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幕末最前戦の戦士たち  作者: コトハ
はじまりは夢の中で
50/54

形代 四

めずらしく晴れの日が三日も続いた。


これは絶好の洗濯日和だと、雑魚寝部屋の布団を庭に引っ張り出した。


「福田はん、文が届いてますえ……まあ、よう干しましたな」


おかよさんが、庭にずらりと干された布団に声を上げた。


「はい。川島さんと島田さんに布団干し作ってもらたんです!八木邸の布団も今から干しますね!」


リアルでは布団どころか洗濯物だってお母さんに任せきりだった。


お母さん一人で大変だったろうなと、ちょっと反省――



「それより文どす」


文!?


公家の一件から、どうも文には警戒してしまう。


「芹沢局長はんからやて」




縁側に腰掛けて、手紙を開くと


「――あ、ふにゃふにゃ文字だ。読めない」


おかよさんに読んでもらうと


「えーっと、うちもちゃんと読めるか……あら?変わった文やな。お話してるみたいな文や」


おかよさんは少し笑って


「福田君、傷の具合はどうだ?そろそろ薄物の着物でも誂えねばならんな。袷は暑かろう。さて、一つ頼みがある。事と次第はこちらで話す。大坂へ参れ……やて」


「やて……ですか。大坂に来いって……」


強い日差しで、緑色に透ける庭木の枝を見上げた。


「あら。お駄賃まで入ってますえ」


同封されていた小さなポチ袋を、おかよさんが振ると、ちゃりんと音がした。


暑いなと戻ってきた林さんに、布団をお願いして屯所を後にした。






一度大坂へは船で行っているので、すんなり行けるだろうと思っていたのに――――



役人に止められて、職務質問を受けた。


「浪士組?剣客には見えんが、誠に浪士組か?」


「浪士組救護班の福田睦月です」


少し離れた所で、同じように職務質問を受けている侍と目が合った。


小柄で細い体つき……


私よりも背は小さい位だ。


「ならば肥後藩へ問いただせばよかろう!」



よそ見をしていると、役人の側に、大坂の番所で会った怖いお兄さん風の人が寄ってきた。


「浪士組の福田はん。これを局長はんから頼まれましてん」


風呂敷包みを渡された。


「局長?」


役人は他の浪人の所へ行ってしまった。


「……ウソでんがな。わては秀治言います。何か御用があればそこの船番所におりますさかい、ごひいきに」


返事をする暇もなく、渡された風呂敷包みを持って立ち去ってしまった。


「……誰だろう?秀治さん?」




「岡っ引きなどに借りを作るな」


いつの間にか隣に同じように職務質問を受けていた侍が立っていた。


「岡っ引き?あ!銭形平次!?」


脳裏にテーマソングが流れた。


小さい頃はおじいちゃんとカラオケでよく歌っていた。




「……誰いよ。それは」


侍はこっちを見つめて


「主は壬生で見かけたことがある。肥後藩邸とは側やけん」


「そうなんですか?」


……肥後藩邸って近くにあったかな?



同じ羽織を着た侍が二人駆け寄ってきた。


「えらい暇んいったな?むぞらしか浪士と語っとたい」


むぞからし?


侍たちはこっちをしばらく見つめて


「宮部様も先で待っとらすたい。早よ籠を呼べなっせ」


侍に頭を下げられて、慌ててお辞儀した。




肥後って、何県だろう?


「たい」とか言ってたから、福岡かな?



