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第24話

シリアス展開です。苦手な方はお気をつけ下さい。


セクシーメイド達が入れてくれたお茶を飲んで一息ついたタイミングで、花梨はリベルトの名を呼んだ。


「この剣は渡さないぞ」


間髪入れずにそんな返事がリベルトから発せられて、もしかしたらリベルト自身も少し後ろめたく思っているのかなと花梨は思った。

それにしては態度がでかすぎだけど。


「でも、それは私のだって事は覚えてるよね」

「しかし、おまえが持っていたのでは宝の持ち腐れだろう」

「一応私だって剣を扱えるんだけどね。まだ実際に真剣は振るったことないけどさ。それにしても、どうして『貸して』ってお願い出来ないのかなぁ、この人」


リベルトに渡すことは決心したけど、この上から目線が花梨はどうしても気に入らない。

まぁ、王子さまだから仕方ないのかな。


「しょうがないな。いいよ、闇姫を『貸して』あげる。でも、あくまでも貸すだけだからね。あげるんじゃないんだからね」

「!」

「でも、その代わり私に刀を一本ちょうだい」

「は?」


花梨が出した交換条件にリベルトはぽかんと口を開けた。

リベルトだけじゃなく、その場にいたヴィンセントもエーメも驚いた顔をしている。

唯一シピだけが表情を変えない。いや、彼は表情を変えないんじゃなくて表情筋が動かないだけなのかもしれないけど。


「きさまが刀を持っていて何になる」

「戦うんだよ。もちろん、すぐになんてのはムリだと思うけど、これでもちょっとは腕に覚えがあるからね。鍛練を重ねたら、私にだって魔物の触手一本でも切れるようになるかもしれないし」

「だめだ」

「だめですっ」


けれど、花梨が決意を表明したとたん反対の声が上がった。

強い口調のそれは、リベルトとヴィンセントだ。

特にヴィンセントの剣幕が激しい。


「戦いは私たち男に任せていればいいんです。カリンが戦う必要などありません」

「でも、私も剣を扱う人間なんだよ。そりゃ、まだまだリベルト達には及ばないけど。だから今すぐってわけじゃなく、力がついてからって言ってるでしょ? 少しは戦力になると思うの。それに戦うことに女とか男とか関係ないでしょう?」

「大いにあります。魔物は特に女性の気を好むのです。女性は集中的に狙われてしまうので、本来は魔物から一番に遠ざけなければいけない存在なのです」

「え、そうなんだ」

「それに、カリンも見たでしょう。魔物に触れられただけで呪いに落ちてしまうのを。度胸試しで魔物に向かっていき、あっけなく死んでいった人間が何人いると思っているんですか。あなたが考えている以上に魔物は恐ろしい存在なんです。ましてや、女性のあなたが魔物に対峙するなど――」


花梨の決意はヴィンセントの鋭い舌鋒に蹴散らされてしまった。

しかも、ここまで激するヴィンセントを初めて見た。

尖った声でしかりつけていたヴィンセントは、呆然と見つめる花梨に気付くと急に我に返ったように唇を閉じる。


「――申し訳ありません。少し興奮しすぎました。魔物を見て気が昂ぶっているようですね、少し冷たい風に当たってきます」


濃い紫色の瞳をそっと瞼で隠して、ヴィンセントが立ち上がった。

部屋から出て行くヴィンセントを花梨は混乱した気持ちで見送る。


「ヴィンセントはまだ忘れられないんですね。いえ、とても忘れられるものではないのでしょうが、それでも――」


気遣わしげな声が聞こえてきて、花梨は振り返った。

エーメと目が合うと、花梨の困惑はわかっているとばかりに頷かれる。


「ヴィンセントは魔物のせいで家族を一度になくしてしまった過去があるのです。女性には少々きつい話になりますが、聞きますか?」


柔らかい茶色の目を花梨は見返して頷く。

隣で、リベルトが眉をしかめたが反論の声は上げなかった。


「この屋敷でのことです。湖から突如出現したそれは何故か力ある魔物だったそうです。偉大な魔導士であったヴィンセントの祖父である当時のレンスコット公爵、並びにヴィンセントのお父上と女の身でありながら強い魔力をお持ちになっていたヴィンセントのお母さまが必死で戦われ、駆けつけた騎士達の応援もあって何とか魔物を倒すことは出来ましたが、そのせいで三人とも魔物の手にかかり呪いに堕ちてしまった。ヴィンセントと妹君だけは結界を張った中にいて無事でしたが、目の前で倒れていく両親を見たせいでしょうか。ヴィンセントの妹君は心の病にかかってしまい、兄であるヴィンセントでさえわからない状態に。そして衰弱死した両親を追うように儚くなってしまわれたのです。屋敷にいた使用人のほとんども魔物の手にかかって亡くなっていたせいで、ヴィンセントは本当にお一人で家族四人の、そして使用人達の葬儀を執り行われたのです。ヴィンセントが十歳の時の出来事でした」


