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幕末最前戦の戦士たち  作者: コトハ
はじまりは夢の中で
52/54

リニューアル!救護班、一

隊士が大坂から戻り、前川邸の雑魚寝部屋も騒がしくなった。


八木邸で皆を集めて集会があると、馬越さんと一番後ろに並んで中を覗いた。


「――なんか増えましたね」


「部屋に入りきるかな?」


後ろから来た隊士に道を譲った。


井上さんがやって来て、草履や下駄を並べだした。


「井上さんは部屋へ入ってください。馬越さんも。私がやっときますから」


二人は、なかなか平隊士に上げてもらえないけれど、れっきとした浪士組の隊士なんだ。


――私は居候だけれど。



草履を並べ終って、誰もいない静かな救護室へ戻った。


「……さて、救護班もリニューアルしなければ!」


皆が大坂から帰ってくる前に作っておいた救護班グッズを畳みに広げた。


手ぬぐいマスクと白い甚平を着用。


……手袋もほしい所だけど、そのうち検討する。



隊士名簿。いろはにほへと順で検索しやすい。


後で、新しい人の名前教えてもらおう。



お光さんに教わって、風呂敷を縫った袋に入った応急手当セット。


巡察中の隊士に持って行ってもらう。


包帯、消毒用小瓶、救急ガイドブックを簡単に写した小冊子が入っている。



もっと暑くなったら、水筒と塩飴とか持って行ってもらいたいな。


それから、屯所の掃除当番を決めたい。


これは、局長と相談しなければ。


マスクをして白い甚平を着た。


今日からはお仕事中はこの格好でいることにした。


うがい手洗いの張り紙を、水場と雑魚部屋に貼ってこよう。




がらんとした雑魚部屋の土間の壁に、ご飯を潰した糊でうがい手洗いの紙を貼った。


「何ですか?その格好は……」


馬越さんが上手く貼れなくて、剥がれてきた貼り紙の四隅を押さえた。


「芹沢局長がお呼びです。俺が貼っておきます」




八木邸の隊士の座る一番後ろへ上がると、芹沢局長にいきなり


「後ろに居るのが救護班の福田睦月だ」


紹介されて、皆が振り返った。


びっくりして、マスクも取らずに立ったまま頭を下げた。


「近藤局長の縁者だが、芹沢局長のご厚意でここで救護班をしている」


新見局長に紹介された。


「もう一人、馬越三郎」


後から来た馬越さんが横へ並んだ。


二人でもう一度頭を下げた。


「救護班から何かあるか?」


土方副長の急な問いに、頭が真っ白になっていいえと答えようとすると、


「では、二、三お知らせしておきます」


馬越さんが持っていた、うがい手洗いの張り紙を高く掲げた。


「救護班では、病の予防として、うがい手洗い、体を清潔に保つこと。整理整頓、清掃など徹底して行って頂きます」


続きは福田さんと言われ、話すことを整理してマスクを外した。


「えーと、今、救護班の馬越が言いました通り、救護班は皆さんの健康管理に努めていきたいと思います。人数も増えたので、賄当番、掃除当番、毎朝の健康観察、持病のある方は知っておきたいので、後で、皆さん一人ずつ問診に行きます。ご協力お願いいたします……以上です」