…………幕末日本地図も必要だな



途中、船に寄ってきた小舟から、お弁当を買った。


川の流れで揺れる船に、いつの間にか眠ってしまっていた。









日が傾きかけたころ、船は大坂へ到着した。


前に泊まった京屋を訪ねると、浪士組の皆さんが整列していた。


皆、浅葱の羽織に鉢巻姿で、ドラマで見た新選組そのものだった。


その姿を入口の端で眺めていると、女中さんが気付いて声を掛けた。


「あら?馬越様と泊まられてた、女装の名人さんやないですか?」


――正確には男装の名人と言ってください


「そのことは内緒にしてて下さいね。色々と面倒なんで……」


「分かっとりますがな!馬越様は気持ち悪いって言ってはりましたけど、うちは芝居の女形みたいで、見てておもろいですけど」


……おもろい


「――で、何を探ってますんや?うちにお手伝い出来ることあったら何でも言うて!」


興味深々の女中さんに笑顔で返事をした。




浪士組の皆さんが京屋を出て行くのを待って、列の前にいた近藤局長へあいさつへ行った。


「福田君!?何故ここへいるんだ?」


「え?芹沢局長に呼ばれまして……」


近藤局長は知らなかったみたいだ。


「芹沢局長が?……わしもこれから出なければならん。部屋を一つ開けて貰えるか?」


それだけ女中さんへ頼むと、足早に京屋を出ていった。





一人、個室へ通された。


皆出払っていて、京屋は静かなものだ。


荷物を解いて、女中さんの入れてくれたお茶に手を伸ばすと、いきなり部屋の襖が空いた。


「いたいた。福田さん!」


いつも芹沢局長と一緒にいる――――誰だ?


「芹沢局長は、間諜でもさせるつもりか?しかし、どうあがいても無理があると思うがな……」


誰だったかな……の人は、こっちを眺めて首を傾げた。


歳は三十路位だろうか。


訳がわからなくて黙って見上げていたら


「まあ、芹沢局長のお考えは昔からよう分からんからな。ついて参れ!」


誰だったさんの後に慌てて続いた。




夕日の沈んだ天満橋まで来ると、誰だったさんと船に乗った。


「新町まで」


こっちの方は谷道場へ行ったときに通ったなと、小舟に揺られながら光る川面を眺めていた。


「そういえば福田さんとは話したこともなかったな」


「そうですね」


……確かに私はごく一部の隊士か、救護室に来た隊士しか話さなかった。


女だってバレないように用心していたこともあったけれど、芹沢局長に女で救護班やっていいって言われたから、もうその心配もしなくていいのかな?


それよりもこの人の名前は何だったかな……


歳は井上源さんくらいだろうか……


平山さんは片目が不自由な人だし、新見局長に佐伯さん、野口さん……えーっと……


「何だ。落ち着かぬな?何かあるのか?」


「いえ……その……」


名前は何ですか?なんて聞けしない……


「……平間重助だ。よほどわしは人の心に残らんらしいな」


――そんな名前の人いた?


「いえいえ!私が覚えが悪いだけです!」


「……新町の芸妓にも、どなたはんです?って。三度目だ!」


平間さんは笑って


「近藤局長の縁者だと聞いたが、多摩の生まれか?」


……私に質問が移ってしまった


「いいえ。産まれは越後です。遠い親戚です。平間さんは芹沢局長と同じ水戸の方ですか?」


「ああ。芹沢局長の親の代からの付き合いになる」


相槌を打って船をこぐ船頭さんを見た。


「水戸の天狗党って有名なんですね。前に道場へ勧誘に行ったら、芹沢局長の話をすると興味を持ってくれる人が結構いました……」


近藤局長では誰も気を留めてくれなかった。


「何故、天狗党が会津に雇われてるのかとは聞かれなかったか?尊王が幕府の下で何をしているのかと――」


平間さんは一瞬こっちを見て、胡坐の足を組み替えた。


「そんなことは言われませんでしたけど、芹沢局長は尊王攘夷派なんですか?私、そこらへんがよく分からないんですけど……」


前に井上さんに教えてもらったけれど、攘夷は攘夷でも、幕府と天皇と一緒に頑張ろう派と、幕府はもういいから天皇と一緒に頑張ろう派がいるんだよね?