ヴィンセントにそんな壮絶な過去があったなんて思いもしなかった。

あのきれいな湖から魔物が出てきたなんて。

目の前にあるこの屋敷なんてあっという間に魔物に襲われてしまうだろう。

そして、魔物の呪い――さっき見た地面に倒れた数人の騎士達の姿が花梨の目前に蘇ってきた。

死が訪れるまで決して目覚めないという人々。

目の前で静かに死んでいく家族を見守るしか出来なかったヴィンセントはどれほど辛かっただろう。

いや、自分と妹を守ろうと家族が必死で魔物と戦い、そして倒れていくのを何も出来ずに見ている方が辛かったのかもしれない。

しかも、無事助かったというのにヴィンセントの妹は家族の後を追うように亡くなってしまったのだから。

魔物のせいで、ヴィンセントはいっぺんに家族を失ったんだ。

魔族のことを語るときのヴィンセントの目があれほど冷たくひずんでいたのがようやくわかった。

それほどまでに魔族を憎んでいたわけがようやく――。


花梨は唇を噛みしめる。

さっき、自分が魔物と戦うと言ったセリフは、もしかしたら女の身でありながら魔物と戦った母親を思い出させたのかもしれない。

まだ癒えもしない深い傷を抉ったのかもしれない。

そう思うと、花梨の胸はきりきりと痛んだ。


「魔物が死して土地が穢されたというのもありますが、この十三年間ヴィンセントはこの屋敷に近寄りもしなかったんです。ですが今回ヴィンセントが自ら、清められてようやく以前の美しさを取り戻したこの屋敷にカリンを連れてきた。ですからそんなつらい過去から吹っ切れたのだと思っていたのですが」


痛ましげに眉を寄せるエーメがこぼした一言に花梨は我慢出来ずに立ち上がる。

駆け出した背中にリベルトの声がかかった気がしたけれど、花梨は足を止めなかった。

ヴィンセントはどこにいるんだろう。

探した花梨だったけど、すぐに見つかった。

ヴィンセントは湖の畔にある四阿にいた。柱にもたれかかるように湖を見ている。

そっと近付いたけれど、すぐにヴィンセントは花梨に気付いてしまった。


「あぁ、先ほどはすみません。少し興奮しすぎてあなたを責め立ててしまって」

「ううん、いいよ。私の方こそ、この世界のことをあんまり知らないからってつい自分の常識だけでものを言っちゃったかもしれない。えっと、ヴィンセントの気持ちを逆なでしたりしてごめんね?」

「――もしかして、何か聞きましたか? 私のことを」

「う」


できれば、さりげなくヴィンセントに謝りたいななんて思っていたけれど、自分が腹芸の出来る人間でないことを花梨はようやく思い出す。

言葉に詰まった花梨を見て、ヴィンセントが唇に笑みを浮かべた。


「ふふふ。カリンは思っていることが真っ直ぐに顔に出て、いいですね」


それって誉め言葉だろうか。

貶されているようにも聞こえるそれだけど、ヴィンセントの優しげな表情を見ると、そうでもないことが窺える。

花梨がうんうん悩んでいる間に、ヴィンセントの視線は逸らされた。

黄昏時の空のような美しいけれど寂しげな瞳が、陽光のもとにキラキラ光る湖面を見つめている。

なんて声をかけようかと迷っていたとき。


「家族揃って夏の休暇を取っていたときのことでした」


静かな口調で語り始めたヴィンセントに花梨ははっと口をつぐむ。


「あの年は特に魔物が多く発生した年で、そのせいで魔導士の長を務めていた祖父もその補佐であった父も屋敷に帰る暇がないほど忙しかったのです。ですから、本当に久しぶりの家族団らんでレティシア――あぁ、妹のことですが、彼女などはここに来るまでの馬車の中からずっとはしゃぎっぱなしでした。ですが、この屋敷に着いた当日。魔物が出没したのです」