隊士全員の視線を浴びて、何を話したか分からなくなったけれど、前の席の近藤局長と芹沢局長が頷いてくれたから、少し安心して席に着いた。


「……ありがとうございます」


前を向いたまま馬越さんにお礼を言った。


「名簿作らな……福田さんは、字下手やからな……」


「頑張りましょうね」


いつもの無表情の馬越さんに囁いた。



――けれど


集会が終わって、芹沢局長に呼ばれて言われたことは



「救護班は馬越君は外れてもらう。代わりに医術に詳しい者を入れる」


絶句した私と馬越さんの前に呼ばれたのは、山崎丞さんだった。





救護室へ二人で無言で戻った。


馬越さんは持ち歩いていた、包帯やマスクを私に差し出した。


受け取りながら、心がしんとした。


「――では、これで」


「はい……」


別に救護班でなくなっても、浪士組を辞めるわけではないから、会えなくなる訳ではないけれど……なんだろう


「寂しくなります……」


一緒に頑張って来たのに。


「そんなに俺の事好きでしたか?」


無表情の可愛い顔はいつもと変わらない。


「好きですよ。たくさんケンカもしたけれど、私は友だと思ってますから。お休みの日は、お梅さんの店に連れて行ってくださいね」


さてと。新入り隊士の名簿を貰ってこよう。


立ち上がって、背伸びをした。


馬越さんも隣で同じく背伸びをして


「――福田さんが友なんてありえへんわ」


「え?」


「胸のある永倉さんと友達になれますか?」


……いつものことだが、殴ってもいいだろうか?




外から井上さんが失礼と声を掛けた。


馬越さんが障子を開いて、縁側に出た。


私も続こうとすると


「しばらく、浪士組を留守にします」


その言葉に足を止めた。


――井上さんもいなくなるの?



「俺も井上さんも急ですね」


「今朝言われましたから詳しいことは……」


救護室の外で話す、二人の声をぼんやり聞いていた。


縁側に出ると、井上さんは既に旅装束だった。


「……気を付けていってらっしゃい」


井上さんはいつものようにふんわり笑ってくれなかった。


その代わりに


「あなたは、目に留まりやすい。思っている以上に気を引き締めて、友達だとか言って、気安く男に、はぐなどしないように。好きだなどと気安く言わない。一人で歩き回らないように。誰にでも笑いかけない……それから……」


散々注意されて、馬越さんを見た。


「間違っても手を出すな」


馬越さんが井上さんの襟をつかんだ。


「間違うか!胸のある永倉さんやで……これ」


私を指さした。


え?手を出すって私に!?


あり得ないから!


「福田さんを頼みます」


井上さんは馬越さんに頭を下げて、屯所を出て行った。


いきなりの展開で、井上さんと話そびれてしまった。


聞きたいことはたくさんあったのに……



どこへ行くの?


いつ帰ってくるの?



「――走ったら間に合いますよ」


「え?」


馬越さんはにこり笑って


「薬の買い出しに行ったと伝えときます。酒奢りです」


頷いて、門を飛び出した。



四条通に出る手前で、井上さんに追いついた。


追いついたけれど、なんて言っていいのか分からなくて


「薬の買い出しに行くので、途中まで一緒に行きます」


隣に並んだ。


井上さんは黙って立ち止まったまま。


「もっと早く言ってくれたら、お弁当作ったのにな。井上さんの方が上手ですけど」


今日は「そうですね」って笑ってくれない。


迷惑なのか、一度もこっちを見ないで、通りを見つめたまま黙っていた。


「どっちいくんですか?右?左?」


持っていた笠を被った。


「――どこに行くんですか?大坂?」


返事もしてくれない井上さんに、もう一つだけ質問してみた。


「いつ帰ってくるんですか……」


――怒ってるのかな?


例の、どっちの局長に付くかで、私がどっち付かずだから?


それとも、秘密の任務で話せないとか?


うつむいてだんだん落ち込んでくる気持ちに、きっと話せない理由があるのだろうと、顔を上げた。


「じゃあ、私は行きますね。気を付けて。お土産買って来て下さいね!」


笑って右へ曲がった。



涙が出そう……


我慢我慢


笑顔!



もう一度振り返ると、井上さんが笠の縁に手をかけてこっちを見ていた。


茶色の目が少し笑って


「――息災で」


「はい!」


笑顔、笑顔、笑顔!