志士と呼ばれている人たちは、天皇と頑張ろうだから、尊王攘夷派。


芹沢局長も尊王攘夷派。


「近藤局長は……どっちなんだろう?」


「多摩は天領。幕府あっての攘夷だろう」


「……それって尊王攘夷ではないんですか?」


「なかなか難しいな……芹沢局長もどうしたいのか、どうしようもないのか……会津の下にいるのは我慢ならんが、攘夷の一点は同じことだからな」


「攘夷……しなかったらどうするんですか?」


吉川先生が言っていた。


「しない?そうだな。そんなことがあったら、芹沢局長は…………」


平間さんはしばらく考え込んで


「もっと飲んだくれになるな」


「え?」


「世の中ままならないことが多いと言う事だな。福田君はいくつになる?」


「十七です」


「そうか。まだまだ飲んだくれになるのは後の事だな」


「飲んだくれ?でも、芹沢局長はたまに飲み過ぎです。普段はとても頼もしいと思うのに、飲んで隊士を殴ったりしたら台無しです」


平間さんは笑って


「確かに台無しだ。でも、そうでもしなければままならない、弱い所も芹沢局長」


「……弱いですか?」


船が揺れて向きを変えた。


「福田さんは側にいてやってくれるか?」


「私は浪士組にいますよ?芹沢局長が良いって言って下さったから」


平間さんは頭をかいて


「少し意味合いは違うが……借金も返さねばならぬし、会計方は頭が痛いわ」


「河合さんですか?」


「わしも会計方だ」


……本当に平間さんのこと何にも知らない。






小舟を降りると、何だか華やかな所へ来てしまった。


「…………平間さん。ここはもしや」


大きな門の前で足を止めた。


中には二階建ての建物が並んでいる。


「新町だ。島原のようなもんだな」


以前の私なら、回れ右して逃げ出す所だけれど


「芹沢局長から福田さんをここに連れて行けと言付かっているが、何をさせるつもりだ?」


「私に聞かれても知りませんよ!今、知りました」


「そうか……」


平間さんは門を潜って、門の側の小屋にいた男と何か話をした。


……私ここで何するんだろう…………


「福田さん!」


平間さんに手招きされて、門を潜った。




小屋にいた男の人に連れられて並木道を進んだ。


「太夫道中や」


すれ違った男が横切った通りの方を見て、ため息をついた。


鈴の音がして振り返ると、赤い着物の女の子が二人歩いてきた。


その後ろに赤い傘と、たくさんのかんざしに大きくまげを結い、前で大きく帯を結んだ人――――


「……綺麗……」


テレビや映画で見たことはあったけれど、太夫自ら光が出てるんじゃないかと思うくらい、きらきら輝いていて見えた。


ゆっくり下駄を回しながら歩いてくる。


「福田さん」


平間さんに肩を叩かれて、我に返った。


「すみません。綺麗すぎて見惚れてました……」




店の裏口をから中へ入ると、ここまで連れてきてくれた男の人が、女の人を呼びとめた。


「例の件や……」


二人はちらりとこっちを見て


「用心棒は頼んでへん。それに……腕が立つようには見えへん……」


「ちゃう。浪士組の局長や」


「へ?あの金を払うから仕込んでくれ言われた?妙な頼み事するなーって思てたら……」


女の人が側に寄ってきて、じっと顔を覗き込んだ。


「ホンマや。女みたいやわ。女装の名人なんでっしゃろ?」


「!?なっ……」


平間さんを見ると、聞いていなかったのか


「それで、どういう事になった?」


どういうことかは、私もさっぱりわからないんだけど


「突出しで浪士組の座敷に出せって話やろ?」


女の人の言葉に平間さんは吹き出した。


「そんな余興、揚屋に頼んでも怒られる言うて……お衣裳と髪結いだけ貸しましょうか言うたら、機嫌悪ならはって。この話は無かった事にって聞いてますえ」


……全く話の内容が分からなくて、平間さんに尋ねると


「――出直すか」


笑いながらさっさと裏口から出て行った。




後に続こうとすると、女の人が袖を引いた。


「京屋の女中のお徳はあてのいとこなんですわ。にいさんのことは知ってます」


「……ああ、それで女装の名人って……」


