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70 事件はいつも唐突に

「むむむむ……」


アトランティス帝国、南東にある湖の一角。

木の杖を持った少女が何やら湖に向かって力を溜めていた。

そしてバッと溜めていた状態からバンザイする。


「どーん!」


巨大な水柱が天高く上がり、神聖樹にバシバシ当たっていた。

それは当然音もでかく目立つわけで。


「うおっ!?」

「なっなんだなんだ!?」

「あっちは湖か!?」


「うおおおお揺れるううううう」

「うおおおお……おっ? あだっぐおおおおお」


陸も騒げば船の上も騒ぐわけで。むしろ波という実害が来る分船の方がヤバい。

ユッサユッサ揺すられ酔うやつと、すっ転んでぶつけ転げ回るやつが発生。

そこへウンディーネがやって来て一瞬で波が収まった。ついでに国全体のアナウンスも入る。


『犯人はフィーナだから心配しないでいいぞ。……フィーナ、せめてやる前に水の精霊達と妖精達に言わないと遊ぶだけだぞ。酔ってる奴と転んだ奴は自分で治して回るように』

「あい……」


実際波ができた時、精霊と妖精は波のプールの様な感じで遊んでいただけである。

奴らは基本的にやんちゃである。遊びを優先する。お願いを聞いてくれるかは態度と信頼度次第だ。妖精はともかく、精霊は見える事が前提だが。


セラフィーナはこの後ペコペコしながら《神聖魔法》で治して回った。



「フィーナもだいぶ育ってきたなぁ」

「と言うか、将来が末恐ろしいレベルになってますが?」

「まあ、教えてるのが人外達だからな」

「全員教えてますからねぇ……私もですが」


セラフィーナは【武闘】はともかく【魔法】が既にヤバいレベルへと踏み込んでいる。お城にいる王宮魔法使いと並べるレベルである。

ただ、問題もある。


「学園に入れるのは確定だな……」

「そうですね……同じ年齢の魔法使いと自分を比べさせないと」

「うむ、教えてるのが我々だからな。掠りもしないから自分は大したことないと思っている。自分の実力を把握するのは大事だな」


セラフィーナは努力家である。

二度と悔しい、悲しい思いをしなくていいよう、教えられる技術、知識は全て吸収していった。いつか拾ってくれた……助けてくれた人達に恩が返せるように。

6歳の時からこんな想いで続けて3年である。

教えるのは月神とその眷属達。そりゃ強くもなる。


結果的に、魔法ではなく《魔力操作》で水柱を立てるほどに。




そして少しだけ時が進み、遂に準備が整った。


「魔法陣の定着完了しました!」

「グフフフ。やっとか。これで異世界人を召喚し、教育を施し各地に派遣すれば更に発展するだろう。早速始めろ!」

「はっ!」


発展どころか、遂に崖から転がり落ちる時が来た。

しかも、割と最悪な方法で。




事件と言うか、面倒事と言うのはいつも唐突にやってくるのだ。

だが、その面倒事というのが今回は洒落にならないレベルだった。

今回の事件の発覚はアトランティス帝国に存在する防衛システム。

ルナフェリア達は良いのか悪いのか、丁度会議中の時にそれはおきた。


『警告。供給エネルギーの停止を確認。省エネモードに移行。予備エネルギーへ接続……完了。システム完全停止まで残り……2日と23時間59分』


『……は? 待て待て待て! どういうことだ!? 供給エネルギーの停止!? 龍脈からのマナの一部を使用しているんだぞ!? ……どっかの魔導回路が切れたか? いや、省エネモードに移ったならシステムは無事……? なら何故……』


珍しく……と言うか、むしろ初めてだろう。まさに驚愕という感じで本体、分身体全員が同じことをそこらで喋っていた。

会議中だった為、神都全体に拡散されている。


龍脈の重要性を知っているルナフェリアは、万が一の時のため、龍脈を枯渇させるような……際限なくエネルギーを吸うようになった場合、防衛システムの方が壊れるようにしている。龍脈にダメージを与えるぐらいなら、地上にダメージを持ってきた方がマシなのだ。