大げさに手を振って、井上さんの後ろ姿が見えなくなるまで見送って――


その場にしゃがみ込んで泣いた。



なんだかもう、井上さんには逢えない気がした。










救護班が山崎さんへ変わって、部屋が漢方薬臭くなった。


山崎さんは器用に棚を作って、配合された漢方薬の粉を並べて行った。


今までは、救急箱とガイドブック頼りだった救護班が、一気に本格的になった。


「救護班とは名ばかりで、何の知識もないんか?」


相変わらずの悪態をついて、どんどん部屋を改造していく。


「……山崎さんて、元薬剤師さんですか?」


「薬剤師ちゃうわ。薬種問屋におったことがある。家は針医師や」


「針医師?へー!救護班に打って付けじゃないですか!只のうわさ好きじゃなかったんですね。やくしゅ問屋てなんですか?」


山崎さんは救急箱を開いて


「福田さん……医者の見習いつうのは嘘や思てましたけど、女やし。どこの箱入り娘か?それとも脳が足りんのか?」


「酷ーい!それって言っちゃいけない言葉ですよ!!救急箱返して下さい!ガイドブックも!」


「腹減ったな……非番やし、茶飲みに行くぞ」


「行かないし!」


「大好きな井上さんがどこ行ったか、親切なおいちゃんが教えてやろう思ってるけど、そうか、行かんのか……」





――行かないわけがなく、壬生寺の茶屋へ付いて来てしまった。


奥に新入りの隊士が二人いた。


かわいい娘さんがお茶と漬物を持って、注文を取りに来た。


……こまちちゃんに似た、小さくて色白で守ってあげたくなるタイプ……


「――山崎さん好みのお姉さんですね」


「黙れ、恋に破れかぶれまんじゅうが」


隣で涼しい顔でお茶を啜った。


――我慢だ


ここで、席を立っては井上さんの事が聞けなくなる……


「誰が破れかぶれまんじゅうだ!」


やっぱり我慢できなくて大声を出すと、奥にいた隊士がこっちを見た。


爽やかな笑顔で会釈された。


確か山野さん。


ちょっと癒されて、壬生菜の漬物を口に入れた。



運ばれてきたお団子を山崎さんは口に入れて


「桑名藩に戻った。許したのは近藤局長や。芹沢局長には適当な理由をつけてごまかした」


「桑名藩?」


「また知らんのか?お伊勢も分からんか?お蔭参り」


「伊勢?伊勢神宮?伊勢えび?三重県ですか?」


山崎さんは返事もしないでお茶を飲んだ。


手の中にある湯呑の緑色のお茶を眺めた。



――井上さんは家に帰ったってこと?


脱藩したけれど、お姉さんたちが剣術修業に出たことにしたと言っていたから、お咎めなしで無事に戻れたのかな


だったら、もう戻ってこない――


さよならも言ってない


どうして黙って帰っちゃったの?



「どっちみち、実らん恋やったで?井上さんはれっきとしたお武家はんや。身分が違う。早う忘れて……」


緑のお茶が滲んで見えた。


「誰や。福田さん泣かしたの」


床几の隣に、馬越さんは座った。



「俺も何も聞いてない……井上さんのあほ!」


馬越さんが膨れっ面で、空を見上げた。


「……うん。あほ!」


涙を拭いて二人で空へ叫んだ。



隣で、山崎さんがお茶を啜った。


「――馬越。今が好機や。今は心がもろい。付け込んでものにしいや。おっちゃんは邪魔やから退散するわ」


山崎さんは馬越さんに耳打ちしたつもりだろうけれど、私の頭の横で話すから、全部聞こえてますけど……


意気揚々と帰っていく山崎さんを見送って、はたと馬越さんと目が合った。


「えーっと……」


何に付け込むのかなと思っていたら、茶店の娘さんがお茶を持ってきた。


「おいでやす。何にします?」


振り返った馬越さんは、きらきらの笑顔になった。


「遠慮なく付け込んでもええですか?」


――こまちちゃんの件で、懲りてないのか!?


