさ、今度見せてよ。シピの獣の姿」


そう言うと、シピの目がキラキラと輝いた。

うわぁ、可愛い。

思わず口元がゆるんでしまう花梨だが。


「シピ、抜け駆けは許しませんよ」

「きさまはぬけぬけと」

「うわぁ、シピずるいよ」


顔をつきあわせていた三人が三人とも花梨とシピの方へ向く。

そこにエーメがさらりとひと言。


「大穴はどうやらシピだったようですね」


もう、嫌だ――。

花梨は椅子の上で体育座りをした。

ちょっと遊んでしまったので先に進みませんでした…

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