井馬福同盟
竹刀と防具がぶつかる音がして目を開ける。
竹刀を受け損なってしりもち着いた。
「大丈夫か?福田!」
剣道の防具を着けた体育の先生が駆け寄ってきた。
「お前、剣道やってたのかと思って……すまん。やり過ぎたな」
「やってないです……痛っ!」
右肩が痛い。
先生は慌てて自分の小手を外して面をとった。
私の防具も外してくれた。
体育の授業で武道に触れようと、剣道・柔道から選べと言われ、私は剣道を選んだ。
女子のほぼ全員が選んだんだけど……
剣道の先生が、顔は怖いけど、面白くて人気の先生だったからだ。
クラスの内村さんが防具を先生から受け取った。
「先生……初心者に手加減なしなんて……」
彼女は剣道部で、みんなに竹刀の握り方や防具の付け方を教えていた。
「すまん。ついな、突きが来たからびっくりして……今は教えないからな」
「……でも、私も初心者には見えなかったな。流石初代沖田総司」
内村さんは笑って、手を貸して立たせてくれた。
シャンプーのいい香りがする。
「保健室行ってきます!」
体育館を出ると、体力テスト用の道具の入ったかごを持った前の席の男子と鉢合わせた。
あのメールをもらってから話してない。
「ザッキー!体育係りだった?」
ざっきー?変わった名前だな……いやあだ名か
「内村……福田さんどうしたの?」
「先生が手加減なしで怪我させた。バカじゃないの?ねえ!」
「大丈夫?」
ザッキー君にうんとうなずいた。
「じゃあね。行こう」
保健室で湿布を貼られた。
痛みが引かないようなら病院でレントゲンを撮るようにと、お母さん位の先生が話している。
私は上の空で、雲一つない空を窓越しに見ていた。
「布団……干したかったな……」
先生も、窓を見上げて
「本当ね。今日が休みの日なら良かったのに。梅雨の中休みね」
夢の中のことなのに…………
しかし、あの布団は臭かった。
あり得ない匂いがした…………
椅子から立ち上がってお礼を言った。
体育館へ戻りながら、痛む肩を押さえた。
やっぱり私は斬られて死んだのかな?
馬越さんは斬られなかったよね……
「………………ああっ!夢なのに!」
気になってしようがない……
「…………福田、もういいのか?」
芹沢局長の問に聞こえて顔を上げた。
体育の先生が袴姿で体育館を出てきた。
「すまんな。女子に本気を出して……内村にも怒られた」
「大丈夫です。気にしないで先生。もう体育の時間終わりですか?」
「ああ着替えてるよ……なあ福田」
先生が暫くこっちを眺めて
「本当は剣道かじったことあるだろ?手拭いも巻けてたし、立合の姿勢も…………」
チャイムが鳴って体育館から生徒が出てきた。
「……また後で家へお詫びの電話をいれるな」
「え?大丈夫ですよ!そんなことしなくても!」
先生は笑って
「そんなことしないといけない世の中だからな。色々あるんだわ……あ!病院で治療してもらったら教えてくれよ。治療費でるからな!」
治療費……
河合さん苦労してるかな……
先生に頭を下げて、着替えに体育館へ入った。
何で、もういいって思ったのだろう……
頑張っても女だからだめだと言われて、もうどうやって頑張ったらいいのか分からなかったのは、辛かったけれど……
「これだけはどうしょうもないない。うん」
やっぱり、もういいって諦めるしかなかったよ。
うん。
諦めよう。
もしも、また新選組の夢を見たら…………
「……それはないな。斬られて死んだから」
クラスメイトに大丈夫?と声を掛けられた。
うんと答えながら、女子更衣室はいい香りがするなと…………
「変態か私は」
変態!
馬越さんの無愛想な声が聞こえた気がした。
「あ。生きていた」
馬越さんの可愛い顔が見下ろしていた。
「私…………死んだんじゃ…………」
救護室ではない。
ここはどこだろう?