一つ疑問は解決した。


「あの、浪士組の座敷に出るって……どういう事なんでしょうか」


「さあて。それはあてが聞きたいわ」


屋敷の奥から数人が走る音がして、立ち話をしていた土間に緑の打掛が飛んできた。


頭の櫛を取りながら、さっき通りで見た太夫が泣きながら土間に下りてきた。


「あては熱で寝込んでる言うて!」


後から、同じくきれいな着物を着た女の人や年配の男の人が下りてきた。


「機嫌直してなあ」


「嫌や。あの人だけは嫌!」


着物を脱いで、長襦袢一枚になった。


男の人が太夫の腕を掴んで力ずくで連れて行こうとした。


「嫌や!」



いきなりの出来事に、呆然と立ち尽くしていたら、振り返った太夫と目が合った。


涙ではげた白粉に口紅は頬までこすれて伸びていた。


髷は壊れて、ザンバラ髪――


「……おばけ」


「何やて!!」


思わずつぶやいた言葉に、太夫が怒りの形相でこっちに詰め寄ってきた。


――怖い。お化け屋敷なんて目じゃないくらい怖い……


「あんた!あてに向かっておばけってどの口が言うた!!」


「……ごめんなさい。だって、本当におばけ……あ……」


「どこがおばけや!」



足を踏みつけられて、痛みで飛び上がった。


いきなり何すんの!この女は!!


「痛った!おばけみたいだからおばけって言ったの!鏡見たら分かるし!」


ねえと、後ろでおたおたしている皆さんに同意を求めたら、京屋の女中さんのいとこが、ぷっと吹き出した。


「……誰や、今笑ろたの。誰や!」


女中さんに手を上げかけた太夫を後ろから羽交い絞めにした。


細い体は私の力でも止められた。


――足は何度も踏まれたけれど


「何やのあんた!あてに触れるやなんて大概にせえや!!」


奥から出てきた男の人に、抱えられて連れて行かれながら、


「絶対忘れへん!!覚えとき!!」


こっちを睨みつけたまま消えて行った。



「……うわー。呪い掛けられたんちゃう?顔が顔だけに恐ろしいわ……」


いとこの女の人に背中を叩かれた。


「……ていうか、あれなんですか?」


「小寅太夫。月のもあのの前は、癇癪おこすと手が付けられへん。普段はやさしいええ子なんやけどな……トラやトラ!」


「トラ……」


「で、にいさんどないしますの?お連れはんはお帰りですけど……」


「……ちょっと訳が分からので、局長に確認して出直します」



お店を出ると、平間さんが通りで太夫道中を眺めていた。



帰りは歩いて帰ることにした。


「芹沢局長のお考えは全く分からんな。何だったのだろうな」


隣でうなずいていたら平間さんが手を打った。


「あ!そう言えば、先日ここへ来た時に、呼んだ太夫がえらい強情で芹沢局長に酌をしなかったことがあってな。その時に、うちの隊士の方が可愛いから、今度連れてくるとかなんとか言ってたが……そのことか?」


「……それが私ってことですか?だから浪士組の座敷に出すって?」


「ああ。太夫の格好させてな」


……なんだそれ……


「で、今日ここへ来たのは何だったんですか?」


「さあてな。芹沢局長のお考えは誠に分からん。ここへ連れていけと言われたから、連れてきたのだが。まあ、よくあることだ」


川を渡った夜風が冷たい。


「……大変ですね。平間さん」


平間さんは笑って


「もう慣れた。あのお人はむちゃくちゃだが、どうしても憎めない所がある」


橋を渡りながら、さっき会ったおばけ太夫の話をした。







京屋へ戻ると、浪士組の皆さんは戻って来ていた。


平間さんと芹沢局長の部屋へ向かうと、新見局長、平山さん、佐伯さん、野口さんも食事をしていた。


新町での出来事を話すと、芹沢局長は


「何?断られた?」


「はい。福田さんを座敷に出す話は、無かった事になっていました」


「まあよい。今回福田君を呼んだのは別の話だからな」


平間さんを見ると、小さくため息をついた。


……だったら、わざわざ新町へ行かせたのは何のため?


「近藤達が隊士を集めているだろう?」


新見局長が口を開いた。


――この人の声、初めて聞いたな


ちゃんと話すのも初めてだし。


ちょっと腹黒い知的な原田さんて感じ?


