リニューアル救護班 二
「浪士組の隊士が増えて、きちんとした組割を作ろうと思っていたのだが……」
隊士の問診票を見てもらおうと、山南さんを訪ねると、何やらお悩みのご様子だった。
役職とかでもめているのかな?
「そういえば、局長を決めるのではなかったですか?」
「――局長を?」
「前に井上さんが近藤局長に付くから、どっちつかずの私は、勧誘係から抜けろって言われて……」
ああと山南さんは頷いた。
「井上君は近藤局長によく仕えてくれていたからな……そこまで考えてくれていたのか……そうか……」
山南さんは物思いにふけって、庭を眺めた。
今日は小雨になった。
「もし、家茂公が江戸に戻れば、ここにいても、攘夷など出来るのだろうか……」
「……前に大坂へ行ったときに、おこし屋さんが横浜で攘夷するって聞いたそうです」
「そうかい……どうなるんだろうな。このご時世」
土方副長が戻って来て、畳に紙を広げた。
「どうもこうもねえだろう?組割を考えてみた。どうだ?」
得意げに、山南さんの膝の前に、紙を畳みに滑らせて突き出した。
二人が話し合いを始めたので、私は礼をして席を立った。
元気のない山南さんと意欲満々の土方副長が対照的だった。
救護室へ戻りながら考えた。
もし、浪士組が江戸へ戻ることになったら、私はどうしたらいいのだろうと。
そもそも、ここは夢なんだ。
だから、いろんなことがあっても、どこかで傍観者な自分がいて――
救護室の土蔵から馬越さんが出てきた。
……さっき足を踏んづけたんだった
馬越さんも夢の中の人だ。
いつか、この夢を見なくなったら、もう会う事もなくなる。
馬越さんだけじゃない。
沖田さんも、近藤局長も、芹沢局長も、土方副長も、井上さんも――みんなそう。
「――あ、胸が痛い」
私、ヤバいよね?
こんなに夢にのめり込んだら――――
土方副長が言っていた人みたいに、死んでしまったりする?
頭を打った後遺症?
「……今更ながら、この状態はどうなの?」
あんまり考えていなかったけれど、考え出したら不安が押し寄せてきた。
別に、現実に悪影響は及ぼしてない。
中間も学力テストも、有名大を狙うには厳しいけれど、そこそこだった。
これは中学の頃から変わんないし。
授業中眠たくなることはあるけれど……
でも、自分で気付いてなくて、他の人から見たら、おかしかったりするのだろうか?
馬越さんとすれ違いざまに、腕を握った。
「ねえ。私なんか変ですか?」
馬越さんはいつもの無表情で見下ろして
「――聞くまでもないでしょう」
足を引きずって救護室の扉を開けた。
そんなに痛かったんだろうかと、足の治療を申し出ると断わられてしまった。
怒ってる?
夢だからどうってことないって思えばいいのに
「どうしようかな……」
閉められた救護室の障子の前で、文字通り頭を抱えた。
とりあえず……そうとりあえずって言いながら、浪士組の夢は続いてきた。
とりあえず、救護班頑張って。
とりあえず、言われた任務をこなして。
とりあえず、男の振りして。
とりあえず、また復帰して。
とりあえず、頑張って――――
「もう終わりにしましょか?」
気が付くと、馬越さんが目の前の縁側に座っていた。
終わり?
夢を見るのを終わるってこと?
ああ、また胸が痛い――
「決めて下さい」
みんなにもう会えないってこと?
――小さくため息をついた。
「でも、夢だからしょうがないよね……今までありがとうございました。さような……」
急に腕を引っ張られて、馬越さんにハグされた。
「え?何?」
近過ぎる可愛い顔が、珍しく動揺していた。
「――何って、こっちが何やー!です……今、薄くなって……」
「薄く?」
「――いえ。気のせいか……夢でも見たか?」
「夢?」
馬越さんにもう一度ぎゅっとハグされた。
「うん。幽霊やないな。ちゃんとやわらかい。ええ匂いもする」
「ちょっと!匂い嗅がないで下さい!変態!!」
「足踏んだの許します。喧嘩は終わりにしましょう」
「終わりって!……喧嘩の事?夢が終わりじゃなくて?」
腕から抜け出して、息を整えた。
「何のことです?寝ぼけているのですか?」
「――そうだよ。私は一日中寝ぼけてるんです!もう!どうしたらいいんですか!!」
馬越さんが足を突きだした。
「包帯が切れてますよ。何やってるのですか?新しい救護班は……」
「包帯作りは馬越さんの担当じゃないですか!私、ちょっと土方副長の所へ行ってきます!」
痛い子だと思われてもいい。
とにかくこのままじゃ進めない気がした。
……で、とりあえず、夢だって話した土方副長へ相談することにした。
――――私はいいかげんに学習しないといけないと思う。
門を飛び出して、人にぶつかるのはこれで三度目だ。
一人目はうっちゃん。
二人目はあぐりちゃん。
三人目は――――
「これはお雪さん!怪我はないか?」
……この、好意的で誤解を生ずる眼差しで、手を差し伸べてくるのは!?