「はい。斬られて死んだ事にしようかと、局長達は話しておられましたが……結論は知りません。先生呼んできます」
一人になった部屋で、首を動かすと半分開いた障子から、風が入ってきた。
右肩は重くて力を入れると刺すように痛んだ。
足音がして、吉川先生が部屋へ入ってきた。
「やっと起きたか。どんだけ寝れば気が済むねん」
「私…斬られて死んだんじゃ……」
「みね打ちで死ぬか!骨にひびは入っとるがな……」
吉川先生は西郷さんそっくりの大きな目を寄せて
「誠、騙されたわ……女とは……」
「すみません…………」
「まあ……うちの宮だけは女や言うとったんやけど……まさかな…………ゆっくりしいや。今は誰もおらへんけどな、また騒がしくなるやろうからな……何か飲むか?」
白湯をもらって、また一人横になった。
風が木の葉を揺らす音。
目を閉じて聞いていた。
畳を歩く音がして枕元に誰かが座った。
刀を置く音。
「今日また一人、隊士が増えましたよ。福田さんに貰ったちらしを持って来られました……」
井上さんだ。
目を開けると井上さんは外を見ていた。
「あなたがいないとちらしも味気ないと、山南さんもぼやいてました……救護班も馬越さん一人で、手が足りません」
独り言のように言って、障子の方へ歩いて行った。
目で追うと半分開いた障子に手をかけた。
「私がもらっていたらこんなことにはならなかったのでしょうか……」
大きく開けられた障子から、風が入ってきた。
「可愛いお嫁さんなら、福田さんでもなれたのに……」
目を閉じて柱を殴った。
びっくりして、息を吸うと、井上さんが振り返った。
「…………井上さんは自分を責める癖直した方が良いですよ。井上さんは何も悪くない。痛っ……」
体を起こした。
肩も痛いけれど、首や腰も痛い。
「私どのくらい寝てました?」
井上さんは苦しそうに眉を寄せて、こっちへ手を伸ばした。
「良かった……」
背中に手が回って、抱き締められるかなと思ったら
「井上さんは誰彼抱き付く癖も、直した方が良いですよ」
馬越さんがお盆を持って部屋へ入ってきた。
「薬湯です」
乱暴にお盆ごと畳に置いて、馬越さんは胡座をかいた。
「……それで、祝言はいつですか?」
しゅうげん?
「いえ……それは…………」
馬越さんの言葉に井上さんはこっちを見て口ごもった。
「井上さんがもらわないなら俺がもらいます。福田さん」
「はい?」
「しようがないから俺が嫁にもらいます」
……………………しようがないからおれがよめにもらいますしようがないからおれがよめにもらいます…………しようがないから…………
何度が頭の中で復唱してやっと意味が理解できた。
「しようがないからって何!?っていうか!嫁って何?!」
大声出すと肩が疼いた。
「福田さんが元に戻るならと皆で願掛けして、くじを引いたのです。したら、沖田さんは酒を立つで、近藤局長は女子と口をきかない。それから……土方副長は何でしたか?」
「竹刀を握らないです」
「そうそう。芹沢局長は……なんだったかな?……で、何故か私と井上さんは福田さんを嫁にもらう……」
意味が全然わからない。
そもそもそのくじで願掛けって何?
「自分が一番辛いなと思う事を書いてくじにして、皆で引いて守るのです。二人も嫁にもらうのが嫌な方がいたんですね」
…………ひどい……
いいんだけどね。
私もこのメンバーにもらってもらいたくなんかないから。
「あれ?でも私の目が覚めたら、願掛け修了でしょう?」
二人は顔を見合わせて
「願いがかなった暁には、何か一つを継続しなければならないのですが……」
何だか複雑な願掛けだな。
一つを継続なら、
「沖田さんの酒を断つが一番簡単じゃないですか?」
近藤局長の女の人と口を利かないは不可能だし、土方副長が竹刀を握らないのも仕事できないよね?二人が私を嫁にもらうのも無理でしょう?
芹沢局長は何だったんだろう?