原田さんの方が、細いし背も高いけれど、ちょっとイライラした感じが似てるよね。


おまさちゃんに言ったら、全然似てないって怒られそうだけど……


「使えない者ばかり集めておるのではないか?現に先日は長州者が紛れ込んでいた」


新見局長に真っ直ぐに見られて、変な汗が出てきた。


何だか、物凄く敵意な眼差しなんだけれど――



「まあ、それは良い」


芹沢局長が胸から扇子を取り出して扇ぎながら


「福田君は公家の知り合いがいるらしいが……どちらの公家だ?」


「公家?」


もしかして、魔王!?


「全然知り合いではありません!雪の時に……妹が声を掛けられた位で、名前も知らないですし……」


新見局長が口を挟んだ。


「山崎とか言う新入りは、かなりご執心だと申していたが?」


山崎さん……よけいなことをぺらぺらしゃべったのか!


「わしらは、家茂公の警護で京へ来たが、横浜での攘夷となれば江戸へ戻ることになるだろう」


「え?浪士組は江戸へ帰るんですか?」


……そういう歴史をたどるんだった?



新見局長が目の前に座って、肩に手をおいた。


「妹でも何でも使って、公家に取り入れ」


――有無を言わせないって、こういう言い方なのだろう。


公家に取り入ってどうするつもりだろう?


「少しはお役に立ってみたらどうだ?」


「新見。そう福田君を脅すな。例え福田君が公家と良い中になったとして、わしらにまで何か恩恵が回ってくることなどあるわけがないだろう?そのような姑息な手段は好かぬ。さあ、福田君は飯でも食ってまいれ」


立ち上がって部屋を出ると、後から新見局長も出てきた。


「福田君」


名前を呼ばれて足を止めた。


「――分かっていると思うが、今の話は他言するな。君は芹沢局長の温情のお陰でここへ居るのだと言うことを忘れるな」


何故他言してはならないのかもわからなかったけれど、黙って頷いた。


「芹沢局長のため、浪士組のためだ」


新見局長のまっすぐな視線に息を飲んだ。


「……もしもこの事が近藤の耳に入ったら、わしが君を斬り捨てる。夢々芹沢局長を裏切ろうなどと思わぬことだ」


――斬り捨てる?



「さあ、福田君は娘に戻って、公家と仲良くしてくれるか?」


「!?」


――私が女だって知ってるの?


「でも、芹沢局長は姑息な手段だと――」


「してくれるな?」


新見局長は耳元で囁いて、部屋へ戻って行った。





――どうしよう。


何だか話がややこしくて、良く分からなかったけれど、不味いことになってるのは分かった。


他言するなと言うことは、近藤局長達に知られたくないと言うことだ。


知られたくないことを、それを手伝うってことは


「――近藤局長達を裏切ること…………」




どうしよう……


私、どうしよう……



うつ向いて歩いていたら、前から来た人にぶつかった。


「すみませんっ!――あ、井上さ……」


ぶつかった井上さんに腕を引かれて、明かりのついていない部屋へ引っ張りこまれた。



「……あの、お疲れ様です」


黙ったままの井上さんに、とりあえず挨拶してみた。


暗くて顔が良く見えないけれど、井上さんがふうと息をついて腕を離した。


「――私は今の話を、近藤局長へ報告しなければなりません」


「……聞いてたんだ。今の……」


「――私はあなたを、裏切り者として、引き立てたりはしたくないです……」


畳の上に腰を下ろした。


「……やっぱり、私が公家さんに取り入ることは、近藤局長を裏切ること?」


井上さんも目の前に正座した。


「近藤局長は攘夷の志はあれど、家茂公あっての攘夷だと聞いております。それは会津も同じ。しかし、芹沢局長は、もともと水戸の勤王。佐幕の会津の下にいることは、本来のお考えとは相違します……」


井上さんが、ふと、廊下の方に目線を移した。


「あなたがやろうとしていることは、芹沢局長の出て行かせる先を見つけることでしょう?それは浪士組を分裂させ、恩のある会津藩を裏切る行為だ。そのようなことが起これば、会津は浪士組を、近藤局長を見限るかもしれません――」