よって、システム自体は無事となると…………。


急いで龍脈を透視して愕然とする。


『龍脈の……枯渇……? あり得ない……』


神都に響くのはいつも堂々としているはずの、ルナフェリアの弱々しい声だった。

人類だったなら、間違いなく顔面蒼白だろう。顔面どころか真っ白に燃え尽きているかも知れない。

いつものほほんと気ままに漂っている精霊達も、それを聞いた瞬間大慌てで各地に散っていった。

今状況が理解できているのは女神であるルナフェリアと、精霊達だけだろう。


『龍脈は……いや、コアは常に一定量のマナを放出する。放出されたマナは龍脈と言われる道を満たし、特異点と言われる出口から溢れる……。

我が国の防衛システムはその龍脈からマナを一定量だけ引き抜き、残りは特異点から出し、精霊達のため地上に満遍なく撒いている……。

そもそもうちの防衛システム如きで龍脈の枯渇などあり得ない。消費量的にも無理だ。何がおきた……? コアは円形……周囲に道があり全部均等に流れていくはず……なのにこちらに来ていない……?』


魔眼でどんどんコアに向かい、マナの流れをチェックすると全て一方へと引っ張られていた。

そして、その方向を見て理解してしまった。今回の原因が分かってしまった。

すぐにルナフェリアの雰囲気が変わる。

紛れもない、怒りの感情である。

それに反応するように超高濃度の魔力が溢れ出す。

普段は完璧に遮断している物だ。


それをすぐに察知した眷属達によって、吸血鬼組は会議室から叩き出された。

人類にルナフェリアの魔力濃度は毒でしか無い。


外は昼間にも関わらず薄暗くなり、空には真っ赤な月(ブラッディムーン)が浮かんでいた。


『法国を滅ぼす。よりによって龍脈の枯渇……許すなどあり得ない……!』


外見からは想像できない、怒りの篭った非常に低い声だった。

1番びっくりしたのは冒険者達だろう。この人何したら怒るんだ? というレベルで表情をピクリとも動かさずスルーしたり、遊んだりするあの人がだ。

怒ってるどころかマジギレだと、聞いたことも無いのに一発で分る声だった。


これはヤバイかと、止めに入るのは当然眷属達だ。

そもそも何でそんな怒っているのか、説明が欲しい。状況が分からない。

しかもルナフェリアなら余裕で、説明云々関係なく1人で滅ぼせてしまう。転移されようものならもう『事後報告』確定だろう。

この際普段ならまだ良い。が、今のマジギレ状態はちょっとやめて欲しい。何か関係ない所まで吹き飛ばしそうだからだ。

よって、眷属達は全力で宥めに走った。会議室なので神都全体にダダ漏れである。

ルナフェリアの強さを知っている者達は、頑張って止めてくれとお祈り状態だった。具体的に言うとこの国で長い冒険者達と、ファーサイスの間者である。


『ルナ様! 落ち着いて下さい!』

『ちゅい! ちゅいー!』

『これが落ち着いていられるか! 龍脈の枯渇だぞ!?』

『うわっ! 何だここ地獄か!?』

『魔力濃度ヤバっ!?』

『だからルナ様! 龍脈枯渇時の説明をですね!?』

『ええい邪魔だ!』


どごぉぉぉん!