「――谷万太郎さん……!?」
「立てるか?」
差し出された手を凝視していると、八木邸から土方副長と近藤局長が出てきた。
慌てて立ち上がると、ごきげんな土方副長に手招きされた。
「使いを頼む」
谷万太郎は近藤局長へあいさつをして、二人で前川邸へ入って行った。
「……あの、土方副長。私はこのままここにいて夢を見てていいんでしょうか……」
お使いの紙切れを受け取りながら、小さい声で訊いてみた。
土方副長は笑顔を辞めて
「……ここはそんなにぬるいか?夢心地か?」
「そうではないですけど……浪士組が江戸へ帰るかもしれないしそうなったらどうしたらいいのかなと……でも、夢だから……」
「近藤さんみたいなこと言うな。江戸へなんて帰るか。お前はまだ夢だと思っているから、暢気でいられるんだな。近藤さんも夢のようだったなんて、もう終わったみたいなことをぬかして……」
渡されたお使いの紙切れを取られた。
その手で頬をつねられた。
「痛っ!」
「夢じゃねえだろう?」
今日の副長はめずらしくご機嫌だ。
いつもの凄味はどこへ?ふわふわしている。
「……じゃあ、私はどうしたらいいんですか……」
「俺が言ったら、そうするのか?」
「そう言う訳ではないけれど、もう頭の中がぐちゃぐちゃでどうしていいか分からない――」
「土方殿!」
会津の芝様が馬で駆けてきた。
目の前で馬から降りると、馬の首をなぜた。
「これは気性も大人しいから馬術の稽古にはもってこいだ」
茶色の毛並みに、大きな黒い瞳がぶるるっと体を震わせた。
びっくりして黙って馬を見上げていると
「福田君。何していいか分からないんだろう?これの世話でもするか?」
「え?」
芝様が笑って
「馬番なら慣れた人を頼んだらええ。易しく見えて色々と覚えなならんです」
「そうか?」
馬はぶるると息を吐いて、土方副長の着物の袖に噛みついて咀嚼した。
「あ。たまに噛みつく癖があるからお気を付けて……」
噛みつく!?
土方副長が袖を引っ張ると、涎で染みが出来ていた。
「お雪さんは達者で?」
「……そうでもないです。頭の中がぐちゃぐちゃです」
谷万太郎が前川邸から出てきた。
「お雪さん!ここでも男装してるのか?」
それを聞いた芝様が笑いながら
「お雪さんでねえ。兄の睦月殿だ」
「まさか!からかっているのか?」
――えーっと、もう女だって言ってもいいんだよね?
「……芝様、実は……」
馬が今度は谷万太郎の背負っていた荷物に噛みついた。
「こら!離せ!申し訳ない。噛みつく癖があって……」
「何も上手いものは入っておらんぞ?」
二人が馬とじゃれ合っていると
「福田。使いに行って来い。馬は谷さんに任せろ」
土方副長に、またお使いの紙を渡された。
小雨でぬかるんだ道を、土方副長の背中を眺めながら進んで行った。
小間物屋で紙と炭、筆を買った。
「あと、閉じ紐です」
今日の土方副長は気味が悪いほどご機嫌だ。
――笑顔が不吉だと思ったのはいつのことだったかな?
「何かいいことありましたか?」
「いいこと?あるわけねえだろう?浪士組の編成や組割でもめてるって言うのに、忙しいだけだ。お前はどうすることにしたんだ?」
急に自分に振られても返事に困る。
分からないから相談したかったのに。
「……ここが夢だったら――起きたら薬売ってるのか?勘弁してくれ……お前は何してるんだ?」
「普通に学校に行って、授業受けて、部活して帰ってきます……あ、学校って寺子屋みたいなところです。部活は……お芝居?の稽古かな?帰ったら、ご飯食べて、お風呂入って、宿題して……」
「何か気に入らねえことでもあるのか?」
「リアルでですか?別に気に入らないことなんて……」
「じゃあ、さっさと起きろ。それともこっちに未練でもあるのか?」
――未練?