どこにいたのか、山崎さんが走って来て、馬越さんの頭を殴った。


「相手が違う!」


二人のどつき漫才を眺めていたら、走ってきた藤堂さんに呼ばれて、屯所へ戻った。




前川邸の庭に、隊士が十人程並んで待っていた。


「持病がないか問診するんだろ?新顔集めといてやった」


得意げな藤堂さんにお礼を言って、問診を始めた。


――しかし、何を聞けばいいのだろう……


病院の初診療で書く内容を思い出して……


「平熱は何度ですか……って、分かるわけないか……」


計ったらいいんだろうけど、朝起きてすぐの体温ではなかったかな?



「あの……」


考え込んでいたら、私の前に並んでいた隊士が痺れを切らした。


「はい!お名前と生年月日と住所。過去の病気……アレルギーはありますか?」


立て続けに聞いて、隊士は顔をしかめた。



「はい。通してください」


馬越さんが長机を抱えて、並んだ隊士の間をぬってきた。


私と隊士の間に置いて


「聞くこと、ここに箇条書きにしてください。申し訳ありません。三列に並んでもらえますか?」


名前、生年月日、年齢、住所――ではない藩名、身長体重、平熱、持病、アレルギー――食べたら気分が悪くなるもの?


その他気になること


私が箇条書きを作っている間に、山崎さんが桶を三つ運んできて椅子にした。



「問診はこれか?平熱ってなんや?」


山崎さんも手伝ってくれるみたいで、私の右の列の机の前に座った。


「体温計いるのか?拙者が取ってこよう」


後ろで覗いていた監察の林さんが、救護室へ走って行った。


持ってくるなり


「計っても良いか?」


と、興味津々で体温計をぴっと押した。


「林さん。ぴっと鳴ったら、出てきた文字を書いといてください」


馬越さんが紙と筆を渡した。


問診をしていると、林さんの周りで「おお」と歓声が上がった。


音が鳴って文字が変わるのが面白いらしい。



「中村……きんごってどんな字ですか?」


私は、慣れない筆で四苦八苦していた。



私の汚い文字を馬越さんが清書して、いろはにほへと順に閉じて……


「今日の分は終了……」


「まだ、十六人分だけですよ。幹部の皆さんは山崎さんが聞きに行ったけれど、帰って来ないな……おっさん……」




沖田さんが戻って来て、隣の部屋へいきなり大の字に寝ころんだ。


「お帰りなさい」


お疲れなのは分かるけれど、羽織くらい脱ごうよ。


「福田、お茶……」


「はいはい。まだ、豆のお菓子があったから、皆で食べましょう」


近藤局長にお見舞いに頂いたお菓子を風呂敷から取り出した。


小物入れとか欲しいな。


私物は少ないから、全部風呂敷に包んで、部屋の隅に重ねてあるんだけれど。



「なんか今日、新入りの人に、救護班になるには医者の心得が必要ですかって聞かれたぞ。三人も」


「え?救護班になりたい人がいるんですか?」


沖田さんはのそり起き上がってあぐらをかいた。


「一応俺の下に救護班が組まれているから聞きに来たらしいが……」



ちょうど山崎さんが帳面片手に、障子を開けた。


沖田さんはこっちを交互に眺めて


「容姿で決めてるんですかって聞いた奴もいたな……」


私で目を止めて、


「お前、今日ずっとマスクしてたか?」


「……どういう意味ですか?」


山崎さんは帳面を置くと、すぐに部屋を出て行った。




「山崎さんて、あんまり話さないよな」


「はあ!?」


「どの山崎さんですか?」


沖田さんに二人で突っ込んだ。




沖田さんは豆のお菓子を口に入れて


「井上君。国に帰ったんだってな……急だな。さっき近藤さんに聞いた」


頷いて、お茶を入れた。


「お前たちも何も聞いてなかったのか?」


「……そういうとこ、井上さんは意気地なしですわ」


馬越さんはぽつりこぼした。


前にも意気地なしだと言っていた。


「福田さんは見送りに行って、何か言われましたか?」


馬越さんは豆菓子を一つとった。


「息災でって言われただけです。そういえば、いつもと違って、何にも話してくれなかったな……」


「いじいじ井上やな」


「いじいじ?」


馬越さんの言っていることはいつも分からないけれど、井上さんがいなくなってさびしいのは同じだってことは分かる。



「馬越君。救護班外されただろ?どこに行くか言われたか?」


「ナントカっていう戦術を新入りから学べと言われました。何でも、救護班に浪士組入隊を進められたとかで……助手にするなら、その女のような容姿の快活な救護班をぜひと言われたとか――」