『『『『あぶねぇ!?』』』』

『おいヴァンパイア共大神殿から出ろ! まじで死ぬぞ!』

『ちょ! それサジタリ……ぐっふ……』

『『『『アルベルトおおおおおお!』』』』

『『『『『『『『『『ブラックホール!?』』』』』』』』』』

『ちゅい!? ちゅいー!』


外からしたらコントのようだが……現場はこの世と思えない程の地獄である。

何がヤバいって、もう音がやばい。超級が無詠唱で連発されているのだ。

最後はシロニャンの神竜人化モードで顔に張り付いて終息した。



『ルナ様、何か言うことは?』

『直接吹き飛ばすのは勘弁してやる』

『…………』


ぜぇはぁしているブリュンヒルデの問にぷいっとされ、眷属全員が脱力していた。

何より言われたのは『《時空魔法》だけは勘弁してくれ』だった。


ちなみに、大神殿は無事である。素材が創造神殿と同じものじゃなかったらアクロポリスが吹き飛んでいた可能性が高い。

一応薄暗かったのが無くなり、月も通常に戻っていた。


『はぁ……とりあえずルナ様、説明を』

『いや、もうこれはダメだな……。あぁ~下手したら首になるぅ……』

『やはり龍脈の枯渇とはそう言うレベルなんですね……』


ぐでぇっと机に突っ伏すルナフェリアであった。


『あえて言うなら……神々がブチギレ案件だ』

『複数形ですか……』

『もうどうにでもなれと言いたい。……が、やれるだけやっておくか。とりあえず……4柱と相談だこりゃ……全てはその後だな……』


神様会議確定である。

創造神様に状態の確認。3柱にどうするかの確認だ。

『異世界人の召喚』とか言う《神聖魔法》とは全く関係ない事が原因である。

くっそ効率の悪いゴミみたいな魔法陣で、龍脈を枯渇させるとか誰が予想するのか。予想外過ぎて何の言葉も出てこない。


『創造神様……燃え尽きそうです……』

『うん、どうしようねこれ。世界そのものにはまぁ、問題ないけど……』

『間違いなく、生物死滅しますよね?』

『人類関係なく、生物自体が8割ぐらい持ってかれるでしょう』

『ですよねぇ……』


マナとは、世界に満ちるエネルギーのような物である。

世界のコア、太陽、植物が生成する。

酸素ほど直結はしていないが、生きるのに必要な物である事に変わりない。

生物は酸素のようにマナを取り込む。そして様々な物へ変換する。

その最たるものが魔力である。

魔力は失いすぎても、逆に多すぎても体に不調をきたす原因となり得る。

大型系や魔法生物に関してマナは命に直結していると言っても良い。どちらも己の肉体を支えるために必要とするエネルギーだからだ。


そして、ルナフェリアのブチギレた理由の1つ……精霊達も非常にマズイのだ。

精霊達の体はマナで構成されているのだから……。

精霊達が力を使えば自分の存在が減っていき、使わなければ大地が死んでいく。


『とりあえず、龍脈の復活はどのぐらいかかるんです?』

『あの魔法陣を止めたとして、30年とか40年かなー』

『……地上のマナが枯渇するのは?』

『1年持てば良い……かな?』

『うわぁ…………とりあえず、3柱と相談してきます』

『分かったわ』


元からこの10番世界にいる3柱。

豊穣と大地の神:マヤセルス

戦と勝利の神:ベリフォウス

慈愛と成長の神:アリスリナス

この3柱に正確な今の状態を教える。


その結果、『神託』を使用する事にした。

一定以上の知能を持つ者全てにだ。ルナフェリアが地上にいるから可能だ。

最早法国なんてどうでもいい。むしろ元凶なのだから仕方ない。神子と言われる者も法国にいるのだ。揉み消されたら堪ったものではない。


そして、まさかこんな形になるとは思わなかったが、女神という正体を明かすことになる。正直身分としては女帝で十分だったから、女神というのは黙ってようかと思ったのに、こればっかりは仕方ない。

神託後、ルナフェリアが動く。


罰としては……。

一度全人類から《神聖魔法》の回収。その後法国以外の各国にいるちゃんとした『信仰者』に配布。

今ある宗教の解体。最早神々が認めない。やるなら新しく作り直せ。当然名前変えました! よろしく! とかやったらもう精々苦しんで死んでもらう。

アクウェス法国の領土である全ての範囲、精霊達の加護を最低限まで落とす。ろくに植物が育たず、気候も安定しないだろう。

食料は他国から買うしか無い。だがもう《神聖魔法》という優位性もない。

さて、今まで散々好き勝手やっていた法国を助ける国はいるかな?