幕末に未練があった?
その前に、幕末を知らないんだけど……
「戯言に付き合うのはここまでだ。夢じゃねえって何回言えば分かるんだ?ここに居たかったら、偉そうに語った救護班の仕事、ちゃんとこなせ。それから――」
少し言葉を切って
「女に戻れと芹沢局長に言われたらしいが、そうならその格好どうにかしろ。男だか女だか説明すんのが面倒臭え」
「袴が一番楽なんです……着物は帯が結べないし、動きづらいし……」
土方副長はため息をついた。
「お前は少しは自分をよく見せたいとかないのか?年頃の娘なら色々気にするだろ?好き好んでそんな格好する奴、いないだろ?」
「そうですか?結構この紺色の着物もお気に入りですよ?襦袢はうっちゃんから頂いて可愛いし」
「うっちゃん?」
「借金取りのお梅さんです。美人の」
「ああ……お前も少しは見習え」
「何をですか?」
「色々だ」
色々?
とにかく、今日の土方副長はご機嫌だ。
ふわふわしていて、気味が悪い――――
閉じ紐を買って、買い物も終了。
屯所へ戻ったら何するんだったかな……
「あ!だから、私はどうしたらいいんだろう!?ね、土方副長!」
ふわふわご機嫌の副長にもう一度聞いてみた。
「いいかげんあきらめろ。ここが夢でも何でも、お前はまともな娘じゃねえんだ。いい縁談も来ねえ。器量良しでもねえ。近藤さんも芹沢局長もいつまでもお前に構ってはいられねえぞ。いつここを追い出されるかもしれねえし、そうしたらお前野たれ死に――――」
土方副長はしばらくこっちを見下ろして
「……夢だとしても、最悪だな」
憐みの眼差しで見られてしまった。
「だからどうしたらいいんですか!」
言われて気が付いたけれど、本当に可愛そうだな……私。
「井上君はお門違いだったから、馬越君にでも唾つけとけ」
「え?嫌ですよ!」
「お前は選べる立場にいるのか?」
「――いません」
「谷にも気に入られてたな……」
「奥さんいますよ。あの人……」
「お前は選べる立場にいるのか?」
「……最低そこだけは選ばせて下さい」
散々からかわれながら屯所へ戻った。
今日の土方副長はご機嫌で気味が悪い。
「そりゃあ、土方さんは楽しいだろうからさ」
夕方になって強くなった雨で、沖田さんはずぶ濡れで帰ってきた。
包帯作り係がいなくなったので、私の係りになってしまった。
細く長く手拭をはさみで割いて行く。
「浪士組の隊士割り振って。こいつは剣の腕が立つからここにいれて、こいつは柔術がつかえるからここで――」
なるほど、組割を考えるのが楽しくて、ご機嫌だったわけか?
「一番笑ったのが、監察は芸達者がいい……だってさ」
監察って密偵のお仕事だよね?
「まあ、身内も外も騙せないと出来ないからな……」
「身内も騙すんですか?」
「監察って何するか知ってるのか?」
首を横に振った。
「福田は無理だな。すぐ顔に出るから――そうだ、お前女の格好するのやめとけって。土方さんが」
「え?監察の話はどこいった!?」
「観察ではなくて、女の救護班だと、隊士が浮つくから男の格好しとけって。近頃、茶屋の娘が可愛いとか、野菜売りが可愛いとか、浮ついてるからな」
なるほど。
確かに二人とも可愛い。
「でも、女だって言ってもいいんですよね?」
沖田さんは刀の手入れを始めた。
「いいんじゃないか?お前が女でも浮つく奴はいないだろ」
そうだね……って、こら!
「包帯も真っ直ぐ切れないのか?お前裁縫も出来ないのか?」
沖田さんのせいで曲がったんだよ!
「出来ないから、お光さんに習ってるんです。今、浴衣縫ってるんですよ――?」
お光さんの名前を出した途端、沖田さんの空気がどっと重くなった。
前に喧嘩したって聞いたけれど、まだ仲直りしてないのだろうか?