「絶対に嫌だと沖田さんが言い張りまして……」
「私だって馬越さんの嫁は絶対に嫌ですけど」
馬越さんは大きな目を見開いた。
「胸つかんだの根に持ってますか?」
?!忘れてた……そんなことあった……
恥ずかしくて、布団に頭まで潜り込んだ。
「そんなに嫌か…………ちょっとへこむわ……占いは冗談なのにな」
「え?冗談なのですか?」
井上さんの驚いた声。
冗談?
「……皆さんがあまりにへこんで、御前試合もままならなくなりそうでしたので、京に古より伝わる百発百中の願掛けだと冗談のつもりで話したらこんなことに……」
布団から顔を出すと、馬越さんがにこり笑った。
「意外と効き目あったりしてな」
「冗談…………」
井上さんが呟いて立ち上がった。
「局長へ報告してきます……冗談て……冗談か…………」
よろよろ部屋を出て行く井上さんを見送りながら、馬越さんは薬湯を差し出した。
「井上さん真面目だから本気で福田さんを嫁にする気だったのかな?あ!この事は他の皆さんには内密に…………それで」
体を起こして薬湯を受け取る。
「福田さんはこれからどうするつもりなのですか?」
薬湯は麦茶色で漢方薬の香りがした。
「……わかりません」
口に含むとあまりのまずさに戻しそうになった。
「それ、吉川先生が全部飲むようにとのことです。福田さんが三日も寝ている間に俺もいろいろと気持ちの整理がつきました」
「え?三日も寝てたの?」
「早く飲む!初めは、永倉さんに乳があって女やったぐらいな衝撃でしたけど……」
そ、それはありえない衝撃だな
「初めて福田さんを見かけたときの違和感も、叔母の態度も、局長の甘やかし過ぎも、井上さんのかまい過ぎも、俺の頭がおかしいっちゅうことも……ちっ、あのおっさんがあほやなかったっちゅうことも……」
薬湯を頑張ってのどに流し込む。
まずすぎて口の中がおかしくなってる。
「福田さんは女だということ」
馬越さんに真っ直ぐ見つめられると、茶碗に口を付けたまま動けなくなった。
今
女の子だって思って見られていると思うと、急にこの場に居辛くなってきた……
黒目がちなかわいい目は見慣れているはずなのに……
あれ?よく見ると、左の頬が少し青い…………
ごくり薬湯を飲み込む音が大きく聞こえた。
「…………やっぱり無理や。胸のある永倉さんや」
思わず薬湯を吹いてしまった。
「それ、あんまりじゃないですか!?私はあんなに男臭くない!」
「ではもう一度確かめていいですか?」
胸にこぼれた薬湯を手で払うと、その上に馬越さんの手が重なった。
「……やわらかい……かな?」
側にあった薬湯のお盆で頭を殴った。
それから…………
近藤局長と芹沢局長が二人でお見舞いに来てくれた。
お供も付けずに大丈夫なのかと思うんだけど……
それに、芹沢局長が私をこんなことにしたのに……
福田君!っと、突進してきそうな近藤局長を制して
「寝すぎた!」
と芹沢局長に一喝された。
「……すみません……」
胸から扇子を出して扇ぎながら
「それで……どうする気だ?」
芹沢局長の質問の意味がわからなくて、見つめていると
「このままわしに斬られて、浪士組を出ていくのか?」
……それは、私が決めること?
私はもういいと伝えたはずだけれど……
「……私はもう男の振りして浪士組にはいられません」
「そうか……」
芹沢局長は呟いて、刀を引き寄せた。
「男の振りをさせたのが間違いであったな。近藤局長……痛かったか?こうするより、わしの責の取り方が無かった。ようやく娘に戻れるな」
芹沢局長…………
局長は私を娘に戻したかったの?