ましてや今まで神託が有ったにも関わらず無視し、神々を怒らせ、生物死滅の危機に追いやったのだ。神々に見捨てられた者達に誰が手を貸すのか。


神託が発動するのは深夜2時頃。

それまではぐったりと待つことに。



『……創造神様』

『はーい?』

『……もし、私を構成している神力全てを世界に回したら、どうなりますか?』

『本気?』

『意味が無いのならやりません。ただ、できるというのならそれはそれでありなんじゃないかとも思います。既に一度死んでいる身ですし……まあ、眷属達には悪いですが。またシロニャンを泣かせるなぁ』

『……では問に答えましょう。意味はある……と言うか、それしか無いでしょうね。貴女が神力を撒いてマナを……とか、宇宙からマナを……とかじゃ賄えないでしょう。貴女の全ての神力を『世界』に託せばギリギリ……足ります』

『そう……ですか……』

『しんみりしてるところ悪いけどルナ?』

『なんです?』

『貴女別に神力託しても、魂こっち帰ってくるからね?』

『…………あるぇー? えっと、じゃあまたこっちに来ることは?』

『可能。ちなみに眷属達はその場に残る。貴女の魂は残ったままだし契約も継続』

『…………』

『まあ、すぐ戻れるかというと微妙ね』

『あ、そうなんですか?』

『体のスペアなんか無いしね』

『どのぐらいかかるんです?』

『それは貴女次第。でも貴女最適化も異様に早かったしなー。案外早いかもね』

『はー、まあいいや。じゃあシロニャンや眷属達に引き継ぎだけさっさとして、近いうちにそっち行きます』

『はいはーい』


……物凄い馬鹿みたいだった。

思い込みと言うのはダメだな。さっさと創造神様に聞けば良かったわ。

物凄い時間を無駄にした気がする。さて、そうと分かれば引き継ぎだ。

集合!


シロニャンとヒルデ、騎士達を集める。

更に契約精霊8人と吸血姫……宰相もだな。

ジェシカとエブリン、セラフィーナも呼んどくか。


「今後を決めた。わらわはしばらくこの国を離れる」

「はい?」

「枯渇した龍脈を埋めるため、わらわの体を構成している神力を世界に託す」

「ちゅい!」

「まあ聞けシロニャン。その際体が無くなるから創造神様のところへ戻る事になる。体を再生すれば戻ってくる事が可能らしいから、それまで国を頼む」

「……どのぐらいでお戻りに?」

「分からん! 数日かもしれんし、数年かもしれん。数百年なんてこともあるかもしれん。創造神様がわらわ次第だと言った。ついでに案外早いかもとも言ってた。という事で、国のことは任せる。防衛システムは残るしな」

「喧嘩売ってきた場合の対処はいかが致しますか?」

「好きにしていいぞ。別に殺してしまっても構わんしな。と言うか、シロニャンが神竜の姿でたまに飛行散歩するだけで喧嘩売ってこないだろ」

「ふむ、確かに」

「それと精霊達は……特に無いか? ああ、グノーム。ファーサイスへの加護は忘れないように」

「はい」

「それ以外はいつも通りでいいな。リュミエールに任せる」

「分かりました」

「それとフィーナだが、わらわがいない間はヒルデとかジェシカやエブリンに頼るように。10歳になったら学園な。やりたいことあるならそれでいいが、無いなら魔法科だな」

「あい……」

「ジェシカとエブリンは……正直変わらん。今まで通りしていて良い。ただ、召喚体であるアストレートとマハは流石に消える」

「「はい!」」

「よし、じゃあ早速引き継ぎを始める。……エインヘリヤル隊とワルキューレ隊の者って計算できる?」

「できますよ。元近衛故に貴族でしたからね」

「なら仕事割り振った方が良いか。2人の護衛も考えて組むか……。政治はヒルデとエステルをトップに、軍事はフリードリヒ、任せる」

「「はい」」

「はっ!」

「では細かい割り振りを行う」


それからバタバタと引き継ぎを行う。

これはお前に任せる、あれはお前と割り振っているうちに夜になるが、睡眠必要ない者は継続だ。



そして、神託の時間がやってくる。


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