「……沖田さんも監察向きではないですね」
「――うるさい」
うなだれたまま口に懐紙を加えた。
「もしかして恋に破れかぶれまんじゅう?」
ぺっとその懐紙をこっちに吐きつけた。
「汚ったなーい!!そんなことするから振られるんです!」
「うるさい!何にも知らんガキが!!」
頭を叩かれて、叩き返した。
「――あの……」
二発叩かれて、三発叩き返していると、障子の隙間から隊士が見えた。
「……芹沢局長……が福田さんをお呼びです」
ごにょごにょ小声で話すのは、親子隊士の息子さんの方だ。
「すぐ行きます!」
馬詰さんはうつむいたまま後をついてきた。
「八木邸の方ですか?」
「はい……」
前川邸の門を抜けて、八木邸の門をくぐると、馬詰さんは立ち止った。
「ありがとうございました」
「……あの……」
「はい?」
馬詰さんの目の前まで戻ると、下を向いたまま
「……あの……福田さんは……その……」
恥ずかしがり屋さんなんだろうか?
伏せられて影を落とすまつ毛が、おどおど動く。
よく見ると優しそうなイケメンさんだ。
今までここにいないタイプだな。
根気よく次の発言を待っていると
「あの……」
また質問が止まってしまった。
横を原田さんが手を挙げて通り過ぎて行った。
「馬詰さん。芹沢局長に呼ばれているので、後で話聞きますね」
行こうとすると、手をつかまれた。
「……えーっと……?」
意外と力が強いぞ
手首が痛いんですけど!
「痛ったいってば!!」
「申し訳ありません!」
泣きそうな顔で土下座されて、慌てて私も地面に正座した。
「やめてください!これくらい大丈夫ですから!!」
「誠に申し訳ありません!」
「大丈夫ですって!立ってください!!」
後ろをもの珍しそうに、平山さんが通って行った。
「……もう行きますね」
「あ……」
「後で!早くいかないと局長に呼ばれてるから」
立ち上がって歩き出すと袴の裾をつかまれて、思いっきり顔からこけた。
「――痛い……右頬、陥没骨折してる……絶対してる……」
「福田さん!」
馬詰さんが涙目で見下ろした。
「どうしました?」
その横から、馬越さんの顔が出てきた。
「芹沢局長の所に行かないと……」
「はいはい」
馬越さんにひょいとお腹を持たれて、脇に抱えられた。
「力持ちですね」
「この人に何か用ですか?」
「少し相談したいことが……」
「組のことなら福田さんより、助勤に聞いた方がいいですよ。沖田さんとかいたでしょう?」
「……え……あ……世話係が福田さんなので……」
抱えられたまま八木邸の玄関を上がって、
「芹沢局長失礼します。福田さんここに置いときます」
板間に投げられた。
――もう少し優しく扱ってくれても良くない?
「……後で顔と手首、冷やした方がいいですね。赤くなってます。新入りには気を付けた方がいい……」
ボソリ呟いて馬越さんは出て行った。
確かに馬詰さんには係わると、何だか痛い目に遭ってるし……
頬を押さえて、奥の部屋の襖の前で声をかけた。
「こっちだ!」
母屋の方から芹沢局長の声がした。
廊下へ出ると、うっちゃんと縁側に座って、道場作りを眺めていた。
「福田はん!うちら、仲良うすることにしました」
うっちゃんが芹沢局長の肩にくっついた。
――何!?
仲良くするって、どういう仲良く?
「局長はんがここへ居ってもええって。今日から福田はんと寝ような」
――はあ!?
うっちゃんは色っぽい笑顔で、手招きした。
芹沢局長を見ると
「そう言う事になった。福田君も女一人では居づらかったろう?二人で仲良く勤めてくれ」
うっちゃんの横に腰を下ろすと、ぎゅっと抱き締められた。
――ああ……柔らかくていい匂い……
「いやいや!いいんですか!?局長!?」
何か最近組が浮わついてるって聞いたけれど、うっちゃんがいても大丈夫なの?
芹沢局長はあくびをして、うっちゃんの膝に寝転んだ。
――――こんな芹沢局長の姿は初めて見た……
何だか見てはいけない気がして、救護室へ慌てて戻った。
「沖田さん!大変です!!うっちゃんが――」
障子を開けると、馬越さんと馬詰さんと沖田さんが難しい顔をしていた。
沖田さんがこっちを見て首をかしげた。
「よく見ろ。こんなんだぞ?よーく見てみろ?」
馬詰さんがおどおどと、こっちに顔を向けた。
「……はい。分かっております……」
何?