そういえば、私を養女にする件も、普通の娘に戻したかったと言っていた。
「……どうして私を……」
「どうして?苦しんでいる娘を見過ごせんだろ?福田君なら尚更のこと」
布団に体を起こしたまま手をついた。
「すみません。頑張るって言ったのに、こんなことになってしまって。私……男だったら良かったのに……」
「男でも使えぬ輩はたくさんいたよ。なあ?近藤局長」
「そうですな……」
近藤局長は肩を落として、いつもより小さく見えた。
「まだまだ浪士組にいて欲しかった……」
近藤局長の言葉に、芹沢局長は呆れ顔だったけれど
「はい。私も浪士組にいたかったです」
無理矢理笑って答えた。
「これからどうするつもりだ?」
芹沢局長に聞かれて、なんにも考えてないことに気が付いた。
「……どうしよう……」
斬られたら夢から覚めると思っていたのに、まだまだ続くらしいし……
「……今更どうしようとは解せぬ」
芹沢局長がぱんと扇を閉じて
「救護班に空きがあるが……どうだ?」
「え!?」
黙ってうつ向いていた近藤局長も顔を上げた。
「福田君がいないと、どうも隊士が無理をする。これではいざ戦となれども、動けず仕舞いとならなんだ。どうだ?」
……あの。私はもういいと伝えたはずだけれど……
「女子だと申してもよい。それなら何も問題はあるまい?」
「芹沢局長!浪士組に女など!!何を血迷われたか!!」
近藤局長の言う通りだよ!
「そうですよ!隊に迷惑がかかります!!」
「黙れ!」
芹沢局長はばんと扇で畳を打った。
「隊士ではない!救護班だ!何を今更女などだ!!隠そうとするからおかしなことで福田君が悩むのであろう!!」
……確かにその通りだけど…………
「……女でいいんですか?」
「いかにも」
「密偵だと突き出されないですか?」
「……何だそれは?」
「……しかしなあ……」
まだ納得していない近藤局長を尻目に、芹沢局長は立ち上がった。
「長居したな。ゆっくり休め」
と先に部屋を出ていった。
「近藤局長……あの……」
困惑した頭を振って近藤局長も立ち上がった。
「この話はまた後日に。何はともあれ福田君が無事で良かった。馬越君の願掛けは流石京伝来」
頭を撫でられて
それは嘘です……
と心の中で返事した。
女で救護班をやっていいって…………
今何時なのか分からないけれど、太陽はまだ高い位置にあるみたいだから、午前中かな?
暑くて横になっていた布団から両手を出した。
行くところもなかったし、浪士組にいて良いってことはうれしいんだけど……
女だって言ったら、みんなどう思うのだろう
井上さんみたいに変わらず接してくれるだろうか
山﨑さんみたいに関わらないと無視されるかな
「馬越さんみたいにセクハラ……」
「せくはらってどういう意味ですか?」
首を回すと、両手いっぱいに風呂敷包みや花、救急箱を持った馬越さんが
足で障子を開けて部屋へ入ってきた。
その後ろから
「三郎はん!女子の部屋に声も掛けんと!」
お梅さんが顔を出した。
馬越さんは荷物を下ろすと、風呂敷を広げながら
「これは近藤局長からです。菓子です」
紙の箱が出てきた。
「これは芹沢局長からです」
花と白い着物?
「これは沖田さん」
出て行こうと風呂敷に詰めていたものがそのまま。
「土方局長」
いつもくれるなぞの薬……
お梅さんが枕元に膝をついた。
「怪我をしたと聞いてな……どんな具合え?急いで作ったからええもんはないんやけど……」
赤い風呂敷を広げると、お弁当が出てきた。
「あ!もう食べてもええんのか?うちなんも考えんと作ってきてん……」
「大丈夫だと思います。ありがとうございます!」
「それからこれは、もういりませんね」
馬越さんの手に脇差。
……銀ちゃんは折れてしまったんだ。
「折れた刀は沖田さんが預かってます。それから救急箱」
「え?救急箱は救護班に置いといてください」
馬越さんは荷物を広げ終ると、お弁当の煮物を一つつまんで口に入れた。
お梅さんが馬越さんの膝を叩いた。
「いえ。中身を見てもらっていいですか?何が足りないのか」
何が足りないのかなんて、馬越さんでも分かるでしょう?