ヴィンセントの声に凍えるような冷たさが滲んだ。

そっと窺うと、ヴィンセントの表情は変わらない。けれど、その瞳だけは凍てつく冬の空のように厳しかった。


「あっという間の出来事でした。魔物が湖から這い上がってきたのも、湖の近くで遊んでいた妹めがけて魔物が幾重にも黒い触手を伸ばしてきたのも、魔物から私たちを守ろうと幾人もの使用人達が命を落としていったのも。私は必死で戦いましたが、未熟な身では魔物の体に傷ひとつつけることさえかないませんでした。もうダメだと思ったとき、ようやく騒ぎに気付いた祖父や両親が駆けつけてくれましが、祖父や父は連日の魔物退治で疲れていたんですね。しかも護符も用意していないこの避暑地での戦い。いつしか、じりじりと魔物に圧されてしまっていました。私たちを守ることに力をさいていた母が飛び出していったのはその時です。父が触手に巻かれたのを見たのだと思います。ですが、次々と伸びる触手に母自身が巻き付かれてしまったのはあっという間でした。黒い触手に体中を覆われた母は、まるで黒い繭のようでした」


ようやく応援の部隊が駆けつけてきたのはその時。

けれど、祖父や父はすでに地に倒れていて、母は虫の息だったとヴィンセントは言葉を続ける。

淡々と繰り出されるいきさつに、花梨の肌には鳥肌が立っていた。

さっきの、黒い触手を体中にまとわせた魔物に正面から襲われた幼いヴィンセントと妹はどれほど恐ろしかっただろう。

妹さんが気が触れてしまうのも当たり前のような気がした。

そして、一人残されたヴィンセントを思うと花梨は目頭が熱くなってしまう。


「カリン? 私のために泣いてくれているんですか? 優しいですね」


言葉とは裏腹に、微笑むヴィンセントのそれは花梨には軽笑に見えた。

同情するなと、突っぱねられている気がする。

それが悲しくて、悔しい。

ヴィンセントは本当はその心の内に誰ひとり入れようなんて思ってないのだとようやく花梨は気付いた。

優しい口調でいつも耳当たりの良いことばかりを口にするヴィンセントだけど、本当は女性はもちろん自分以外の誰だって必要としていないのだ。

もしかして、ヴィンセント自身気付いていないのかもしれないけれど。


「違う、悔しいからだよ。私がその場にいたら絶対魔物から守ってやったのにって」

「は?」

「子供のヴィンセントも妹さんも、私が守ってあげる。子供に比べたら私の剣術は勝るはずだよ」

「カリン?」

「言っとくけどね、私は剣術の他に剣舞も出来て、それには調伏とか駆逐とか物騒な名前がついたものだってあるんだから。それで一発で追い払ってあげられるの。なのに、それが出来なくて悔しいから泣いてるんだよ」


まだ止まらない涙であふれる目で、花梨はぎっとヴィンセントを睨みつける。

ヴィンセントはあ然と花梨を見下ろしていた。


自分が支離滅裂なことを言っているのはわかっていた。

けれど、今の自分の複雑な胸の内を丁寧に説明なんて出来ないと思ったのだ。

そして、ヴィンセントもきっと受け入れようとはしないだろう。

自分が他人を拒絶しているということも、ヴィンセントのことを心から心配している人間がたくさんいるのだという事実も。

相手を思って心配する気持ちを同情だと一緒くたにする今のヴィンセントにはきっと伝わらない。

ぐっと花梨はこぶしを握った。

でも、いい。今、自分は決めた。

いつか、ヴィンセントにみんなの気持ちを知ってもらおう。いや、むりやりにでも思い知らせてやる。


そんな決意を秘めた花梨の頭の中で、双子の兄・草司の「おせっかい」「何にでも頭を突っ込むな」「自爆するぞ」なんて叫ぶ声が聞こえる気がする。

だって悲しいじゃないか。

花梨は頭の中の声に反論する。

そうしないと、いつまでたってもヴィンセントはひとりぼっちだ。

おせっかい上等!

これでも道場の後輩達にはアネゴなんて呼ばれてたんだから。

ぐいっと、顎までしたたり落ちてきた涙を花梨は乱暴に手で拭った。

ヴィンセントにもじっくり思い知らせてやる――。





本当にヴィンセントの章になってしまった


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