目で馬越さんに質問すると
「救護班に入りたいそうです。弟子になりたいらしいです。福田さんの」
「え?……ええ!?何で!?」
馬詰さんは目をそらして
「……格好いいなと思いました」
格好いい?
私が?格好いい?
「何を頬を染めてるのですか?」
馬越さんが呆れたように呟いた。
「だって!そんなこと言われたことないもん!」
馬詰さんはぼそぼそ話し続けた。
「……皆の前でも動じず……その……若いのに幹部の方々にも信頼されて……組の皆の体を案じて……不思議な器具も使えますし……格好いいです」
あまり誉められ慣れてないから、どう反応したらいいのか困ってしまった。
「――この人に気でもありますか?」
馬越さんの場違いな質問に反論しようとすると
「……はい。素敵な方だと思います……女子なのに……その……」
沖田さんがいきなり咳き込んだ。
「――女子って誰に聞かはりました?」
馬越さんは冷静に質問を続けた。
「……もう一人の救護班の方に……しかし、大っぴらにすると、恋敵が増えるから他言せえへん方がええ……て言われました……」
「――おっさん……シバき倒しましょか?」
馬越さんがこっちに話を振ったけれど、私はどう返事をしたらいいのか分からなくて……
「馬詰君。よく見てみろ?これだよ?福田だよ?」
沖田さんがもう一度確認した。
馬詰さんは今度はしっかりこっちを見て
「……はい。素敵だと思います……」
縁側まで歩いてきた。
「救護班入れてもらえますか?」
膝を付いて潤んだ瞳で懇願された。
――どうしよう。
こんなの初めてで、どうしていいかわからないよ!
私に気があるって好きってこと?
素敵って、女の子って知ってて言われてるし……
何か頼りないけど、よく見ると優しそうなイケメンさんだし、いやいや、男は顔じゃないよ!
どうしよう……
でも、救護班は沖田さんの係りだから、決めるのは沖田さんだよね?
私、素敵……かな……?
「……何を返事を迷ってるのですか?」
馬越さんが、やけにドスの聞いた声で思考を遮った。
「あきまへん。決めるんは、芹沢局長で・す・か・ら!」
馬詰さんはしゅんとうなだれて、草履をはいた。
「……失礼しました」
頭を下げて雑魚寝部屋へ戻って行った。
……ちょっと可愛そうな気がした。
馬越さんも草履を突っ掛けて
「やけに嬉しそうですね……」
「べ、別に嬉しくなんか!」
「あんなのと一緒になったら、苦労しますよ?」
「あんなのって、そう言う言い方は失礼だと思います!」
「ええ格好しいが……」
「はあ?それ誰に言ってるんです?」
馬越さんはいつもの無表情で見下ろして、頬に手を伸ばした。
いつものようにつままれる!と身構えると、そうっと頬に指が当たった。
「腫れてます……只でさえ腫れてるのに、河豚みたいになってますよ……」
にやり笑って、前川邸を出て行った。
「福田、どうする?」
沖田さんがあくびをしながら聞いてきた。
「どうするって、私は決められないし」
「組内での色恋沙汰は禁止だったかな?どうでもいいけど……救護班は駄目だ。近藤さんが許さないよ。芹沢局長も」
どうでも良くないんですけど!
初めての告白にどうしたらいいのか……
「夢なのに、何だこの展開は……」
断ろうとは思うけど、同じ浪士組だし、これからも仲良くして欲しいし……
どうしようかと、頭を悩ませていると、恋愛の達人うっちゃんが浮かんだ。
その前に、夕餉の支度に八木邸の厨へ行くと、安藤さんと山野さんが先に来て手伝っていた。
おかよさんと八木の奥さんは、危なっかしい包丁の手つきの二人から取り上げて
「これなら出来るやろ?」
と、きゅうりに塩を振ってまな板の上で転がして見せた。
「後は、転がしながら乱切り。ほなやってみい」
山野さんはすぐに要領を得たみたいだけれど、安藤さんはどうしても円柱になってしまう。
「仕込み甲斐があるな。福田はん並や」
おかよさんが呟いた。
――私もそんなにひどかった?