体を起こして救急箱を開けた。
包帯、葛根湯、体温計、ピンセット、ガーゼ代わりの手拭を小さく切った布、消毒液はもう無くなってしまったので焼酎
咳止めの薬、龍角散、他にも吉川先生にもらった漢方薬が数袋、飴、
「あれ?絆創膏と湿布と救急ガイドブックと……」
「湿布はなくなりました。絆創膏は藤堂さんが持っていきました。ガイドブックはここに」
着物の胸から本を取り出した。
「三郎はん。お仕事はまた今度にして、今はゆっくり休まななぁ」
お梅さんは先生に食事の事を聞いてくると立ち上がった。
「おーい!福田!沖田、早く入れよ……何やってんだ?お前は……」
藤堂さんが沖田さんの腕を引っ張っているのが開いた障子から見えた。
「あら?いつぞや福田はんをお迎えに来られた」
お梅さんが会釈して部屋を出て行った。
沖田さんは部屋を見回して馬越さんの後ろに座った。
「気が付いたなら大丈夫だな。帰るな」
それだけ言って席を立とうとすると、藤堂さんに後ろから抱きつかれてまた正座した。
「あれ、誰だよ……」
「あれ?今出て行った人ですか?」
藤堂さんはうんうん頷いた。
「うちの叔母です」
馬越さんが弁当をつまみながら答えた。
「美人だよな……」
確かにお梅さんは美人だけど、どんだけ年上好きなの……
「クソババアですよ?」
「馬鹿か!あれをクソババアなどと!つうか叔母!?」
藤堂さんに質問攻めにされている馬越さんの後ろで、沖田さんが立ち上がった。
どうも落ち着かない様子だ。
しきりに外を気にしている。
お光さんが気になるのかな?
沖田さんの姿が障子の向こうに消えてすぐに、子供の声が聞こえた。
「沖田はん!」
お宮ちゃんの声かな?
それならお光さんも一緒?
良かったねー沖田さん
そう思った直後
「何でなん?おかんとケンカしたん?沖田はんが見えたら、おかん用があるて出て行きよったん……」
ケンカ?
藤堂さんのお梅さんへの質問がうるさくて、その後は聞こえなくなってしまった。
お梅さんが戻ってきて、皆でお弁当を頂いてた。
沖田さんはそのまま帰ってしまったみたいで、膨れっ面のお宮ちゃんが障子から中を覗いた。
「お一つどうどす?」
お梅さんが声をかけると、わーんと泣き出してしまった。
藤堂さんが頭を撫でると、ぺちりとその手を払った。
「沖田さんに振られたんか?」
その馬越さん言葉に、一層大声で泣き出した。
お梅さんは馬越さんにげんこつして
「ここの子?どれ、おばちゃんと行こうか?うちは戻りますから、三郎はん後はよろしゅう……手え出したらシバき倒しますさかい……藤堂はんもごゆるりと……」
「あ、俺も帰る。ご馳走様」
二人がばたばたといなくなって、二人きりになった。
「……沖田さんお光さんとケンカでもしたのかな……」
「それで、福田さんはこれからどうすることになったのですか?」
馬越さんはおにぎりを口に放り込んだ。
よく食べるな…………
「それが……救護班をやらないかと芹沢局長に言われて……」
馬越さんがむせて、お茶を一気飲みした。
「マジですか?」
「マジです。女で救護班をやっても良いって」
馬越さんが考え込むように湯呑みを見つめた。
……やっぱり無理だと思ってる?
女なんかいたらおかしいよね……
「……それは、福田さんに限ることですか?」
「え?」
「他の娘さんも救護班で働けると言うことですか?」
「……それは、分からないですけど……何で?」
「福田さんしばらく働けないでしょう?代わりの人を募集しようかと。気立てのいい優しい人がいいかな?」
……何だか楽しそう
そりゃあ胸のある永倉さんの私より、かわいい子と一緒に救護班出来たらいいでしょうけど!