馬越さんがこっちを見た。


「え?それが私だっていうの?」


隊士勧誘で、いろんな人にチラシ渡してたから、いちいち覚えてない。


「何で馬越くんが助手になったんだ?福田ではなくて……」


質問した沖田さんが、ああとあきれた声を出して納得した。


「近藤芹沢両局長が、福田さんを助手になど差し出すわけないでしょう?」


「だよな……」


二人はうなずき合って


「戦術か。そういや、ここには軍師はいなかったな?新入りってどんな奴だ?」


「偉そうな態度のお侍です。福田さんは救護班から絶対に外せないと言われて、代わりの俺の顔を見たら、いきなり背が高すぎると」


「……背が高すぎると戦術で問題があるのか?」


沖田さんの質問に馬越さんは豆をコリリとかんで


「福田さんが良かったってことです」


「趣味悪いな。その新入り」


二人はうなずき合った。





まだ、いろんな当番が決まっていなかったので、局長に相談へ行くと、八木邸が何だか騒がしい。


もめごとかなと玄関から中を覗くと、土間にうっちゃんがいた。


芹沢局長、近藤局長、新見局長……それから、平間さん、土方副長、山南さん……


「いつ払うんどす?約束してくれへんと、うち帰れまへんで……叱られてしまいます」


うっちゃんが上りかまちに腰を掛けて、皆さんに嘆願した。


ちょっと横座りした腰のラインが艶めかしい……


「約束など出来ん。帰れないならここへ泊めてもらえ」


芹沢局長がめんどくさそうに言い放って、玄関に下りてきた。


道を開けると、芹沢局長に肩を組まれた。


「福田君。飯でも食いに行くか」


返事に困っていると、うっちゃんが反対の腕にしがみついてきた。


「ここの男はろくでもないな。福田はんも大変やな」


うっちゃんはずっと文句を言っているし、芹沢局長は唄をうたって全然聞いてない……


「あの。私はまだ仕事があるんで……」


門まで来て、二人は手を離した。


後ろから、平山さんと佐伯さんが追いかけてきた。


「失礼します!」


二人に頭を下げて、八木邸に飛び込んだ。




近藤局長が入口の板間でこっちを眺めていた。


「あ!近藤局長聞きたいことがあるんですけど……?」


視線が私に合って、びくりと体を震わした。


「何でもないぞ!あんな美人初めて見て、ちょっと……ちょっと思っただけで、福田君が一番可愛いぞ!」


――何を言っているのですか?


「惚れやすいからな。近藤さんは」


土方副長が鼻で笑った。


隣で山南さんが笑顔で頷いた。




掃除、食事、洗濯当番表を、山南さんに相談しながら作ることにした。


奥の部屋で、新見局長と平間さんが雑談していた。


大坂で公家に取り入れと言われてから、話すらしていないけれど、どうしてもそっちに神経が行ってしまう。


「部屋の掃除は銘銘朝稽古の前にさせましょう。洗濯は増えてくると、八木さんにお願いするのも難だね。食事は得て不得手があるから……井上君のように得意な人がいるといいんだが……」


「井上君……」


井上さんどうしてるかな……


「福田君は仲が良かったからね。寂しくなったね」


寂しい?