「……で、とうとう女連れ込みよったんか?水戸の局長は」
奥さんが小声で聞いてきた。
「あ、うっちゃん……お梅さんですか?どうだろう?だって、どこかの妾だって――」
「そうや。菱屋の妾や。うちも遠い親戚やから知らん事もないんやけど……堪忍してほしいわ」
――他の人の妾を勝手に住ませるって、いくらこの時代でも、夢でも、非常識なの?
「その、訴えられたりするんですか?離婚されたり、慰謝料とられたり……」
そうなったら、只でさえ貧乏なのにどうしたらいいの!?
ていうか!うっちゃんはここに借金取りに来てたんじゃなかった!?
「捨てられんで」
「え!?大変じゃないですか!私、話してきます!」
「そうして。早う出て行ってもらわんと」
八木邸の縁側から上がろうとすると、ちょうど玄関から本を抱えた馬越さんが出てきた。
「今、生娘の福田さんでは想像できない事が繰り広げられてますから、やめといた方がいいですよ」
いつもの無表情で両手で持っていた本の山を渡された。
生娘では想像できない事って――!
「え?でもっ、うっちゃんが妾追い出されるって!」
「……そうですね。でも、なんで芹沢局長なんやろ……」
「そうですねって!どうにかしないと!!」
障子がすっと開いて、うっちゃんが顔を出した。
「何や?芹沢はんならお出かけどすえ。うちも一度戻って、身の回りの物片してくるわ。福田はん、お顔が真っ赤やで?またお熱ちゃう?」
うっちゃんは妖艶に笑って、部屋へ引っ込んだ。
「福田はん。お顔が真っ赤で、何してると思てたんです?」
「それは!馬越さんが言うから!!」
「別に俺は、膝で耳掃除されてたって言うただけですけど。その本、蔵に運んでもらえますか?」
本を突っ返そうとすると
「あ、足が痛い……」
可愛い顔を歪ませた。
その顔は卑怯だ!
「……持ちます……」
横から本を取られて、両手が軽くなった。
「……蔵……持ってきます」
馬詰さんが小走りで門を出て行った。
「あらん!恋敵出現や!」
おかよさんが笑いながら馬越さんの背中を叩いて通り過ぎた。
「……誰の恋敵や?」
さあてと答えて、うっちゃんの後を追いかけた。
門を出てすぐにうっちゃんに追いついた。
歩きながら、このままでは菱屋を追い出されてしまうのではと話すと
「別に。今でも煙たがられてますから、向こうにしてもええ厄介払いや」
「でも……浪士組でどうするんですか?」
「どうしよう?福田はんと一緒に救護班しよか?」
「え!?」
うっちゃんは立ち止まって、下駄の鼻緒を触った。
「――なあ。今お店に入って行ったの、浪士組の人やろ?」
全然気づいていなくて、お店の前を通り過ぎながら中を覗いた。
お梅さんの所みたいな食事処だ。
中にいたのは刀を置いた侍と、新見局長だった。
「あのお侍、どこかの公家はんの所で見たことあるわ……どこやったかな……」
「公家……!」
足を止めようとすると、うっちゃんに手を引っ張られた。
「係わらんことや」
「でも!」
「でも……何や?」
「……浪士組が会津に捨てられるの。そうなったら困るの!」
「何で?」
うっちゃんは腕を引っ張りながらどんどん歩いて行く。
「浪士組が無くなるでしょう!」
うっちゃんは足を止めて手を離した。
「――そしたら、福田はんの居場所がなくなるな……それは困るな……うちも困る。せっかく、見つけたのに、また探さなあかんな……」
うっちゃんは呟いて、
「邪魔な人には出て行ってもらったらええねん」
こっちをみてにっこり笑った。
うっちゃんと別れて、一人で屯所への道を急いだ。
――邪魔な人?
浪士組で邪魔な人なんて、考えたこともなかった。
もっとたくさんに人に浪士組に入ってもらう。
浪士組を大きくして、それで皆で――――
「……それでどうするんだった?」
京都の治安を守って、外国から日本を守るために攘夷する?
でも、幕府は攘夷するって言ったけれど、五月十日に何もしなかった。
いくら考えても、浪士組はどうしたらいいのかなんて分からない。
だから、今出来ることを頑張ろうって決めたんだ。
決めたけれど、何かの拍子にすぐ疑問が浮かんでくる。
立ち止まった川縁から蛙の声が聞こえてきた。
「邪魔な人は出て行ってもらう……」
うっちゃんの一言に、とても胸がざわついて、降り出した雨で波紋の出来た川面を眺めていた。