煮物を口に入れて、馬越さんは手を合わせた。
「そんな怖い顔しないで、冗談ですよ」
「馬越さんの冗談は笑えないから!」
京の願掛けといい、嘘だって分かったらどうするつもりだろう?
「やきもち?」
「焼き餅?……え?やきもちってこと?」
いやいやいや!全然焼いてないから!!
馬越さんは救急箱を持って立ち上がった。
「……そうかやきもちか。そうか…………」
障子を開けて、出て行き様に、ごんと鴨居に頭をぶつけた。
「大丈夫ですか?!すごい音したけど」
何も答えず部屋を出て行った。
「ちょっと!片付けて帰ってよね!」
食べっ放しの重箱の蓋を閉めて、取り皿を重ねた。
右腕は痛みでしばらく動きそうにもない。
馬越さんじゃないけど、救護班大変なら誰かお手伝いの人に来てもらった方がいいかな…………
お梅さんのおにぎりをほおばる。
「おいしい………」
三日も寝ていたせいか、おにぎり一個も胃が受け付けない。
横になって涼しい風の入ってくる外を眺めた。
怪我のせいか、色々あったせいか、その日の夕方から熱を出してしまった。
熱で体が痛くて目を閉じていると、冷たい手がおでこへ触れた。
お光さんがお粥を持ってきてくれた。
「少しでも食べなはれ」
お光さんは本当に綺麗だと思った。
少しつり目気味のきりっとした目も、細い指先も……こんなに間近で見たのは初めてだったけれど、所作の一つ一つが綺麗だ。
「……沖田さんが好きになるのも分かる……」
つい呟くと、お光さんは困ったようにため息をついた。
「うちなんかより、もっとええ人がおります……うちに沖田はんはもったいない」
「……そんなことないです……沖田さんにお光さんはもったいないとは思うけど……」
お光さんは少し笑って
「少し食べなあかん」
さじでお粥を口に入れてくれた。
「また浪士組の救護班するん?」
うんと頷いた。
だって私には他に行くところもない。
「そうか……妙な所やな。浪士組は……女医なんてありえへんのに……」
またさじで入れられた。
「傷の縫い方習うんでっしゃろ?戦になれば、福田はんも行かれますの?女や言うて、軽んじられて嫌な思いしますえ……きっと……」
嫌な思い……
「女医さんは珍しいんですか?」
「そんな人はいやしまへん。せいぜい、うちみたいなお手伝いがやっと」
「……幕末は女医さんもいないのか……私の時代は普通なのにな……」
女だと何かしら制限されるんだ。
分かっていたけど、想像以上。
「やっぱり男のふりしてた方が良いのかな……」
「それはそれで、えらいことや。今までどないしてたん?……そういううちも騙されてましたけどな」
「……すみません」
どないしてたと言われても、結構ばれましたけど……
「お梅はんとも話しましたけど、うちも反対どす。浪士組はやめなはれ」
「……どうして?」
「どうしても。あそこは女子のおるとこちゃいますねん。またこんなことにはなるかも知れま……」
「でも!」
お光さんの言葉を遮って、反論しようと思ったけど……
次の言葉が出てこない……
「何でも攘夷決行が皐月の十一日に決まったそうや……浪士組も大坂へ行くそうや……福田はんも戦に行くんか?」
「お光、そう脅すな。心配なのは分かるが」
吉川先生が部屋を覗いた。
「皐月の十一日……」
「……まあ、ここだけの話……攘夷なんかせぇへんやろうけどな。ほな、出てくるわ」
しない……の?
え?何で?
「脅してなんかおらんわ……せぇへんなんて、どこで聞いてきてん……全く……」
お光さんはお粥を口に入れてくれた。
「色々言うたけれど……今はゆっくり休みなはれ。お見舞いはお断りしますさか」
うんと頷いた。
それから二日、浪士組の誰とも会わず過ごした。
たまにお宮ちゃんが障子の隙間から覗いていたけれど、声をかけると逃げて行った。