「そうですね……」


井上さんがいなくなって、救護班が変わったり、名簿を作ったり、新しいことに慌ただしくて、あまりそんなことを考える余裕がなかった。


――それに、さよならを言ってないせいか、言われていないせいか、もう井上さんはいないんだって実感がない。


気配無く現れそう。


ただ、胸にぽっかり穴が開いてスカスカして……


涙が出そうになる……


これはやっぱり寂しいってことかな?



「とりあえずは、賄当番は福田君がおかよさんとやってくれるかい?各助勤の組から一人ずつ人を出してもらって、仕込んでみてくれ」



「賄ならわしも手伝おう」


新見局長と話していた平間さんが腰を上げた。


「助勤自らやることか?」


新見局長があきれ顔で、部屋を出て行った。




八木邸を出ると、前川邸の門の前で沖田さんが隊士を五名引き連れていた。


「あ、福田。新入りの見習い隊士だ。お前、ここのこと教えてやってくれ」


沖田さんはそう言って、さっさと壬生寺の方へ行ってしまった。



「沖田さん?――え!?」


いきなり任されても困るよ


五人は全員もちろん私より年上だし、緊張するんですけど――


あ、爽やか笑顔の山野さんは知ってる。


「……福田睦月です。救護班をしています」


後の四人は問診をしたときに見かけた人もいるんだけれど、名前は覚えていない。


「屯所は案内しましたか?」


皆無言でうなずく。


「……えーっと、何か分からないことありますか?」


山野さん位の歳の隊士が口を開いた。


「馬詰と申します。入隊したは良いが、しばらく見習いとして過ごすように言われたが、昨日から稽古以外何もしていない。これでいいのですか?」


「気合い入れて来たは良いが、いきなり非番で身の回りを整えろ言われても、なにもすることないな」


隣の安藤さんも頷いた。


「えーっと、入ったばかりで新生活の準備とかあるかなーって、お休み下さったんですよ」


「局長が三人もおるしな」


佐々木と名乗った隊士が呟いた。


確かにそれはどうなのって、私も思ったけれど……


「暇ですか。じゃあ、賄当番を仕込めと言われてますから、皆さん八木邸へ行きましょうか」


一番年配の隊士がため息をついた。


「……父上」


馬詰さんが諌めるように声を掛けた。


「父上って親子なんですか?」


「ええ。まあ」


初!親子隊士だ!



「福田。新入り引き連れて偉くなったな」


永倉さんが木材を抱えて、八木邸から出てきた。


「沖田さんに屯所を案内しろって言われたんです。何か作るんですか?」


「隊士が増えて、稽古場が無くなったろ?母屋との間に作って貰おうと思ってな?」


「稽古場?お手伝いいりますか?ちょうど皆さん暇みたいなんで、賄はこんなにいらないですし」


そこへ、荷車に木材を摘んだ大工さんがやって来た。


「そうか。頼むわ。三人寄越せ」


賄よりは良いと思ったのか、馬詰親子と佐々木さんは木材へ手をかけた。


出遅れた山野さんと安藤さんは、八木邸のおかよさんと昼餉の準備に取り掛かった。



山野さんと安藤さんは慣れないながらも、おかよさんと、途中から加わった八木の奥さんの指導に素直に従った。


安藤さんは冗談を言いながら、二人と上手く絡んでるし、山野さんはいつもの爽やかな笑顔だ。


おかよさんも奥さんも楽しそうだ。


山野さんは歳は井上さん位かな?


安藤さんは坊主頭で、歳は近藤局長よりも上かな?