――それは


「浪士組がなくなるってこと?」


井上さんは静かに頷いた。



「私……どうしたらいいの?」



ここにいられるのは、芹沢局長のおかげだ。


でも、近藤局長にだってお世話になってる。


――確実に分かっているのは


どっちについても、私はここにいられなくなる。




「……まあ、あの公家ならばあなたが取り入ろうが、問題はないのですけれど」


井上さんは立ち上がって、


「そうですよね!馬越さん」


廊下に声を掛けた。


「………人目を気にして、井上さんが部屋へ連れ込んだから、いかがわしい事でもされてるかと思ったら、真面目な話してるんですね」


「馬越さんの頭がいかがわしいですよ!」


なんでそういう事言うかな!


今、私の運命を左右する一大事だって言うのに!!



障子が開いて、馬越さんが顔だけのぞかせた。


「あの公家さん。公武派のお人みたいですから、当てが外れましたね。気になって、山崎の口の軽いおっさんが調べたらしいですよ」


……なにげに名前に悪口をつけてるよね


「あ、私が巻き込まれたのも山崎さんのせいか?」


「名演技でしたよ。噺家山崎。そのおかげで尻尾出しましたね」


演技?わざと話したってこと!?


馬越さんの言葉に、井上さんが頷いた。


「……残念ですが、そのようです」




馬越さんが部屋の灯りをつけた。



「でも、いいのですか?この話を新見局長に聞かれていたら、井上さんは確実に芹沢派から目を付けられますよ」


井上さんは笑って


「この件で福田さんを守ることは、局長命令ですから」


「さっきここの二人の話を立ち聞きしてた新見局長、血相変えてここへ刀抜いて乗り込みそうでしたけど、俺があいさつしたら大人しく部屋へ戻って行きましたよ。井上さんも後で脅されるかもな」


「あの……」


二人の話が分からなくて、小さく右手を挙げた。


「心配しないで下さい。福田さんは大丈夫ですから」


井上さんはほっこり笑って、部屋を出て行った。


……よく分からないけれど、不安で硬くなっていた体が少し暖かくなった。




「井上さんの笑顔って、なんだか安心しますよね」


「安心?井上さんみたいなのが、一番危ないんですよ?福田さんも世間をしらないな」


いつもの無表情で馬越さんはつぶやいた。


「なんの話ですか?」


「生娘にはわからん話です。それより、福田さんは新見局長へ言われた通り、お雪さんになって、あの公家さんを探してる振りを攘夷決行までは京でやってて下さい」


生娘発言にムスッとしてると


「……俺は別に芹沢局長が勤王になろうが、それは信念の問題だから構わないと思うのです。さっさと分かれて、近藤局長は近藤局長の道を行かれたらええのに。会津の恩なら他の形で返せないのでしょうかね?」


「でも、会津に捨てられたら、浪士組はなくなっちゃうよ?」


「だったら、もう一回最初からやればいいでしょう?どうも侍って君主とか恩義とか組織に縛られてて、勤王だの佐幕だの偉いことぬかしてるわりには、自分の身を守ることが一番で、全然違うことしてるし。言ってることとやってることがむちゃくちゃで、周りに迷惑掛けてるやんか!みたいなこと多くないですか?」


うーんと返事に困っていると


「俺の理想の侍なんてもうどこにもおらん……」


呟いて立ち上がった。


「何かたくさん文句言いましたが、福田さんはどっちに付くんですか?」


近藤局長か芹沢局長ってこと?


「そんなの……どっちも選べないよ……」


「どっちも好きとか訳分からん理由で、二人の心をつなぎとめようって魂胆ですか?いるんですよね。そういう奴……」


「そういう訳じゃ!」


「最悪や……そんな奴。期待だけ持たせて。さっさと袖振ってくれた方がどんだけ楽か……期待持たされる身にもなれって……」



――なんだか途中から、恋愛事情みたいになってるのは気のせい?


「……あの、馬越さん。失恋でもしましたか?」


いきなり頭を叩かれた!


「生娘には分からん話です」


お返しに二発、お腹にぱんちを入れておいた。















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