……隊士名簿には歳も書いてあるはずだから、後で見てみよう。



平間さんも加わったので、お櫃を持って離れへ向かった。


途中、大工さんのお手伝いをしていた永倉さん達へ声を掛けた。


「お昼ですよ!大工さんも一緒にどうぞ」



大工さんは六十歳くらいで、頑固そうなおじさんだった。


お茶を出したり、味噌汁をついだり、皆の間を動き回っていると、大工さんに手招きされた。


「あそこで覗いてるんは、ここのお人か?」


言われて、離れの方に目を向けると、人が建物の影に引っ込んだ。


「な?怪しいやろ?昔、うちの娘にああいう輩がまとわりついたことがあったんや。ノミで脅したったら、来なくなったが……」


そう言って、手に持っていたノミを握りしめた。


「あんたうちの娘に少し似てるわ」


「そうなんですか?ちょっと見てきますね!不審人物だといけないので」


大工さんは、私の手にノミを握らせた。


「気いつけや」




ノミを握って離れの建物の影を覗き込んだ。


「……あれ?誰もいない」


確かここに隠れた気がしたんだけれど……?


「何をしてるんだ?」


急に声を掛けられて、小さく叫び声を上げて振り返った。


そのままノミを掴んだ手首を掴まれて、壁に押し付けられた。


「……危ねえな。こんなもん振り回して」


土方副長の喉仏が目の前で上下した。


「いえっ!不審人物が覗いてまして!」


「……お前が一番不審人物だろ」


久し振りの涼しい目の土方副長と十センチの距離で、瞬きも出来なくて見上げていたら、


「――あいつか?不審人物ってのは」


瞳の動いた先を見ると、鉄砲を抱えた馬越さんと、その後ろに隠れるようにこっちを見ている新しい隊士がいた。


「……あれ?あの人どこかで……」


確か、雨宿りをしていた時に、軍師いるのかと聞いてきたお侍!


「浪士組に入隊して下さったんですね!ありがとうございます!!」


土方局長に右手を壁に止められたまま、あいさつすると、馬越さんの後ろからひょっこり出てきた。


「いかにも、引手数多な中、こちらで世話になることと相成った。拙者の甲州流軍学が少しでもお役に立てばと思い決意した次第。今は諸所の訳あって都合の良き日だけ通って来ておるが、年内にもこちらに身を置く所存。して、お主は救護班と聞いたが、拙者も少し医術の心得がある。何か尋ねたいことがあれば、いつでもなんなりとこの武田を訪ねてまいられよ。救護といえば――」


「武田さん。これ、どこへ運ぶのですか?」


息継ぎもしないで、永遠に話し続けるのだろうかと思っていたら、馬越さんが口をはさんだ。


土方副長は私の手から、ノミを取って手を離した。


「隣の前川さんの所へ持って行ってくれるか?救護室の隣に土蔵があっただろう?」


頷いて出て行く馬越さんの鉄砲を二丁横から取った。


「手伝います。結構重たいですね……これ、どうしたんですか?」


八木邸を出て、前川邸の門を潜った。


「会津から借りてきました。もう鞍替えですか?」


「鞍替え?」


ずれる鉄砲を両手で抱え直した。


「井上さんいなくなって寂しいのは分かりますが、いきなり土方副長は身の程知らずやなって……でも、山崎のおっさんが言うには、副長は若い芸妓が好きらしいですし、若さで頑張ってみたらええか」


言われている意味を理解して、持っていた鉄砲を馬越さんの腕に帰した。


「……馬鹿じゃないの?」


「顔真っ赤にして、見上げとったやないですか?」


思いっきり、馬越さんの足を踏みつけて、門を飛び出した。




誰かとぶつかって、丸い大根が真っ二つに割れた。


「すみません!大丈夫ですか!?」


白い手拭でほっかむりをした娘が倒れていた。


転がっていた大根や青菜を拾って籠に入れた。


「すみません。大根割れてしまって……」


手渡すとほっかむりを取って裾をはたいた。


「……これ、八木はんとこのどす……」


下を向いたまま、小声でおそるおそる野菜の籠を差し出した。


「野菜売り?……えーっと、八百屋さんですか?奥さんなら厨にいますよ。どうぞ」


娘はうつむいたまま、じっと身を縮こませていた。


浪士組が怖いのかな?


馬越さんの叔母のお梅さんもごろつきって言ってたからな。


よく見ると、伏せた長い睫が涙でぬれていた。


「大丈夫ですよ!入りたくなかったら、私が八木さんに届けてもいいですか?」


娘が初めて顔を上げてこっちを見た。


お光さんとか、こまちちゃんとか、うっちゃんとか、美少女や美人は見慣れていると思ってたけど……


真っ白な肌に、黒い瞳、ピンク色の少し開いた唇は――


「……お人形みたい……」


思わず口に出すと、娘は後ずさって顔を伏せてしまった。


籠が手から滑り落ちて、半分の大根が四分の一になった。


もう一度拾い集めていると、隊士たちが出てきた。



明らかに娘は動揺して、口を押えて泣き出してしまった。


「野菜は私が届けますから。ありがとうございました」


やっぱりふつうの娘には、ここは怖いんだなと納得していると


「あぐり?」


佐々木さんが駆け寄ってきた。


大工さんの手伝いの佐々木さんではなくて、若い方の佐々木さん。


「――ようここに来られたな。怖かったやろ?」


娘は頷いて安心したように微笑んだ。


――むっちゃ可愛い!


絶対国民的美少女グランプリ取れるって!


アイドルグループセンター取れるって!!


良く見たら、佐々木さんもカッコイイしお似合いだ。


この爽やかカップルを暖かい気持ちで眺めていたら、後ろから肩を叩かれた。



「福田はん。お邪魔やから、野菜持って来て」


おかよさん咳払いした。






「あぐりちゃんやろ?小さい頃からかいらしいて評判の娘やったんやけど……」


四分の一になった大根を眺めて、おかよさんがため息ついた。


昼餉の片づけが済んで、二人でお茶にした。


「浪士組が怖いんやなくて男が怖いんや。かいらしいのが災いして、妙な輩に付け回されたり、怖い目に遭うたりして……近頃は家に閉じこもって外に出んようになってしまったと聞いてたんやけど」


おかよさんは少し笑って


「ええ人が出来たんやな」


「佐々木さん?」


「さあて。うちは妙な詮索はしまへんで。なんでこの大根かち割れてんやろな?」


「……すみません。私があぐりちゃんにぶつかって割れてしまいました」


「福田はんもちゃんと前向いて歩かな!馬越はんとどうなってます?」


「……どうもなってません。さっきも変なこと言うから、足を踏んづけました」


奥さんが母屋から降りてきた。


「そら、土方はんとお手てつないでたら機嫌悪るなるわ。おかよはん、それ漬物にしよか」


「手をつないでたんじゃなくて!掴まれてたんです!」


二人は笑って、野菜を洗い出した。



















































************************re****


演劇部の春の公演が終わって、次の台本を決める話し合いが行われた。


黒板には有名な「オペラ座の怪人」「人形館」「夢から醒めた夢」からオリジナル作品にする案まで作品名が並んでいた。


新選組が好評だっただけに、このまま幕末路線を行く案も出ていた。


一年生の私たちは、傍観者に徹していた。


「ねえ、睦月は次はキャストやる?」


久美ちゃんの問いに、


「どうしようかな。裏方もけっこう楽しかったし」


小道具係りだったけれど、その配役のイメージで色を決めたり、衣装を決めた。


大道具も舞台いっぱいの背景を描いて、最小限でその空間を表現したり。


「私はキャスト!」


久美ちゃんは可愛くて舞台でも映えるから、絶対キャスト向きだと思う。


後ろにいた充が肩を叩いた。


「俺。剣道部へ戻ろうと思って……」


「そうなの?先輩には話したの?」


「うん」


久美ちゃんは寂しくなるよっと言ったけれど


「その方がいいよ。おばちゃんも喜ぶね」


充のお母さんは小学校から頑張っていた剣道を、高校ではやらないと聞いて、がっかりしていた。


「睦月も剣道部に入らない?」


いきなりの勧誘に途惑っていると


「こら!うちの貴重な演劇部員を勧誘するな!」


先輩が充にチョークを投げた。



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